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 アタシは走った。
 今まで生きてきた中で一番じゃないかと思えるくらいに走った。
 腕の中には冷たい金属の質感しか持たないトロンベが眠っている。
 速く何とかしないと、大変な事になる。
 そんな気がしていた。
 だから、アタシは走った。
 ホビーショップ・エルゴに向かって。
 ここからエルゴまでは1km弱。
 本気で走れば5分で着ける。
 だからアタシは本気を超えて走った。
 雨がますます強くなる中、アタシは走った。
 身体中に雨の水滴が叩きつけられる。
 それは痛みを、冷たさを伴っている。
 けど、トロンベはそれ以上のものを味わった。
 この程度で音をあげる資格は、アタシにはない。
 だから、ひたすら走った。
 住宅街を横切り、繁華街を横切り、ひたすらに走った。
 エルゴの看板が見えてきた。
 たった1kmを走りぬいただけなのに、アタシの身体は疲れ切っていた。
 足は棒のようで何の感覚もない。
 身体は重く、まるで鉛を背負っているよう。
 そして、転んだ。
 エルゴはもうすぐそこに見えているのに。
 アタシは立ち上がろうとする。
 けど、身体に力が入らない。
 意識が朦朧とする。
 ゴメンね、トロンベ。
 アタシ、貴女に謝りたかったのに。
 貴女ともう一度お話したかったのに。
 もう一度……。


 夢を見ていたようだ。
 アタシはトロンベと布団の中でずっとお喋りしていた。
 学校であったこと、テレビで見たこと、ニュースで見たこと。
 何でも話した。
 何でも良かった。
 トロンベはそれを聞いて喜んでくれた。
 早く外の世界を見てみたいと言ってくれた。
 そんなトロンベを胸に抱き寄せた。
 機械で出来たはずのトロンベは、暖かかった。


 急速にアタシの意識は覚醒した。
 そうだ、アタシに休んでいる暇なんて無いんだ。
 ここで休めば、アタシはアタシを許せなくなる。
 アタシは身体に渾身の力を込めて、立ち上がった。
 正確には這い上がったという方が正しいと思えるくらい、無様な様子だっただろう。
 ブロック塀に身体をもたれさせながら、ゆっくりと歩いていく。
 あと少し、あと少しでエルゴだ。
 その距離は10mも無いだろう。
 こんなに10mを長いと感じたのは生まれて初めてだった。
 どれだけ時間がかかったのだろうか。
 十分か。
 百分か。
 一万分か。
 アタシはそう錯覚を起こすくらい疲れ切っていた。
 でも、ようやく辿りついた。
 アタシはエルゴに倒れ込むようにして入った。
 店長とうさ大明神様が滅茶苦茶驚いて、店長がこっちにかけよってきた。
「おいっ、大丈夫か!」
「店長ぅ……アタシのトロンベを助けて…お願い……」
 アタシは腕の中に抱きしめていたトロンベを店長に託した。
 店長はアタシのただならぬ様子を察してくれて、「任せろ」と一言だけ言うと奥に走っていった。
 アタシはそこで気が緩んだのか、気を失ってしまった。


 気がついたとき、アタシは二階のバトルスペースでイスを並べたものの上で横になっていた。
 店長がかけてくれたのだろう毛布がありがたい。
 アタシはトロンベの事で頭が一杯だったので早々に一階へと向かった。
 ここでようやく気付いたのだが、時刻は既に七時半を回っていた。
 店長は開店準備で忙しそうだった。
「やあ、おはよう」
「あ…おはようございます」
 店長がアタシに気付き、声をかけてきた。
「あの、トロンベは…」
「彼女ならただの電池切れだけだったから何も問題ないよただ間接に雨水が相当入っていたから洗浄くらいはしたけどね」
「…そう、ですか…良かった……何も無くて」
 アタシはトロンベが無事だと解って気が緩み、思わず涙が零れた。
「…ご主人様」
 その声に俯きかけていた顔を上げた。
 店長の手の平の上に、トロンベはいた。
 アタシはもう何も考えられなかった。
 涙が次から次へと溢れてきた。
 もう、視界はぐちゃぐちゃで、その上床にへたり込んでしまった。
「…はい、お代は結構ですよ、お客さん」
 店長はトロンベをアタシに手渡してくれた。
「ごめん…ごめんね……アタシが…バカだったせいで……」
 アタシはもう感情を抑えることが出来なかった。
「アタシ…トロンベに甘えてたんだ……トロンベが優しくて、何でも言う事聞いてくれたから
アタシ…調子に乗って……トロンベが傷ついている事も知らないで………ホントに…バカだよね…
アタシみたいなマスター……もう嫌だよね…だから……良いんだよ。もう嫌いになってくれても……」
 アタシは想いの全てを吐き出した。
 謝罪。なんて大層な物ではない。
 ただアタシが今までしてきた事への懺悔とでも言えば言いのだろうか。
 もっとも、それだけで許してもらえるとは思ってもいない。
 でも、言わずにはいれなかった。
 アタシはやっぱりバカだった。
「……ご主人様」
 いつもと同じ、けど少し震えたトロンベの声。
 視界は涙でぼやけているが、トロンベの姿形だけはしっかりと見える。
「…私はご主人様を嫌いになったりしません」
「……え?」
「…私のご主人様は、ご主人様しかいません。ご主人様はただ一人。私の大好きな……ご主人様だけなんです」
 トロンベも泣いていた。
「…でも、私では倉内さんには勝てませんだから、私を捨ててくださっても…」
「ばか…」
 アタシはトロンベの言葉を抱きしめて封じた。
 小さなトロンベ。
 その小さな身体は確かに暖かかい。
 血の通った人と、全く同じだった。
「アタシと、トロンベで勝たないと意味が無いのよ……」
「…ご主人様」
 そうだ。
 アタシはやっと理解した。
 あの人が言っていた言葉。
 『神姫は唯の玩具じゃない。笑いもすれば、泣きもする』
 やっと、意味を理解した。
 そして、アタシに足りないものも。
 アタシは涙を袖で拭った。
 そして立ち上がって店長に向き直った。
「店長さん、ちょっと用意して貰いたいものがあるんだけど?」
 店長はにっと笑って応えた。
「毎度ありがとうございます、お客様」


 リアルリーグ・センター。
 駅から降りてすぐの場所にあるその施設は、傍から見れば競技に用いられるスタジアムのように見える。
 しかし、そこで行われる物はサッカーでもプロレスでも無い。
 それは神姫バトルに他ならない。
 仮想空間にて行われる、安全なバーチャル・バトルではなく。
 現実空間にて行われる、危険を伴うリアル・バトル。
 センター内部には大ホールが一つ、中ホールが四つ、小ホールが八つある。
 ホールの一つ一つにバーチャルバトルスペースを遥かに凌ぐ大きさの、リアルバトルスペースが配置されている。
 大ホールは基本的に大きな大会、ファーストリーグ戦の決勝くらいにしか使われない。
 その為、規模はサッカーコート並の面積を誇る。
 中央に配置された一辺20m程の立方体。それを観客席が取り囲むように配置されている様はまるでコロッセオだ。
 中ホールは同じくファーストリーグの予選に使われる。
 面積は大ホールの半分程度。
 と言っても、サード・セカンドランカーからしたらそれは大きすぎるだろう。
 そして、倉内 恵太郎と水野アリカがいる小ホール。
 バスケットコート程のホールの中央には一辺5mの立方体、即ちリアルバトルスペースが配置されている。
 観客席というものは無く、ただ柵が選手と観客を隔てるだけの大中ホールと比べると質素な物だ。
「…今のアタシ達は、今までのアタシ達とは違うわ」
 観客のいない小ホールにアリカの声が響く。
 その声に今までのような驕り高ぶっていたものは無く、穏やかなものだった。
「だから、貴方にも本気で来て欲しいの」
 穏やかな声音とは裏腹に恵太郎を見据えるのの瞳には闘志が漲っていた。
「もちろん、こちらとて手加減する気は毛頭無いさ」
 声になんの感情も込めず、淡々と応える恵太郎。
 ただ、アリカを見返すその眼にはやはり闘志が秘められていた。
 お互いに必要最低限の言葉だけ交わし、セッティングに入る。
 二人だけにしては広すぎるホールにカチャリ、カチャリという音が木霊する。
 セッティングに費やす時間は数分程度。
 お互いの神姫をバトルスペースの両サイドに開けられた出入り口に送り込む。
 10平方mのバトルスペース。
 フィールドは”ゴーストタウン”
 神姫換算で100平方sm、そう広くは無い。
 バトルスペースに降り立った神姫は、互いの姿を容易に確認する事が出来た。
「…少しは、やるようになりましたか?」
 ナルは何時もと同じ装備。
 即ち、右腕に銃鋼、左腕に刃鋼を装備し、腰には赤いアーマー。
「この装備は、私の力を最大限発揮することが出来る装備です。貴女にすら引けはとらないつもりです」
 初めて戦った時とは全く違う様子で応えるトロンベ。
 その声には自信と、大きな何かが含まれていた。
 そして、その姿も同じく変化していた。
 その身に纏うのはハウリン型の装甲ではなく、ヴォッフェバニー型の装甲。
 腿にはモデルPHCハンドガン・ヴズルイフを二挺。
 腰にアルヴォ PDW9とSTR6ミニガンを括りつけ、右腕には“シェルブレイク”パイルバンカー。
 左腕にはポラーシュテルン・FATEシールドにフルストゥ・グフロートゥを四つ取り付けたもの。
 そして、背中にハグタンド・アーミーブレードを交差させて背負っている。
 今までとは見違える様な、ある種洗練された装備。
 二人の間には、見えない火花が散っていた。
『バトル開始5秒前』
 アナウンスの声が響く。
 それと同時に身構える両者。
『4』
 ナルは半身になり、刃鋼を前に突き出す。
『3』
 トロンベは腿のモデルPHCハンドガン・ヴズルイフを抜いた。
『2』
 ナルは静止。
『1』
 トロンベは腰を深く落とした。
『スタート』
 バトル開始を告げるアナウンスと同時にトロンベは駆けた。
 大地を力強く踏みしめて、ナルへ向かい一直線に駆けた。
 対するナルは未だに静止、微動だにしない。
 トロンベは駆けながらモデルPHCハンドガン・ヴズルイフのセーフティを外した。
 そして、放った。
 二発。
 四発。
 六発。
 八発。
 十発。
 十二発、全てを撃ち切った。
 弾丸はナル目掛けて殺到するが、如何せん走りながらの射撃では命中力はそう高くない。
 弾丸の大半はナルの傍を掠めていった。
 しかし、中には正確にナル目掛けて飛び行くものもあった。
 だが、それはほんの少し動かしたナルの刃鋼によって弾かれ、あさっての方向へと飛んでいった。
 トロンベは弾の切れた得物を放り投げ、背中から二振りのハグタンド・アーミーブレードを抜いた。
 そして一気に跳ぶ。
 3smを一息で詰める。
 トロンベと刃鋼が接触しそうな距離、そこで両者の距離は一気に縮まった。
 それはトロンベが意図しない接近だった。
 ナルが大きく左足を踏み込み、トロンベの身体をすくう様に刃鋼を薙ぎ上げたのだ。
 だが、予想外の行動でもトロンベは慌てたりしなかった。
 下から迫る刃鋼に右手に持つハグタンド・アーミーブレードを押し当て、防御。
 甲高い金属音が鳴り響く中、トロンベは刃鋼の上で逆立ちするような姿勢になりながら、右腕だけで跳ぶ。
 刃鋼の薙ぎ上げるエネルギーをも利用したそれにより、トロンベはナルの背後を取った。
 そして、両手に持つハグタンド・アーミーブレードをナルの腹部に突き刺そうとした。
 「トロンベ、左防御!!」
 アリカの声にその方向すら見ないで左手のポラーシュテルン・FATEシールドで防御する。
 その次の瞬間、凄まじい衝撃がトロンベの腕に伝わった。
 思わず吹き飛ばされそうになるのを脚に力を入れ、腕に力を入れ、全身に力を入れ耐え抜いた。
「…お見事」
 その声の主は存外に近い場所にいた。
 息と息が触れ合いそうな距離、そこにナルの顔が合った。
 そして、トロンベの身体にかかる荷重の正体も察した。
 それは刃鋼だった。
 ナルはトロンベが刃鋼から跳んだ後、左足を軸に半回転していた。
 左腕を真直ぐ伸ばしながらの回転により、遠心力が上乗せされたそれはトロンベの元へと迫ったのだ。
 防御していなければ胴体を真っ二つにしていただろう。
 しかし、トロンベに接触したのが刃鋼の根元部分だった為に、本来の威力を出せなかったのも大きい。
「今よ! トロンベ!!」
 アリカの声が響いた。
 その瞬間、廃屋の影から一発の弾丸が放たれた。
 それはナルを正確に狙い済ました一撃だったそれを、真上に飛ぶことによって回避したナル。
 弾丸は地面を打ち抜き、粉塵を巻き上げた。
「ぷちマスィーンズ……!」
 マオチャオとハウリンのデフォルト装備の一つである小型遊撃機。
 恵太郎は呟いた。
 その声には驚きと享楽の色が含まれていた。
 その一機の下部につけられた蓬莱・壱式からの攻撃が正体だった。
 着地したナルにトロンベは容赦なく追撃を加える。
 STR6ミニガンとアルヴォ PDW9の掃射。
 連射性能に定評があるそれらの弾幕を、ナルは大きく跳躍することで回避した。
 目指す先は廃屋の屋上。
 そこでナルは一旦体勢を立ち直そうとした、が。
「ナル、上だッ!」
 ナルは屋上にいた先客の手荒い歓迎を受けた。
 上空からの一撃。
 それを身を捩ってかわすが、背部センサー類を破壊されてしまう。
 背後から突撃してきたそれは、突撃槍デファンスを取り付けたぷちマスィーンズ。
 しかも、先客は一体だけではなかった。
 アンクルブレード、破邪顕正、フォービドブレイドをそれぞれ取り付けたぷちマスィーンズが合計四機。
 ナルは完全に囲まれていた。
 そして、トロンベが蓬莱・壱式を積んだぷちマスィーンズ共に屋上に上がってきた。
「チェックメイトよ」
 アリカは静かに呟いた。
 その呟きは恵太郎に対する宣戦布告だった。
「なんだ、やれば出来るじゃないの」
 恵太郎は5m先のアリカに声をかけた。
 その顔は、心無しか嬉しそうだった。
「……これほどとは」
 ナルは周囲を見回して驚嘆の声を漏らした。
「当たり前よ。アタシとトロンベのタッグに敵は無いわ!」
 その言葉にトロンベも言葉には出さずにアリカの方に向き、微笑んだ。
「……なるほ、ど……なる、ほど……な、る、ほ、ど……」
 不意にナルが俯いた。
 何時ものナルには見慣れない、何かを押し殺したように呟いく。
「……ふ…ふふ………」
 そして、喉の奥底から擦れた笑い声を漏らした。
 それに何かを感じ取ったのか、身構えるトロンベ。
「何、どうしたの?」
 アリカはその変わりように戸惑った。
 ナルは顔を上げ、短く言った。
 その顔は笑みで歪んでいた。
「……キミ、とっても良いです」
 トロンベは感じた。
 ナルが口を開いた、その瞬間に空気が変質したかのような錯覚を。
 まるで見えない何かに纏わり憑かれている様な、おぞましい錯覚。
「…凄ぉく、良い。今すぐ、キミを食べてしまいたいくらい」
 狂気。
 今のナルを一言で表すなら、それは狂気以外の何物でもなかった。
 その赤い瞳は狂気で彩られ、その表情には理性などこれっぽちも感じられない。
 トロンベは反射的に危険を感じ、ぷちマスィーンズに攻撃を命じた。
 それに呼応し、五体のぷちマスィーンズは五種五様の軌跡を描いてナルに迫った。
 あるものは一気に加速し、あるものは力を溜める様に減速して。
 あるものは弧を描くように、あるものは一直線に突撃した。
「さて、見せて貰おうか」
 恵太郎の声がホールに響いた。
 それとほぼ同時に、ぷちマスィーンズがナルと接触した。
 否。
 ナルは避けた。
 まるで木の葉の様にひらひらと動きながら。
 高速で迫るぷちマスィーンズ達を、避けた。
 まるで酔っ払いのようなふらふらとした足取り。
 身体を少し傾けて、身体を少し捻らせて、身体を少し揺らすだけで。
 迫り来る攻撃の全てを紙一重で避けている。
 そして、笑っていた。
 その口は端まで吊り上がり、喉の奥から声が漏れている。
 そして、刃鋼を無造作に横に向けて真直ぐに伸ばす。
「…あははぁ、邪魔ですよぉ」
 そして、渾身の力を込めて振り回した。
 先程とは違う、無造作でいて隙だらけのような攻撃。
 しかし、それとぷちマスィーンズの突撃は全く同じタイミングだった。
 五機のぷちマスィーンズは爆発炎上した。
 黒煙が立ち込める中、ナルは立っていた。
 その姿は、まるで幽鬼。
「さぁて、これで邪魔者はいませんねぇ」
 ゆらり、ゆらりとトロンベに迫る。
 トロンベはある筈のない本能的に、何かを感じ取っていた。
 それは未知なる物への恐怖だった。
 思わず脚が後退る。
 その時。
「トロンベ! 今の貴女は一人じゃないわ! アタシがついてる! だから、前だけを向いて走りなさい!」
 アリカの声が響いた。
 たった、それだけ。
 それだけで、心を蝕みかけていた恐怖が払拭された。。
 そして、トロンベは忘れる所だった。
 今の自分は、一人で戦っている訳ではない事を。
 そして、思い出した。
 あの時の苛つきを。
『まさに負け犬と言った感じでしたよ?』
 あの時の、ナルの言葉を。
 心底落胆したような、見下したような、哀れむような、その言葉を。
「もう…負け犬なんて呼ばせないッ!」
 トロンベは咆えた。
 それは気高い狼の咆哮だった。
 その心には、もう恐怖は無かった。
 今、トロンベの心を満たすのは誇り。
 トロンベは駆けた。
 体勢を低くして駆ける様は、野生の狼を連想させた。
「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 両手にはハグタンド・アーミーブレードを。
 心には誇りを以って。
 突撃した。
「いい顔ですねぇ」
 それに対し、ナルはその顔に歪んだ笑みを浮かべ、駆けた。
 両腕をだらりと垂らして、前傾姿勢で駆ける様は狂気を感じさせた。
 そして、衝突。
 ナルは舞う様に、踊るように、刃鋼を奮う。
 上から、下から、横から、ありとあらゆる体勢から刃鋼を繰り出す。
 突き、斬り上げ、斬り下ろし、薙ぎ払い、全てをごちゃ混ぜにしたその斬撃はデタラメで、無茶苦茶で、恐ろしく正確だった。
 円を描くように動いたと思えば、次の瞬間には一気に詰める。
 ありえない体勢から繰り出す予測不能な斬撃は、トロンベを困惑させた。
 しかし、トロンベに恐れは無い。
 今のトロンベは一人ではないからだ。
「…次は右! その次は上!……危ない、下からッ!」
 トロンベ一人では計りきれない斬撃を、アリカが教える。
 神姫の目の届かない事を、マスターが補う。
 お互いを信頼する事で初めて可能となる、基礎の中の基礎にして奥義の中の奥義。
 そして、神姫バトルにおいて最も必要な技術。
 トロンベとアリカは、それを完全に思い出していた。
 それを以って、トロンベはナルの斬撃と同等に渡り合った。
 避けられる物は着実に回避し、回避できないものは左腕のポラーシュテルン・FATEシールドで防御する。
 そして、隙を見て攻撃を加える。
 それを一言で表すならば、質実剛健。
 派手さは無いが、確実な結果を伴うその戦い方は、トロンベの性格を良く顕していた。
 一見してみればナルが圧倒的に押しているこの状況は、均衡を保っている。
 しかし、二人の舞台は、廃屋の屋上では狭すぎた。
 ナルは床などお構い無しに斬撃を繰り出していく。
 斬撃を繰り出すたびに、床が抉れて下の階層への穴を覗かせる。
 そうしていく内に、どんどん足場が減って言ったのだ。
 そして、遂に足場が崩れた。
 床が崩壊したのだ。
 それはピンチであると同時に、チャンスでもある。
 ナルは足場が崩れるその瞬間に、身体を丸めて全身のブースターを吹かした。
 ナルの身体は縦方向に激しく回転を始め、万有引力に引かれて落下する。
 その先には落下途中のトロンベがいる。
「あははぁ!」
 そして、思いっきり刃鋼を振り下ろす。
 回転運動によって速度を上げた刃鋼が、トロンベへと迫る。
 しかし、ナルはこれで終わるとは思っていなかった。
 終わらせてくれるなと思っていた。
 その期待に応え、トロンベは刃鋼を受け止めた。
 否。
 トロンベは刃鋼を打ち壊した。
 右腕に備え付けられた“シェルブレイク”パイルバンカー。
 刃鋼が迫るその瞬間に、絶妙のタイミングでそれを打ち込んだのだ。
 その一撃が刃鋼を中ほどから打ち壊したのだ。
「刃鋼が折れた…?」
 刃鋼は恵太郎自ら制作した武器である。
 様々な合金を配合し、強度だけなら実弾すら防げるほどの物だ。
 それが、折れた。
 恵太郎は心底驚いた。
「…トロンベがただ守りに徹すると思う?」
 アリカは静かに、しかし嬉しそうに口を開いた。
「さっきの斬り合いのとき、トロンベはあのでかい剣の同じポイントだけを攻撃してたの」
「なるほど。使い古された手だけど、堅実で正しい判断だ」
 恵太郎は嬉しくて堪らなかった。
 一歩間違えば自身にも危険が及ぶこの離れ業。
 それをやってのけたのだ。
「へぇ……やりますねぇ」
 ナルは折れて半分ほどの長さになった刃鋼を見ながら、感心したようにしきりに頷いていた。
 トロンベは距離を置いて、ナルの様子を覗っていた。
「で、も」
 一頻り頷いたナルは、その視線をトロンベに移した。
「バトル中に無防備な相手に攻撃を仕掛けないのは何で、かなぁ」
 ナルは銃鋼をトロンベに向け、放った。
 無数の光弾がトロンベのみならずゴーストタウンの一角に浴びせられる。
 凄まじい爆音と砂煙。
 それが視界を封じた。
 銃鋼からの攻撃を受けたとなりの廃屋は上半分がガレキと化していた。
「あはぁ、まだまだこれからですよぉ」
 半壊した廃屋から眼下のガレキの山に向かって、ナルは言った。
「…当たり前、です」
 砂煙の中から声だけが聞こえた。
「あははぁ、そうでなく、ちゃ、ねっ!」
 ナルは満面の笑みを浮かべ、廃屋から飛び降りた。
 ガレキを粉砕しながら着地したナルは、トロンベの姿を探した。
「なぁに、かくれんぼぉ?」
 周囲を廃屋に囲まれたそこは、未だに砂煙が充満していた。
 まるで無邪気の様にキョロキョロと周囲を見回すナル。
「ナル、右だ!」
 恵太郎の声が響いた。
「きゃぁ、怖いですねぇ」
 空を斬りながら、飛来する刃。
 フルストゥ・グフロートゥの投合。
 ナルの腹部を目掛けて投擲されたそれを銃鋼で防いだ。
 四つのフルストゥ・グフロートゥが突き刺さった銃鋼がもう使い物にならないと判断したナルは、銃鋼を無造作に投げ捨てる。
 ゴトン、という音が周囲に響く。
 静寂。
 周囲を不気味な静寂が支配した。
 風など発生しないこのフィールドでは、砂煙は中々晴れない。
「ふふぅ」
 そんな中、ナルは楽しそうに辺りを見回していた。
 心底楽しそうに。
 心底嬉しそうに。
 しかし、無意識の内にこの状況で有り得る戦法について思いを巡らせていた。
 視界の利かない空間で、最も有効な戦法。
 それは、奇襲。
 相手が気付いていなければほぼ確実に仕留める事が可能な戦法。
 まさに、今だ。
「だ、め」
 だが、トロンベはガレキの上に力なく臥した。
「……っ」
 ナルの刃鋼による突きが、トロンベの腹部に叩き込まれたのだ。
 トロンベは気配を消し、背後から奇襲を仕掛けた。
 しかし、その攻撃はナルに察知されていた。
「だめだよぉ、ちゃんと足元にも気を配らなきゃぁ」
 ナルはそういって石ころ大のガレキを蹴飛ばした。
 地に臥せるトロンベの傍らに歩み寄り、折れた刃鋼を突き付ける。
「どうするぅ、どうするの? 私を倒すんでしょう? 勝機は幾つ? 千に一つ? 万に一つ? それとも億ぅ? それとも兆? もしかしたら京かなぁ?」
「……例えそれが無量大数だとしても、私達には充分すぎる!」
 挑戦的なその言葉。
 その言葉に、トロンベは誇りを持って応えた。
 それと同時に懐に隠し持っていた手榴弾を炸裂させた。
「いやぁ~」
 至近で爆発した手榴弾に、両者は大きく弾かれた。
 手榴弾の爆発によって、周囲に充満していた砂煙は吹き飛ばされた。
 視界が開け、両者の姿がはっきりと確認できる。
 ナルはガレキの中から刃鋼を杖にふらふらと立ち上がった。
「うふふぅ、捨て身の攻撃なんてらしくないですよぉ」
 その腹部には大きな傷が出来ており、内部機構が垣間見えていた。
 それだけではなく、左の足は半壊していた。
 もう歩く事すらままならないだろう。
「捨て身?……違いますよ」
 満身創痍のナルに対し、トロンベはほぼ無傷だった。
 その理由は、手榴弾の性質にある。
 先程の手榴弾は、爆発に志向性を持たせた特別性なのだ。
 攻撃範囲こそ狭い分、その威力は折り紙付きである。
 よって、トロンベは吹き飛ばされたのではない。
 自らの意思で退いたのだ。
「このバトル」
「アタシ達の勝ちよ」
 トロンベとアリカが声を合わせた。
 その声ははったりなどではない事を、ナルも恵太郎も解っていた。
「考えたなぁ」
 だから、恵太郎は素直に驚いた。
 手榴弾の爆風によって砂煙が晴れた時、そこはガレキの山だった。
 周囲は廃屋に囲まれていて、逃げ場は空しかない。
 しかも今のナルは足を負傷しており、跳ぶどころか歩く事すらもままならない。
 フィールドを照らす照明の光に、何かが反射した。
 それは極細でありながら抜群の強度を誇るモノフィラメントワイヤー。
 それはトロンベの手元から四つの廃屋に伸びていた。
 その先には、バトル開始後直ぐにぷちマスィーンズが配置した手榴弾が仕掛けられている。
 初めから、最後までナルはトロンベの手の平の上で踊っていたのだ。
「これは、私からのお礼です!」
 トロンベは手を振り上げた。
 それと同時に、何かが抜ける音がした。
 直後、爆発。
 既にボロボロだった廃屋の壁を、手榴弾は破壊した。
 そして、この手榴弾は指向性を持っている。
 ナルの方へ向けられた爆発は、廃屋の壁をナルに向けて爆破したのだ。
「流石に、これは無理ですよぉ」
 それを、ナルは笑って受け入れた。


「完敗だよ」
 恵太郎はそういってアリカに握手を求めた。
「…ありがとうございました!」
 アリカは清々しい声と共に一礼し、握手に応えた。
 最早、両者に言葉は要らなかった。
 が、しかし。
「…あの!」
 アリカは顔を力強く上げて、恵太郎を真直ぐに見つめた。
 その頬は、心なしか赤くなっていた。
「師匠、って呼んでもいいですか!」
 恵太郎は泣きたくなった。






おまけ
 ガレキの山に埋もれながら、一体の神姫がやさぐれていた。
「あは、ははは、ははははは……笑いなよぉ、笑いなよぉ!」
 ガレキの山を掻き分けながら、一体の神姫ががんばっていた。
「い、今助けますからっ!」




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