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八話 『な~に勝手に』



 色あせた白い天井と淡い緑色のカーテンが私を囲んでいた。それに学校の保健室のような臭いもして、病院のベッドに寝かされていることに気付いた。
 部屋は明るくて、まだ日が高い時間らしかった。私はいつからここで寝ているんだろう。眠りにつく前、私は何をしていたんだろう。最後に覚えている光景がフラッシュバックして、悲しさより先に涙が溢れてきた。嗚咽をもらす喉は何故かいがいがして痛かった。
 唐突に力強く上半身を起こされ、抱きしめられた。なんだか久しぶりにお母さんの香りをかいだような気がした。お母さんは温かかった。もう大丈夫だからとささやき、子供の頃のように背中をとん、とん、と優しく叩いてくれた。私が落ち着くまでずっとそうしてくれていた。



 私の手首には点滴の針が刺さっていた。あれから私は丸二日、目を覚まさなかったらしい。中年のおっさん医師にそう聞かされた。
 昔からヤブ医者が集うことで有名だったこの大病院は、私たち家族からしてみれば敷地が広いだけでも立派なものだった。だからおっさんの手際が良いのか悪いのかは判別つかないけど、とにかく私はすぐに退院できるらしい。
 この病院に運ばれた時、背比が付き添ってくれていたそうだけど、お父さんもお母さんも邪険に扱ったらしいことが言葉の端々から伝わってきた。
 私を庇うように前に立ってくれた背比の背中をよく覚えている。あの時、神姫センターに入る前から疲弊し切っていた私が一人で責められ続けていたら、たとえコタマが 【あんなこと】 にならなくても、私はどうなっていたか分からなかった。私は背比に助けられている。
 そう訴えてもお母さんは聞く耳を持ってくれず、もう神姫センターと背比には近づくなと言った。反発したかったけど(というより同じ弓道部だから背比に近づかないなんて無理)さんざん迷惑をかけた身だったから、沈黙するに留めておいた。
 結局、手紙を渡しそびれてしまった。



 お母さんはマシロを連れてきていた。私がもう少し落ち着いてベッドから抜け出せるようになるまでの間、いろいろと聞きたいことがあったけど、元よりマシロはそのために来ているらしい。
「コタマは兄様の手により、そろそろ目を覚ます頃でしょう」
 マシロは開口一番、あっさりとそう言ってのけた。
 へにゃんと脱力した私は枕の後ろのベッドボードでゴチンッ! と後頭部を打った。視界にキラキラ星が飛んでもなお、安堵のほうが勝った。安心して気が緩んだら涙腺まで緩くなったのか、またぽろぽろと涙が出てきた。涙って枯れないもんなんだなあ。
「もうちょっと、こう、ドラマチックに言うことはできんの? ドラゴンボールのクリリンみたくコロッと復活されたら、どういう顔していいかも分からんよ」
 これでも人生最大級の絶望を味わったんだ。安心した今だから言えることだけど、引っ張りというか、少しくらい悲劇のヒロインになれる時間があってもいいんじゃないか。
「おや、妹君もドラマがお好きでしたか。では、そうですね――格調高い料亭に誤って届けられたコタマのCSCがきっかけとなり、若女将は料亭のスキャンダル暴露を目論む写真家と悲愴の恋に落ちた――というストーリーはいかがでしょう」
「そのストーリーがコタマ復活に繋がるとは思えんのやけど」
 それもそうですね、と珍しく冗談を言ったマシロは微笑をたたえた。
「コタマは無事やったん? 私の早とちり?」
「いえ、その、何と言えばいいのか」
「いいよ、変に気い使わんで」
「はい。では――結果から言いますと、コタマは 【シスター型ハーモニーグレイス】 ではなく 【狐型レラカムイ】 として目覚めることになります」
 狐型レラカムイ。それは久しぶりに聞く名前だった。
 語感からなんとなく分かるように 『レラカムイ』 はアイヌ語らしい。Google先生によると 『レラ』 が 『風』 を表し、『カムイ』 は 『カムイ伝』 のあの人……かどうかは知らないけど、それをイメージさせる茶に近い赤を基調とした、金で縁取られた衣装風の防具に、兄貴に連れられて初めて神姫センターを訪れた時は目を奪われたのをよく覚えている。
 ハーモニーグレイスやクーフランとは異なる矮躯に、股まで届く桃色のツインテールがいっそう小柄さを引き立たせる。表情もあどけなく、さらに頭に大きな狐の耳を付けているとなれば、ケモテックのパーティオやポモック程ではないが、随分とお子様に見えた。
 しかし有名なケモテック製小動物とは違い、クーフランと同様にあまり名前を知られていないレラカムイは、その愛くるしさを世間に広めることはなかった。
 元々、私が一番最初に手に取った神姫はハーモニーグレイスではなくレラカムイだった。箱から出したレラカムイを見て、私はすぐに 『コタマ』 という名前を閃いたのだった。でも不良箇所があったらしく、起動してすぐに停止させざるを得なかった。そこでリセットしてメーカーに送り返すのが通例だと兄貴に言われたけど、それが私には 『コタマ』 という 【魂】 を消してしまうことのように思えて、どんな形でもいいからコタマを可能な限りすぐ目覚めさせられないかと兄貴に頼んだ。そして兄貴が偶然、起動させず持っていたハーモニーグレイスの素体に、CSCと僅かなデータを移植して生まれたのがコタマだった。
 今にして思えば、コタマの腐り切った性格はこの辺りの事情によるものだったのかもしれない。移植したばかりの頃はレラカムイだった僅かな時間の影響を受けていたのか、すこぶる可愛かったのに。
「兄様はコタマや私のメンテナンスの際、このような非常時のために必ずデータのバックアップを取っているのです。コタマは一週間ほど前に調整されていますから、そこまでの記憶を引き継ぐことになるでしょう。不幸中の幸いにしてCSCも無傷でしたから、コタマが以前、狐型からシスター型へ移った時と同様の方法で問題なく目を覚まします」
 ただし、さすがにデータの量が膨大になっているため時間がかかる、とのことらしい。
「でも兄貴が保管してくれとったレラカムイって不良があったんやないん? よく分からんけど、そんなホイホイ修理できるもんでもないやろ」
「かねてより補修されていたようです。やはりそれも万一のためにと」
「そう……こういう時はすんごい頼りになるんやけどね、兄貴は」
「ですが、お伝えするのは心苦しいのですが、一つ問題がありまして」
「まさか……記憶喪失、とか?」
 手垢のついた脚本だと笑い飛ばしたくなるけど、十分あり得ることだった。再会したコタマに 「あ? 誰だテメェ」 なんて言われたら私は……。
「いえ、記憶はデータ化されているので問題なく引き継いているはずです。しかし……人格については残念ながら、引継ぎできないものと思われます」
「人格?」
「ええ。我々武装神姫は設計コンセプトに沿った人格を与えられていますが、それはあくまで大まかな方向付けでしかありません。例えばクーフラン型10体を同時に起動したとして、その10体全員が私と寸分違わず同じ性格になることはない、ということです。極端に言えば、騎士道から外れたクーフランが存在したとしても不思議ではありません」
 まあ、クーフランに限ってそのようなことはあり得ませんが、と微妙に矛盾することをマシロは言った。
「同一機種ですら差異が出るのですから、ハーモニーグレイスからレラカムイへ、ともなればどのような人格を持ってコタマが目を覚ますのかは想像もつきません」
「なるほどねえ。でも元がアレやったし、悪い方向にはならんやろ」
「本当によいのですか? あの生意気なコタマとはもう二度と――いえ、申し訳ありません。妹君の不安をいたずらに煽るようなことを」
「大丈夫。うん、ちゃんと分かっとるよ」
 むかつくくらい高慢で。
 はらだたしいくらい粗暴で。
 いらいらするくらい下卑ていて。
 こんな奴死んでしまえって何度も考えた、けど。
 むかつくくらい楽しくて。
 はらだたしいくらい楽しくて。
 いらいらするくらい楽しくて。
 こんな奴……なんでこんな奴とずっと一緒にいたいなんて考えてしまうんだろうと、自分で自分が不思議だった。
 コタマに痛めつけられたことがあった左手の親指は、おかげ様で、今やちょっとしたことで突き指してしまうようになっていた。
 乱暴なコタマがいた証はもう、この親指しかなくなってしまったように思えた。
「バイバイ、コタマ」
 私は新しいコタマと一緒に。
 私のことを覚えていてくれているコタマと一緒に。
 これからを歩いていく。
「今まで、ありがとう」





「コラコラ鉄子ちゃん! な~に勝手にアタシを天に召してんのよ!」





 ベッドの隣にあるパイプ椅子の上、そこにいつの間にか、一体の神姫が腕を組んで堂々と立っていた。
 ハーモニーグレイスやクーフランとは異なる矮躯を包む、茶に近い赤を基調とした、金で縁取られた衣装風の防具。股まで届く桃色のツインテールはいっそう小柄さを引き立たせる。表情もあどけなく、さらに頭に大きな狐の耳を付けているとなれば、ケモテックのパーティオやポモック程ではないが、随分とお子様に見えた。
「なんか変な感じでメンテが終わったと思ったら、身体がこんなチンチクリンになっちゃってるんだもん。しかもなに、アタシの主は知らない間に病院で伏せってて、アタシの永眠を祈ってるし」
 小さな女の子らしい声。丸くなった言葉。でもそこには間違いなく、コタマがいた。
「な~に鳩豆みたいな顔してんの。ってまあ、事情は聞いてんだけどね。この懐かしい体じゃアタシが誰だか分かんなくなるのも分かるけど、じゃあこう言えば分かるかな」
 さっきまではマシロに対して強がってみせていた私だけど、本当のところ、生まれ変わったコタマのことをコタマだと思えるか心配だった。でも、それは杞憂だった。大きな目を鋭く尖らせ、品悪く口角を釣り上げた彼女は、間違いなくアイツだった。
「よォ鉄子。またピーピー泣いてたんだろ、最高にクールなアタシが助けに来てやったぜ」
 今、目の前にある姿こそが本来あるべきものなんだと、私は悟った。
 レラカムイ型、コタマ。
 あの口の悪いシスターから託された、私の、本当の神姫。
「うむむっ、やっぱこの姿じゃ迫力が半減しちゃうね、これじゃナメられるかも……まぁいいや、アタシの隠しきれないカッコ良さは変わ――ぶはっ!?」
 姿が変わっても相変わらずどうでもいいことを気にしているコタマを拾い上げ、胸の内で思いっきり抱きしめた。コタマは始めは 「お、おっぱいで溺れる……!」 ジタバタ暴れていたけど、しばらくして大人しく抱かせてくれるようになった。
 マシロは側に静かに控えていて、優しく微笑んでいた。





「目が覚めて事情を聞いてさ、家を飛び出したら玄関前に丁度いいパシリがいたのよ。ほら、いつかの疫病猫とその愉快な仲間たち。アイツらにここまで運んでもらったの」
「ああ、あのネコミミの。よくその姿であんたって分かってもらえたんね」
「ん~、あの疫病猫には一目で見破られた。姿が変わったくらいじゃ隠し切れないアタシのオーラを看破されたのかな」
「単に変な電波を送受信しただけやと思う」
 その日のうちに病院を出て、帰ってきた我が家は随分と久しぶりのような気がした。よくよく考えると私は土曜日の夜に家を出てから今日、火曜日まで帰っていなかったのだから、そんな気分にもなったのだろう。
 お母さんはあと一日くらい寝ていろと言ってくれた。でも横になった時間が長すぎたせいか、体が随分とけだるく感じられた。ずっと寝ているというのも、これはこれでつらいものがある。
 とはいえ、今は、大学には顔を出しづらい。心情的なものもあるし、鏡に映った私の顔はガッサガサのボッロボロだった。
「妹君の言うとおり、今回は背比殿が何かをした、というわけではないのでしょう。背比殿本人から事のあらましを聞いていますが、まずは件の二人組に、苦痛を理解できる人間として生まれてきたことを後悔させるのが最優先事項かと。背比殿を糾弾するのはその後としましょう」
 コタマのクレイドルの隣に姿勢よく座ったマシロは、その落ち着いた態度とあべこべの恐ろしいことを言い出した。私にも当然復讐してやりたい気持ちはあるわけだけど、マシロの何が恐ろしいって、身内以外の他人相手なら、今言ったようなことを微塵も躊躇せず実行しようとするのだ。
 身内に異常なまでに厳しく、過剰なまでに優しい。
 そして他人に異常なまでに容赦無く、過剰なまでに冷たい。
 こんなマシロが 『騎士道』 をモットーにしているものだから、私はマシロと生活するようになってからは白馬の王子様に対する幻想すら捨てないといけなかった。
 今のところマシロの暴走はすべて未遂で終わっているけど、一度は本当に兄貴が殺人犯になりかけた。ちょっとしたゴタゴタがあった時、マシロが家から姿を消したことに悪い予感がして、物売屋のバイト代一ヶ月分を前借りしてまで八幸助さんにマシロを探してもらった。大金を支払っただけあってすぐに見つかったマシロは、どんな手段を使ったのか、兄貴のオーナー登録を勝手に抹消していた。 「私が事を成した後で姿をくらませば、兄様に迷惑がかかることはありません」 と言ってのけるマシロに悪気はこれっぽっちもなかった。
 何度言っても他人を小石雑草程度にしか考えてくれないマシロを矯正することを諦めた私と兄貴は、マシロが暴走する兆候が現れたらすぐに話題を逸らすことにしている。
「背比に直接会ったん? 見舞いに来とった?」
「いえ、背比殿は父君に追い払われるまで妹君についていたようです」
「追い払ったって、お父さん、背比に何かしたんやないやろうね」
「男子ならば少々顔に痣ができた程度、問題無いでしょう」
「そんなっ……!」
 部屋を飛び出そうとしたがマシロに 「父君は出張で不在です」 と冷静に呼び止められた。
 背比は私が勝手に作ったトラブルに巻き込まれて、それでも私を守ってくれようとして、その後も私のために動いてくれたんだ。それなのに、あんまりの仕打ちだ。
 携帯に手を伸ばすと、それをコタマが私から遠ざけた。
「ちょっと待ってよ鉄子ちゃん、弧域に連絡するのはもうちょい落ち着いてからのほうがいいって」
「だって、それじゃあ!」
「大丈夫だって。留守電とかメールが来てるけど弧域は怒ってないもん」
「あんた、勝手に……」
「そんな怖い顔しないでよ。いいじゃんちょっとくらい」
 危うく見た目に騙されるところだった。コイツはあくまで 【コタマ】 なんだ。
「マシロ、まさかあんたも背比に何かしとらんやろうね」
「打撲程度では生温いので顔の部品を削ぎ落としておけばよかったと後悔していますが、場所が病院だっただけに事情聴取に留めておきました。まあ、仮にも妹君が認めた男性ですから、いささか色眼鏡で見てしまったのも確かですが。しかし、父君の名誉のためにこれだけは覚えておいて下さい」
 マシロに悪びれる様子はまったく無い。
「いかなる理由があれ、女性の側にいながら守ることのできない男性に存在価値はありません。そして妹君からのお誘いとはいえ、背比殿は義務を果たせず妹君を危険に晒したのです。妹君は私達家族の、かけがえのない一員なのです。背比殿は一応はその点を理解していたようですが、妹君もどうかご理解下さい」
 理解なんてできるはずもなかった。男性をそんな風に見下すのなら女性はお姫様気分でいろってことになってしまう、けど、それをマシロに言えば 「図に乗るな」 と窘められるに決まっている。マシロの言う騎士道ではこれが矛盾しないらしい。そんなカビの生えた思想で背比を責めていいはずがない。
 今はとにかく背比に謝らないと。
 一秒でも早く電話しないと、と焦燥に背中を押されてコタマから携帯を奪い、背比の番号を呼び出すための決定ボタンを押そうとしたけど、ギリギリのところで指が止まった。
 さんざん迷惑をかけておいて、私は何を話せばいい? 背比に何と言って謝ればいい?
「な~に思い詰めた顔してんの。だ~か~ら~今弧域と話すのはやめたほうがいいってば、ちょっとはアタシの言うことを聞いてよ」
「ん……ごめん」
「お、おおお、鉄子ちゃんが素直に謝った! この身体も悪くないかにゃあ~」
「どうしても落ち着かないのであれば、まずは話しやすそうな方に電話をしてみてはいかがですか」
「千早さんとか?」
「ここで真っ先に千早が出てくるって、アンタやっぱおかしいよ」
「あんだけすごい人を尊敬して何がおかしいんよ」
「うん、ある意味すごいと思うよ。ガスマスクとか」
「前々から思っとるんやけど、日本神話のイザナミって実は千早さんのことを指しとるんやないかね」
「どっちかっていうと、イザナギとイザナミがかき混ぜた泥のほうだよ、あの人外は」
「渾沌……そっか! 千早さんから産まれたのが日本ってことなんやね! つまり私もみんなも千早さんの子供ってことになるやん! これは斬新な解釈かもしれん」
「それだけ元気ならもう、どこにでも勝手に電話しやがれってんだ」
 ちらりと元の口調に戻ったコタマは、クレイドルに寝転がって布団代わりのハンカチを引き寄せた。
「では、私もそろそろ。いいですか妹君、元気があったとしても油断は禁物です。今は大人しくしているのですよ」
 マシロは静かに部屋から出ていった。
 コタマを起こさないようベランダに出て、携帯で千早さんではない番号を呼び出した。さっきはああ言ったけど、この時間に千早さんに電話するのは気が引ける。
 この子なら間違いなく起きてるだろう。






「うわっ!?」
 丁度アラームを設定しようとしてた携帯が鳴り出して、危うく携帯を落っことしそうになりました。
 こんな時間に電話をかけてくる不届き者の名前が、飾り気のない文字でディスプレイに表示されました。その名前を見て私は首をひねりました。だって、おかしいです。私の考えだと、鉄ちゃんはまだ電話ができるほど回復していないはず、なんです。


想いを寄せる人に神姫を壊されて、そう簡単に立ち直れるはずがありません。


「……もしもし?」
『ボ~ンゴレビアンコォ。すまんね、こんな時間に電話して』
「ううん、それはいいんだ、けど……」
 鉄ちゃんの声にいつもの元気はありませんでしたが、落ち込んでいる様子ではありません。電話の向こうにいるのは、本当にあの打たれ弱い鉄ちゃんでしょうか。
「もう大丈夫、なの?」
『あー……背比からなんか聞いた?』
「えっ? う、うん。そんなとこ」
 ……うっかりしていました。
【 私 は ま だ コ タ マ が 壊 さ れ た こ と を 知 ら な い は ず な ん で す 】
 弧域くんは日曜日に帰ってきてから、今日までずっと部屋に籠りっきりで、電話にも出てくれません。私たちのためとはいえ、【 優 し い 弧 域 く ん に コ タ マ を 壊 さ せ た 】 のは残酷すぎたかもしれません。でも、それなら、弧域くんと同じように、いいえ、それ以上に落ち込むはずの鉄ちゃんが、何故こうもあっさりと立ち直っているんでしょう。
『背比、何か言っとった?』
「え、えっと……まあ、いろいろと」
『そう…………悪いことしてしまったわ。謝らんといかんね』
「ねえ、鉄ちゃん」
 このままじゃ私がボロを出してしまいそうなので、思い切って聞いてみることにしました。日曜日の 【 仕 掛 け 】 はちゃんと動いたんでしょうか。
「私の勘違い、だったらごめんね。コタマのこと、なんだけど」
『……うん、壊された。でも大丈夫、今は兄貴が復活させてちゃんと動いとるよ。いや寝とるから動いてはおらんけど』
 聞けば、ハーモニーグレイスの素体が使い物にならなくなって、レラカムイ(聞いたことのない神姫です)として復活を遂げたそうです。鉄ちゃんには神姫に詳しいお兄さんがいるのは知っていましたが、こんなにも早くコタマが復活してしまうのは誤算でした。
 いがみ合ってはいても、なんだかんだで仲良しだった鉄ちゃんとコタマ。二人揃えばこその、鉄ちゃんの異様なまでの立ち直りの早さなのでしょう。
 それはそれ、として。 【 仕 掛 け 】 そのものは上手く動いてくれたようです。ホッとしましたが、それを悟られるわけにはいきません。
「なんて言っていいのか分からない、けど、大変だったみたいねえ」
『まったくよホント。もうあの神姫センターには二度と行かん』
「コタマはバトルしたがる、かもよ?」
『そんときゃ兄貴みたくオンライン対戦でもやらせるわ。そっちのほうがマシロみたいな化物もいっぱいおるらしいし、コタマもボコボコにされて少しはしおらしくなるやろ』
「そっか――ねえ、鉄ちゃん」
『んー?』
「私がこんなこと言うのっておかしいかも、だけどね。弧域くん、だいぶ反省してるし、あんまり責めないであげて、ね?」
『責める? 背比を? ははっ、まさか傘姫までマシロみたいなこと言うとは思わんかったわ』
「ど、どういう、こと?」
『どうもこうも、なんで助けてもらった背比を責めんといかんのよ。背比がおらんかったら私…………正直、神姫センターのトイレで首吊っとったよ』
 嘘を言っている様子ではありません。何かがおかしいです。
「コタマを壊しちゃったのって、弧域くん、なのよね?」
『は!? まさか背比がそう言ったん!?』
「そ、そうじゃない、けど」
『背比がそんなことするはずないやん! 一緒におったから責任感じてくれとるんかもしれんけど、壊したのはどっかのクソ二人組やし、私と一緒にコタマを連れ帰ってくれたんは背比とエルよ!』
 ……どこで狂ったのでしょう。 【 仕 掛 け 】 は、正しく作動していませんでした。
 怒鳴るように言った鉄ちゃんは一息ついて、何か腹を決めたようでした。
『背比、まだ起きとるかね』
「分かんない。電話にはずっと出てくれな……」
 しまった、さっき私は弧域くんと会話をした設定になったんでした。でも鉄ちゃんはその矛盾には気付きませんでした。
『電話かけてみりゃ分かるか、っていうか寝とっても起こす。ありがと傘姫、背比に何て言って謝ればいいかずっと考えとったんやけど、言うこと決まったわ』
「何を、言うの?」
『【ありがとう】って言いまくる』
 おやすみの挨拶もそこそこに鉄ちゃんは通話を切りました。そしてすぐに部屋の壁の向こうから携帯が鳴る音が聞こえてきました。壁に耳を当てて様子をうかがうと、どうやら弧域くんは電話に出たようです。音がくぐもっていて話の内容までは分かりません。



私の電話には、出て、くれないのに。



「これで分かっただろう、ヒメ」
 これまで何も言わず様子を見守っていただけだったニーキが初めて、口をはさんできました。
「【心】や【絆】といった類のものが弱く脆いのは確かだが、時に君が思うより遙かに絶大な強度を持つのもまた確かなものだ。日が昇るまでにあの二人は元の絆を――いや、より強固なものを得ているぞ」
 私が無視してもなお小言を続けようとするニーキがうるさくて、壁の向こうの声に集中できません。ニーキの頭と体を掴んで、力いっぱい引きちぎることでようやく、静かになってくれました。
 相変わらず壁の向こうの話は分かりませんでしたが、弧域くんと鉄ちゃんの間に険悪なものがないことだけは、分かりました。










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