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キズナのキセキ

ACT1-2 情けないほど何も知らない



「菜々子さん、どうした? 今どこにいる?」

 もはや尋常ではない。
 電話先から聞こえてくるのは、冷たい風の音と、彼女のかすかな泣き声。
 今俺が自室で暖房つけていても寒いというのに、彼女はこんな夜にどうして外を出歩いているのか。
 そして、彼女の言葉。
 負けた……誰に? 何をして? どこでなんの勝負をした?
 心が不安に浸食されていくような気持ち。
 考えれば分かるような気がしたが、そうすると嫌な予感に捕らわれてしまう気がして、努めて考えないようにしながら、菜々子さんに声をかける。

「今どこにいる? 迎えに行く」
「……」
「どこにいるんだ!?」

 さすがに心配になって、俺は語気を強くした。
 こうやって、感情に訴えるところが、自分のダメなところだと自覚し、一瞬落ち込み、反省する。
 一息、間をおいて、かすれた声が帰ってきた。

「……C港の倉庫街……A街区……」

 なんだって、そんなところにいるんだ。
 それでも俺は頷いた。

「わかった。すぐに行くから、待ってて」
「……たかき、くん……あ、あたし……」
「すぐ行く。言いたいことは、会ってから全部聞く」
「……ごめんなさい……ごめ、ん……」

 途切れ途切れのかすれた声。
 まったく彼女らしくない。
 そんな電話先の様子に、俺は不思議に思うよりも、心配する気持ちが勝った。

「謝らなくていい。すぐに行くから。いいね?」
「……うん……」

 かすかな答えを聞いて、俺は電話を切った。
 次の瞬間にはものすごい焦燥に駆られつつ、外出の準備を開始した。
 ちらり、と時計を見る。
 もう夜九時を過ぎていた。



 スポーツバッグを引っ張り出してきた俺は、急いでバスタオルやら使い捨てカイロをつっこみ、部屋着から外出着に着替え、上着の内ポケットに財布が入っていることを確認すると、上着の胸ポケットにティアを納め、冷たい夜に飛び出した。
 寒いわけだ。
 真っ暗な空から、白い雪が音もなく降り注いでいた。
 すでにあたりはうっすらと雪化粧している。
 近所のコンビニまで、雪に足を取られそうになりながらも、なんとか走ってたどり着いた。
 ホットのお茶を大急ぎで二本買う。
 店を出てすぐに、運良くタクシーを捕まえることに成功した。
 ついている。

「C港倉庫街のA街区まで。急いで」

 それだけ言って、タクシーの後部座席に収まると、俺はやっと一息つくことができた。
 大通りは行き交う車も多く、まだ路面が濡れている程度だった。
 だが、フロントガラスには、次々と大きな雪片がまとわりついてくる。
 タクシーは滑るように雪の中を走っている。
 メーターの金額がじりじりと上がっているが、俺は無視した。金には換えられない。
 俺は腕組みをしたまま、べっとりとフロントガラスに付着する雪を見つめていた。
 そうしていれば何も考えずにすむ。
 今は、菜々子さんの心配以外のことを考えたくなかった。
 雪は一定の間隔で、ワイパーの無情な動きにぬぐい去られていく。


 菜々子さんが負けた勝負とは、おそらく武装神姫のバトルだろう。
 わたしたちの間で勝った負けたと言ったら、それ以外には考えられない。
 だけど、港の倉庫街でバトル?
 ゲームセンターや神姫センターではなく?
 負けたというだけで、マスターに電話するほどのこと?
 マスターはどうしてそんなに急いでいるの?
 わたしには何も分からず、ただ、不機嫌そうな表情のマスターを見上げることしかできない。
 タクシーは夜闇の中を走り続ける。




 C港はC県最大の貨物陸揚げ高を誇る産業港だ。
 夜でも荷揚げ用の大型クレーンのライトがともされ、その威容を誇っている。
 広い敷地にひときわ高くそびえ立つのが、C港から東京湾を一望できる高層建築、ポートタワーである。
 雪に霞む周囲の景色の中でも、ポートタワーの明かりははっきりと見えた。
 その明かりが間近に見えるところで、タクシーは停止した。
 俺は代金を払うと、帰りも利用するので、そのまま待ってて欲しいと運転手に伝える。
 運転手が了承したのを確認して、開け放たれた扉から、俺は夜に飛び出した。

「菜々子さん!」

 彼女の名を呼ぶ。
 一口に倉庫街の一街区と言っても、結構広い。
 あたりには人気も車通りもない。
 湿り気を多く含んだ雪は、その勢いを増しており、倉庫街の道路はすでに白く染まりつつあった。
 俺は辺りを見回しながら、菜々子さんを捜す。
 しかし、何分暗く、雪のせいで見通しも悪い。
 俺は焦燥を募らせる。
 ダメもとで、携帯端末を手に取った。
 目指す番号が表示されるのを待つ時間さえもどかしい。
 菜々子さんの携帯に電話する。
 呼び出し音。
 すると、意外にも近くで、同じタイミングで着信メロディが鳴った。
 菜々子さんの携帯の着信メロディだ。
 俺は音のする方に走る。
 すると、一つ先の倉庫の裏から、音は聞こえていた。
 倉庫の間の路地を走り、音のする方を見る。
 人影はない。
 音は足下から聞こえてきた。
 そこにあるのは、不自然な形の雪のかたまりだった。

「菜々子さんっ!!」

 俺は大急ぎでしゃがみ込むと、そのかたまりを抱き上げる。
 うっすら積もった雪の下から、うずくまった姿勢で倒れているコート姿の女性が出てきた。
 菜々子さん。
 大急ぎで、彼女にまとわりつく雪を払う。
 頭と顔、首周りを、持ってきたバスタオルでふき取り、俺のマフラーを彼女の首に巻く。
 雪の下から出てきた顔は、いつもの明るさは消え、憔悴しきった表情のまま目を閉じていた。
 唇は紫色で、いつものみずみずしさからはほど遠い。
 でも、細かく震えていることで、彼女が生きていることが分かる。
 頬にふれる。冷たい。
 俺はコンビニで買ってきた、まだ温もりを保っているペットボトルのお茶を取り出し、彼女の頬に押しつける。
 そして、ペットボトルのふたを開け、お茶を少し、彼女の口に含ませる。

「う……」

 気がついた。

「菜々子さん、大丈夫か?」
「た……かき……く……」
「迎えに来た。帰ろう」

 菜々子さんは、かすかに頷くと、また気を失った。
 彼女自身は、大きなけがなどはないようだ。
 俺は少しほっとして、スポーツバッグに手を伸ばす。
 そのとき、まだ鳴り続けている携帯端末に気が付き、彼女の手を見た。
 何かを抱え込むように、両腕を重ねている。
 俺の、使い捨てカイロを取り出す手が、止まった。
 胸ポケットで、ティアが息を飲む気配。

 菜々子さんの右手は、携帯端末を握っている。
 そして。

「……ミスティ!?」

 ティアの叫び。
 俺は息を飲む。
 左腕に抱え込まれていたのは……無惨に大破したミスティだった。 



 わたしは、マスターの胸ポケットから飛び出した。
 ミスティ。
 信じられないその姿。

「うそ……うそでしょ? ミスティッ!!」

 いつもの自信に溢れたあなたは、どこに行ったの。
 ぐったりと横たわる彼女は、装備をつけたままだった。
 その装備も、見る影もないまでに破壊されている。
 サブアーム『エアロチャクラム』は左右ともに壊されていたし、『サバーカ』レッグパーツは左足は根本から、右足は足首から先がない。
 わたしは親友の体をそっと撫でる。
 腹部には、刀傷だろうか、斜めに亀裂が走っている。
 両腕は、肘から先がなかった。
 綺麗好きな彼女の駆体は、いまや埃まみれの傷だらけだ。

「あっ……ああっ……」

 そんなミスティの体に、一つ、二つ、雪が落ちてきた。
 わたしは慌てて、すぐにも溶け出しそうな湿った雪を、手で懸命に拭う。
 でも、雪は遠慮なしに、次から次へと落ちてくる。
 わたしは、ミスティの身体を抱きしめた。彼女を雪から守るように。
 ミスティの額に、自分の額を押しつける。
 涙がこぼれるのを自覚しながら、さらにミスティを強く掻き抱いた。
 目を開けていられない。
 目の前にある、彼女の左目は、焼け焦げて窪んでいる。
 後ろに回した手に触れる、彼女自慢のロール髪は、いまや焦げ目の先から千切れ飛んで、なかった。
 そんな無惨な親友の姿を、直視できるはずがなかった。
 雪は容赦なくわたしたちにも降り積もってゆく。
 背中がとても冷たい。
 それでもいい。我慢するから。
 だから、誰か、彼女を……わたしの親友を助けて……。



 ティアに抱きしめられたままのミスティを、スポーツバッグにそっとしまう。
 鳴らしていた携帯端末を切り、緊急の番号を入力する。
 が、少しだけ、迷う。
 このまま救急車を呼んでもいいが、それを菜々子さんは望まないのではないか。
 大破したミスティを見たときに、分かってしまった。
 彼女はここでバトルした。
 リアルバトル……何でもあり、神姫破壊も辞さない、ストリートファイト。
 そして敗れたのだ。
 なぜ菜々子さんはリアルバトルなんかやったのか……今は考えるまい。
 だが、公式戦でもないリアルバトルには、犯罪が絡む可能性が高い。
 菜々子さんがまさか犯罪を犯しているなどとは考えたくないが、否定はできない。
 だとすれば、病院に連れ込むよりも、まずは自宅に戻って判断するのが得策ではないだろうか。
 菜々子さんの身体に問題があれば、家族の判断で救急車を呼んでもいい。
 幸い菜々子さんは大きなけがなどは負っていないようだ。
 俺は、携帯から彼女の自宅の番号を呼び出そうとして……手を止めた。

 知らなかった。
 彼女の自宅の番号も、場所も。
 そのことに俺は愕然とする。
 菜々子さんの恋人を気取っていながら、俺は彼女のことをろくに知らないことに気が付いた。
 自宅のことだけじゃない。
 彼女が戦っているその理由も、そして今日、誰と戦ったのかも。
 俺は何も知らないのだった。

「……菜々子さん、ごめん」

 そんな感傷に浸っている場合ではない、と弱い心を無理矢理叱咤する。
 俺は菜々子さんに謝り、彼女の携帯端末を手に取った。
 他人の携帯を無断で使うのはかなり気が引ける。
 だが、緊急事態だ、と無理矢理自分を納得させた。
 アドレス帳を表示して、目当ての連絡先を探す。
 あった。
 「自宅」とシンプルに登録されているところが、なんとなく菜々子さんらしい。
 俺は迷わず、通話キーを押した。
 呼び出し音の間に、俺は菜々子さんの家族構成を思い出す。
 確か、おばあさんと二人暮らしと言っていたような……。

『もしもし、久住です……菜々子?』

 女性の声に、思考を中断させられた。
 思わず慌ててしまう。

「え、あ、あの……」
『どちらさま?』

 先方は着信時に、この電話が菜々子さんの携帯からであることは分かっているはずだ。
 だが、電話口の男の声に、先方の女性の声はいぶかしげな様子もなかった。
 俺は一瞬で思考を取り戻すことができた。

「久住菜々子さんの友人で、遠野と言います。彼女の携帯を借りて電話してます」
『あらぁ、あなたが遠野くんなのね?』
「え……俺のこと知って……」
『菜々子から聞いてますよ。いつもあの子がお世話になっています』
「あ、いえ、こちらこそ……」

 女性の声は明るく柔らかく、とても落ち着いていた。
 そのせいか、一瞬、今の状況を忘れそうになった。

「いや、そうじゃなくて……なな……久住さんから俺に連絡があって、迎えに来たのですが、見つけたときには気を失っていまして」
『あら……』
「込み入った事情がありそうだったので、病院に連絡するより先に、自宅の方に連絡を入れてみたのですが……それでよかったですか」
『いい判断で助かるわ。菜々子はけがとかしてない?』
「はい……特に大きなけがとかは見あたりません」
『それじゃあ、うちまで連れてきてもらった方がいいわ。足はある?』
「タクシーを待たせてますので、大丈夫です」
『じゃ、お願いするわね。タクシー代はわたしが持つから心配しないで。場所は……』

 菜々子さんの家までの道のりを、わかりやすく教えてもらった。
 えらく話が早い。

「それじゃあ、家の近くまで来たら、また電話します」
『菜々子のこと、頼むわね。遠野くん』

 そう言って電話は切れた。
 ……相手の名前を聞くのを忘れた。
 彼女が菜々子さんのおばあさんなのだろうか?
 それにしては、声が若々しい気がしたが。
 ともあれ、俺はスポーツバッグを肩に掛け、菜々子さんの腕を肩に掛けて担ぐと、待たせてあるタクシーまで歩き出した。



 タクシーの運転手は、俺が一人でなかったことにぎょっとしたようだったが、

「彼女を迎えに来たんです」

 とだけ説明し、行き先を告げると、何も言わずに走り出した。
 タクシーは一路、F駅……菜々子さんの家の最寄り駅に向かう。
 静かな車内で、俺は菜々子さんの肩を抱きながら、考えに沈む。

 俺に電話をかける直前まで、菜々子さんは武装神姫でリアルバトルをしていた。
 なぜだ。
 なぜ、彼女は自分の大事な神姫を使って、ストリートファイトまがいのバトルをした?
 バーチャルバトルでなく、リアルバトルでなくてはならなかった理由は何だ? 
 そして、誰と戦った?
 あのミスティを完膚なきまでに叩きのめした神姫……どんな相手だというのか。
 雑然と絡まった俺の思考に、浮かび上がる言葉がある。

「菜々子ちゃんは戦い続けている。もう、ずっと一人で」

 かつて、ホビーショップ・エルゴの日暮店長が言った。
 彼女を助けてやってくれ、と。
 おそらく、今日の敗北は、菜々子さんが戦い続ける理由が深く関わっているのだろう。

 タクシーがF駅前の通りを走り抜ける。
 ゲームセンターの看板が見える。
 『ポーラスター』。
 菜々子さんが常連として通う店だ。
 彼女がはじめてバトルしたのも『ポーラスター』だったと聞いたことがある。
 この店に通っていた頃の菜々子さんに何があったのか。
 それもまた、今夜のバトルに関わっている気がする。

 だが、今の俺が彼女にしてやれることなんて、皆無に等しかった。
 なぜなら、彼女が抱えていることについても、彼女の過去についても、俺は何も知らない。
 情けないほど、何も知らないのだ。

 暗いタクシーの車内で、俺は隣の菜々子さんを見た。
 疲れ切ったような表情で、目を閉じている。
 いつもの反則な笑顔の陰で、こんな顔をしていたのだろうか。
 俺は運転手に道順を指示する。
 それを終えたとき、覚悟を決めた。
 菜々子さんの過去に踏み込む覚悟を。



 F駅から説明されたとおりの道をたどると、あっさり目的地に着いた。
 意外に大きな一軒家。
 「久住」の表札が見える。
 菜々子さんの自宅である。
 その門の前に、一人の女性の姿があった。
 雪だというのに、その人は俺たちを外で待っていたのだ。

「ご苦労様。運転手さん、代金はおいくら?」

 俺が財布を手にするより早く、その女性はタクシーの料金メーターを確認していた。
 この人が、菜々子さんの祖母か。
 快活そうで、若々しく、とても大学生の孫がいるようには見えない。おばあさんと呼ぶのにためらいを感じるほどだ。

「遠野くん、菜々子を降ろすの、手伝ってくれる?」

 料金を払い終えると、その女性は俺にてきぱきと指示を出す。
 俺と彼女で菜々子さんを抱え、玄関を抜けて、菜々子さんの部屋に入った。
 ……意外な形で、菜々子さんの自宅、それに部屋にまで上がってしまったが、これでよかったのだろうか。
 もちろん、そんなことを気にしている状況ではないのだが、どうも落ち着かない。

「ありがとう。申し訳ないけれど、ちょっとあっちの部屋で待っていてくれる?
 菜々子を寝かせたら、お茶淹れるから」
「……はい」

 夜も遅いので、そのまま帰ろうと思っていたのだが、そう言われてしまっては仕方がない。
 俺は玄関に戻る途中、電気のついた、ちゃぶ台のある一室を発見した。湯飲みと急須が置いてある。ここで待て、と言うことか。
 スポーツバッグを傍らに置き、ちゃぶ台の前に座った。
 見知らぬお宅で一人待つのは、どうにも居心地が悪い。
 程なくして、先ほどの婦人が姿を現した。

「お待たせね。夜分に引き留めてごめんなさい」
「いえ、おかまいなく……」

 婦人は、俺の向かいの席に座ると、ちゃぶ台の上にあった急須にお湯を注ぎ、お茶を淹れる。

「……菜々子さんの、おばあさん……ですよね?」
「頼子さん」
「は?」
「久住頼子。確かに菜々子の祖母だけど、あの子にもそう呼ばせているから、あなたも頼子さんって呼んでね」
「はあ」

 表情は笑っていたが、目が笑っていなかった。
 俺は多少ビビりながら、フォローの言葉を口にする。

「確かに、おばあさんと言うには失礼なほどお若いですよね……」
「あらぁ、褒めても何も出ないわよ?」
「……本当はおいくつなんですか」
「女性に年齢をきくなんて、野暮のする事よ、遠野くん」

 ……菜々子さんの明るい性格の部分は、この人の影響を多分に受けている気がする。

「今日は菜々子を助けてくれてありがとう」
「いえ……」
「そう言えば、ミスティは?」
「ひどく破損しています。明日、知り合いのショップで見てもらおうと思いますが……見ますか?」
「いいわ。遠野くんに任せます。修理代はわたしに言ってくれれば出すから」

 頼子さんは俺にお茶を差し出した。
 俺は軽くお辞儀すると、湯飲みを手にする。
 あたたかい。
 先ほどまで寒空にいた身には、ありがたい。
 そう言えば、俺は自己紹介もしていないが、頼子さんは俺の名前を普通に呼んでいる。
 少し疑問に思ったので、尋ねてみた。

「俺のこと、知ってるんですか」
「もちろんよ。菜々子がよく話してくれるからね。あなたとは、はじめて会った気がしないわ」
「……なな……久住さんが?」
「別に、いつもと同じように菜々子のこと呼べばいいわよ」
「……はあ」
「最近の菜々子が話すことなんて、あなたのことばっかり。今日の遠野くんはどんなバトルをした、遠野くんとティアがこんなことを話してた……ってね」

 恐縮してしまう。
 初対面の人に好意的に思われるのはありがたいが、菜々子さんはどんな話をしているのだろうか。
 しかし、バトルの話や俺とティアの会話に、頼子さんが興味を持つものなのだろうか。
 こう言っては失礼だが、バトルに興味を示すのは若い人たちのように思う。
 頼子さんぐらいの歳の人が神姫を持つのは珍しくない。だがそれは、生活のパートナーとしての神姫であって、決して戦わせるためではない。

「あの……頼子さんは、武装神姫にお詳しいんですか」
「まあ、普通の人よりは、ね。わたしも武装神姫やってるのよ」
「え、それじゃあ、ご自分の神姫もいるんですか?」
「もちろん。見せましょうか?」
「ええ、ぜひ」

 頼子さんは微笑むと、部屋の隅に声をかけた。

「三冬、いらっしゃい」
「はい、奥様」

 テレビ台の陰から、そっと姿を現したのは、一人の神姫だった。

「ハウリン型……」
「はい。はじめまして、遠野さん。頼子奥様の神姫で、三冬といいます。よろしくお願いします」

 とても丁寧な挨拶が、この三冬の性格を窺わせる。
 ハウリン型はもともと素直で従順な性格だが、この礼儀正しさは頼子さんの教育によるものだろうか。

「三冬は……バトルをするのか?」
「はい。現在、ファーストリーグ四七位です」
「ぶっ」

 頼子さんと三冬がファーストランカー!?
 言っちゃ悪いがその歳で、武装神姫でもっとも過酷なファーストリーグを戦っているのか。
 ハウリン型がパートナーというところから見ても、頼子さんの武装神姫歴は相当長いようだ。
 頼子さんは笑いながら言った。

「昔からゲームが好きなのよ。それこそ、対戦格闘ブームの頃から。バーチャ2の盛り上がりったら、今思い出してもすごかったわねぇ」
「はあ」

 うっとりとした表情で話す頼子さんの言葉は、俺が生まれる前どころか、前世紀の話であることを、後で知った。

「それじゃあ、菜々子さんが武装神姫を始めたのは……頼子さんの影響ですか」
「そう……神姫を与えたのは、確かにわたしね」
「それなら、頼子さんはご存じですか? 菜々子さんは何を追い求めて戦っているのか。彼女の過去に何があったのか」

 頼子さんは湯飲みを口元からゆっくりとちゃぶ台に降ろすと、そっと目を閉じた。

「すべては知らないわ……でも、あの子が誰を捜しているのかは知っています」
「誰……って人なんですか?」
「そう。あの子が捜しているのは、桐島あおい、という神姫マスターなの」
「桐島、あおい……」

 知らない名だった。

「そうでしょうね。有名なマスターではないし……。
 でも、あの子にとっては、とても大切な人だったのよ」
「……」
「あおいちゃんは、あの子にとって、親友であり、ライバルであり、武装神姫の師匠であり、絶望から助けてくれた恩人であり……本当の姉以上の存在だった」
「……教えてもらえませんか? 菜々子さんと、その桐島あおいという人のことを」

 俺は、覚悟を持ってその一言を放った。
 頼子さんが俺を見る。目が合う。
 すると、頼子さんが微笑んだ。

「菜々子の言った通りね」
「え?」
「遠野くんの視線はいつも真っ直ぐだって」
「そんな……」
「いいわ。わたしの知っていることを話しましょう……少し長くなるけど、大丈夫かしら」
「お願いします」

 俺は頼子さんに頭を下げた。
 俺が顔を上げると、驚いたことに、頼子さんが俺に頭を下げた。

「ありがとう、遠野くん……菜々子を心配してくれて……あの子に踏み込んで、助けようとしてくれて……」

 俺はまた恐縮してしまう。
 頼子さんには、俺の言動など、何もかもお見通しのようだった。









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