参加手続および第一次作戦会議
2036年*月*日1144時 ホビーショップエルゴ二階
入り口をくぐったときから妙な熱気が漂っているとマスター達は感じていたが、二階への階段を上がりきらないうちにその熱気の発生源を見つけて、思わず気圧されそうになった。
エルゴの二階はもともと武装神姫バトルスペース専門で、仕切りなどなく全体がひとつの空間である。イベント当日の今日は本来の筺体は脇にどけられ、一方の壁には二十台の特設コンソールルームが並び、さらにその上の壁にはギャラリーのための巨大なペーパーディスプレイが張られている。ゆうべほとんど徹夜でマスターたちが設営したものだから、コンソールルームの手前は広い空間があるはずだった。
その空間を、人が占めていた。数百人のギャラリーが、ほとんどすし詰めになっているのである。もちろんちゃんと椅子も用意してはいたのだが、まったく足らず、半分以上が立ち見であった。
純粋に史上初の大規模バーチャルバトルを楽しみに来た者、他企業の偵察としてきているようなピチッとしたスーツを着込んだ者、抽選にもれたため参加者に託して応援しに来た者、様々であるが、たぶん神姫のことをまったく知らない人々もいるだろう。これほどまでに話題性のあるイベントなのだとあらためて知って、マスターとケンは心が躍った。
「これは、凄いな」
「で、オレたちゃどこ行きゃアいいんだ?」
ケンがきょろきょろと見回す。なにしろすし詰めであるから道が無いのである。
と、彼らから見て一番奥、つまりもっとも窓側に近いところで声が上がった。
『大会参加者は窓側の集合場所に集まってください』
エルゴ店長、夏彦の声であった。
二人はそれぞれ所定の場所(コートの胸ポケットとニット帽の中)にいる自分の神姫を振り落とされたり押しつぶされたりされないよう気をつけつつ群集をかき分けかき分け、そちらへ向かった。階段が店舗の一番奥にあることを少し呪った。ケンの風体におののいて自ら道をあける人が多かったことに、マスターは少し複雑な気持ちになる。
集合場所はギャラリー席とは分割されていて余裕があった。もう参加者全員が集まっていた。マスターとケンを入れてちょうど二十人である。
「やあ、すまない。大変なギャラリーだな」
「こんなに集まるなんて思ってもみませんでしたよ。兎羽子さんと澟奈さんが列整理に行ってくれたんですけど、行ったっきり戻ってきません」
「大丈夫なのか」
「ご心配なく。ああ見えて頑丈ですから」
「頑丈?」
妙な形容をするなとマスターは思った。
「あ、いや、何でもないです。さて、時間も押してますし、最終登録してルームに行きましょう」
最終登録は本人確認と神姫の装備確認である。装備確認はあらかじめ郵送されてあるエントリーシートに構成を書き込んでおき、ショップのイベント管理担当(多くはそのショップの店長が行う)に渡すのである。その後、コンソールにて最終審査に入る。ここで弾かれればもちろん参加不可能であるが、イベント主催側にも事前に予定装備を電信し許可されてあるから弾かれることはまず無い。
イベントの癖にずいぶん参加手続きが面倒だなと思う読者もいるだろうが、しかし実際にランクポイントや褒賞パーツが授与されるのであればその扱いは通常のオフィシャルバトルと同等なのである。
マスターはこの時になっても、参加資格にあった「一部自由」がどこまで自由なのか気になっていた。そもそもほとんどオフィシャルバトルに参加していないどころか裏バトルの常連であるケンが参加できたというのが、マスターをいっそう混乱させた。
「ケン」
「あ?」
「お前、シエンにどんな装備をさせたんだ?」
「そいつぁ・・・・・・」
少し考えるふりをして、ケンはにやりと笑った。口元のピアスがきらりと反射した。
「見てのお楽しみだ」
そう言い残して最終登録に向かって行ってしまった。
「あなたが公式武装主義者(ノーマリズマー)ね」
年季の入った声をかけられ、マスターは振り返った。
小柄でスレンダーな老婦人が立っていた。
銀色の長い髪を後ろで結んだその顔は、「苦労して勝ち取った」であろう皺が刻まれている。パリッとしたワイシャツの上に黒いベストを着ている。下はスカートではなく、フォーマルパンツである。豪奢さをひけらかさず、きつく内に秘めたまさしく老練な人物が感ぜられた。どこか大きなカジノの名ディーラーといった雰囲気だった。
適度に化粧の施された顔の、瞳の色は青い。日本人ではない。
「あなたは?」
めったに言われることの無いほど知名度の低いその名前を呼ばれて、マスターはややうろたえた。
「ごめんなさい。私はバセット・スキルト。ファーストランカーをやらせてもらってるわ。こっちは・・・・・・」
と言って胸元から神姫を取り出した。優雅さのにじみ出る仕草だった。
「はじめまして、忍者型MMSフブキの『シヅ』です」
バセットの手のひらで、シヅと名乗ったその神姫は深々とお辞儀をした。マスターは慌ててポケットからマイティを引っ張り出して挨拶させた。首根っこを掴まれたマイティは金色のボブヘアーを振って不機嫌そうにしながらも、三つ指ぞろえでこうべをたれるシヅを前にして慇懃に応じた。普段そんな礼儀正しいことことなどやっていないから、マイティの動きはぎこちなかった。後で礼儀を教えてやらねばいけない。
「この子があのマイティちゃんね。可愛い子だわ」
微笑を浮かべるバセットの後ろで、他の参加者達がなにやらざわざわと沸いていた。どうやらこの老婦人のことを話しているらしかった。それほど有名な人物なのだろうか。一人を除いてファーストランカーのことなどまったく知らないマスターは、少し申し訳ない気持ちになった。
「ファーストランカーの方が、どうして私たちを知ってるんですか?」
マスターが質問しにくくなっているところへ、率直な疑問をマイティはぶつけた。
バセットはいやな顔ひとつせず答えてくれた。
「私たちも、あなた達と同じように公式装備しか使っていないからよ」
これにはマスターが驚嘆した。
ファーストリーグで公式装備を使っている。当たり前のように響くその言葉だが、ファーストリーグを少しでも知っているオーナーならばその意味がどんなに過酷な限定条件であるかすぐに分かる。
あの鶴畑、は極端な例だが、そうでなくても勝つために手段を選ばないのは至極当然としてまかり通っている所である。違法すれすれのあらゆる装備を万全に使いこなすのが実力、もちろん運も実力のうちで、その運を思い通りに操作するのも実力。裏で八百長をやっているのはさすがに鶴畑の次男坊と長女くらいなものだが、それを抜きにしたところで、ただのオーナーが飛び込んでいってまともに戦える世界ではない。
そこで公式装備のみを用いて戦ってゆくというのは、正直「自虐」といっても良いくらいであった。
マスターは質問しにくい空気を無理に切り裂いて、一番訊きたいことを訊いた。
「ミズ・バセット。失礼ですが、ランクは?」
「72位よ」
自慢する風はまったく無かった。ただ事実のみを告げるように言って、事実、そうだった。
ファーストでトップ100位以内に入っていることが告げるのは、彼女のノーマリズムは自虐ではなく、れっきとした実力であるという証であった。
このときマスターの中には、あの片輪の悪魔へのリベンジとは別に、ファーストへ向かう動機がもう一つ生まれた。だが今の彼はまだそれに気が付いていない。
「ほら、あなたの番よ」
バセットに言われて、マスターははっと我に返った。気がどこかに飛んでいた。背中の方で店長が呼んでいた。
「失礼」
あわただしく手続きに向かおうとして、マスターは一度振り返って、
「あなたと共に戦えて光栄です。ミズ・バセット。たとえ敵でも味方でも」
この先仲間になるかどうかは分からない。チーム分けは完全にコンピュータ任せのランダムなのだ。
「ミセス、よ。夫はもう天に召されてしまったけれど」
何の屈託も見せずにバセットは言った。マスターは一瞬どう返してよいか迷ったが、
「頑張りましょうね」
その言葉に深々と礼をした。
手続きを済ませ、割り当てられたコンソールルームへ向かおうとすると、
「あーっ、マイティちゃんなのーっ」
丸っこい声が斜め後ろからぶつかった。
びっくりして振り向くと、そこには見覚えのあるマオチャオと、長いポニーテールの少女。
「ねここちゃん!?」
マイティも目を見張った。が、飛びかかられるところまでは回避できなかったようである。気が付けばすでにマスターの腕の上でマイティはねここに抱きつかれていた。
「また会えたの、感激~っ」
「ちょっと待って落ち着いて。あっ、だめ、そんなとこさすらないで、あっ、揉んじゃだめえぅっ」
本物のネコばりにじゃれ付くものだから、もうマスターの腕の上は喧々である。時折妙につややかな叫びが上がるのは気のせいにしておく。
「風見美砂さんか。君もこの大会に?」
腕の上は完全に放っておいて、マスターはこの猫の飼い主に挨拶した。
「ええ、ねここが『どうしても飛びたい』って言って聞かないものですから。まさか受かっちゃうなんて」
「空対空戦闘の経験は」
「正直、まだちょっと不安なんです。マイティちゃんがいてくれれば心強いんですけれど」
「同じチームになれることを祈っているよ」
「はいっ」
まだごろごろと懐いているねここを引き剥がさせて、マスターは別れた。美砂の肩でハウリンがものすごい形相でこちらを睨みつけていたのはわざと無視した。シエンでもあんな顔はしないな。
彼らが割り当てられたルームは十一番。一番真ん中、ディスプレイの真下である。
ルームは移動式の個室であった。ドアを閉めるとギャラリーのざわざわした喧騒がふっと消えた。耳を澄ませばかすかに聞こえる程度だが、気にはならない。かなりの防音機能である。床は絨毯で、一角に見慣れたバーチャルバトルコンソール一式が置かれ、一時間腰を据えて挑めるようリクライニングシートが設けられている。設営のときから感じていたが、かなり金のかかった設備である。意外に閉塞感が無いと思ったら、天井が透明なアクリル張り。見上げれば巨大なペーパーディスプレイが一面に広がっている。店長の計らいで小型の冷蔵庫まで設置され、その中には清涼飲料水が何本かストックされていた。
ここで七時間半戦うのである。ラウンド中にやられても、次のラウンドには参加できるルールである。もし撃墜されたとしてもその間はただ待っているつもりは無かった。そういう時間こそ有効に使うべきだとマスターは考えた。
だが、肝心のルールの詳細がまだ分からない。負けた後に戦いを観戦できるのかどうかも。まあここで見られなくなっても、見上げればドでかいディスプレイである。情報収集に困ることは無いだろう。
十二時までまだ数分あった。コンソールを起動し、コネクティングポッドにマイティを座らせ、メインボード、サイドボードのそれぞれにあらかじめ申請していた武装を設置してゆく。サイドボードにはさらにオフィシャルのマークが入った紙箱を入れた。中には何かがぎっしり詰め込まれているようだった。ボードの窓を閉める。
これで時間が来たら即座にアクセスできる。他にやることもなくなったので冷蔵庫を開けようとすると、コンソールのテーブルの上に一枚の白いビニールパックが置いてあるのを見つけた。
手にとって見ると、中にカードが入っているようだった。パックの表面には赤文字で大きく「許可されるまで開封しないでください」との注意書きがある。コンソールの脇には増設されたカードスロットもあった。何か特別なことをするのだろう。考えるのは開けてからで良い。
パックを傍らに置いて、時間を待った。冷蔵庫の中身は全部スポーツドリンクだった。いま季節は冬だが、空調が利いているとはいえルーム内は余計に熱を持つだろう。この選択は賢い。
一口飲んでいるところで時間が来た。マイティを寝かせ、激励の言葉をかけ、ハッチクローズ。
アクセス開始。
エルゴの二階はもともと武装神姫バトルスペース専門で、仕切りなどなく全体がひとつの空間である。イベント当日の今日は本来の筺体は脇にどけられ、一方の壁には二十台の特設コンソールルームが並び、さらにその上の壁にはギャラリーのための巨大なペーパーディスプレイが張られている。ゆうべほとんど徹夜でマスターたちが設営したものだから、コンソールルームの手前は広い空間があるはずだった。
その空間を、人が占めていた。数百人のギャラリーが、ほとんどすし詰めになっているのである。もちろんちゃんと椅子も用意してはいたのだが、まったく足らず、半分以上が立ち見であった。
純粋に史上初の大規模バーチャルバトルを楽しみに来た者、他企業の偵察としてきているようなピチッとしたスーツを着込んだ者、抽選にもれたため参加者に託して応援しに来た者、様々であるが、たぶん神姫のことをまったく知らない人々もいるだろう。これほどまでに話題性のあるイベントなのだとあらためて知って、マスターとケンは心が躍った。
「これは、凄いな」
「で、オレたちゃどこ行きゃアいいんだ?」
ケンがきょろきょろと見回す。なにしろすし詰めであるから道が無いのである。
と、彼らから見て一番奥、つまりもっとも窓側に近いところで声が上がった。
『大会参加者は窓側の集合場所に集まってください』
エルゴ店長、夏彦の声であった。
二人はそれぞれ所定の場所(コートの胸ポケットとニット帽の中)にいる自分の神姫を振り落とされたり押しつぶされたりされないよう気をつけつつ群集をかき分けかき分け、そちらへ向かった。階段が店舗の一番奥にあることを少し呪った。ケンの風体におののいて自ら道をあける人が多かったことに、マスターは少し複雑な気持ちになる。
集合場所はギャラリー席とは分割されていて余裕があった。もう参加者全員が集まっていた。マスターとケンを入れてちょうど二十人である。
「やあ、すまない。大変なギャラリーだな」
「こんなに集まるなんて思ってもみませんでしたよ。兎羽子さんと澟奈さんが列整理に行ってくれたんですけど、行ったっきり戻ってきません」
「大丈夫なのか」
「ご心配なく。ああ見えて頑丈ですから」
「頑丈?」
妙な形容をするなとマスターは思った。
「あ、いや、何でもないです。さて、時間も押してますし、最終登録してルームに行きましょう」
最終登録は本人確認と神姫の装備確認である。装備確認はあらかじめ郵送されてあるエントリーシートに構成を書き込んでおき、ショップのイベント管理担当(多くはそのショップの店長が行う)に渡すのである。その後、コンソールにて最終審査に入る。ここで弾かれればもちろん参加不可能であるが、イベント主催側にも事前に予定装備を電信し許可されてあるから弾かれることはまず無い。
イベントの癖にずいぶん参加手続きが面倒だなと思う読者もいるだろうが、しかし実際にランクポイントや褒賞パーツが授与されるのであればその扱いは通常のオフィシャルバトルと同等なのである。
マスターはこの時になっても、参加資格にあった「一部自由」がどこまで自由なのか気になっていた。そもそもほとんどオフィシャルバトルに参加していないどころか裏バトルの常連であるケンが参加できたというのが、マスターをいっそう混乱させた。
「ケン」
「あ?」
「お前、シエンにどんな装備をさせたんだ?」
「そいつぁ・・・・・・」
少し考えるふりをして、ケンはにやりと笑った。口元のピアスがきらりと反射した。
「見てのお楽しみだ」
そう言い残して最終登録に向かって行ってしまった。
「あなたが公式武装主義者(ノーマリズマー)ね」
年季の入った声をかけられ、マスターは振り返った。
小柄でスレンダーな老婦人が立っていた。
銀色の長い髪を後ろで結んだその顔は、「苦労して勝ち取った」であろう皺が刻まれている。パリッとしたワイシャツの上に黒いベストを着ている。下はスカートではなく、フォーマルパンツである。豪奢さをひけらかさず、きつく内に秘めたまさしく老練な人物が感ぜられた。どこか大きなカジノの名ディーラーといった雰囲気だった。
適度に化粧の施された顔の、瞳の色は青い。日本人ではない。
「あなたは?」
めったに言われることの無いほど知名度の低いその名前を呼ばれて、マスターはややうろたえた。
「ごめんなさい。私はバセット・スキルト。ファーストランカーをやらせてもらってるわ。こっちは・・・・・・」
と言って胸元から神姫を取り出した。優雅さのにじみ出る仕草だった。
「はじめまして、忍者型MMSフブキの『シヅ』です」
バセットの手のひらで、シヅと名乗ったその神姫は深々とお辞儀をした。マスターは慌ててポケットからマイティを引っ張り出して挨拶させた。首根っこを掴まれたマイティは金色のボブヘアーを振って不機嫌そうにしながらも、三つ指ぞろえでこうべをたれるシヅを前にして慇懃に応じた。普段そんな礼儀正しいことことなどやっていないから、マイティの動きはぎこちなかった。後で礼儀を教えてやらねばいけない。
「この子があのマイティちゃんね。可愛い子だわ」
微笑を浮かべるバセットの後ろで、他の参加者達がなにやらざわざわと沸いていた。どうやらこの老婦人のことを話しているらしかった。それほど有名な人物なのだろうか。一人を除いてファーストランカーのことなどまったく知らないマスターは、少し申し訳ない気持ちになった。
「ファーストランカーの方が、どうして私たちを知ってるんですか?」
マスターが質問しにくくなっているところへ、率直な疑問をマイティはぶつけた。
バセットはいやな顔ひとつせず答えてくれた。
「私たちも、あなた達と同じように公式装備しか使っていないからよ」
これにはマスターが驚嘆した。
ファーストリーグで公式装備を使っている。当たり前のように響くその言葉だが、ファーストリーグを少しでも知っているオーナーならばその意味がどんなに過酷な限定条件であるかすぐに分かる。
あの鶴畑、は極端な例だが、そうでなくても勝つために手段を選ばないのは至極当然としてまかり通っている所である。違法すれすれのあらゆる装備を万全に使いこなすのが実力、もちろん運も実力のうちで、その運を思い通りに操作するのも実力。裏で八百長をやっているのはさすがに鶴畑の次男坊と長女くらいなものだが、それを抜きにしたところで、ただのオーナーが飛び込んでいってまともに戦える世界ではない。
そこで公式装備のみを用いて戦ってゆくというのは、正直「自虐」といっても良いくらいであった。
マスターは質問しにくい空気を無理に切り裂いて、一番訊きたいことを訊いた。
「ミズ・バセット。失礼ですが、ランクは?」
「72位よ」
自慢する風はまったく無かった。ただ事実のみを告げるように言って、事実、そうだった。
ファーストでトップ100位以内に入っていることが告げるのは、彼女のノーマリズムは自虐ではなく、れっきとした実力であるという証であった。
このときマスターの中には、あの片輪の悪魔へのリベンジとは別に、ファーストへ向かう動機がもう一つ生まれた。だが今の彼はまだそれに気が付いていない。
「ほら、あなたの番よ」
バセットに言われて、マスターははっと我に返った。気がどこかに飛んでいた。背中の方で店長が呼んでいた。
「失礼」
あわただしく手続きに向かおうとして、マスターは一度振り返って、
「あなたと共に戦えて光栄です。ミズ・バセット。たとえ敵でも味方でも」
この先仲間になるかどうかは分からない。チーム分けは完全にコンピュータ任せのランダムなのだ。
「ミセス、よ。夫はもう天に召されてしまったけれど」
何の屈託も見せずにバセットは言った。マスターは一瞬どう返してよいか迷ったが、
「頑張りましょうね」
その言葉に深々と礼をした。
手続きを済ませ、割り当てられたコンソールルームへ向かおうとすると、
「あーっ、マイティちゃんなのーっ」
丸っこい声が斜め後ろからぶつかった。
びっくりして振り向くと、そこには見覚えのあるマオチャオと、長いポニーテールの少女。
「ねここちゃん!?」
マイティも目を見張った。が、飛びかかられるところまでは回避できなかったようである。気が付けばすでにマスターの腕の上でマイティはねここに抱きつかれていた。
「また会えたの、感激~っ」
「ちょっと待って落ち着いて。あっ、だめ、そんなとこさすらないで、あっ、揉んじゃだめえぅっ」
本物のネコばりにじゃれ付くものだから、もうマスターの腕の上は喧々である。時折妙につややかな叫びが上がるのは気のせいにしておく。
「風見美砂さんか。君もこの大会に?」
腕の上は完全に放っておいて、マスターはこの猫の飼い主に挨拶した。
「ええ、ねここが『どうしても飛びたい』って言って聞かないものですから。まさか受かっちゃうなんて」
「空対空戦闘の経験は」
「正直、まだちょっと不安なんです。マイティちゃんがいてくれれば心強いんですけれど」
「同じチームになれることを祈っているよ」
「はいっ」
まだごろごろと懐いているねここを引き剥がさせて、マスターは別れた。美砂の肩でハウリンがものすごい形相でこちらを睨みつけていたのはわざと無視した。シエンでもあんな顔はしないな。
彼らが割り当てられたルームは十一番。一番真ん中、ディスプレイの真下である。
ルームは移動式の個室であった。ドアを閉めるとギャラリーのざわざわした喧騒がふっと消えた。耳を澄ませばかすかに聞こえる程度だが、気にはならない。かなりの防音機能である。床は絨毯で、一角に見慣れたバーチャルバトルコンソール一式が置かれ、一時間腰を据えて挑めるようリクライニングシートが設けられている。設営のときから感じていたが、かなり金のかかった設備である。意外に閉塞感が無いと思ったら、天井が透明なアクリル張り。見上げれば巨大なペーパーディスプレイが一面に広がっている。店長の計らいで小型の冷蔵庫まで設置され、その中には清涼飲料水が何本かストックされていた。
ここで七時間半戦うのである。ラウンド中にやられても、次のラウンドには参加できるルールである。もし撃墜されたとしてもその間はただ待っているつもりは無かった。そういう時間こそ有効に使うべきだとマスターは考えた。
だが、肝心のルールの詳細がまだ分からない。負けた後に戦いを観戦できるのかどうかも。まあここで見られなくなっても、見上げればドでかいディスプレイである。情報収集に困ることは無いだろう。
十二時までまだ数分あった。コンソールを起動し、コネクティングポッドにマイティを座らせ、メインボード、サイドボードのそれぞれにあらかじめ申請していた武装を設置してゆく。サイドボードにはさらにオフィシャルのマークが入った紙箱を入れた。中には何かがぎっしり詰め込まれているようだった。ボードの窓を閉める。
これで時間が来たら即座にアクセスできる。他にやることもなくなったので冷蔵庫を開けようとすると、コンソールのテーブルの上に一枚の白いビニールパックが置いてあるのを見つけた。
手にとって見ると、中にカードが入っているようだった。パックの表面には赤文字で大きく「許可されるまで開封しないでください」との注意書きがある。コンソールの脇には増設されたカードスロットもあった。何か特別なことをするのだろう。考えるのは開けてからで良い。
パックを傍らに置いて、時間を待った。冷蔵庫の中身は全部スポーツドリンクだった。いま季節は冬だが、空調が利いているとはいえルーム内は余計に熱を持つだろう。この選択は賢い。
一口飲んでいるところで時間が来た。マイティを寝かせ、激励の言葉をかけ、ハッチクローズ。
アクセス開始。
◆ ◆ ◆
BGM:Operation(エースコンバット04・オリジナルサウンドトラックより)
1200時 114サーバー・ブリーフィングルーム(VR空間)
1200時 114サーバー・ブリーフィングルーム(VR空間)
ブリーフィングルームはまるで宴会場だった。マイティはその騒がしさに圧倒されて、まるでどこか知らない土地に放り出されたような気持ちになった。
神姫スケールに縮小された大部屋だった。くぐもった轟音がひっきりなしに響いてくるので、ここはどこかの航空機の中なのかもしれないとマイティは叫びだしたくなる衝動を抑えて冷静に分析した。ずいぶん凝ったVR構築である。
全ての神姫が素体状態で騒ぎ合っている。カスタムタイプの神姫はひどく目立っていた。が、マイティを含むほとんどの神姫たちは姿かたちだけでは誰が誰だか判別できないから、オンラインゲームよろしく頭の上に名前が浮かんでいる。マイティは不安に耐え切れずに頭上の名前たちを見渡した。まるで自分が人間になったような雰囲気だった。自分のを含むオーナー達の姿が見えないのも不思議な感覚を覚えさせた。
見覚えのある名前は見つけられなかった。いよいよわめき出しそうになるところへ、まさにタイミングよく真後ろから抱きつかれた。
「ぃひゃああーっ!?」
素っ頓狂な叫び声を上げてしまった。水を打ったように喧騒が静まって、周囲の神姫たち全員の視線がマイティに注がれる。二百体以上はいる。マイティという名前のアーンヴァルは一躍みんなの知るところとなった。
「ごろごろ」
後ろから抱きついてきたのはもちろん、ねここである。
「マイティ!?」
集団から抜き出て近づいてきたハウリンは、シエンである。その後ろからはフブキ。シヅであった。
さらに次々と何体かの神姫が集まってくる。なんと同じエルゴ接続の神姫たちであった。彼女らはマイティとシヅそして彼女達のマスターの会話を見てすでに二体を見知っていた。他の二百体弱の神姫がほぼばらばらの場所から集まっている中、奇跡的な確立で、あの場にいた二十体全員が同じチームに割り振られたのである。
マイティを中心にして、彼女らに奇妙な連帯感が湧いた。自然と一つの飛行隊が出来上がった。
エルゴ飛行隊(ERGO Spuadron)の結成である。
間もなくアナウンスが聞こえ、第一次ブリーフィングが開始された。
神姫スケールに縮小された大部屋だった。くぐもった轟音がひっきりなしに響いてくるので、ここはどこかの航空機の中なのかもしれないとマイティは叫びだしたくなる衝動を抑えて冷静に分析した。ずいぶん凝ったVR構築である。
全ての神姫が素体状態で騒ぎ合っている。カスタムタイプの神姫はひどく目立っていた。が、マイティを含むほとんどの神姫たちは姿かたちだけでは誰が誰だか判別できないから、オンラインゲームよろしく頭の上に名前が浮かんでいる。マイティは不安に耐え切れずに頭上の名前たちを見渡した。まるで自分が人間になったような雰囲気だった。自分のを含むオーナー達の姿が見えないのも不思議な感覚を覚えさせた。
見覚えのある名前は見つけられなかった。いよいよわめき出しそうになるところへ、まさにタイミングよく真後ろから抱きつかれた。
「ぃひゃああーっ!?」
素っ頓狂な叫び声を上げてしまった。水を打ったように喧騒が静まって、周囲の神姫たち全員の視線がマイティに注がれる。二百体以上はいる。マイティという名前のアーンヴァルは一躍みんなの知るところとなった。
「ごろごろ」
後ろから抱きついてきたのはもちろん、ねここである。
「マイティ!?」
集団から抜き出て近づいてきたハウリンは、シエンである。その後ろからはフブキ。シヅであった。
さらに次々と何体かの神姫が集まってくる。なんと同じエルゴ接続の神姫たちであった。彼女らはマイティとシヅそして彼女達のマスターの会話を見てすでに二体を見知っていた。他の二百体弱の神姫がほぼばらばらの場所から集まっている中、奇跡的な確立で、あの場にいた二十体全員が同じチームに割り振られたのである。
マイティを中心にして、彼女らに奇妙な連帯感が湧いた。自然と一つの飛行隊が出来上がった。
エルゴ飛行隊(ERGO Spuadron)の結成である。
間もなくアナウンスが聞こえ、第一次ブリーフィングが開始された。