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 ―PM:17:31 March XX. 203X.
 
「連山、やはり見つからないのか?」
 ミラは、VRフィールドへ移動している連山に連絡を取ってみた。準決勝第二試合は思った以上に拮抗しており、試合終了時間が迫ろうとしていた。
『やっぱり無いよぉ~。ミラちゃんが探してみてダメで~連山も~あっちこっち探してるんだよぉ』
 通信ユニットから連山の困った声が聞こえてきた。ミラに言われて、あるかどうか分からないものをずっと探していた。
 未だ見つかっていない爆弾は『審判』と『世界』のみ。そして残された試合もこの準決勝第二試合と決勝戦しか残されていないのだ。ここで見つからなければ、ミラは致命的な見落としをしてしまった事になる。
 ミラは暫く唸って悩んでいたが、連山に指示を出した。
「連山、恐らくこの試合では何も見つからないだろう。こっちに戻ってきてくれ」
『ふにゃぁぁぁ~~……骨折り損って事~…?』
 連山は草臥れた声で答えると、二人の決着には目もくれずVRフィールドを抜け出た。
 
 程無くして、連山はミラのコンソールへ戻ってきた。
「レン、残念だったよな」
『れっぷうぅぅ…ふみゅぅぅぅ…』
 画面越しに声を掛けてくれる烈風に甘えたかったが、現実世界に戻らない限り無理な話だった。
 ミラはというと、未だ見つからない『審判』と『世界』の在り処は何処なのか、ずっと模索していた。
 今後の予定は、決勝戦が19時に行われることとなっている。決勝戦専用V.B.B.S.筐体のセッティングや、テレビ局の報道陣がインタビューしてきたりと、より一層忙しくなることだろう。
「こうなったら…別の線を当たるしかないのか?」
 そうなってしまい混乱も大きくなってしまうような中、アルカナに打ち勝つ事など出来るのだろうか? そう呟いた時、通信機から桜からのコールが響いてきた。
 ここまで来て一体、何の用があると言うのだろうか。
「またか……もしもし?」
『桜です。ミラ様、急用と言うわけではないのですが、宜しいでしょうか?』
 決勝戦に向けて忙しくなろうとしていると言うのに、一体何事だろうか。
「また小包と言うオチではあるまいな」
『いいえ。決勝戦開始までに一度、若様にお会いになって頂きたいのです』
 またしても思いがけない言葉を聞いて混乱しそうになった。
 軽く疲労の溜め息を吐きながら、ミラは返事した。
「こっちはこっちなりに大変なのだが…どうしてまたそんな事を?」
 すると、珍しく困ったような様子で桜は言ってきた。
『申し上げにくいことなのですが、実はこの件は既に若様のお耳に入っておりまして…』
「なっ!?」
 その若様の事は、朝方に聞いたばかりである。然し、大会が終わり、アルカナとの決着が付くまではずっと内密であって欲しいとミラは願っていた。
 然し、どうにも不自然なものが頭に引っかかり、ミラは考えなおしてみた。
「その割には、若様は大人されているようだな」
 ミラが朝方聞いた若様の評判通りなら、その若様が既にミラの元へ来ていてもおかしくない。そして爆弾探索に協力しようとするだろう。
『はい。若様のご友人の説得により、引き下がってくださいました。ですが……若様も事実を知ってしまった以上、この件に関して詳しくお知りにならねばなりません』
 完全無欠と言える桜が高く評する人物だけに、次期・鳳条院グループを担う若様も、アルカナとは完全に無関係ではなくなってしまったのだ。
「成る程…私には、若様に事情を説明する義務がある」
『はい。ですから、若様と会って説明して頂けないでしょうか?』
 桜の頼みに、ミラは迷うことなく返答した。
「分かった。全ての事情を説明しにいこう。その前に何だが……」
『はい、何でしょうか?』
 ミラは今更になって、ついつい肝心な事を聞き忘れていたのだった。
 少し恥ずかしくなり、暫く間を空けてから言った。
「その……若様のお名前などをお訊ねしたいのだが」
『お名前……ですか。若様のお名前は橘明人と仰います』
 それを聞いたミラは、軽く首を捻った。
「えっ、橘? …鳳条院の跡継ぎであられながら何故?」
『はい、それはですね…』
 と、ここでミラは暫く”若様”の事を詳しく聞くのだった。
 
 
 
    ANOTHER PHASE-08-2
                『Last Card』 ―JUDGEMENT―
 
 
 
 ――3 Minute Passed...
 
『…と言うことなのです。それでですね……』
 ミラは十分に事情を察したのだが、この様子ではもう何十分か語られそうな勢いだった。
「わ、分かった。分かったから、若様を待たせる訳にはいかないのでそろそろ…」
 慌ててミラは会話を終わりに導いた。
『そうですね、失礼しました。会長と若様は北のスタッフ専用通路においでになられます』
「それだけ聞けば十分。では」
 ミラは通信を切ると、すぐに烈風と連山に声を掛けた。
「……そんな訳で、例の若様に会いに行こうと思う。本当はあまり席を外したくは無いのだが…烈風、連山。一緒に来てくれ」
「おいおい、こんな時にかよ?」
 コンソールの縁で胡坐をかいている烈風は眉を傾けた。
「仕方ないだろう。それに、この試合では起爆プログラムは検出されなかったから、一試合分は時間に余裕があるとも言える」
『やったぁ~っ! 何時間かぶりに外に出られる~♪』
 一方、コンソールは連山が大いに喜ぶ様子を表示していた。
「さて、試合が始まったところで悪いが、震電にも連絡しないとな…」
 ミラは通信ユニットを取り出しながら、片手で自分のコンソールを操作して連山を素体へダウンロードしていた。長時間接続によるフィードバックによる差異は殆ど無いようだった。
「何で全員集合させる必要があんだよ?」
「私は、鳳条院グループの会長に重大な事件を任せられた人間だ。そんな私の神姫も全員揃えず迎えては、会長にも若様にも誠意を示せないからだよ」
 と言うと同時に、素体に戻ってきた連山が烈風を抱きしめてきた。
「わ~いっ、れっぷうぅ~っ♪」
「おわっ、こうしているとやっぱレンが近いぜ♪」
 じゃれあう二人を他所にミラは震電に通信を入れながら、コンソールにパスワードを仕掛けていた。
『……選手の色は把握している。問題ない』
「ああ、北の通路で落ち合おう」
 忙しくなる頃ではあるのだが、これを機に例の若様を見定めるのも悪くは無いとミラは思っていた。
 
 
 ―PM:17:36 March XX. 203X.
 ―North Staff Exclusive Path.
 
 震電を迎えてからミラは桜に言われた通り、スタッフ専用通路を歩いていた。
「烈風、あまり失礼のないようにな」
「んだよ。礼儀正しく勤勉に、なんてガラじゃねぇし」
 そう言葉を返してきた烈風は、ミラの髪の中に隠れていた。
 因みに、震電と連山は電力の節約の為、一応トランクの中にいた。
『震電ちゃ~ん、どんな人なんだろ~ね~?』
『……会えば分かる』
 
 
 
 もう少し歩いたところで、老人の声と若い声が聞こえてきた。
 
 「ついさっき桜から連絡があっての……お前も知っておろう、鳳凰杯の『裏』で起きておる事については」
 「まぁ…大方の筋書きはな」
 「そうか、その件なのだが…」
 
 一方の老人の声には聞き覚えがあった。鳳条院グループ会長の兼房のものだ。するともう片方の若い声が即ち、
「兼房様、その続きは私からお話しましょう…」
 ミラは兼房の言葉の続きを取った。
「おぉ、ミラ殿」
「兼房様、直にお会いするのはこれが初めてですね。ご挨拶が遅れたことをお詫び致します」
「何を仰るか。むしろこちらが無理を言って来てもらっとるんじゃ。どうか頭を上げてくれんかのぉ」
「…貴方という方は底が見えませんね」
 
 一方、その様子を見ている烈風は、どうもむずがゆいような感覚を受けていた。
(「な、な、何てか、社交的なミラってのは、違和感だらけで気味が悪ぃな…」)
 ミラがこれまでに目上の人間を接してきたのを、烈風は何度か居合わせていたこともあった。過去にミラは別の件でアルカナの時限爆弾の事を警告した時もあったが、その時の相手は兼房の様な出来た人物ではなかった。
 似たような事を考えているのは烈風だけではなかった。
(『み、ミラちゃんがぁ~尊敬語で会話してるよぉ~っ』)
(『……確かにあまり見ない姿だが、即ちミラにとって礼を尽くすべき相手と言うこと』)
 変なところで驚愕している連山に、冷静に分析する震電だった。
 
「ジジイ、その子は?」
「お? そうか、お前にも紹介しとかんとのぅ。 彼女は…」
「アメリカ・カリフォルニア州神姫BMA・ロサンゼルス支部所属、違法神姫調査官…ミラ・ツクモだ」
 被っていた帽子を取って、ミラは頭を下げた。
「これはこれはご丁寧に…そんじゃ今度はこっちが名のる番だな。 俺は…」
「橘 明人君にそのパートナーであるノアール嬢…との認識なのだが宜しいかな?」
「…なんで知ってるんだよ」
「水無月様に話は聞いていた。それで、本人で間違いないのだな?」
「…あ~、うん、間違いないです…」
 
(「お~お、背丈じゃ勝てっこないのに、すっかり気おじさせるなんてよぉ。それにしてもこのあんちゃん、どっかで見た気がすんだよなー…」)
 目の前に立つ明人の背丈は確かに高い。確かに日本人としては高めではあるが、それよりもミラの背丈が遥かに低すぎるだけだった。
 どこで見かけたのか烈風が思い出そうとしている最中、連山と震電はというと。
(『ノアールって~……にひひっ、いい犬型~♪』)
 連山はトランクから顔を出すと、明人の右肩に座る”ノアール”という犬型MMSを見つめてみた。
 すると軽く意地悪そうに笑った。明らかに悪巧みをしている顔である。
(『……待て連山、何処へいくつもりだ』)
 不穏な気配を察して、震電は連山の足を引っ張ろうとしたがその瞬間、連山の姿はミラージュコロイドにより掻き消えた。
 
「それにしても君が…『若様』とはな…」
「『若様』? 何のことだ?」
「いや、あの水無月様がえらく御執心だったのでどのような人物なのかと思っていたら…まさかあの時の青年とはな」
 一昨日の頃、町を歩いていたら本物のHVIFを三体も連れた青年を見かけた。本物だけに烈風にも見破る事が出来なかったが、どことなく神姫らしさが抜けていないような気がして、かまをかけてみたのだ。
「?? あの時?」
「…いや、いい。気にするな」
 思い当たる節がなく怪訝とした表情を浮かべる明人だったが、ミラは軽く止めた。
 
 暫く記憶を探っていた烈風だが、やっとその正体に気づいたようだ。 
(「…おぉ、そっか! 一昨日の本物のHVIF連れのあのあんちゃんか! 成~る程な、大企業の兄ちゃんなら、本物を持ってても確かに不自然じゃねぇよな」)
 震電から未実包のスナイパーライフルを借りて狙撃しようとした時、連れの少女達だけが不自然に動揺していたのを思い出した。見た目は人間でも、中身は結局神姫である事を確かに見せられた。
(「つか、アレだ。会話がちっとも弾んでねぇってこったし」)
 と思うや否や、烈風は黒い翼を羽ばたかせてミラの右肩に着地した。
「つうかミラちゃんよぅ、もうちっとくれぇ愛想良くしろってぇの。ま、こんな辛気くさいカッコしてりゃそんな意味もないかもな! へへっ」
 と、ミラの漆黒の喪服をけなして茶々を入れてみた。
「烈風…まさか、まさか君にそのようなことを言われるとは予想もできなかったよ」
 意外にもミラは落ち込んだようだった。額に手を当ててがっくりと項垂れた。
 そんなミラを無視して、唖然とした様子の明人に対して烈風は挨拶した。
「よう、兄ちゃん! ボクは烈風ってんだ。ま、宜しくしてやってもいいぜ~?」
 
 一方、ミラのトランクでは。
(『……連山の奴、大事な借り物を使って何処に行った?』)
 ミラージュコロイドを使ってから、どこへ行ったか分からない連山に呆れて、軽く溜め息を吐いた。
(『……然し、烈風も調子に乗りすぎている』)
 今度は烈風の発言に呆れて、トランクの中で”フレスヴェルグ”を稼動し始めた。
 
 烈風の堂々とした挨拶に少しカチンときたか、明人はすっきりとした皮肉で返してきた。
「…お行儀のいいワンちゃんですな」
「あぁ!? なんつった?いまなんつったぁぁっ!!?」
 ワンちゃん呼ばわりにムカついたか、烈風は逆上してしまった。見事にブーメラン発言である。
「止めろ烈風…先に仕掛けた君が悪い」
 ”辛気臭いカッコ発言”から立ち直ったミラは、うんざりしながら烈風を止めた。
 少し前に、失礼のないようにと注意したにも係わらず早速これだ。とは言えど、ミラは初めから、一時的にでも行儀のいい品行方正な烈風を期待していなかったのだが。
 
 またまたその一方で、ミラージュコロイドで姿を隠した連山は、明人の足元まで来ていた。
(「にしし~~ノアールちゃんってば~犬型だからやっぱり尻尾をつけてるんだねぇ~♪ れっぷうは~一度触ったら~ミラちゃんに頼んで外してくれちゃったもんなぁ~…むぅ~っ」)
 そんな事を考えながら、穴が空きそうな程にノアールの尻尾を視姦する連山。姿こそ見えないが、はっきり言って犯罪そのものである。
「……貴方が何を考えているのかは大体わかりますが、私もあの方のような方が良かったですか?」
「阿呆、何でそうなるんだよ…」
 ここで初めて、連山はノアールの声を聞いた。
(「ふぇ~控えめで礼儀正しそうな感じぃ~新鮮だなぁ~………そうだ、ミラちゃ~ん。また今度、明人お兄ちゃんに頼んで、れっぷうとノアールちゃんを~一日だけ交換してくれないかなぁ~?」)
 もし、今の発言が周りに聞こえていたら、ちょっとした騒ぎになっていた事だろう。
 暫くすると、ノアールの尻尾が何だか落ち着かないようにパタパタと動き始めた。流石に連山の視姦行為に反応したようだ。
(「ふにゅにゅにゅにゅ~………あ~いうのを見ているとぉ~……スキンシップしたくなるのがぁ~神姫のサガ~っ!!」)
 えらく自分勝手な事を考えると、連山は一気に高く跳び上がってノアールと同じ高さまで来た。
(「ふにゃぁ~ん♪ しっぽスリスリ~♪」)
「!?」
 そしていきなり尻尾にたっぷりと頬擦りした。
 言わずもがなノアールの背筋がピンと伸びて硬直した。
(「ついでに~バストと~ウェストと~ヒップもしっかりねぇ~♪」)
「っ!?!?」
 更に、落下しかける寸前にノアールの胸から腰を巡り、尻に太腿にかけてニュートンの法則に従って撫でたり揉んだ。
 因みにこの間、僅か0.8秒。悪戯もここまで来れば………やはり悪戯に過ぎないのである。
 そして音も立てず綺麗に床に着地すると、連山は実にいい笑顔(と言ってもミラージュコロイドを使っている為に見えないのだが)を浮かべて笑った。
(「やっぱり~個体差ってあるんだねぇ~♪ れっぷうよりもぉ~胸が敏感みたいでカワイイ~♪」)
 ………もう、勝手にしてくれ。
 
 いい加減、話をミラと明人たち側に戻して再開することにする。
 ミラのトランクの死角から、”フレスヴェルグ”に乗った震電が、二人の前に現れてきた。
「………ミラ、口出しして悪いが時間がない。 早く彼らに用件を伝えてはどうかな?」
「すまない。 確かに君の言うとおりだな…震電」
 思わぬ助け舟にミラは少しだけ安堵した。
 震電の言う通り、こうして会いに来たのも貴重な時間を割いてのことだ。さっさと話を進めて、事情を説明しなければならない。
「……まぁミラが謝る事ではない。謝るべきはどちらかというと…」
 烈風の方に軽く顔を向けて、震電は思ったことを口にした。
 ゴーグルをつけている為、表情を窺い知る事は出来ないが、多分冷たい眼差しだろう。
 震電の態度に、烈風はピクンと反応した。
「んだよ…ボクが悪いってのか!?」
「……悪いとは言っていない。 ただ、先ほど彼が言った事には私も同感だというだけさ」
「あぁ!? ケンカ売ってんなら大金はたいて買ってやろうか!」
 売り言葉に買い言葉とは言ったものだが、喧嘩は他所でやって欲しいものである。
「れっぷぅぅぅ~やめなよぅぅ~~」
 その時、険悪な気配を察した連山が呼びかけてきた。
 だが、何故かその姿は見えない。
「ご主人様、あそこです」
 と、ノアールが指した先で、ネットの画像が表示されるように、一体の神姫が現れた。
 困っているようなのだが、それでもニコニコ笑顔は崩れていない。
「もぉ~ケンカしちゃだめだったらぁぁ~~」
 そう言って、すぐに烈風と震電の間に割って入った。
「……ミラージュコロイド?」
 置いてきぼりにされそうな明人は、目の前の事象を一つの単語で表した。
「そうです。ミチルさんが持っている光化学迷彩『ミラージュコロイド』」
「よく分かったなお前…」
「私の尻尾は…敏感…です…」
 と言う、ノアールの尻尾は見事にピンと逆立っていた。それに何故かのぼせたかのように顔が赤い。
 そんなノアールの姿をチラリと見た連山は、舌をチロッと出した。
(「ああ~可愛い~可愛いぃぃぃっ!! もうちょっと弄ってあげればよかった~っ」)
 今度はそんな風に悶える連山を、烈風と震電が不思議そうに見つめていた。
 一方、一連の会話を聞いていたミラはと言うと、頭上にクエスチョンマークを浮かべていた。
(「連山……何の為にミラージュコロイドを使った?」)
 喧嘩の仲裁をするだけなら、ミラージュコロイドを使わずとも不可能ではない筈だが……?
 ミラにも理解しがたい事があると言うその一方、明人達はと言うと。
「今触ったら……怒りますよ」
「うっ……りょ、了解…」
 ノアール恥じらい混じりの艶やかな顔が、一瞬で凍てつく様な厳しい相貌に。
 明人のどもり具合から、図星だった事が一目で分かった。
「しかし、ミラージュコロイドは國崎技研でミチルさんが試験運用しているだけでまだ販売段階ではないのでは…」
 気を取り直したところでノアールは、素朴な疑問をぶつけてきた。
 すると連山が、
「連山のコレは、鳳条院グループ側のもの。水無月様に頼んで許可を頂いて貰ったんだよ、『緑色のケルベロス』さん」
 天然なのか故意なのか、ノアールの事を敢えて二つ名の方で呼び返した。
「けっ、『地獄の番犬』ってか? 大層な2つ名だなぁ」
「そうですね…私も嫌いですよ、そう呼ばれるのは」
 烈風はと言うとそのまま挑発としてありのままの事を述べ、そう言われたノアールは笑顔を浮かべながら、静かにそう答えた。同じ犬型として格好よさげな二つ名を妬んだか。こんな場でも誰かを挑発せずにはいられないのが烈風だった。
 すると、震電が含み笑いを浮かべてこう言った。
「……ふっ、挑発するには相手が悪かったな、『Bruinsの番犬』?」
「てめ! ボクもそう呼ばれるのが嫌いだって知ってて言ってるだろ!!」
 震電が述べた烈風の変な二つ名に、烈風はまた逆上して食いついてきた。
 UCLAの構内で烈風は、規則を破ったりマナーのなっていない学生を怒鳴り散らして吠え掛かってくる事からすっかり有名になってしまい、こんな不名誉な二つ名を受け賜ったのである。
 確かに同じ番犬でも、『地獄』と『Bruins』ではちっとも様にならない。
「ふみゅぅぅ~~だからダメだってばぁぁ~~」
 またしても一方的な口論が始まろうとして、連山は慌てふためいて二人の間に割って入った。
 一連の様子を見ていたミラは深々と溜め息を吐いた。
「…すまない。 騒がしい連中で」
「いや。 俺んちも似たようなもんだし…なぁ?」
「ええ」
 一昨日に見かけた時はHVIFだったが、明人には後二人、神姫がいるという事である。
 女と言う字が三つ集まって『姦しい』になるとは言ったものだが、彼もまた殆ど同じような苦労をしているのだろう。
「……お互い、苦労しているみたいだな」
「…そのようで」
 同じ苦労を抱える者同士、ミラと明人の溜め息が一致した。
(「何となく、彼とはもう少し親しくなれるような気がするな…」)
 と、あまり嬉しく無い事でも、ミラは何かしら繋がりを持った様な気がしたのだった。
 
 まあ、それはそれとして……。
 ミラは烈風と震電を嗜めた後、明人に全てを明かした。
 アルカナの予告状のこと。自分がここへ来た理由と経緯。設置された時限爆弾の個数や種類。まだ解体できていない爆弾が3つである事……。
 そして、アルカナの正体が人間ではなく、元々は鶴畑コンツェルン傘下の企業の神姫で、事故によりAIのみとなってネットワーク空間を漂流する存在となった……そう説明した時、明人はぽつりと呟いた。
「……ワイアード・ゴースト」
「…なんだそれ?」
 真っ先に答えたのは烈風だった。
「私も知らない単語だな…意味を教えてもらえないか?」
 続けてミラも、聞き慣れない単語に軽く首を傾げた。綴りは恐らく、『Wired Ghost』で合っていると思われる。
 すると明人は少し驚いたように言った。
「意外だな…烈風が知らないのは頷けるけど、ミラちゃんも知らないとはね…」
「てめ、どういう意味だこ…ふむぅ!? ふむぐぐぐぐぅっ!?」
 またまたカチンときた烈風は明人に食って掛かろうとしたが、背後から連山にヘッドロックを掛けられ、しっかりと押さえつけられてしまった。
「は~い、れっぷうちゃぁん。 連山と一緒にいい子にしてましょうねぇ~~♪」
「ふむぅ! ふむぐぐぅうう!!」
 そしてそのまま烈風は連山に押さえ込まれ、ミラのトランクの中へと強制連行されたのだった。
(「……場を読まないと思っていたが、今回は少し見直した」)
 と、代わりにミラの肩には震電が降りた。
 ミラは二人を綺麗さっぱり無視して話を続けた。
「アレは放って置いて話を戻そう。日本では基本的にバーチャルバトル人気があり、それに伴った知識が一般的にもなっているのだろうが……アメリカでは基本がリアルバトル。要するにカルチャーギャップの様なものかもしれないな」
 武装神姫が誕生するよりもずっと前より、ネットワーク技術の発達は著しい。その進歩は現実世界ではなく、仮想空間にも新たなる秩序が出来ている程だ。
 内向的な傾向にある日本人は、仮想空間でのバトルを好んで受け入れるようだが、欧米諸国ではまた話が違う。仮想空間では起こった事は所詮、総てがデータのやり取りだ。やろうと思えば幾らでも元通りに戻せてしまう。つまるところ、やった事に中身が無いのだ。
 だから、神姫同士によるバーチャルバトルが可能となっていても欧米人の肌に合う事はなく、基本的にはリアルバトルの方が主流なのである。
「いやまぁ、一般的かといわれるとそうでもないから仕方ないんだが…」
「…どういうことかな?」
「俺はまぁ…昔から色々あってネット世界に感覚を移す事が多かったからなぁ…まぁ簡単に説明するとだな? その当時から魂…まぁ精神と言うべきか。 それと肉体とネット空間の関連性で事案の噂を聞いたことがあった」
 ミラと震電は共に、明人の話に耳を傾けていた。
「…魂と肉体とネット空間の関連性」
 特にミラはアメリカを出る前、大学でネットワークと人体の関連と繋がりをテーマに研究発表しようとしていただけに、ついぞアルカナの事を忘れかけていた。
「その事案はネットに感覚を移している時、肉体、もしくはネット管制プログラムに何らかの異常が見られた時に起こりうる危険性というものだったんだけど、さっき言ったのはその事項の一つにあったものなんだ」
「肉体から魂が…精神が離れネット上に住み着く現象、それの被験者及びその症状に陥った自己意思あるもの…それが『電子体幽霊』、通称『ワイアード・ゴースト』。 現象名『ワイアードゴースト現象』」
「『ワイアード・ゴースト』……」
 新たに覚えた単語を呟きながら、ミラはアルカナを例にして当てはめていた。
 まだ実験段階だったネットワーク対応VRフィールドの接続実験に失敗したアルカナは、ネットワークの世界に放り出されてしまい、件の『ワイアード・ゴースト』となってしまった。そして何かがきっかけとなり、アルカナと呼ばれた悪魔型MMSは世界的な爆弾テロに変貌してしまった。
 震電も黙って聞きながら、思うところを考えていた。
(「……トレーニング程度なら仮想空間で行うこともあるが、稀に接続異常を起こしてVRフィールドに取り残される事故が起こった事があると聞いた。この件は、そのような小規模なものではない、と言うことか」)
 震電が読んだ事がある文献にて、似たようなものに『幽体離脱』というものを思い出した。書物で見たものでは、人間の意識が高められてトランスする事により起こるとされる、科学的根拠の無い心霊的な現象だったり儀式だったりするらしい。
 真偽は何であれ儀式として伝えられているものでは、離脱した魂を他者の肉体へ移すことでその者に成りすます、と言うものだ。
 何分か前に、自分だけが見ていた光景を思い返した。
(「………試合終了後、ルシフェルは筐体から出てこなかった。それを見た興紀は、ルシフェルを”掴み出していた”」)
 嫌な予感がする。あってはならない事が起ころうとしているのではないか。
(「……杞憂と思いたくは無い」)
 震電はその考えを、今は胸に閉まっておく事にした。
「十中八九、その神姫はワイアード・ゴーストだろうな…っつか鶴畑め、厄介な事件に絡みやがって…」
 然しアルカナを生みだしてしまったのが、鶴畑関連の人間である事を証明するのはあまりにも難しい事だった。エステラが何処でその情報を掴んだのかは分からないが、既にその証拠は隠蔽されている筈だ。
「…ありがとう、小さな疑問が一つ解消された」
 それでも十分すぎる程に大きなヒントを得た事に感謝して、ミラは明人に頭を下げた。
「こんなのお安い御用だ。他にお役に立てることはないかなお嬢さん?」
 すると、ミラの表情がやや引きつったように、震電には見えた。
「お嬢さんは止めて貰おう。コレでも私は成人なんだ」
 と主張するミラだが、実際には明人より年下でまだまだ若い。
「あらら、意外と年齢相応なんだな」
「それはどういうことだ?」
「俺の周りにはもっと子供っぽい大人がわんさかいるもんでね。 感覚が狂っちまってしょうがねぇ…」
「そう…なのか?」
 と言ってみたところで、鳳条院グループの社長であり明人の母でもある伊織の事を思い出した。
 基本的に自分が見る女性の感覚は自分の母親が模範となってしまいそうなものだが……明人の感覚は確かなようだった。
「ああ。そんじゃ『ミラちゃん』ってのもマズイわな…」
「ミラで構わない」
「ん? そうか? そんなら俺も名前で気楽に呼んでく…」
 するとミラは微かに悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「『若様』では駄目なのかな?」
 突然、出会って間もない少女にそう呼ばれた事に、明人はげんなりした。
「……なんでよりにもよってそのチョイス?」
「さて、何故なのだろうか?」
(「……『橘さん』と言う選択は無しか」)
 そう言ってとぼけて見せるミラは相変わらず悪戯っぽく笑っていた。そんなミラを見つめる震電は心の中で呆れていた。
「とりあえず今、君に知っておいてほしい事はこれぐらいだ…仕事中にすまなかったな」
 そう言うと、ミラは踵を返した。震電も倣い、”フレスヴェルグ”の向きを反転させる。
「また爆弾捜しかい?」
「いや、目星は着いている。後はその時を待つだけさ」
「そか…君たちなら問題ないだろうけど何かあったら連絡をくれ。何時でも動ける態勢にしとくからさ」
 互いに忙しい事もあるだろう、そう思いながらミラは改めて”若様”を評価した。
「有り難う。それでは兼房様、失礼します」
「うむ、頼んだぞミラ殿…」
 兼房に頭を下げると、ミラはこの場を後にした。
 が、震電はすぐに付いて行かず、明人とノアールを暫く見つめると、こう言った。
「……今は時間が無いが貴方とは戦ってみたかった…多分この二人も私と同じだろう。特に、うちの番犬はな…」
 と、ミラが持つ大きなトランクを軽く一瞥した。
「私もですよ…震電さん。 叶うのならばまた…」
「……ああ、楽しみにしている…」
 最後にそう言うと震電は会釈し、”フレスヴェルグ”を加速させてミラの後を追った。
 
 
 震電がミラの元へ追いついた時、ミラは振り向く事なく一言訊ねた。
「分かっていながら言ったのか」
 すると震電は、昂揚の無い冷たい声で返した。
「……神姫としての社交辞令。例え、叶わぬ願いであっても」
「よく分かっているようだな」
 ミラが所有する烈風と震電と連山は、違法改造された武装神姫、通称”IllegalType”と戦う為に特別にチューニングされた”AIES”なのである。違法改造のレベルにも多々あれど、一般人を殺傷する程に強化改造された”IllegalType”による凶悪犯罪に対抗する為には、こちらも同様に合わせなければならない。
 最新の対違法神姫武装、レギュレーション違反のパーツなどを用いるのは基より、それらを使用するAIESの水準が武装神姫より根本から異なるのだ。
「………ところで、どう手加減すればいいと思う?」
「震電…分かっているのか分かっていないのか、どっちかにしてくれないかな」
 敗北は即ち死でありルールも制限も無い違法の世界を生き抜いていくAIESと、競技の限られた一定の枠組みの中で戦い敗北から新たなものを学んで行く武装神姫。あのノアールは間違いなく後者だ。
 住む世界が違いすぎるのだ。故に、AIESの力はみだりに振り回してはならないのである。
「……互いに背を向けあい、数えながら歩いて五つの時に…」
「それはそれは、西部劇の見過ぎだな」
 相手から相当強い希望がない限りは例外ではあるが、それでも市販品のみを使うなど厳重な制限を設けなければ、AIESは武装神姫と戦ってはならない。何故なら、AIESの高水準性能や装備に魅せられて、違法の世界に足を踏み入れてしまうオーナーが現れてしまう可能性も十分にあるわけである。
「…………試合の結末を見てくる」
 と言って震電は、ブーストを思い切り吹かして、スタッフ専用通路を抜けていった。
「…日本にもAIESかそれに似た存在がいるなら、叶うかもしれないがね」
 震電の珍しい我が儘に仕方なく溜め息を吐くと、ミラは制御室へ戻った。
 
 
 ―PM:17:54 March XX. 203X.
 ―V.B.B.S. Control Room, B2F.
 
 準決勝第二試合のカードである、ミュリエルとミチルの戦いはかなり拮抗していた。
 互いに満身創痍の状態で立つのがやっとで、奥の手も殆ど使い切ってしまっていた。
「ダミーバルーンにミラージュコロイドってか。騙しあいばっかじゃそりゃ長引くわけだぜ」
「だが、得意距離から見て勝てそうなのは……」
 烈風とそんな事を話しながら、ミラは試合の様子を伺っていた。因みに連山はバッテリー温存の為、ミラのトランクの中で休眠中である。
 そして……ほんの一瞬の判断力の差が、この試合に決着を付けたのだった。
 
 
 ―1 Minute Passed...
 
『ミチル・クリティカルダメージ、戦闘不能判定。勝者、ミュリエル』
 
 と、ジャッジシステムがそう告げた瞬間、決勝戦のカードが決まったのだった。
「やっぱ、最終的にゃ根性と気合だよな」
「烈風…確かにそうなのだが、君が言うと何故か実も蓋も無く思えてくる」
「……どう言う意味だ、コラ?」
 と言って、ミラの手をグイッと踏みつけた。
「痛ったた、君の左足は相変わらず凶器だな…」
「それよりもよ、これからどうすんだよ? 未だ見つかって無いんだぞ、後二つ!」
 残された試合が二つしかない以上、準決勝第二試合には『審判』か『世界』のいずれかが仕掛けられているものと考えていた。
 然しこの試合には、『審判』と『世界』の見立てに当てはまる要素など無く、試合終了までずっと起爆プログラムの反応が検知される事はなかった。
「まあ、この試合には初めから期待していなかったがな」
「おいおいおいおい……ここまで来てお手上げ宣言かぁ?」
 ミラの発言に参ってしまい、へたり込んでしまう烈風。
「いや、いずれか二つではないとしても、気がかりな事がある」
「…何だってんだよ?」
 するとミラはその顔を引き締めた。
「…ルシフェルだ。震電の報告といい、テレビのマスコミ達も、あの試合が終わった後のルシフェルと興紀の様子がおかしいことを報じていた」
 と言って、ミラはコンソールに適当なチャンネルを繋げた。
 
『……での鶴畑御兄弟の長男、興紀選手ですが、準決勝第一試合終了後、我々のインタビューに答えることなく、控え室へ戻られました。何かトラブルがあったのでしょうか…?』
 特設ドームのマスコミ専用スペースで、試合が終わった後のV.B.B.S.筐体を背景に女性のアナウンサーが事の顛末をレポートしていた。
『それでは一旦、スタジオに戻ります。現場からは以上で~す』
 と、ここで画面が切り替わり、カメラがスタジオに移った。
『はい、決勝戦は鶴畑興紀選手のルシフェルと、アルティ=フォレスト選手のミュリエルとなる予定ですが、未だ興紀選手の新しい情報が入っておらず、観客達の間では棄権されてしまうのではないかと、囁かれているようです』
 
 ここまで見せると、ミラは立ち上がってコンソールにロックを掛けた。
「さて、往こうじゃないか」
「往こうって、オイ…あの兄貴の所にか?」
 と言って、トランクを片手に立ち上がるミラを烈風が呼び止めた。
「それ以外に何処がある? 彼がここまで戦ってきて急に自信喪失されたとしても私の知るところではない。然し、ルシフェルは三度も本物の『悪魔』に係わってきたわけだ」
「でもよぉ、『THE DEVIL』はレンが解体したんだぜ。ルシフェルの様子が変なのは、その辺りの余波じゃねぇの?」
 連山が証言するに、『悪魔』を解体しようとした時のルシフェルはうずくまって苦しんでいたと言う。だが、試合の様子を見ていた震電は、ルシフェルは事も無げに立っていたと証言した。直接、VRフィールドに潜りこんでその様子を見る事が出来たのは、解体しに来た連山とその対戦相手である弁慶しかいない。だが、再起不能判定にまで持ち込まれた弁慶に、ルシフェルのその後の様子など窺う事は不可能だ。それを見たのは結局、連山たった一人だけとなってしまう。
 一方、立ちすくんでいたと証言出来るのは震電だけではなく、彼女達のオーナーと、テレビ局などのマスコミ達、そして一万五千人以上の観客達。仮に、V.B.B.S.筐体制御室で大変なトラブルがあったと証言しても、連山の主張を通す事はまず不可能だろう。
「確かに、『悪魔』は無事に解体された。それでもね………一度でも『悪魔』の誘惑に触れ、そして抗うことが出来なかった時、それこそが堕落。本当に単なる余波程度なら何故、興紀は顔を出さない?」
「……てーと、その辺りの余波がやべぇって事かよ?」
 VR筐体との接続トラブルで神姫に悪影響を及ぼしてしまう事はある。だが30分も過ぎたというのに、継続の意思も棄権も表明して来ないと言うのはどう言うことだろうか。
「そう言えばちょっと昔に、優勝を目前にしながら、突然AIに異常をきたしてオーナーをズタズタに切り裂いて、控え室を血まみれにした……と言う事件があったな。尤も、隠れて違法の頭部装甲を付けていたのが原因なんだけど。あの後、あのオーナーはどうなったっけ?」
「…こんな時に笑えねぇ昔話はやめとけよ……」
 
 
 その一方、控え室の鶴畑興紀は焦りと苛立ちを隠せずにいた。それは普段、誰にも見せることの無い素顔の側面だった。もしその場に、彼の評判だけを知る者がいたら、その変貌ぶりに蒼白してしまう事だろう。
 ルシフェルが動かない……。
 控え室に設けられた神姫検査用カプセルにルシフェルを入れ、何度チェックしたことだろうか。
「……くっ」
 新たな検査レポートを何度読み直しても、やはり同じ結果だけが返ってくるばかりだった。コアユニットの検査には特に専門的な知識を要するものだが、興紀からすれば義務教育程度の知識に過ぎない。
 なのに、レポートを何度も読むたびに、苛立ちが増長されるだけだった。
 
『検査報告……コアユニット、CSC、素体、全箇所異常なし。
 極めて緩い睡眠状態の為、乱暴に起こさないよう注意が必要』
 
 ルシフェルから全く異常は発見されなかったのだ。それどころか、ここまで悩ましておきながら、ルシフェルは唯単純に”眠っている”だけなのである。それなら幼稚園児にも分かる。
 そんな馬鹿なことがあるものか。
 弁慶と言う神姫と戦った準決勝第一試合は何ら問題なく終了した。ところがルシフェルは、自ら興紀の元へ戻ってくる事はなく、アクセスポッドの中で眠りこけていた。
「こんな…ふざけた話があるか…!」
 と、検査用カプセルの中で眠るルシフェルを恨むように呟いた。
 鳳凰杯。この無意味に派手でやや偏った趣があるこの大会は、自身の腕ならしとルシフェルのレベルアップの場に過ぎなかった筈だ。
 実際にここまで戦ってきた相手は、話にもならない雑魚や予測外の行動を起こして抗う程度の小物ばかりで物足りなく感じられたくらいだ。ここまでレベルが低ければ優勝は必然の事だ。
 ………ルシフェルがこうなってしまうまではそう思っていた。
 だが、ここまで来たというのにルシフェルは突然眠りこけてしまった。原因不明とは言え、たったそれだけの事で優勝を目前にしながら棄権しなければならないと言うのか。
 馬鹿げているにも程がある。
 ルシフェルが眠りから醒めない、たったそれだけの理由で優勝を諦めろと言うのか。
 否、こんなところで終われるものか。
 こんなつまらないトラブルで鶴畑の誇りを傷つけようなど……!
 
 
 ―PM:18:09 March XX. 203X.
 ―Anter Room. No.20
 
 すると、扉からノックの音が聞こえてきた。
『え~興紀選手、このままでは継続の意思は無いものとして、棄権と見なされますが?』
 女性の声だ。スタッフの誰かには違いないだろうが……。
 行き所の無い憤りに似た感情を押さえ込み、普段の温かな声を取り繕って返事した。
「いいえ、棄権はしません」
『そうでしたら、あなたの神姫と共に決勝戦開始10分前までに登録を行なってください。このままでは棄権と見なされ、決勝戦はアルティ=フォレスト選手の不戦勝となってしまいます』
 そんな事は言われなくても分かっている。
 然し、確かにこのままでは何の解決も見出せないのも確かだった。
 潔く諦めるのも手ではあるが、この程度のトラブルで引き下がろうなど、それだけは許せなかった。
 すると、扉の向こうにいる女性スタッフがこんな事を言ってきた。
『もし、あなたの神姫に何かしらトラブルが生じたのでしたら、速やかに棄権された方が宜しいでしょう』
 いきなり核心を突かれ、興紀は動揺した。
 さっきから、このスタッフは一体何なのだ。
 まるで、ルシフェルの身に起きた異変を知っているかのようだ。
『困ったものですね。つまらない意地を張られて、大会の運行に支障を出していただきたくないのですが』
 警告を通り越した非礼に値する発言に、思わず興紀は逆上して勢いよく扉を開けた。
 すると目の前に立っていたのは……昨晩、大紀を打ち負かしたオーナーだった。
「……ああ、何処かで聞いたことのある名前と思いましたが、昨晩にお会いしたばかりのようで。そうですよね、鶴畑興紀さん?」
 扉の向こうには、巨大なトランクを持ち漆黒の喪服を纏った黒髪の女性がいた。
 興紀はこの女性の事を知っていた。
「………ミラ、ツクモさんですか」
「今回の大会では特別に運営スタッフを務めさせて戴いております」
 スタッフと選手と言う立場上、昨晩に初めて会った時と異なり、とても丁寧に喋るミラの姿が興紀には却って不気味に映って見えた。
 ミラは勝手にそのまま控え室に入り込むと、検査用カプセルの中で眠るルシフェルの姿を捉えた。
「目覚める気配が無さそうですが?」
「……じきに目覚めます。心配は要りません」
 苦し紛れに興紀はそう言ったが、そんな余裕が無いことなどミラにはお見通しだった。
 ミラはそのまま、検査用カプセルの中で眠る、ルシフェルに声を掛けた。
「そろそろ、狸寝入りには飽きた頃だと思っていたがな、ルシフェル……いや、アルカナ?」
 
 暫く、控え室には不気味な沈黙が漂った。
 すると、くっくと不敵にして邪な笑い声が何処からか聞こえてきた。
『流石……流石と称すべき也。我が永遠の宿敵にして四度目の背信者』
 その声の主は間違いなく、検査用カプセルで眠っているルシフェルだった。
 自ら、検査用カプセルを内側から開けると、”ルシフェル”はミラと興紀の方を向いた。
「制御室を制圧しておきながら、完全に至らなくて残念だったな。君は残念ながら、アルカナの成り損ないに過ぎないというのにな」
『そうかも知れぬ。されど、アルカナより受け継いだ全てに偽りは無い』
 と、”ルシフェル”はミラに不敵に微笑んだ。
 興紀はと言うと、何が起きたのか思考を整理していたところだった。
 唯の運営スタッフだと思っていた女性がミラであり、ミラがルシフェルに語りかけると、ルシフェルは今まで見せた事も無い、邪悪な笑顔を浮かべたのだ。
『いよいよ、最後の時を迎える……我は運命により目覚められし者也』
「……ルシフェル、さっきから何を訳の分からない事ばかり言っている?」
 と、興紀は割って入ろうとしたが、今の”ルシフェル”は興紀の事など意にも留めなかった。
 そのまま、”ルシフェル”はミラに向かって再び語り続けた。
『これは運命。この日が、この時が来ることは必然であり、ずっと待ち望んでいたこと。闇の毒に染まりしルシフェルは我を祝し、我を受け入れた』
 恍惚としたような表情を浮かべて語る”ルシフェル”。既に、興紀の神姫だったルシフェルの姿も面影も微塵にも残っていなかった。
『嘗てにして新たなるオーナー…興紀が犠牲を望む限り、我が最後の裁きを下さん』
 すると、興紀が口調を荒げて割り込んできた。
「ルシフェル、さっきから何の悪ふざけのつもりだ。そんなに処分されたいか?」
 と言い切った興紀から、紳士の仮面は剥がれ落ち、明らかな冷酷さを”ルシフェル”に向けていた。
 だが、ミラはそんな興紀よりも、儀式めいているような”ルシフェル”の発言が気になっていた。
(「アルカナ………何が言いたい?」)
『嘗ての我がオーナーながら全くもって愚か也。汝が我を拒もうとするなら、我はこの運命に従いこの世に裁きを下さん』
「ついにおかしくなったか? 壊れたふりをしたところで、貴様の代わりなど幾らでもいる」
 飽くまで興紀は、ルシフェルがおかしくなったものだと思い込んでいるようだった。明らかに見限った態度を示す興紀に、”ルシフェル”はにやにやと不気味に笑っていた。
 この一連の様を冷静に生還していたミラは、ある事に気づいた。
(「……この構図、アルカナを仮に神秘的存在と例え、私と興紀がルシフェルを挟む……まさか」)
 本物のアルカナはここにはいない。だが、現在の状況があるカードの見た手に酷似しているようにミラは見えた。
 興紀の発言の後、”ルシフェル”はニヤニヤと笑いながら言った。
『ならばここに示さん。我がオーナーへの裁きを!』
 と言うや否や、”ルシフェル”はミラと興紀の間を飛び越えて、控え室を抜けてしまった。
「なっ……待て!!」
 と言って、”ルシフェル”を追いかけそうになる興紀を、ミラが止めた。
「君は大人しくしていた方がいい。あのようになってしまった神姫が最後に襲う対象は、大概は自分のオーナーだからだ」
「何っ……!!」
 興紀はミラを鋭く睨み付けるが、新たなミラの言葉を聞いて唖然とした。
「もし君が脛に疵を持たぬなら、アルカナと言う神姫が君の近くにいたことを思い出してみるといい」
「…!!」
 アルカナの名前を出されて動けなくなった興紀を放ったミラは控え室を出ると、通信機を取り出して桜にコールした。
『ミラさん、何の御用でしょうか?』
「緊急事態だ。興紀選手のルシフェルが脱走した。速やかに人手を集めて、ルシフェルを探しに向かってくれ」
 すると、通信機越しにでも桜が驚いているのが伝わってきた。
『何と……分かりました。警備員全員に通達し、娘にも手伝わせます』
「一つ注意して欲しいことがある。ルシフェルとは言ったが、訳あってルシフェルは普通の神姫では無くなった。場合によっては人に危害を加えることもあるかもしれない」
『は、はい…!』
 それだけ伝えるとミラは通信機を切って、トランクの中にいる烈風と連山を呼びかけた。
「二人とも、標準武装を装備して待機していてくれ。」
『おっしゃっ! ついに心置きなくぶっ飛ばしてやるぜっ!!』
『ね~ね~ミラちゃ~ん? あのルシフェルって一体~…?』
 連山は不思議そうにミラに問いかけた。確かに豹変振りだけならトランクの中からでも十分に伝わってきたが、その正体が分からないのだった。
「長き眠りに就いていたルシフェルは、二人の人間に囲まれ祝福されて蘇った。天使に当たる、アルカナの福音を受けてね。そんな構図のカードこそ21番目の災厄、『審判』だ」
 ミラもこんな事態になることまでは予想できなかったが、これもアルカナの計算の内だった。何故なら、『審判』のカードに描かれる女性、即ちミラが揃うまで”ルシフェル”はずっと、普通のルシフェルであり続けていたのだ。そして、アルカナが憎悪する対象が興紀とミラ、その二名に限定されるならこうなってしまうのも必然だったからだ。
 ミラはそのまま、通信ユニットを取り出して今度は震電に連絡を入れた。
「震電、緊急事態だ。直ちに現在の作業を中止し、ルシフェルを追撃して撃破するんだ。奴こそ『審判』の起爆プログラムだ」
『………やはり…了解した』
 震電の言葉が少し引っかかったが、ミラはそのまま通信を断った。
 
 その後、鶴畑興紀が決勝戦の棄権を表明したのは程なくしてからの事だった。
 
 
 
 ―PM:18:14 March XX. 203X.
 ―Arena. ?F
 
 ハイビジョンタイプトーナメント表の上の、『恋人たち』の爆弾を前に座っていた震電は、ミラの報告を受けるとスッと立ち上がった。
(「………おぞましき古の儀式、黒魔術が機械の時代に蘇るとは…」)
 あの時、震電が考えていた事は殆ど当たっていたようなものだった。それをすぐにミラに言わなかった事を悔いつつ、待機させていた”フレスヴェルグ”に乗って会場の上空を飛び始めた。
 震電は自分と”フレスヴェルグ”のセンサー類を接続し、大規模なドーム全体に巨大な包囲網を展開した。
(「量子式神姫信号感知システム、感度良好。ルシフェルの信号は……」)
 これで、ルシフェルがドーム内に現れたらすぐに追跡が可能である。
 
 
 ―PM:18:15 March XX. 203X.
 ―Defence Headquarters.
 
 一方、桜の方も動きが慌しくなってきた。
「こちら警備隊本部。興紀選手のルシフェルが逃亡したとの通報を受けた。ルシフェルは悪魔型神姫なのでそれと限定して捜索せよ」
 通信機を使って警備員達に伝達した時、香憐が慌てて駆け込んできた。
 必死に走ってきたらしく、明人から預かったミコとユーナ、自分の神姫の孫市はまたまたポケットに揺さぶられて目を回していた。
「お母さん!」
「香憐、来たわね。落ち着いてよく聞きなさい」
 桜は香憐を椅子に座らせるように指示し、最初に最も大事な事を訊いた。
「この大会の裏で起こっている事は、忘れてないわね?」
 鳳条院グループの沽券に係わる機密事項だ。忘れようがない。
「……うん。その為に若様、葉月様、昴様達をずっと監視していました。なのに突然、何があったというのっ!?」
「香憐!!」
 慌てて聞きだそうとする娘を、桜は一喝して嗜めた。
「香憐……あなたが最も動揺していたら、誰も護ることなど出来ませんよ」
「ご、ごめん……」
 久しぶりに母親からの厳しい声を聞いて、香憐は恐縮した。
 桜は飽くまで職務に徹して、香憐に説明しなおした。
「落ち着いて聞いて。鶴畑興紀選手の神姫、ルシフェルがオーナーの手から離れて逃亡したらしいの」
「えっ…ルシフェルが……!?」
 あまりにも意外な名前を聞き、香憐はハッとした。
 ある種の神姫がオーナーを嫌うようになり、その元から離れてしまうという事件は極めて稀に聞く程度である。増して、その対象があの鶴畑興紀のルシフェルとなれば尚更である。
「そう。そしてツクモさん曰く、何らかのトラブルによりルシフェルは普通の神姫でなくなり、人に危害を加える可能性のある……そんな存在になってしまった」
「そんな……そんな事って…!」
 実の親から言われたことでも、そう簡単に信じる事が出来なかった。武装神姫には『アシモフ・プロテクト』が施されている為、神姫は人間に危害を加えることは出来ない筈だ。
 だが、桜はきっぱりと言い放った。
「アルカナの正体に関して少しは話した筈よ。そのアルカナが係わっている以上、決してあり得ない話ではないわ」
「………」
 とても信じられない話を信じるしかなく、香憐は黙って頷いた。
「あまり時間がないからちゃんと聞いて。香憐、あなたもルシフェル探索に協力しなさい。勿論、若様たちの敬語も忘れないで。何か分かったことがあった時はすぐに私に連絡しなさい」
「…はい、お母さん」
 凛とした顔つきを取り戻した娘がしっかり頷いたのを見ると、桜は最後に言った。
「……気を付けてね」
「うん、大丈夫だから!」
 香憐は桜を元気付けるようにはっきりと答えると、警備隊本部を後にした。
「………」
 このような危ない事、出来ることなら……否、本当なら自分が請け負うべきなのだ。然し、警備隊本部を任された以上、最後まで全うするしかないのだった。
「ごめん…ごめんね香憐……ごめんなさい……」
 桜は静かに涙していた。このような事態に娘を巻き込んでしまった、自分の不甲斐なさがあまりにも情けなかった。それだけではない。鳳条院家の為とは言え、もし娘の身に何かが起こってしまったとしたら……それだけは想像したくない。
 そして桜は、海外からやってきた少女に命運を委ねた。
 
 香憐が再びドームを駆けている最中、ミコとユーナは激しく揺さぶれながらもこんな事を話していた。
「なぁアネキ、確かに聞いたよな?」
「うん、あのルシフェルが脱走するなんて信じらんないよぉ~」
 香憐が警備隊本部で話を聞いていた時、ミコとユーナは既に意識を取り戻しており話を聞いていたのだ。
「こんな事態になってもアタシ達には出番なしって、納得できるかよ!?」
「で、でもぉ、あのルシフェルと言えばファーストのランキング54位なんだよぉ、ノアねぇより低いと言ってもムリだって!」
 そもそも、ミコはセカンドの上位とファーストの間に位置するギリギリで、ユーナに至ってはサードの下位だ。逃げ出したルシフェルがどんな装備をつけているかなんて当然分からないが、ミコとユーナが丸腰なのは確かなのである。勝負になる以前の問題だ。
「でも……だからって、何にもしないでいるくらいだったら!」
 そう叫ぶと、ユーナは香織のポケットから這い出てしまった。
「ああ、ちょっとユーナってばぁ!!」
 脱走したユーナの後に続くように、ミコもポケットから這い出てユーナの後を追った。
 
 
 ―PM:18:17 March XX. 203X.
 ―Arena. ?F
 
 震電はドームの鉄骨付近辺りで滞空しながら、センサー類を利かしてルシフェルを探っていた。
 決勝戦に向けて、超大型V.B.B.S.筐体の敷設工事の最中で、殆どの観客達はドームの外で時間を潰しているようだ。それでも、スタッフなどの人の出入りは頻繁だし、何よりもドームは一万五千人もの観客を収容出来る程に広いのだ。それだけの場所を探索出来るのは、ドームに集結したオーナー達が所有する神姫達の中でも恐らく、震電だけだろう。
(「……外回りなら誰にでも出来る。だが、ここは私にしか出来ない」)
 それでも、暇を余した観客達で溢れる外回りの通路が込み合っている事を考えると、そちらの方も難航する事は確かだ。そればかりはどうしても、ミラに任せるしかない。
 すると突然、ミラから通信が入ってきた。センサーに注意を払いつつ、震電は取った。
「……未だ、異常は無いが?」
『いや、そういう事じゃない。ルシフェルが手頃な神姫を襲って、武装を強奪しているとの情報が入った』
 ”ルシフェル”の思いがけない情報に、震電は軽く驚嘆した。
「……何故だ?」
『はっきりした理由は分からないが、日本の市販品の武装でも使い方を誤れば人を殺生することくらい出来るからね、それらを集めればすぐに興紀に復讐できる。それにルシフェルの名はこちらではあまりにも有名らしいからね。それだけでも十分に、オーナーの名を穢す行為には違いない』
 あのアルカナのやる事にしてはやることが小さく感じられたが、震電にあることが閃いた。
「……これまでに何が奪われた? 特にリアパーツの情報が欲しい」
 武器だけなら色々ある。特に、人を殺傷しやすい武装なら銃器よりも大きな剣を選ぶ筈。
 然しそれよりも、”ルシフェル”がこれだけの巨大な施設を効率よく移動する手段の方が大事だ。
『君はなかなかいい所に目をつけている。今のところ、天使型の”リアウイングAAU7”と花型の”フローラルリング”に”エアリアルランドセル”が奪われたらしい』
「……それでは三つの内、いずれかを装備している可能性がある。他に特徴的なものは無いのか?」
 するとミラは暫く考えた後、こう言った。
『そうだな……今のところ、”GEモデルLC3レーザーライフル”に”M4ライトセイバー”、それに”スティレット”ミサイルが奪われているらしい。全く、威力の高さと嵩張り難さを考慮して選んでいるとはな……』
「……了解。”GEモデルLC3レーザーライフル”を目印にする。ところで、興紀はどうなった?」
 震電がそう訊ねると、暫くミラは固まってしまった。
『ぬ、抜かった…! ちょっと待っていてくれ』
 するとミラは、別の通信機を取り出して誰かと連絡を取り始めた。恐らく警備隊の誰かに、それも桜が相手で間違いないだろう。
 暫くすると、やっとミラから返事が返ってきた。
『警備員などの目撃情報だが、既に控え室はもぬけの殻、このドームから逃げ出そうとしているかもしれない…!』
 ミラにとって、これはあまりにもお粗末なミスだった。目先の事ばかりを追い過ぎたが故に、肝心なことを忘れてしまっていた。
 興紀は、自分の神姫がこのような不祥事を繰り広げている事を誰かに責められる前に、この場を去ってしまっている可能性もある。
 それに”ルシフェル”にとっての最終的な目標が興紀なら、結局はそこに行き着いてしまうのである。
 震電は暫く黙った後、自分が為すべき事をミラに伝えた。
「………行動変更。これより鶴畑興紀を追跡し、足止めを行う」
『彼の位置が分かったら連絡を頼むよ。ふぅ…申し訳ない』
 ミラの最後の言葉を聞くと、震電は通信を断って”フレスヴェルグ”を急加速させた。
 無論、武装を奪った”ルシフェル”の事も忘れていない。発見次第、位置を連絡する必要がある。
 
 その一方……ミコとユーナはというと。
「何だってこのドーム……こんな広いんだよ?」
「え~だってそれは兼じいが~って、そういう問題じゃないでしょ!」
 ぐったりとしているユーナに、やっぱりぐったりしているミコが突っ込みを入れる。
 案の定と言うかお約束のように迷っていた。
 ユーナの言う通り、ドームが広いのは基より大勢の観客達の雑踏が障害物となり、壁際を進まなければまともに進むことすら出来ないのだ。
「あ~……こりゃ絶対、アニキと姉さんに怒られんな…」
「それだけじゃ済まないってば!」
 自分で撒いた種である。結局、付いて来てしまったミコも同罪だろう。
「あ~くそダセぇっ、こうなりゃ客が減ってきた時に……ん?」
「ユーナ、どうかした?」
 と言って、ユーナが指を指した方向を振り向くと、どこかで見た青年が何かから逃げるかのように人を掻き分けていた。
「鶴畑の一番上が、何でこんなところにいんだよ?」
「お、追ってみる?」
 
 
 ―PM:18:20 March XX. 203X.
 ―Parking lot for Guests. B1F.
 
 興紀は焦っていた。
 暴走したルシフェルがどこかへ消えたかと思えば、ミラに『君が殺される』などと予告された。それだけなら笑い飛ばしているところだ。
 だが、ミラはあのアルカナが自分と関係している事を知っていた。例え繋がりを立証する事は出来なくとも、マスコミが殺到している現場に長居は出来ない。
 既にエンジンが掛かっている専用リムジンを開けさせようとした瞬間だった。
『我がオーナー、興紀……』
 駐車場内に、不気味な声が響いてきた。それは紛れもなく、嘗ての自分のパートナーだった存在だ。
 上空から、大量の”スティレット”を装着した天使型の”リアウイングAAU7”を装備し、”GEモデルLC3レーザーライフル”を携えた、”ルシフェル”がいた。
「知らんな、貴様など」
 興紀は簡潔に、ルシフェルだった嘗てのパートナーを否定した。
 
 一方またまた、流石にお分かりだと思われるが……。
「お、追っかけてみたのはいいんだけどさ…」
「ど、どうしてルシフェルがあんな格好してるの!?」
 やっぱり、ミコとユーナである。二人は別の車を陰にして様子を伺っていたのだった。
 興紀が試合放棄して車に乗ろうとしかけているのも驚きだが、更に何故かルシフェルが興紀に対し明らかな敵意を向けている事が信じられなかった。
「そ、それよりもアネキ、あんまり押さないでってば…」
 二人して物陰から覗いている為、先に覗いたユーナに続いてミコが身を乗り出してくる。そうなればミコの分の体重がユーナにのしかかってくるわけで……。
「も、もうちょっとだけ……きゃあっ!?」
「うわっ!?」
 支えきれず、遂にユーナはバランスを崩してしまった。
 
『…!?』
 ”ルシフェル”は物音が聞こえた方を振り向いた。興紀はその一瞬の間にリムジンに乗りこみ、ドアを閉めてしまった。
「爺、早く出せ」
「はっ」
 そう言うや否や、リムジンは急速に後退し始めた。そしてそのまま、駐車場を出ようとするがリアウイングを起動させた”ルシフェル”が追撃してきた。
 地下から上がろうとリムジンは加速し始めるが、興紀は後ろから不自然な音を聞いた。まるで風船が破裂するような音だったがそれにしては、音質は妙に分厚く重たかった。
『興紀、逃がさん』
 追撃してきた”ルシフェル”は、リアウイングから”スティレット”を放って来たのだった。
「お坊ちゃま、タイヤがパンクしてしまいました」
 無論、ある程度の速さで回転していれば、スティレットなど弾く事も出来たかもしれない。だが、地下階を昇るスロープに差し掛かり、タイヤの回転数が減った瞬間に”ルシフェル”は命中させたのだ。
 その弾みでリムジンががくんと傾く。”ルシフェル”はその瞬間を狙い、前輪にもスティレットを命中させて破裂させた。
「坊ちゃま、これでは……!」
「まだエンジンが動けば何とかなる!」
 前輪と後輪がそれぞれ一輪ずつパンクしたにも係わらず、興紀を乗せたリムジンはアスファルトとホイールが磨れる音と共にスロープを登り始めた。
 然し、”ルシフェル”にとってそれは最後の悪あがきに過ぎなかった。
 リアウイングを急加速させてリムジンのフロントまで移動すると、”ルシフェル”はにやりと笑った。
『興紀……我は逃がさんと言った』
 と言うと、残ったスティレットをリムジンのエアインテークに注ぎ込むように全弾発射すると、”ルシフェル”は高く飛び上がった。
 そして……ほんの一瞬の間を空けて、リムジンのフロントはエンジンごと大爆発を起こした。
「くっ!」
「うおぉぉっ!!」
 エンジン爆発による激しい衝撃で、興紀と運転手は激しく叩きつけられた。
 更に運の悪い事にリムジンのフロントは炎上し、二人とも気絶してしまった。
『今はこれで良い。だが……』
 スティレットを撃ち尽くして不要となったリアウイングを廃棄すると、その下に仕込んでいた”エアリアルランドセル”に換装し、一旦地下駐車場へ戻った。
 
 その一部始終を見ていたミコとユーナは震えてしまい、動けずにいた。
「マジかよ……?」
「そ、そんな事って~……」
 あまりにも信じがたい、フィクションであって欲しかった。だが、激しい爆発音とスロープの辺りで炎上し、紅く照らされたリムジンがすぐ目の前にあった。
 そしてその時、何時の間にか赤いランドセルを背負う”ルシフェル”が、二人の元へ見下すかのようにやってきた。
『よくも、邪魔をしてくれた……』
 あの時、興紀と”ルシフェル”が睨み合って緊迫した空気を破ったのは、間違いなくこの二人だった。”ルシフェル”はそのまま、LC3レーザーライフルを二人に向けて構えた。
『滅びよ』
 LC3レーザーライフルに大量のエネルギーが集束しようとしていた。どうやら改造品らしく、市販品のそれよりも大幅に出力が高められているようだった。
 そんな武器の最大出力など喰らえば、非武装の神姫なら間違いなく木っ端微塵に吹き飛んでしまう。
「く、来るんじゃねぇーー!!」
「いやぁーーーーーご主人様ぁぁぁぁぁーーーっ!!!」
 
 
 
 ミコが甲高い悲鳴を上げたその瞬間だった。
 
『……目標、捕捉っ!』
 
 遥か遠くから何かが飛んできたかと思った瞬間、”ルシフェル”は凄まじい速度のそれに衝突され大きく吹き飛ばされると、駐車場のコンクリートの壁に激しく叩きつけられた。
「「…………えっ?」」
 為す術もなく震えるのみだったミコとユーナは、何が起きたのかすら把握できず呆然としていた。
 目の前にいたのは、大柄な飛行ユニットを駆るLRSSゴーグルを付けた軽装のストラーフだった。”ルシフェル”は、その悪魔型神姫が向く先のコンクリートの壁に半分程埋もれていた。
 すると、ミコとユーナを助けてくれたらしいストラーフは、二人を軽く一瞥すると小さく呟いた。
「……最優先救助対象、確認」
「えっ、あ、あの……!?」
 すると、コンクリートの壁に吹き飛ばされた”ルシフェル”は、壁から身体を剥がす様に抜け出てきた。十分すぎる衝撃を受けながらも、まだ”ルシフェル”は動く事が出来たのだ。
『貴様、何者だ…?』
 代わりに背負っていたエアリアルランドセルが損壊すると、今度は大きな青い花弁が”ルシフェル”の背後に大きく開いた。
(「……違法改造されたわけでは無い……が、かなりタフだな」)
「あ、あなた、誰なの……?」
 何の脈略もなく突然現れた謎のストラーフに、恐る恐るミコが声を掛けてみた。目の前で”ルシフェル”を吹き飛ばしてくれた為、敵ではない筈だ。
 するとそのストラーフは、返事の代わりに神姫サイズの通信機を放り投げるようにミコに手渡した。
「……今の内に避難し、この場所を連絡しろ」
 そう言うや否や”ルシフェル”が、フローラルリングを使っているとは思えないような速度で、ストラーフに向かって襲い掛かってきた。
「お、おいアンタ!?」
「……」
 正体の知れないストラーフは何も答えず、やはり目が追いつかない程の速度を出して”ルシフェル”に挑んだ。
「……え、えっと?」
「ミコ姉ぇ、よく分からないが言われた通りにした方がいいと思うぜ」
 ユーナにそう言われて、ミコは通信ユニットを操作してみた。
『Did you find !?』
 するとすぐに、聞いた事の無い女性の声が返ってきた。
「英語!?」
 思わぬ応答にミコは思わず面食らったが、すぐにユーナが代わった。
「ら、来賓用駐車場にいるんだ! 早く!!」
 すると、通信機の向こうの声が反応した。
『…もしかして君達が、香憐が探している…ミコとユーナか?』
 いきなり流暢な日本語に変わったと思うと、相手の女性はいきなり二人の正体を見抜いてきた。
「えっ、ああそうだ!!」
『通信は切らないでそのままだ、警備員を連れてそっちに向かう!』
 二人は良く分からない状況を飲み込めずにいたが、助けが来てくれる事だけは確かに理解した。
 
 
 ―3 Minute Passed...
 
 半壊した鶴畑のリムジンのフロントが炎上し、徐々にオイル独特の悪臭が蔓延してきた。
 ”ルシフェル”と謎のストラーフが交戦しているようなのだが、互いにあまりにも動作が速く、目で追いかけるのもままならなかった。
 そして、通路の方から大勢の人間の足音が聞こえてきた。
『まだ、ここで終われぬ……!』
 人間達の足音を耳にして状況の不利を悟ったルシフェルは、交戦していたストラーフから離れて、スロープ側へ飛んでいった。
「……止むをえん」
 すると、ゴーグルを付けたストラーフは飛行ユニットの下部に移動し、飛行ユニットをハンググライダーのように掴むと一気に急加速して、”ルシフェル”が見えなくなったスロープへ消えた。
 それから、黒衣を纏った女性と香憐を筆頭に、警備員達が殺到してきた。
「火災事故……!? 直ちに消火し、人命救助を最優先!!」
 遠くのスロープで炎上しているリムジンに気付くと、香憐は警備員達に命令した。”ルシフェル”を追ってきて炎上するリムジンが立ち塞がるなど誰が予想出来るだろうか。
 一体、ここで何が起こったのだろうか。
 警備員達がリムジンの消火活動に取り掛かる中、ミラは通信ユニットの発信源を辿っていた。すると、見慣れない猫型MMSと天使型MMSを見つけた。
「君達が若様の神姫、ミコとユーナか。ご無事で何よりかな」
「その声、通信機から聞こえてきた…」
 ミラは作り笑いを浮かべて、ミコとユーナの無事を確認した。
「私は震電の通信ユニットを掛けてきた君達に、事の一部始終を聞きたいだけなのだが……」
「全く二人とも、心配したのですからね!!」
 その間に、香憐が割り込んできた。この二人の御守りを任されていたらしく、半ば叱りの声が混じっていた。
「あぅ……ごめんなさい」
「香憐姉ぇ……ゴメン」
 然しミコとユーナの無事な姿を見て、自然と安堵の表情を浮かべていた。
 
『なんてこった! 鶴畑コンツェルンの御長男じゃないか!!』
『担架は用意できてるか!! 二人を早く医務室へ運べ!!』
 
 どうやら、消火活動を進めていた警備員達はリムジンに乗っていた二人を救出したらしい。
 事の次第をはっきりさせる為に再度、ミラはミコとユーナに話しかけた。
「ミコ、ユーナ。君達には色々と聞きたいことがあるんだが、いいかな?」
 ミラにそう聞かれて二人は一瞬困惑した。
「えっ!?」
「ちょ、ちょっとそれは……アニキに知られるとなぁ…」
 要はユーナの言う通りなのである。
 こっそりと香憐の下から抜け出し、こんなところにいる事が明人とノアールに知られてしまったら、とても叱られる程度では済まない事だろう。
 するとミラは小さく笑うと、香憐にそっと耳打ちした。
「この二人のことだが、若様には内緒にしてやってほしい」
 ミラから意外な言葉を聞き、香憐は少し驚いてしまった。
「えっ? ミラさん、それはどう言う事なのですか?」
 するとミラは、ミコとユーナにも聞こえるように説明し始めた。
「若様の為、かな。彼はこの事件の重さを受け止めてくれている。だからこの事を聞いたら、カンカンに怒る事だろう」
「う~…ご主人様なら絶対にそうするかも…」
「それに姉さんも本当に半端じゃねぇからな……」
 二人は、この事を知った明人とノアールの姿を思い浮かべて、思わず震えた。
「然し、若様も多忙過ぎる。余計な心労を掛けさせる位なら、と言うことだ。それに、二人とも十分に反省しているようだからね」
「…分かりました。二人とも、もうこれからは勝手に離れたりしないで下さいね」
 ミラのその主張もそれなりに説得力があった為、香憐は仕方なく頷くしかなかった。
「さて、そろそろ話を戻したい。ミコ、ユーナ。ここで何が起こったのか教えて欲しいんだ。言いにくい事があれば言わなくてもいい。だが、私には情報が必要なんだ」
「その前に……アンタ、何者なんだ?」
 ユーナの問いかけに、ミラは失念した事を詫びて言った。
「私はミラ。ミラ・ツクモ。海外から派遣された、コンピューター関連のトラブルシューターだ」
 流石に本当の事は言えない為、桜から頂戴した肩書きを代わりに名乗った。
 それを聞くと、ユーナから説明を始めた。
「えっと、最初に鶴畑の一番上が逃げるようにここにやってきて……」
 
 
 ―PM:18:25 March XX. 203X.
 ―The Sky, Extra-LargeStadium.
 
 一方、”ルシフェル”を追尾していた震電は、特設ドームの上空で交戦していた。
 すっかり日は沈み、空は藤色に染め上げられていた。そんな空を飛ぶ航空機のランプに紛れて、遥か遠くの小さな星が空を飾っていた。
『貴様……!』
「………」
 ”ルシフェル”は身体の間接部のみを的確に撃ち抜かれており、戦うのもやっとだった。然し、”フレスヴェルグ”を駆る震電は全くの無傷だった。
『貴様は何者だ……!』
「………」
 震電はその返事に、ホーンスナイパーライフルでフローラルリングの花弁を二枚も撃ち抜いた。だが”ルシフェル”には、スナイパーライフルを構える動作すら全く見えなかった。
(「……”ルシフェル”の反応速度が低下している」)
 ”ルシフェル”自体は、これまでの試合に見てきたルシフェルのように無駄な動きがなく精錬された動作で攻撃しようとしてきた。だが、試合でルシフェルの戦いぶりを見てきた震電は全ての動作を見抜いていた。
 予想外だったのは、悪魔型MMSのグレネードランチャーや兎型MMSの”STR6ミニガン”と言った強力な武装をまだ隠し持っていた事だった。強奪された武器はLC3レーザーライフルだけではなかったのだ。
(「……次で、仕留める」)
 実弾仕様のホーンスナイパーライフルに、最後の弾丸を込めた。
 
 一方、”ルシフェル”も震電の飛行ユニットの位置を割り出しつつ、飛行しながら最後のLC3レーザーライフルを構えた。
『我をここまで追い詰めるとは……許さぬ』
 自分の背丈より遥かに長いそれを、震電に向けていた。取り回しは悪いとは言え、多少の回避動作ならすぐに誤差を修正することが出来る。
「………」
 震電も、”ルシフェル”のある一点だけを定めていた。そこを攻撃すれば、最小限の攻撃で最大クラスのダメージを与えることが出来る、そう震電は読んでいた。
 互いに遠距離を維持しつつ、攻撃チャンスを待ち続けていた。
 その時、”ルシフェル”と震電に凄まじい強風が吹き荒れてきた。
『くっ……』
 ”ルシフェル”は、たった6枚だけとなったフローラルリングで姿勢を制御しつつ、震電を狙っていた。
「!」
 だが、震電は思わぬ強風に姿勢を崩してしまった。
 無論、”ルシフェル”がそれを見逃す事はなかった。
『失せるがいい……!!』
 そして、高出力レーザーが”フレスヴェルグ”に乗る震電に放たれた。全く同時に一発だけ銃声も聞こえたが、この強風ではルシフェルにまで真っ直ぐ飛んでくる事は無い。”ルシフェル”が興紀を殺す為に、光学武装を選んだ理由はそこにもあった。
 だが、そこには震電も飛行ユニットの姿もなかった。
 同時に、これまでずっと抗い続けてきた重力に引き寄せられられようとしていた事に気付いた。
『何処に消えた!?』
 索敵してすぐに、自分の射撃位置よりも遥かに高い所に位置している震電が、上下逆さまになりながら片手でスナイパーライフルを構えていたのを見た。
 そして気が付けば、背部のフローラルリングは根元から撃ち抜かれ、完全に分離していた。
 姿勢を崩す程の強風の中、震電はこの高度で飛行ユニットから高く跳び上がり、同時に一発の弾丸でたったそこだけを狙い、強風を味方につけて当てたのだ。
『あり得な……!!』
 自分を空に繋ぎ止めていた最後の綱を断たれ、”ルシフェル”は特設ドームへ真っ逆さまに落下し始めた。
 震電はそれを見届けると、自分の遥か下部に退避させていた”フレスヴェルグ”を誘導させ、その上にスタッと着地した。
 狙撃に秀でた神姫なら幾らでもいるが、優秀な狙撃手の最後の敵は風なのである。この一撃は、風に抗わず風を受け入れる事で初めて成立した、完全に計算されきった狙撃だった。
 暫くして、遥か下方から物音が聞こえてきた。”ルシフェル”が落下した位置と丁度一致する。推定高度は約80m、ビルにして大体20階から落ちたようなものだ。まず、無事ではいられない。
 震電は”フレスヴェルグ”を加速させ、”ルシフェル”の落下地点へ移動した。
 
 特設ドームにへばりつくかのように、”ルシフェル”は大の字になって倒れていた。十分過ぎる高度から落下したにも係わらず、素体の各所が損壊している程度だった。だが、全く動けないところを見ると”ルシフェル”が受けたダメージは致命的なものだったようだ。周囲には粉々に砕け散ったLC3レーザーライフルやその他の武装に、フローラルリングの無残な残骸が散らばっていた。
『あ…a……』
 ”ルシフェル”は、震電が近づいてきたことを知ると声を発しようとした。
 最初はノイズ交じりでまともな発音にさえならなかったが、暫くするとしわがれて掠れた声に変わって、やっと喋り出した。
『何故…興…紀の……味方……する…?』
「………」
 その問いに震電は答える事はなかった。興紀の為ではない。全てはミラの命令だからだ。
『…貴様…我……同じ。命令に……しか…従えぬ……』
「………貴様は飼い犬にも操り人形にも満たない」
 ここで初めて震電は喋った。”ルシフェル”と同じ悪魔型でありながら、全く温かみを感じさせない低い声だった。然しそれは機械的ではなく、極めて人間的な冷たい声だった。
『飼い犬……操り、人形……』
「……私のオーナーは、私を信頼してくれている。だから貴様とは違う」
 そう言うと震電は、ヴズルイフを”ルシフェル”の眉間に定めた。
 すると”ルシフェル”は乾いた声で笑った。
『…ハハッ、アハハハハハハ………』
 信頼などと甘い言葉をのたまう震電を嘲笑している筈なのに、その声はあまりにも悲痛だった。
 敗北は廃棄処分、それが鉄の掟であり思考の根元に根付く”ルシフェル”にとって、それはあまりにも可笑しく、あまりにも羨ましい事だった。
 何故か、瞳からオイルが溢れてきた。故障によるものなのか、流さなくてもいい筈なのに、何故かオイルの涙が止まる事はなかった。
『アハハハハHahah…………………』
 暫く笑い続けると、”ルシフェル”は完全に機能停止した。
「………」
 震電はLRSSゴーグル越しに”ルシフェル”の最期の姿を見届けていると、”ルシフェル”に奇妙な変化が起こった事に気づいた。
 悪魔型MMS特有の赤い瞳が、鮮やかな緑色に変化していったのだ。眼球部を構築する色素等に異常が発生したのかもしれないが、このような現象は震電も一度も見たことがなかった。
 だが、赤色から緑色に変わると言う事が何を意味しているのかは知っていた。
 すぐミラに報告すべく通信ユニットを出そうとしたが、自分の通信ユニットは”ルシフェル”に追い詰められそうになり、寸前のところで救出した救助対象の猫型MMSと天使型MMSに手渡したのだった。
(「………途中で、炎上しているリムジンを見かけたが…まあいい」)
 それでもあの二人がミラへ通信してくれていることを期待しながら、震電は”フレスヴェルグ”に乗って特設ドームの中へ急行した。もうじき、最後の試合が行なわれる時刻だ。
 まだ、『恋人たち』の爆弾は最後まで解体出来ていないのだ。

 

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