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キズナのキセキ

ACT0-5「敗北の記憶 その1」




 春。
 今年も、桜は満開に咲き誇っている。
 桜並木の下に、久住菜々子は佇んでいる。
 はらはらと舞う桜の花びらに、通りの向こうが霞んでいる。
 ミスティは、菜々子の足下にいる。フル装備で、手に大剣を構えている。
 音もなく舞う、薄紅色の花びら。
 桜はこんなにも美しいのに、夢のような光景なのに、寂しさを感じるのはなぜだろう。
 菜々子はブレザーの肩に掛かった花びらを、そっと払う。

 高校二年生になった。
 この春から、あおいお姉さまは、いない。
 桐島あおいは、県外の大学に進学した。アパートで一人暮らしをするという。
 『ポーラスター』で、毎日タッグマッチをすることはできなくなった。
 『二重螺旋』は事実上の無期限の活動休止だ。
 少し寂しくはある。
 しかし、お姉さまが大学に進学することは、むしろ喜ぶべきことだ。
 だから、別れの時には、笑顔を贈った。

「長い休みの時には必ず帰ってくるから。そしたらまた、タッグを組みましょう」

 お姉さまはそう言ってくれた。
 あおいお姉さまは、新しい場所でも、武装神姫を続けている。
 ならば、菜々子も続けなくては。さらに強くならなくては。

 足下にいたミスティが、不意に、動いた。
 滑るように地を駆け、舞う。
 素体の方が握っている大剣が振るわれ、刃風に桜の花弁が舞い散った。

「……やっぱり難しいですね」

 動きを止めたミスティが呟く。
 足元に落ちた、いくつかの花びらを見つめている。
 刃に触れた数枚が、両断されていた。
 しかし、ミスティにとって満足のいく結果ではなかったらしい。

「でも、完成すれば、強力な武器になるわ。切り札として……必殺技として使える」
「はい」

 菜々子とミスティが二人で考えた、その技の練習に、ここへ来ていた。
 とらえどころのない花びらをとらえる。
 それが出来るようになった時、彼女たちはまた少し強くなれる。



 三月の終わりに、菜々子はあおいとバトルした。
 あおいは、大学に通うため、この街を離れる。
 お姉さまが側にいてくれた日々の終わり。
 その終止符としてのバトルだった。

「真剣勝負でお願いします」

 そう望んだのは菜々子だった。
 あおいお姉さまと出会って二年以上。
 いまだ一対一の真剣勝負で、あおいお姉さまに勝てた試しがない。
 あおいはいつものように微笑みながら、頷いた。

 その日も、ミスティは劣勢に追い込まれた。
 それでも、今までで一番持ちこたえているくらいだ。
 ルミナスの容赦ない攻撃を捌きつつ、チャンスを待つ。
 そして、菜々子の脳裏に唐突にひらめいた。

『いまよ、バックジャンプして、前に出てひっかく!』

 そんな指示で分かる神姫がこの世にいるだろうか。
 ミスティも菜々子の指示を理解しているわけではない。
 考えるより早く、反射的に身体を動かす。

 ミスティは大きく後ろに跳ねて間合いを取る。
 対するルミナスは、ミスティを追って突っ込んでくる。
 ミスティはバックジャンプの勢いを膝で吸収すると、その反発を開放し、前に出た。
 それはまるで、はじき出された弾丸のような超加速。
 ルミナスの表情が驚愕に彩られる。
 バックジャンプしたのは、間合いを取って体勢を立て直すため。そう読んでいた。
 意図がはずれたルミナスは、あわてて剣を構える。
 ミスティが迫る。
 チーグル・サブアームを上げ、凶悪な爪を振りかざす。

「うあああぁっ!」

 すれ違いざまの一撃は、ルミナスの不完全なガードを突き破り、武器と翼を引き裂いた。
 ルミナスより早く着地したミスティは、反転し、着地の勢いを借りて再びダッシュ。
 墜落するルミナスに、抜き手の一撃を見舞う。
 それが勝負を決めた。
 ルミナスの胸部が、ミスティの必殺の抜き手によって、貫かれていた。


「勝った……」

 長く待ち望んでいた勝利。
 菜々子は信じられない気持ちで呟く。
 その瞬間、周囲で歓声が沸き上がった。
 いつの間にか、多くのギャラリーが、二人の対戦を観ていた。
 ミスティの逆転劇に、誰もが驚嘆し、そして賞賛している。
 菜々子は正面に座るあおいを見る。
 彼女は、呆然としたまま、身動きもしていない。
 そんなに驚くことだろうか。
 いや、自分も信じられないほどのことだ、お姉さまはもっと驚いているに違いない。
 菜々子は席を立つと、あおいの側に立った。

「お姉さま、ありがとうございました」
「え……? あ……ああ……菜々子……」

 いまだ心ここにあらずと言った様子のあおい。
 頭を下げる菜々子の潔さに、周囲から拍手が起こる。
 そこであおいはやっと我に返った。

「菜々子……強くなったね」
「そんな……今日のは、たまたまです」
「いいえ、菜々子もここまで来たんだって、思った。パートナーが強くなってくれて、わたしも心強いわ」

 そう言って、あおいは笑う。
 菜々子は照れたように頭を掻いた。
 しかし、あおいの様子はなんだかおかしい。
 いつも見せるのとは違う、戸惑ったような笑顔に見えた。



 桐島あおいが『ポーラスター』を去って二ヶ月が過ぎた頃。
 菜々子はあおいと連絡が取れなくなった。
 ゴールデンウィークくらいまでは、毎日のように電話をしたり、メールしたりしていた。
 連休の時には、一度こっちに帰ってきて、菜々子と二人で久しぶりのタッグバトルを楽しんだ。
 しかし、その後から、徐々に連絡を取り合う回数が少なくなった。
 あおいがあまり返事をよこさなくなってきたのだ。
 そして、六月の初旬。とうとう、連絡が途絶えた。
 メールを何通送っても、返事がない。
 心配になって電話をかけたが、そもそも携帯端末の電源が切られているようだった。
 あんまり心配だったので、あおいの実家に電話をかけた。
 電話先に出たのはあおいの祖母で、養母とも言える人だ。
 対応は素っ気なかった。おそらく、あまり連絡を取り合っていない。家を出たあおいを、放任しているようだった。
 あおいの大学まで押し掛けようか、とも考えたが、女子高生にそこまでの時間的、金銭的余裕がなくて、断念した。
 それでも菜々子は、毎日メールを送ることだけは続けた。
 いずれ、お姉さまが読んでくれれば、必ず連絡してくれると思ったから。

 六月以降、桐島あおいが何をしていたのか、『ポーラスター』の仲間で知る者はいない。
 梅雨が過ぎ、夏休みに入り、お盆が終わる頃になっても、まだあおいから連絡はなかった。
 菜々子は心配を深めていた。
 花村たち『七星』も、

「彼女のことだから、きっと元気にやっているさ」

 と言いながら、心を痛めていた。

 そして、夏の終わり。
 事件は起こった。



 それは八月も終わりに近くなった、残暑が厳しい日だった。
 ゲームセンターのエアコンが効いた冷たい空気をありがたく思いながら、おなじみの神姫マスターたちは『ポーラスター』に集まっている。
 残る夏休みをバトルロンドで塗りつぶす。
 それが神姫マスターの心意気、と盛り上がっている。
 菜々子もその盛り上がりに加わっていた。
 あおいを心配する気持ちを、一時でも紛らわせようとしていた。

 今日も『七星』たちを中心に、対戦カードが組まれる。
 『アイスドール』の異名を持つ菜々子とミスティは、注目の的である。
 菜々子が筐体の前に立つと、ギャラリーが集まってくる。
 向かいに『七星』の一人が立った。
 今の菜々子は、『七星』とシングルマッチをしても、決して見劣りすることがない。
 『ポーラスター』における実力者同士の対戦に、ギャラリーが沸く。

 と、そこで、ギャラリーの一角から、異なるざわめきが起きた。
 彼らは菜々子たちではなく、二階の入り口となる、階段の方を見ている。
 ギャラリーたちは次々視線を移す。
 そして、驚きとも、喜びとも取れる表情を表す。
 菜々子は振り向いた。
 背後にある階段を上ってくる人影。
 目を見張る。
 落ち着いた服装に身を包み、深いえんじ色のベレー帽をかぶり、銀色のアタッシュケースを手にした人影。

「……お姉さま……」

 待ち望んでいた、その人。
 桐島あおいを見間違うはずがない。
 あおいが視線を合わせてきた。
 菜々子を認め、目をすがめて、微笑む。
 瞬間、菜々子は妙な違和感を感じた。
 あおいの微笑が、ひどく作り物めいて見える。

「どうしたの? 菜々子」

 あおいの言葉に、はっとなる。
 いまわたしは、どんな顔をしていただろうか。いぶかしげな表情だったかもしれない。

「……い、いえ……なんでもありません」

 取り繕うように微笑む。
 久々の再会なのだ。
 いぶかしむなんて、どうかしている。
 ほら、久しぶりに仲間たちと話すお姉さまは、いつものように美しいではないか。
 若干の違いがあるとすれば、以前より少し大人っぽくなったように思う。大学生になると、きっとそうなるのだろう。

 菜々子はそう思った。そう思いこもうとした。
 しかし、彼女の心の奥底で、警報が鳴り続けている。
 菜々子の「勘」が告げている。
 目の前の女性は、菜々子の知るあおいお姉さまではない、と。
 確証はない。
 だが、桐島あおいを見つめれば見つめるほどに違和感が強くなっていった。

「久しぶりにバトルしないか?」

 そんな声を聞いて、菜々子は我に返る。
 声の主は、『七星』の花村だった。
 あおいはうっすらと微笑むと、言った。

「ごめんなさい、今日はあまりゆっくりしていられないのよ」

 少し残念そうに苦笑する花村。
 菜々子は疑念にとらわれる。
 なぜ、神姫収納用のアタッシュケースを持っているのに、対戦をしないのか。
 それに何より、ルミナスはどこにいる? アタッシュケースの中か? いつも肩に乗せていた仲の良い神姫を、なぜ今更アタッシュケースに入れておく必要がある?
 わたしの考えすぎだろうか。
 菜々子が沈思している間、あおいは集まってきた常連たちと挨拶をしている。
 そして、ひとしきり話が終わると、

「菜々子、少し話がしたいわ。いい?」
「あ、はい……」

 お姉さまにそう言われれば、素直に返事するしかない。
 あおいは菜々子に向けて、うっすらと微笑む。
 瞬間、猛烈な違和感が菜々子を襲う。
 違う。
 何が。
 何かが。
 確かにあおいお姉さまなのだが、菜々子の知る彼女ではない。
 それはほとんど確信だった。
 常連さんたちは、仲良しコンビの久々の再会に、気を利かせて会話を打ち切ってくれた。
 菜々子は笑おうとして失敗しながら、あおいの背に従った。



 連れてこられたのは、忘れ去られたような小さな公園だった。
  駅を最寄りにしている菜々子でも、こんなところがあったのか、と思うほど、記憶に残っていない場所。
 おそらく、菜々子だけではない。
 ブランコや鉄棒といった簡素な遊具は錆びつき、ここしばらく、誰の手も触れられていないように思われる。
 夏の昼間だというのに、周囲に人影もなく、閑散としている。
 静まりかえり、蝉の声さえ聞こえない。
 ただ、日差しだけが、存在を主張し続ける。
 しかし、そんな太陽の自己主張とは裏腹に、菜々子は寒気すら感じていた。

「あなたは……本当に、あおいお姉さまですか」

 声はかすれている。
 心臓の音がやたらと大きく聞こえる。
 公園の入り口で立ち止まった菜々子と、少し距離を開けるように、あおいは公園の中に足を踏み入れた。
 そして、振り向く。

「もちろん……わたしはわたしよ。なぜそんなことを言うの?」

 その顔には微笑が浮かんでいるが、ひどく作り物めいている。
 菜々子は緊張する。
 あおいは様子を変えずに、言葉を続ける。

「……あなたの言うとおりだったわ」
「え?」
「バトルでは勝利こそがすべて……その通りだわ」
「なにを、言ってるんですか。バトルロンドはそれだけじゃないって、教えてくれたのは、お姉さまじゃないですか……」
「そうよ……でも、それは間違いだったわ。ごめんなさい。あなたに間違ったことを教えてしまって」

 何を言っているのだろう、この人は。
 あおいお姉さまと同じ顔をして、真逆のことを言う。
 何かに化かされているようだ。

「だから、間違いを正しに来たの。菜々子、わたしの言ったことはすべて間違い。
 バトルは勝利しなくては意味がない。敗北すれば、すべてを失う……」
「違う!」

 菜々子は叫んでいた。

「違います! バトルは、勝敗だけでは計れない、すばらしいものがあるって、教えてくれたお姉さまの言葉を……わたしは今も信じています!」

 悲しかった。怒りに震えた。
 あおいお姉さまから教えてもらったことは、菜々子にとって真実だった。
 お姉さまの言葉を信じ、その背中を追いかけてきたから、今の自分がある。
 そう信じている。
 それなのになぜ、お姉さま自身の口で否定されなくてはならないのか。
 しかし、あおいは努めて冷静に、言った。

「そう……それじゃ仕方がないわね。あなたに教えてあげるわ」
「……なにを」
「敗北の、意味」

 あおいがそう言うのと同時、彼女が手にしていたアタッシュケースが、重い音と共に開いた。
 そこにいたのはルミナス、ではない。
 闇がわだかまっているかのような、黒い神姫が、いた。
 菜々子は、この神姫のことをよく思い出せない。
 しかし、ルミナスでは断じてない。

「ルミナスは、どうしたんですか」
「……あの子は、負けたわ。そして……わたしはあの子を失った。壊されたの」
「そんな……っ!」
「それが敗北よ……。
 でも、大丈夫。わたしには新しい神姫、マグダレーナがいるから」
「マグダレーナ……?」

 それがその神姫の名か。
 あおいはなおも言葉を続ける。まるで変わらない口調で。

「そして、心残りを……消すわ」
「心残り……?」

 菜々子の疑問に、あおいはいっそ鮮やかに笑った。

「あなたに、負けたこと」
「……!!」

 菜々子は絶句した。
 まさか、あのただ一回の敗北を、心残りだなんて……!

「さあ、菜々子、バトルをしましょう」
「バトルって……ここで、ですか」
「そうよ」
「……リアルバトル、ってことですか」
「ええ」

 あおいは何のためらいもなく、頷いている。
 菜々子は驚きながらも確信する。お姉さまがルミナスを失ったのは、リアルバトルで負けたからだ。
 リアルバトル自体は、そう珍しいことではない。
 バトルロンドの最高峰、ファーストリーグはリアルバトルで行われる。
 しかし、ファーストリーグさえも、ミラージュリーグの立ち上げによって、バーチャル化への道を歩み始めている。
 神姫を失う可能性のあるリアルバトルは、いまや下火なのだ。
 また、ファーストリーグでは、ルールやレギュレーションが厳格に決められており、神姫を失うリスクを出来る限り少なくするようにしている。
 しかも、今菜々子がいる状況でのリアルバトルは法律違反だ。
 対戦の流れ弾でマスターが負傷するかもしれないし、一般人を巻き込む可能性だってある。
 それがわからないあおいではないはずだ。
 それでもこんな場所での対戦を言い出すとは……。

「お断りします」
「……なぜ?」
「こんなところでリアルバトルなんて、おかしいです。戦う意味がありません」
「……ならば、意味を作ってやろう」

 ひどくしわがれた声が、あおいの代わりに答えた。
 次の瞬間、黒い小さな影が、菜々子に殺到した。
 驚き、身体を傾ける菜々子。尻餅をつく。
 さきほど菜々子がいた場所を、銀光が凪いだ。
 神姫だ。
 あおいの黒い神姫が、菜々子を襲ってきたのだ。
 不気味な視線が、なおも菜々子を射る。
 菜々子はひるんだ。
 動けない。
 神姫が人を襲うなど、想像もしていない。
 再び、影が殺到する。
 殺される!
 菜々子が身を縮めた、その時。
 白い影が、黒い影の行く手を阻み、攻撃をはじいた。

「大丈夫ですか、マスター!」
「ミスティ……」

 転んだ拍子に、アタッシュケースの開閉ボタンを押してしまったらしい。
 中で待機していたミスティが飛び出し、菜々子を守ってくれたのだ。
 今は、菜々子に背を向けて、闇のごとく黒い神姫と対峙している。

「装備したまま待機していて、正解でしたね」

 何の根拠もない勘だった。
 菜々子はミスティをフル装備にして、アタッシュケースに仕舞っていた。
 おかげで命拾いした。
 ミスティは武器を構え、マグダレーナを牽制する。
 菜々子も立ち上がる。

「……やる気になった?」
「お姉さま……」
「どちらにしても、もう戦うしかないわね?」
「お姉さまっ!」

 黒い神姫が、出る。
 同時に、白亜の神姫も地を蹴った。
 運命の戦いは、菜々子が望まぬまま、始まってしまった。



 ミスティは焦っていた。
 この神姫、とらえどころがない。
 マグダレーナというらしい、その黒い神姫は、ライトアーマー程度の軽装備。
 ミスティはおなじみのストラーフ装備のカスタムだ。
 だが、マグダレーナは、ミスティの攻撃をことごとく封殺していた。
 菜々子からの「ムチャぶり指示」を期待しているが、いまのところ指示が来る様子はない。

「くくっ……あの女の、無茶な指示を待っているのか?」
「!?」
「無駄だよ。その指示が出せぬように立ち回ることなど……造作もない」

 ミスティは驚く。
 「ムチャぶり戦法」を封じるなんて、そんなことが可能なのか?
 だが、菜々子は思い通りの戦いが出来ずに迷っている様子だ。
 この神姫の言うとおりかも知れない。
 ムチャぶりが封じられているのかも知れない。
 だが、ミスティは信じていた。
 ムチャぶりがなくても、この程度の神姫に後れは取らない。いまやわたしたちは、『七星』にも匹敵する実力があるのだから。


「ムチャぶりはできないわよ、菜々子」
「……!」
「マグダレーナには、あなたの戦い方を教えてあるわ。
 ムチャぶり戦法を封じる……それはそんなに難しいことじゃない。
 ミスティの正面を取り、一定の間合いで対峙する。そして、無駄な動きはしない。
 ムチャぶり戦法は、相手の動きに対応するものだから、無駄な動きをせずに対峙すれば出しようがない。
 こんな障害物のない、平坦な場所なら、なおさらのこと、ね」

 まさか、そんな真っ当な方法で封じられるなんて。
 しかし、菜々子にも手がないわけではない。

「だったら、こっちも正攻法です。ミスティ!」
「はい!」

 ミスティは地を蹴り、一気に間合いを詰めた。
 菜々子が一度は捨てた、『アイスドール』の呼び名の由来となった戦法。
 近接格闘戦での容赦なく弱点を突き続ける戦い方。
 マグダレーナは、ライトアーマー程度の装備でしかない。
 副腕を持つストラーフの攻撃を捌ききるのは容易ではない。
 しかし。

「……うそ……」

 必殺の抜き手すら見切られ、捌かれて、間合いを取ったのはむしろミスティだった。
 あれほどのラッシュを見切られるなんて、今までになかった。
 しかも、マグダレーナは余裕を持ってかわしているようにさえ見えた。
 黒い神姫の底知れぬ力に、ミスティは畏怖を感じる。
 マグダレーナが……桐島あおいが知っているミスティの戦法は通用しない。
 もはや手がない。
 ……いや、たった一つ、ある。
 春から練習している、あの技。
 あおいが去った後から練習している技ならば、二人とも知るまい。

「菜々子、あの技を使います」
「でも、あれは」
「大丈夫。必ず決めます」

 菜々子に言いながら、ミスティは自分にも言い聞かせていた。
 実は、その技はまだ一度も成功していない。
 しかし、八割がたの完成度でも、マグダレーナをとらえることは出来るはずだ。
 ミスティは、背後にマウントされていた大剣を自ら握ると、構えた。
 マグダレーナは微動だにしない。
 それほどの自信か。

「はぁっ!!」

 気合い声と共に、ミスティは一足跳びに地を駆ける。
 一瞬にして被我の距離が埋まる。
 間合い。
 ミスティがその技を放つ。
 だが。

「うああああぁっ!!」

 とどめの攻撃を出すよりも早く、マグダレーナの刃がミスティを裂いた。
 どっ、と地に伏す。

「くくっ……練習していた技だな。完成していれば……危ないところだったぞ」
「な……なぜ知ってるの……!?」
「知っているとも。貴様の戦い方はすべてお見通しだ」

 ミスティは愕然とする。
 この黒い神姫とは初対面だ。
 そもそも『ポーラスター』に来たのだって、今日が初めてのはず。
 なのになぜ、今の技を知っている!?

「ミスティィィッ!!」

 菜々子の……マスターの声がする。
 立たなくては。そして、菜々子を守らなくては。
 ミスティは手にした大剣を握り、立ち上がろうとして……できなかった。

「……がああぁっ!!」

 握っていた手首ごと、切り落とされた。
 苦痛にのたうつミスティに、黒い神姫から、次々と刃が振り落とされる。
 ミスティの四肢を確実に破壊していく。

「やめて! やめてよ!! もう勝負はついたでしょう!?」

 菜々子の声がする。
 泣き叫んでいる。
 朦朧とする意識の中、ミスティはそれでも剣をとろうとしていた。
 菜々子を、守らなくては。
 不器用で負けず嫌いで、でも笑顔がとても魅力的な、大切なマスターを。
 あの涙を止めなければ。
 ミスティは残された手で、大剣の柄を握る。
 その時。
 声が、した。

「敗北を知れ、『アイスドール』」

 ミスティは一挙動に起きようとする。
 振り向こうとする。
 それと同時。

「やめてーーーーーーーーーーーーっ!!」

 菜々子の絶叫。
 そして。
 ミスティが起きあがることは、ついになかった。
 マグダレーナの刃が、ミスティの背から胸を貫いていた。

「……あ……」

 その声が最後。
 瞳から光が消える。
 ミスティはすべての機能を停止した。



 まただ。
 また、世界は灰色に染まって見える。
 五感が伝える現実世界の事象に、現実感はない。
 容赦ない日の光さえ、菜々子には遠い。
 ただ、手のひらの上の小さな人形の重さだけが、現実を伝えている。
 自分の瞳から流れては落ちる涙だけが、時間の流れを刻んでいる。
 どれほどの時間が流れたのかすら、定かではない。
 膝を着き、手のひらに乗せたミスティを掻き抱きながら、菜々子は慟哭していた。
 その背にかけられた声が、いつまでも続く悲しみに亀裂を入れる。

「わたしの勝ちね」

 がば、と顔を上げる。
 涙でグシャグシャになっているであろう顔を上げ、声の主を睨みつける。
 視界は止めようもない涙で、ぼやけている。
 わたしはどんな顔をしているだろう。
 鬼のような顔をしているだろうか。
 お姉さまにそんな顔を向けたことは、今までにない。

「……なぜ……ですか……」

 やっと絞り出した一言。
 それが感情の殻を破った。

「なぜですか、なぜなんですか!? なんでこんな、ひどいことを……!」

 絶叫だった。
 一番大切な人に、大事なパートナーを奪われる。
 こんな理不尽なことがあっていいのか。

「強くなるため、よ」

 あおいは、むしろ淡々とした口調で、答えた。

「あなたの神姫を倒したわたしは、もう誰の神姫でも、ためらうことなく破壊できる」
「そんなことのために、ミスティを殺したって言うんですか!?」
「……ええ」

 肯定の言葉に、菜々子は涙を乱暴に拭って、あおいを睨んだ。
 だが、その時見た彼女の表情に、菜々子は思わず息を飲む。

「赦して欲しい、なんて言わないわ。謝ることも出来ない。
 わたしにそうさせたいのなら……わたしたちを、マグダレーナを倒しなさい」

 なんで、そんなに辛そうな顔をしているんですか……。
 いっそ嗤いながら勝ち誇ってくれるのなら、憎むことも出来たのに。
 あおいはきびすを返し、菜々子に背を向けた。

「さようなら……菜々子……」

 その声は、かすれていた。
 あおいは去ってゆく。
 その背中が遠くなる。
 菜々子は声を上げることも出来ないまま、その場に動けずにいる。
 あおいの姿が見えなくなる。
 菜々子は張り裂けんばかりの大きな声で泣き叫んだ。



「……その後、久住ちゃんはここに来てさ……。
 ぎょっとしたよ。あんな風に泣いている彼女は初めてだったからね。
 破壊されたミスティを手に持って……そりゃあ驚いた。
 まさか、そんなことになっているなんて、誰も思わなかったもんな……」

 花村さんの口調にも視線にも、懐かしむような様子はどこにもない。
 言葉ににじむのは……後悔、か。

「あの時、二人を止めていれば、違う結果になったんじゃないか……。何度もそう思ったよ。
 でも、そんなのは、後から思えばってことで……あの時は誰も、桐島ちゃんを疑いもしなかった……」
「……進学した先で、桐島あおいに何があったんですか?」

 夏に現れた桐島あおいは、春までの彼女とはまるで違っている。
 自分の神姫を失った悲しみから、自らの矜持まで変えてしまった……というだけでは説明が付かないほどの豹変ぶりだ。
 大学通学のために引っ越した土地で、何かがあったに違いない。
 だが、花村さんは首を横に振るだけだった。

「それは誰にも分からないよ……少なくとも、『ポーラスター』に来るメンツは誰も知らない。久住ちゃんも詳しいことは知らないんじゃないかな」
「……そうですか」

 花村さんは、疲れたようにため息をついた。
 時計を見ると、もう随分と時間がたっている。
 長すぎる立ち話だった。俺の方も、精神的にかなりきつい話だった。
 ここらが潮時だろう。

「今日はこのあたりにしましょうか」
「うん」
「長い時間、ありがとうございました」
「もし、何か知りたいことがあったら、聞きに来てよ。俺たちに協力できるのは、きっとこれぐらいだろうから」
「……ありがとうございます」

 頭を下げた俺に、花村さんは弱々しく微笑んだ。
 俺は思う。
 ……これはやっかいな仕事かも知れない。
 菜々子さんを助けるということは、同時に、『ポーラスター』の古参マスターたちを救うことでもあるのだ。



 翌日。
 花村耕太郎は、いつもと変わらず、『ポーラスター』にいる。
 長老、と呼ばれるのは、もう何年も毎日のように、ここに通ってきているからだ。

(……だいぶ変わってしまったな)

 と、花村は思う。
 久住菜々子と出会った頃の常連は、もう何人もいない。
 『ポーラスター』に通ってくるメンバーは少しずつ変わっている。明日にも、明後日にも、また変わっているかも知れない。
 それでもずっとここで神姫マスターをやっている自分は、過去の仲間たちのために居場所を守り続けているようなものなのか。
 遠野と昔の話をしたからだろうか、少し感傷的になっているようだ。
 花村が口元に苦笑を浮かべた、その時。

「お久しぶりね、花村くん」

 呼びかけるその声に、聞き覚えがあった。
 顔を上げる。
 目の前に立っていたのは、確かに知った顔だった。
 だが、花村の顔は驚きに染まり、言葉を失う。
 どうして彼女が、今ここにいる!?

 桐島あおいが、そこにいた。










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