「武装神姫」
武器・装甲を装備し、オーナーに従って戦いに赴く全高15cmのフィギュアロボ「神姫」たち。
今まで、武装神姫と呼ばれていたものは、神姫として作られたものに武装を施したものを指し示す言葉だった。
それがFrontLine、GroupeK2、そして来週にも参戦するKemotech、Vulcan Labの神姫たちによって一変する。
これから武装神姫とはこれら、「武装神姫」になるために生まれた神姫たちのことだけを指すことになるだろう。
その第一弾をいち早く調べることが僕の目的だったんだけど……
「ねーねー暇だよ。ひーまー!! 相手しろー!」
「……うるさい」
ジェヴァーナを起動して二週間ほど、その作業はいまいち進んでいなかった。
武装神姫がこんなにうるさいものだとは知らなかった。
最新のコンピューターガジェット、人間のパートナーとなるべく開発された究極のフィギュアロボ。
……どこが?
少なくとも僕の耳元でうるさくがなり立てるチビ人形はそんな上等なもんじゃない。
今までの僕の平穏な毎日を破壊する闖入者だ。
「それなりに高い買い物だったんだけどなあ……」
「なんの話?」
「お前の話だよ」
「お前って誰? ボクにはジェヴァーナって名前があるんだけど」
「僕がつけた名前だろうが、えらそうにするなよ……」
「そうだよ。マスターがボクにつけてくれた名前♪」
「はいはい……」
はぁ……
ああ言えばこう言うというのはこのことだな、と思わず深い溜め息をつく。
「なんだよお、わざとらしくため息なんかついてさ」
「誰のせいだと思ってるんだ……ほら、ちょっと腕、動かしてみて」
「はいはーい……よいしょっと」
僕の言葉を真似したのか、皮肉っぽいいいながらも言われるままにジェヴァーナが腕……というか、背中に繋がれたGA4アームを持ち上げる。
その鋼鉄の腕が戒めるように押さえつけている台がミシミシとたわむ。
「1056N……10㎏オーバーか、カタログスペックには偽りなし、と……」
自作のフォースゲージがパソコンに出力したデータを見て、つくづく感心する。
それ以外にも見たまんまリボルバーなモデルPHCハンドガン・ヴズルイフ、見たまんま怪しげな刀なアンクルブレードなどの装備も一通りチェックした。
その結果わかったのはこの大きさにするくらいなら、別の仕組みにした方が合理的なんじゃないかってあきれるくらい、『本物』のミニチュアだっていうこと。
実物をそのままスケールを1/10、体積を1/1000したものが武装神姫の武器だ。
つまりさっきのジェヴァーナの外腕……GA4アームの出力は人間に換算すると、ちょうど1000kg、1トンに相当する。
神姫たちにとっては、1トンの力で殴られる……車に突っ込まれるのと大体おんなじダメージになるということだ。
他の武器だって本物よりも威力は落ちているけど、使い方次第では十分人間に害を与えることができる。
18歳未満のオーナーには保護者の許可が必要なことくらいで、基本的には申請さえ出せば犯罪暦でもない限り、誰でもオーナーになれる。
その代わりというわけでもないだろうけど、武装神姫のオーナーにはオーナーカードという電磁発信機能のついたカード状の集積回路の携帯が義務付けられている。
これにはGPS機能が取り付けられていて、おおよその所在地はMMS管理局に通達されつづけていて……つまり監視されつづけているっていう事になるんだけど、それも仕方が無いことだと思う。
むしろその程度のことでいいんだろうかっていう心配の方が先だよな……
「こんな所かな……」
なんて、そんな毒にもクスリにもならないことを考えながら、かけていた眼鏡を外す。
「やっと終わり? なんでこんな退屈なことしてるのさ?」
僕が外した眼鏡を覗き込みながら、大して興味もなさそうに、ジェヴァーナが聞いてくる。
「おまえは退屈かも知れないけど、僕は楽しいの」
「……くらい趣味だねぇ……って、おまえって言うな! ボクにはジェヴァーナって名前があるんだよ!」
「……はいはい……」
そんな何度目になるかわからないやりとりをしつつ、入力したデータを整理していく。
もう一度かけなおした眼鏡越しに、ディスプレイの反射をうっとうしく思いながら、数字の羅列を見つめる。
そのデータ自体は色々と興味深いところもあるんだけれど……
肝心のCSCについてはほとんど調べることができなかった。
組み込む前に自前の顕微鏡やらなにやらで片っ端から調べてみたけれど、予想通り完全にブラックボックスで、大学レベルの研究設備でもその中身を調べることは不可能っていうのは、多分、デマでもなんでもないんだろう。
……そんなものがどうやってこんな風に市場流通してるのかってのは、ますます謎だけど。
「ねえねえ、マスター!」
「……なに?」
相変わらずテンションの高いジェヴァーナに億劫さを隠しもしないで答える僕。
「そんなにボクの体を隅々まで調べて、どうするつもりなの……?」
武装をはずしたジェヴァーナが、わざとらしく、よよよと打ちひしがれた風に体を横たえて流し目をくれる。
……こいつのプログラマーはなにを考えていたんだろう。
「別にどうもしないよ。ただ機械を調べてそれを解析したり、分解したり組み立てたりするのが好きなだけ」
「ええっ!? ボク、分解されちゃうの!?」
「……………」
それもいいな、とちょっと思ったけど……
「しないしない。CSCとコアの連結状態を解除すると神姫は死ぬんだろ?」
「う、うん、そうだよ! だから絶対に分解なんてしちゃ駄目だからね!」
「はいはい……」
一度接続したコア、ボディ、CSCを分解するとそれまでのデータは「例えバックアップしていたとしても」失われる。
「データ以外の何か」が失われるその現象を、神姫の心が失われる……神姫の死として一般のユーザーは認識しているし、メーカーもそう喧伝している。
馬鹿馬鹿しい。
機械に「死」なんてない。
ただ壊れるだけだ。
こいつがおびえているのだって、それに対して「おびえているかのような反応」を示すよう、プログラムされているだけだ。
「でも、調べられるところはもう大体調べたかな……」
「ええっ!?」
「ああ、いや、別に調べ終わったら分解するっていうわけじゃなくて……」
思わず言いつくろうように続けてしまう。
「ホント?」
「ホントだって……別に僕だってなんでもかんでも分解するバラバラマンってわけじゃないんだからな」
「……違うの?」
「違うっ! ……多分」
「なんかいまいち信用できなてけど……よかった♪」
「………………」
心底ほっとした、というように胸をなでおろすジェヴァーナに、自分もなぜか少しだけほっとしてしまう。
「あ、でもでも、武装神姫のことを調べたいっていうんだったら、ボクの体を調べるだけじゃなくて、もっといい手があると思うよ?」
「? いい手……って?」
話題を変えたいのか、手を打ってジェヴァーナが僕へと目を向ける。
「バトルだよ。バ・ト・ル♪」
「バトルって……神姫バトル?」
「あったりまえでしょ」
「……神姫バトル……ね」
明らかに会話の矛先を変えようとしての発言だけど、いちいち時間と手間と精神的苦痛を強いられてこいつのデータを取るよりも、好きにさせた方が楽かも知れない。
「まあ……少しぐらいはつきあってやってもいいさ」
「ふふっ、素直じゃないマスターだなぁ♪」
「な、なんだよそれっ!」
「べぇっつにぃ? 言葉どおりの意味だって♪」
「……武装神姫っていうのは、みんなおまえみたいに生意気なのか?」
「さあ? 引きこもりのマスターのせいで、ほかの武装神姫がどんなのか、なんてボクは知らないよ」
「ほんっとに口が減らないやつだなおまえは……」
さっきまでのどこか不安そうな様子はなりを潜めて、途端にいつもの調子を取り戻すジェヴァーナ。
そんなこいつの様子に、少しだけほっとしている自分を感じる。
「明日にでも神姫センターに行って……バトル登録したら誰か相手してくれるって♪ それでいいよね?」
「う、うん……」
「よしよし♪ そうと決まれば、今日はしっかり休まないとね」
「あ、ああ……」
「おやすみ、マスターまた、明日ね」
「………………」
僕が答えるより先にクレイドルに横たわったジェヴァーナは、そのまま本当に人間が眠るかのように瞳を閉じて、全身の力を抜いていく。
この二週間毎日目にしていた光景を、僕は見るともなしに見つめていた。
「なにを気にしてるんだ、僕は……」
こいつは機械なのに。
人間みたいな行動をするよう、ただ、プログラムされているだけなのに。
人間の心さえ信じていない僕が、人間でさえない、ただのプログラムにしか過ぎない、人間の心があるように「見える」だけの、ジェヴァーナに気を使うなんて……
「ばかばかしい……」
もう一度言葉に出して、僕はジェヴァーナに習って……というわけではないけれど、計測機器やパソコンを放り出したままベッドにもぐりこむ。
まどろみに逃げ込んで、何かを認めたくないような気持ちが……僕の中に生まれていた。
「トップへ」/「戻る」/「次へ」
武器・装甲を装備し、オーナーに従って戦いに赴く全高15cmのフィギュアロボ「神姫」たち。
今まで、武装神姫と呼ばれていたものは、神姫として作られたものに武装を施したものを指し示す言葉だった。
それがFrontLine、GroupeK2、そして来週にも参戦するKemotech、Vulcan Labの神姫たちによって一変する。
これから武装神姫とはこれら、「武装神姫」になるために生まれた神姫たちのことだけを指すことになるだろう。
その第一弾をいち早く調べることが僕の目的だったんだけど……
「ねーねー暇だよ。ひーまー!! 相手しろー!」
「……うるさい」
ジェヴァーナを起動して二週間ほど、その作業はいまいち進んでいなかった。
武装神姫がこんなにうるさいものだとは知らなかった。
最新のコンピューターガジェット、人間のパートナーとなるべく開発された究極のフィギュアロボ。
……どこが?
少なくとも僕の耳元でうるさくがなり立てるチビ人形はそんな上等なもんじゃない。
今までの僕の平穏な毎日を破壊する闖入者だ。
「それなりに高い買い物だったんだけどなあ……」
「なんの話?」
「お前の話だよ」
「お前って誰? ボクにはジェヴァーナって名前があるんだけど」
「僕がつけた名前だろうが、えらそうにするなよ……」
「そうだよ。マスターがボクにつけてくれた名前♪」
「はいはい……」
はぁ……
ああ言えばこう言うというのはこのことだな、と思わず深い溜め息をつく。
「なんだよお、わざとらしくため息なんかついてさ」
「誰のせいだと思ってるんだ……ほら、ちょっと腕、動かしてみて」
「はいはーい……よいしょっと」
僕の言葉を真似したのか、皮肉っぽいいいながらも言われるままにジェヴァーナが腕……というか、背中に繋がれたGA4アームを持ち上げる。
その鋼鉄の腕が戒めるように押さえつけている台がミシミシとたわむ。
「1056N……10㎏オーバーか、カタログスペックには偽りなし、と……」
自作のフォースゲージがパソコンに出力したデータを見て、つくづく感心する。
それ以外にも見たまんまリボルバーなモデルPHCハンドガン・ヴズルイフ、見たまんま怪しげな刀なアンクルブレードなどの装備も一通りチェックした。
その結果わかったのはこの大きさにするくらいなら、別の仕組みにした方が合理的なんじゃないかってあきれるくらい、『本物』のミニチュアだっていうこと。
実物をそのままスケールを1/10、体積を1/1000したものが武装神姫の武器だ。
つまりさっきのジェヴァーナの外腕……GA4アームの出力は人間に換算すると、ちょうど1000kg、1トンに相当する。
神姫たちにとっては、1トンの力で殴られる……車に突っ込まれるのと大体おんなじダメージになるということだ。
他の武器だって本物よりも威力は落ちているけど、使い方次第では十分人間に害を与えることができる。
18歳未満のオーナーには保護者の許可が必要なことくらいで、基本的には申請さえ出せば犯罪暦でもない限り、誰でもオーナーになれる。
その代わりというわけでもないだろうけど、武装神姫のオーナーにはオーナーカードという電磁発信機能のついたカード状の集積回路の携帯が義務付けられている。
これにはGPS機能が取り付けられていて、おおよその所在地はMMS管理局に通達されつづけていて……つまり監視されつづけているっていう事になるんだけど、それも仕方が無いことだと思う。
むしろその程度のことでいいんだろうかっていう心配の方が先だよな……
「こんな所かな……」
なんて、そんな毒にもクスリにもならないことを考えながら、かけていた眼鏡を外す。
「やっと終わり? なんでこんな退屈なことしてるのさ?」
僕が外した眼鏡を覗き込みながら、大して興味もなさそうに、ジェヴァーナが聞いてくる。
「おまえは退屈かも知れないけど、僕は楽しいの」
「……くらい趣味だねぇ……って、おまえって言うな! ボクにはジェヴァーナって名前があるんだよ!」
「……はいはい……」
そんな何度目になるかわからないやりとりをしつつ、入力したデータを整理していく。
もう一度かけなおした眼鏡越しに、ディスプレイの反射をうっとうしく思いながら、数字の羅列を見つめる。
そのデータ自体は色々と興味深いところもあるんだけれど……
肝心のCSCについてはほとんど調べることができなかった。
組み込む前に自前の顕微鏡やらなにやらで片っ端から調べてみたけれど、予想通り完全にブラックボックスで、大学レベルの研究設備でもその中身を調べることは不可能っていうのは、多分、デマでもなんでもないんだろう。
……そんなものがどうやってこんな風に市場流通してるのかってのは、ますます謎だけど。
「ねえねえ、マスター!」
「……なに?」
相変わらずテンションの高いジェヴァーナに億劫さを隠しもしないで答える僕。
「そんなにボクの体を隅々まで調べて、どうするつもりなの……?」
武装をはずしたジェヴァーナが、わざとらしく、よよよと打ちひしがれた風に体を横たえて流し目をくれる。
……こいつのプログラマーはなにを考えていたんだろう。
「別にどうもしないよ。ただ機械を調べてそれを解析したり、分解したり組み立てたりするのが好きなだけ」
「ええっ!? ボク、分解されちゃうの!?」
「……………」
それもいいな、とちょっと思ったけど……
「しないしない。CSCとコアの連結状態を解除すると神姫は死ぬんだろ?」
「う、うん、そうだよ! だから絶対に分解なんてしちゃ駄目だからね!」
「はいはい……」
一度接続したコア、ボディ、CSCを分解するとそれまでのデータは「例えバックアップしていたとしても」失われる。
「データ以外の何か」が失われるその現象を、神姫の心が失われる……神姫の死として一般のユーザーは認識しているし、メーカーもそう喧伝している。
馬鹿馬鹿しい。
機械に「死」なんてない。
ただ壊れるだけだ。
こいつがおびえているのだって、それに対して「おびえているかのような反応」を示すよう、プログラムされているだけだ。
「でも、調べられるところはもう大体調べたかな……」
「ええっ!?」
「ああ、いや、別に調べ終わったら分解するっていうわけじゃなくて……」
思わず言いつくろうように続けてしまう。
「ホント?」
「ホントだって……別に僕だってなんでもかんでも分解するバラバラマンってわけじゃないんだからな」
「……違うの?」
「違うっ! ……多分」
「なんかいまいち信用できなてけど……よかった♪」
「………………」
心底ほっとした、というように胸をなでおろすジェヴァーナに、自分もなぜか少しだけほっとしてしまう。
「あ、でもでも、武装神姫のことを調べたいっていうんだったら、ボクの体を調べるだけじゃなくて、もっといい手があると思うよ?」
「? いい手……って?」
話題を変えたいのか、手を打ってジェヴァーナが僕へと目を向ける。
「バトルだよ。バ・ト・ル♪」
「バトルって……神姫バトル?」
「あったりまえでしょ」
「……神姫バトル……ね」
明らかに会話の矛先を変えようとしての発言だけど、いちいち時間と手間と精神的苦痛を強いられてこいつのデータを取るよりも、好きにさせた方が楽かも知れない。
「まあ……少しぐらいはつきあってやってもいいさ」
「ふふっ、素直じゃないマスターだなぁ♪」
「な、なんだよそれっ!」
「べぇっつにぃ? 言葉どおりの意味だって♪」
「……武装神姫っていうのは、みんなおまえみたいに生意気なのか?」
「さあ? 引きこもりのマスターのせいで、ほかの武装神姫がどんなのか、なんてボクは知らないよ」
「ほんっとに口が減らないやつだなおまえは……」
さっきまでのどこか不安そうな様子はなりを潜めて、途端にいつもの調子を取り戻すジェヴァーナ。
そんなこいつの様子に、少しだけほっとしている自分を感じる。
「明日にでも神姫センターに行って……バトル登録したら誰か相手してくれるって♪ それでいいよね?」
「う、うん……」
「よしよし♪ そうと決まれば、今日はしっかり休まないとね」
「あ、ああ……」
「おやすみ、マスターまた、明日ね」
「………………」
僕が答えるより先にクレイドルに横たわったジェヴァーナは、そのまま本当に人間が眠るかのように瞳を閉じて、全身の力を抜いていく。
この二週間毎日目にしていた光景を、僕は見るともなしに見つめていた。
「なにを気にしてるんだ、僕は……」
こいつは機械なのに。
人間みたいな行動をするよう、ただ、プログラムされているだけなのに。
人間の心さえ信じていない僕が、人間でさえない、ただのプログラムにしか過ぎない、人間の心があるように「見える」だけの、ジェヴァーナに気を使うなんて……
「ばかばかしい……」
もう一度言葉に出して、僕はジェヴァーナに習って……というわけではないけれど、計測機器やパソコンを放り出したままベッドにもぐりこむ。
まどろみに逃げ込んで、何かを認めたくないような気持ちが……僕の中に生まれていた。
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