ウサギのナミダ・番外編
少女と神姫と初恋と
その4
◆
金曜日の放課後のことだ。
ノーザンクロスのバトルロンドコーナーで、美緒たち四人と安藤は対戦にいそしんでいる。
オルフェはまだ実戦というレベルでの対戦をしていない。
LAシスターズの神姫たちを相手に、いろいろと試している段階だ。
対戦用筐体を一台占拠しているが、常連たちは何も言わなかった。
LAシスターズはここでは顔が通っているし、話題の神姫・アルトレーネ・タイプの動きがじっくり見られるとあって、好きなようにさせていた。
そんな状況をありがたく思いながら、安藤とオルフェの戦い方について話している。
そのとき。
ノーザンクロスのバトルロンドコーナーで、美緒たち四人と安藤は対戦にいそしんでいる。
オルフェはまだ実戦というレベルでの対戦をしていない。
LAシスターズの神姫たちを相手に、いろいろと試している段階だ。
対戦用筐体を一台占拠しているが、常連たちは何も言わなかった。
LAシスターズはここでは顔が通っているし、話題の神姫・アルトレーネ・タイプの動きがじっくり見られるとあって、好きなようにさせていた。
そんな状況をありがたく思いながら、安藤とオルフェの戦い方について話している。
そのとき。
「よう、安藤。女にバトロン教わってるなんて、ずいぶん情けねーな」
「蜂須……」
「蜂須……」
筐体から顔を上げると、酷薄そうな笑みを浮かべた小男が、三人ほどの取り巻きを連れて立っていた。
その小男は蜂須英夫。ここ『ノーザンクロス』で『三強』の一人といわれる人物で、美緒たちと同じ高校の同級生でもある。
その小男は蜂須英夫。ここ『ノーザンクロス』で『三強』の一人といわれる人物で、美緒たちと同じ高校の同級生でもある。
「お前に神姫のこと聞いても、教えてくれなかったじゃないか」
「……だいたい八重樫。オレの誘いを断っておきながら、なんでこんな男に付いてんだよ」
「……だいたい八重樫。オレの誘いを断っておきながら、なんでこんな男に付いてんだよ」
蜂須は安藤を無視して、美緒に視線を向けた。
美緒は身をすくめる。蜂須の視線はいつも、美緒の全身にからみつくように感じられた。
美緒は身をすくめる。蜂須の視線はいつも、美緒の全身にからみつくように感じられた。
「そ、その話は……何度も断ったでしょう」
「何が不服だってんだよ。お前だって、バトロン強くなりてーんだろ。だったら、そんな初心者のお守りは他の連中に任せて、オレのチームに入れよ」
「何が不服だってんだよ。お前だって、バトロン強くなりてーんだろ。だったら、そんな初心者のお守りは他の連中に任せて、オレのチームに入れよ」
美緒は身を縮めて、蜂須の視線に耐える。
はっきり言って、美緒は蜂須が嫌いだった。
彼の、人を見下した態度が、どうしても好きになれない。
それに、あのとき。あの雑誌にティアの写真が載ったときだって、それをネタに大声でいやらしく笑っていた男なのだ。
好きになれるはずがない。
有紀が美緒の前に立ち、蜂須の視線を遮った。
はっきり言って、美緒は蜂須が嫌いだった。
彼の、人を見下した態度が、どうしても好きになれない。
それに、あのとき。あの雑誌にティアの写真が載ったときだって、それをネタに大声でいやらしく笑っていた男なのだ。
好きになれるはずがない。
有紀が美緒の前に立ち、蜂須の視線を遮った。
「おい。美緒は断ったって言ってんだろ。しつこい男は嫌われるぞ」
「てめーとは話してねぇんだよ、このデカ女」
「んだと、このバカハチ!」
「てめーとは話してねぇんだよ、このデカ女」
「んだと、このバカハチ!」
怒りを露わにした有紀を蜂須はせせら笑った。
「なんだよ、殴るのか? 殴るのかよ? バトロンじゃオレにかなわないからって、暴力に訴えるわけだ。
はははっ、まったくサイテーの女だよなあ!」
「くっ……」
はははっ、まったくサイテーの女だよなあ!」
「くっ……」
有紀は拳を強く握り、震えを止めようとした。
蜂須の言うことは本当だ。
『玉虫色のエスパディア』とは、四人とも何度も対戦しているが、勝てた試しがなかった。
蜂須の言うことは本当だ。
『玉虫色のエスパディア』とは、四人とも何度も対戦しているが、勝てた試しがなかった。
「強くなりてぇんなら、そんなオママゴトみたいな対戦してねぇで、オレのチーム『レインボー・ブレイカーズ』に来いよ。手取り足取り教えてやるからよぉ……」
蜂須は美緒をなめ回すように見ながら、舌なめずりした。
だが、
だが、
「うわ、厨臭いチーム名!」
の声に、視線を逸らさざるを得なくなる。
睨みつけたその先には、両手で口を押さえた梨々香がいた。
睨みつけたその先には、両手で口を押さえた梨々香がいた。
「江崎ぃ……バトルもまともにできねぇくせに、人のチームにケチ付けてるんじゃねーよ」
蜂須はここぞとばかりに、嫌みったらしい言葉を吐き出した。
「だいたい、見るに耐えねーんだよ。まともにバトルもできねー女どもが、キャッキャウフフとゲーセンでつるんでるのは。
ここはバトルで上にのし上がろうって野望がある連中のコロシアムなんだ。
いつまでもヌルいバトルしてたり、イロモノに走ったり、非武装派なんざお呼びじゃねーんだよ。
それとも何か。おまえら、武装神姫ネタにして、男漁りに来てんじゃねーのか?」
「てめっ……!」
ここはバトルで上にのし上がろうって野望がある連中のコロシアムなんだ。
いつまでもヌルいバトルしてたり、イロモノに走ったり、非武装派なんざお呼びじゃねーんだよ。
それとも何か。おまえら、武装神姫ネタにして、男漁りに来てんじゃねーのか?」
「てめっ……!」
さすがに頭にきた有紀だったが、涼子に腕を押さえられた。
暴力沙汰にするわけにもいかない。
有紀は憎悪すらこもった視線で、蜂須を睨みつけた。
暴力沙汰にするわけにもいかない。
有紀は憎悪すらこもった視線で、蜂須を睨みつけた。
「何怒ってんだよ。本当のことだろ。
お前たちのリーダーは、オレの誘いを断っておきながら、そんな初心者くわえ込んでやがるんだからよ」
「やめて……! もうやめてよ……」
お前たちのリーダーは、オレの誘いを断っておきながら、そんな初心者くわえ込んでやがるんだからよ」
「やめて……! もうやめてよ……」
美緒は悲痛な声で、蜂須の言葉を遮った。
これ以上は聞くに耐えない。
美緒は勇気を振り絞って、蜂須を見た。
視線が合う。
蜂須はニヤニヤといやらしく笑いながら、美緒に言う。
これ以上は聞くに耐えない。
美緒は勇気を振り絞って、蜂須を見た。
視線が合う。
蜂須はニヤニヤといやらしく笑いながら、美緒に言う。
「やめてほしけりゃ、オレたちの仲間になれよ。そしたら、こんな連中、無視してやるからよ」
背後にいたチームメイトたちも低く笑い声を立てる。
その小さな笑い声さえもおぞましい。
美緒は思わず腕を抱いてうつむいた。
そのとき。
その小さな笑い声さえもおぞましい。
美緒は思わず腕を抱いてうつむいた。
そのとき。
「おい、そのへんでやめとけよ」
そう言って、レインボー・ブレイカーズの笑いを止めたのは、安藤だった。
蜂須は眉を逆立てて、突っかかる。
蜂須は眉を逆立てて、突っかかる。
「なんだよ、てめぇは関係ねーだろ」
「あるよ。彼女たちに俺の方からコーチを頼んだんだ。
俺を教えていて悪く言われるんなら、オレのせいだ。
それで彼女たちを侮辱されて、黙って聞いてられない」
「はっ……新型連れてるからって、調子こいてんじゃねーぞ、安藤。ここはゲームセンターだ。学校みたいにうまく行くと思ってたら、大間違いだぜ?」
「学校もゲーセンもあるもんか。女の子を侮辱して困らせたりして……それは人としてどうかって問題だろ?」
「あるよ。彼女たちに俺の方からコーチを頼んだんだ。
俺を教えていて悪く言われるんなら、オレのせいだ。
それで彼女たちを侮辱されて、黙って聞いてられない」
「はっ……新型連れてるからって、調子こいてんじゃねーぞ、安藤。ここはゲームセンターだ。学校みたいにうまく行くと思ってたら、大間違いだぜ?」
「学校もゲーセンもあるもんか。女の子を侮辱して困らせたりして……それは人としてどうかって問題だろ?」
蜂須は安藤を睨みつけた。
その視線には殺意すらこもっているような気がする。
だが、安藤は一歩も引かず、その視線を受け止めた。
その視線には殺意すらこもっているような気がする。
だが、安藤は一歩も引かず、その視線を受け止めた。
「だったら、バトロンで勝負だ」
「なに?」
「ここで言いたいことがあるなら、オレをバトルで負かしてみろよ。そしたら、お前の言うことに聞く耳もってやる」
「……俺が勝ったら、彼女たちにもうまとわりつかないって約束できるか?」
「ふん……賭けバトルってことか? いいだろ。そのかわり、オレが勝ったら、八重樫にはレインボー・ブレイカーズに入ってもらう」
「なに?」
「ここで言いたいことがあるなら、オレをバトルで負かしてみろよ。そしたら、お前の言うことに聞く耳もってやる」
「……俺が勝ったら、彼女たちにもうまとわりつかないって約束できるか?」
「ふん……賭けバトルってことか? いいだろ。そのかわり、オレが勝ったら、八重樫にはレインボー・ブレイカーズに入ってもらう」
その言葉に、安藤も思わず言葉を詰まらせた。
涼子が蜂須に言う。
涼子が蜂須に言う。
「そんなの、無理に決まってるでしょう! 安藤のオルフェは、まだ起動して一週間なのよ!?」
「何言ってんだ、バーカ。先に言い出したのはそっちだろ」
「だからって、美緒の意志も聞かないで、そんなこと言い出すのはおかしいでしょう!」
「何言ってんだ、バーカ。先に言い出したのはそっちだろ」
「だからって、美緒の意志も聞かないで、そんなこと言い出すのはおかしいでしょう!」
さすがの涼子も大きな声を上げた。
しかし、蜂須は余裕の笑いを浮かべている。
しかし、蜂須は余裕の笑いを浮かべている。
「別に俺はバトルしなくたっていいんだぜ? そっちから言いだしたことなんだからな。
まあでも、念のため聞いてやるか。八重樫はどうだよ。この条件でオレと安藤のバトル受けるか?」
まあでも、念のため聞いてやるか。八重樫はどうだよ。この条件でオレと安藤のバトル受けるか?」
涼子はうつむいている美緒を見た。
彼女は蜂須の視線に耐えているようにも見える。
一瞬の間の後、美緒は絞り出すように言った。
彼女は蜂須の視線に耐えているようにも見える。
一瞬の間の後、美緒は絞り出すように言った。
「……いいわ」
「美緒!?」
「美緒!?」
涼子の声は悲鳴に近かった。
蜂須の後ろにいた誰かが、ヒュウ、と口笛を吹く。
蜂須の後ろにいた誰かが、ヒュウ、と口笛を吹く。
「そのかわり、勝負は一週間後」
「なに?」
「まだちゃんとバトルもしたことのないオルフェに、あなたのクインビーが勝つなんて当たり前でしょう。……三強を名乗るなら、そのくらいの余裕を見せて」
「ふん……まあ、いいだろ」
「なに?」
「まだちゃんとバトルもしたことのないオルフェに、あなたのクインビーが勝つなんて当たり前でしょう。……三強を名乗るなら、そのくらいの余裕を見せて」
「ふん……まあ、いいだろ」
クインビーは、蜂須の神姫であるエスパディア・タイプの名前である。
「それから、あなたが勝っても負けても、わたしたちと、わたしたちに関わる人たちを決して侮辱しないって約束して」
「いいとも……お前がチームに入れば、こいつらと関わる必要もないしな」
「いいとも……お前がチームに入れば、こいつらと関わる必要もないしな」
蜂須は鼻を鳴らして美緒を見る。
顔を上げた美緒は、今にも泣き出しそうな顔をして、蜂須を睨んでいる。
そう、この顔だ、と蜂須は思う。
嗜虐心をそそる美緒の顔が、蜂須はたまらなく気に入っていた。もっと泣かせてやりたい、悲鳴さえ上げさせたい。
その想いが、彼の嗜虐心をさらに煽る。
蜂須は、さらにいやらしく笑って、こう言った。
顔を上げた美緒は、今にも泣き出しそうな顔をして、蜂須を睨んでいる。
そう、この顔だ、と蜂須は思う。
嗜虐心をそそる美緒の顔が、蜂須はたまらなく気に入っていた。もっと泣かせてやりたい、悲鳴さえ上げさせたい。
その想いが、彼の嗜虐心をさらに煽る。
蜂須は、さらにいやらしく笑って、こう言った。
「八重樫に免じて、ハンデをやるよ。条件次第で、オレのクインビーをエスパディアのノーマル装備で戦わせてもいい」
「……条件?」
「八重樫が一日、オレに付き合うと約束できるならな」
「……条件?」
「八重樫が一日、オレに付き合うと約束できるならな」
蜂須が舌なめずりする。
これにはついに有紀が切れた。
これにはついに有紀が切れた。
「調子こいてんじゃねぇ! このエロチビ!! ずっと美緒にフられてきた憂さ晴らしのつもりかよ!」
「お呼びじゃねえんだよ、デカブツ。オレは八重樫と話してんだよ」
「ふざけんな! お前に付き合ったら、どんな目に遭うか分かったもんじゃ……」
「お呼びじゃねえんだよ、デカブツ。オレは八重樫と話してんだよ」
「ふざけんな! お前に付き合ったら、どんな目に遭うか分かったもんじゃ……」
激昂している有紀の腕に誰かがそっと触れた。
言葉を切り、その誰かを見る。
美緒だ。
彼女は泣きそうな顔をしながら、それでも言葉を絞り出した。
言葉を切り、その誰かを見る。
美緒だ。
彼女は泣きそうな顔をしながら、それでも言葉を絞り出した。
「……その条件を呑めば、ノーマル装備で対戦……絶対ね?」
「ああ。いいハンデだろ。どうよ?」
「……わかったわ」
「ちょ……美緒!!」
「ああ。いいハンデだろ。どうよ?」
「……わかったわ」
「ちょ……美緒!!」
振り向きながら有紀は美緒をとがめる。
しかし、美緒の瞳には決意の色が宿っていた。
有紀はそれ以上何も言えず、腕の力を抜いた。
レインボー・ブレイカーズのメンバーのいやらしい笑いをバックに、
しかし、美緒の瞳には決意の色が宿っていた。
有紀はそれ以上何も言えず、腕の力を抜いた。
レインボー・ブレイカーズのメンバーのいやらしい笑いをバックに、
「ようし、決まりだ。一週間後、楽しみにしてるぜ、安藤。あーっはっはっは!」
蜂須はひときわ高く笑って、その場から立ち去った。
チームのメンバーもそれに続く。
LAシスターズは何も言えず、ただ彼らの背中を見送るばかりだった。
チームのメンバーもそれに続く。
LAシスターズは何も言えず、ただ彼らの背中を見送るばかりだった。
◆
蜂須英夫にしてみれば、安藤智哉は目の上のたんこぶだった。
蜂須は決して人気者ではない。むしろ学校では嫌われ者である。
それは彼の性格に因るところが大きい。
誰に対しても見下したような態度をとり、えらそうなのだ。特に成績がいいわけでも、スポーツができるわけでもないのに、である。
特に自分よりも立場の弱い者に対して態度が大きい。気の弱い男子生徒を顎でこき使っている。
女子に対しては、全員が自分の使用人と思っているのではないか。
背が低く、つり目で卑屈そうな顔立ちがいやらしい、と女子の間では噂され、評判はすこぶる悪い。
もちろん、そんな男が男子からも好かれるはずがなかった。
蜂須は決して人気者ではない。むしろ学校では嫌われ者である。
それは彼の性格に因るところが大きい。
誰に対しても見下したような態度をとり、えらそうなのだ。特に成績がいいわけでも、スポーツができるわけでもないのに、である。
特に自分よりも立場の弱い者に対して態度が大きい。気の弱い男子生徒を顎でこき使っている。
女子に対しては、全員が自分の使用人と思っているのではないか。
背が低く、つり目で卑屈そうな顔立ちがいやらしい、と女子の間では噂され、評判はすこぶる悪い。
もちろん、そんな男が男子からも好かれるはずがなかった。
だが、ゲームセンターでは蜂須の天下だ。
ノーザンクロスでは三強の一角として君臨している。
『玉虫色のエスパディア』は、彼の神姫のファイトスタイルを揶揄した呼び名なのだが、蜂須は気にしていない。
蜂須は、実はとある中小企業の社長の息子で、小金持ちである。
その潤沢な資金を利用して、装備を買い込み、バトルロンドでふんだんに投入する。
何の装備で対戦するのか読めない、毎回サイドボードの中身が違う、だから対策も立てようがなく戦いにくい。
そして対戦相手を圧倒するバトルを展開する。
一定しない装備を『玉虫色』と揶揄しているのだった。
ノーザンクロスでは三強の一角として君臨している。
『玉虫色のエスパディア』は、彼の神姫のファイトスタイルを揶揄した呼び名なのだが、蜂須は気にしていない。
蜂須は、実はとある中小企業の社長の息子で、小金持ちである。
その潤沢な資金を利用して、装備を買い込み、バトルロンドでふんだんに投入する。
何の装備で対戦するのか読めない、毎回サイドボードの中身が違う、だから対策も立てようがなく戦いにくい。
そして対戦相手を圧倒するバトルを展開する。
一定しない装備を『玉虫色』と揶揄しているのだった。
蜂須に言わせれば、そんなのは負け犬の遠吠えに過ぎない。
勝てないのは弱いからで、勝てる自分が強いのだ。
勝ちたければ、強い装備でも何でも持ってくればいい。
所詮、負けたヤツのいいわけに過ぎないのだ。
その点、負けても言い訳せず、自分と同程度の実力を持つ、三強の残り二人には一目置いている。
勝てないのは弱いからで、勝てる自分が強いのだ。
勝ちたければ、強い装備でも何でも持ってくればいい。
所詮、負けたヤツのいいわけに過ぎないのだ。
その点、負けても言い訳せず、自分と同程度の実力を持つ、三強の残り二人には一目置いている。
そんな調子であるから、ゲームセンターでも蜂須に好意を持つ者は多くない。
だが、装備に頼っているだけで三強の一角になれるほど、バトルロンドは甘くない。
ノーザンクロスの常連は誰しも、『玉虫色』の実力を認めている。
彼を認めたプレイヤーや、彼の装備の知識の深さに感心する者、気の合う友人たちが蜂須の仲間になっていた。
ゲームセンターは蜂須にとっての城と言っていい。
だが、装備に頼っているだけで三強の一角になれるほど、バトルロンドは甘くない。
ノーザンクロスの常連は誰しも、『玉虫色』の実力を認めている。
彼を認めたプレイヤーや、彼の装備の知識の深さに感心する者、気の合う友人たちが蜂須の仲間になっていた。
ゲームセンターは蜂須にとっての城と言っていい。
だがそこに、ヤツはやってきた。
学校でも人気者で通っている、蜂須が嫌いなあの男。
安藤智哉である。
安藤は学校の男子にも女子にも人気がある。
自分と何が違って、こうも人気の差があるのかさっぱり分からない。
だが、蜂須とて、自分とは接点のない男のことで愚痴を垂れるほど暇ではない。
蜂須にとって安藤を敵視せざるを得ない事態が起きたのだ。
理由の一つは、安藤が武装神姫を始めたこと。それも神姫がアルトレーネというのも気にくわない。
そしてもう一つの理由は、美緒が安藤を気にかけ、ゲーセンでそばにいるからだった。
蜂須は以前から、美緒に横恋慕していた。
学校でも人気者で通っている、蜂須が嫌いなあの男。
安藤智哉である。
安藤は学校の男子にも女子にも人気がある。
自分と何が違って、こうも人気の差があるのかさっぱり分からない。
だが、蜂須とて、自分とは接点のない男のことで愚痴を垂れるほど暇ではない。
蜂須にとって安藤を敵視せざるを得ない事態が起きたのだ。
理由の一つは、安藤が武装神姫を始めたこと。それも神姫がアルトレーネというのも気にくわない。
そしてもう一つの理由は、美緒が安藤を気にかけ、ゲーセンでそばにいるからだった。
蜂須は以前から、美緒に横恋慕していた。
◆
「美緒! なんであんなバカげた条件呑んだんだよ!」
「安藤も、なんであんなヤツに勝負ふっかけたりしたの。無茶もいいところよ」
「安藤も、なんであんなヤツに勝負ふっかけたりしたの。無茶もいいところよ」
ファミレスの六人席。
向かいに座る有紀と涼子に責め立てられて、美緒と安藤は並んで座ったまま、二人同時にしゅんとした。
向かいに座る有紀と涼子に責め立てられて、美緒と安藤は並んで座ったまま、二人同時にしゅんとした。
「だってさ……あいつの言ってることがどうにも許せなくて……」
ぼそっと話した安藤を、涼子は激しく睨みつけた。
「今のあんたが、蜂須に勝てるわけないでしょうが!」
「……さっきから思ってたんだけど、蜂須ってそんなに強いのか?」
「あんたねえ……バトルロンドをなめるんじゃないわよ。
今の安藤と蜂須じゃ、合気道を習いに来て一週間の小学生と、道場で三番目に強い有段者くらい差があるわ。それで勝てると思う!?」
「……」
「……さっきから思ってたんだけど、蜂須ってそんなに強いのか?」
「あんたねえ……バトルロンドをなめるんじゃないわよ。
今の安藤と蜂須じゃ、合気道を習いに来て一週間の小学生と、道場で三番目に強い有段者くらい差があるわ。それで勝てると思う!?」
「……」
安藤はうつむいたまま押し黙った。
今度は有紀が口を開く。
今度は有紀が口を開く。
「だいたい、美緒も美緒だ。なんであんなヤツの言うこと聞いてんだよ。あいつがアンタにずーっと横恋慕してることくらい、よくわかってんだろーが」
「……もう嫌だったの」
「なにが」
「嫌だったの。蜂須くんが、みんなのことを悪し様に言うのがもう耐えられなかったの! もうずっと……ティアや遠野さん、エトランゼさんたちのことを口汚く言ってるのが、聞くに耐えなかったの!」
「だからって、あんな条件呑むことねーだろが! アンディが負けて、あいつに一日付き合ったりしたら、何されるかわかんねーぞ!」
「……もう嫌だったの」
「なにが」
「嫌だったの。蜂須くんが、みんなのことを悪し様に言うのがもう耐えられなかったの! もうずっと……ティアや遠野さん、エトランゼさんたちのことを口汚く言ってるのが、聞くに耐えなかったの!」
「だからって、あんな条件呑むことねーだろが! アンディが負けて、あいつに一日付き合ったりしたら、何されるかわかんねーぞ!」
有紀は以前、蜂須とその取り巻きの会話を耳にしたことがある。
本人の前ではさすがに口にしないようだが、それでも大きな声で話していたから、嫌でも聞こえた。
つまり、蜂須は美緒の身体が目当てなのだ。あのグラビアアイドル顔負けの身体を弄び、あの美貌を羞恥に染め、泣き声を聞きたい。
そんなことを大声で言い放つ男なのだ。
最低の野郎だ。
有紀は心から美緒の心配をしていた。だからこそ、語気もつい荒くなってしまう。
本人の前ではさすがに口にしないようだが、それでも大きな声で話していたから、嫌でも聞こえた。
つまり、蜂須は美緒の身体が目当てなのだ。あのグラビアアイドル顔負けの身体を弄び、あの美貌を羞恥に染め、泣き声を聞きたい。
そんなことを大声で言い放つ男なのだ。
最低の野郎だ。
有紀は心から美緒の心配をしていた。だからこそ、語気もつい荒くなってしまう。
「だって……ハンデがつくから……」
「はあ?」
「エスパディアのノーマル装備なら……安藤くんの……オルフェの勝率が少しは上がるでしょ……?」
「はあ?」
「エスパディアのノーマル装備なら……安藤くんの……オルフェの勝率が少しは上がるでしょ……?」
うつむいた美緒から発せられた言葉に、有紀は深くため息を付いた。
美緒はLAシスターズきっての頭脳派プレイヤーだ。
だが、今回の判断はどうにもずれている。
美緒は感情に流されると、たまにこうした突拍子もない行動に出ることがあった。
それが今回でなくてもいいのに……と思っているのは有紀だけではないはずだった。
美緒はLAシスターズきっての頭脳派プレイヤーだ。
だが、今回の判断はどうにもずれている。
美緒は感情に流されると、たまにこうした突拍子もない行動に出ることがあった。
それが今回でなくてもいいのに……と思っているのは有紀だけではないはずだった。
しばらくそこで話を続けたが、結局有効な案は浮かばなかった。
圧倒的実力差を覆す方法なんて、そうあるはずがない。
誰もが絶望的な思いで口を閉ざした、その時。
いままで黙っていた梨々香が口を開いた。
圧倒的実力差を覆す方法なんて、そうあるはずがない。
誰もが絶望的な思いで口を閉ざした、その時。
いままで黙っていた梨々香が口を開いた。
「それじゃあ……相談してみたら?」
「え? 誰に?」
「涼子ちゃんのお師匠さん」
「え? 誰に?」
「涼子ちゃんのお師匠さん」
そう言って、梨々香はストローに口を付ける。
彼女の澄まし顔を見つめながら、安藤は首を傾げた。
彼女の澄まし顔を見つめながら、安藤は首を傾げた。
◆
「浅はかだな」
その一言で、彼女たちの相談は一刀両断に処せられた。
翌日土曜日の『ノーザンクロス』でのことだ。
遠野貴樹は、蓼科涼子にとって武装神姫の師匠である。遠野本人はそう思っていないようだが。
その遠野は、口をへの字に曲げ、いかにも機嫌が悪そうだった。
LAシスターズの四人は、その一言だけで恐縮しきってしまっている。
翌日土曜日の『ノーザンクロス』でのことだ。
遠野貴樹は、蓼科涼子にとって武装神姫の師匠である。遠野本人はそう思っていないようだが。
その遠野は、口をへの字に曲げ、いかにも機嫌が悪そうだった。
LAシスターズの四人は、その一言だけで恐縮しきってしまっている。
「浅はかって……」
かろうじて反論しようとした安藤の言葉を、遠野は遮った。
「そのとおりの意味だ。安藤くんと言ったか……君が玉虫色と賭けバトルををしようだなんて、無謀としか言いようがない。八重樫さんが不利な条件を受諾したのも間違っているし、蓼科さんたちがそれを止められなかったのも甘すぎる。
そもそも、バトルロンドにそういう賭を持ち込むこと自体、どうかしてる。自業自得、同情の余地もない」
そもそも、バトルロンドにそういう賭を持ち込むこと自体、どうかしてる。自業自得、同情の余地もない」
遠野の言葉にはとりつく島もない。
だが、身を乗り出して助け船を出したのは、遠野の隣にいた二人だった。
だが、身を乗り出して助け船を出したのは、遠野の隣にいた二人だった。
「大丈夫! もしゲームに負けても、次にわたしが蹴散らしてやるわ!」
「聞き分けなかったら、俺に任せろ! ぶっ飛ばしてやるぜ!」
「聞き分けなかったら、俺に任せろ! ぶっ飛ばしてやるぜ!」
そう言って腕をまくってみせる菜々子と大城を、遠野は睨みつけた。
「君らがそんなことしてもその場しのぎにしかならない。意味ないだろ」
やはり一刀両断され、二人はしゅんと肩をすくめた。
今日の遠野は容赦がなかった。
それでも安藤は食い下がった。
今日の遠野は容赦がなかった。
それでも安藤は食い下がった。
「そ、それでも……ヤツに勝つ方法は……」
「ない」
「ないって……」
「バトルロンドを甘くみるな、安藤くん。
玉虫色だって伊達に三強を名乗っているわけじゃない。バトルロンド始めて二週間の初心者相手なら、一分とかからないだろう。
いいか。バトルロンドはただの対戦ゲームじゃない。
神姫の性能はもとより、その神姫の特性、性格を把握し、適正な装備と戦略を与える。相手の神姫の性能と戦略を試合の早い段階で解析し、自分の神姫でどう対応するか判断し、作戦を立て、指示を出す。
神姫の性能だけでも、マスターの戦略だけでも勝つことはできない。
すべての要素が噛み合って、はじめて勝利を手にすることができる」
「ない」
「ないって……」
「バトルロンドを甘くみるな、安藤くん。
玉虫色だって伊達に三強を名乗っているわけじゃない。バトルロンド始めて二週間の初心者相手なら、一分とかからないだろう。
いいか。バトルロンドはただの対戦ゲームじゃない。
神姫の性能はもとより、その神姫の特性、性格を把握し、適正な装備と戦略を与える。相手の神姫の性能と戦略を試合の早い段階で解析し、自分の神姫でどう対応するか判断し、作戦を立て、指示を出す。
神姫の性能だけでも、マスターの戦略だけでも勝つことはできない。
すべての要素が噛み合って、はじめて勝利を手にすることができる」
意外にも熱っぽく語りはじめた遠野を、安藤は驚きながらも見つめていた。
目が真剣だった。
目が真剣だった。
「それを可能にするのは、神姫とマスターの信頼だ。
君のオルフェは、起動してまだ一週間。すべての要素で玉虫色に劣る。それでどうやってヤツに勝つ? 無理だ」
「でも、マスターは間違ってません! 八重樫さんを、シスターズのみなさんを侮辱されて、何も言わないマスターなら、わたしはきっと軽蔑しています。
大切な者を守ろうとしたマスターを、わたしは尊敬しています! マスターへの信頼は、『玉虫色のエスパディア』に負けません!」
君のオルフェは、起動してまだ一週間。すべての要素で玉虫色に劣る。それでどうやってヤツに勝つ? 無理だ」
「でも、マスターは間違ってません! 八重樫さんを、シスターズのみなさんを侮辱されて、何も言わないマスターなら、わたしはきっと軽蔑しています。
大切な者を守ろうとしたマスターを、わたしは尊敬しています! マスターへの信頼は、『玉虫色のエスパディア』に負けません!」
口を挟んだのはオルフェだった。
しかし、遠野は表情を変えずにオルフェを睨む。
しかし、遠野は表情を変えずにオルフェを睨む。
「それで勝算があるならいい。だが、勝算もないのに、こんな条件で賭け試合に乗るなんて、愚かな蛮勇にすぎない」
「だったら、どうすればいいって言うんですか!?」
「謝ればいい」
「だったら、どうすればいいって言うんですか!?」
「謝ればいい」
遠野の一言に、その場にいた全員が顔を上げた。
「こんな試合は無謀でした、今回の試合はなしにしてください、と言って、謝ればいい。向こうも何か条件を付けてくるかも知れないが、そこは交渉次第だ。少なくとも、負けたときよりも状況が悪化することはない」
「た、戦う前から白旗揚げろって言うんですか……!?」
「それ以外に何がある。それができないのは、君たちのなけなしのプライドが邪魔をしているだけだ」
「た、戦う前から白旗揚げろって言うんですか……!?」
「それ以外に何がある。それができないのは、君たちのなけなしのプライドが邪魔をしているだけだ」
安藤は唇を噛んで、うつむいた。
遠野の言うことはもっともだった。
勝算がない限り、戦わないか、戦って負けるか、いずれかの選択でしかない。
しかし、感情が納得できない。
蜂須にあそこまで言われて、引き下がることはできなかった、あのときは。
安藤だけではなく、LAシスターズの四人もうつむいて、やはり悔しそうな顔をしていた。
ティアはみんなを見渡したあと、胸ポケットから自分のマスターの顔を見た。
相変わらずへの字口で、むっつりと押し黙っている。
しばしの沈黙。
ティアはマスターに何か言うべきだろうか、と考え、口を開こうとしたそのときだった。
遠野の言うことはもっともだった。
勝算がない限り、戦わないか、戦って負けるか、いずれかの選択でしかない。
しかし、感情が納得できない。
蜂須にあそこまで言われて、引き下がることはできなかった、あのときは。
安藤だけではなく、LAシスターズの四人もうつむいて、やはり悔しそうな顔をしていた。
ティアはみんなを見渡したあと、胸ポケットから自分のマスターの顔を見た。
相変わらずへの字口で、むっつりと押し黙っている。
しばしの沈黙。
ティアはマスターに何か言うべきだろうか、と考え、口を開こうとしたそのときだった。
「よお、安藤。みんなで来週末の作戦会議か?」
こんな普通の言葉でも、嫌みったらしく聞こえてしまうのは、本人の日頃の行いのせいか。
「蜂須……」
「結局、勝ち目がないことに気づいて、陸戦トリオに相談かよ。
は、みっともねえなぁ。
せいぜい、ない知恵絞って相談してろよ」
「結局、勝ち目がないことに気づいて、陸戦トリオに相談かよ。
は、みっともねえなぁ。
せいぜい、ない知恵絞って相談してろよ」
安藤も美緒たちも、反論できずにいる。
そして、蜂須は瞳に好色そうな色を浮かべ、
そして、蜂須は瞳に好色そうな色を浮かべ、
「八重樫、ちゃんと身体を磨いておけよ」
あーっはっは、と高笑いを残して去っていった。
これには菜々子も大城も色めき立った。
これには菜々子も大城も色めき立った。
「なっ……あんなの、セクハラじゃない!!」
「みんなの前であんなこと言うなんて……サイテーな野郎だ!」
「みんなの前であんなこと言うなんて……サイテーな野郎だ!」
美緒は両腕を抱き、うつむいていて、表情は見えない。
だが、ティアは見た。
彼女の肩が小さく震えているのを。
だが、ティアは見た。
彼女の肩が小さく震えているのを。
と、そのとき。
ティアの背後の気配が変わった。
彼女の主の顔を見上げる。
いつもと変わらない、仏頂面。
だが、この雰囲気の激変は、いつもそばにいるティアだからこそ感じ取れたのかも知れない。
ティアのマスターは怒っていた。さっき、安藤をしかっていたときの比ではない。彼女にはそう感じられた。
遠野は壁から背を離すと、みんなに向かって言った。
ティアの背後の気配が変わった。
彼女の主の顔を見上げる。
いつもと変わらない、仏頂面。
だが、この雰囲気の激変は、いつもそばにいるティアだからこそ感じ取れたのかも知れない。
ティアのマスターは怒っていた。さっき、安藤をしかっていたときの比ではない。彼女にはそう感じられた。
遠野は壁から背を離すと、みんなに向かって言った。
「場所を変えるぞ。ファミレスに集合だ」
「え? な、なんで……?」
「気が変わった。……ヤツに勝つ方法、聞きたくないか」
「え? な、なんで……?」
「気が変わった。……ヤツに勝つ方法、聞きたくないか」
安藤は目を白黒させて立ち尽くす。
大城はにやりと笑い、安藤の背中をたたく。
菜々子は苦笑を浮かべながら、シスターズに一緒に来るよう促した。
ティアは安藤の肩に乗っているオルフェを見る。
彼女もマスター同様、目を白黒させていた。
目が合う。
オルフェは困ったように小首を傾げた。
ティアは小さく微笑んで、頷いて見せた。
そう、きっと大丈夫。
ティアのマスターはこういう時、とても頼りになるのだから。
大城はにやりと笑い、安藤の背中をたたく。
菜々子は苦笑を浮かべながら、シスターズに一緒に来るよう促した。
ティアは安藤の肩に乗っているオルフェを見る。
彼女もマスター同様、目を白黒させていた。
目が合う。
オルフェは困ったように小首を傾げた。
ティアは小さく微笑んで、頷いて見せた。
そう、きっと大丈夫。
ティアのマスターはこういう時、とても頼りになるのだから。