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ウサギのナミダ

ACT 1-31



 翌日。
 俺はいつものように午前の遅めの時間に、ゲームセンターに向かった。
 ついに虎実との対戦だ。
 虎実のバトルはよく側で見ていたから、まだ一回しか対戦していないという実感はない。
 ティアと戦うために、納得いくまで技を練り上げたという。
 それだけでも興味は尽きない。
 はたして、虎実はどんな武装神姫になったのか。

 駅前で、久住さんと合流する。
 彼女も、彼女の神姫・ミスティも、ティアと虎実の対戦は是非観たい、と熱望していた。
 あのゲーセンには、感情的に入りづらいので、久住さんが同行してくれるのは心強い限りだった。
 ほどなくして、ゲーセンの入り口にたどり着く。
 入り口をくぐる。
 バトルロンドのコーナーにいるすべての客が俺たちに視線を向けた。
 ランキングバトル一位の大城と戦うから、注目されているのだろうか。
 それにしては、雰囲気が微妙な感じだが……。
 そんな俺の思考を、大声が中断させる。

「あああぁぁっ!! 来た! やっと来た!! まったく君は、どこに行ってたんだよっ!!」

 大騒ぎしながら、俺に近寄ってくる、その男。
 忘れるはずもない。

「井山……貴様が何でここにいる?」
「決まってるだろ、アケミちゃんを返してもらうためだよっ!!」

 そう言う井山の態度には、いつぞやのような余裕は微塵もなかった。
 怒りの形相で、目をギョロギョロとさせて俺を睨んでいる。
 口調はせっぱ詰まっていた。
 俺は久住さんよりも一歩前に出て、彼女を守る位置に。
 胸ポケットから、震えが伝わってきた。
 俺は胸ポケットをそっと手のひらで隠す。

「くどいやつだな。何度来たって、ティアは絶対に渡さない。あきらめろ」
「うるさいっ! あきらめられるもんか! もうアケミちゃんしかいないんだよ!
 この間の一斉取り締まり以来、酷い目に遭ってるんだ!
 雑誌の連載は打ち切られて、残りのギャラをもらうどころか、とばっちりで怒られる!
 神姫風俗はほとんどなくなっちゃって、馴染みの店も神姫もいなくなっちゃったんだぞ!
 それどころか、取り締まりの日は、逃げるのが大変だったんだ!」

 どうやらこいつは、逃げるのだけは得意らしい。

「それからたびたび、警察には捕まりそうになるし、ボクにすり寄ってきた連中はいなくなっちゃうし!
 神姫風俗なんか、もうろくな店が残っていないんだ!
 もう一ヶ月も、神姫でやってないんだぞ!?
 頭がおかしくなりそうだ!」

 ……こっちの方がおかしくなりそうだ。
 周りを見回すと、どうやら井山は俺が来る前から持論を展開していたようだ。
 ギャラリーは一様にうんざりとした顔をしている。

「君が素直にアケミちゃんを渡せば、こんなことにはならなかったんだよっ!
 だいたい、元々ボクの神姫なのに、それを返そうとしないなんて、盗人猛々しいにもほどがある!」
「……自分でゴミ捨て場に投げ捨てておいて、よく言う」

 俺の呟きに、井山の顔が引きつった。
 ギャラリーがざわめく。

「な、なにを……」
「貴様は、店の追っ手から逃げ切れそうになくなって、それを神姫のせいにして、ゴミ捨て場に投げ捨てた。
 雨の中、電柱に叩きつけてな。
 腕も脚も折られていて……そんなんでよく自分の神姫だなんて言い張れるな」
「き、君……見ていたのか!?」
「ああ。その後すぐに、お前が悪態をついていたゴミ捨て場で、神姫を見つけた」

 ティアの素性は、もうばれている。
 だから、ティアを見つけたときのことを隠しておく必要もなくなった。
 いまや俺はなんのためらいもなく、井山と対峙できる。
 そもそも、素性をばらしたのは井山だ。自業自得だな。

「ティアは確かに、貴様が捨てた神姫だ。
 だけど俺が拾ったときには、壊れた精密機械ゴミのような状態だった。
 俺は動けるように修理して、自分の神姫にした。
 それなのに、まともに動くことがわかったら、また自分のものだと言い張って……盗人猛々しいのは貴様の方だ」
「ひ、開き直って……」

 井山はもはや反論もできない様子だ。
 もともとこいつの話は正論ではないのだ。
 俺が追い込まれたあの時とは事情も違っている。
 だから今回は、俺も余裕を持って対峙できる。
 ギャラリーはざわついていた。井山の話が、結局は身勝手で一方的なものだということが分かったようだ。。

「く、クイーンとちょっといい勝負したからって……ちょっと雑誌で取り上げられたからって……いい気になりやがって……この、淫乱神姫がっ!」

 俺の胸ポケットが、びくり、と震えた。
 ティアが怯えている。
 俺と本当に心を通じ合わせた今でもなお、この男とのしがらみは、ティアの心を縛り付けている。
 こいつだけは許せない。
 俺の心にも暗い炎が宿った。

「ふざけるな……この犯罪者」

 俺の言葉は、地の底から響くようだった。

「貴様のような奴がいるから、いつまでも神姫たちの悲しみがなくならないんだ。
 神姫虐待の犯罪者が、神姫の悪口を言う資格なんざない。
 神姫の気持ちも考えず、ただ性のはけ口としてしか考えない貴様と、貴様と同類の連中を、俺は絶対に許さない」
「し、神姫の気持ちなんて……考える方がおかしいだろ!? 神姫なんて、人間様の言うことを素直に聞いてりゃいいんだよっ!!」

 次の瞬間、ギャラリーから一斉にブーイングがあがり、井山に罵声を浴びせた。
 当然だ。
 周りにいるギャラリーは、バトルロンドのプレイヤーばかりだ。共に戦う神姫を、多かれ少なかれ、大切なパートナーと考えている。
 今の一言で、井山はここにいる神姫とマスターすべてを敵に回していた。 

「うるさい、うるさいっ! 自分の神姫をどんなふうに扱ったって、そんなの勝手だろ!?」

「うるさいのはお前の方だ!」
「この変態野郎が、いい加減にしろ!」
「お前に神姫マスターの資格はねぇ!」
「だいたい、神姫風俗の店から盗んできた神姫は自分のじゃないんじゃね?」
「神姫いじめて悦んでること自体がサイテー」
「普通、神姫風俗行ってたことを自分で言ったりしねぇよな。頭おかしいよ、こいつ」

 ギャラリーはいつも無責任に当事者たちを罵倒する。
 今回は俺ではなく、井山に向けられている、それだけの話だ。
 だが、井山は追いつめられた。
 この場で、井山の味方など誰一人としていない。
 それでもなおこの場に踏みとどまっているのは、ティアに対する執念なのか。
 井山は顔を青くしたり赤くしたりしながら、俺を指さしてこう言った。

「だ、だったら、バトルロンドで勝負だっ! アケミちゃんを賭けて正々堂々と勝負しろっ!」

 何が「だったら」なのかよく分からないが。
 井山の背後にいた大城が言う。

「アホか! そんな勝負、受けるまでもねぇだろ! それに、遠野たちになんのメリットもないだろが!?」
「もし、万が一、ボクが負けたら……ボクは二度と君たちの前に姿を現さない。アケミちゃんも諦めてあげるよ」
「それだけじゃ、賭けるものが釣り合わないだろ」

 俺の言葉に、大城が驚いたようにこちらを見る。
 続いてギャラリーがみな、俺に注目した。

「貴様が負けたら、警察に行け。そして、二度と俺たちの前に姿を現すな」
「遠野くん!?」

 俺の後ろから、久住さんが悲鳴のように俺を呼ぶ。
 俺は少し彼女を振り返った。
 彼女が心配してくれるのは嬉しい。
 言いたいことも分かる。こんな勝負、受ける必要がない、そう言いたいのだ。
 だが、俺は井山と雌雄を決するつもりでいた。
 ティアが奴への恐怖を克服しない限り、ティアの本当の安息は訪れない。
 だったら、奴とのしがらみをここで断ち切るほかにない。
 俺は、もう決心していたのだ。
 久住さんは俺と目を合わせた。
 彼女の大きな瞳に、俺のくそ真面目な顔が映っている。
 久住さんはそっと溜息をつくと、俺から視線をはずした。
 心配してくれた彼女には申し訳ない、と思う。
 俺は井山の野郎に向き直る。

「どうだ。その条件が飲めるなら、バトルロンドで勝負しようじゃないか」
「そ、そんなことしたら、ボクが捕まっちゃうかも知れないだろ!?」
「だから、負けたらおとなしく捕まれ、と言っている。
 警察には、ティアの過去の記憶も提出済みだ。解析も終わっていて、顧客も特定されているだろう。
 貴様は神姫虐待の容疑で間違いなく逮捕される立場だ。
 警察に逮捕された上で、自分の罪を反省し、二度と俺たちに前に姿を現すな」
「な、な、なんでこのボクが、たかが神姫のために、そこまで体を張らなくちゃいけないんだよ!!」
「俺はティアのために、すべてを賭ける覚悟をした。
 貴様が仕掛けた罠を覆すためにな。
 自分がティアのオーナーだと主張するなら……貴様もすべてを賭けて勝負に挑め」
「や、やっぱり……今回の神姫風俗の件は……君の仕業かっ!!」
「……俺はきっかけだったに過ぎないけどな」

 井山の視線には憎悪すらこもっていた。
 だがそれは逆恨みというものだ。
 警察が神姫風俗取り締まりに動こうとしていたそもそもの理由は、井山が提供した、あの雑誌記事だったのだから。
 結局は自業自得なのだ。
 せっぱ詰まっていた井山だったが、不意に、表情を変えた。
 いつものいやらしい、余裕の笑みをにじませる。

「いいよ、わかったよ。ボクが負けたら警察に行く。勝ったら、アケミちゃんはボクのもの。どちらにしても、君たちの前には二度と姿を現さない。
 その条件でバトルしよう」
「……どういう風の吹き回しだ?」
「いいじゃないか。ボクが条件を飲むって言ってるんだからさぁ。すぐ始めようよ」
「貴様、神姫をつれてきてるのか?」
「ここにいるよ」

 井山は、手に持っていたアタッシュケースを持ち上げて見せた。
 何が入ってるのかと思えば、神姫だったのか。

 「条件を飲むかわりに、ステージはボクが指定するよ」
 「断る」

 俺は即座に井山の意見を却下した。
 ティアがまともに戦えないステージを指定されては意味がない。

「わかってるよ、アケミちゃんが戦えるステージじゃないと、ダメなんだろ?
 ボクが指定するのは……塔だ」
「……塔?」

 ギャラリーがざわめく。
 俺は記憶をたぐり寄せる。
 塔ステージは人気の低い、かなりマイナーなステージだ。
 確か、巨大な円柱状の塔の内部がそのフィールドである。
 塔の内部はそこそこの広さがある。
 外周部に螺旋状に階段がしつらえてある。
 全体は強固な石造り。
 明かりはたいまつによって、ところどころ照らし出されている。
 天頂部は閉じられており、出入り口もない。
 円柱状の巨大な密室だ。
 特別な仕掛けもない。
 なぜこの塔ステージが人気がないのかというと、面白味がないからだ。
 飛行タイプの神姫は、最高速度も出せないし、機動も制限される。
 地上タイプは身を隠すところもなく、縦方向への移動は螺旋階段のみ。
 あらゆる神姫が、お互いの持ち味を発揮できないフィールドなのだ。
 奴がこんなステージを指定してくること自体が不可解だ。ティアだけではなく、奴の神姫にだってメリットはない。

「どうだい? ここならアケミちゃんの機動を制限する訳じゃないし。壁走りだってできるよねぇ?」
「……!」

 井山はバトルロンドに興味がないのかと思っていたが、そうではないらしい。
 少なくとも、ティアの戦闘スタイルを知っている。
 ある程度、俺たちを研究していると見るのが妥当か……。
 身を隠すところがないのは不安だが、だからといってティアに不利なステージでもない。
 井山の神姫がどんなやつなのかは気になるところだが、塔で有利な神姫というのはちょっと思いつかない。
 俺たちが有利になりこそすれ、不利な要素は何もなかった。
 唯一の気がかりは、奴が何を考えているのか、それだけだった。

「……いいだろう」
「うふふふ、それじゃあ、はじめようよ」

 井山は大きな体を揺らしながら、筐体の方に歩いていく。
 客たちは、汚いモノに触れるのをいやがるように、奴に道をあけた。
 そんな客の態度を、井山は気にもとめない。

「遠野くん……こんなバトル、受けてもよかったの?」

 久住さんが心配そうに尋ねてくる。

「ああ。あいつをのさばらせたままじゃ、ティアはいつまでも怯えて暮らさなくちゃならない。ここで奴に引導を渡して、ティアの過去も断ち切る。
 これは、どうしても必要なバトルなんだ」
「でも……ハイリスク過ぎるわ」
「わかってる……でも、リスクが高いのは奴も同じだ」

 いままで必死に逃げ回っていたのに、このバトルに負けたら、警察に素直に捕まらなくてはならない。
 井山の人生においては、大きな事件になるだろう。
 お互いにハイリスクなものを賭けたバトル。
 それでも俺は一歩も引く気はなかった。引くわけには行かなかった。

「ティア……」

 おれは胸ポケットでうずくまる神姫に声をかける。

「怖いか?」
「はい……」

 ティアの声は震えている。
 実のところ、俺の心は怒りで煮えくり返っていた。
 あんな奴のせいで、今もティアはこんなに怯えている。
 あいつだけは、絶対に許さない。

「いいか? これから井山とバトルする」

 ティアがびくり、と身体を震わせた。

「だが、怖がることなんてない。
 昔のお前は一人きりで、奴の言うなりだった。
 今は違う。俺がいる。お前と一緒に戦う。あんな奴には決して負けない。
 だから……勇気を持て」

 ティアが俺の方に顔を上げた。
 瞳に涙が滲んでいた。

「戦うのはお前なのに……勝手に奴とのバトルを決めて、ごめんな」
「……いいえ」

 ティアは弱々しく微笑んだ。
 胸が痛くなる。
 このバトルは、ティアには気の進まない戦いだ。
 なのに俺はそれをティアに強要する。
 だから俺はエゴイストだというのだ。
 だが、この戦いがティアに必要だという考えも揺らがない。
 一連の騒動に決着をつける最後のピースは、ティアが自らの過去と決別することだ。
 そうしなければ、ティアはいつまでも自分の過去を引きずってしまう。
 このバトルで、ティアの過去を断ち切る。
 俺は強い決意を持って、筐体の前に座った。

「おい、遠野」
「大城……」

 大城は俺の後ろにやってきて、くそ真面目な顔をしている。

「すまんな、お前たちとのバトルは、これが終わるまで待っていてくれ」
「……勝つんだろうな?」
「負ける気はさらさらない」

 俺も真面目に受け答えする。
 大城は頷いた。
 このバトルに勝たなくては、長く目標としてきた大城たちとの対戦も実現しない。
 俺が決意を新たにしていると。
 なんと虎実が、ティアに声をかけた。



 マスターが何の考えもなしに、こんなバトルを受けるとは思っていない。
 思っていないけれど。
 心に刻み込まれた恐怖は、簡単には拭えない。
 あの人の……かつてわたしのお客さんだった人の顔を見るだけで、恐怖に身がすくむ。
 条件反射のようなものか。
 あの手がわたしを掴んだ瞬間から、もう逃げようのない虐待が始まるのだと、どうしてもそう考えてしまう。
 マスターは、そんなわたしに気を遣ってくれた。
 それはとても嬉しいのだけれど。
 でも、マスターの言うような勇気は、まだ絞り出せていない。
 バトルに挑む心ができないまま、わたしは筐体の上に立つ。
 身体が小刻みに震えているのが分かる。
 マスターの指示通りに戦えば、勝てると信じているけれど。
 どうしても、どうしても、怖くて怖くて仕方がない。
 このままでは、勝てる試合も勝てないのではないか……。
 そんな弱気が心に浮かんだ時。 
 わたしを呼ぶ声が、聞こえた。

「ティア!」
「……え?」
「アンタがあんな奴の神姫に負けるはずがねぇ!
 さっさと勝って、アタシと対戦だ。忘れんな!!」

 驚いた。
 虎実さんがこんな風に私に声をかけてくれるなんて、初めてかも知れない。
 虎実さんは、まっすぐにわたしを見つめてくる。
 真剣な表情に、わたしは息を飲む。
 マスターの後ろから、別の神姫の声が聞こえてきた。

「そうよ、自信を持ちなさい!
 あなたは、この『エトランゼ』にも勝てる、あの『クイーン』とだって渡り合える実力があるんだから!」

 ミスティ。
 彼女はいつもわたしの心配をしてくれる。
 そして、いつの間にかマスターの後ろに来ていた、四人の少女たち……久住さんの弟子?の四人の肩の上から、次々と声がかかる。

「ティア、がんばって!」
「また、あのきれいなバトルを見せて下さい!」
「勝てる、勝てるよ!」
「あんな奴に負けないで、ティア!」

 ライトアーマーの神姫たち。
 会話するのも初めての彼女たちが、わたしを激励してくれている。
 どれほど驚いたことだろう。
 どれほど嬉しかったことだろう!
 わたしは、驚きに見開いていた目を、一度伏せる。
 そして再び目を開いたとき。
 恐怖に怯える気持ちは、小さくしぼんでいた。

「ありがとう……みんな」

 ずっと、独りだと思っていた。
 マスターのところに来たときから、わたしは誰にも迷惑をかけないように、独りでいなくちゃならない、そう思っていた。
 だけど今は、仲間がいる。
 わたしを認めてくれる友達がいる
 折れそうなわたしの心を支えてくれる。
 アクセスポッドに歩み寄る。
 向かい合う相手のマスターは、どうしても怖いけれど。
 今は、マスターと仲間たちがくれる、勇気の方が勝っている。
 わたしは戦える。
 このバトルに勝って、約束を果たそう。



 仲間ができた。
 俺たちを信じてくれる仲間は、何よりかけがえのない存在だ。
 俺は仲間たちに支えられて、絶望の淵から立ち上がることができた。
 だから、ティア。
 お前も仲間たちの言葉を胸に、勇気を持って走り出せ。
 お前が走れるのなら、俺が勝利への道を示してやる。
 そして、この事件のすべてに決着をつけよう。

「……準備はいいか?」

 俺は井山に尋ねる。
 相変わらずの、薄気味悪い笑み。

「いいとも。はじめよう」

 俺と井山は同時にスタートボタンを押した。
 筐体に今回のフィールドである「塔」が浮かび上がる。
 対戦カードが表示される。

『ティア VS クロコダイル』
『GET READY …… GO!』

 塔の内部が表示される。
 薄暗い塔の中、ティアがたたずんでいる。
 どこか、不安な表情。
 塔の中は静寂に包まれている。
 奴の神姫は……
 瞬間、井山の耳障りな叫びが響きわたった。

「ひゃははははは!
 かかった、かかったね!?
 もうこれで、ボクの勝ちさ!
 さあ、アケミちゃん、思いだしなよ。
 これが、ボクの神姫だ!!」

 その叫びと共に。
 塔の上の方から。
 奴の神姫が姿を現した。









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