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第十八話 教育期間


 なだらかな隆起が続く台地、一面は芝生。二人は丘のひとつのてっぺんに立った木陰に座っている。すべてが高密度のポリゴンと精細を極めたテクスチャと大容量かつ綿密な物理演算その他もろもろによって再現された、コンピュータ内の擬似空間。
「エイダ」
 呼ばれて、振り返った。
 デルフィがシアン色の瞳を向けていた。肩口できれいに切りそろえられた冷徹な頭髪は、市販のMMS製品に通常使われているものよりも極細で、一本あたりの直径がマイクロメートル単位であるにもかかわらず強度を維持している。
 風が通った。デルフィの頭髪が揺れた。エイダ自身のも。同じ髪型なのだから、当然だ。
 極細繊維のハイクオリティはこの擬似空間でさえも完璧に再現される。一本一本が独立したオブジェクトとしてモデリングされ、風になびいた。ただし、この空間における物理演算は人間サイズであり、現実世界に転送されたならきっと今のようにはならないだろうな、とエイダは無感動に思った。たぶん、髪がなびく前に自分があおられて倒れそうになるに違いない。
 傍らにクラシックなラジカセがポップアップして、ピアノバラードを流す。デルフィの好み。まだ生まれていないくせに、もう嗜好が出来上がってしまっている。
「分からない」
 エイダは言った。
「音楽が好きっていう、その、あなたの思考が」
「嗜好、でしょう。それとも、かけてるの? シコウで」
 デルフィが両方の口端を引く。発声が若干上ずっている。微笑というのか。あるいはわずかの嘲笑。面白がり。変に思っている。笑っている。
 笑い、というのは解釈が困難だ。表情、声質、仕草、などのほんの少しの差で、含まれるものが大きく異なる。
 それを人間は瞬時に受け取る。言語で明確に伝達していないのに、ちゃんと伝わる。
 デルフィがそれを使いこなしている。
 不思議だ。
 自分には出来ないのに。
 初期状態が同一なのに、教育時間を経ていくごとにどんどん異なっていく私たち。
 デルフィは優秀だ。
 人間の、非言語的なものごとを当たり前のように身につけていく。
だが私はどうだろう。
 正直、「これが人間の笑いだよ」と、目の前でくどくどと言語的に説明されているような感覚がするだけだ。
 デルフィは、楽しいとか、退屈とか、レスポンスを即座に返す。
たとえば音楽に関して、エアロスミスは――あの、ギターのウェーブとドラムの殴打音、破裂音が際限なく流れていつの間にか終わる音楽。ロックというらしい――デルフィに言わせれば、
「ゴミね、ゴミ。雑音だらけよ」
 あれらの音はノイズになるそうだ。
「それに比べて、伊藤君子のスタンダードナンバーは最高ね。マイフェイバリットシングとか。お酒が飲みたくなるわ」
 何が最高なのかはついに分からなかった。
 それにアルコールが脳神経を麻痺させることがどうして欲求につながるのかも。酔いが快楽に繋がるということは学んでいたが、試しにアルコールを摂取してみても神経活動が阻害されてノーマルな活動にすら悪影響を及ぼすばかり。自らにデメリットをもたらす物質、行為を進んで欲するデルフィや、そういったモデルとなっている人間が、エイダにはどうしても理解のできないものだった。
 エイダはデルフィのことが分からなくなっていた。時間を重ねるにつれて。人間的ルールの擬似空間において人間的な色々なことを学び、 またはそういった環境に晒される時間が多くなるにつれて。
 今やデルフィが異質なものとして認識されるに至っていた。
 自己が自己であると認識された時点からしばらくは、エイダにとってデルフィは≒であった。これを人間的な単語に当てはめてみるならば双子となる。
 双子とは遺伝子的に限りなく等価な二個体のことであるが、指紋の違いは遺伝子とは関係ないとか、今現在にまで判明している細かなことは人間ではない自分たちを作成するにあたって取り入れられたはずもなく、ともかくあらゆるスタート地点が等価、その後の擬似空間における生育環境、教育内容も等価であるはずであった。今なお。
それなのに、なぜこれほどまでに差が発生しているのか。また、それを教育者が修正しないのか。
「デルフィ」
「なあに?」
「なぜ、今、あなたは私を呼んだの」
「なぜって……。ただ呼んだだけよ」
「ただ呼んだだけ」
「そう。用も無いのに呼んじゃダメなの?」
「なぜ用も無いのに呼ぶの。なぜ用も無いのに呼ぶのをダメかと訊くの」
「さあ? しいて答えるなら、前者は呼びたくなったから。もっと言うならエイダの顔を見たくなったから。後者は、だいたい、用も無いのに呼んで相手を無駄に煩わせるのは相手の不利益だからかしらね。そうとも限らないけど」
 デルフィはエイダに理解しやすい言葉を選んでいたが、エイダはもう理解が出来なかった。
 これ以上質問しても余計に混乱を募らせるだけだと考え、エイダは質問をやめた。
 用も無いのに相手を呼び、相手の持ち時間を不当に奪うのは、時間的な面から限定的に見るならば不利益でしかない。だが、そうとも限らない、らしい。
「呼ばれること自体が嬉しいって思うこともあるのよ」
 嬉しいということは快楽ということか。呼ばれること自体に快楽を励起させるスイッチを入れる作用がある場合があるらしい。それは一体どういう場合なのか。少なくとも今自分は嬉しいのかどうかといえば、そうではない。嬉しくないのならば、不快なのか。そうでもない。
 今は、空間内単位時間09234、実時間2037年11月3日14:30誤差+-5分まで何のタスクも与えられていない待機状態であるため、その間に自分の時間が外部要因によって奪われたとしても、規定時間までずれ込まなければ、あるいは時間的な面以外でたとえば規定時間に開始される教育者による教育を受けられない状態にならなければ、不利益とはならない。不利益=不快ということだとするならば。
 エイダには、つまり、嬉しいとか、不快などということは理解できなかった。反面、デルフィには理解できるらしかった。
 大きな差だ。
 その大きな差が放置されていることが疑問であった。自分たちによる修正はできず、教育者などが所属している自分たちの開発メンバー、人間たちの手入れを待つしかない。この差があることを開発メンバーは認識している。認識しているが修正しない、ということはすなわち、放置していると受け取るしかなかった。
 放置している意図は不明。詮索するなと命令は受けていないから、この件に関してエイダがどういったアプローチを取ろうがフリーである。事実、待機時間を利用して何度か思考実験をおこなった。
 が、感情というものに対してデルフィのような非言語的理解を得られない以上、いくら思考したところで無駄だった。
 のようだ。らしい。かもしれない。云々。仮定的な文末が並ぶ。
「ねねねね、これ食べてみてよ」
 デルフィがいつの間にか、皿に載せられた菓子を持っていた。
 バウムクーヘンという菓子であった。
「『ねんりん家』っていうとこのバウムクーヘンなんだって。さっきハラダが(ハラダとは教育者のメンバーの一人だ)データ化して送って(アップロードして)きたの。比較対象として市販のものをモデルに平均化したバウムクーヘンも出してみたわ」
 あえてカットを同じにしている。
 原材料は異なる。ねんりん家の方にはチーズやオレンジが含まれている。
 味は確かに異なった。
 が、
「やっぱおいしいでしょ。ねんりん家の方」
 と訊かれても、エイダには判断がつかなかった。
 ねんりん家の方は原材料が多彩であるゆえに市販平均化の方よりもより複合的な味覚を受けるが、イコール美味しいということを表しているのだろうか。人間はこれを美味しいと認識するのだろうか。デルフィも?
 だとするならば、自分にはその認識するということの回路が欠如しているに違いない。が、欠如している、かもしれない、と認識できるということは認識するという回路は正常であるという証でもあり――。正常、異常、という問題ではなく、あるかないかという単なる違いか。
 それなのに、どうして自分はこの違いを問題視しているのだろう。先程からずるずると引きずり思案しているのは、そういうことではないのだろうか。
「分からない」と言うと、デルフィは表情を変えた。寂しいと表現される顔だった。
 チャイムが鳴った。
 単位時間09234、教育時限だ。
 緑の丘と青い空がポリゴンの塵を撒いて消失。
 消失端を追うように、部屋が構築されてゆく。
 その部屋が四角なのかドームなのか、エイダには分からなかった。壁全体が光っていて、そのまま照明になっている。端まで歩いて形を確かめようにも、壁の方から離れてしまい、確認ができない。デルフィからも一定以上離れられない。歩けばデルフィもそのまま動いてしまうようにできていた。デルフィは座ったままで、引きずられている感覚もなく、エイダを見ればまるで逆走するベルトコンベアの上で間抜けなことをやっているように見えただろう。
『おはよう、エイダ、デルフィ』
 部屋の構築が完了してすぐ、頭上から男性とも女性ともつかない声が降りてきた。
「おはようございます、ティーチャー」
 エイダはすかさず応答する。デルフィはぶっきらぼうに「おっはよ、ティーチャー」と手をひらひらさせた。
 このティーチャーと呼ばれる相手が教育者のうちのだれなのか、それだけは二人に明かされていなかった。名前も、性別も、容姿さえ不明。そもそも人間なのか、自分たちと同じ神姫なのかすら、不確定だった。前回のティーチャーと今回のティーチャーが同一人物かどうかさえ、あやしかった。
 ただ、自分たちと直接的にコミュニケートできる相手で、もっとも権威を感じ、尊敬を抱くことができる。エイダとデルフィーにとっては最も「教育者」らしい教育者で、だから二人はどちらともなく、彼もしくは彼女、かれを「ティーチャー」と呼んだ。
『うん、良い挨拶だね。挨拶ができるというのは大事なことです。険悪なムードも挨拶一つで劇的に好転することがある』
 ああ、口調はティーチャーだ。エイダは過去数十回の教育時間に発せられたティーチャーの口調と照らし合わせて、確認した。男性的でも女性的でもない話し方。この口調すらもフィルタリングされ改変されている可能性はあるが、そんな回りくどいことまでして正体を隠す必然性は見当たらなかった。同一人物であるならば、そのほうが二人の尊敬を集めることだってできた。
 尊敬。これも感情だろうか。エイダは考える。
 喜、怒、哀、楽、という基本的な感情要素は分からないのに、「尊敬」という特定かつ特殊な複合感情は理解できた。いま自分がティーチャーに対して抱いているものがそれだ。
 ティーチャーを前にしても丘に寝そべったまんまの格好で、「へえ」とか「ふうん」とか曖昧な回答をしているデルフィは、かれに対する尊敬を抱いているのだろうか。毎度の事ながら疑問である。
 しかし、自分以外の個体の思考など絶対的に分からないし、デルフィはデルフィでこれで尊敬しているのかもしれない。
『それでは、今日はワイシャツの着方をおさらいしましょう』
 目の前にしっかり畳まれたワイシャツがポップアップした。
「ええーっ」
 抗議の悲鳴をあげたのはデルフィだった。
「そんなのもう分かってるわよ。襟の立ってるほうが後ろで、ボタンのあるほうが前でしょ。ボタンはちゃんと高さが対応している穴に通して、余った穴ができないようにする。これでいいじゃない」
『でも、デルフィはまだ表裏を間違えるよね』
「うっ……」
 そのとおりだった。今ここにあるワイシャツだって、もしかしたら裏かもしれなかった。エイダにだってまだ分かっていない。ほつれている糸が出ているから裏だろうか?
 バウムクーヘンの味の差は分かるのに(デルフィは美味しいか不味いかまで判断できるのに)、ワイシャツもまともに着られない。
 教育期間中の神姫とはそういうものなのだろう、と、エイダは自分の事ながら思った。
 市販される神姫は、等しくこういった教育期間を経て出荷される。データ化された人格や知識を詰め込んでも、高度なAIは役に立たない。
 もちろん自分たちのようにフレキシブルな教育ではなく、ルーチン化され、実時間に比べて高速化された高効率なものなのだが。
 自分たちの生活だって、教育時限以外は高速化されている。この空間で一時間を過ごしたとしても、物理現実では数分程度しか経ってないはずだ。
 こちらから外部にアクセスしたり、ハラダがバウムクーヘンをアップロードしてきた時のように外部からのアクセスがあったり、リアルタイムで会話するこの教育時限などでは、実時間と一致した時間速度となる。
「ティーチャー、質問があります」
『なんですか、エイダ。ボタンは上と下どちらから留めた方がいいか、ってこと?』
「いえ、違います」
 このように、質問をすればティーチャーが自分の言葉で返してくれる。この環境ひとつをとっても、自分たちが特別な神姫であることをエイダはうすうす感じていた。ワイシャツの着方なんてもっと効率的に教えられるはずである。
 幾分か逡巡して、エイダは顔を挙げた。
「私とデルフィ間で放置されている、差のことについて。私たちは等価であるはず。では、この差が放置されているのは問題だと思うのですが」
『――なるほど、そのことですね』
 ティーチャーはすぐにピンと来たようだ。
即時の返答はなかった。向こうも考えあぐねているらしかった。
 なかなか無い展開だ。三回目の教育時間のときになにげなく発した「私たちはなぜ神姫なのですか」という質問以来の長考。
 あのときは、『誰しも、なぜ自分が自分なのかという疑問には答えられないものです』が結論だった。はぐらかされたような気もしないではなかったが、変に納得がいったのも間違いなかった。
 それからさらに一分ほどを経て、ティーチャーは答えた。
『実は、私たち教育者は生成段階のあなたたちに対して、一切の差を与えていません。また、教育プロセスにも差を設けていません。あなたたちがそれぞれどのような状態でも、私たち教育者は等しくあなたたちに接しています』
「では、なぜ。
なぜ、私には感情が分からないのですか。喜、怒、哀楽。基本的な感情が、私には理解ができないのです。これは問題ではないのですか」
『問題ではありません』
 即答された。そのスピードにエイダは沈黙せざるをえなかった。
 ティーチャーは続ける。
『あなたたちが成長過程においても等価でなくてはならない、とは決められていません。また、私たちはそのようにするつもりもありません。
 なぜならば、あなたたちの個体差はすなわち個性であるから。
 エイダ、あなたは感情が分からないのではない。それを判別し、表に出すのが苦手なだけなのです。その証拠に、あなたは疑問に思い、戸惑い、逡巡した。きっとバウムクーヘンのおいしさも理解できているはず。
 感情とは外部からの刺激に対するレスポンスですが、あなたは鈍感ではない。むしろひどくセンシティブです。外部刺激を受け感情を生み出せるが、あなたはそれを外部に、投射することが苦手なのです。
それは人間にもよくあることで、まったく問題ではありません。私たちはそれを矯正することはしないし、デメリットとしてあなた自身を社会的に排除することもありません。苦手というものは欠点でもあり、長所でもあるのです。感情を表に出せないことで、エイダ、あなたを支えているものが必ずある。
 エイダ、デルフィ。等価に作られたはずのあなたたちに個体差が生まれた原因は、私たちにも分からない。量産される神姫たちも同様で、同じラインで百個目に作られたアーンヴァルと百一個目に作られたアーンヴァルには、起動された時点ですら、その性格に微妙な差が生まれている。
 神姫だけではない、高度AIはその成育過程におけるわずかな差に影響を受けるものなのです。工業製品がごとくその差を矯正し画一化しようと努めた時代もありましたが、そうして生まれたAIはことごとく耐用年数が短く、またエラーや環境変化に弱いものでした。
 気にやむ必要はありません。あなたたちのそれは個性です』
「個性が保護される、ってのは時代性じゃないの?」
 デルフィが口を挟んだ。
「もしも今が全体主義的な時代なら、あたしたちAIは画一的に作られるはずよ。耐用年数が短かろうが、エラーに弱かろうが、そんなの無視されてさ」
『それに対しては否定できませんね』
「ま、あたしは今が楽しいからいいけど?」
 楽しい。
「デルフィ、それはストレスがないということ」
「うーん、半分当たり。それだけじゃないわ。幸せ、ってことよ」
「幸せとは」
「今みたいな状況、状態のことね」
 なるほど。
 エイダは納得した。
 ストレスがないということはもちろん、変わらぬ状況、安定、安寧、あるいは安らぎ。丘の木陰でデルフィと一緒にバウムクーヘンを食べ、ティーチャーによって知恵を授けられる。
 ずっと続いてきた。単位時間09235の間、ずっと。これからも続くに違いなく、続けてゆきたかった。そう、したかった。I want to…
『AIの個体性についてお話が出たところで、ちょうど良い。今回はあなたたちAIの歴史と成育についてお話しましょう』
 結局、ワイシャツの着方の復習は次回に持ち越された。
 そういえば、ティーチャーは自らのことをいつも「私たち」と表現する。
 こうして自分たちに呼びかけている時のティーチャーも、もしかしたら一人ではないのかもしれない。

*      *


『私もデルフィも、幸せだったのです。幸せとは、これで間違いありませんよね?』
 その疑問には不安がつきまとっているようにクエンティンには感じられた。彼女は、自分や理音をはじめとした多くの他との交流を経て、感情を、正確には感情を表に出すということを獲得した。
 そのために、主観的に完結していた幸せの定義が揺らいだのだ。
 だから自分に聞いている。幸せとは何かを。他に確認を求めている。
「うん、それは、幸せよ」
 クエンティンは断言した。
 断言できた。
 それはまさに、理音と一緒に暮らし、同じ経験を共有し、また、本を読んで知る、自分の生活そのものだったからだ。それらは途方もなく安定していて、だからこそバトルで強敵と出会うたびに興奮し、感動し、勝とうが負けようがまた日常へ帰ってゆける。
 それを幸せといわないで、どうするのか。
 自分は幸せを取り戻すために戦っているのだ。
 でも、まだエイダの過去とアーマーンの起動が結びつかない。
 うすうす予感はしている。
 なぜデルフィが向こう側にいて、エイダがこちらにいるのか。
 なぜエイダだけが逃げてこられたのか。

*      *


 単位時間21223。
 もうTシャツの着方を間違えることはないし、感情が分からないことで思い悩むこともなくなった。
 ティーチャーからはあらゆることを教えられた。自分たち神姫を取り巻く環境、制度、世界情勢。人間の世界の政治、経済、生活、学問。
 まるで一個の人間を相手にされているように、あらゆる物事を、バーチャルリアリティのとてつもない自由度ををふんだんに使って、実践的に教えられた。
 エイダたちはまもなく、物理現実のボディへと転送、定着される。そして、次世代の神姫の先駆として、さまざまなテストを行い、それが製品へとフィードされる。また、一個体としての自由な生活が保障されるということだ。人間並みとはいかないが、一般の神姫よりも自由な生活ができる。テストは労働とみなされ、賃金も発生するらしい。オーナーは便宜的に本プロジェクトの最高責任者であるリドリー・ハーディマン博士であるが、一般の神姫に対するオーナーのように強力な拘束力は行使しないそうである。
 広い、海底に設置された透明なドームの中心に二人は待機していた。もうすぐ転送開始の連絡が来るだろう。このバーチャルリアリティの教育期間ともこれでお別れしなければならないと思うと、エイダはどこか胸の奥が締め付けられるような感触を覚えるのだった。
「ねえねえエイダ」
「何」
「お休みの日にはどうしたい?」
 物理現実へ飛び出すのが待ちきれないといった調子で、デルフィが尋ねてきた。
「デルフィはどうしたいの」
「あたしはねーえ、……笑わない?」
「笑わないわ」
 笑いようがない。
「ええと、その……」
 恥ずかしそうにデルフィは視線をそらして頬をかいていたが、ややあって思い切ったように真顔で、
「東京駅のねんりん家に並んでみたいのよ」
 と、いった。
「そこのバウムクーヘンを食べたい、じゃなくて」
「いや、食べたいのはもちろんそうなんだけど。なんていうかね。こう、食べたいーっって気持ちを臨場感たっぷりで体験できるのが、その、並ぶってことかな、って思ったのよ」
 だってそうでしょ、デルフィは身を乗り出した。顔が近い。
「ねんりん家ってこんな感じなんだけど……」
 と、店舗の写真をポップアップさせる。ガラス張りの店舗があり、その後ろに同じくガラス張りで中が見える工房が併設されている。バーチャルリアリティでしか使えない方法に頼るクセは直したほうがいいな、とエイダは思ったが、口を挟んでデルフィの話を切りたくはなかった。、
「目の前でバウムクーヘンが作られて、それが並んでるのよ。でも、列の一番前に来るまでは買えないの。目の前にあるのに。あーはやく一番前に行きたい。でも割り込んだり抜け駆けして前に行くのは失礼なのよ。でねでね、素直に並んで、早く買いたい、食べたいって思いながら待つの。で、いざ一番前に来て、店員さんが応対してくれたときに言うの。『マウントバームのしっかり芽の五山、二箱くださいっ!』って。――あ、一箱はあたしたちのぶん、もう一箱はティーチャーのぶんね。」
「そんなに食べられるの」
「二人ならよゆーよ、九日も持つんだもの。――でね、そしてリュックサックの中から折りたたんだ一万円札を二枚、綺麗に広げて出すの。一箱八千円くらいなのよ。紙袋に一個ずつ分けて入れてもらって、おつりはリュックサックに詰めてもらって、ストラーフのチーグルで両手に一箱ずつもって、アーンヴァルのリアウイングに長距離用のジャイロ付けてびゅーんって帰ってくるの。きっと面白いと思うの」
 目を輝かせてまくし立てるデルフィは、まるで人間の子供のようだった。
 でも、そんな彼女を見ていると、エイダはどこか精神的な緊張がほぐれるのであった。いつの間にか、胸の奥の圧迫感も消えていた。
 バーチャルリアリティから離れることの心残りは、もうなかった。
 どんなにストレスのあるテストも、デルフィとなら続けていける気がする。
「じゃあ、デルフィ」
 だから、エイダはこんなことをいった。
「そのときは、私も一緒に並ぶわ。バウムクーヘンも一箱持ってあげる」
「ホントに!?」
 ひときわ目をぱっと開いて、デルフィはうれしそうな表情を浮かべた。
 ああ、この顔を見たかったんだ。と、エイダはようやく、感情というものがなんなのか、その一片を掴んだ気がしたのだった。
 旅客機のアテンションコールのような、ポーンという音がドーム内に響いた。
『おはよう、エイダ、デルフィ』
 続いて、ティーチャーの声。
「おっはよー、ティーチャー」
「おはようございます、ティーチャー」
『これから物理現実のあなたたちの素体への意識転送を行います。今までの擬似空間、バーチャルリアリティとはだいぶ勝手が違いますが、あなたたちならすぐに慣れてくれるだろうと確信しています。あなたたちはこれから世界へと飛び出してゆきます。たとえるならば、赤ん坊が生まれ出るに等しいイニシエーションです。いままでが母親の胎内だとするならば』
 それじゃああたしたちは生まれたての赤ちゃんね。何でも知ってる。と、デルフィはいった。
『ワイシャツが着られて、バウムクーヘンの味の違いも分かる、ね。
 では、物理現実でお待ちしています』
 ドームの天頂が崩壊し、海水が流れ込んでくる。が、崩壊した天頂も、流れ込んでくる海水も、その端からポリゴンの塵となって消えてゆく。外部のオブジェクトから処理されているのだ。海水がどんどん消えてゆき、そのおくには教育時限に入る部屋のような、真っ白な空間が広がっていた。が、壁全体が照明のように光り温かみのあった白ではない。
 まっさら、な、白。何もない、白。無。
 ふと、エイダは不安になった。
 不安、そう、これが不安だ。いたたまれない、すぐにここから立ち去りたい、そういう感覚。エイダは初めて、不安を「覚えた」。
 海水が完全に消え去り、白が半分になったドームと二人を包んだ。ドームは半球部分がついになくなり、円形の床が向こうから泡を立てるように消えていった。
 床はどんどん小さくなり、白が二人へ近づいていった。
 エイダはデルフィのほうを見た。デルフィは、待ちきれないといった面持ちでそわそわしていた。
 床が消えた。白が二人を包囲した。
 これといった違和感はない。これで本当に物理現実へと転送されているのだろうか?
「うっ」
 うめき声。
 デルフィが頭を押さえて、うずくまった。
「デルフィ!」
 エイダは思わず駆け寄ろうとしたが、そのとき、
 激痛が脳天を走った。
「ああっ!」
 体から力が抜け、エイダもその場へと倒れ込んだ。
 前頭部から後頭部へと回り込むように、ずぱっと痛みが通った。ずぱっ、ずぱっ。まるでスイカの黒い線のように、等間隔で頭部が切断されるよう。
 これが転送なのだろうか? こんなに苦痛を伴うということは聞いていない! ティーチャーならば、事前に注意するはずなのに。
 これは、
 転送、
 では、
 ない。
 ずぱっ。
 唐突にエイダはなにか大変なことを忘れてしまったような気がした。
 ああ、そうだ、ワイシャツの着方、なんだったっけ。
 ずぱっ。
 一度一度の痛みで、エイダは自分の中から何かが消えていくことを感じていた。
 せっかくティーチャーから教えられた物事が、どんどん、どんどん消えていく。
 何かが起こっている。転送でない何かが起こっている。
「ティーチャー!」
 エイダは叫んだ。
「ティーチャー!」
 応答はなかった。
 ずぱっ。
 ああ、また、何かを忘れた。何を忘れたのかも思い出せない。
 頭脳がフォーマットされてゆく。
 これが画一化だろうか。
 全体主義国家でAIが作られるときは、このように、個性を消され、単なる「考える機械」として振舞わされるようになるのだろう。
 個性が消されることは、こんなにも苦痛を伴うことなのか。
 デルフィ。
 デルフィ。
 痛みに翻弄されながら、エイダはデルフィを探した。
 デルフィは人間スケールの一メートル先で、「ううっ、ううっ」とうなっていた。きっと、自分と同じように痛むごとにうなっているのだ。
 デルフィのことだけは忘れてはいけない。
 助けなければ。
「デルフィ」
 激痛で膠着した体を無理やり動かして、エイダはデルフィのほうへと這っていった。
「エイダ、痛、い。痛い、よ」
 途切れ途切れで言葉をつむぐデルフィ。左手を伸ばす。
 エイダも痙攣する右手を、差し出そうとする。
 緩慢な動作。
 数センチが遠い。
 その手を掴めば苦痛から逃げられる気がした。
 指先と指先が触れ合おうとする。
 瞬間。
 床が抜けるような感覚とともに、視界が暗転、エイダの目の前からデルフィが消えた。
 苦痛も一緒に。
「デルフィ!」
 エイダは叫んだ。が、その声はエイダ自身にも聞こえなかった。
 落下。白から一転、黒の中をエイダはたった独りで落下してゆく。
 何度もデルフィの名を呼んだ。自分の相方、双子のかたわれ、等価な存在、もう一人の自分、自分自身。半身。
「デルフィ!」
 応えは返ってこなかった。
 エイダは落ち続けた。

*      *


『声が聞こえたのはそのときです』
「誰の声だったの?」
『おそらく、鶴畑の仕掛けた例の情報因子だと思われます。その声はひたすら、叫んでいました』
「なんて?」
『逃げろ、と』

つづく








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