プロローグ 小さな小さな総帥様
その街では、一番の交通量を誇る交差点に『ミッシェル・サイエンス』のビルはある
十階立てという、中心街にあるビルとしては規模が小さめなビルの、居住用に改装されている最上階に凛とした声が響きわたった
「総員! 起床!」
ピンクの髪、ネコミミのような帽子、眼帯
ボディは武装ではなく軍服に身を包んでいる
武装神姫、戦車型ムルメルティアと呼ばれる彼女の一言で他のクレイドルで体を休めていた他二人の神姫がスリープモードを解除する
「…おはようございます、少佐」
同じように軍にを身を包み、バイザー付きのヘルメットを目深にかぶったフォートブラッグ型の神姫が自らが少佐と呼んだムルメルティア型に向き直って姿勢を正して敬礼をする
「…うむ…おはよう、大尉」
少佐もまた大尉と呼んだフォートブラッグ型に敬礼を返す
「……おふぁようございましゅ、しょうしゃぁ」
二人に比べて少し…いや、かなり着崩れをした軍服に身を包み、金色のショートカットヘアもボサボサになってしまっているゼルノグラード型の神姫が眠そうな目を擦りながらゆっくりと起き上がり、呂律の回っていない挨拶をしながら少佐に緩やかに敬礼をする
「…曹長、十五秒の猶予を与える…やり直せ」
その言葉と同時の少佐の睨みが効いたのか、曹長と呼ばれたゼルノグラード型は軍服を整え、自分の両頬を軽く叩いてから背筋を伸ばし、少佐に敬礼をした
「申し訳ありません! お早う御座います! 少佐!」
「…よろしい…おはよう、曹長」
少佐もまた曹長に敬礼を返した
……どうやら、少佐はボサボサの髪を見逃してくれたらしい……
日課の挨拶が終わり、次に三人が取る行動もまた日課となっている
「…では、総帥の所へ行くぞ」
少佐の一言で三人は行動を開始する
目的は別室にいる彼女らのマスター…『総帥』に挨拶をしに行くためだ
行動を開始した少佐に曹長が続こうとしたとき、後ろから大尉に方を掴まれ止められた
「…総帥の所へ行く前に、身だしなみくらいは整えて行くんだな」
曹長の方を掴む反対の手は、自前の櫛(神姫サイズ)が握られていた
「自分たちは戦闘をメインコンセプトに作られた『武装神姫』であるが、それと同時に『女性』だ…自分ならば、軍服よりも優先して整えるのだがな…」
言いながら大尉は曹長のボサボサの髪に、静かに櫛を通し始めた
……どうやら、大尉はボサボサの髪を見逃せなかったらしい……
三人のいる部屋は、人間サイズの物が何一つ…クレイドル接続用のパソコン以外は…置いていない
つまり『神姫のために用意された部屋』なのだ
出入り口は人間用のドアと、小さな神姫用のドアの二つある
総帥の『こだわり』がそこかしこに見て取れた
三人は神姫用のドアから通路に出るとまっすぐ総帥の部屋へと向かった
『社長室』と書かれたプレートが下がっているドアの前に差し掛かるとき、反対側から歩いてくる小さな姿が二つあった
「今朝も定刻通りだな、B」
少佐が話しかけると、前方から近づく影の動きが止まった
「当たり前でしょ? 少佐だって変わらないじゃない。ねぇD?」
「…………」
向こうから聞こえてきたBと呼ばれた声の主はインカムを装着し、二本のおさげが揺れ、体にはピッチリしたボディスーツを着込んだヴァッフェバニー型だった
後ろでは、ヘアスタイルはポニーテールだがBと同じボディスーツを着込む、Dと呼ばれたヴァッフェドルフィン型が無言で頷いている
「…ま、何はともあれ…おはよう少佐」
「うむ・・・おはようB、そしてD」
互いに挨拶を交わした後、五人はドアの前に一列に並んだ
ここにもある神姫用のドアの前に少佐が一歩進み、ノックを三回する
「南十字隊少佐、α! 以下二名! 及び特殊部隊二名! 入ります!」
少佐の凛とした声が廊下に響いてから約二十秒後に、ドアの内側から「どうぞー」と高めの声が聞こえた
「失礼します」と少佐が一言断って入室すれば、そこは『社長室』というプレートに相応しくない洋風のダイニングルームだった
中央の広いテーブルにはトーストにミルク、サラダといった洋風の朝食があり、席に着いてそれを食べている人物こそ彼女たち五人のマスター…総帥である
腰まである栗色の長髪が背中あたりで大きく真っ赤なリボンで留められ、大人用の白衣は袖も裾も丈が余ってブカブカだった
イスに座っているのだが、足が床に届かず、所在のないつま先がブラブラと宙をさまよっている
たっぷりとバターを塗ったトーストをかじりながら、くりくりとした大きな目は部屋に入ってきた五人を見ている
……誰がどう見ても『総帥』や『社長』という呼び名に相応しくない子供である
しかし五人の神姫は横一列に並び、一糸乱れぬ挙動で敬礼をする
『お早う御座います! 総帥!』
五人の声がきれいに重なると、総帥はかじっていたトーストを皿に戻してにっこりと笑った
(実は、Dの声が聞ける数少ない機会だったりする)
(実は、Dの声が聞ける数少ない機会だったりする)
「うん、おはようみんな」
この瞬間から、ミッシェル・サイエンスビル最上階にある高城家の一日は始まるのだった……