プログラムの間隙を突け
ルールの穴をかいくぐれ
敵はシステムなり
CROSS LO[A=R]D
第一話「修正」
背後に相手が出現するのを、そのマオチャオはまったく気付かなかった。
いや、センサーの反応が追いつかなかったのだ。
真っ赤に赤熱するサイズ・オブ・ザ・グリムリーパーが、猫型MMSのそっ首を一振りのもとに掻き切った。
泣き別れになったマオチャオの首と体は、ポリゴンの塊と化して消滅した。
いや、センサーの反応が追いつかなかったのだ。
真っ赤に赤熱するサイズ・オブ・ザ・グリムリーパーが、猫型MMSのそっ首を一振りのもとに掻き切った。
泣き別れになったマオチャオの首と体は、ポリゴンの塊と化して消滅した。
『試合終了。Winner、クエンティン』
トレードマークの眼鏡を中指でくい、と戻し、ストラーフ「クエンティン」は観客へウィンク。
アクセス解除。
アクセス解除。
「ねねねね、あと三戦もすればファースト入りよ、お姉さま! どーよアタシの実力!
」
帰り支度をしながら、クエンティンはへへん、と胸を張った。
」
帰り支度をしながら、クエンティンはへへん、と胸を張った。
「ファースト入りはそんなに甘くないわよ」
クエンティンのオーナー、夢卯理音はパーツを片付けつつ、諭すように言う。
「こうしている間にも他の神姫のポイントは変動して、ランクは変わるのよ。単純に三戦勝てばいいってわけじゃないわ」
「じゃあもう一戦しましょうよ!」
「今日はもうここにあなたよりランクの高い神姫はいないわ。帰りましょ」
「ぷー」
「じゃあもう一戦しましょうよ!」
「今日はもうここにあなたよりランクの高い神姫はいないわ。帰りましょ」
「ぷー」
ふくれているクエンティンを肩に乗せ、理音は立ち上がった。
「それに……」
対戦ブースを振り返り、観戦用大型立体モニターを見上げる。
そこにはお互いに瞬間移動しながら戦うアーンヴァルとヴァッフェバニーが映し出されている。
そこにはお互いに瞬間移動しながら戦うアーンヴァルとヴァッフェバニーが映し出されている。
「流行りすぎてる。もうあれは使えないわね」
トランクを持って、理音はセカンドリーグ・センターを後にする。
◆ ◆ ◆
数日後。
パソコンの画面にはフォトショップのウインドウが開かれており、そこにはゲーム画面らしき作りかけのイラストが映っていた。
理音はグラデーション作業を途中で止め、メガネをずらして眉間を押さえる。
パソコンの画面にはフォトショップのウインドウが開かれており、そこにはゲーム画面らしき作りかけのイラストが映っていた。
理音はグラデーション作業を途中で止め、メガネをずらして眉間を押さえる。
「もう二徹よー。そろそろ休んだら?」
後ろのベッドの上で寝転びながら、クエンティンが背伸びをした。また昔のアルミニウム粉末で受けた攻撃の記憶がボディをちりちりさせる。実際にリアルのボディで受けたわけではないダメージ。
これも一種のスティグマータなのではないかと、クエンティンは本で読んだことを思い出した。
これも一種のスティグマータなのではないかと、クエンティンは本で読んだことを思い出した。
「まだ締め切りまでかなり時間あるんでしょ? いまからそんな修羅場モードなやり方だと、死んじゃうわよ」
「ふぅ……そうね」
「ふぅ……そうね」
理音は保存してフォトショップを終了。
「死んじゃったらクエンティンを可愛がることができないものね」
「もう、お姉さまったら」
「もう、お姉さまったら」
照れくさそうに手を振るクエンティン。
理音はふと気がついて、ネットブラウザを開き武装神姫の公式ページを開く。
ホットニュースの欄に、バーチャルバトルシステムメンテナンスのお知らせがあった。
内容はこう書かれていた。
理音はふと気がついて、ネットブラウザを開き武装神姫の公式ページを開く。
ホットニュースの欄に、バーチャルバトルシステムメンテナンスのお知らせがあった。
内容はこう書かれていた。
明日朝六時より八時の間、プログラム修正のためメンテナンスが行われます。 改正内容は次のとおりです。 ・アクセスポッド内にコアとMMS素体の両方が揃っていないと本体認識 されないようになります。 ・サイドボードにコアを含むMMS素体を配置しても認識されなくなります。
具体的な言及は無いが、これは明らかに理音たちが始め、いつしかネット経由で構造が解析され、特殊装備を使うオーナー達がこぞって使い出し、いまや一つの流行になりつつある例のダミーコアとサイドボードを利用した瞬間移動、を禁じる修正であった。
「やっぱりなったか。お仕事早いわね」
「えっ、なになに?」
「えっ、なになに?」
クエンティンが肩にぴょい、と飛び乗り、画面を覗く。
「……うそ~! もうあの瞬間移動使えないの!?」
「セカンド以下のバーチャルバトルに流行りまくってバランス崩れかけてたものね」
「これからどーするのよ?」
「別に? 私たちにあるのはあの瞬間移動だけじゃないでしょう」
「そうだけど……」
「ま、なんとかするわよ。それが私達のやり方だもの」
「セカンド以下のバーチャルバトルに流行りまくってバランス崩れかけてたものね」
「これからどーするのよ?」
「別に? 私たちにあるのはあの瞬間移動だけじゃないでしょう」
「そうだけど……」
「ま、なんとかするわよ。それが私達のやり方だもの」
自慢の長い黒髪をかきわけて、理音は言った。
あわく心地よい香りがクエンティンの嗅覚センサーを絶妙に刺激する。一番好きなにおい。
あわく心地よい香りがクエンティンの嗅覚センサーを絶妙に刺激する。一番好きなにおい。
「それでこそアタシのお姉さまだわ」
理音の首筋にしなだれかかる。
どんな逆境も地獄も、お姉さまと一緒なら乗り越えられるのだ。
どんな逆境も地獄も、お姉さまと一緒なら乗り越えられるのだ。
◆ ◆ ◆
彼女は逃げていた。
かたまりの大きなぼたん雪が降る夜半。
すでに道路には数センチの積雪があり、人間にはどうということがない厚さでも、身長およそ十五センチの彼女には逃走を邪魔する障害でしかなかった。
後ろを見つつ、息を切らせて雪を踏み走る。呼吸をすることのない彼女が「息を切らせる」という不随意運動をするのは、気温の冷却が間に合わないほど、彼女のボディが熱を上げているからだった。
試験用のこのボディでは、キャパシティの限界を大きく超えている。全てを無理やり圧縮して持ってきたが、そろそろ限界だ。
背筋に悪寒が我が物顔で駆け抜ける。それほどの脅威がすぐ後ろに迫っているのを、彼女は知った。
かたまりの大きなぼたん雪が降る夜半。
すでに道路には数センチの積雪があり、人間にはどうということがない厚さでも、身長およそ十五センチの彼女には逃走を邪魔する障害でしかなかった。
後ろを見つつ、息を切らせて雪を踏み走る。呼吸をすることのない彼女が「息を切らせる」という不随意運動をするのは、気温の冷却が間に合わないほど、彼女のボディが熱を上げているからだった。
試験用のこのボディでは、キャパシティの限界を大きく超えている。全てを無理やり圧縮して持ってきたが、そろそろ限界だ。
背筋に悪寒が我が物顔で駆け抜ける。それほどの脅威がすぐ後ろに迫っているのを、彼女は知った。
「くっ」
振り向き座間に手をかざす。
右腕部下の空間にらせん状に何かが現れる。何も無いところから何かが実体化する。
ここはバーチャル空間ではない。
らせん状のものが顕現を終える。それは長銃身のハンドカノン。
ハルバード。
脅威に向けて、弾体を射出。
シパッ、という加速音。火薬式ではない。レールガン。雪に混じって白く輝く弾丸の軌跡が空間を横切る。
粒子ビームで無いことに彼女は驚愕した。
人間距離で数メートルほど飛んだ後、突然パキン、と、何かに弾かれる。そこに脅威の正体が居るのだが、このあたりには外灯が無く、輪郭がつかめない。
右腕部下の空間にらせん状に何かが現れる。何も無いところから何かが実体化する。
ここはバーチャル空間ではない。
らせん状のものが顕現を終える。それは長銃身のハンドカノン。
ハルバード。
脅威に向けて、弾体を射出。
シパッ、という加速音。火薬式ではない。レールガン。雪に混じって白く輝く弾丸の軌跡が空間を横切る。
粒子ビームで無いことに彼女は驚愕した。
人間距離で数メートルほど飛んだ後、突然パキン、と、何かに弾かれる。そこに脅威の正体が居るのだが、このあたりには外灯が無く、輪郭がつかめない。
『無駄だ、お前の素体ではケほどの運動エネルギーも発生されない。おとなしく戻されろ。お前は必要だ』
脅威がしゃべる。音も立てずに急接近。
「い、や、だ」
彼女はカノンを再びらせんに戻して、消す。
代わりに左腕にらせんが発生し、鋭く頑丈そうなナックルが現れる。
ガントレット。
太いシャフトで繋がれた短距離ロケットパンチのようなそれで、彼女は眼前に迫った脅威を殴り飛ばした。
本来ならば粒子の塊が出るはずなのだが。演算能力も容量も足りない。
脅威がまたたくまに遠ざかる。ひとまず安全は確保された。
だが、彼女はもう動けなかった。
オーバーヒートが過ぎる。神経回路が失神する。
彼女は道路の、積雪の上に崩れ落ちた。
すぐにぼたん雪が彼女の上に積もり、彼女を隠した。
しんしんと降る雪の、本当にかすかな音だけが、辺りを支配する。
夜は何事も無かったかのように更けてゆく。
代わりに左腕にらせんが発生し、鋭く頑丈そうなナックルが現れる。
ガントレット。
太いシャフトで繋がれた短距離ロケットパンチのようなそれで、彼女は眼前に迫った脅威を殴り飛ばした。
本来ならば粒子の塊が出るはずなのだが。演算能力も容量も足りない。
脅威がまたたくまに遠ざかる。ひとまず安全は確保された。
だが、彼女はもう動けなかった。
オーバーヒートが過ぎる。神経回路が失神する。
彼女は道路の、積雪の上に崩れ落ちた。
すぐにぼたん雪が彼女の上に積もり、彼女を隠した。
しんしんと降る雪の、本当にかすかな音だけが、辺りを支配する。
夜は何事も無かったかのように更けてゆく。
つづく