6匹目 『なぜあなたはにゃあと鳴くの』
「そう慌てるにゃ。 近頃の神姫はにゃんでもかんでもバトルで解決しようとするから困るのにゃ。 そんなヤンチャが許されるのはビーダマン全盛期だけにゃ」
その場に座り込んでM字開脚をした馬鹿の 「キャノンショットォ!」 意味不明な叫びが夜空に虚しく消えた。
望楼の欄干を踏みしめていた足からカクッと力が抜けて、頭のネコミミがへにゃんと萎れた。
せめて気力だけは削がれまいとヘルメットの位置を整えて脱力の波に抗ったけれど、その頑張りも虚しく、マオチャオを威嚇するために鋏のように展開させていたスカートが、ネコミミと同様にへにゃんとお辞儀をしたまま持ち上がってくれない。
このマオチャオは夜が明けるまでこんな調子で私を付き合わせるつもりだろうか。
もしそうならば、今度は立ち上がって 「よーし行くにゃハンティングリンクス! オマエの命中精度があればワガハイ達は世界を狙えるにゃ!」 と一人で楽しそうに盛り上がっているマオチャオの作戦はこの上なく有効と言えた。
見れば見るほど気力を削がれ、こんな馬鹿のためにこんな時間のこんな場所まで足を運んだ自分が恥ずかしくなった。
草やぶに潜む虫達の合唱すら、私を馬鹿にしているように聞こえてきた。
「いい加減にして下さい。 これ以上おちょくろうというのなら、私も黙っていられません」
「ヘビーボムとは卑怯にゃ! 男にゃら正々堂々と――やれやれ、見てわからないかにゃ、今いいところにゃよ。 どうやらオマエはあの暴力シスターと同じように、カルシウムが足りにゃいと見える。 ニボシヂェリー飲むかにゃ?」
「いりません。 シバキ倒しますよ」
「軽いジョークじゃにゃいか、そうカッカするにゃ。 せっかくここまで来たのにゃら、ワガハイの雄大かつ偉大にゃ計画を聞いていかにゃきゃ損にゃよ?」
勿体ぶったようにノロノロと望楼の端にある階段まで歩いたマオチャオは、身体を私に向け、右手をピンと高く上げた。
キメ顔を作り、無駄によく通る声で叫んだ。
「ヘイ、カモォン!」
パチン!
マオチャオが指を高らかに鳴らした。
その途端、階段の下のほうがワイワイガヤガヤと騒がしくなった。
かなりの数の何かが私達の下、望楼の一階にいる。
話し声から察するに神姫なのだろう、私はいつの間にか囲まれていたらしい。
そして、その複数でありながらどれもニャアニャアと似通った声を聞いたせいで、辛うじて閾値で留まっていた私の気力が瞬く間に底を付いた。
その場に座り込んでM字開脚をした馬鹿の 「キャノンショットォ!」 意味不明な叫びが夜空に虚しく消えた。
望楼の欄干を踏みしめていた足からカクッと力が抜けて、頭のネコミミがへにゃんと萎れた。
せめて気力だけは削がれまいとヘルメットの位置を整えて脱力の波に抗ったけれど、その頑張りも虚しく、マオチャオを威嚇するために鋏のように展開させていたスカートが、ネコミミと同様にへにゃんとお辞儀をしたまま持ち上がってくれない。
このマオチャオは夜が明けるまでこんな調子で私を付き合わせるつもりだろうか。
もしそうならば、今度は立ち上がって 「よーし行くにゃハンティングリンクス! オマエの命中精度があればワガハイ達は世界を狙えるにゃ!」 と一人で楽しそうに盛り上がっているマオチャオの作戦はこの上なく有効と言えた。
見れば見るほど気力を削がれ、こんな馬鹿のためにこんな時間のこんな場所まで足を運んだ自分が恥ずかしくなった。
草やぶに潜む虫達の合唱すら、私を馬鹿にしているように聞こえてきた。
「いい加減にして下さい。 これ以上おちょくろうというのなら、私も黙っていられません」
「ヘビーボムとは卑怯にゃ! 男にゃら正々堂々と――やれやれ、見てわからないかにゃ、今いいところにゃよ。 どうやらオマエはあの暴力シスターと同じように、カルシウムが足りにゃいと見える。 ニボシヂェリー飲むかにゃ?」
「いりません。 シバキ倒しますよ」
「軽いジョークじゃにゃいか、そうカッカするにゃ。 せっかくここまで来たのにゃら、ワガハイの雄大かつ偉大にゃ計画を聞いていかにゃきゃ損にゃよ?」
勿体ぶったようにノロノロと望楼の端にある階段まで歩いたマオチャオは、身体を私に向け、右手をピンと高く上げた。
キメ顔を作り、無駄によく通る声で叫んだ。
「ヘイ、カモォン!」
パチン!
マオチャオが指を高らかに鳴らした。
その途端、階段の下のほうがワイワイガヤガヤと騒がしくなった。
かなりの数の何かが私達の下、望楼の一階にいる。
話し声から察するに神姫なのだろう、私はいつの間にか囲まれていたらしい。
そして、その複数でありながらどれもニャアニャアと似通った声を聞いたせいで、辛うじて閾値で留まっていた私の気力が瞬く間に底を付いた。
「合図にゃ!」
「ようし、それじゃあいくよ!」
「「「「「「せーn……!」」」」」」
「ストーップ! 足つった! 足つったのよ!」
「ゴロゴロ寝てばっかりだからだよ~」
「根性でなんとかしろい! ほらもっかい行くぞい!」
「「「「「「せーn……!」」」」」」
「ストーップ!」
「今度はにゃんだよタコが」
「おかしいっス、自分だけ猫型じゃなくて山猫型っスよ!? どうしてマオチャオ達に紛れ込んでるんスかね!?」
「ばっかもーん!」
「へぶっ!?」
「貴様は猫としての誇りを忘れたのか! ケモテック神姫としての誇りを忘れたのか!」
「いや、自分、ケモテック関係無いっス」
「つべこべ言うなロリ巨乳が!」
「理不尽っス!?」
「これまで共に戦ってきた時を無駄にするつもりか! あいつらを見てみろ!」
「へ? あの二人がどう……ハッ!?」
「えっと……ネコじゃなくて、ごめんなさい……」
「で、でも、ぼくたち、ネコじゃなくてもせいいっぱいがんばります!」
「いいかロリ巨乳、こいつらはな。 貴様よりも先に我々の仲間となり、他の誰よりも尽力してきたのだ。 ネコ科ですらない、フェレットとリスでありながら!」
「っ!?」
「だというのに貴様という奴は! この二人の努力に泥を塗るような――!」
「まってください。 あたしたちは、みんなのなかまにいれてもらえただけで、うれしいんです」
「からだはネコじゃなくても、こころはネコなんです。 だからきみも、おなじネコとして、ぼくたちといっしょにがんばろう」
「こいつらの言うとおりだ。 貴様が何者であれ、そんなものは関係無い。 我々はそう――誇り高き、猫なんだ」
「うおおおおおおお! 間違ってたっス! 自分が間違ってたっス! 自分は猫! 誇り高き猫! ちょっと山臭い(?)だけの猫!」
「「ねこー!」」
「イィヨオォォォオオシ! みんなの心が一つになったところで、もう一度行くぞォ!」
「「「「「「 せ ー の ! 」」」」」」
「ようし、それじゃあいくよ!」
「「「「「「せーn……!」」」」」」
「ストーップ! 足つった! 足つったのよ!」
「ゴロゴロ寝てばっかりだからだよ~」
「根性でなんとかしろい! ほらもっかい行くぞい!」
「「「「「「せーn……!」」」」」」
「ストーップ!」
「今度はにゃんだよタコが」
「おかしいっス、自分だけ猫型じゃなくて山猫型っスよ!? どうしてマオチャオ達に紛れ込んでるんスかね!?」
「ばっかもーん!」
「へぶっ!?」
「貴様は猫としての誇りを忘れたのか! ケモテック神姫としての誇りを忘れたのか!」
「いや、自分、ケモテック関係無いっス」
「つべこべ言うなロリ巨乳が!」
「理不尽っス!?」
「これまで共に戦ってきた時を無駄にするつもりか! あいつらを見てみろ!」
「へ? あの二人がどう……ハッ!?」
「えっと……ネコじゃなくて、ごめんなさい……」
「で、でも、ぼくたち、ネコじゃなくてもせいいっぱいがんばります!」
「いいかロリ巨乳、こいつらはな。 貴様よりも先に我々の仲間となり、他の誰よりも尽力してきたのだ。 ネコ科ですらない、フェレットとリスでありながら!」
「っ!?」
「だというのに貴様という奴は! この二人の努力に泥を塗るような――!」
「まってください。 あたしたちは、みんなのなかまにいれてもらえただけで、うれしいんです」
「からだはネコじゃなくても、こころはネコなんです。 だからきみも、おなじネコとして、ぼくたちといっしょにがんばろう」
「こいつらの言うとおりだ。 貴様が何者であれ、そんなものは関係無い。 我々はそう――誇り高き、猫なんだ」
「うおおおおおおお! 間違ってたっス! 自分が間違ってたっス! 自分は猫! 誇り高き猫! ちょっと山臭い(?)だけの猫!」
「「ねこー!」」
「イィヨオォォォオオシ! みんなの心が一つになったところで、もう一度行くぞォ!」
「「「「「「 せ ー の ! 」」」」」」
…………と、階段の下からワイワイガヤガヤと楽しそうな声と一緒に、数十体のマオチャオ(+α)が上ってきた。
心は一つだとかざんざん騒いでおいて、武装も足並みもてんでバラバラなところがなんとも猫(+α)らしい。
ギシギシと軋む階段を一段一段、ある者は腰を入れてふんばり、またある者は持ち上げるふりをしながら、下から御輿のように運ばれてきたのは一台のノートパソコンだった。
型が古いのか、マスターが使っているものと比べて随分と大きい。
「くっふっふ。 驚くのはまだ早いにゃ」
「でしょうね。 パソコンを見て驚く神姫なんていません」
再びパチン! とマオチャオ――はたくさんいるから、識別のために今後は疫病猫と呼ぶことにしよう――が指を鳴らすと、今度は階段から神姫用クレイドルと……。
「んー! んんーっ!」
……猿ぐつわをかませられ、手足を縛られた飛鳥型神姫が、釣り上げられた魚よろしく身体を跳ね動かしながら運ばれてきた。
疫病猫に問いただすまでもなく、飛鳥型はどこからか拉致されてきたらしい。
私とマスターの部屋に不法侵入したとか、そんな可愛らしいレベルではない。
明らかな誘拐(窃盗?)行為だ。
このマオチャオ達は、自分が犯罪に加担している、という認識はあるのだろうか。
いったい何を求めて疫病猫に付き従っているのだろう。
それとも、弱みでも握られているのか。
私が唖然としている間に、ノートパソコンとクレイドルがテキパキとセットされていった。
「さてマドモアゼル。 今宵のあなたの揺り籠はここにゃ」
パソコンのウィンドウには神姫メンテナンス用のアプリケーションが表示され、クレイドルの上に飛鳥型を横たわらせると、飛鳥型の基本データが表示された。
「んぐうー! ふぐふんーうぐぐうんんふー!」
「そんにゃに顔を赤くしちゃって、照れることにゃいじゃにゃいか。 ふむふむ、名前はカシヨ、オーナーは宮藤金義でハンドルネームがヒデちゃん。 起動したのは9ヶ月前にゃのね」
「んぐ――――!」
クレイドルの上で背骨よ折れろと言わんばかりに暴れるカシヨは、数匹のマオチャオに取り押さえられ、それでもなお、おかっぱ頭を振り乱して抵抗を続けた。
キリッとしたつり目が限界まで見開かれ、元が凛々しいだけに今の羞恥と憤怒が極まった表情は、非道い言い方しか思いつかなくて申し訳ないけれど、醜い本性を曝け出して髪の一本一本を蛇に変えた日本人形のように、不気味かつ嫌な迫力があった。
見た目に重きを置く神姫としてその顔はどうか、だなんて口が裂けても言えない。
これだけの人数の前にデータを開示されるなんて、私なら一秒たりとも恥ずかしさに耐えられずにCSCをショートさせてしまう自信がある。
自分が何をされたわけでもないのに、私まで穴を掘って埋まりたくなる。
頭のネコミミが勝手にペタンと塞がった。
マオチャオ達も、自分で仕掛けたくせに 「うひゃああ……」「ほ、ほほう、これはなかなか……」「こら、お前たちは見るな!」「こ、これが神姫の裏の世界っスか……ゴクリ」 と目を逸らしつつも、チラチラとモニターを覗き見ている。
「やれやれ、酸いも甘いも知らにゃいネンネばっかりにゃ。 本番はまだこれからにゃのに」
一人だけカシヨの暴露情報に顔色を変えない疫病猫は、ノートパソコンの前に陣取った。
画面上のカーソルを滑らかに移動させ次々とクリックしていく様は、疫病猫の馬鹿っぷりに似合わぬ巧みさだった。
全身を忙しなく動かして人間用のキーボードを叩く手際にも、まったく迷いがない。
だからこそ、その姿は私の目に異質に映った。
馬鹿のくせに、という話ではない。
神姫は通常、メンテナンス用アプリケーションを操作することを許可されていない。
基本情報の表示くらいなら可能だけど、それ以上の操作は神姫が問題を起こさないように、私達のAIに組み込まれたプログラムによって実行する気を阻まれる。
例を挙げるならば、疫病猫が今やっている 【追加プログラムのインストール】 なんてもってのほかだ。
世に出回る大量の非正規プログラム――人々を楽しませるものから、悪意に満ちたものまで多種多様にある――を勝手にインストールするなんて、許されるわけがない。
暴走する危険があるから、だとか。
ましてや神姫の心に勝手に異物を混ぜるから、だとか。
そんな 【最悪でもその神姫一体を破壊すれば済む】 事態に収まらなくなる。
神姫の勝手な振る舞いは、神姫の領域をはるかに超える問題を引き起こすことになる。
私の想像が、まったく追いつかないくらいに。
想像できない先を想像しようとして、足元がおぼつかなくなった。
ふらっと倒れそうになるのをなんとか堪えたけれど、頭から足元まで感覚がごちゃまぜになって、身体が自分のものでなくなったように思えた。
気持ち悪くて、気味が悪い。
目の前の異質な光景があまりにも当然のように私の前にあることが、受け入れられなかった。
未だに私自身の目を疑ってさえいる。
神姫が絶対に実行してはならないこと、それ以前の、実行するはずのないことを、この疫病猫は遊びであるかのように行っている。
調子の外れた鼻歌を歌いながらキーを叩く、一週間ほど前から私の前に表れるようになったマオチャオ。
あくまで【私の理解の範囲内で】 迷惑をかけられるだけだと思っていた。
その外まで足を突っ込んでいたことなんて、想像もしなかった。
自分が知らず 【 違 法 改 造 神 姫 】 に関わっていたことが、私の生活に悪徳が組み込まれていたことが、不思議で、不快で、信じられなくて――震えてしまうほど、怖かった。
「ふう、これで準備完了にゃ。 人間用のパソは腰を悪くしそうだからいかんのにゃ。 おい、ネコミミギュウドン。 これから起こることをよ~く見てるのにゃ」
ガタガタとキーを叩き続けていた疫病猫は一旦体を止めた後、最後のエンターキーへゆっくりと手を伸ばした。
周りのマオチャオ達は、息を呑んで見守っている。
誰も、止めようとしない。
動かないマオチャオ達に囲まれた中で一人抵抗を続けるカシヨが、なんだか滑稽に思えた。
今、この奇妙な儀式を止められるのは、私しかいない。
私の力で止められるか、この数を相手に――――そんなことはどうでもいい、この場には私しかいない。
ただそれだけを考えて、後先は考えずに、跳んだ。
「待――!」
「ワガハイの野望の記念すべき一歩を――ポチッとにゃ」
遠く先でエンターキーがスローモーションのように押し込まれた。
その途端、クレイドルの上のカシヨが引き絞られた弓のように大きく仰け反った。
それが、あの疫病神を迷いなく力尽くでも黙らせる十分な理由になった。
一直線に疫病猫目がけて飛ぶ私の正面、行く手を遮るように、二体のマオチャオが跳びかかってきた。
何が楽しくて疫病猫を守ろうとするのか、私には知る由もないし興味もない。
「邪魔です!」
蛇のように前方へ展開した左右のスカートの鋏でそれぞれ一体ずつ腰を掴み、そのまま左右の斜め後ろへ投げ飛ばした。
その反動で、身体をさらに加速させる。
しかしスカートが左右に大きく開き、がら空きになった正面に、巨大なハンマーを振りかざしたマオチャオが飛び込んで来た。
「邪魔なのは貴様のほうだ!」
咄嗟に盾を構えるも、片腕で取り回せるほど軽いそれは気休めにしかならない。
「くうっ!?」
アームが軋むほどの衝撃が背中のハンガーを通じて私にまで伝わってきた。
私の速度を加えたハンマーの威力を受け、一瞬だけ視界がブレて自分を見失った。
疫病猫に向かっていた私の身体はそのベクトルを、速度をさらに付加されて望楼の床に向けて垂直なものに変えられていた。
背中から落下する中、夜空を背に勝ち誇った笑みを作るマオチャオが視界に入った。
フリューゲルモードになる暇はない。
左右に広がっていたスカートを引き戻すと同時に身体をねじって半回転させ、すぐそこまで迫っていた床と向き合った。
剣を放り出し、アーム、レッグ、スカートを思い切り床に叩きつけた。
「っつ!! ……痛ったぁ……!」
なんとか受身を取ったけれど、ハンマーの一撃をはるかに超える衝撃が全身を襲った。
着地の瞬間に何かが折れる嫌な音は、気にする余裕すら無い。
受身の体勢のまま、身体も、武装も、痺れて動かせなかった。
「今にゃ、ひっとらえるにゃ!」
動けない私の上に、興奮したマオチャオ達は次々と群がった。
あっという間に全身を押さえつけられ、うつ伏せになった私の目と鼻の先に、真っ赤なアーク型用のレッグパーツが乱暴に降りてきた。
レッグだけでなく他の神姫用の武装で統一感無く身を固めた、さっき私を叩き落としたマオチャオの冷めた視線が私に突き刺さる。
ヘルメットのシールドをぐいっと持ち上げられ、無理矢理カシヨのほうを向かされた。
「見ろ、今更あがいたところで無駄だ。 一度インストールが始まれば、むしろ途中で止めたほうが危険といえる」
あなた達の思い通りにさせることのほうがよっぽど危険だ、と憎まれ口をたたきたかったけれど、顎が上がっていて言葉が出ない。
「でも意外にゃ。 ワガハイはてっきり、オマエは自分の身が危にゃくにゃるまで傍観する冷めた奴だと思ってたにゃ」
「…………」
「それにゃらそれで、結局はこうするつもりだったから何も変わらにゃいんだけどにゃ。 でも残念にゃ、オマエが大暴れすれば、ワガハイの最☆終☆兵☆器をお披露目する時がやって来る予定だったんにゃが、噂に聞くアルトレーネも大したことにゃかったにゃ。 そのネコミミは飾りにゃ?」
ハッ、と鼻で笑い、顔の半分を歪ませて疫病猫は私を――いや、全国のアルトレーネに喧嘩を売った。
……動けるようになったら、どうしてくれよう。
私個人を馬鹿にされるのなら、まだいい。
でも、いくら私が 【天然】 と言われるアルトレーネ型だからって、アルトレーネを馬鹿にされて黙っていられるほど平和ボケはしていない。
一ヶ月前、神姫センターで巻き起こした戦争では私達の存在を誇示しようと、私達は自然に集い、戦い、世に戦乙女有りと声高に叫んだ。
あの時は冷静さを欠いていて周りがろくに見えていなくて、【神姫ではない何か】を見たのを最後に記憶が飛んでいるけれど、今度はそうはいかない。
私達は、私達であるために戦い続ける。
誇りある戦乙女の一人として、この疫病猫に裁きの鉄槌を下す。
以前は3階だったし、次は4階から落とそう。
絶対に、情け容赦無く、落とそう。
「お、おおう、そこまで睨むことはにゃいじゃにゃいか、イタリアンジョークってやつにゃよ。 ワガハイとオマエの仲じゃ――目がさらに歪んだにゃ!? や、やめるにゃ、そんにゃ目でワガハイを見るにゃ、元が人畜無害っぽいだけ余計怖いにゃ! とてもお茶の間に放送できる顔じゃにゃいにゃ! つーか今オマエ 『やっぱり4階は甘いから、倍の8階にしよう』 とか考えてるにゃ!? 顔に書いてあるにゃ!」
「――――」
「ヒィィィッ!? 『キリがいいから10階で』 とか滅茶苦茶にゃ! 嫌にゃ、もう落ちるのはイヤにゃああああああああ!」
精一杯睨んでみたけれど、まさかここまで効果があるとは思わなくて鼻白んでしまった。
疫病猫は頭を抱えて、私にお尻を向けて丸くなってしまった。
寮の3階から落ちてもピンピンしていると思っていたけど、それは身体に限った話で、しっかりトラウマになっていたらしい。
携帯電話のバイブレーションくらいガタガタ震えている。
「お、落ち着いてくださいお頭! そんなに怯えないで下さい!」
「心配すんなって、大将ならあんな奴イチコロだってば」
「ほ、本当にゃ? ワガハイはもう傘を忘れたメリーポピンズにならなくてもいいのにゃ?」
「全然大丈夫だわよ。 むしろこっちがあのアルトレーネを落とす、みたいな?」
「ほら、立ってくださいっス。 リーダーにはまだやることがあるっスよ」
「そ、そうだったにゃ。 早くやらにゃいと、夜が明けて人間に見つかっちゃうのにゃ。 つーか、散々マオチャオのことを馬鹿にしてきた奴にワガハイが屈するわけがないのにゃ! 他所様を馬鹿にしといて自分を馬鹿にされたらキレるにゃんて、これだから最近のゆとり神姫は堪え性がにゃくて困るのにゃ。 むしろ今度はワガハイがオマエを落としてやるにゃ。 コトが終わった後、オマエの形をした穴が地面に空く運命にあるのにゃから、覚悟しておくことにゃ!」
本当に地面にめり込まされるかはともかくとして、私は自分の意外な短気さに驚きつつ、内心で舌打ちをした。
疫病猫一匹を仕留めるだけならなんとかなると思っていたけれど、それはあまりにも楽観的で、短絡的すぎた。
私は欄干を踏み締める直前に 「この人数が相手じゃ、どう頑張っても無理だろうな」 と冷静になるまでもなく自明なことを、あえて無視した。
そして、その結果がこのザマ。
私を押さえつけたままのマオチャオ達は痺れた力じゃビクともしないし、それにまだまだ多数、数十匹のマオチャオ達が疫病猫のフォローに回っている。
私の奇襲のせいで、その警戒網はさっきよりも強固になってしまった。
着地のために投げ捨てた二本の剣は手が届く範囲の遥か先に落ちている。
やむを得ないからといって、自ら剣を捨てる戦乙女がどこにいるというのか。
ほんとうに、何をやっているんだろう、私。
出会った時から馬鹿馬鹿と言い続けた相手に乗せられて……いや、自分から乗ってしまって。
これじゃあ、私のほうが、馬鹿みたいだ。
「ま、今更ワガハイをどうしたところで、このマドモアゼルの運命は変えられにゃいのだけどにゃ」
疫病猫がクイッとモニターを指を差した。
そこに表示された 【100%】 と書かれたウィンドウ。
インストールがいつの間にか完了していた証。
電撃を受けたかのように身体を痙攣させていたカシヨは、ぐったりとクレイドルの上に横たわっていた。
「う~む、インストールの負荷が大きすぎたにゃ? これは改善の余地がありそうにゃ」
疫病猫がカシヨの側に寄り、猿ぐつわをほどいた。
どう見ても悪性のプログラムをインストールさせられ、息も絶え絶えといった体のカシヨは――
「はあ……はあ……! お、おまえ、たち……ぜ、絶対に、許さ……にゃいから……にゃ、にゃい? ゆる、許さにゃいにゃ、にゃ、にゃんにゃこれー!?」
――世にも珍しい 【にゃあと鳴く飛鳥型】 になっていた。
心は一つだとかざんざん騒いでおいて、武装も足並みもてんでバラバラなところがなんとも猫(+α)らしい。
ギシギシと軋む階段を一段一段、ある者は腰を入れてふんばり、またある者は持ち上げるふりをしながら、下から御輿のように運ばれてきたのは一台のノートパソコンだった。
型が古いのか、マスターが使っているものと比べて随分と大きい。
「くっふっふ。 驚くのはまだ早いにゃ」
「でしょうね。 パソコンを見て驚く神姫なんていません」
再びパチン! とマオチャオ――はたくさんいるから、識別のために今後は疫病猫と呼ぶことにしよう――が指を鳴らすと、今度は階段から神姫用クレイドルと……。
「んー! んんーっ!」
……猿ぐつわをかませられ、手足を縛られた飛鳥型神姫が、釣り上げられた魚よろしく身体を跳ね動かしながら運ばれてきた。
疫病猫に問いただすまでもなく、飛鳥型はどこからか拉致されてきたらしい。
私とマスターの部屋に不法侵入したとか、そんな可愛らしいレベルではない。
明らかな誘拐(窃盗?)行為だ。
このマオチャオ達は、自分が犯罪に加担している、という認識はあるのだろうか。
いったい何を求めて疫病猫に付き従っているのだろう。
それとも、弱みでも握られているのか。
私が唖然としている間に、ノートパソコンとクレイドルがテキパキとセットされていった。
「さてマドモアゼル。 今宵のあなたの揺り籠はここにゃ」
パソコンのウィンドウには神姫メンテナンス用のアプリケーションが表示され、クレイドルの上に飛鳥型を横たわらせると、飛鳥型の基本データが表示された。
「んぐうー! ふぐふんーうぐぐうんんふー!」
「そんにゃに顔を赤くしちゃって、照れることにゃいじゃにゃいか。 ふむふむ、名前はカシヨ、オーナーは宮藤金義でハンドルネームがヒデちゃん。 起動したのは9ヶ月前にゃのね」
「んぐ――――!」
クレイドルの上で背骨よ折れろと言わんばかりに暴れるカシヨは、数匹のマオチャオに取り押さえられ、それでもなお、おかっぱ頭を振り乱して抵抗を続けた。
キリッとしたつり目が限界まで見開かれ、元が凛々しいだけに今の羞恥と憤怒が極まった表情は、非道い言い方しか思いつかなくて申し訳ないけれど、醜い本性を曝け出して髪の一本一本を蛇に変えた日本人形のように、不気味かつ嫌な迫力があった。
見た目に重きを置く神姫としてその顔はどうか、だなんて口が裂けても言えない。
これだけの人数の前にデータを開示されるなんて、私なら一秒たりとも恥ずかしさに耐えられずにCSCをショートさせてしまう自信がある。
自分が何をされたわけでもないのに、私まで穴を掘って埋まりたくなる。
頭のネコミミが勝手にペタンと塞がった。
マオチャオ達も、自分で仕掛けたくせに 「うひゃああ……」「ほ、ほほう、これはなかなか……」「こら、お前たちは見るな!」「こ、これが神姫の裏の世界っスか……ゴクリ」 と目を逸らしつつも、チラチラとモニターを覗き見ている。
「やれやれ、酸いも甘いも知らにゃいネンネばっかりにゃ。 本番はまだこれからにゃのに」
一人だけカシヨの暴露情報に顔色を変えない疫病猫は、ノートパソコンの前に陣取った。
画面上のカーソルを滑らかに移動させ次々とクリックしていく様は、疫病猫の馬鹿っぷりに似合わぬ巧みさだった。
全身を忙しなく動かして人間用のキーボードを叩く手際にも、まったく迷いがない。
だからこそ、その姿は私の目に異質に映った。
馬鹿のくせに、という話ではない。
神姫は通常、メンテナンス用アプリケーションを操作することを許可されていない。
基本情報の表示くらいなら可能だけど、それ以上の操作は神姫が問題を起こさないように、私達のAIに組み込まれたプログラムによって実行する気を阻まれる。
例を挙げるならば、疫病猫が今やっている 【追加プログラムのインストール】 なんてもってのほかだ。
世に出回る大量の非正規プログラム――人々を楽しませるものから、悪意に満ちたものまで多種多様にある――を勝手にインストールするなんて、許されるわけがない。
暴走する危険があるから、だとか。
ましてや神姫の心に勝手に異物を混ぜるから、だとか。
そんな 【最悪でもその神姫一体を破壊すれば済む】 事態に収まらなくなる。
神姫の勝手な振る舞いは、神姫の領域をはるかに超える問題を引き起こすことになる。
私の想像が、まったく追いつかないくらいに。
想像できない先を想像しようとして、足元がおぼつかなくなった。
ふらっと倒れそうになるのをなんとか堪えたけれど、頭から足元まで感覚がごちゃまぜになって、身体が自分のものでなくなったように思えた。
気持ち悪くて、気味が悪い。
目の前の異質な光景があまりにも当然のように私の前にあることが、受け入れられなかった。
未だに私自身の目を疑ってさえいる。
神姫が絶対に実行してはならないこと、それ以前の、実行するはずのないことを、この疫病猫は遊びであるかのように行っている。
調子の外れた鼻歌を歌いながらキーを叩く、一週間ほど前から私の前に表れるようになったマオチャオ。
あくまで【私の理解の範囲内で】 迷惑をかけられるだけだと思っていた。
その外まで足を突っ込んでいたことなんて、想像もしなかった。
自分が知らず 【 違 法 改 造 神 姫 】 に関わっていたことが、私の生活に悪徳が組み込まれていたことが、不思議で、不快で、信じられなくて――震えてしまうほど、怖かった。
「ふう、これで準備完了にゃ。 人間用のパソは腰を悪くしそうだからいかんのにゃ。 おい、ネコミミギュウドン。 これから起こることをよ~く見てるのにゃ」
ガタガタとキーを叩き続けていた疫病猫は一旦体を止めた後、最後のエンターキーへゆっくりと手を伸ばした。
周りのマオチャオ達は、息を呑んで見守っている。
誰も、止めようとしない。
動かないマオチャオ達に囲まれた中で一人抵抗を続けるカシヨが、なんだか滑稽に思えた。
今、この奇妙な儀式を止められるのは、私しかいない。
私の力で止められるか、この数を相手に――――そんなことはどうでもいい、この場には私しかいない。
ただそれだけを考えて、後先は考えずに、跳んだ。
「待――!」
「ワガハイの野望の記念すべき一歩を――ポチッとにゃ」
遠く先でエンターキーがスローモーションのように押し込まれた。
その途端、クレイドルの上のカシヨが引き絞られた弓のように大きく仰け反った。
それが、あの疫病神を迷いなく力尽くでも黙らせる十分な理由になった。
一直線に疫病猫目がけて飛ぶ私の正面、行く手を遮るように、二体のマオチャオが跳びかかってきた。
何が楽しくて疫病猫を守ろうとするのか、私には知る由もないし興味もない。
「邪魔です!」
蛇のように前方へ展開した左右のスカートの鋏でそれぞれ一体ずつ腰を掴み、そのまま左右の斜め後ろへ投げ飛ばした。
その反動で、身体をさらに加速させる。
しかしスカートが左右に大きく開き、がら空きになった正面に、巨大なハンマーを振りかざしたマオチャオが飛び込んで来た。
「邪魔なのは貴様のほうだ!」
咄嗟に盾を構えるも、片腕で取り回せるほど軽いそれは気休めにしかならない。
「くうっ!?」
アームが軋むほどの衝撃が背中のハンガーを通じて私にまで伝わってきた。
私の速度を加えたハンマーの威力を受け、一瞬だけ視界がブレて自分を見失った。
疫病猫に向かっていた私の身体はそのベクトルを、速度をさらに付加されて望楼の床に向けて垂直なものに変えられていた。
背中から落下する中、夜空を背に勝ち誇った笑みを作るマオチャオが視界に入った。
フリューゲルモードになる暇はない。
左右に広がっていたスカートを引き戻すと同時に身体をねじって半回転させ、すぐそこまで迫っていた床と向き合った。
剣を放り出し、アーム、レッグ、スカートを思い切り床に叩きつけた。
「っつ!! ……痛ったぁ……!」
なんとか受身を取ったけれど、ハンマーの一撃をはるかに超える衝撃が全身を襲った。
着地の瞬間に何かが折れる嫌な音は、気にする余裕すら無い。
受身の体勢のまま、身体も、武装も、痺れて動かせなかった。
「今にゃ、ひっとらえるにゃ!」
動けない私の上に、興奮したマオチャオ達は次々と群がった。
あっという間に全身を押さえつけられ、うつ伏せになった私の目と鼻の先に、真っ赤なアーク型用のレッグパーツが乱暴に降りてきた。
レッグだけでなく他の神姫用の武装で統一感無く身を固めた、さっき私を叩き落としたマオチャオの冷めた視線が私に突き刺さる。
ヘルメットのシールドをぐいっと持ち上げられ、無理矢理カシヨのほうを向かされた。
「見ろ、今更あがいたところで無駄だ。 一度インストールが始まれば、むしろ途中で止めたほうが危険といえる」
あなた達の思い通りにさせることのほうがよっぽど危険だ、と憎まれ口をたたきたかったけれど、顎が上がっていて言葉が出ない。
「でも意外にゃ。 ワガハイはてっきり、オマエは自分の身が危にゃくにゃるまで傍観する冷めた奴だと思ってたにゃ」
「…………」
「それにゃらそれで、結局はこうするつもりだったから何も変わらにゃいんだけどにゃ。 でも残念にゃ、オマエが大暴れすれば、ワガハイの最☆終☆兵☆器をお披露目する時がやって来る予定だったんにゃが、噂に聞くアルトレーネも大したことにゃかったにゃ。 そのネコミミは飾りにゃ?」
ハッ、と鼻で笑い、顔の半分を歪ませて疫病猫は私を――いや、全国のアルトレーネに喧嘩を売った。
……動けるようになったら、どうしてくれよう。
私個人を馬鹿にされるのなら、まだいい。
でも、いくら私が 【天然】 と言われるアルトレーネ型だからって、アルトレーネを馬鹿にされて黙っていられるほど平和ボケはしていない。
一ヶ月前、神姫センターで巻き起こした戦争では私達の存在を誇示しようと、私達は自然に集い、戦い、世に戦乙女有りと声高に叫んだ。
あの時は冷静さを欠いていて周りがろくに見えていなくて、【神姫ではない何か】を見たのを最後に記憶が飛んでいるけれど、今度はそうはいかない。
私達は、私達であるために戦い続ける。
誇りある戦乙女の一人として、この疫病猫に裁きの鉄槌を下す。
以前は3階だったし、次は4階から落とそう。
絶対に、情け容赦無く、落とそう。
「お、おおう、そこまで睨むことはにゃいじゃにゃいか、イタリアンジョークってやつにゃよ。 ワガハイとオマエの仲じゃ――目がさらに歪んだにゃ!? や、やめるにゃ、そんにゃ目でワガハイを見るにゃ、元が人畜無害っぽいだけ余計怖いにゃ! とてもお茶の間に放送できる顔じゃにゃいにゃ! つーか今オマエ 『やっぱり4階は甘いから、倍の8階にしよう』 とか考えてるにゃ!? 顔に書いてあるにゃ!」
「――――」
「ヒィィィッ!? 『キリがいいから10階で』 とか滅茶苦茶にゃ! 嫌にゃ、もう落ちるのはイヤにゃああああああああ!」
精一杯睨んでみたけれど、まさかここまで効果があるとは思わなくて鼻白んでしまった。
疫病猫は頭を抱えて、私にお尻を向けて丸くなってしまった。
寮の3階から落ちてもピンピンしていると思っていたけど、それは身体に限った話で、しっかりトラウマになっていたらしい。
携帯電話のバイブレーションくらいガタガタ震えている。
「お、落ち着いてくださいお頭! そんなに怯えないで下さい!」
「心配すんなって、大将ならあんな奴イチコロだってば」
「ほ、本当にゃ? ワガハイはもう傘を忘れたメリーポピンズにならなくてもいいのにゃ?」
「全然大丈夫だわよ。 むしろこっちがあのアルトレーネを落とす、みたいな?」
「ほら、立ってくださいっス。 リーダーにはまだやることがあるっスよ」
「そ、そうだったにゃ。 早くやらにゃいと、夜が明けて人間に見つかっちゃうのにゃ。 つーか、散々マオチャオのことを馬鹿にしてきた奴にワガハイが屈するわけがないのにゃ! 他所様を馬鹿にしといて自分を馬鹿にされたらキレるにゃんて、これだから最近のゆとり神姫は堪え性がにゃくて困るのにゃ。 むしろ今度はワガハイがオマエを落としてやるにゃ。 コトが終わった後、オマエの形をした穴が地面に空く運命にあるのにゃから、覚悟しておくことにゃ!」
本当に地面にめり込まされるかはともかくとして、私は自分の意外な短気さに驚きつつ、内心で舌打ちをした。
疫病猫一匹を仕留めるだけならなんとかなると思っていたけれど、それはあまりにも楽観的で、短絡的すぎた。
私は欄干を踏み締める直前に 「この人数が相手じゃ、どう頑張っても無理だろうな」 と冷静になるまでもなく自明なことを、あえて無視した。
そして、その結果がこのザマ。
私を押さえつけたままのマオチャオ達は痺れた力じゃビクともしないし、それにまだまだ多数、数十匹のマオチャオ達が疫病猫のフォローに回っている。
私の奇襲のせいで、その警戒網はさっきよりも強固になってしまった。
着地のために投げ捨てた二本の剣は手が届く範囲の遥か先に落ちている。
やむを得ないからといって、自ら剣を捨てる戦乙女がどこにいるというのか。
ほんとうに、何をやっているんだろう、私。
出会った時から馬鹿馬鹿と言い続けた相手に乗せられて……いや、自分から乗ってしまって。
これじゃあ、私のほうが、馬鹿みたいだ。
「ま、今更ワガハイをどうしたところで、このマドモアゼルの運命は変えられにゃいのだけどにゃ」
疫病猫がクイッとモニターを指を差した。
そこに表示された 【100%】 と書かれたウィンドウ。
インストールがいつの間にか完了していた証。
電撃を受けたかのように身体を痙攣させていたカシヨは、ぐったりとクレイドルの上に横たわっていた。
「う~む、インストールの負荷が大きすぎたにゃ? これは改善の余地がありそうにゃ」
疫病猫がカシヨの側に寄り、猿ぐつわをほどいた。
どう見ても悪性のプログラムをインストールさせられ、息も絶え絶えといった体のカシヨは――
「はあ……はあ……! お、おまえ、たち……ぜ、絶対に、許さ……にゃいから……にゃ、にゃい? ゆる、許さにゃいにゃ、にゃ、にゃんにゃこれー!?」
――世にも珍しい 【にゃあと鳴く飛鳥型】 になっていた。