レバー一回転+C
7月27日(水)
三回目であっても、やはり慣れないものはなれないらしい。私はこの煙草の臭いが嫌いだ。
「慣れてるあたしはもう終わってるってことかしらね?」
「そうとは言ってない」
「そうとは言ってない」
笑いながら、今日も私はゲームセンターへとやって来ていた。昨日華凛に言われたのもそうだが、私もここで神姫バトルをするのは好きだった。私もなんだかんだ言って私も終わってるのかもしれない。
「今日もやってるわねー」
モニターには、現在プレー中のバトルが映し出されている。
今やっているのは、アーク型とミズキ型のバトルだった。ミズキは忍者のような神姫だった。鶴をイメージされているらしいが、ものすごい旧型らしい。
対するアークはトライク(三輪のバイク)になれるらしく、現在ハイウェイを疾走している。
ミズキの名前はミヤビ。そしてアークの名前は……
今やっているのは、アーク型とミズキ型のバトルだった。ミズキは忍者のような神姫だった。鶴をイメージされているらしいが、ものすごい旧型らしい。
対するアークはトライク(三輪のバイク)になれるらしく、現在ハイウェイを疾走している。
ミズキの名前はミヤビ。そしてアークの名前は……
「『紅葉』……?」
「どしたの樹羽?」
「ううん、なんでもない」
「どしたの樹羽?」
「ううん、なんでもない」
もしかしたら、あの人なのだろうか? 思わず筐体を見回してしまう。
「シリア、紅葉って名前のアーク型がバトルしてる」
バックの中にいるシリアに話かける。シリアは顔だけバックから出した。
「それって、もしかして楓さんの?」
「かもしれない」
「かもしれない」
私はもう一度モニターを見た。たった今、バトルが終わったらしい。画面には『winner アーク型 紅葉』のテロップ。重要なところを見逃したみたいだ。
「見損ねた」
「すごかったよ。こう、ギュイギュイってやって、ズバズバっていって、最後にギュガァァァってえげつなかった」
「すごかったよ。こう、ギュイギュイってやって、ズバズバっていって、最後にギュガァァァってえげつなかった」
よくわからないが、フィニッシュは総大だったらしい。
その時、一台の筐体が空く。一人は中年のおじさん、たぶんミズキのマスターだろう。もう一人は、昨日見た長ラン姿だった。
その時、一台の筐体が空く。一人は中年のおじさん、たぶんミズキのマスターだろう。もう一人は、昨日見た長ラン姿だった。
「すいませんね、手加減が効かなかったもんで」
「く、お嬢ちゃん強いね」
「あったり前だ! 姉貴とあたしのコンビは最強なんだよ!」
「紅葉、それは相手に失礼だ」
「く、お嬢ちゃん強いね」
「あったり前だ! 姉貴とあたしのコンビは最強なんだよ!」
「紅葉、それは相手に失礼だ」
落ち着いて紅葉に注意した楓さんは、相手に軽く会釈した。
「すいませんね、熱くなるといつもこうで……」
なんだか、口調や物腰が服装とはマッチしているんだが、何か違う気がする。『けっ、話にならねぇな』とか言いそうなのに。
「いや、構わんよ。それより……」
中年マスターは楓さんに近付く。なんだか目が怪しい。
「この後、一緒に食事でも……」
そう言って、肩に手を伸ばす。
「ば、ちょ、待っ!」
紅葉が何か言おうとするも、その手は肩に触れ
「あたしに……」
た。
「触るなぁっ!!!」
次の瞬間、中年マスターはダクトが露出していた天井すれすれまで飛んだ。
手をバタバタさせもせず(たぶん失神しているのだろう)背中から地面に落下する。 周りからはため息混じりの声。
手をバタバタさせもせず(たぶん失神しているのだろう)背中から地面に落下する。 周りからはため息混じりの声。
「あーあ、今のはおっさんが悪いな」
「だよな、ていうか姉さんに手ぇ出そうってのがなぁ……」
「ま、初見の奴はみんな飛ぶさ。今のはむしろダクトに突っ込まなかっただけましだぜ?」
「だよな、ていうか姉さんに手ぇ出そうってのがなぁ……」
「ま、初見の奴はみんな飛ぶさ。今のはむしろダクトに突っ込まなかっただけましだぜ?」
どうやら、今のはもはや日常らしい。人ひとり投げ飛ばしてもスタッフの一人も出てこないというのは、そういうことだろう。
「くそ、遅かったか。ミヤビさん、だっけ? ごめんね、姉貴、男性恐怖症でさ、触れられただけでああなるんだよ」
「いえ、問題ありません。今のはマスターが悪いのですから、謝るのはむしろ私たちの方です。マスターに代わりまして、不快な思いをさせてしまって、申し訳ありませんでした」
「いえ、問題ありません。今のはマスターが悪いのですから、謝るのはむしろ私たちの方です。マスターに代わりまして、不快な思いをさせてしまって、申し訳ありませんでした」
ミヤビさんは利口だったらしい。
その後ペコリと頭を下げると、失礼しますと一言断り、その小さな手で中年マスターの首筋にパシッと手刀を当てた。
その後ペコリと頭を下げると、失礼しますと一言断り、その小さな手で中年マスターの首筋にパシッと手刀を当てた。
「は、私は何を?」
「帰宅しますよマスター。後、そちらの楓さんにはちゃんと謝ってくださいね」
「? なにやら無礼があったようで、申し訳ありませんでした」
「帰宅しますよマスター。後、そちらの楓さんにはちゃんと謝ってくださいね」
「? なにやら無礼があったようで、申し訳ありませんでした」
落下の衝撃で記憶が飛んだのか、中年マスターはあまり理解がいかない様子で頭を下げる。その後、観客をかきわけ帰っていった。
「シリア、やっぱり楓さんだよ」
「みたいだね、あんな豪快な投げっぷりは、間違いなくあの人だ」
「みたいだね、あんな豪快な投げっぷりは、間違いなくあの人だ」
シリアは去っていく中年マスターを見送りながら呟いた。
「相変わらずね、楓さん」
気付けば後ろに華凛がいた。腕を組んで、一人頷いている。
「知ってるの?」
「そりゃ、あんだけ派手に人を飛ばしてりゃ有名にもなるわよ」
「そりゃ、あんだけ派手に人を飛ばしてりゃ有名にもなるわよ」
聞けば2年程前からいるマスターらしい。現在大学2年生。極度の男性恐怖症で触られただけでああなるそうだ。
「樹羽も知ってたんだ」
「うん、昨日知り合った」
「うん、昨日知り合った」
不良の件は伏せた。華凛のことだ、下手をするとその場で卒倒しかねない。
楓さんがバトルし終えると、次は私の番だった。楓さんは私を見るとすぐに声をかけてくれた。
楓さんがバトルし終えると、次は私の番だった。楓さんは私を見るとすぐに声をかけてくれた。
「ああ、昨日の女の子! 確か名前は……あれ、なんだっけ?」
「樹羽です。奏萩樹羽」
「樹羽です。奏萩樹羽」
言っていなかったから、知らなくて当然だ。
「樹羽ちゃんか、大丈夫だったかい? あの後は」
「はい、大丈夫でした。紅葉もこんにちは」
「はいよー、樹羽ちゃんもゲーセン来るんだねぇ。なんかイメージと違うや」
「こら紅葉、そういうことは思っても言うんじゃないよ」
「はい、大丈夫でした。紅葉もこんにちは」
「はいよー、樹羽ちゃんもゲーセン来るんだねぇ。なんかイメージと違うや」
「こら紅葉、そういうことは思っても言うんじゃないよ」
どっちかと言えば、楓さんの方がイメージと違う。もっとこう、我が道を行く番長のような感じかと思ったら、その実礼儀正しい人だ。なんだってこんな格好をしているんだろう。
「バトルするんだろ? じゃ、さっそく用意しようか」
互いに筐体を挟んで座る。華凛は私の右後ろに立っていて、なんだかセコンドみたいだった。
「樹羽、あの人は強いからね。油断しないように」
「わかってるよ、華凛」
「わかってるよ、華凛」
元より相手を舐めてかかったことなど一度もない。
シリアが筐体に滑り込む。それを見て、私もヘッドギアをつけた。
シリアが筐体に滑り込む。それを見て、私もヘッドギアをつけた。
『準備完了、いつでもいけるよ樹羽』
「わかった」
「わかった」
さっそくボタンを押す。アナウンスが流れ始めそして――
『……3、2、1、0、RideOn―――』
今日はあたしが口を挟む余裕はなかった。昨日知り合っていたらしいとはいえ、やっぱりこれは快挙だったと言えるだろう。
(着実に樹羽は人との付き合い方を覚えてる)
いや、もしかしたらただたんに自分に自信が持てなかったり、無意識に相手を遠ざけていただけかもしれない。なんにせよ良い方向に向かっているのは確かだ。このまま行けば、遠からず樹羽は人付き合いを覚える。出来れば定着が望ましいが、あまり欲を言っていられない。
(時間は限られてる……この夏休みの間に、なんとか……)
時間は容赦なく迫り来る。私たちはそれに乗り、流されるしかないのだ。