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えむえむえす ~My marriage story~

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The Armed Princess―武装神姫―
ウサギのナミダ
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武装神姫のリン
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「……なんか、改めて向き合うと緊張するもんだな」
「そうですわね」

 家に着き、俺とヒルダは自室で向かい合っていた。何故か正座で。
 ヒルダは居間に置かれている座卓の上に座りながらこちらを見上げていた。
 バイザー越しなので視線は感じ取れないが……ちょっとおびえているようにも見える。……無理もないか。自身の中の別人格を意識的に呼ぼうとしているんだから。
 しかしまあ、あれだ。こうやってにらめっこを続けていても埒が明かない。

「……ヒルダ、頼む」
「はい、ですわ」

 ヒルダがルナピエナガレットに手をかけ、ゆっくりと外す。
 こちらを見据えた蒼い目は瞬きをした瞬間に紫水晶へとその色を変えた。

「……あら。ワタクシを貴方自ら呼びだすなんて、めずらしいですわね」

 あきらかに居丈高な口調。そして高圧的な態度。
 間違いなく、「裏」のヒルダだ。

「さて、一体何の用ですの? ワタクシを呼び出したのですから、理由があっての事ですわよね? 筐体のなかでないのならリアルファイトですの?」
「別に戦うために呼び出したわけじゃないさ。茶飲み話ぐらい付き合ってくれ。お前は俺のパートナーなんだからな」

 ヒルダの物怖じしない態度にこちらも緊張が和らいだ。
 正座が馬鹿らしくなり、崩しながら答える。
 彼女は一瞬ぽかんとした。

「どういう風の吹きまわしですの?」
「……と言うと」
「戦いもないのにワタクシを呼び出すなんて、貴方らしくありませんわ」
「俺らしくないって……」

 そもそも俺が望んでこいつにバトルに出てもらったことは一度もないのだが。まあそれはいい。

「俺がお前の存在を認知してからまあ半月ぐらいたつわけだが、表のヒルダと会話をしたことはあっても、お前とは滅多に、いや、全く話す機会なんてなかったからな。バトル中のお前は俺の話を聞かないし」
「ワタクシを扱うに足らぬマスターの言うことなど聞く耳持ちませんわ」

 お前はあれか。高レベルか。ジムバッジが足らんのか。八つ目を手に入れないと言うことを聞いてくれないのか。

「それに。茶飲み話と言っておきながらお茶がないのはいかがなものですの?」
「……それもそうだな。淹れるか」
「ワタクシは紅茶がいいですわ」
「そんなハイカラなもん家にはねーよ」

 緑茶で我慢しろ。

◆◇◆

「意外と美味しいですわね。粗茶ですけど」
「やかましいわ」

 スーパーで買った一山いくらの茶葉でもうまく淹れればそこそこうまいものである。
 一人暮らしを始めて約半年、慣れれば美味い茶を淹れることなど造作もない。
 ヒルダは彼女用にと購入したプラスチックの湯呑を使って茶を啜る。

「……そう言えば神姫は飲み食いできるって愛に聞いてなんの疑いも持ってなかったが、いざ目の当たりにしてみると不思議だよな」
「一応、飲むことはできますわ。濾過されて冷却系に回されますの。固形物も摂取は可能ですが、色々と面倒なのであまりワタクシは好きではありませんわ」
「面倒、とは」
「分解に莫大なエネルギーが必要ですの。エネルギーを得るための行動にそれ以上のエネルギーをかけるのは不毛でしょう?」

 それは道理。もともとは人とのコミュニケーション用として考案された機能らしいからな。実用性は皆無だろう。

「食事が趣味って神姫の話を聞いたことがあるが」
「味を感じることはできますもの。ワタクシ達のAIは人間に近い思考をとりますから、美味しいモノを食べて嬉しいと感じるのは当然ですわ」
「そりゃそうだな」
「……さて、ごちそうさまですわ。戦いがないならワタクシはこれで」
「おいおいおいちょっと待てコラ」

 バイザーをはめてさっさと交代しようとするヒルダに俺は待ったをかける。

「何ですの?」
「茶を飲んだだけでもう変わる気かお前」
「……お代でも取る気ですの?」
「誰がそんなもん取るか」

 うちに勝手に来て菓子漁って帰るどっかの馬鹿はそろそろ警察に突き出してもいいとは思うが。いやそうじゃなくて。

「お茶を頂いた。話をした。茶飲み話という条件はこれでクリアしていますわ」
「お前についての話をしようと思ってるのにお前がいなくなってどうするんだよ」
「ワタクシの話ですの? 茶飲み話と言ったのはそちらでしょう?」
「言葉の綾だ。本当に茶だけ飲んでどうする」
「ではさっさと本題に移りなさいな。ワタクシ、回りくどいのは嫌いですわ」

 本題……ねえ。
 俺はため息をつく。
 いろいろ聞きたいことはあるが……とりあえず。

「お前はもう一人のヒルダの事を認識してるか?」
「もちろんですわ。彼女が表に出ているとき、私も意識はありますもの」
「……はっきりと意識があるのか?」
「いいえ。夢うつつといった感じですが」

 これは表のヒルダと一緒か。まあこの程度は予測範囲内だな。

「初めて起動した日がいつかわかるか?」
「二〇三七年十一月十三日ですわ」

 正解。つまり、表のヒルダが自我を持った瞬間、こいつも生まれたってことだ。……こりゃ単なるバグなんかじゃなさそうだな。

「初めて戦った相手は?」
「……さっきから何を言ってますの? 愛の持つアルトレーネに決まっているでしょう?」

 そう。愛にそそのかされてイーダ・ストラダーレ型を購入し、その場で起動させられてすぐにバトルにもつれ込んだのだ。
 バトル終盤、リーヴェの放ったゲイルスケイグルがヒルダの顔をかすめてバイザーが破損。そしてこいつは覚醒し、暴走した。
 あの時の愛の唖然とした顔は写真に収めて送りつけてやりたいほど貴重なものだったが、あいにくその筐体の向かい側で俺も同じ顔をしていたに違いない。
 そしてその時のリーヴェとヒルダの痴態の録画映像が、アングラで高値で取引されているとかいう噂を聞いたことがある。信じたくもない。
 ……次の質問はこれにするか。

「何でお前は戦う神姫全員にセクハラしやがるんだ。今日で被害数が二十を突破したぞ」
「敗者は勝者にとっての供物でしかありませんわ。それをワタクシがどうしようとワタクシの勝手でしょう?」
「相手の感情は無視かよ。それじゃ立派な強姦だろうが」
「敗者は地べたをはいずり回って泣くのがお似合いですわ」
「それはお前個人の考えだもんでとくに言及はしないが、地べたに押し倒して鳴かせるのはいかがなもんかと」
「あら、うまいこと言いますわね」
「褒められても全く嬉しくねーよ」

 そしてうまいこと言ったつもりでもねーよ。

「それさえなけりゃ、お前は強いし、バトルもどんどんしていこうと思えるんだが……」
「あら。どんどんバトルしてくださって構いませんことよ」
「お前が暴走するからできねーんだろうが!?」

 思わずどん、と座卓を叩くとヒルダが少しばかり浮いた。
 しかし彼女は平然としている。

「貴方にワタクシの楽しみを奪う権利があるとでも?」
「一応俺お前のマスターなんだが。お前の所有者なんだが」
「認めたとは一言も言っていませんわ」
「お前が認めなくても法的に認められてるんだよ俺は。というわけで無節操に相手にセクハラするのをやめろ」
「お断りしますわ」
「即答!?」
「バトルのときにしか出てこられずそれが終わったらまた彼女に交代するワタクシには他に娯楽がありませんもの」

 瞬間俺は一気に冷めた。
 言われてみればそりゃそうだ。
 俺は「表」のヒルダを一ヶ月間常に相棒としてそばに置いていた。
 それは常に外に出ているのはこいつではないということ。
 バトルの不慮の事故で偶発的に表には出てくることはできても、バトルが終わったら彼女は眠る。バイザーがバーチャルで破壊されてもリアルでは健在だからだ。
 そんなこと考えもせずに、自分の都合だけで俺はこいつに意見した。……あれ? ひょっとして俺こいつにかなり酷いこと言ってる?

「…………」
「……どうしましたの? 急に黙りこくって」
「……いや。お前の言う通りだと思っただけだ」

 ふぅ、と一度ため息をつく。ついでにもう一杯茶を淹れる。ヒルダの湯呑にも注いだ。

「実際に話してみると、自分の考えがよくわかるもんだな」
「はぁ?」

 俺が一人で納得しているせいで、ヒルダは置いてけぼりになっている。
 しかし、セクハラを認めるわけにはいかないわけで。

「……代案はないか」
「はい?」
「俺がお前に別の娯楽を与えてやる。だからセクハラはやめろ。お前がよくても、他人に迷惑をかけていいわけじゃないからな」

 ヒルダは口を真円に開いてこちらを見つめていた。

「……どういう風の吹きまわしですの?」
「言ったろ。俺はお前のパートナーなんだよ。どんな原因でお前が産まれたんであれ、俺はお前と表のヒルダのマスターだ。それは俺が死ぬまで変わらねえんだよ」

 一口茶を煽る。

「――でもって、片方だけに傾倒していた自分がおかしかったってだけだ。これからはお前も表のヒルダも同等に扱う。……今まで悪かったな」
「な、え。ちょっと……」

 頭を下げた俺にわたわたしだすヒルダ。こんな展開は予想してなかったのだろう。
 あーだのうーだの唸っていたヒルダだが、湯呑をぐいっと煽って一息つくと口を開いた。

「……代案って、なんでもよろしいんですの?」
「俺にかなえられるレベルのものならなんでも」

 高額な装備を一式買えとかじゃなければな。まあそれも頑張れば達成はできるが、娯楽の代わりにはなるまい。

「で、でしたら。その……ワタクシも表に出ていい日を作ってくださいな」
「……」
「ま、毎日出たいとは申しませんわ! 彼女が可哀そうですもの。でも、ワタクシも彼女を通してではなく、自分の目で世界を見てみたいのですわ」
「……そうだな」

 俺はいつもやっているように、人差し指でヒルダの頭をなでる。いつもやっているように、とは言ったが、裏のヒルダに対してやるのは初めてだ。

「お前がそれでいいなら、そうしよう。交代のローテーションをどうするかは表のヒルダとも相談する必要があるから少し待ってろ。表のヒルダを出してくれ」
「わかりましたわ。では一度変わりますの」

 ヒルダは傍らに置かれたままのルナピエナガレットを手に取り、それを装着した。
 瞬間、まとう気配が変わる。どことなく自信なさげな感じ。表のヒルダだ。

「……どんなことを話していたかわかるか? ヒルダ」
「ええ。おぼろげに、ですが」
「そうか、じゃあちゃんと説明するかな」

 俺はヒルダのためにもう一度茶を淹れると、裏のヒルダとの会話を彼女に聞かせ始めた。
 今日ここから、俺たちは改めて三人でスタートする。そんな気分に包まれながら。





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