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 テッカマン、の叫び声につられて試合を観戦していた奈津希は、オーナーブースから出てくる少年達を目で追った。見慣れた、瑚南見学園の制服。瑚南見学園の神姫部があの有様である以上、バトル志向のマスターが所属するとは考えにくかったから、こうして、部に所属せずにバトル活動を行うのはごく自然なように思えた。同じ瑚南見学園の制服を着た少年たち、それに、別の制服―――あれは確か、輝明学園のものだ、を着た少女は、オーナーブースを出たところで顔を見合わせて、勝利を喜ぶようにガッツポーズをしたり、親指を立てたりしていた。そして、それぞれの神姫を連れて、ホールを離れていく。
 
 奈津希のバトル経験はそれほどではなかったが、しかし彼らの腕は確かなように感じられた。奈津希は間違っていなかった。コムリンクで先程のバトル結果にアクセスすると、最後のフラッギングが効いたのだろう、マオチャオ型はMVPだった。キルレシオでは、意外なことに、最もバトルに向いていないとされる、シュメッターリングがナンバー1だった。
 
「マスター、追わないんですか、あの人達?」
 
 奈津希に、シェントが囁くように聞いた。透き通るようなその声は、神姫センターの喧騒の中にあっても、よく聞こえた。
 
「神姫部とは違って、バトル志向の連中だ」と加藤。「話してみる価値は、あるんじゃないか?」
 
 彼らが協力してくれたら、どんなに頼もしいことだろう。そうした希望と共に脳裏によぎるのは、今日これまでの奔走の結果で、それが奈津希の心に暗い影を落としている。また協力を得られなかったら?その落胆に、自分の精神は耐えられるだろうか?
 
 奈津希の手が、顎に伸びる。加藤の癖が移ったのかもしれない、と思いながら考えを巡らせる。私が選べる選択肢は、たったの二つ。一つは、彼らに神姫フェスティバルの協力を求めること。もう一つは、何もかも諦めて、神姫フェスティバルを中止すること。どちらを選択するべきなのか。諦めてしまえば、これ以上誰かが傷つくことはないだろう。その代りに、神姫フェスティバルが開催されることはなくなる。計画は既に進んでいて、ここで中止したとあっては、各方面に大きな影響を出すことは免れ得ない。
 
各方面、いろんな人達。協力してくれた学園生、神姫センター、学園の教師、その他、諸々。そして、戸成野学園の学園生達に傷つけられた神姫とそのマスター。フェスティバルを心待ちにする神姫部部員。彼らのためにも、フェスティバルを成功させると誓ったのを忘れたとは言わせない。奈津希は自分に向かって詰問し、そして同じく、自身に対してこう答えた。馬鹿な、忘れるものか、と。
 
諦観がもたらす未来は確定している。安全だが、しかし神姫フェスティバルという希望が潰える未来。自分たちの日々が、水泡に帰する未来だ。いいや。奈津希はかぶりを振った。未来は不確定であるべきだ。彼らが協力してくれるのかは分からないし、仮に協力してくれたとして、フェスティバルがうまく行くとも限らない。それでも、可能性は残る。それでいいではないか。
 
「加藤、シェント」と奈津希は口を動かした。「あの人達に協力を頼みましょう。フォローして」
 
 それでこそだ、と言うように加藤は唇を持ち上げ、シェントは張り切った様子で「はいっ」と返事をした。
 
 神姫オーナーたちを追う。特に急いでいた様子は無かったから、そう遠くへは行っていないはずだ。4人の去った方向へ走り、視線を走らせる。その先には、サロンルームがあった。奈津希にも馴染みのある場所だった。買い物途中、バトル観戦と休憩を兼ねて、シェントと何度か立ち寄ったことがある。時間柄、やはり学園帰りの学園生が多かったが、瑚南見学園生3人と、輝明学園生1人の組み合わせはそうはいない。大体、同じ学園の者同士で固まっていたから、彼らを見つけるのにさほど時間はかからなかった。
 
 サロンルームの隅、談笑している4人。1人は花崗岩を人間の形に削り出したかのような、筋骨隆々の大男だった。加藤も学園生としては背が高い部類だが、おそらくそれよりも頭一つ分は大きいだろう、と奈津希は目測した。2メートル近くあるのではないか。あの体格に合う制服が存在するのが驚きですらあった。
 
 もう一人は、ある意味でその真逆……肥満体の少年だった。首回り、手足、腹、全てが脂肪に覆われていて、詰め物をしているわけでもないのに、頬が膨らんでいるようにも見えた。
 
 その横で、短躯とは裏腹に、やたらと大きな笑い声を響かせている少年。瑚南見学園の制服を着ていなければ、中学生と見紛うくらいに、背が低い。額にはARデバイスと思しきゴーグルをかけている。
 
 やたらと個性的な外見の3人に混じって、大人しくジュースを飲んでいる眼鏡の少女は、意外なほどに―――本人には失礼だが、まともで、奈津希は思わずほっとしてしまう。着ているのは輝明学園の制服だが、周囲の3人とは、神姫を通じて知り合ったのだろう、と奈津希は考えた。それ以外に接点らしい接点が見当たらない。違う学園ならなおさらだろう。
 
 奈津希がまず安心したのは、4人とも、少なくとも見た目の上では、不良と呼ばれるような学園生ではないことだった。品行方正であるかどうかはさておき、同じ瑚南見学園生の誼で、助けとなってくれる可能性は十分にあった。
 
 なるべく警戒されないように、自然な歩みで奈津希は4人、と4体に近づいていった。いまとなっては、彼らだけが望みだ。もし、彼らが協力を断ったのならば、その時はその時だ。
 
「ねえ、ちょっと、いいかしら」
 
 声が震えないように苦労しながら、奈津希は言葉を押し出した。こういうのは、第一印象が大切だ。
 コーヒーを飲んでいた大男が、口元のカップを下げた。巨体のせいか、カップがひどく小さく見える。
 
 4人と4体の視線が奈津希に集まった。テーブルの上の神姫達は、突然の来客に小さな口を開けて奈津希を見返した。その瞳に、敵意はない。神姫たちの反応に胸をなでおろしかけた奈津希だったが、次の瞬間、やはり世界は甘くなかったと思い知ることになった。
 
 小柄な少年が、他の3人に素早く目配せをする。それに応じるように、彼らはコムリンクを操作し、PANをヒドゥンモードへと移行させ、”隠者”になった。
 
 相手のPANの状態というのは、彼がどのような感情を自分に対して抱いているのかを知るための指針として使われることがあった。彼のPANがアクティヴであるのならば、少なくとも、敵意を持っていない、と考えることができる。というのも、PANがアクティヴのときには、相手からのアクセスは基本的に承認されるし、逆に自分から相手のPANに接続することも可能だ。これによって、相手はコムリンクに設定された、使用者のプロフィールを閲覧できる。それはつまり、相手に自分の素性を明らかにしているのと同じで、ジャパニーズ・ビジネスマンのかつての得意技の一つ、名刺交換を電子的に表現したものだと言える。もちろん、誰も彼もが、いつでもどこでもPANをアクティヴにしているかというと、それは違った。PANがアクティヴであるということは、誰からもアクセス可能であるということで、それは脆弱性の露出につながる。アクティヴ状態のPANはハッキングの標的になりやすい。だから、用心深い人間は滅多なことではPANをアクティヴにしない。
 
 奈津希のPANはアクティヴだった。交渉事の基本に則ってのことだったが、相手の行動―――PANのヒドゥンモードへの移行は、明確な拒絶を意味した。ヒドゥンはアクティヴとは逆に、登録されたユーザー以外からのアクセスを一切遮断する。アクティヴのユーザーに対してPANをヒドゥンにすることは、「あんたに付きあう気はこれっぽっちもない」と言っているのと同じだった。
 
「行こう」
 
 短躯の少年が砲台型神姫を手に取り、席を立つ。肥満の少年と、筋肉質の少年もそれに倣った。眼鏡の少女も、戸惑いつつ蝶型神姫を手に乗せた。
 
「待って」奈津希は声を張り上げた。「話だけでも、聞いて」
「断る」と背中を見せたまま筋肉質の少年が言う。「他を当たってくれ」
 
 拒絶された。奈津希の胸に、黒く、重い物が突き刺さる。
 
「あのぅ、信吾さん」と眼鏡の少女がおずおずと切り出した。「そんなに邪険にすることもないと思うんですけど……悪い人じゃなさそうですし、なんだか、困ってるみたいですよ?」
 
「だったら、なおさらゴメンだね」そう言ったのは、短躯の少年だ。「そいつらは、その厄介事を僕達に押し付けようとしてるんだ」
「真由美、俺も一郎と同じ考えだ」と肥満の少年が言う。「他人のいざこざに付き合う気はない」
 
 信吾と呼ばれた巨体の少年は、黙って二人の言葉を聞いている。しかし、その顔は、二人の意見に賛成だと言っていた。
 
 3対1、不利な構図にもかかわらず、それでも真由美と呼ばれた少女は食い下がった。
 
「でも……かわいそうじゃないですか。お話だけでも聞いてあげましょうよ」
「どうしてそうまで関わろうとするんだ」と短躯の少年、一郎が言う。
「マスターこそ、けんもほろろに突っ返すようなことすることはないでしょう」
そう言ったのは、フォートブラッグ型神姫だった。短躯の少年の胸ポケットから顔を出して、真由美の援護射撃を始めた。
「困っている人がいたら助けてあげるのが普通です」
「そうよ、真由美がお願いしてるんだから、聞いてあげなさいよ」
 
 今度は真由美の蝶型神姫が声をあげた。奈津希が見ていた限りでは、バトル中はどこかおっかなびっくりと、頼りない雰囲気を漂わせていたのだが、いまは、はっきりとした芯の強さを見て取ることができた。
 
「ヴィネもなんとか言ってあげなさいよ」
「ヴィネならもう寝てるぞ」と肥満の少年。「起こしたら唇奪うって」
「あー」頭を押さえながら、蝶型神姫が呻いた。「ごめん、聞いたあたしが悪かったわ……じゃあ、チャッピィ!この薄情者達にビシッと言ってやって!」
 
 チャッピィと呼ばれた猫型神姫は、信吾の頭の上で胡座をかいていたのだが、蝶型神姫に呼ばれて足を崩し、じっと奈津希を見据えた。
 
「こまってるのだ?」
「ええ、とっても」
 
緊張感のまるでないチャッピィに、しかし奈津希は大真面目な顔で答えた。
 
「みらいのせかいのねこがたろぼっとのちゃっぴぃがふしぎなぽけっとでたすけてやるのだ……おいますたー、ちゃっぴぃにはぽけっとがねーのだ」
「あるわけないだろ、そんなモン」信吾はつぶやくように返した。
「まー、なくったってちゃっぴぃにかかればいっぱつなのだ。さあ、ねがいをいうのだ、どんなねがいでもはなしだけならきいてやるのだ」
「勝手に話をまとめるな、アホ猫。そもそも俺達に助ける気は無い」
「どうしてなのだ?」
「神姫に関する話なんだがな」と奈津希の背後で、加藤が言う。「……紹介が遅れたな、僕は加藤。瑚南見学園自治会で、副会長をやっている」
「自治会の副会長?」と信吾。「一郎、知ってたか」
「うんにゃ、まったく。陽平は?」
「知ってるよ……お前ら、知らないで話してたのか?」
「うん」
「自分の学園の自治会長と副会長の顔くらい知ってろよ。たまに朝会に出てくるだろ」
「朝会って、寝る時間だろ?」と信吾。
「朝会なんて、そもそも出ないし」と一郎。
「この不良学園生どもが」陽平は吐き捨てるように言った。「彼は加藤充、で、あっちの女の子が自治会長の不慈宮奈津希。神姫の持ち込み自由化を認めさせたことで有名だ。学園で知らないのはお前らだけだよ、多分」
 
 同じ学園で、自分の顔を知らないとは。奈津希は、二人の態度に少し驚いた。我ながら、自治会長としてはよくやっていたと思うし、人気もある方だと思っていたのだが、もしかしたらそれはただの自惚れだったのかもしれない。
 
「そういえば、まだ名前も言っていなかったわね。私は不慈宮奈津希。瑚南見学園自治会長を務めています」
「えぇ、先刻承知です、不慈宮さん」陽平は向き直った。
 
 腹も首も腕も贅肉に包まれた陽平だったが、さりとて人相が悪いというわけでもなく、わずかな言葉の抑揚の中に、育ちのよさが感じられた。中身まで贅肉、ではないらしい。肥満体で、育ちがいい、つまり俗っぽく言うと、金持ちだ。そして、下の名前が、陽平。その条件にぴたりと当てはまる人物について、以前に噂話で聞いたことがあったような気がする。奈津希は、記憶を探る。あれは―――
 
「ああ、もしかして、あなたは山口の」
「……その話はいいでしょう」と陽平は、少しだけ声を低くして、奈津希の言葉を遮った。「ところで、加藤さん、さきほど神姫の話、と言いましたね。それはもしかして、神姫フェスティバルのことですか」
 
 食いついてきた。加藤の言葉は適切だった。神姫の話、となれば、やはり神姫オーナーとしては気になるだろう。これでなんとか、彼らを交渉のテーブルに引きずり出すことが出来る。奈津希は、慎重に言葉を選んだ。
 
「そうよ。神姫フェスティバルは、いま、危機に晒されています。私達は、神姫フェスティバルのために協力してくれる人を探しているの」
 
 ふぅん、と少し考えて、陽平は一郎と信吾を振りかえった。
 
「だってさ、どうする?」
「答えは変わらない」と一郎。「ノーだ。協力する気はない」
 
 奈津希の希望を打ち砕く、冷たい言葉だった。
 
「ちょっと、マスター!」
 砲台型神姫の抗議を「黙ってろ」の一言で押さえつけて、一郎は続けた。
「神姫フェスティバル?危機?それが、僕に、僕達に、何の関係があるんだ?そんなこと、知ったことじゃない。 それはあんたらの問題だろう。だったら、自分たちで解決することだ」
 
 何故、この少年たちは、こうも無関心でいられるのか。一郎の言葉が、奈津希の心に、じわりと熱を加えた。どんな道徳観念を持っているのだろう。少なくとも、神姫フェスティバルについて、ここまで否定的な言葉を投げかけられたのは初めてだった。
 
「……どうして?」奈津希は怒りを抑えながら、そう言った。「どうしてそんなに、他人事なの?」
 
 形こそ違えど、いままで会った神姫オーナーたちは、神姫フェスティバルに対して肯定的だった。神姫部も、神姫センター関係者も。しかし彼らは、そうではない。あくまでも頑なに、協力を拒む。何が彼らをそうさせるのか。それを探らなければ、妥協点も見出せない。
 
「俺達に、なにか不満でもあるのか?」と加藤。「自治会運営上の問題か」
 
 陽平はかぶりを振った。
 
「違いますよ、加藤さん。あなた達は良くやっていると思います。しかし、それとこれとは、話が別なんです」
 
 陽平の言葉は穏やかだったが、しかし奈津希たちに歩み寄るものでは、決してなかった。
 
「僕達4人を代表して、言いましょう。僕達は、ただ単に、面倒くさい事情に巻き込まれるのが、嫌なんです。他人に関わりたくない、それだけです」
 
 あっけないほどに単純で、非情な理屈だった。他人とのかかわりを避けたい。ただ、それだけ。普段の奈津希ならば、そういう人間もいるだろう、と鷹揚に受け取ることも出来たが、いまはそれだけの余裕はなかった。それどころか、神姫部たちの、神姫フェスティバルに期待する人々に触れた奈津希には、身勝手だとすら感じている。
 
 この人達は、皆がどれだけ苦労してきたか、知らないのだ。自治会の仲間達が放課後に集まり、話し合い、計画を練って、それを実行に移し、少しづつ積み上げてきた、その過程も、瑚南見学園神姫部たちの、神姫フェスティバルに対する意気込みも、知らないからそんなことが言えるのだ。
 
「みんな、神姫フェスティバルを待っているのよ!」奈津希の感情に、火がついた。「楽しみにしているの!神姫も、そのオーナーも!あなたたちだって神姫オーナーでしょ!?その人たちの気持ちが分からないの!?」
 
 そう言う奈津希の瞳を、一郎は憮然とした表情で見返して、口を開いた。
 
「それがどうした」
「な……」
 
 一瞬、奈津希は言葉を失う。
 
「そんなの、僕には、僕たちには関係ない」
 
 どこまでも冷徹な一郎に、奈津希の表情が引きつった。握り締めた手は、わなわなと震えている。
 
 お前達は、最低だ。神姫オーナーの風上にも置けない、冷血人間だ。そう言ってやろうと、奈津希は息を吸い込んで、しかし小さな声が、それを押しとどめた。
 
「一郎さん……」
 
 どこか遠慮がちな声色で、眼鏡の少女が言う。短躯の少年の、制服の裾を摘んで。
「ああ、真由りん」氷の眼差しを一瞬で溶かし、一郎は真由美を振り返った。「そろそろ帰ろうか。今日のアニメは―――」
「そ、そうじゃなくて、さっきの一郎さんの発言には、一部、誤りが……」
「へ?」
 
 眼鏡の少女は短躯の少年、一郎の横をすり抜けて、奈津希の前に歩み出た。
 
「あの、挨拶が遅れてごめんなさい。私、赤原真由美っていいます」
 
 真由美は、PANをアクティヴに移行させて話を続ける。
 
「神姫フェスティバルって、今度の、神姫コンサートがある、あれですよね?」
「え、ええ……」
 
 先程の少年とはうってかわって、優しい声と、慈しむような表情。天国から地獄、とはよく聞くが、その逆、地獄から天国というのは珍しい話で、奈津希は呆気にとられたような返事しかできない。
 
「コンピュータのプログラムや、システム上の問題ですか?それだったら、私、少しはお手伝いできると思います」
「私も、私も!」メーリンが制服のポケットから主張する。「私も協力する!」
「おぉい、真由りん」と一郎。「今までの話、聞いてなかったの?」
「そうだよ、面倒くさいのはゴメンだ」そう言ったのは陽平だ。
 
 信吾は腕を組んだまま、無言で2人の意見に同意の姿勢を示した。
 
「ええっと……その……」
 
 それに対して、真由美は複雑な表情を浮かべた。何かを言うべきか、言わざるべきか、迷っているのは明白だった。2、3秒ほど考えた挙句、真由美は真実を告げることにした。自己主張の希薄な真由美だったが、精一杯、明瞭な口調で。
 
「私たち、神姫フェスティバルの、神姫コンサートに出場を応募してて……」
 
 そのとき、3人に電流走る―――
 
「……なん……だと……?」と一郎は口を開け、「……はぁ?」と陽平は素っ頓狂な声をあげた。信吾は目を見開き、眉間にしわを寄せて一驚している。
「き、聞いてないぞ、そんなの!」と一郎。「なんで言わなかったのさ」
「ごめんなさい。みんなには秘密にしておいて、フェスティバルの前日ぐらいに皆に知らせて、見に来てもらおうって、思って……そうした方が、驚くだろう、って」
「あー、もう十分に驚いてるよ!」
「す、すみません」と、真由美は申し訳なさそうに頭を下げる。
「怒ってないってば」と一郎。「そんなことより、プランがあるんだ」
「プラン、ですか」真由美は顔を上げた。
「そう、僕たちも真由りんも幸せになれるプランだ」
「どういう……?」
「今回のは、諦めろ?」
 
 きっぱりと、一郎は言い放った。
 
「そんなっ!?」
 また泣きそうになる真由美だった。
「いやぁ、俺も一郎に賛成だね」と陽平。「いちいち、面倒くさい事情に首突っ込むのはなぁ。コンサートの機会は、神姫フェスティバル以外にもあるだろ」
「簡単に言わないでよ」メーリンが声を張り上げる。「やっと掴んだ、チャンスなのよ。この日のために、バビブベボンたちも頑張って練習してたんだから」
「そりゃご苦労なこったな」と皮肉混じりに、一郎。「……やっと、って、どれくらい応募したのさ」
「……覚えてるだけで、20回くらい……全部、抽選には外れちゃいましたけど」
 
 筋金入りのくじ運の悪さだ。”Oh……”と一郎は外人風のため息をついて頭をかきむしった。
 
「陽平、どう思う?」
「20回も落ちてれば、出たいと思うよな」
「はい、だから、私、自分にできることなら、なんでもやろう、って」
「それなら、仕方がない、か」
 
 陽平は頷いて、奈津希たちに「どうぞ座ってください」と空いている椅子に腰掛けるよう促した。
 
「詳細を聞きましょう」
 
 信吾は相変わらず黙ったまま、一郎は渋い顔を崩さずに、着席した。一拍送れて、真由美も自分の椅子に座る。
 
「……いいの?」と奈津希。
「とりあえず、話だけは聞きましょう」と陽平が返す。
 
 自分の説得をこれっぽっちも聞きいれようとしなかった少年達が、真由美の介入でいとも簡単に態度を変えたのは、まるで魔法のようだった。自分に対しては、聞く耳持たない、というような調子だったのに。どこか賦に落ちない気持ちはあったが、それでも、状況はよくなった、と見るべきだろう。奈津希は促されるままに、椅子に座った。加藤もその隣に。
 
「助けないんじゃなかったんですか~?」と、からかうように、ブラッグが一郎に言った。
「じゃかましい。事情が事情だ、しょうがないだろ。それとも何か、お前は真由りんがコンサート出れなくてもいいわけ?」
「そういうわけじゃないですけど~」
 
ブラッグは悪戯が上手く行った時の子供のような顔をしている。
 
「じゃあ、なんだよ?」
「べっつに~?」
「……おかしな奴だな……まぁいいや、陽平、交渉は任せた」
「オーケー」陽平は片手を挙げて応えた。そして、落ち着き払った声で、「さて、詳細を聞く前に、一つだけ言っておきましょう。僕達は、まだ、あなた達に協力すると決めたわけではありません。それは話次第です……あなた達の依頼が、僕達にとってリスクの大きすぎるものだったり、あるいは説明自体に不自然な点が見られた場合、この話はなかったことになります」
 
 交渉のテーブルについた、文字通りに。向かい合う陽平を見ながら、奈津希は、しかしまだこれからだ、と気を引き締めた。彼らは、まだ警戒を解いていない。どうにかして、彼らを説き伏せて、協力を取り付けなければならない。自分にそれが出来るだろうか?一抹の不安が心をよぎったが、隣に座る加藤と、そしてポケットの中のシェントを意識すると、それはすぐに霧散した。やれるはずだ、私には味方がいる。
 
 何か飲み物でも、と彼らの交渉役である陽平の言葉に従い、奈津希はレモネードを、加藤はオレンジジュースを頼んだ。少年たちも、それぞれ注文しなおす。
 
「僕はやっぱり、ヌカコーラだな」と一郎。「あと、ショコラケーキ」
「空気読めよ、アホ。ケーキ食いながら話すような雰囲気じゃないだろ。そもそも、コーラにケーキって、どんだけ甘いもの好きなんだよ」
 
 自分の肥満体を棚に上げて、陽平は一郎をたしなめた。
 
「だって、腹減った。糖分が足りない―――糖分を等分に摂取して当分の飢えを癒したいんだ」
「あのぅ、すいません」
 
 そう言ったのは、シェントだった。少年たちとの対話が始まってからこっち、ずっと奈津希のポケットの中にいた彼女が、ここで初めて顔を出したのだった。
 
「どうしたの?」と奈津希。
「私も、ちょっとお腹すいちゃって……何か頼んでもいいですか?」
 奈津希は優しく微笑んで、「もちろんよ」
「じゃあ、紅茶と、パフェ!」
 
 いまの状況を理解していないはずはないだろうに、それでもシェントは元気一杯に、注文した。本当に、子供のように無邪気だ。それが、いまの奈津希には有難く思えた。胸の内に張りつめていた緊張が、すっとほぐれていく。
 
「あんたも神姫オーナーだったのか」と陽平はわずかな驚きを言葉に含ませた。
 
 奈津希は自治会長としては有名だったが、神姫オーナーであることは意外と知られていなかった。本人としては、別に隠しているわけではなかったが、取り立てて公表するべき事柄でもなかった。ただ、シェントが普段、学園内では借りてきた猫のように大人しかったから、知られることがなかったという、それだけの話だった。
 
「それで、今回の神姫フェスティバルか。それって職権濫用じゃないの」
 
運ばれてきたケーキをつつきながら、一郎が言う。
 
「そんなことないですよ、マスターは、瑚南見学園の神姫オーナーみんなのことを考えてやってるんですよ」とシェント。
「そうだ」加藤が頷いた。「アンケートでは、神姫フェスティバルに賛成、との意見が多数だった。現自治会長への支持率もな。だから、そのことについてどうこう言われる筋合いはない」
「ま、それはいいとしましょう。私達は、貴方方がどういった動機によって、神姫フェスティバルを行うとしているのかについて、とやかく言う立場にはないのですから」
 
 要するに、こちらの事情など知ったことではない、と遠回しに言っているのだと奈津希は気づいて、それはそれで癪に障ることなのだが、協力に前向きな姿勢を見せてくれている以上、何も言わないことにした。
 
「それで、貴方達が抱えている問題とは、どういったものなのですか」
「要点だけをかいつまんで話します」奈津希は周囲を軽く観察しながら、言った。この会話に注目している者はいなかった。本当なら場所を変えるのが一番なのだが、その間に彼らの気が変わってしまっては困る。「神姫フェスティバルを妨害しようとしている勢力がいます」
「その勢力、とは?」
「戸成野学園の学園生です。彼らは、神姫を使って神姫フェスティバルを滅茶苦茶にするつもりなんです。私達は、彼らに屈したくない。神姫をそのようなことに使う連中を、許せない」
 
 その意見には、陽平にも共感できるものだった。神姫で神姫フェスティバルをぶっ壊すなんて、皮肉にもほどがある、と。しかしそれは個人的なものであって、チーム全体の意見ではない。
 
奈津希は続ける。「私たちには、対抗手段がありません。自治会で神姫を所有しているのは私だけなんです」
「つまり、貴方達は、僕達と僕達の神姫で、戸成野学園生たちを止めて欲しい、と」
「はい、そういうことになります」
「質問がある」と一郎が口を挟んだ。「なぜ、戸成野学園の連中だって分かる?犯行予告でも届いたのか」
「……似たようなものです。先日、ある学園生とその神姫が、戸成野学園生たちから暴行を受けました。暴行された学園生によると、確かに彼らは、神姫フェスティバルを潰す、と」
「暴行……だと?」一郎は眉をしかめた。
「えぇ、酷いものだったわ」
「ど、ど、ど、どういう風に暴行されたのかね!?詳しく、それはもう克明に描写してくれんかね!?」
「……はぁ?」
 
 にわかに色めき立つ一郎に、奈津希は困惑する。
 
「暴行だろう!?すなわち性的暴行だろう!?こうですね、神姫が神姫を押し倒して、あらん限りの凌辱とめくるめく快楽ががががが!それを仏国書院風に説明してくれ、と僕は要求しているのです!国民には知る権利があるのですぞ!タイトルは『神姫凌辱~神姫に汚される神姫~』で一つ。あ!いま思いついたんだけど、これから仏国書院を用いた自慰を仏国手淫と名づけよう、そうしようそれがいい」
「黙れ、バカマスター!」
 
 ブラッグは、自分のマスターの突拍子のない言動を聞きかねて、テーブルの上から飛び上がってキックを叩きこんだ。
 
「はいだらー!」
 
 一郎は椅子ごと後ろに倒れこんだ。派手な物音がサロンルームに響き、周囲の客達の視線を集めた。奈津希は曖昧に笑ってごまかした。内心、周りの人々に神姫フェスティバルのことを知られたらどうしよう、と気が気ではなかったのだが。しかし、奈津希の心配をよそに、客たちは特に訝ることもなく、すぐに注意を逸らしていく。
 
 深い安堵のため息をつきながら、「……大丈夫なの、その人?」と奈津希は聞いた。
「うちのマスターは、半分病気ですから。まぁ、放っておけばあまり害はないですよ」とブラッグ。
 
 信吾も陽平も、チャッピィすらも「またか」というような表情を浮かべていて、まともに一郎の心配をしているのは真由美だけという有様から、彼らにとって、一郎のあの言動は日常的なものなのだと奈津希は悟った。
 
「ククク……ブラッグ、さっきの蹴りは中々グッドだったぞ。スカートはいてたらパンツ見えてるぐらいに」
 
 真由美に助け起こされた一郎は、セクハラ発言しながら不敵な笑みを見せている。
 
「一郎さん、大丈夫なんですか」と真由美。「その、頭」
「まゆみねーちゃん、まゆみねーちゃん」とチャッピィ。「いちろーのあたまはもとからだめなのだ。ておくれなのだ」
「いえ、あの、そういう意味じゃなくって、頭を打ってないかな、って」
「本当に、真由美さんは優しいですね」とブラッグはしみじみと言う。「こんなバカマスターなんかにも手を差し伸べてくれるなんて」
「そりゃあ、真由りんは僕の肉奴隷だからな」
ブラッグが目を細めながら拳銃を取り出すのを見て、「ごめん、嘘、なんでもない」と一郎は両手を上げて降参のポーズをした。
「肉度……零?」
 
一郎の言葉を反芻しながら、真由美は不思議そうな顔をする。あるいは、ニックとレイ、かしら。ニックとレイって……誰?
 
「一郎」と低い声で、信吾。「話が前に進まない」
「交渉は任せる、って言っておいて、お前がぶち壊してどうするんだ」陽平が呆れ気味に言う。
「むぅ、すまぬ。だが、あんな真面目空間を展開されたらぶち破りたくなるのが男の性というもので、それはそう、例えるなら処女膜を突き破る一筋の流れ星―――」
「あー、分かった、もういい、もう黙ってろ」
 
 両手を突きだして、一郎をなだめる陽平だった。いつもだったら、信吾にふん縛ってもらって、口塞いでその辺に転がしておけばいいんだが、いまはロープもないし、何よりここは神姫センター内だ。下手なことはできない。問題起こして出入り禁止、といった事態は避けたかった。
 
「じゃあ、気を取り直して、どこまで話が進んでましたっけ」
「えぇと、学園生と神姫が暴行、怪我させられた、ってところ」
 
 奈津希は、頭痛がする頭を押さえている。一郎の個性は強烈だった、悪い意味で。名は体を表す、とはよく言ったものだが、一郎には全く適用されていなかった。
 
「不良か」と信吾。
「実際に見たわけじゃないけど、多分、そうね」
 
 不良は奈津希が最も嫌う人種だった。すぐに暴力に訴えて、喚き散らす、野蛮な連中。
 
 陽平は、奈津希の表情から、そうした思考をすくい取った。相手が何を考え、なにを求めているのかを、表層から読み取ることが交渉において重要だと教えられてきた。父から強制された勉強の時間は、陽平にとって退屈なものだったが、物の見方が変わった、という点では有用だったと認めざるを得ない。
 
「実際に怪我人が出ていて」奈津希は続ける。「このまま神姫フェスティバルを実行したら、きっと酷いことになる。だからと言って、今更中止にするのも難しい。みんな、待っているのよ、楽しみにして。それを、一部の心ない人に踏みにじられるのは絶対に嫌。だから―――」
「我々に助けて欲しい、と」
 
 奈津希は深く頷いた。
 
 ホットココアのカップに口をつけながら、陽平は奈津希、そのポケットの中のシェント、それから加藤を観察する。話を聞いた限り、おかしな点はない。本当に、彼女達は神姫フェスティバルのことしか考えていないようだ。
 
 コムリンクをヒドゥンからパッシヴへ。不可視で、限定的なワイヤレスネットワークを構築し、テキストメッセージのやりとりを開始する。この動きは、奈津希たちには気取られていない。仮に気づかれていたとしても、会話の内容までは分からないだろう。一応、暗号化はされているし、ネットワーク構築の瞬間から、真由美が通信状態の監視に移っているのだから。ワイヤレス通信を傍受するのは簡単で、傍受を検知するのは困難だが、一郎をして”ウィザード”と呼ばせる真由美なら、可能だ。
 
<<信用できる話だと思う>>と陽平はチーム全員に向かって語りかけた。<<裏の目的とかは、なさそうだ。少なくとも、俺達をはめようとは思っていない>>
<<フムン>>と一郎。<<陽平がそう言うなら、そうなんだろうな>>
<<ってことは、やるんだろう?>>信吾が聞く。
<<みんなそのつもりだろう、なぁ、真由美?>>
<<はいっ>>真由美はほっとしたような顔で返信する。<<神姫フェスティバルと、あとメーちゃんのコンサートデビューのためにも!>>
<<あー、それなんだがな、真由りん。やっぱり今回は諦めて?>>
 
 一郎の言葉を合図に、真由美とメーリンの時間が一瞬止まった。
 
「え、ちょっ、なんでですかぁっ!」
 
 ネットワーク上ではなく、現実で、真由美が叫ぶ。突然のことに驚いて、奈津希は体をびくりと震わせた。傍から見れば、脈絡も何もない、全く唐突な行動だったのだから当然だ。そんな奈津希に気づいて、真由美は「ごめんなさい、ごめんなさい」と何度もテーブルに額を押し付けるようにして頭を下げた。
 
<<だってさー>>頭を下げながら、真由美はARデバイスに映る、一郎からのメッセージを読んでいる。<<相手の戦力がわからないんだもの、メーリンも投入したい。それに、サイバー戦のことも考えたら、真由りんにはそのためにスタンバってもらわないと。今時、裏サイト(笑)に落ちてるフリーのクラッキングツールでも、そこそこのことはできる。真由りんなら言わなくてもわかるだろ?>>
 
 顔を上げた真由美は非常に複雑な表情で、それに奈津希はまた驚くことになる。大人しい女の子だと思っていたが、こうも表情がころころ変わるとは。
 
 今日、クラッキングに使われるツール・ソフトウェアは、普通の人よりもほんの少しだけ、コムリンクとネットワークに関する知識と理解がありさえすれば、十分に使えるほどに簡便化が図られていた。
 
 こうした悪意あるツールの発達は、瑚南見市の高度なネットワーク化の、負の側面とも言えた。電子犯罪は増加傾向にあり、マスメディアがハッカーを取り扱わない日はなかったし、学園生が補導、逮捕されることも珍しくなかった。彼らが”本物”のハッカーであるかどうかは別として。
 
 困ったことになりました。むー、と真由美は考え込んでしまう。一郎の言うことは、わかる。神姫フェスティバルを防衛するのなら、真由美とメーリンはコンサートに参加できない。かといって、防衛に参加せず、コンサートには出る、としたら、神姫フェスティバルそのものが危うくなる。ジレンマだ。
 
<<ちょっと一郎、どうにかしなさいよ>>とメーリン。
<<馬鹿が!僕にカウンターハックなんて出来るわけないだろ!できるのはパックマンぐらいのもんだ!>>
<<偉そうに言うことかよ>>と陽平。<<まー、俺もできないけどさ>>
<<信吾は……できないわよね>>
<<美味いのか、それ?>>
 
 信吾の脳味噌は筋肉でできていた。
 結局のところ、相手の電子攻撃を警戒するのなら、真由美は外せないメンバーなのだった。
 
<<じゃあ、メーリンさんはコンサートに出て、真由美さんは防衛にあたる、ってのはどうですか?>>とブラッグが提案する。
<<やだ!>>有無を言わさず、メーリンは拒否した。<<真由美にだけそんなことさせて、私だけのうのうとコンサートなんて、できないわよ>>
<<私はメーちゃんがコンサートに出れるんなら、それでも……>>
<<ダメーっ!私と真由美が一緒じゃなくちゃダメなのっ!絶対にっ!どうしてもっていうなら、代わりにバビブベボン全部持ってっていいから>>
<<いや、あれ使えないし>>と一郎。<<っていうか、邪魔>>
 
 バビブベボンは楽器演奏用のサポートマシンだ。バトルには使えない。弱い、物凄く。試しにバトルさせてみたら、サブマシンガン一丁だけのブラッグに、5体がかりで1分もたずに壊滅させられた。基本的に、楽器演奏以外には役立たずなのだ。
 
<<あれも駄目、これも駄目って、じゃあどうしろって言うのよー!>>オフラインのメーリンの顔は真っ赤になっている。
<<もうきれいさっぱり忘れて、なかったことにしようぜ!>>
<<一郎のバカー!それじゃ意味ないでしょうが!>>
 
 やっぱり一郎は頼りにならない。そう悟ったメーリンは、陽平にその小さな瞳を向けた。
 
<<何かいい考えはないの!?>>
 
 陽平はオフラインで、うぅむ、と唸る。真由美とメーリンはコンサートに出場したい、しかしそうすればフェスティバル防衛に支障が出る。コンサートと、防衛。この二つを両立させるプランを、陽平はどうにかして捻り出そうとしているのだった。体は太っていても、頭までは鈍っていない。陽平はそういう人間だ。
 
 数秒かけて、陽平は考えをまとめあげた。
 
「奈津希さん、神姫フェスティバルなんですが、次回の開催予定はあるんですか」
「もちろんよ」と奈津希は答えた。「正式に、毎年、できるなら毎期ごとに行いたい、と考えてる。文化祭や体育祭の兼ね合いもあるから、難しいかもしれないけれど」
「フムン、オーケー、分かりました。真由美」陽平は首を動かして、真由美を見る。「今回は諦めてくれるか」
「陽平さんまでっ!」
「違う、違う。今回は、だ」
 
 またまた泣きそうになる真由美を、陽平は首を振って落ち着かせた。
 
「今回は、フェスティバルの防衛をやる。それが片付いたら、次回のフェスティバルで晴れてコンサート参加だ。どうだ、悪くないだろう」
「うん、いいアイディアだと思う」メーリンの顔に笑みが戻った。「ちょっと遅くなっちゃうけど……いいよね、真由美?」
「そうですね……」少し思案し、「いいですよ。次のコンサートに、確実に出れるんなら」と真由美はにっこりと微笑んだ。本当に、ころころと表情が変わる人だ、と奈津希は思った。
「決まりだな」と陽平。「神姫フェスティバルの防衛、引き受けましょう。条件は、真由美とメーリンが次のコンサートに必ず出場できるようにすること」
 
 神姫フェスティバルを今回限りで終わらせるつもりは奈津希にはなかったし、神姫フェスティバルのために働いてくれるという少女のために、コンサートの出場権を確保するなど、それこそ協力に対するお礼としては、破格だった。むしろ、たったそれだけでいいのか、と拍子抜けしてしまう。
 
「お前らも、これでいいよな」
「おー」と陽平に応えたのは一郎だ。
 信吾は、「問題なし」と小さくつぶやくのみだった。信吾は寡黙な男だった。
「真由美さんとメーリンさんのためですからね、断る理由はないですよ」
 やる気を見せているブラッグとは対称的に、チャッピィは状況をよく飲み込めていないようで、信吾に「なにをやるのだ?」などと聞いている。
「ふぇすてぃばるがどうとか、こうとか。おまつりなのだ?」
「そんなもんだ」
「おまつりといったら、でみせなのだ。ねこたままん、くえるのだ?」
「今しがた、たらふく食ったばかりだろうが」
 
信吾はチャッピィの食欲に辟易としている。そのうち陽平みたいになっちまうぞ。神姫が太るというのは聞いたことがない話だが、そうだったら世の人間の女性だったら羨むだろう。生まれついての美少女で、いくら食べても太らないのだから。どちらかというと、神姫は男の願望の具現化のような気もするが。
 
「本当に、いいの?」と奈津希は、ゆっくりと、咀嚼するように聞いた。「神姫フェスティバルのために、戦ってくれるの?」
「言った通りです。僕たちの中に、反対意見はありません」
 
 ポケットの中で眠っているヴィネを完全に無視した、陽平の発言だった。ヴィネはマスターである陽平も認める、性格がぶっ飛んだ神姫で、こういう場所ではむしろ寝ててくれていたほうが都合がいい。
 
「やりましたね、マスター!協力してくれるって!」
 
 シェントは、大げさに喜んだ。いつものように。一時は絶望的と思われた神姫フェスティバルが、息を吹き返したのだから無理もないことだった。
 
 やっと手に入れた、神姫フェスティバルを成功に導いてくれるかもしれない可能性。4人の少年少女と、その神姫達。
 
彼らは、真由美という少女と、その神姫であるメーリンのために神姫フェスティバルを防衛しようと言う。態度の豹変は、仲間思いだから、と好意的に解釈することもできるし、神姫オーナーとしてはあるまじき発言も、初対面の人間に対する警戒心の表れとして、奈津希は理解した。誰も彼もが、聖人ではない。ましてや、一般社会からすれば未だ幼い、学園生ではなおさらだ。だから、否定的な言動の数々を、奈津希は赦した。
 
「あ、あの……ありがとう」
 
 シェントのように、もっと素直に言えればいいのに。掠れた声しか出せなかった、自分の喉が恨めしい。
 
「いえ、いいんですよ」と陽平。「僕達は、ただ、約束を守ってさえくれれば」
「わかってます」
 
 絶対に神姫フェスティバルを成功させなければならない。この時点で、それは奈津希の願望から、義務へと変性した。約束を破るような人間にはなりたくないし、シェントを約束を守れないオーナーの神姫にもしたくない。
 
「よし、話は決まったな」一郎が空のカップを置きながら言う。「明日、放課後に自治会室で作戦を立てる」
 
 席を立つ。
 
「今日は、もう遅い。アニメが始まっちまう」
 
 アニメは自室で見るものだと、相場が決まっている。そう、昔から。オンラインで見ればいい、といった価値観は軟弱なものだと、一郎は切り捨てている。録画機器などなかった時代の、先達の志を忘れてはならないのだ。
 
「ZAZEL The Animationが始まっちゃいますね」と真由美。
 
 一介の声優が、街の平和を守るため、スーパーヒーローZAZELに変身して戦うといった内容の、瑚南見市で一番ホットなアニメだ。
 
「だから、これまでだ。帰ろう」
 
 一郎の言葉を合図に、3人は立ち上がった。それぞれの神姫を抱えて。
 
「では、奈津希さん、また明日、放課後に」
 
 反射的に、奈津希は椅子を引いた。
 
「今日は、本当に、ありがとう。それと、その、私、さっきは、取り乱して」
 口に出しはしなかったものの、神姫オーナーの風上にもおけない、などと思ってしまった。そんな自分にも、協力してくれるのだ。誰にも聞かれていなくても、詫びを入れなければ、奈津希の気がすまない。
 陽平は奈津希の言葉を遮った。「気にしてません」と。
「礼だったら、全部終わったときのために、とっておけ」信吾の声は低かった。
 
 それだけ言うと、背を向けて、立ち去っていく。サロンルームの出口に差し掛かったところで、真由美は振りかえって、小さく手を振った。それに応えて、シェントも笑顔で手を振り返した。
 
 真由美が制服の裾を翻し、小走りでサロンルームを出ると、周囲の喧騒がやけにうるさく聞こえた。
 
「神姫フェスティバル、一歩ぜんしーん!」
 
 シェントは声をあげて、片腕を突きあげた。
 そう、一歩前進したのだ。途端に、奈津希の胸に、ある種の達成感が去来する。戦う術を、手に入れたんだ。
 
「やった……やった、やったわ!加藤!」
 
 奈津希は破顔する。
 
「これで、これで対抗できる!神姫フェスティバルは、きっと上手く行く!」
 
 奈津希は、加藤の手を取ってまくし立てた。あ、と気づいて、手を引っ込める。加藤は男で、奈津希は女だ。そっと、奈津希は、加藤の表情を覗き込む。先程の奈津希の勢いに圧倒されたのか、あるいはもっと別の理由か、難しい顔をしていた。
 
「……加藤?」
「喜ぶのはいいが、大事なことを忘れている」
「え?」
 
 加藤の視線は一点に注がれている。その先を、辿る。彼らが座っていた場所、テーブルの上には、空の器。
 
 何か、見落としていることがあるのか。奈津希は、思考しながら加藤の言葉を待った。やがて加藤は、こう告げた。
 
「あいつら、ここの代金払わないで帰りやがった」
 
 




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