あのバトルから五日が過ぎて、全国大会開催の朝。
「マスター」
バイクの暖気中にシルヴィアが口を開く。
冬は朝日が照ろうとも、深夜に冷え切ったエンジンはアイドリングに時間を要する。エンジンが快調に動き出すにはまだ時間があった。
「勝てるかしら、私達」
おれ達は勝てるだろうか。――誰に? ヤツらに。《ミラー・オブ・オーデアル》マスターミラーとそのマスター、御影キョウジに。
シルヴィアの口調には、今大会の優勝に然したる価値など無く、彼らの撃破が今回の目標であり、それ以外は眼中に無い。 と言う無言の闘志が込められていた。
「勝てるさ」
おれは応える。
「勝ってみせるさ」
アクセルを吹かす。愛車がおれのアクションに威勢良く応える。
アイドリング終了。シルヴィアを胸ポケットへ。バイクに跨り、発進する。
「マスター」
バイクの暖気中にシルヴィアが口を開く。
冬は朝日が照ろうとも、深夜に冷え切ったエンジンはアイドリングに時間を要する。エンジンが快調に動き出すにはまだ時間があった。
「勝てるかしら、私達」
おれ達は勝てるだろうか。――誰に? ヤツらに。《ミラー・オブ・オーデアル》マスターミラーとそのマスター、御影キョウジに。
シルヴィアの口調には、今大会の優勝に然したる価値など無く、彼らの撃破が今回の目標であり、それ以外は眼中に無い。 と言う無言の闘志が込められていた。
「勝てるさ」
おれは応える。
「勝ってみせるさ」
アクセルを吹かす。愛車がおれのアクションに威勢良く応える。
アイドリング終了。シルヴィアを胸ポケットへ。バイクに跨り、発進する。
ツガル戦術論:鏡の試練 後編4
車の通りはまばらだった。まだそういう時間帯だった。こんなときは速度を抑えて思案にふける。
おれは昨日起こった事柄を思い返していた。
おれは昨日起こった事柄を思い返していた。
そう。
五日前、おれは御影キョウジに大敗した。その次の日からおれは思考の迷路をさ迷い続けた。ツガル武装の性能の高さを体現し証明するために戦ってきたはずだった。それを最も効果的な方法で木っ端微塵に撃ち砕かれた。そう、シルヴィアはツガル武装のマスターミラーによって打ち倒されたのだ。自身の存在理由を否定された気がしたおれは家に閉じこもり三日三晩思い悩み、そして四日目の早朝にヤツが来た。御影キョウジとマスターミラーが。
四日目。つまり昨日の事だ。部屋で腐っているおれに見兼ねたシルヴィアが呼んだと言う。アドレスは例のバトルの直後、シルヴィアに手渡されていたらしい。
当初は彼らの真意がわからなかったが、勝手に家に入ってくるなり腐った三日間で荒れ放題になった部屋を清掃し始め盛大な朝食を作りだし「めしあがれ」等と突き付けられると、御影はおれを元気付けに来たのか? と思い始めた。
その時は正直、ヤツの印象が「よく喋るヤツ」から「よく喋る変なヤツ」に変更された、位にしか思っていなかった。
会場に到着し、会場施設の二輪駐車場が無料であることを確認してから駐車。
大会エントリーを早めに済ませ、人影少ない選手控え室でモバイルを立ち上げ戦術、戦略の確認を行う。新戦術など何も用意していない。既存の戦術を敵のタイプ別にあてはめて考察する。モバイル内に展開する仮想空間上に敵の戦闘データをシンボルとして躍らせる。それに対してシルヴィアがリアクションを起こし、既存戦術の復習をこなすだけだ。
そうだ。おれたちに新戦術など必要無い。そう思うよう仕向けたのは何と、御影キョウジその人であった。
大会エントリーを早めに済ませ、人影少ない選手控え室でモバイルを立ち上げ戦術、戦略の確認を行う。新戦術など何も用意していない。既存の戦術を敵のタイプ別にあてはめて考察する。モバイル内に展開する仮想空間上に敵の戦闘データをシンボルとして躍らせる。それに対してシルヴィアがリアクションを起こし、既存戦術の復習をこなすだけだ。
そうだ。おれたちに新戦術など必要無い。そう思うよう仕向けたのは何と、御影キョウジその人であった。
「シルヴィア、ぼくとデートしませんか?」
おれが山盛りの朝食を平らげてると突然、御影キョウジは言った。
なんだ、シルヴィアと、デートだ? ふざけるな。と出かかったが、
「キミのお相手はマスターミラー」
こう切り出された。自分の中では大負けした相手と仲良く出来るか。と言う感情があったが、おれの思惑とは正反対にシルヴィアはミラーと意気投合していた。
「だってあのツガル武装をあそこまで使いこなされれば、やっかむのを通り越して尊敬するわ」
「それは私とて同じだ。本来ならすべての攻撃を『ミラー』で捌くつもりだったが、機動ユニットを盾に使わざるを得ない>事態は予想外だった。シルヴィアの能力に対して私は敬意を持っている」
どうやら塞ぎ込んでいたのはおれだけだったようだ。
「シルヴィ、お前のマスターはナイーブ過ぎるぞ。軟弱なマスターを鍛え直すのも神姫の務めだ」
「うちのマスター、私の言う事には聞く耳持たないのよ。今日はマスターの御守をよろしくね」
「任せるがいい。私はお前のマスターを過大評価しない。全力で御守してやる」
御影の申し出。断るつもりは無かった。正確には、断る気力も無かった。
戦術研究を終えシルヴィアとモバイルの接続を切る。次は武装の動作確認。もちろん前日にチェックを終えているが、これもこなす。
人の気配がまばらだった控え室も大分賑わってきた。地区大会の上の全国大会だ。周りの神姫が纏う装備は一目見ただけで洗練されたカスタム武装だと言う事がわかる。この中でデフォルト武装のおれ達は随分と浮いていた。だが、構うものか。まずは武器の動作確認。続いてスラスターの稼動を確認。センサー類のチェック。
そうやっているうちに、控え室に備え付けられたモニターに大会の開催式が映し出される。
同時にバトルトーナメントの対戦組み合わせ表が発表された。シルヴィアの名前と《ミラー・オブ・オーデアル》マスターミラーの名前が意外と近いのを確認。参加者の数は膨大で、大会前半の進行は会場に複数設置されたバトルスペースで順次バトルを行うプログラムになっている。
控え室スピーカーからバトル参加神姫の名前が次々と呼ばれる。その中にマスターミラーの名が含まれており、おれとシルヴィアは静かに闘志を燃やす。
やがてスピーカーからシルヴィアの名前が呼び出された。
人の気配がまばらだった控え室も大分賑わってきた。地区大会の上の全国大会だ。周りの神姫が纏う装備は一目見ただけで洗練されたカスタム武装だと言う事がわかる。この中でデフォルト武装のおれ達は随分と浮いていた。だが、構うものか。まずは武器の動作確認。続いてスラスターの稼動を確認。センサー類のチェック。
そうやっているうちに、控え室に備え付けられたモニターに大会の開催式が映し出される。
同時にバトルトーナメントの対戦組み合わせ表が発表された。シルヴィアの名前と《ミラー・オブ・オーデアル》マスターミラーの名前が意外と近いのを確認。参加者の数は膨大で、大会前半の進行は会場に複数設置されたバトルスペースで順次バトルを行うプログラムになっている。
控え室スピーカーからバトル参加神姫の名前が次々と呼ばれる。その中にマスターミラーの名が含まれており、おれとシルヴィアは静かに闘志を燃やす。
やがてスピーカーからシルヴィアの名前が呼び出された。
「……《レッド・ホット・クリスマス》シルヴィア、六番バトル場へおこしください。」
《レッド・ホット・クリスマス》。この二つ名を命名したのも御影キョウジだった。
御影がデートと称して連れ出した場所。バイクで30分ほど飛ばした場所にある商店街。その中に建つ「ホビーショップ エルゴ」。シルヴィアは御影と、おれはミラーと入店する。
御影のヤツは最近エルゴに通い始めたらしく、早速店長と会話を始めていた。おれは店先の品揃えから初めて訪れた店のレベルを値踏みしようとした。が、あまりのレベルの高さに言葉を失う。
パーツはオフィシャル武装のバラ売りからハンドメイド装備まで。メンテナンス用品は廉価版から最高級品。おまけに非常に可愛らしい神姫用衣類まで扱っている気合の入りっぷり。店頭に並んでいない商品も情報端末で検索、発注すれば倉庫から取り出せる仕組みになっていた。これら大型神姫センターに引けを取らぬ品揃えとサービス、それでいて価格は抑えられており、この店の経営者のやる気がヒシヒシと伝わってくる。ホビーショップエルゴの鬼気迫る経営戦略を抽象的に表現すれば、「見晒せ、俺の男気!」ではないだろうか。
後でシルヴィアから聞いた話だと、シルヴィアをエルゴの店長に紹介する際に御影が《レッド・ホット・クリスマス》の二つ名を、まるで前からそう呼ばれてたかのように冠して紹介したらしい。何でも「南半球で繰り広げられる真夏のクリスマスの、浜辺に寄せては返す波のような、高度な戦術を評して」だとか。それまでは二つ名など興味ない。と言った雰囲気のシルヴィアだったが、内心うれしく思ってるのは確かだ。目が笑ってる。
大会選手控え室からバトル会場へ。圧倒的なギャラリー。広大な空間。眩しすぎる照明。周りのバトルスペースで戦う参加者達。緊張感を感じるが、これに押しつぶされる事は無い。バトルが始まれば緊張感が消える事を知っているからだ。このテンションでもって、荒ぶる気持ちをなだめすかす。周りの熱狂が反作用し、思考が冷静に冴え渡るのを感じる。持てる技術と育てた戦術。強さと言う自信が身体から溢れれば、総ての要素が力となる。
第六会場で対峙するシルヴィアと猫型。戦闘開始のカウントダウンまでの間に敵の武装情報を探り出す。敵は猫型素体の特性を伸ばすカスタマイズ、高い運動性と装甲を利用した、近接戦闘が得意なタイプと予測。一見、遠距離からの狙撃が有効に見えるが、相手が装甲に物を言わせれば強引に接近される危険性がある。格闘武器でフル武装する神姫に接近戦を挑まれてはシルヴィアは手も足も出ないだろう。ならば、相手が格闘を挑んで来るタイミングで、こちらからも格闘を仕掛ける。ただしこの格闘は囮。敵の虚を着き一気に離脱。その際に生じる隙に付け入る。
これらをまとめ、急接近と急速離脱を繰り返す一撃必殺戦法をシルヴィアに伝える。
不敵な笑みで応える《レッド・ホット・クリスマス》シルヴィア。
これらをまとめ、急接近と急速離脱を繰り返す一撃必殺戦法をシルヴィアに伝える。
不敵な笑みで応える《レッド・ホット・クリスマス》シルヴィア。
シルヴィアの一回戦目が開始された。
ホビーショップエルゴは一階がショップに、二階はバトルフロアになっていた。
肩の上に乗るミラーが言うには、キョウジがおれ達を引っ張り出した真意は二階にあるそうだ。ショップでのパーツチェックもそこそこに、バトルフロアへ足を運ぶおれとミラー。フル稼働中のバトル筐体と休憩スペースを備えた二階は盛大に盛り上がっていた。
休憩スペースにはバトルをモニタ出来る大型スクリーンが備え付けられていた。既に休憩スペースのベンチに根を張っていた御影とシルヴィアが何か会話をしている。
おれ達は、彼らから離れたスペースで試合を観戦し始めた。常時携帯しているモバイルでタクティカルアナライザーを起動、次々と登場する個性的な神姫達の戦術を分析し始める。二丁拳銃を使いこなす兎型や、狙撃と格闘に長けた(シルヴィアと同じスタンスだ!)眼帯の悪魔型、同じ悪魔型でもレッグパーツの脚力を駆使した空中殺法を得意とする神姫、高機動ユニットを背負い分身等の電子戦を織り交ぜた格闘戦を得意とする猫型など等。彼女達の戦う姿は戦略分析を抜きにしても楽しませてもらった。中には逆光を浴びて名乗りを上げるマントの騎士型なんていたな。
だが、彼らの戦術は個性的で、個々の能力を完全に活かしきった戦闘をしていた。言い方をかえれば強烈に完成し過ぎているのだ。今のシルヴィアが取り入れられそうな戦術はほとんど無い。こんなバトルを見せる為にヤツはおれ達を引っ張り出したのか?
この時点でも、おれは御影キョウジの真意を推し量る事は出来なかった。
しかし後のミラーに言わせれば、この時のおれはワクワクした表情で「ウホッ、こいつらと対戦してみてえ」と顔に書いてあるようだったらしい。
続く