店長たちが部屋を出るのを確認した私は、声のボリュームを少しあげました。
「えっと、それであなたの名前は?」
さっきも聞きましたが、答えてくれなかったので、もう一度。
「……データが破損していて、わかりません」
今度は答えてくれました。しかし、内容はあまり芳しくありません。
「じゃあ、憶えていることは?」
「……以前のマスターのこと……それと、見慣れないデータだけです」
「……以前のマスターのこと……それと、見慣れないデータだけです」
見慣れないデータ、これは店長が入れたものです。あの樹羽という少女についてのものだと聞きました。
「あなたのマスターは、どんな方でした? 多分、あなたがいなくなって、心配してますよ」
「……それは無いと思います」
「なんでですか?」
「……マスターにですから、改造されたの」
「……っ」
「……それは無いと思います」
「なんでですか?」
「……マスターにですから、改造されたの」
「……っ」
けっこうショッキングな事実でした。
私は、マスターたちがこの子のことを調べている間、改造された武装の方を調べていたから、初耳です。
私は、マスターたちがこの子のことを調べている間、改造された武装の方を調べていたから、初耳です。
「だから、心配なんかされていません。もしかしたら、いなくなった私の代わりに誰か改造してるかもしれません」
「…………」
「…………」
いけません。話がだんだんネガティブな方向に転がっていきます。非常によろしくありません。こういう空気は大っ嫌いです。
でも、この空気を無理に変えようとすると、余計に悪化する可能性があるので、控えます。こじれると厄介です、本当に。
でも、この空気を無理に変えようとすると、余計に悪化する可能性があるので、控えます。こじれると厄介です、本当に。
「……今でも、そのマスターの所に帰りたいですか?」
私は少し小さな声で尋ねました。多分、一番重要な質問です。
この答えによって、あの少女がこの子のマスターになるかが決まるわけですから。
この答えによって、あの少女がこの子のマスターになるかが決まるわけですから。
「……いいえ、戻りたくありません。戻りたくても戻れません……」
「戻れない……?」
「解除されてるんです。マスター登録が」
「登録が?」
「戻れない……?」
「解除されてるんです。マスター登録が」
「登録が?」
どういうことでしょう? まさか、店長にですか? いえ、いくら店長でもそこまでしません。
『あ、しまった』とか言って解除しちゃうところとか想像出来ちゃいますけど。
『あ、しまった』とか言って解除しちゃうところとか想像出来ちゃいますけど。
「だから、厳密に言えばマスターじゃないんです。私は今、マスター不在の状態で……」
「でも、そのマスターのこと憶えているんでしょう?」
「記憶回路にです。マスターの情報はほぼ全て壊れていて……」
「でも、そのマスターのこと憶えているんでしょう?」
「記憶回路にです。マスターの情報はほぼ全て壊れていて……」
顔は憶えていて、マスターということはわかるのに、名前とかがわからないということですか。記憶喪失みたいです。
「でも、もし戻れるとしたら……」
「……?」
「止めてあげたかった。ほんの少しだけ、憶えているんです。あの人が笑った顔を」
「…………」
「止めてあげたかったけど、どこの誰かわからないんじゃ、無理ですよね?」
「……?」
「止めてあげたかった。ほんの少しだけ、憶えているんです。あの人が笑った顔を」
「…………」
「止めてあげたかったけど、どこの誰かわからないんじゃ、無理ですよね?」
……あぁ、無理ですね、これは。
「……大好きだったんですね」
「え?」
「そのマスターのこと、あなたは大好きだったんですよね」
「え?」
「そのマスターのこと、あなたは大好きだったんですよね」
すいません店長。私には荷が重すぎます。こんなに昔のマスターに想いをはせている人に、新しいマスターを迎えろなんて言うの、無理です。
「……はい、大好き……でした」
「……?」
「でも、それはまやかしでした。本当に私のことを想ってくれていたなら、絶対に改造なんてしません。それでも私はマスターを愛していました。たとえ一方的な片想いだとしても」
「……?」
「でも、それはまやかしでした。本当に私のことを想ってくれていたなら、絶対に改造なんてしません。それでも私はマスターを愛していました。たとえ一方的な片想いだとしても」
彼女は自重気味に笑います。
「こんな中途半端な気持ちが生まれるなら、最初から会わない方がよかったのに……」
「…………」
「…………」
私は、何を言えばいいのかわかりませんでした。彼女のその瞳の端に浮かぶ涙を見ていたら、何も言えなくなりました。
でも同時に、一つの希望が見えました。
でも同時に、一つの希望が見えました。
「……そんなあなたに、頼みたいことがあります」
言わなければなりません。この子には悪いですけど、あの少女のためです。
「人助けをしてくれませんか?」
「人助け……ですか?」
「はい、そのデータの人です」
「人助け……ですか?」
「はい、そのデータの人です」
彼女は軽く目を閉じ、再び開けました。
「奏萩樹羽、16歳中卒。身長155cm、体重48Kg、スリーサイズは……」
「それは言わなくていいです」
「それは言わなくていいです」
私がピシャリと言うと、彼女はまた目を閉じて、開けました。
「……高校を中退後、現在まで無職。神姫に関する知識は少ない。また、運動は得意。料理を初め、家事全般が出来る」
ずいぶん詳しい情報まで入ってます。調べたのは店長なのでしょうか? だとしたら後で断罪を加えなくては。
「この人……ですか?」
「はい、神姫のマスターになりたいとおっしゃっていました」
「はい、神姫のマスターになりたいとおっしゃっていました」
私は姿勢を正します。
「この人の、神姫になって欲しいんです」
「…………」
あー、もう口開けてポカンとしてます。完全にアウトですね、これ。
「いえ、もちろん無理にとはいいません。こちらとしても厚かましいと思っていますし、マスターがいなくなったばかりで気持ちを整理したい時だってのもわかってるんですけど、そんなあなただからって言うと大変アレですけど適役って言うか、普通の神姫じゃダメって店長が言ってたというか、だから何が言いたいかって言うと……」
「はぁ、いいですけど」
「いえ、もちろん承諾していただこうなんて思ってな……っていいんですか!?」
「はい、構いません」
「はぁ、いいですけど」
「いえ、もちろん承諾していただこうなんて思ってな……っていいんですか!?」
「はい、構いません」
あっさり頷きました。驚きです。こんな突拍子もないお願いを聞いてもらえるなんて思ってませんでしたから。
「今データを詳しくみてみたんですけど、この人も、辛い経験をしてらっしゃるんですね」
「はぁ……それってどんな?」
「彼女のお父様が経営していた会社が、部下の裏切り行為で倒産したんだそうです」
「倒産って、じゃあ今は?」
「記録によると、もう8年も前のことで、今は別の会社に就職してるそうです。しかし、彼女はそれが原因で人を信じれなくなったようで……」
「はぁ……それってどんな?」
「彼女のお父様が経営していた会社が、部下の裏切り行為で倒産したんだそうです」
「倒産って、じゃあ今は?」
「記録によると、もう8年も前のことで、今は別の会社に就職してるそうです。しかし、彼女はそれが原因で人を信じれなくなったようで……」
店長と話していた彼女を思い出します。一応まともに話していましたが、あれでも内心信用してなかったんですかね。
「他人を信じられず、他者と距離を開けてしまう。そんな彼女を外に連れだして、社会に復帰させるのが、私の役目になるんですね」
「いいんですか? ホントに」
「いいんですか? ホントに」
あんなに前のマスターのことを気にかけていたのに、ちょっと切り替え早くありません?
「いいんです。いつまでも、クヨクヨしてられません。それに……」
彼女は笑います。
「この方なら、絶対に私を裏切らない。そうな気がするんです」
確かに、裏切らない、というか、裏切れないと思います。
だって、人の裏切りを知っているから。
裏切られてしまった人が身近にいるから。
自分は、裏切られる悲しみを味わいたくないから。
だって、人の裏切りを知っているから。
裏切られてしまった人が身近にいるから。
自分は、裏切られる悲しみを味わいたくないから。
「えぇ、私もそう思います」
だから、あの子なら任せられる。
同時に、この子なら任せられる。
そういうことでいいんですよね? 店長。
同時に、この子なら任せられる。
そういうことでいいんですよね? 店長。
「…………」
「…………」
「…………」
エリーゼとあの神姫を二人きりにして、しばらく経った。私は特にすることもないから、棚にならんだ商品を眺めていた。
神姫用の小さな銃や、剣。また、彼女たち専用の防具。
そして、彼女たち自身。
神姫用の小さな銃や、剣。また、彼女たち専用の防具。
そして、彼女たち自身。
「いいですよね、神姫」
後ろからいきなり話かけられて、かなり驚いた。が、表には出さない。私がこれまでで培ってきた技だ。
「……そうですね」
「彼女たちは機械ですが、もうほとんど人間みたいなものですからね。こうやって並んで箱詰めされているのに、たまに疑問を感じます」
「……人身売買ですか?」
「ははは、手厳しいですね」
「彼女たちは機械ですが、もうほとんど人間みたいなものですからね。こうやって並んで箱詰めされているのに、たまに疑問を感じます」
「……人身売買ですか?」
「ははは、手厳しいですね」
柏木さんは薄く笑う。
「僕は、商売を抜きにして、彼女たちがたくさんの人に触れることを願って、この店を開いたんですよ」
「……そうですか」
エリーゼが言っていたことが少し読めた気がした。つまりこの人は神姫のマスターが一人でも増えることを望んでいる。しかも今回の場合、神姫が神姫だ。嬉しさも増すというものだろう。
私は神姫たちを見る。目を瞑り、じっと来るべきマスター待っている。
いつか、この神姫たちにもマスターが来るのだろうか?
「……そうですか」
エリーゼが言っていたことが少し読めた気がした。つまりこの人は神姫のマスターが一人でも増えることを望んでいる。しかも今回の場合、神姫が神姫だ。嬉しさも増すというものだろう。
私は神姫たちを見る。目を瞑り、じっと来るべきマスター待っている。
いつか、この神姫たちにもマスターが来るのだろうか?
「店長~!」
その時扉が開き、エリーゼが姿を表した。後ろにはあの神姫も見える。
「エリーゼ、首尾はどうですか?」
「大丈夫ですー! 一気にマスター登録まで行ってもオールオッケーです!」
「大丈夫ですー! 一気にマスター登録まで行ってもオールオッケーです!」
どんな会話をしていたのかわからないが、よくあの状態からそこまでことを運んだものだ。
「あなたも、それでいいですね?」
「はい、もう決めました」
「はい、もう決めました」
はっきりと答える。本当に大丈夫なようだ。
「分かりました。では、こっちに来てください」
エリーゼたちを手に乗せ、柏木さんは店のカウンターへ向かう。私もそれに続いた。
あの神姫をクレイドルに乗せ、柏木さんがカウンターのパソコンを軽く操作する。
あの神姫をクレイドルに乗せ、柏木さんがカウンターのパソコンを軽く操作する。
「では、手早くやっちゃいましょうか」
「と言っても、樹羽さんのデータは全て彼女にインストールされてますけどね。そうですよね? 店長」
「と言っても、樹羽さんのデータは全て彼女にインストールされてますけどね。そうですよね? 店長」
エリーゼがなにやら怖い顔で柏木さんを見る。
「何が書いてあったか定かではありませんが、勘違いしないでください。あれの情報元、及び製作は私ではありません。内容も見てませんよ? 製作者の言いつけでしたので」
「あ、そうなんですか? よかったです」
「あ、そうなんですか? よかったです」
話から、だいたい私のデータがどうこう言っているのはわかった。柏木さんが作ったのでないなら、誰が作ったのだろう? って、一人しかいないか。
「ま、そういうわけですので、後はこの子の名前と、マスターの呼び方を決めるだけです」
名前と呼び方、か。呼び方は……まあ普通に『樹羽』でいいとして、後は名前か。
私は悩んだ末に、とりあえず言ってみた。
私は悩んだ末に、とりあえず言ってみた。
「クラン」
「それでいいんですか?」
「それでいいんですか?」
確認をとられると、本当にこの名前でいいのか悩んでしまう。物凄くテキトウに考えた名前だし。
じゃあ、なにがいいだろう。
私には知り合いが少ない? んー、知り合い……シリア……
じゃあ、なにがいいだろう。
私には知り合いが少ない? んー、知り合い……シリア……
「シリア……でいいとおもいます」
うん、なかなかしっくりくる名前な気がする。割りと安直な気がするけど。
「じゃあ、呼び方は?」
「それは普通に『樹羽』で」
「分かりました。では入力しますね」
「それは普通に『樹羽』で」
「分かりました。では入力しますね」
カタカタとテンポよくキーが叩かれ、最後にタンッとエンターキーが押される。
「完了です。どうですか? 『シリア』さん?」
神姫はゆっくりと目を開く。
「はい、大丈夫みたいです」
神姫は私の方を見上げる。
「これから、よろしくね、『樹羽』」
ちゃんとマスター登録は出来たようだ。
「うん、よろしく、『シリア』」
だから、私はそう返した。