窓を全開にした車の助手席のドアに頬杖をつき、びゅうびゅうと吹き付ける春先の風を耳に受けながら僕は右から左へ目まぐるしくスクロールする田舎の風景を眺めていた。
都会とは違う背の低い建物の間から常に見える山や木は、時代は2036年となり日本中がますます近代化していってるとはいえ、まだまだ自然って残ってるんだなという印象を受ける。
今日、僕は東京からこの田舎町に引っ越してきた。明日から高校二年生になると同時にこの街の高校に通うことになっている。
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ」
僕の微妙な心理状態を見抜いたのか、車を運転している姉さんが唐突にそう言った。
年は僕より五つ上、神姫専門の研究所で仕事をしており今回の引越しはこの姉さんの仕事の都合によるものだった。
「なんのことだよ」
胸中を見透かされたことに軽く驚きながらも僕は態度には出さず自然にとぼけた。しかし姉さんは伊達に僕の姉を十六年しているわけではないらしい。腹が立つ位軽やかにフフッと鼻で笑った。
「まあ、あんたには頼りになるランちゃんがついているから大丈夫よね」
その言葉に僕は思わずフンと鼻を鳴らす。
「このクソ生意気神姫にバトル以外で頼れるところなんてあったっけ?」
そう言いつつ僕は体を捻り、後部座席を振り返った。
そこには姉さんのバッグと僕が車内で暇つぶしをするための本やゲーム機の入ったカバン。そして、その影で大の字になり気の抜けた寝息をたてている白い神姫がいた。
その純白の素体だけを見れば天使型のアーンヴァルに見えるかもしれない。しかしその首から上にくっついているコアユニットは金髪でおとなしそうなアーンヴァルのそれとはまったく違い、薄緑色のツインテールをたらした生意気そうな釣り目のストラーフだった。
悪魔型ストラーフのリペイントモデル、通称「白黒子」。日本で一時期だけ発売されていたものを姉が僕への誕生日プレゼントとして贈ってくれたものだった。
こいつの名前はランという。これは僕自身がそれなりに悩んでつけた名前なのだが本人はイマイチ気に入らないらしく度々文句を言ってくる。
僕が思わずそのランの間抜けな寝姿に見とれていると、そいつはわずかなうめき声とともに体をよじらせた後、むくりと起き上がった。もしかしたら悪口を言ったのが聞こえたのかもしれないと僕はヒヤッとする。
「ふあ~あ……。よく寝た。あれ、どうしたのダイチ?」
オーナーであるはずの「大地」という僕の名前をまるで飼い犬を呼ぶように気安く呼び捨てにするランは、いつもは日本刀の切っ先のように鋭い目をしょぼつかせたままキョトンとした顔でこちらを見てくる。どうやらこいつが起きたのは自分への悪口を聞いたからではなくたまたまだったようだ。
「別に。お前の悪魔型なのに天使みたいなカワイイ寝顔に見とれてただけさ」
僕が内心安堵しながら皮肉を言うと、眠たそうだった顔を途端にニヤつかせ、僕が座っているシートを素早くよじ登ってきた。
「だったら見とれついでに、お目覚めのチューまでしてくれてもいいんだよ?」
そう言ってその小さな唇をホレホレとばかりに近づけてくる。
出会ったばかりの頃はこういう冗談にいちいち反応してしまい、よくからかわれていたものだと思い出しながら僕はそれ以上相手にせず、窓の外に顔を背けた。
僕が冗談につきあうつもりがないとわかるとランは「つまんないの、少しはノッてよね」と不機嫌そうな声を出し僕の肩に座り込んだ。
「どうせまたボクの悪口でも言ってたんでしょう?」
鋭い。
ランは座ったまま投げ出した足をブラブラさせる。そのかかとが僕の鎖骨に当たり、さりげなくダメージを与えているのはおそらくわざとなのだろう。
「悪かった、僕が悪かったから。とりあえずやめてくれ」
鎖骨の痛みに耐えかねて謝ってしまった。するとランは得意げな顔になり腕を組んでうんうんとうなずく。
「そうそう、それでいいんだよ。どうせわかってるんだからこれからは言いたい事は面と向かっていいなよ?」
冗談じゃない。と、僕は思った。僕がランに言いたい事を直接言えば、毎日が口げんか。挙句の果てにロボット三原則の第一条を無視してのデモニッシュクローをくらわされかねない。
僕は今までランの強烈な一撃によって倒されていった相手神姫たちの姿を想像し、身震いしつつ「わかったよ」とだけ答えておいた。
そんな俺たちの様子を見ていた姉さんは楽しそうに微笑んでいた。