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俺達は、正義の味方―――なんかじゃない。
 
 
 
 
 
 
 

 ホームルームが終わると、瑚南見学園学生自治会長の不慈宮奈津希は、級友達に挨拶をして、教室を出た。幾人かは、一緒に帰ろうと誘ってきたが、奈津希は丁重に断った。自治会があるから、と。

 

 廊下。窓から差し込む光はわずかに赤みがかり、夕暮れが近いことを知らせていた。

 

 歩きながら胸ポケットからワイヤレスイヤホンを取り出し、装着。手提げ鞄の中にあるコムリンクを操作して、ワイヤレスネットワークに接続する。ブックマーク。コナミシティ・ネットワークラジオロンドにアクセス。

 

 アクセス承認。ワイヤレスネットワークからの信号を、コムリンクは正しく受信し、奈津希のコンタクトレンズ型ARデバイスにARウィンドウをポップアップ表示させた。奈津希の視界の隅が四角く切り取られ、一人の少女がその中に姿を現す。彼女は、ユッキーといった。本名は知らない。瑚南見市に住むほとんどの人がそうであるように、奈津希も、KNRのメインパーソナリティを務めているということ以外、彼女の多くを知らない。

 

「いいいやっほー!コナミシティ・ネットワークラジオロンドだよー!学園生のみんなはもう放課かな?社会人の皆さんはまだ仕事?どっちの人にも、素敵な音楽と、新鮮なニュースを、ハイテンションでお伝えするよっ」

 

 コナミシティ・ネットワークラジオロンド―――人は、KNRと呼ぶ―――は、ネットワーク上で放送されるインターネットラジオで、瑚南見市で起こった様々な出来事を、包み隠さず伝えてくれる。その情報網は、異常の一言に尽きる。大きなことも、小さなことも見逃さない。一部では、情報収集のための特殊部隊を擁しているとか、瑚南見市中のブロガーと関わりがあるという噂が流れている。そういうわけで、流行にうるさい学園生も、そうでない者も(特に、男子)放課後にこのラジオにアクセスすることを習慣としていて、奈津希もその一人だった。

 

 最初、奈津希がこのラジオを聴いたとき、内容は大変なものだった。

 

 同じく、瑚南見市で放送されている、ザ・コナミラジオという、神姫BMAがスポンサーのラジオ番組があったのだが、情報操作なのか、あるいは担当者のチェックミスなのか、ひどい誤報を流したことがあって、KNRのメインDJであるユッキーはそれを手酷く、徹底的に批判した。

 

 奈津希のKNRに対する第一印象は、そのせいで、あまりいいものではなかった。誰だって間違いはする。それをこうも一方的に叩いていいものなのか、と。彼女は自分も、ときに間違いを犯しうるということに気づいているのだろうか。往々にして、他人のミスを叱責する人間ほど、自分のそれについては寛容であることを強要するものだ。きっと、彼女もそうした人間の一人に違いない。

 

 数日後、奈津希は自分の認識が誤っていたということに気づかされることになる。

 

その日のKNRの放送は、ユッキーの土下座から始まった。恥も外聞も投げ捨てて、地面に額を擦りつけた、本物の土下座だった。

 

 一体なんなのだろう、と奈津希は面食らい、そして次に、ふざけているのだろうか、と訝った。そうしていると、ウィンドウの中のユッキーは顔を上げて「リスナーのみんな、ごめんネ! ほんっっっとぉぉぉおおおおおにゴメン!」と両手を合わせて謝罪の言葉を口にしたのだった。

 

 前日に放送されたKNRの内容に間違いがあったらしく、その謝罪会見を、彼女は行っているのだと、奈津希は知った。

 

 それから、ユッキーはところどころにジョークを交えつつも―――つまりはいつものノリで、間違いに至った経緯と原因を、しかし論理的かつ客観的に、理路整然とリスナーに説明し、改めて謝罪し、以降、同様のミスを犯すことのないよう約束した。たっぷり30分という長い時間を使って。

 

 間違っていたのは自分だった。KNRは、ユッキーは真摯に真実を伝えようと努力しているのだ。間違いを犯しても、自らそれを認め、謝罪する勇気を持っている。奈津希は、KNRのそうした姿勢に、いたく感動したのだった。思い返してみれば、件のザ・コナミラジオの誤報について、彼らはこのような謝罪と説明を行っていなかった。ただ、短く、「先日お伝えした内容に間違いがありました。お詫びして訂正します」と言って終わってしまった。正しいのはKNRだ、と奈津希は思った。それで、いまとなっては、他の学園生と同様に、放課後に欠かさずKNRにアクセスするようになったのだった。

 

 歩きながらラジオを聞く。廊下には、これから部活だろうか、スポーツバッグを肩から提げた学園生や、どこへ遊びに行くか相談している女子学園生の一団がはしゃぎながら言葉を交わしている。課題の採点を行おうと、職員室へ向かう紙束を抱えた教師。平和な学園の風景。

 

 自分は、彼らの生活に関わっている。自治会長として。そしていまのところ、それはうまくいっているように思えた。自分の目に映る人々が、それを肯定してくれている。奈津希はそのことに大きな満足感と、喜びを覚えた。

 

 振り返ってみれば、自分が自治会長に就任してから、さほど長い時間は経っていないはずなのに、いろんなことをしてきた様な気がする。

 

 奈津希が自治会長として最初にぶち当たった壁は、自治会内のメンバーをまとめることだった。副会長の加藤は冷静沈着でリアリストだったが、どこか冷徹な面があって、奈津希ですら距離を置きたがったもので、気性の荒い体育委員長の子安としょっちゅう反発しあっていた。

 

 書記の松本は気が弱く、二人の口論を目の前にすると、涙を浮かべて逃げ出してしまうこともあったし、会計の市村はそもそも周囲の出来事に無関心で、ただ座ってその様を眺めるというあり様だった。

 

 初期でこそばらばらだった自治会メンバーだったが、顧問教師、科学を担当する伊藤の助力もあって、諍いを起こすことこそあれ、いまは充分にまとまっていると言えた。

 

 自治会内を一つにまとめあげた奈津希が次に着手したのは、かねてから要望の多かった(もちろん、当の奈津希本人が神姫オーナーだったから、というものあるが)、学園への神姫の持込を規則で認めさせることだった。

 

 それまでの学園規則では、神姫の持込について明確なルールが定められていたわけではなかった。ただ、学業に不要なものとして、風紀委員や教師の判断において、議論も行われず、コンセンサス無きままに、持ち込みが認められていなかっただけだ。

 

 そこで学園自治会がまず行ったのは、神姫持ち込みに関する議論の喚起だった。駄目なら駄目で、きちんと規則に明記するべきだ、と。その旨を学園側に要求し、そして彼らは神姫の持ち込みは、原則的に禁止することを、新たな規則として制定することを学園会において発表した。

 

 全面的な禁止ではない。原則的に禁止するということは、例外があるということで、それは学園の神姫部とその部員において適用されることもまた、規則に明文化されることになった。

 

 当然のことながら、学園内に多数存在する、神姫部に所属していない神姫オーナー達は真っ先にこれに反発した。神姫部は実質、特権を得ることになり、なぜ一般の学園生がそのような仕打ちを受けなければならないのか。

 

 これで、神姫持ち込みの是非に関する議論が始まることになり、神姫を所持しない、特に運動部系の学園自治会メンバーも、学園規則の現状を変えるいいきっかけになるだろう、という加藤の言葉を受けて、議論に積極的に参加するようになった。神姫に限らず、現行の規則に不満を抱えている人間は多かった。

 

 議論開始当初、学園自治会内で神姫持ち込み反対派に回るだろうと目されていた風紀委員長の校倉は、神姫持込については規則に明文化されてない以上、規則違反か否かについてはグレーゾーンとしか言えず、今までは教師の意向に従っていただけで、議論の結果が出たのならば、それに従う、と中立の立場を示した。

 

 教師陣はというと、若手教師については、概ね中立、乃至は持ち込みに賛同する意見が見られた。というのも、彼ら、彼女らの中にも神姫オーナーがいたからで、逆にベテラン以上の教師、つまり年配組は強硬に反対した。

 

 彼らの中には神姫オーナーは殆どと言っていいほどおらず(いい年こいてお人形遊びはみっともないものな、とは市村の弁だ)、おまけに年を食っていて頑固だ。そもそも彼らは新しい事物に対しての知識や理解が欠落していて、ワイヤレスネットワークすら満足に扱えない者までいた。コムリンクの代わりとして、携帯電話を未だに使っているという有様だった。

 

 そういった連中に、神姫について説明を行うのは、骨が折れる仕事だった、と奈津希はしみじみと思い出した。彼らのロボットに対する認識は、ロボット、イコール、ハイヤードガール程度のものだったのだから。確かに、ハイヤードガールはロボットに違いなかったが、神姫はハイヤードガールとは全くの別物だった。神姫は、自律して思考し、行動することができる。高度なAIを搭載したMr.ハンディでもこうはいかない。彼女達は全くの、自由だ。だからといって、Mr.ハンディやハイヤードガールが神姫よりも劣っているかというと、それはまた別の話になる。

 

 奈津希は、神姫の学園生活における有用性を、神姫を用いて不登校児が改善された事例(悪化した例もあるのだが)などを用いて、粘り強く教師達に訴えかけた。結果として、その説得が効を奏し、神姫の学園持ち込みは認められたが、これは顧問の伊藤が集めてきた資料と、加藤の冷静で客観的な弁舌によるところが大きかった。

 

 結局のところ、奈津希はこの件について大きなことをなしたわけではないのだが、学園生の多くはこれを彼女の手柄と考えた。

 

 学園への神姫持込が認められたことを報告する学園定例会が終わってから、奈津希は「私は何もしていないのに」と加藤にもらした。「それなのにみんな、私のことを」

「いいや、間違いなく、お前の手柄だ」と加藤は答えた。「お前の情熱が、俺を、みんなを動かした。リーダーというのは、そういうものだ。誰かを動かす何かを持っている。俺達はそれに従ったまでだ」

 

 自分の情熱。奈津希は、家だけではなく、学校でもシェントと一緒にいられたら、そして、他のみんなも同じように出来たのなら。そう思って、学園への神姫持込を自治会の案件として取り上げた。きっと、他の学園生も同じ気持ちだと思っていたからで、情熱などと言われると気恥ずかしい気がした。そして同時に、そういうことを顔色一つ変えずに言える加藤の懐の広さ、と言うべきか、あるいは学園生離れしたところに感服したのだった。

 

‹‹マスター、マスター››PANを通して、鞄の中にいるシェントが話しかけてくる。‹‹そろそろ始まりますよ››

 

 そうね、と同じくPANでシェントにショートメールを返信し、奈津希は三階への階段を上がる。

 

「さぁって、そろそろみんな大好き、神姫の話と行こうかな」

 

 今日のニュースを伝え終わったユッキーが、毎日恒例の神姫の話を、いつもどおりの時間に始めようとしていた。これもKNRの人気の理由の一つとなっている。

 

「最近、瑚南見学園ではいろいろ起こっているみたいだねえ。ちょっと前に神姫の持ち込み自由化が認められたっていうし。いいぞー、頑張れ、瑚南見学園自治会会長ー!応援してるヨー!」

 

‹‹……だそうですよ、マスター››とシェント。

‹‹どれだけ情報網広いのよ、もう››

 

 自治会室に向かう途中の廊下に誰もいなかったのは幸いだった。学園生でもいたら、どんなことを言われただろう。

 

「で、その瑚南見学園なんだけど、みんなはもう知ってるかな?さ来週の日曜日、瑚南見学園で神姫フェスティバルが行われるみたいだよ。ま、早い話がお祭りだね。瑚南見学園生じゃなくっても入場オッケー。フリーマーケットや、個人や団体での出し物も受け付けてるから、よろしくね!」

 

 続いて飛び出してきたユッキーの言葉に、奈津希は驚いた。まだごく一部でしか宣伝していないはずなのに、何故神姫フェスティバルのことを知っているのだろう。

 

「なんと!驚くべきことに学園生が主体となって行われる神姫フェスティバルは、これが初めてなんだよね。だからさ、絶対に成功させて欲しいなぁ、ってユッキーも思ってるワケ。そうすれば、他の学園でもきっと同じようなことをすると思うし、もっと別の、面白いことを始めるかもしれないしね。それってすっごく楽しそうじゃない?オーケー?わかったらみんなも協力してね!ユッキーからのお願い!」

 

 ユッキーの言う通り、今回の神姫フェスティバルは学園生が主立って行うものとしては、瑚南見市始まって以来初めてのものだった。学園生の主体性を育むという名目としてはこれ以上ないものだったし、奈津希としては、学園生だけではなく、瑚南見市に住むみんなに、神姫をもっと楽しんでもらいたいという思いがあった。

 

 それで、今回の神姫フェスティバルにつながるというわけだった。これを学園側に認めさせるのは、意外と簡単だった。加藤が、体育祭や文化祭以外にも目玉となるイベントがあれば、学園の人気は高まり、来年度以降の新入生は確実に増えるだろう、と校長に吹き込むと、快く予算を出してくれた。

 

‹‹KNRで取り上げられるなんて、注目されてるんですね››

‹‹というか、KNRで取り上げられたから、明日から結構とんでもないことになるんじゃないかしら。出し物の申し込みが殺到したりね。スペース、足りるといいんだけど››

 

 学園の校庭や体育館だけで足りるだろうか。教室を一部使うことになるかもしれない。加藤に相談するべきだ、と奈津希は思った。応募者には申し訳ないが、抽選方式を取ることも考えられた。

 

「ではでは、今日もKNRを聴いてくれてありがとうね!ここで一曲かけよっか。えーと、今日はね、ちょっと古い曲、1941年だから、すっごーい、ちょうど100年前のだよ!古いけど、とってもいい曲だから、聴いてみて。それじゃ、かけるよ。曲名は“I don’t want to set the world on fire”」

 

 KNRのARウィンドウが切り替わる。ユッキーは消え失せ、変わって、KNRのロゴが映し出された。音楽が始まる。

 

“I don’t want to set the world on fire.”

 

 ゆったりとしたテンポ。初めて聴くのに、何処か懐かしく、優しい気持ちにさせてくれる曲だった。

 

“I just want to start a flame in your heart.
In my heart, I have but one desire.
And that one is you, no other will do.”

‹‹素敵な、曲ですね››

 

 シェントが言う。いつも大人しくて、優しくて、困ったときには助けてくれて、悲しかったり悔しかったりしたときには慰めてくれるシェントが好みそうな曲調だ。

 

“I lost all ambition for worldly acclaim.
I just wanna be the one you’d love.

And with your admission that you’d feel the same, I’ve reached to the goal I’m dreaming of, believe me.”

 

そしてまた、いまの自分の気持ちにもよくあう曲だ、と奈津希はユッキーの選曲に感心した。世界に火をつけたいなんて、思ってはいない。ただ、自治会のみんなと、そしてシェントと一緒に、学園をいい方向に変えたいと思っているだけ。

 

“I don’t want to set the world on fire.

I just want to start a flame, in your heart.”

 

 曲が終わるころには、自治会室についていた。KNRとの接続を切る。ARウィンドウが消える。

 

 ドアを開ければ、待っていたと言うように加藤が顔を上げた。書記の松本はいそいそとホワイトボードに今回話し合う議題を入力していた。会計の市村と、力仕事担当の体育委員の子安もいる。他の委員長も含めて、ほとんどの学園自治会メンバーがそろっていた。神姫フェスティバルの開催が正式に決定してからこっち、多くの委員が積極的に参加するようになっていた。それぞれが席につく。

 

「お待たせ」

 

 自治会室の中央に円卓状に並べられた机、その中の自治会長席につくと、隣の加藤が静かに言った。

 

「大丈夫です。こっちはそろっています。自治会長、始めて下さい」

 

 奈津希は頷くと、「シェント」と自分の神姫の名を呼んだ。シェントが鞄から身を乗り出すと、奈津希は彼女をそっと手に取り、机の上に運んでやる。

 

 アーンヴァル型神姫、シェントは、机の上に立つと、しゃんと背筋を伸ばした。自治会長の神姫が、自治会メンバーの前でだらしない姿を見せるわけにはいかない、と彼女は思っていた。そんなことで、奈津希に対する自治会メンバーの信用を損なってはならい、と。もっとも、奈津希本人はそんなシェントを、いつもどおりに振舞っている、とみなしていた。シェントは普段から礼儀正しく、しっかりしている。

 

 改めて、奈津希は席についた自治会メンバーを見渡してから口を開いた。

 

「それでは、これより瑚南見学園自治会定例会を始めます。礼」

 

 奈津希の言葉に従って、自治会メンバー全員が頭を下げた。シェントもそれに倣う。自分も自治会メンバーであるかのように。

 

「よろしくお願いします」とメンバーが声を揃えて言った。

「着席」

 

 続けて、加藤が進行役となって定例会を始める。自治会会長は奈津希だが、このような仕事は加藤がやる。それで奈津希がなにをやるかというと、座って会の進行を見守るだけだったりするのだが、誰も不満を言うものはいなかった。当の奈津希自身も含めて。適材適所だと思っている。実際に、いまのところ自治会は全く問題なく、円滑に活動を進めているのがその証左だ。

 

「それでは各部署ごとに、これまでの進捗状況の報告をお願いします」と奈津希。

 

 それに応えて、体育委員長の子安が、準備の進み具合を簡潔に伝える。子安はサッカー部のキャプテンを務めていて、体育会系の、要するに体力に自信のある連中からの人望は厚かった。子安は他の部活から協力者を積極的に募り、施設の設営といった仕事を順調にこなしていた。

 

 それが終わると、会計、事務と、報告が行われた。全ての面において、準備は整いつつある。奈津希は満足そうにその様子を眺めている。うまく行くに違いない、と思う。今度も、きっと。この仲間たちがいれば。自治会長就任当初とは違って、いま、自分は、間違いなく自治会メンバーを信頼しているし、彼らも、自分に対してそのように思ってくれているに違いない。そうでなければ、放課後に、強制もされずに会合に出席するはずがないのだ。若い、遊びたい盛りの学園生が。

 

 かつて、加藤が言ったように、本当に自分には人を動かす力があるのだろうか。いまの自治会メンバーを見ると、それはあながち間違いではないような気もしてくる奈津希だった。

 

 最後に、シェントが神姫の立場から、様々な指摘と提案を行う。シェントが会議に出席するようになったのは、加藤の提案によるものだった。実は奈津希が神姫を持っている、ということを知った加藤は、ならちょうどいい、彼女の意見も取り入れよう、ということで、自治会に呼び出したのだった。もちろん、教師には秘密だ。知っているのは自治会後見人の伊藤だけだった。

 

 何もかもがうまく進んでいる。そう思っていた。しかしそれが甘い幻想だということには、自治会メンバーは誰一人として気づいてはいなかった。
 
 
 

 翌日。放課後。

 

 奈津希は自治会室で、神姫フェスティバル用の資材について、加藤、市村といった、裏方の人間と話し合っていた。彼女の肩には、シェントが座っている。

 

「神姫サイズのステージは用意できたけど、バトルステージはどうするんだ」と市村が言う。彼のARデバイスはARウィンドウで一杯だ。

 

「大丈夫だ、話はつけてある」と加藤。「瑚南見神姫センターに、この間行ってきた。バトルフィールドは何とかなりそうだ。移動式のセット一式を都合して貰えるそうだ。運用スタッフ込みで」
「神姫センターに?話がでかいな。いや、それより、移動式セットなんて、高そうじゃないか。いくらするかは知らんが。それをよくポンと出す気になったよな」
「苦労したよ。何度も通った。交換条件も出した」
「なにを出したんだ」

「広告だよ。神姫センターの宣伝をやるっていってやったのさ。新商品や、サービスとかの。ま、昔からある手だったが、上手く働いてくれた。じゃあついでに、ということで、こっちの宣伝ポスターを神姫センターに張り出してくれるようにも頼んでおいた」

 

「宣伝、ですか」とシェントが言う。「そういえば、この間KNRでも取り上げられてましたし、今度は神姫センターですか。ずいぶん大規模になりそうですね」

「まぁな。最初なんだから、派手にやった方がいいだろう、ま、大変なのは次だろうな。初っ端にこれだけのことを俺たちがやらかすんだから、次の自治会連中は大変だぞ。これ以上を求められるんだから」

 

 言われてみれば、それはその通りだ、と奈津希は加藤の言葉は的を射ていると思った。自治会は、学園側にあらたな例年行事として神姫フェスティバルを提案し、それが学園側に大きなメリットをもたらすことを説明し、納得させることで協力を取り付けたわけで、例年行事ということは次の年もやる、ということに他ならない。もっとも、この神姫フェスティバルが失敗に終わり、最初で最後、ということにならなければの話だが。それ故に、自治会は各方面に様々な支援をとりつけ、活動している。そうした、自治会外で神姫フェスティバルに関わっている人間は、直接的、間接的な者も含めればかなりの数に上るし、彼らの期待もまた、大きい。それ故に、失敗は絶対に許されなかった。

 

「違いねえ」わずかに唇の両端を持ち上げながら、市村はコムリンクに無線接続されたシート型キーボードを撫でるように操作する。「しかし、こんなちっちゃなロボットが、戦うのか。実際、どんなもんなんだろうな。なぁ、会長、会長はバトルはやったことあるのか」

「ええ、少しだけ」

 

 言いながら、奈津希はシェントと初めて神姫バトルに赴いた時のことを思い出した。

 

最初は、バトルなんて想像もしていなかった。ただ、可愛いロボットだから親にねだって買ってもらったのだ。今思えば、大変大人気ない行為ではある。

 

 起動してから二、三週間ほど過ぎた頃だろうか。シェントと一緒に街へ買い物に行ったときのことだ。神姫センターの側を偶然通りかかり、シェントにも何か買っていこうと思い、立ち寄ったのだった。神姫センターに入るのは初めてだったが、アパレル関係を取り扱っているということを、奈津希は知っていた。そして、そこでバトルが行われているということも。

 

 1階の売り場で、シェントに神姫サイズのセーラーを買い―――当時はまた神姫の持ち込みはグレーゾーンで、せめて制服だけでも買い与えて、一緒に学園にいっている気分になれるようにと思ってのことだった。包装されたセーラー服をシェントに渡し、そのことを伝えると、シェントは花のように微笑み、その笑顔はいまでも、奈津希の瞼に焼きついている。

 

 買い物を済ませて帰ろうという段になって、シェントは奈津希に意外な提案をしてきた。それは、神姫バトルへの参加だった。

 

 シェントは言った。「マスターの贈り物にお礼をしたい。勝って、マスターを楽しませたい」と。

 

 そう言うシェントの気持ちは嬉しかったが、奈津希は不安だった。いままでバトルなんてしたことはないし、万が一、シェントが怪我をしたら困るし、悲しい。だからといって、バトルなんてやめろとは、彼女の気持ちを否定してしまうような気がして、とても言うことは出来なかった。

 

 わずかな不安を胸に、奈津希とシェントはバトルに向かった。バトルの形式は複数あって、奈津希は、係員が言うもっとも分かりやすく、初心者にお勧めの形式、『デュエル』に登録した。デュエル、決闘。1対1の戦いだ。

 

 バトルで、シェントがどのように戦い、そして、勝ったのかは、実のところ奈津希はよく覚えていない。というか、よく見ていなかった。シェントが怪我をしないかどうかだけが心配で、相手が攻撃するたびに避けて!とか、ピンチになると目を塞いで叫んだりもしてしまった。それでも、シェントは勝利を収めた。怪我はしなかった。

 

 後で、『デュエル』は初心者がよく参加する形式で、そのときのバトルの相手も初心者だったということを、奈津希は知った。瑚南見市のセンターでは、初心者には初心者を当てることが多いということも。無用なトラブルを防止するためらしい。

 

 帰ってきたシェントは、「マスターのために、勝ちました」と、また花のような微笑を見せる。シェントの顔はバトルのせいで少し汚れていたけれど、それだけで、不安で一杯だった胸の内は喜びで満たされたのだった。

 

 以来、ちょくちょくと神姫センターに行っては、バトルを行っている。もう両手では数え切れないくらいには。

 

「あんまり強くないですけどね」とシェントは苦笑する。
「ふぅん、見て面白そうだったら、俺も買うかな、神姫。加藤、お前もどうだ」
「何故俺に振る」
「お前しかいないだろ、いま、ここで、俺以外に神姫持ってない奴」
「それはそうだが」少しだけ思案し、「考えておくよ」

「くくく、クールで女子に人気の自治会副会長が神姫か。想像したら笑えてきた。是非買ってくれよ。今度の自治会報はそれで行こうぜ」

 

「……そうなの?」と奈津希。
「あん、なにが?」
「いえ、なんでもない」
「変な奴だな……それより仕事だ。機材の件なんだが、神姫サイズのステージは手配済、バトルステージもなんとかなった。あとは、放送機材か。学園においてあるのを使うか。あれってワイヤレスだよな、確か」
「体育祭とかで使うやつだったら、バッテリー内臓式のワイヤレスだ。設置して、ワイヤレス接続の設定を行えばすぐ使える」と加藤が答える。

「じゃ、それでいこう。音響関係なんだが、神姫コンサート、だっけか、神姫が歌うの。どうでもいいが、なんでもかんでも神姫ってつければいいってもんじゃないだろ。安直過ぎないか。誰だ、これ考えてるのは」

 

「悪かったな」と若干声のトーンを落として、加藤。
「いいじゃない、分かりやすくて」と奈津希。「コンサートに使う機材ね。なにがいるのかしら」

「人間サイズのマイクやミキサー、アンプはあるんだが、神姫サイズとなると話は別だな。これはレンタルするしかない」

 

シート型キーボードに触れ、ネットワークを検索する。市村のARデバイスのウィンドウがくるりと切り替わる。

 

「あと、スポットライト。これは人間サイズのもない。レンタル依頼、出すぞ」
「そうしてくれ」

「オーケー、発注完了」

 

 ワイヤレスネットワークを通じて、注文は業者の所に届く。すぐに返信のメールが市村のコムリンクに届いた。メールの文面を、ARデバイスに表示し、確認する。

 

「問題なし、と。3日後には届くぞ。そしたらまた運動部どもは大忙しだ―――」

 

 不意に、シェントが顔を上げた。視線は廊下側の壁に注がれている。ほどなくして、奈津希にもその理由が分かった。誰かの足音。大急ぎで走っているのがわかる。近づいてくる。

 

 やがて自治会室の扉が勢いよく開かれた。そこから現れたのは、よく知った人物だった。教師、伊藤。学園自治会の後見人役を務める人物で、学園の教師の中では若手の部類に入る。

 

「大変だよ、不慈宮くん」と息を切らしながら、伊藤が言う。「うちの学園生が、喧嘩で、怪我を」

「なんですって?」

 

 奈津希は飛び上がった。学園内で暴力事件とあっては、立場としても、また奈津希自身の性格からいっても、見過ごすことはできなかった。そういったことの処理は、本来、教師の仕事のはずだが。加藤はすぐにそれに気づいた。いちいち教師が生徒会室へ持ってくるというのは不自然だ。何かあるに違いない、と。

 

「まぁ、落ち着いてください、先生。学園生が怪我をしたというのなら、保健室にいるんですよね?」

「そ、そうだ」

 

深呼吸。伊藤は息を整える。
「いま、校医の幕栖さんが手当てをしている。ただ、神姫のほうが。神姫用の治療装置なんて、学園には置いてなくって」
「神姫も怪我をしたのか」と市村。

「それでしたら、自治会が神姫フェスティバルに備えて用意しておいた応急キットがあります。それを使えば」

 

 奈津希の肩の上、シェントが言った。神姫が万が一怪我をした時のために、と応急キットの準備を提案したのは彼女自身だった。

 

「それはどこに?」
「隣の、準備室だ。市村、取ってきてくれ」

「あいよ」

 

 市村は廊下に出て、隣の準備室へ向かう。

 

「不慈宮、俺達は保健室へ行くぞ。事情聴取だ。多分、自治会に関係することだろう。そうでなければ、伊藤先生がここへ来るはずがない。そうでしょう?」
「そうそう、そうなんだ。被害を受けた学園生が、神姫フェスティバルがどうとか言っていて。君達に知らせた方がいいと思ってきたんだ」

「神姫フェスティバル、が?」

 

 神姫フェスティバルがらみでこのような事件が起こるとは、奈津希にとっては全くの予想外だった。自分たちがやろうとしていることが原因で、誰かが傷つくなどというのは考えてもみなかった。誰がやったのか、なにを目的にしているのかも、皆目見当がつかない。

 

「取ってきたぞ」

 

 ペンケース程度の大きさの箱を手に、市村が戻ってくる。

 

「行くぞ、不慈宮。ここで考えていても仕方がない。まずは、事情聴取だ。考えるにしても、情報は多いほうがいい」

 

 言って、加藤は自治会室を出る。その後に伊藤が続く。

 まずはその被害者に会うことだ。奈津希は考えた。そうすれば、誰がやったのかも、その目的も、わかる。それがはっきりすれば、対抗することも可能だ。奈津希はまだ見ぬ犯人に対して、静かに怒りを燃やした。

 

「マスター、私たちも行きましょう」

「ええ」

 

 自治会室を後にし、奈津希とシェントは階段を降りる。瑚南見学園校舎1階、保健室を目指して。

 

 

 

 

 保健室の扉を開けると、アフロの女医・幕栖が奈津希たちを待っていた。窓際に並べられたベッドの一つには、被害者と思しき学園生が腰かけ、幕栖のデスクの上には、怪我をしたエスパディア型神姫が横たわっている。装甲はひび割れ、右上腕部は大きく割けていて、そこからアクチュエータの機械部品が顔を覗かせている。無残な姿だった。

 

「こりゃひどい」

 

 市村は、すぐに幕栖と共に神姫の治療にあたった。二人とも神姫を治療した経験はなかったが、治療キットに埋め込まれたマニュアルが、ARを通じて必要な知識を提供してくれる。

 

「上手く行きそうか」ベッドの側の椅子を奈津希に勧めながら、加藤は聞いた。
「なんとかな」と市村が答える。「つっても、これでできるのは応急処置だけだからな。後で神姫センターへ行った方がいいぞ」
「うわ、市村君、器用ね」と慣れない手つきでキットを触りながら、幕栖。「お医者さんになれるんじゃないの?」
「冗談言ってないで、そこのパッチ取ってくれよ」
「これ?」

「そう、それ……よしよし。ひどい怪我だが、大丈夫だ、CSCはやられちゃいない」

 

 加藤が勧めた椅子に腰を下ろし、奈津希は胸をなでおろした。安堵感。神姫は怪我をしていても、壊れてはいない。不幸中の幸いだった。

 

「君が被害者か」立ったまま、加藤は聞いた。「学年と、名前は?」
「2年C組、浜野剛」と弱弱しく、彼は答えた。
「聞いての通り、君の神姫は無事だ。心配することはない」
「ありがとうございます。ディアに何かあったら、俺は」
「お礼なんていいのよ、それより―――」と奈津希。「詳しい話を聞かせて欲しいの。誰がやったの?神姫フェスティバルと関係があるって、伊藤先生から聞いているんだけれど、私たちがやろうとしていることで、あなたに迷惑をかけてしまったとしたら、謝らないといけない」

「そんな」浜野はかぶりを振った。「奈津希さんも、自治会も、悪くない。これっぽっちも。悪いのは、あいつらだ」

「あいつら、とは?」と加藤。「うちの学園生か?」

 

 可能性としては、考えられることだった。

 

 ある事案に対して人々の反応は、大まかに三つに分けられる。賛成、反対、そして、どうでもいい。この、三つ。神姫フェスティバルとて例外ではない。事前調査で大多数の学園生は神姫フェスティバルに賛成である、という意見が得られてはいたが、反対と言う意見もゼロではなかった。それは神姫を持っていない学園生に顕著に見られた。結局、楽しめるのは一部の人間だけだろう、と。

 

 そういう反対勢力が、何らかの形で神姫フェスティバルを妨害しようとしているのではないか。しかし、やり方が過激ではないだろうか、と奈津希は思った。自分だったら、まず話し合いを持つ。自分たちが神姫フェスティバルに対して持っている、不満、懸念を伝える。自治会はそれをもとに、改善案や、代替案を出すことになるだろう。結果として、双方の妥協が得られれば良い。

 

 しかし、相手は、そうしたプロセスを経ずに、いきなり暴力に訴えてきた。そのことに、奈津希は危機感すら抱いている。加藤も同じ考えを持っているということは、いつも以上に険しい彼の表情から、分かる。話し合いの通用しない相手ほど厄介なものはない。

 

「いえ、違います」と浜野。「他の学園生です。戸成野学園の制服を着ていました」

 

ううむ、と加藤の喉から、唸りとも、ため息ともつかない音が漏れた。

 

「戸成野学園か」

「よその学園ねぇ。わざわざご苦労なこったな」

 

 エスパディア型神姫、ディアの治療を終えた市村が言った。

 

「戸成野市からこっちまで電車ですぐっていったって、ずいぶん暇なんだな、奴さん。俺たちは神姫フェスティバルに向けて大忙しだってのに」
「浜野君、なにが起こったのか、詳しく聞かせてくれないか」

「……校門を出て、すぐでした」浜野は訥々と語り始めた。「ディアと一緒に、いつも通りの道を、いつものように帰ろうとしたら、戸成野学園のやつらが出てきてこう言ったんです。『瑚南見学園のやつか?神姫バトルをしようぜ』と」

 

 加藤は黙って聞いている。奈津希は、浜野に続きを促した。

 

「俺は、嫌だと言って逃げようとしたんだけど、すぐ囲まれて、あいつらの神姫がディアを三人がかりでひどい目にあわせたんだ。俺も、あいつらに捕まってひとしきり殴られたあと、リーダー格の男が『お前たちのやろうとしている神姫フェスティバルを潰す。自治会長にそう伝えろ』って」

「確かか」
「はい、間違いなく、そう言っていました」
「目的は神姫フェスティバルの妨害、か。ま、なんとなく読めてはいたが」と市村。「それで、自治会長、どうするんだ。戸成野学園の連中にされるがままでいいのか」

「よくない」

 

 今まで費やしてきた時間と、みんなの努力を無駄にさせてたまるものか。奈津希は戸成野学園生に対抗することを決意する。

 

「そんなこと、絶対にさせないんだから。それに、人の神姫にこんなひどいことするような連中、許して置けるものですか」

 

 学園と、学園生を守るのは、自治会長としての責任だ。それを全うしなくてはならない。そして、なによりも、もう一つ。同じ神姫オーナーとして、このような行為は許せなかった。人を幸福にするために作られた神姫を使って、なぜ人を傷つけるのか。

 

 奈津希は静かに、小さな拳を、しかし固く握り締めた。
 
 
 

 例の事件から、瑚南見学園自治会は神姫フェスティバルと、そしてそれに付随するもう一つの問題、戸成野学園からの妨害をも念頭に入れた活動を行うようになった。運動部の中の腕っ節に自信があるものと、風紀委員とで警備隊を組織し、神姫フェスティバルの治安維持を図った。

 

 しかし、彼らが相手にできるのは人間相手の話であって、それ以外、つまりは神姫を相手にすることは困難だという指摘がなされ、奈津希たち自治会メンバーは戸成野学園生たちが持つ神姫対策を考えなければならなかった。

 

 その日の自治会室には、自治会メンバーの全員が出揃っていた。もちろん、神姫対策を考えるために。

 

「神姫ったって、結局は、玩具だろ」と子安。「俺たちがどうにかするさ」

「そう簡単に言うがな、子安、ものによっては、空を飛ぶし、人間じゃ手が届かない隙間にだって入りこめる。すばしこい奴だっている。サイズの差は致命的だ。当然、神姫が人間を傷つけるのは難しいだろうが、神姫が神姫を傷つけることは出来るんだ」と加藤は、子安の楽観論を否定した。「無関係の神姫を、問答無用で傷つけられる連中だ。何をしてくるか分からんぞ。しっかりした対策を立てておかないと」

 

 自治会の目的は、神姫フェスティバルを平穏無事に終わらせることだったから、たった一人の、たった一体の怪我人も出したくはない。しかし、こちらの意図とは全く逆に、明確な悪意を持って被害をもたらそうとする勢力がいる以上、予防策を張らねばならない。平穏は見返りとして、終わりのない警戒を要求するものなのだから。

 

「神姫には、神姫です」と奈津希と共に会合に出席していた、シェントが言った。「サイズ差が問題でしたら、同じ神姫で対抗するべきです。おそらく、それが最善手だと思います」

 

 事実、神姫に対して神姫を使うのは、さして珍しいことではなかった。対イリーガル戦でも神姫は使われるし、瑚南見市の警察―――神姫課もそれに関しては同じだった。そして、企業神姫や神姫BMAも。それはただ単に、もっとも安価な対抗手段が神姫だから、というのもあったのだが、とにかく、神姫に対抗するのに神姫を使うのは、現在の所、自治会が取りうる手段としては最良のものと見て間違いなかった。

 

「たった一体で、か?」と加藤が指摘する。「話を聞く限り、相手は複数、神姫も複数。具体的に、何人、何体いるかもわからない。それに対して、こっちはシェント一体。話にならない」

 

 加藤の言うとおり、自治会側が所有する神姫は、奈津希のシェントだけだった。現在のところ、他に神姫を所有している自治会メンバーはいない。

 

「それだったら、いま見つけたんだが、いいところがあるぞ」とコムリンクをいじりながら、市村。「要は、神姫がいればいいんだよな。それもたくさん」
「何か手があるのか」
「神姫部さ。餅は餅屋ってね」

「そういえば、うちの学校、いちおうあるのよね、神姫部」

 

 思い出したように、奈津希は言った。普段、表彰されたりするスポーツ系の部活や、吹奏楽部や美術部の陰に隠れて、ひっそりとではあるが、瑚南見学園にも神姫部は歴然と存在していた。

 

 それが、部として、どのような活動を行っているのかというと、実のところ奈津希もあまり詳しくはなかった。言われて気づくくらいなのだから当然と言えば当然だし、学園自治会長ですらこうなのだから、他の学園生に至っては言わずもがな、ではある。

 

「もしやと思ってな、学園の部活一覧を呼びだしてたんだ。そしたら、あった。神姫部。いやあ、あったんだよな。俺も忘れてた」
「ああ、あるある。あるよ。体育館の一室を使って、やってる」と子安。「雨の日にバスケ部と一緒に体育館で練習してるときに、神姫部、って書かれたドアがたまに目に入るんだ」
「部活内容は?」と加藤が市村に聞く。
「まぁ、当たり障りなく、神姫バトルの練習、各種大会への参加、ってなってるよ」
「それを信じるとすれば、バトル慣れした神姫がいるということになるな」

「そうだな。神姫フェスティバルの成功は、彼らにとっても有益だろうからな。説得は簡単だろう。そうでなくったって、学園の一大事だ。快く協力して貰おうじゃないか」

 

 奈津希は頷いた。

 

「それでいきましょう。神姫部の協力を取り付けにいく。加藤、シェント、一緒に来て。市村君は神姫フェスティバルの準備を進めて。子安は、風紀委員と神姫フェスティバル警備について、調整を」
「ほいきた」

「おうよ」

 

 席を立ち、奈津希は自治会室を出る。加藤と、そしてシェントと共に。

 

「なにか嫌な予感がするんだがな」
 階段を降りる途中で、加藤が言った。
「どうしたの」と奈津希は振り返る。

「いや、どうもな」加藤は何かを考えるときはいつもそうするように、顎に手を当てながら言った。「ろくな実績がない、というのが気になって」

 

 もちろん、それは奈津希にしても同じことだった。きっと、シェントも同じような気持ちだろう。瑚南見学園神姫部には、目立った実績がない、というか、そもそも存在感が希薄だ。そんな連中に助力を求めるのは、希望よりも不安が先に立つものではある。

 

 しかし他によい手段があるわけでもなく、奈津希は楽観的ではあると自覚しつつも、会ってから決めればいい、と加藤に答えた。とにかく、会わねば話にならないのだから。

 

 体育館についた二人と一体を歓迎してくれたのは、バスケットシューズが床を磨く音だった。運動部員達にも神姫を持っている者はいたが、それはそれ、これはこれ、だ。いまは部活に集中している。

 

 瑚南見学園の体育館。その一室を、神姫部は部室として使っていた。

 

 扉の前に立って、ノック。開ける。

 

「瑚南見学園自治会です。こちらが神姫部でしょうか」

 

 神姫部部員たちが、奈津希の言葉に振り向いた。しかし、奈津希は、彼らではなく、彼らが囲んでいるものに、注意をひきつけられた。

 

 さほど広いとは言えない部室のスペースにあって強烈な存在感を誇示する、人間にとっては小さな、しかし考え方によっては巨大な建築物だった。小さめの冷蔵庫ほどの高さに、白い壁、窓。何かの家のようだ。それが長い机を寄せ合わせて作った、土台の上に鎮座している。これは、家だろうか?何のための?

 

「何の用?」

 

 神姫部部員が、つぶやくように奈津希に聞いた。建造物に圧倒されていた奈津希は、視線を正す。

 

「はい、瑚南見学園自治会から、神姫部の皆さんに、ご協力していただきたいことが」
「ああ、もしかして、神姫フェスティバルのこと?」と部員の一人が言う。
「はい、その通りです」
「それだったらね、もう準備万端なんだ」

「へ?」

 

 何の話をしているのだろうか、と奈津希は一瞬、面食らう。鳩が豆鉄砲を食らう、というのは、まさに今の自分のためにあるような言葉ではないだろうか。実際に、鳩が豆鉄砲を食らったところを見たことはないが。

 

 奈津希の思考をよそに、神姫部員は、部室の隅に置かれていたダンボールを、テーブルの上、例の建造物の隣に置いた。

 

「これは?」と奈津希。

「うん、僕達はね、今度の神姫フェスティバルで店を開こうとしてるんだ。で、これがその商品」

 

 ダンボールの上部を開くと、ビニール袋に小分けされた、十二分の一サイズの瑚南見学園女子制服が詰まっていた。

 

「どう?いい出来でしょ」

 

 誇らしげに、神姫部員が言う。

 

「神姫に合うようにサイズ調整するの、大変だったんだよ」ともう一人の神姫部員。「ま、一番難儀したのはディティール再現だねえ。っていうか、僕ら男子は女子制服なんて持ってないし。女子に頼んで貸して貰うのも、なんだか変態っぽいし」

「そうだよなあ。普段見てるのに、実際、細部がどうなってるかなんて分からなかったからな。だから、部員皆で女子が着てる制服を必死に観察したり、撮影したりしたっけ」

 

 そっちの方が変態っぽい気がするのだが。口に出したい気持ちを抑えて、奈津希は袋に入ったままの小さな瑚南見学園女子制服を手に取る。なるほど確かにいま、自分が着ている瑚南見学園の制服を忠実に再現している。材質もそれなりだし、作りも悪くない。売り物として充分通用するだろう。

 

 しかし、今はそれに感心している場合ではない。

 

「えーと」奈津希は制服をダンボールに戻す。「これって……なに?」

「だから、神姫フェスティバルに出す商品」

 

 あっけらかんと、神姫部員は答えた。

 

「それはわかるんだけど……」
「僕たちが神姫フェスティバルでなにをするか、視察しにきたんでしょ?」
「いえ、そうじゃなくて」

「ああ、ごめんね。神姫たちの紹介がまだだったね。ほら、みんな、自治会長さんが皆のことを見に来たよ。出ておいで」

 

 神姫部員が手を叩くと、例の家の扉が開いて、神姫たちが姿を見せた。どれもこれも、白、黒、青、ピンクと、色とりどりの衣装を身に纏っている。

 

「初めまして」

 

 薄いブルーの衣装、ちょうど『不思議の国のアリス』が着ているようなエプロンドレスを着たアーンヴァルが、スカートの裾を少しだけ持ち上げて、頭を下げる。

 

「私はシルル。神姫部部長の八幡克行の神姫です」

「え、ええ。初めまして」

 

 ある予感が、奈津希の心の中に生まれた。あの建造物は、神姫の家、いわゆる神姫ハウスと呼ばれるものだ。そして、そこに住まう神姫たちは、全員が美しい衣装で着飾っている。これは、これはもしかして――――――

 

‹‹マスター、この方たち、もしかして››

 

 PANで胸ポケットの中のシェントが話しかけてくる。彼女も、奈津希と同じ所感を抱いたに違いなかった。しかし、まだ決まったわけではない。

 

「あの、シルルさん。少し質問してもいいかしら」
「はい、私に分かることであれば」
「神姫部ではどういう活動を?」
「みんなで歌や踊りの練習をしたり、マスターの新しい服を作る作業をしたり、ですね」

「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 予感的中。奈津希の喉から、悲鳴とも、ため息ともとれる声が漏れ出る。

 

「どうした、奈津希。いきなり変な声出して」と加藤。

「加藤……この人達たぶん、非武装派……」

 

 非武装派というのは、バトル以外の神姫のもう一つの側面と呼ぶべき楽しみ方、あるいはそういった楽しみ方を重視するオーナーや神姫に対する呼称として定着していて、それはようするに、”リカちゃん人形2041年版”だった。

 

 バトル派のオーナーが神姫に思い思いの装備を施すように、彼ら/彼女らは、神姫に自分が作った、あるいは市販のもので、自分が気に入った衣装を着せたりする。もちろん、バトルのためではない。ただ、自分の神姫をより美しく、あるいは可愛く彩るために。

 

 神姫のこうした楽しみ方は、当初から歓迎されていたわけではなかった。非武装派という概念が生まれたころ、とくにバトル派のオーナーたちの間では、「非武装派の連中はバトルする度胸もないオカマ野郎」というステロタイプがまかり通っていた。それが正しいかどうかはともかく―――その頃の非武装派のオーナーは大半が女性だったから、オカマ野郎というのはあまり正しくない―――偏見を持って見られたのは事実だった。人形遊びは女々しい遊び、というように。

 

 しかし、2037年ごろになると、状況が変わってきた。非武装派でもバトルに積極的に参加するオーナーも現れてきたし、その中でもバトル派のオーナーと比べて遜色のない実力を持った者も出てきた。

 

 そしてそれ以上に、神姫の衣服を扱う会社が増えてきたことが大きかった。これによって、神姫に衣装を着せるという行為が、裁縫技能を持たないオーナーでも容易になり、潜在的にそういう性向を持ったオーナー達に受け入れられた。かいつまんで言えば、神姫アパレル産業は成功したということだった。

 

 そこに目をつけたのが、神姫BMAだ。神姫BMAは、神姫アパレル会社に、ロイヤリティを条件に、”神姫用”という謳い文句を製品につけることを許可した。神姫アパレルの黎明期では、ただ単に1/12フィギュア用、などと、直接的に神姫の名前を出すことはできなかったが、ロイヤリティさえ払えば、おおっぴらに”神姫用”として売り出すことが出来た。そのネームバリューは大きく、多くの会社が喜んでロイヤリティを払った。

 

 結果として、神姫BMAには決して少なくない額の金が転がり込んできたわけだった。そして、神姫BMAはそれだけでは終わらなかった。次に彼らが執ったのは、メディア戦略だった。トリッド、神姫BMA直営のネットワーク・ラジオ、紙媒体、その他諸々を使って、この神姫の新たな楽しみ方を宣伝した。大々的に。神姫アパレル産業の拡大は、神姫BMAに利益をもたらすから、多くの予算がつぎ込まれるのは必然だった。商品の売れ行きは、広告費によって決まると言っても過言ではない。とくに、瑚南見市のようなワイヤレスネットワークが発達し、情報が特に重要な意味を持つような場所では。

 

 かくて、非武装派は市民権を持つようになった。非武装派は神姫BMAのお墨付きを得た、立派な神姫の楽しみ方である、と世間に認知されるようになったのだった。

 

 そうした経緯を、奈津希は知っていた。というのも、奈津希自身も、最初はバトルのことなど考えない、典型的な非武装派の一人だったから。今では、嗜む程度とは言え、バトルもやるのだが、それでも彼女が神姫の新製品で真っ先にチェックするのは、やはり衣服や、小物といった、非武装派の人間が好むものだった。

 

 困ったことになった。奈津希の顔に懊悩の色が浮かぶ。戸成野学園の神姫を撃退するために、バトルの経験が豊富な神姫とオーナーを求めて神姫部にやってきたというのに、まさか非武装派とは。

 

「バトルは全然やったことないんだけどね」と神姫部部長、八幡が言う。「その筋では、それなりの評価を得てきているんだ。ほら、こっちのティオなんか」

 

 そう言って、机の上、一体のパーティオ型を示す。

 

 無表情、と言うよりは、どこか憂いを秘めたような表情のティオは、それに気づくと顔を上げて、頬を鴇色に染めて唇の端を持ち上げた。

 

 奈津希も、パーティオ型のことは神姫カタログで知っていた。見た目、感情の起伏が乏しそうな神姫だ、というのが、パーティオ型に対する第一印象だった。それは、実際にパーティオ型を目にした今でも変わらない。

 

 しかし、それでも、奈津希は見てしまったのだ。彼女の表情を。

 

 感情が希薄そうに見えるパーティオ型でも、こんな顔をするのか。闇夜の中の蝋燭が煌々と眼を射る様に、その顔に仄見える、彼女の内面のせせらぎは、奈津希に鮮烈な印象を与えた。

 

 同性相手に―――神姫を女性とみなすかは、ともかく―――不覚にも、奈津希の胸が高鳴った。

 

「この間の神姫BMA主催のオーディションでは、優勝こそ逃したけれど、特別審査員の人に目をかけて貰ったんだ」

 

 まるで自分のことのように、八幡が言う。ひどく嬉しそうに。他の神姫部員たちもそれに倣って、自分の、仲間たちの神姫たちの話を始めた。今までに神姫部がどのような活動をしてきたのかを含めて。

 

 彼らに、奈津希は深い共感を覚えた。全員、自分の神姫が、いや自分の神姫が好きなのだということが、分かる。バトル派であろうと非武装派であろうと、神姫オーナーに違いはないのだ。

 

守ってやらなくてはならない。奈津希は自分の自治会長としての義務を再確認する。彼らと彼女らは、自分たちで戦う術を持たない、か弱い存在だ。それでも、何かを成そうと日々頑張っている。私は、自分と同じ、神姫オーナーという仲間を助けたい。

 

 「わかりました」と奈津希は口を開いた。「あなたたち神姫部が、どのような活動をしているか、神姫フェスティバルでどのようなことをしたいのかは、理解できたと思います。ところで、学園側に提出してある部活動内容と、あなたたちの活動は大きく食い違っていると思いますが―――」

「それは」八幡が口ごもる。机の上の神姫達も、わずかに身じろぎした。

 

 部員たちの動揺は、加藤にも分かった。彼らが考えていることも。学園には神姫バトルを部活動内容として申請しているのに、現実は違う。これはどういうことだ、けしからん、そう言われているに等しかった。普通だったら、それを理由として、部費の減額や、最悪廃部もあり得るだろう。しかし、奈津希はそのような人間ではないということは、加藤はとっくに承知だ。

 

「可能な限り早急に、訂正してください。学園側には私たちが認めさせます。この件についてはそれで不問とします」と奈津希は静かに言った。
「本当に?」眉を上げて、八幡。

「自治会長に二言はありません。そうよね、シェント」

 

 出ておいで、と言うように、奈津希は胸ポケットを軽く叩いた。それに応えて、シェントが顔を出す。

 

「自治会長としてはもちろん、あなたたちと同じ、神姫オーナーとしても」

「えーと、神姫が自分のマスターを良く言うのはあたり前なんですけど」と前置きした上で「でも、それを差し引いてもマスターはいい人ですよ。嘘なんて絶対つかないですよ」とシェントは言った。

 

 意外なところから、意外な物が出てきたものだ、と八幡は一瞬、目を丸くした。

 

「会長も神姫オーナーだったんですか。それで」
「ええ。だから、あなたたちの気持ちは、分かる。少なくとも、そのつもりよ」
「なるほど、だから神姫フェスティバルを。でも、それって、職権濫用じゃないですか」と別の部員が言う。

「で、でも、いいじゃない。ちゃんと、先生や、学園生の過半数の支持もとったんだし……」

 

 今度は奈津希が口ごもった。その後ろ、奈津希からは死角になっている場所で、加藤は必死に笑いを押し殺している。神姫部からのちょっとした逆襲にうろたえる奈津希が、愉快だったから。

 

「それより―――あ、シェント」

 

 言いかけたところで、シェントが奈津希の胸ポケットから飛び降りた。机の上に着地する。

 

「どうしたの?」
「あの、マスター。制服、少し見てもいいですか」
「ええ。それは」八幡に視線を移す。

「うん、構わないよ。どうぞ、見てちょうだい」

 

 快く頷いた。

 

「ありがとうございます」

 

 ダンボールのふちに手をかけて、その中身を覗きこむ。わぁ、と感嘆の声が漏れた。良い出来だった。奈津希と、マスターとお揃いの制服だ。

 

「欲しいの?」と八幡が聞く。
「いいんですか?」シェントは目を輝かせて、頭を上げた。
「ちょっと、そんな、悪いわよ。神姫フェスティバルの売り物なんでしょ?」
「いいって、一つくらい。サービスさ」

「で、ではお言葉に甘えまして」

 

 ダンボールの淵から降りる。袋に入った制服を、大事に抱えて。

 

「ねぇ、シェントさん」とシルル。「もしよろしければ、いま、その制服を試着していただけませんか」
「ここで?」
「はい、私たちも試着はしてみたのですけれど、やはり、一般の方の意見も聞きたくて」
「そうね、やっぱり、誰かが着ているところってのは、見てみたいね」と神姫部所属のハーモニーグレイス型が言った。「服って、誰かが着るためにあるものじゃない。そういう意味では、この制服はまだ未完成。シェントちゃんが着てくれてはじめて、完成する、って感じかな」

「ええと」

 

 シェントはその場の全員の顔を見回した。反対意見はない。

 

「で、ではお言葉に甘えまして……」

 

 封を開け、制服の袖を通す。サイズはぴったりだった。

 

「これでマスターとお揃いですね」

 

 はしゃぐシェントを見て、知らず知らずのうちに奈津希の顔がほころぶ。そう言えば、最近は自治会の仕事ばかりで、ろくにシェントに構ってやれていなかった、と奈津希は思い出す。その反動だろうか、いまのシェントは、本当に子供のように見える。無邪気で、天真爛漫な。

 

「気に入ってくれたようですね」と言うシルルに、「はい、とっても!」とシェントは答えた。
「自分達が作ったものがさ」とハーモニーグレイス。「誰かに使って貰って、それが役に立ったりして、とにかくその人に喜んでもらえたらさ、やっぱり嬉しいものだよね」

「うんうん、努力した甲斐があるってものだね」

 

 神姫部に来て良かった、と奈津希は思った。あんなに喜ぶシェントを見るのは久しぶりだったし―――ま、あまり相手をしてやれなかった自分に気づかされたことは少しばかり苦い経験だけれど、事実なのだから仕方がない。それはあとでシェントに謝るとして―――他の神姫オーナーと接触を持てたのは、新鮮だった。ちらほらとバトルに参加することはあっても、こうして話をしたり、相手の述懐を聞いたりすることは全くなかった。今回のことで、自分以外の神姫オーナーの考え方を知り、そして何かを学べたような気がする。

 

「じゃあ、私達、そろそろ行くわ」
「うん、自治会長さん。神姫フェスティバルでは、よろしく」

「こちらこそ。絶対に、成功させて見せるから」

 

 神姫部の部員と、その神姫達に見送られて部室を出る。

 

「駄目だったな」

 

 体育館を出てすぐ、加藤が言った。

 

「あれじゃあ、言い方は悪いが、役には立たないだろう」

 

 役に立たない、とは、神姫フェスティバルの防衛には使えない、という意味に他ならないが、言葉の中に、若干の棘があるような気がする。奈津希はそう思ったが、加藤はそういう人間だ、ということも知っている。他意はない。

 

「うん……逆に戸成学園の神姫に、怪我をさせられちゃうでしょうね」

 

 他の神姫を守るために、一部の神姫を犠牲にするのは、本末転倒だ。それでは意味がない。可能な限り、安全に、神姫フェスティバルは行われなくてはならない。

 

「そうですよね、あんな優しい人たちを怪我させちゃいけませんよね」

 

 制服がたいそう気に入ったのか、シェントはまだそれを着たままだった。

 

「でも、それだと神姫フェスティバルが台無しになっちゃいます。みんな、あんなに楽しみにしているのに」

 

 神姫部員たちも、私も、そしてそれ以外の多くの人々も、きっと神姫フェスティバルを心待ちにしていることだろう。それなのに、私にはそのための力がない。奈津希は、自分の不甲斐なさを恨めしく思い、そして顔を見たこともない戸成野学園の学園生や、その神姫達に対して、憎しみすら抱いた。

 

 私達が、あなた達に何をしたというのか。何もしていないだろう。何かあるのなら、暴力など振るわずに正々堂々と、私に言いにくればいいだろう。それなのに、無関係の人間と神姫を傷つけて、お前達は最低だ。いっそのこと、防衛策など張らずに、なにか直接的な手段で、妨害者の行動を封じてしまえればいいのに。

 

 いや、それは危険な考えだ、と奈津希は冷静さを取り戻す。それでは彼らと同じになってしまう。

 

「確実と言うわけではないが」と加藤が切り出した。「プランがある」
「え?」
「本当ですか?」とシェント。
「一応な。過度の期待はしないでくれ。確実じゃあないんだから」
「どういうプランなの。聞かせて」

「神姫センターだ。言っただろう、この間、神姫センターに行ってきたって。そこで、後学のためにいろいろみてきたんだ。神姫フェスティバルに役立つかもしれない、ってな。そこで、神姫センターの防衛隊の責任者に会ったんだ。もっとも、ツテとか、そういうレベルじゃないが、協力してくれるかもしれない」

 

 まだ、望みが絶たれたわけではなかった。それが分かると、気持ちを切り替えて、奈津希はすぐに行動に移った。

 

 体育館から、そのまま学園を出て、駅の方、神姫センターへ向かう。奈津希たちが神姫センターについたのは、午後5時を回る頃だった。

 

 神姫センターのプレイングスペースには、制服姿の学園生が多く見受けられた。もう夕方、部活をやっているのでない限り、学園生の多くは放課だ。

 

 学園自治会長の奈津希としては、寄り道せずに帰宅することが望ましかったが、まぁ、この程度なら良いだろう、と思った。特にいかがわしいことをしているわけでもなし、それに、今時そういった考えは時代遅れだということは、自分でも分かっていた。学園の頭の固い教師ならいざ知らず。

 

「奈津希」受付カウンターから、加藤が戻ってくる。「いま、警備担当者はセキュリティルームにいるそうだ。面会の許可を貰った」

 

 係員に案内されて、セキュリティルームへ通された。待っていたのは、20代半ばの男性と、ハウリン型の神姫だった。男は、神姫センターの制服を着ており、腕章にはSECURITY STAFFの文字が並んでいる。パイプ椅子に腰掛けた男性の前、折りたたみ式長机の上に、ハウリン型。いかにも行儀よさそうに正座している。

 

「やあ、俺に用があるっていうのは、君たちか。学園生とは珍しいな」

 

 紙コップに入ったコーヒーを勧めながら、男は言った。

 

「どうぞ、ソイカフだが。緑茶や紅茶の方が良かったかな」

 

 警備担当者は、梶野雅哉と名乗った。机の上のハウリンは彼の神姫で、サンクという。

 

 警備担当という肩書きから、奈津希は、柔道部のようないかつい人間を想像していたが、実際はそうではなくて、梶野は人当たりのよい好青年といった風体を持っていた。年齢にしてもそうだ。警備部門を仕切っているのだから、それなりの年齢だと思っていたのだが、自治会顧問の伊藤よりずっと若い。少なくとも、そのように見える。神姫のような、比較的新しい分野において、若い人材が抜擢されるのはよくあることだった。

 

 彼の制服の胸元には、紅葉をあしらった大理石の柱、琥珀、夜明けの太陽をモチーフにした勲章が光っていた。何の勲章なのだろう。他の神姫センター従業員には見られない、珍しい勲章だった。

 

「君は、この間会ったね」と加藤を見ながら、梶野が言う。「いろいろ、熱心に聞いてたようだが。あれか、学園卒業後は神姫センター職員にでもなるつもりかい」

「いえ、実は、頼み事があって来たんです」

 

 フムン、と梶野が鼻を鳴らす。サンクも、ぴくりと眉をもち上げた。

 

「どんな話か、聞かせて貰えるか」

 

 加藤は、瑚南見学園の神姫フェスティバルについて、そしてフェスティバルの治安維持について不安がある、と極めて簡潔に、梶野に伝えた。戸成野学園生については言わなかった。彼らについて知っているのは、自治会員の他にはごく一部で、ようするに加藤は情報漏洩を恐れているのだった。余計な情報が漏れて、今以上に面倒なことになるのを避けるために。

 

 梶野とサンクは黙って話を聞いていたが、やがて梶野は肩をすくめて「難しい問題だ」
「ええ、まったく」とサンク。「申し訳ありませんが、今の私たちの状況ではその申し出を受けることは、大変困難であると言わざるを得ません」
「どうして」と奈津希。

「一般の方には、あまりお伝えしたくないことなのですが」そう言って、サンクは梶野の顔を窺う。言ってもいいのか、というように。梶野は、無言で続きを促した。「つい先ほどのことです。瑚南見南(こなみなみ)の方で……その、イリーガルが出まして。神姫センターを狙った攻撃で、一般の神姫も、センターの防衛隊にも少なくない被害が出ました。それを受けて、BMA本部は瑚南見市近隣のセンターに戒厳令を出したんです。防衛隊は神姫センターの防衛を最優先せよ、と」

 

 最悪だった。奈津希は、これまでイリーガルなどは、KNRやトリッドニュースの中だけの存在だと、どこかで思っていた。言葉の上で、存在すると分かっていても、それが現実として、それもこういった形で自分に関わってくるとは思っていなかった。絵本の中から出てきた怪物に牙を剥かれたような、そういった得体の知れない恐ろしさを感じる。そう、イリーガルは実在するのだ。確かな脅威として。

 

「ま、ジャスティス・プライムや神姫課が動いてるっていうし、そう心配することじゃあないと思うんだがね。上は心配性だからな」

 

 そう言ってから梶野は「警備員の言うことじゃあねぇな、我ながら」と自嘲気味につぶやき、ソイカフを啜った。

 

「なんだったら、センター長や上には黙って、こっそり……」
「いけませんよ、マスター。万が一ばれたら、マスターだけではありません、神姫フェスティバルに送り込んだ人達も、処罰されるんですよ」と嗜めるサンク。

「言ってみただけだよ、サンク――――――そういうことだ、力になってやりたいが、他を当たってくれ」

 

 その言葉は、嘘ではないと思った。上には内緒で、こっそり応援をよこそうという提案も、半ば本気だったように、奈津希には聞こえた。しかし事実はどうであれ、事情を知ってしまった以上、奈津希は梶野からの支援を諦めるしかなかった。奈津希はそこまで傲慢ではない。

 

「いえ、こちらこそ、時間をとらせてしまってごめんなさい……加藤」

 

奈津希はソイカフを一息に飲み干す。苦い。コーヒーは苦手だ。

 

「話を聞いてくれてありがとうございました」

 

 奈津希と加藤は、深々と頭を下げた。加藤はすまない、とつぶやくように返した。

 警備室を出ると、バトルが行われているのだろう、戦況を伝える場内アナウンスが耳に飛び込んでくる。観客を盛り上げようと声を張り上げるアナウンサーとは裏腹に、奈津希たちの心情は暗い。

 

「駄目でしたね……」

 

 胸ポケットの中で話を聞いていたシェントが顔を出した。

 

「力になってくれると思ってましたけど、ああいう事情じゃしょうがないですよね」

 

 最後の方は、神姫センターの喧騒にまぎれて良く聞こえなかった。それでも、シェントが自分を励まそうとしているのが分かる。

 

 それでも奈津希の心は晴れない。神姫部、神姫センター職員と、心当たりがあるところを回ってみても、よい返事がなかったという事実が奈津希の心に突き刺さっている。

 結局、神姫フェスティバルは、自分の独りよがりだったのではないだろうか?いま、たくさんの人を巻き込んで、フェスティバルの開催自身が危ぶまれている。プランなしにフェスティバルを強行すれば、おそらく失敗するだろう。悪意の介入によって。ならばいっそのこと、遅すぎるかもしれないが、中止にしてしまえばいい。誰かが傷つくよりは、ずっとましのはずだ。

 

 そんな奈津希の肩を叩き、「しっかりしろ」と叱咤するように神姫センターのバトルフィールドが湧いた。

 

 観客の喚声。それに交じって、ひときわ大きな叫び声が耳に届いてきた。その声はこう言った。

 

「テッカマアアアァァァァァン!」と。

 

To be continued. 





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