ウサギのナミダ
ACT 0-1
□
あいつと初めて会った日のことは、いまでも覚えている。
あれは師走の寒い晩のこと。
冷たい雨がしとしとと降り続ける夜だった。
全く俺らしくない考えだが、信じている。
あれは運命の出会いだった、と。
あれは師走の寒い晩のこと。
冷たい雨がしとしとと降り続ける夜だった。
全く俺らしくない考えだが、信じている。
あれは運命の出会いだった、と。
大学の仲間と飲んだあと、アパートに戻る帰り道。
俺は一人、雨の中を歩いていた。
あまりたくさん飲んだわけでもないので、少しほろ酔いだった。
気心知れた連中との飲み会だったので、無理な酒を飲まされないのはありがたい。
いつもよりも遅い帰り、近道をすべく、繁華街の裏道を歩く。
いかがわしい店もならぶところだが、そこはそれなりに田舎だから、それほど危険を感じない。
まして冷たい雨が落ちている夜はなおさらである。
冬の雨の冷たさに、酔いに火照った身体は徐々に冷え始めている。
息が白い。
寒さで頭が冴え始めているのを感じながら、俺は少し足を早めた。
そのときだ。
左奥の路地から、息を切らした太った男が飛び出してきた。
この雨にも関わらず、傘をさしていない。
男は、一度左右を見渡すと、
俺は一人、雨の中を歩いていた。
あまりたくさん飲んだわけでもないので、少しほろ酔いだった。
気心知れた連中との飲み会だったので、無理な酒を飲まされないのはありがたい。
いつもよりも遅い帰り、近道をすべく、繁華街の裏道を歩く。
いかがわしい店もならぶところだが、そこはそれなりに田舎だから、それほど危険を感じない。
まして冷たい雨が落ちている夜はなおさらである。
冬の雨の冷たさに、酔いに火照った身体は徐々に冷え始めている。
息が白い。
寒さで頭が冴え始めているのを感じながら、俺は少し足を早めた。
そのときだ。
左奥の路地から、息を切らした太った男が飛び出してきた。
この雨にも関わらず、傘をさしていない。
男は、一度左右を見渡すと、
「ちぃっ!」
舌打ちをして、手に持っていたモノを、電柱に叩きつけた。電柱に激突したそれは、下に置かれていたゴミの山に落ちた。
「お、おまえのせいで……何でボクがこんな目に……」
とかなんとか呟いていたようだが、よく聞こえなかった。
男は俺に注意を払うこともなく、俺が進む道の奥へと駈けだしていった。
男は俺に注意を払うこともなく、俺が進む道の奥へと駈けだしていった。
いつもの俺なら、そんなアブナイ行動をしている男など無視していたし、その男が捨てたモノに注意も払わなかったろう。
だが、そのときは知らず酒が回っていたのだろうか。
俺はそのゴミ置き場をながめつつ、通り過ぎようとした。
パタパタと雨をはじくポリ袋の上から、小さなうめき声が聞こえてきた。
女の声だ。
俺の頭に、奇妙な確信が浮かぶ。
さっきの、太った男が捨てたモノ。
それはきっと……アレにちがいない。
俺が今、一番興味を持っているもの。
俺は見るともなしに、ゴミ置き場をのぞき込む。
はたしてそこには、一人の少女が、目を閉じてうめいていた。
少女と言っても、人間じゃない。
神姫だ。15cmのフィギュアロボ。
彼女は、力無く四肢を投げ出し、弱々しくうめいている。
いったい何のタイプだろうか?
裏道の街灯は薄暗くてよくわからない。
ただ、少し苦しげな表情のその顔は、マスモデルにはないタイプで……可憐だった。
俺はそっと彼女をすくい上げると、ポケットからハンカチを取り出してくるんだ。
神姫はなんの反応もなく、ただ時々小さくうめくばかりだ。
俺はそっとカバンに入れようと思ったが、先ほどの路地から激しい靴音が聞こえてきて、思わずハンカチにくるんだ神姫をジャンパーの内ポケットにつっこんだ。
路地から飛び出してきたのは、数人の男だった。
やっぱり傘はさしていない。
男たちは派手なスーツを着ており、一目でそれっぽい職業だとわかる。
彼らはきょろきょろと辺りを見回す。一人が俺に近づいてきた。
だが、そのときは知らず酒が回っていたのだろうか。
俺はそのゴミ置き場をながめつつ、通り過ぎようとした。
パタパタと雨をはじくポリ袋の上から、小さなうめき声が聞こえてきた。
女の声だ。
俺の頭に、奇妙な確信が浮かぶ。
さっきの、太った男が捨てたモノ。
それはきっと……アレにちがいない。
俺が今、一番興味を持っているもの。
俺は見るともなしに、ゴミ置き場をのぞき込む。
はたしてそこには、一人の少女が、目を閉じてうめいていた。
少女と言っても、人間じゃない。
神姫だ。15cmのフィギュアロボ。
彼女は、力無く四肢を投げ出し、弱々しくうめいている。
いったい何のタイプだろうか?
裏道の街灯は薄暗くてよくわからない。
ただ、少し苦しげな表情のその顔は、マスモデルにはないタイプで……可憐だった。
俺はそっと彼女をすくい上げると、ポケットからハンカチを取り出してくるんだ。
神姫はなんの反応もなく、ただ時々小さくうめくばかりだ。
俺はそっとカバンに入れようと思ったが、先ほどの路地から激しい靴音が聞こえてきて、思わずハンカチにくるんだ神姫をジャンパーの内ポケットにつっこんだ。
路地から飛び出してきたのは、数人の男だった。
やっぱり傘はさしていない。
男たちは派手なスーツを着ており、一目でそれっぽい職業だとわかる。
彼らはきょろきょろと辺りを見回す。一人が俺に近づいてきた。
「なあ、ちょっと尋ねるが……」
「な、なんですか?」
「な、なんですか?」
あえてうわずった口調で答える俺。
「ここに、太った黒縁メガネの男が走ってこなかったか?」
「……それならいまさっき、あっちに……」
「……それならいまさっき、あっちに……」
俺はさっきの男が走り去った方の道を指さした。
「そうか、ありがとよ。……おい!」
俺に話しかけた男は、仲間たちに指示をとばす。
俺が指さした方の道に複数のグループを行かせ、俺の来た方向と、右手の路地に一人ずつ行かせた。
なかなかに組織だった動きだ。
男たちはもう、俺には目もくれなかった。
俺は念のため、太った男が走っていった道は使わず、右手の路地に入って、いったん大通りに出る。
アパートまでは少し遠回りになるが、人混みに紛れ込める。連中と関わらなくてすむだろう。
太った男とスーツ姿の男たちのもめ事の原因は、明らかに俺のジャンパーの内ポケットに入っている。
何があったかは知らないが、余計な揉め事には巻き込まれたくない。
たとえその原因を俺が持っているのだとしても。
もう、先ほどの神姫を手放す気にはなれなかった。
こういうのも、運命の出会いというのだろうか?
いままで、たくさんの武装神姫の製品を見てきたけれど、いまほど胸が高鳴ることはなかった。
ずっと探していた。そして今夜見つけたのだ。
ただ一人、俺が夢中になれる神姫を。
冬の雨の寒さを忘れてしまうほど、俺は胸を高鳴らせ、アパートへの帰り道を急いだ。
俺が指さした方の道に複数のグループを行かせ、俺の来た方向と、右手の路地に一人ずつ行かせた。
なかなかに組織だった動きだ。
男たちはもう、俺には目もくれなかった。
俺は念のため、太った男が走っていった道は使わず、右手の路地に入って、いったん大通りに出る。
アパートまでは少し遠回りになるが、人混みに紛れ込める。連中と関わらなくてすむだろう。
太った男とスーツ姿の男たちのもめ事の原因は、明らかに俺のジャンパーの内ポケットに入っている。
何があったかは知らないが、余計な揉め事には巻き込まれたくない。
たとえその原因を俺が持っているのだとしても。
もう、先ほどの神姫を手放す気にはなれなかった。
こういうのも、運命の出会いというのだろうか?
いままで、たくさんの武装神姫の製品を見てきたけれど、いまほど胸が高鳴ることはなかった。
ずっと探していた。そして今夜見つけたのだ。
ただ一人、俺が夢中になれる神姫を。
冬の雨の寒さを忘れてしまうほど、俺は胸を高鳴らせ、アパートへの帰り道を急いだ。
俺の名前は遠野貴樹。
理工系の大学に通う学生だ。
武装神姫には前から興味があった。
高校時代からの友人の一人が、神姫にどっぷりとハマっている。
そいつと神姫の仲の良さを見るにつけ、他の仲間たちはからかいながらも少しうらやましく、興味深く見ていた。
俺も例外ではなかった。
仲間の数人は、もう武装神姫を始めている。
俺も始めようと思い立ったのは仲間内でも早い方だったが、いまや神姫のマスターでない仲間の方が少なくなった。
なぜ俺が武装神姫を始めなかったのか。
いなかったのだ。気に入った神姫が。
あちこちの神姫ショップも回ったし、新製品が発表になるショーにも足を運んだし、定期的にネットオークションもチェックしている。
それでも、俺がパートナーにしたいと思う神姫はいなかったのだった。
理工系の大学に通う学生だ。
武装神姫には前から興味があった。
高校時代からの友人の一人が、神姫にどっぷりとハマっている。
そいつと神姫の仲の良さを見るにつけ、他の仲間たちはからかいながらも少しうらやましく、興味深く見ていた。
俺も例外ではなかった。
仲間の数人は、もう武装神姫を始めている。
俺も始めようと思い立ったのは仲間内でも早い方だったが、いまや神姫のマスターでない仲間の方が少なくなった。
なぜ俺が武装神姫を始めなかったのか。
いなかったのだ。気に入った神姫が。
あちこちの神姫ショップも回ったし、新製品が発表になるショーにも足を運んだし、定期的にネットオークションもチェックしている。
それでも、俺がパートナーにしたいと思う神姫はいなかったのだった。
アパートに帰った俺は、カバンをおろすと、上着に付いた雨粒を落とすのももどかしく、ジャンパーの上着からハンカチに包まれた神姫を取り出した。
テーブルの上にそっと横たえ、ハンカチを開いてみる。
そこには、ほっそりとした少女の裸身があった。
あわてて目をそらしたが、すぐに目は神姫に釘付けになった。
俺がいままで見た神姫とは、明らかに違う。間接部が皮膚に覆われていて、やたらと人間らしく見える。
顔はやはり既製品の物ではない。カスタムだろうか?
少し幼い感じの顔立ちが、いまは疲れきったような表情で、静かに目を閉じている。
頭にはウサギの耳らしき意匠……つまりこの神姫はバニーガールなのだろうか。
そして、なにより俺の目を離さないのは、ねじくれたように折れている手足だった。
まともなのは右腕だけで、左腕と両脚は間接ではないところで不自然に曲がっていた。
テーブルの上にそっと横たえ、ハンカチを開いてみる。
そこには、ほっそりとした少女の裸身があった。
あわてて目をそらしたが、すぐに目は神姫に釘付けになった。
俺がいままで見た神姫とは、明らかに違う。間接部が皮膚に覆われていて、やたらと人間らしく見える。
顔はやはり既製品の物ではない。カスタムだろうか?
少し幼い感じの顔立ちが、いまは疲れきったような表情で、静かに目を閉じている。
頭にはウサギの耳らしき意匠……つまりこの神姫はバニーガールなのだろうか。
そして、なにより俺の目を離さないのは、ねじくれたように折れている手足だった。
まともなのは右腕だけで、左腕と両脚は間接ではないところで不自然に曲がっていた。
いま、この神姫は死んだように動かない。
本当に死んでしまったのではないだろうか?
もう二度と動かないのではないだろうか?
冗談じゃない。
やっと自分がほしいと思った神姫に出会えたというのに!
そのときのあわてふためきぶりは、他人に見られなくてよかったと思う。
いつも冷静沈着でうっている俺のキャラとあきらかに違っていた。
俺は乱暴に携帯電話を取り出すと、アドレス帳を呼び出すキー入力すらもどかしく、一人の友人の電話番号を呼び出した。
電話をかける。えらく長く感じたコール三回で相手が出た。
本当に死んでしまったのではないだろうか?
もう二度と動かないのではないだろうか?
冗談じゃない。
やっと自分がほしいと思った神姫に出会えたというのに!
そのときのあわてふためきぶりは、他人に見られなくてよかったと思う。
いつも冷静沈着でうっている俺のキャラとあきらかに違っていた。
俺は乱暴に携帯電話を取り出すと、アドレス帳を呼び出すキー入力すらもどかしく、一人の友人の電話番号を呼び出した。
電話をかける。えらく長く感じたコール三回で相手が出た。
『はい、海藤で』
「海藤か!? 聞きたいことがある!」
「海藤か!? 聞きたいことがある!」
海藤曰く、このときの電話は俺だとは一瞬信じられなかったそうだ。
だが、人のいい海藤は、一方的に用件をまくし立てる俺に対して、丁寧に受け答えしてくれた。
海藤仁は、仲間内で一番武装神姫に詳しい奴だ。
さきほど神姫を拾った旨と現在の状況をかいつまんで説明し、どうすればいいのかと俺は聞いた。
だが、人のいい海藤は、一方的に用件をまくし立てる俺に対して、丁寧に受け答えしてくれた。
海藤仁は、仲間内で一番武装神姫に詳しい奴だ。
さきほど神姫を拾った旨と現在の状況をかいつまんで説明し、どうすればいいのかと俺は聞いた。
『ああ、それは単なるバッテリー切れじゃないかな、たぶん』
「バッテリー? そうか、なら、充電するにはどうすればいい?」
『神姫用のクレイドルを使うんだ』
「バッテリー? そうか、なら、充電するにはどうすればいい?」
『神姫用のクレイドルを使うんだ』
こんな基本的な質問をしているあたり、俺がいかにあわてていたかの証明である。
「どこかで売ってるか? ……バラで」
『各社からいろんなのが出てるよ。神姫扱ってるところなら、たいがい売ってるね』
『各社からいろんなのが出てるよ。神姫扱ってるところなら、たいがい売ってるね』
時計を見る。午後8時半。
自転車をとばせば、最寄りの家電量販店の閉店前に間に合うはずだ。
自転車をとばせば、最寄りの家電量販店の閉店前に間に合うはずだ。
「わかった。これからクレイドル買ってくる。また連絡する」
それだけ言い放って、俺は電話を切った。
そのまま玄関へ向かう。
まだ俺は帰ってきたときのまま、ジャンパーすら脱いでいなかった。
外は雨。
それでも俺は自転車の鍵を手にすると、アパートを出た。
傘をさしながらの自転車の夜間運転。
正直、自殺行為だ。
だが、そのときの俺は何かすごい衝動につき動かされ、とにかく、あの神姫を動かすことが一番大事なことだと思っていた。
俺は降りしきる雨の中、ペダルをこぎだした。
そのまま玄関へ向かう。
まだ俺は帰ってきたときのまま、ジャンパーすら脱いでいなかった。
外は雨。
それでも俺は自転車の鍵を手にすると、アパートを出た。
傘をさしながらの自転車の夜間運転。
正直、自殺行為だ。
だが、そのときの俺は何かすごい衝動につき動かされ、とにかく、あの神姫を動かすことが一番大事なことだと思っていた。
俺は降りしきる雨の中、ペダルをこぎだした。