ウサギのナミダ・番外編
黒兎と塔の騎士
前編
◆
「遠野さんとティアって、強いのか?」
安藤智哉の言葉に、四人の少女はそれぞれドーナツをくわえたまま、静止した。
四人とも目が点になっている。
俺何か悪いこと言ったか? と首を傾げた。
悪気はなかった。
だが、四人の中で一番早く、蓼科涼子が解凍し、くわえていたドーナツを落として、般若の顔で安藤の胸ぐらを掴んだ。
四人とも目が点になっている。
俺何か悪いこと言ったか? と首を傾げた。
悪気はなかった。
だが、四人の中で一番早く、蓼科涼子が解凍し、くわえていたドーナツを落として、般若の顔で安藤の胸ぐらを掴んだ。
「何言ってくれちゃってんの、このルーキー風情が!」
「いや、落ち着け蓼科……」
「セカンドリーグの全国チャンピオン『アーンヴァル・クイーン』と互角に渡り合えるのよ!? ティアは強いに決まってんでしょーが!!」
「それがさ……その……オルフェが勝っちゃったんだけど……ティアに」
「…………はあ?」
「いや、落ち着け蓼科……」
「セカンドリーグの全国チャンピオン『アーンヴァル・クイーン』と互角に渡り合えるのよ!? ティアは強いに決まってんでしょーが!!」
「それがさ……その……オルフェが勝っちゃったんだけど……ティアに」
「…………はあ?」
T駅前、おなじみのミスタードーナッツの店先である。
さすがに恥ずかしい状況なので、動き出した美緒たちが涼子を止めた。
彼女は、師匠に心酔しているので、遠野たちを卑下する話題には、過剰に反応してしまう。
渋々席に着く涼子。視線は安藤を睨んだままだ。
安藤の隣にいた美緒が、涼子をなだめるように口を開く。
さすがに恥ずかしい状況なので、動き出した美緒たちが涼子を止めた。
彼女は、師匠に心酔しているので、遠野たちを卑下する話題には、過剰に反応してしまう。
渋々席に着く涼子。視線は安藤を睨んだままだ。
安藤の隣にいた美緒が、涼子をなだめるように口を開く。
「オルフェが勝ったって……遠野さんたちと対戦したの?」
「ああ……こないだの土曜日、ちょっと早い時間で、みんないなくてさ……遠野さんから、アルトレーネと対戦したことないから、やってみないかって」
「それで、ティアが負けた、って?」
「ああ……こないだの土曜日、ちょっと早い時間で、みんないなくてさ……遠野さんから、アルトレーネと対戦したことないから、やってみないかって」
「それで、ティアが負けた、って?」
ちょっと信じられない、有紀は目を見開いた。
安藤は頷く。
涼子がイスに背を預け、投げやりに言った。
安藤は頷く。
涼子がイスに背を預け、投げやりに言った。
「練習してたんでしょ。遠野さんは勝敗に頓着しない人だから」
涼子は以前、遠野に言われたことがある。
『勝敗よりも、問題点を見つけることが大切だ』と。
あのときの言葉は、涼子と涼姫にとっての座右の銘だ。
安藤は、その涼子の言葉にも頷いた。
『勝敗よりも、問題点を見つけることが大切だ』と。
あのときの言葉は、涼子と涼姫にとっての座右の銘だ。
安藤は、その涼子の言葉にも頷いた。
「それも分かってるよ。クイーンと伝説的なバトルをしたことも知ってる。
だからこそ、遠野さんとティアが真剣に戦ったら、どれだけ強いのか、どんな戦いになるのか、興味があるんじゃないか」
だからこそ、遠野さんとティアが真剣に戦ったら、どれだけ強いのか、どんな戦いになるのか、興味があるんじゃないか」
ふーむ、と美緒たち四人は腕組みして考え込んだ。
確かに、ティアの強さを伝えるのは難しい気がする。
実際に見るのが一番なのだが、遠野は全力の真剣勝負をあまりしない。
しかし、安藤はしばらく後に、それを目の当たりにすることになる。
確かに、ティアの強さを伝えるのは難しい気がする。
実際に見るのが一番なのだが、遠野は全力の真剣勝負をあまりしない。
しかし、安藤はしばらく後に、それを目の当たりにすることになる。
□
……墓穴を掘った。
俺はゲーセンの定位置である壁際に背をつき、額を押さえて落ち込んでいた。
オルフェとクインビーの対決からしばらく後の週末である。
あの日、俺は武装神姫のチームを作ることにした。
俺はゲーセンの定位置である壁際に背をつき、額を押さえて落ち込んでいた。
オルフェとクインビーの対決からしばらく後の週末である。
あの日、俺は武装神姫のチームを作ることにした。
ここ『ノーザンクロス』では、バトルロンドのチームを作るのがはやりだ。
チームを組むことのメリットは、仲間意識が強くなるだけではない。チームメンバーなら、練習のお願いもしやすいし、戦い方の研究や情報の交換にも役に立つ。
また、対戦もチーム形式で行える。バトルの幅が増え、楽しみも増す。
チームバトルの魅力にとりつかれた常連さんたちが、こぞってチームを組んだ。
俺もいくつかのチームに誘われたが、いずれも断った。
久住さんと大城が「チームを組もう」と言い出したときにも保留にしていた。
俺にとってメリットがないと思っていたからだ。
現状維持でも、俺が武装神姫に求めることは達成できると考えていた。
だが、先日の事件で少し考え方を変えた。
チームを組めば、おいそれとチームメンバーが理不尽な目に遭うことも抑止できるのではないか。
そう考えて、チームを結成することにしたのだが……。
チームを組むことのメリットは、仲間意識が強くなるだけではない。チームメンバーなら、練習のお願いもしやすいし、戦い方の研究や情報の交換にも役に立つ。
また、対戦もチーム形式で行える。バトルの幅が増え、楽しみも増す。
チームバトルの魅力にとりつかれた常連さんたちが、こぞってチームを組んだ。
俺もいくつかのチームに誘われたが、いずれも断った。
久住さんと大城が「チームを組もう」と言い出したときにも保留にしていた。
俺にとってメリットがないと思っていたからだ。
現状維持でも、俺が武装神姫に求めることは達成できると考えていた。
だが、先日の事件で少し考え方を変えた。
チームを組めば、おいそれとチームメンバーが理不尽な目に遭うことも抑止できるのではないか。
そう考えて、チームを結成することにしたのだが……。
「墓穴を掘った……」
今度は口に出して言う。
チームを結成してからこっち、俺は自分のバトルをろくにしていない。
忙しすぎるのだ。
チーム結成直後は、チームに入れてほしいという希望者が続出した。
それらはすべて断った。チームを大きくする気はないからだ。
それで一苦労した。
チームを結成してからこっち、俺は自分のバトルをろくにしていない。
忙しすぎるのだ。
チーム結成直後は、チームに入れてほしいという希望者が続出した。
それらはすべて断った。チームを大きくする気はないからだ。
それで一苦労した。
だが、今度は俺のチーム宛にチームバトルを申し込んでくる連中が続出した。
それもすべて断った。
そもそも自分を含めたチームメイトを保護する意味が強いチームだし、チーム戦ができるほど、まだチームとしての熟成が足りていなかったからだ。
それでもう一苦労した。
それもすべて断った。
そもそも自分を含めたチームメイトを保護する意味が強いチームだし、チーム戦ができるほど、まだチームとしての熟成が足りていなかったからだ。
それでもう一苦労した。
チームのみんなは、俺の考えをよく理解してくれているから、何も言わなかった。
こぢんまりとした俺のチームがなぜこうも注目されるのか、と疑問に思ったが、よく考えてみれば、あの『エトランゼ』と現ランバトチャンピオンと、三強を倒したルーキーがいるチームなのだから、目立って当然か。
こぢんまりとした俺のチームがなぜこうも注目されるのか、と疑問に思ったが、よく考えてみれば、あの『エトランゼ』と現ランバトチャンピオンと、三強を倒したルーキーがいるチームなのだから、目立って当然か。
そんな事務処理に追われながら、今度はチームメイトのよしみで、バトルの相談に乗ったりしている。
だが、今度はそれも遠慮がなくなってきている。
特に蓼科さんは俺の一番弟子を自称している(認めたくないが)ので、ひっきりなしに話しかけてくる。
それに負けじと、成長著しい安藤が、バトルのアドバイスを求めてくる。
そこに他のチームメイトも加わるのだから、正直いい加減にしろと言いたくなる。
だから、
だが、今度はそれも遠慮がなくなってきている。
特に蓼科さんは俺の一番弟子を自称している(認めたくないが)ので、ひっきりなしに話しかけてくる。
それに負けじと、成長著しい安藤が、バトルのアドバイスを求めてくる。
そこに他のチームメイトも加わるのだから、正直いい加減にしろと言いたくなる。
だから、
「おーい、遠野、虎実の空中戦の機動なんだけどさー」
「大城、貴様もかっ」
「大城、貴様もかっ」
と言って、大城を邪険にあしらうのも、無理からぬことと思ってほしい。
「まあまあ。それだけ遠野くんがみんなから信頼されてるってことじゃない」
隣にいる久住さんが、そう言って笑う。
……本当にそうだろうか。
いいように使われているだけのような気がするのは気のせいか。
……本当にそうだろうか。
いいように使われているだけのような気がするのは気のせいか。
「ところで、ミスティの変形のタイミングなんだけど……」
「君もかっ」
「君もかっ」
なんだか誰も信じられなくなりそうな、日曜の昼下がりである。
気分は墓に片足を突っ込んでいる感じだったが、平穏な日々ではあった。
そこに、珍しい客が現れた。
気分は墓に片足を突っ込んでいる感じだったが、平穏な日々ではあった。
そこに、珍しい客が現れた。
□
ゲームセンター『ノーザンクロス』の入り口が開き、新たな客が入ってくる。
その客に気づいた武装神姫コーナーの常連さんたちが、にわかにざわめきはじめた。
それに気が付いて、俺はふと視線を上げる。
その人物は、いつものように人の良さそうな笑顔で、俺に向かって手を挙げた。
肩には、輝くばかりの存在感を放つ、銀髪の神姫。
その客に気づいた武装神姫コーナーの常連さんたちが、にわかにざわめきはじめた。
それに気が付いて、俺はふと視線を上げる。
その人物は、いつものように人の良さそうな笑顔で、俺に向かって手を挙げた。
肩には、輝くばかりの存在感を放つ、銀髪の神姫。
「高村……」
「遠野くん、ご無沙汰してます」
「遠野くん、ご無沙汰してます」
俺と高村優斗は握手を交わす。
俺の胸ポケットから、ティアがひょっこりと顔を出した。
俺の胸ポケットから、ティアがひょっこりと顔を出した。
「こんにちは、雪華さん」
「ごきげんよう、ティア」
「ごきげんよう、ティア」
高村の肩にいた銀髪のアーンヴァルは、鮮やかな笑みでティアに応えた。
まわりにいる誰かからため息が聞こえた。
隣にいた久住さんたちも、高村と雪華に挨拶する。
彼がここを訪れたのは、おそらくティアと雪華の一戦以来だろう。
久住さんにとっても久しぶりの再会であるはずだ。
まわりにいる誰かからため息が聞こえた。
隣にいた久住さんたちも、高村と雪華に挨拶する。
彼がここを訪れたのは、おそらくティアと雪華の一戦以来だろう。
久住さんにとっても久しぶりの再会であるはずだ。
「それで、高村。今日はどうした、こんなところまで。
……それに、そちらは?」
「今日は、彼と彼の神姫を紹介したくて、来ました。……鳴滝くん」
……それに、そちらは?」
「今日は、彼と彼の神姫を紹介したくて、来ました。……鳴滝くん」
高村の呼びかけに、一歩後ろにいた男性が前に出る。
体の大きい短髪の青年だった。
堂々とした印象。
ラフな服装の上からでも、鍛え上げた筋肉が見て取れる。
体の大きい短髪の青年だった。
堂々とした印象。
ラフな服装の上からでも、鍛え上げた筋肉が見て取れる。
「鳴滝修平です」
「……遠野貴樹です。よろしく」
「お噂はかねがね」
「……はあ」
「……遠野貴樹です。よろしく」
「お噂はかねがね」
「……はあ」
俺と鳴滝は握手を交わした。物怖じしない性格のようだ。
鳴滝の肩には、神姫がいた。
見たところ、騎士型サイフォス・タイプのカスタム機のようだ。
不機嫌そうな顔で、こちらをやぶにらみである。
マスターである鳴滝の態度とまるでちぐはぐだ。
鳴滝の肩には、神姫がいた。
見たところ、騎士型サイフォス・タイプのカスタム機のようだ。
不機嫌そうな顔で、こちらをやぶにらみである。
マスターである鳴滝の態度とまるでちぐはぐだ。
「というわけで、今日は鳴滝くんのランティスと、遠野くんのティアで対戦してもらいたいんです」
そう言う高村は、相変わらずにこにこと笑っている。
鳴滝は力強く頷き、そして俺は首を傾げた。
鳴滝は力強く頷き、そして俺は首を傾げた。
◆
「なあ、今遠野さんと話してる人……みんな注目してるけど、誰なの?」
安藤が話しかけた美緒と他三名も、やはり遠野たちの会話に釘付けになっている。
涼子はそれを聞いてため息を付いたが、美緒が丁寧に教えてくれた。
涼子はそれを聞いてため息を付いたが、美緒が丁寧に教えてくれた。
「高村優斗さんと、その神姫で雪華。二つ名は『アーンヴァル・クイーン』。現セカンドリーグ全国チャンピオンよ」
「クイーンの雪華って……あの、ティアとすごいバトルをしたっていう……!?」
「そう」
「クイーンの雪華って……あの、ティアとすごいバトルをしたっていう……!?」
「そう」
美緒はあっさりと頷いた。
あれがあの『アーンヴァル・クイーン』なのか。
安藤の目は、ひときわ存在感を放つ、銀髪の神姫に吸い寄せられる。
雪華と呼ばれる神姫は、人の目を引きつけずにはおかない何かを備えているように思えた。
あれがあの『アーンヴァル・クイーン』なのか。
安藤の目は、ひときわ存在感を放つ、銀髪の神姫に吸い寄せられる。
雪華と呼ばれる神姫は、人の目を引きつけずにはおかない何かを備えているように思えた。
□
「彼の神姫、ランティスは強いですよ。近接戦闘に限れば、秋葉原でも最強クラスです」
「ふむ……」
「ふむ……」
高村はそう言うが、俺はなおさら首を傾げざるを得ない。
武装神姫の対戦のメッカ・秋葉原で、近接限定ながらも最強クラスなら、対戦相手に事欠かないはずだ。
なのに、なぜ東京から離れたゲームセンターまでやって来て、ティアとの対戦を望むのか?
その疑問をぶつけてみると、高村はあっさりこう言った。
武装神姫の対戦のメッカ・秋葉原で、近接限定ながらも最強クラスなら、対戦相手に事欠かないはずだ。
なのに、なぜ東京から離れたゲームセンターまでやって来て、ティアとの対戦を望むのか?
その疑問をぶつけてみると、高村はあっさりこう言った。
「ランティスに挑む相手は、もう秋葉原にはいないのです。彼女はあるステージにおいて無敵を誇ります」
「無敵……?」
「無敵……?」
秋葉原で、特定のステージ限定とはいえ無敵とは……。
それはある意味、全国大会優勝ほどの実力ではないのか。
それはある意味、全国大会優勝ほどの実力ではないのか。
「……どのステージか聞いてもいいか」
「それは塔のステージさ。塔においては無敵ゆえに、こうあだ名された。『塔の騎士』あるいは『ナイト・オブ・グラップル』と」
「それは塔のステージさ。塔においては無敵ゆえに、こうあだ名された。『塔の騎士』あるいは『ナイト・オブ・グラップル』と」
鳴滝が穏やかな表情のまま、さらりと答えた。
肩にいるランティスは、いまだに不機嫌そうな表情を崩さない。
彼女はずっと俺の方を……いや、どうやら俺の胸ポケットにいるティアを睨みつけている。
と、大城が珍しく小さな声で口を挟んだ。
肩にいるランティスは、いまだに不機嫌そうな表情を崩さない。
彼女はずっと俺の方を……いや、どうやら俺の胸ポケットにいるティアを睨みつけている。
と、大城が珍しく小さな声で口を挟んだ。
「塔の騎士・ランティス……?
聞いたことあるぞ。秋葉原で無敵のサイフォス・タイプで、その特徴は……武器を持たずに、徒手空拳で戦うって……」
聞いたことあるぞ。秋葉原で無敵のサイフォス・タイプで、その特徴は……武器を持たずに、徒手空拳で戦うって……」
大城は神姫プレイヤーの情報に詳しい。
だが、秋葉原ローカルの神姫まで知っているとは、なかなかの精通ぶりじゃないか。
高村と鳴滝は頷いた。
大城の情報は正しいようだ。
しかし、俺には不可解な点がある。
いくら近接格闘戦が得意な騎士型とはいえ、セットにある多彩な武器を使わず、素手……つまり、格闘術を使った肉弾戦で戦うというのは、いささか無謀ではないか。
しかも、塔のステージでは無敵を誇るという。
にわかには信じがたい。
だが、秋葉原ローカルの神姫まで知っているとは、なかなかの精通ぶりじゃないか。
高村と鳴滝は頷いた。
大城の情報は正しいようだ。
しかし、俺には不可解な点がある。
いくら近接格闘戦が得意な騎士型とはいえ、セットにある多彩な武器を使わず、素手……つまり、格闘術を使った肉弾戦で戦うというのは、いささか無謀ではないか。
しかも、塔のステージでは無敵を誇るという。
にわかには信じがたい。
「塔で無敵って……たとえば、アーンヴァルなんかの飛行タイプを相手にしてもか?」
「もちろん」
「ゼルノグラードのように、銃火器の塊相手でも?」
「言うまでもなく」
「ストラーフのように、サブアームで手数を稼ぐ相手でもか」
「当然です」
「もちろん」
「ゼルノグラードのように、銃火器の塊相手でも?」
「言うまでもなく」
「ストラーフのように、サブアームで手数を稼ぐ相手でもか」
「当然です」
高村は俺の言葉にいちいち頷いた。
「塔のステージは、いささか特殊です。塔で最高のパフォーマンスを発揮できる神姫を考えたときに、一番に思いついたのがティアだったんですよ」
「噂は聞いてます。地上戦用の高速機動型で、その戦闘スタイルは唯一無二。そして、『クイーン』を破った、と」
「噂は聞いてます。地上戦用の高速機動型で、その戦闘スタイルは唯一無二。そして、『クイーン』を破った、と」
俺は、鳴滝の神姫以上に、不機嫌そうな顔をした。
雪華はティアに負けたと言っているが、実際の試合結果ではティアが敗北している。
クイーンに勝った、などという風評は、俺にとっては好ましいものではない。
そんなことを考えていると、鳴滝の肩から、声がした。
雪華はティアに負けたと言っているが、実際の試合結果ではティアが敗北している。
クイーンに勝った、などという風評は、俺にとっては好ましいものではない。
そんなことを考えていると、鳴滝の肩から、声がした。
「娼婦風情が、我が女王を倒したなど……世迷い言にもほどがある」
俺は思わずランティスを睨んでいた。
ティアが俺の胸ポケットで、身体をびくり、と震わせたのだ。
ランティスは苛烈ともいえる視線で、ティアを睨んでいた。
そんな神姫を、マスターの鳴滝がたしなめる。
ティアが俺の胸ポケットで、身体をびくり、と震わせたのだ。
ランティスは苛烈ともいえる視線で、ティアを睨んでいた。
そんな神姫を、マスターの鳴滝がたしなめる。
「おい、ランティス……その言い方はないだろう」
「いいえ、師匠。我が女王の強い勧めがあったから、このような辺鄙な場所に来ましたが……あそこの気弱な娼婦が、わたしの相手足りうるなど、到底思えません」
「いいえ、師匠。我が女王の強い勧めがあったから、このような辺鄙な場所に来ましたが……あそこの気弱な娼婦が、わたしの相手足りうるなど、到底思えません」
もはやそんな言葉に動揺する俺とティアではないが、初対面の神姫にそう言われて、いい気分はしない。
鳴滝の物腰とは対照的に、不機嫌の度をますます強めるランティス。
そこへ、雪華の静かな叱責が飛んだ。
鳴滝の物腰とは対照的に、不機嫌の度をますます強めるランティス。
そこへ、雪華の静かな叱責が飛んだ。
「ランティス、たとえあなたであろうとも、ティアへの侮辱は、このわたしが許しませんよ」
「え……あの、女王……」
「ティアは我が友であり、我がライバルです。あなたがわたしに見せる忠誠と同じように、彼女にも敬意を払うべきです」
「しかし……あれは娼婦です。あのような下賤な……」
「お黙りなさい!」
「え……あの、女王……」
「ティアは我が友であり、我がライバルです。あなたがわたしに見せる忠誠と同じように、彼女にも敬意を払うべきです」
「しかし……あれは娼婦です。あのような下賤な……」
「お黙りなさい!」
雪華が珍しく厳しい口調で怒鳴る。
「そのようなことに囚われているから、あなたは井の中の蛙だというのです。今のあなたのバトルは卑しいというのです」
「そ、それは言い過ぎではありませんか、女王!」
「そ、それは言い過ぎではありませんか、女王!」
雪華の言いように、ランティスは気色ばむ。
どうやらランティスは、『アーンヴァル・クイーン』に仕える騎士を気取っているらしい。
だとすれば、辺鄙なゲーセンに棲む、人に言えない過去を持つ神姫に対し、敬愛する女王が下へも置かない扱いというのは、納得が行かないのも道理か。
ランティスはなおも食い下がる。
どうやらランティスは、『アーンヴァル・クイーン』に仕える騎士を気取っているらしい。
だとすれば、辺鄙なゲーセンに棲む、人に言えない過去を持つ神姫に対し、敬愛する女王が下へも置かない扱いというのは、納得が行かないのも道理か。
ランティスはなおも食い下がる。
「わたしにも自負があります。相手は高速機動型とは言え、地上戦用。塔であれば後れを取ることはありえません!」
「その増長が卑しいというのです」
「女王!」
「わたしの物言いに不満があるならば、ティアとバトルなさい。きっと今のあなたに足りないものを教えてくれるでしょう」
「その増長が卑しいというのです」
「女王!」
「わたしの物言いに不満があるならば、ティアとバトルなさい。きっと今のあなたに足りないものを教えてくれるでしょう」
あくまで不遜な態度を崩さない雪華。
ランティスは雪華のつれない態度に呆然とし、そしてティアへの憎悪を露わにした。
苛烈な視線が俺の胸ポケットへと向けられる。
ティアははらはらした表情で、雪華とランティスを見比べていた。
雪華はやわらかな微笑みを浮かべ、ティアを見て言った。
ランティスは雪華のつれない態度に呆然とし、そしてティアへの憎悪を露わにした。
苛烈な視線が俺の胸ポケットへと向けられる。
ティアははらはらした表情で、雪華とランティスを見比べていた。
雪華はやわらかな微笑みを浮かべ、ティアを見て言った。
「ティア。お手数ですみませんが、このランティスに稽古を付けてやってもらえませんか?」
「……え? あ、あの……えと……」
「……え? あ、あの……えと……」
戸惑うティア。
そして、ランティスがついに切れた。
そして、ランティスがついに切れた。
「……いいでしょう。そこな神姫を完膚なきまでに打ち砕いてご覧に入れます。
師匠! マッチメイクを!」
師匠! マッチメイクを!」
マスターである鳴滝は肩をすくめ、苦笑しながら言った。
「……ということなんだが……ランティスの無礼な物言いは謝る。すまん。
で、改めてバトルを申し込みたい。どうかな?」
で、改めてバトルを申し込みたい。どうかな?」
ランティスとは違い、鳴滝は柔軟だった。
ランティスの物言いに、正直ムカつくところもあったが、鳴滝は謝ってくれたし、高村と雪華がわざわざここまでやって来て、バトルのセッティングをしようというのだ。
しかも相手は、近接戦闘では秋葉原最強の神姫。
神姫プレイヤーとして、受けなければなるまい。
ランティスの物言いに、正直ムカつくところもあったが、鳴滝は謝ってくれたし、高村と雪華がわざわざここまでやって来て、バトルのセッティングをしようというのだ。
しかも相手は、近接戦闘では秋葉原最強の神姫。
神姫プレイヤーとして、受けなければなるまい。
「ティア、行けるか?」
「マスターが戦いたいというならば、いつでも」
「マスターが戦いたいというならば、いつでも」
胸ポケットのティアに尋ねれば、いつもの答えが返ってくる。
俺は頷いた。
俺は頷いた。
「OKだ。バトルしよう」
「よかった」
「よかった」
笑って言った鳴滝の肩から、ランティスが続けて言う。
「ステージは『塔』を希望する」
「塔、か……」
「……何か不服でも?」
「いや……ちょっとトラウマがな……」
「塔、か……」
「……何か不服でも?」
「いや……ちょっとトラウマがな……」
以前俺たちが経験した塔でのバトルは、あまり思い出したくない。
そばにいた仲間たちも、少しうんざりとした表情をしている。
だが、俺は気を取り直して言った。
そばにいた仲間たちも、少しうんざりとした表情をしている。
だが、俺は気を取り直して言った。
「いいだろう。塔のステージで受けて立つ」
俺がそう言った瞬間、周囲から歓声が上がった。
いつの間にか、俺たちのまわりに多くのギャラリーが集まっていた。
いつの間にか、俺たちのまわりに多くのギャラリーが集まっていた。
■
バトル直前。
サイドボードに納める装備を吟味しながら、マスターはわたしに言った。
サイドボードに納める装備を吟味しながら、マスターはわたしに言った。
「相手は近接戦闘のプロフェッショナルだ。ちょうどいい機会だ。練習させてもらえ」
「で、でも……ランティスさんはそういう雰囲気じゃなかったみたいですが……」
「で、でも……ランティスさんはそういう雰囲気じゃなかったみたいですが……」
筐体を挟んだ向こう側のアクセスポッドから、いまだ剣呑な視線がわたしを突いている。
「むしろ好都合だ。こんな草バトルなのに、向こうは真剣勝負で来てくれる。こんなチャンスは滅多にない」
「はあ……」
「はあ……」
マスターは楽しそうだ。
その相手に睨まれてるのはわたしなんですけど。
ランティスさんに、圧倒的な力でねじ伏せられるとは、マスターは考えないのだろうか?
ランティスさんは、近接格闘戦のみなら、秋葉原で最強クラスだという。
ということは、近接格闘戦でなら、雪華さんをもしのぐ、ということではないのだろうか?
しかもステージは『塔』。
地上戦闘用の神姫同士ならば、丸く区切られた、何の障害物もない、まるで円形闘技場のような場所でのバトルになる。
小細工の入る余地もない、真っ向勝負になる。
そんなステージで無敵のランティスさんとわたしで勝負になるのだろうか。
そんなことを思いながら、マスターを見上げる。
するとマスターは微笑んでくれた。
その相手に睨まれてるのはわたしなんですけど。
ランティスさんに、圧倒的な力でねじ伏せられるとは、マスターは考えないのだろうか?
ランティスさんは、近接格闘戦のみなら、秋葉原で最強クラスだという。
ということは、近接格闘戦でなら、雪華さんをもしのぐ、ということではないのだろうか?
しかもステージは『塔』。
地上戦闘用の神姫同士ならば、丸く区切られた、何の障害物もない、まるで円形闘技場のような場所でのバトルになる。
小細工の入る余地もない、真っ向勝負になる。
そんなステージで無敵のランティスさんとわたしで勝負になるのだろうか。
そんなことを思いながら、マスターを見上げる。
するとマスターは微笑んでくれた。
「心配するな。いつも通りにやればいい」
「はい……って、サイドボードに火器が登録されていませんけど……?」
「ああ、相手は武器を持たないんだろ? だったらせめて、近接武器だけにしておくのが礼儀と言うものだろう」
「どこがいつも通りなんですかっ」
「はい……って、サイドボードに火器が登録されていませんけど……?」
「ああ、相手は武器を持たないんだろ? だったらせめて、近接武器だけにしておくのが礼儀と言うものだろう」
「どこがいつも通りなんですかっ」
マスターが相手を侮っているとも、面白がっているだけとも思えないけれど。
相変わらずマスターの考えはわたしにははかりしれない。
相変わらずマスターの考えはわたしにははかりしれない。
「よし、はじめよう」
わたしと筐体が形作るバーチャルフィールドをつなぐ、アクセスポッドが閉じてゆく。
外の光は、細い一筋の線となり、やがて真の暗闇に包まれる。
一瞬の浮遊感。
意識される対戦カードの文字列。
外の光は、細い一筋の線となり、やがて真の暗闇に包まれる。
一瞬の浮遊感。
意識される対戦カードの文字列。
『ティア VS ランティス』
次に目を開いたとき、わたしは巨大な塔の中にいた。
そして、わたしの視線の先。
ランティスさんの姿があった。
そして、わたしの視線の先。
ランティスさんの姿があった。
■
「ナイフ……?」
ランティスさんはわたしを睨みつけながら呟く。
わたしの手には、大振りなコンバットナイフが一本。
逆手に持って構える。
ランティスさんのまなじりが、さらにつり上がった。
わたしの手には、大振りなコンバットナイフが一本。
逆手に持って構える。
ランティスさんのまなじりが、さらにつり上がった。
「貴様ッ……銃器も持たずに……舐めてるのか!?」
「いえ、その……マスターの指示で……」
「ふざけるなッ!! もう許さん……一気に決めてやるッ!!」
「いえ、その……マスターの指示で……」
「ふざけるなッ!! もう許さん……一気に決めてやるッ!!」
ランティスさんはそう言うと、両手を顎の前に構え、そのままわたしに向かって突進してきた!
一足飛びに距離を詰めてくる。
わたしはまだ動き出せずにいる。
右ストレートのパンチ。
ランティスさんの、分厚い手甲を着けた腕が、大気を裂いた。
一足飛びに距離を詰めてくる。
わたしはまだ動き出せずにいる。
右ストレートのパンチ。
ランティスさんの、分厚い手甲を着けた腕が、大気を裂いた。
「ハァッ!!」
「わわっ!?」
「わわっ!?」
これほどに速いパンチははじめてだった。
わたしはなんとかかわすだけで精一杯。
でも、ランティスさんの動きは止まらない。
パンチを繰り出した姿勢から、上体を崩し、身体を回転させる。
わたしは瞬時にランティスさんの意図を悟った。
これはわたしが得意とする格闘技と動きが同じ。
このあと、ランティスさんの脚が跳ね上がり、かかとがわたしを狙い打つはず。
はたして、彼女の脚部アーマーに覆われたかかとが空を切る。
わたしはなんとかかわすだけで精一杯。
でも、ランティスさんの動きは止まらない。
パンチを繰り出した姿勢から、上体を崩し、身体を回転させる。
わたしは瞬時にランティスさんの意図を悟った。
これはわたしが得意とする格闘技と動きが同じ。
このあと、ランティスさんの脚が跳ね上がり、かかとがわたしを狙い打つはず。
はたして、彼女の脚部アーマーに覆われたかかとが空を切る。
「むっ……」
ランティスさんが姿勢を戻したときには、わたしはすでに彼女の攻撃範囲から逃れ、間合いを取っていた。
そうでなければ危ない。
ランティスさんのパンチもキックも、神姫を一撃で破壊するに足る威力を持っている。
そうでなければ危ない。
ランティスさんのパンチもキックも、神姫を一撃で破壊するに足る威力を持っている。
「少しはやるようだな……」
ランティスさんは落ち着いた口調でそう言うと、わたしの方を向いて構えを取った。
彼女の装備は、騎士型サイフォス・タイプの軽装アーマーのアレンジ。
銀色の装甲が鈍く光る。
隙のないその構え。
ランティスさんの姿が何倍にも大きく見える。
わたしも腰を落として構える。
そして、走り出した。
彼女の装備は、騎士型サイフォス・タイプの軽装アーマーのアレンジ。
銀色の装甲が鈍く光る。
隙のないその構え。
ランティスさんの姿が何倍にも大きく見える。
わたしも腰を落として構える。
そして、走り出した。