姫の閉ざされし檻、呪われし高貴(その三)
第五節:自我
紅い日が西に傾いていき、やがて夜が来る。そんな神姫センターの片隅で
私と“妹”達は、何を語るでもなく呆然と景色を眺めていた。前田達は、
とっくに神姫センターを出ていった。しかし、それはどうでも良いのだ。
私と“妹”達は、何を語るでもなく呆然と景色を眺めていた。前田達は、
とっくに神姫センターを出ていった。しかし、それはどうでも良いのだ。
「……ロッテ、随分と啖呵を切った物だな。呆れておったぞ、彼奴らは」
「そうですの……自分でも、ちょっとアレは吃驚しちゃいましたの……」
「彼処まで激しくなったのは、フリッグさんに負けて以来だったんだよ」
「珍しい物が、見られましたね。ロッテちゃんは、何時も笑顔ですから」
「そうですの……自分でも、ちょっとアレは吃驚しちゃいましたの……」
「彼処まで激しくなったのは、フリッグさんに負けて以来だったんだよ」
「珍しい物が、見られましたね。ロッテちゃんは、何時も笑顔ですから」
ロッテの勢いに流された自分達の思考を、ずっと整理する。これより挑む
相手は、世界の全てを呪い続けている窮極の小型殺戮兵器、とも言えた。
前田達は、それを誰よりも強く認識している為に……首を突っ込んで来た
私達を止めようと、姿を現したのだ。しかし、彼らの目論見は破綻した。
相手は、世界の全てを呪い続けている窮極の小型殺戮兵器、とも言えた。
前田達は、それを誰よりも強く認識している為に……首を突っ込んで来た
私達を止めようと、姿を現したのだ。しかし、彼らの目論見は破綻した。
「全く、ロッテはにこにこしているのに己を曲げる事が無いからな……」
「曲げられそうになった事は、何回もありますの。でも、皆が居たから」
「……あたしだって、ロッテちゃんが居たからこそここまで来たんです」
「ロッテお姉ちゃんは、何時だってボクらの中心に居たんだよ……うん」
「曲げられそうになった事は、何回もありますの。でも、皆が居たから」
「……あたしだって、ロッテちゃんが居たからこそここまで来たんです」
「ロッテお姉ちゃんは、何時だってボクらの中心に居たんだよ……うん」
それは、ロッテの強き“信念”による物だ。何が何でも、身を挺してでも
ロキという存在を、世界から敵視されるという“呪われし高貴”を帯びた
姫を、閉ざされた“心の檻”から解き放ちたい……その一心による物だ。
しかし、その強き心を見たからこそ。私も、己のエゴを認めねばならん。
ロキという存在を、世界から敵視されるという“呪われし高貴”を帯びた
姫を、閉ざされた“心の檻”から解き放ちたい……その一心による物だ。
しかし、その強き心を見たからこそ。私も、己のエゴを認めねばならん。
「なぁ、ロッテ。そしてアルマ……クララや。お前達は、良いのか?」
「……今更良いのか、って一体どういう事ですの?マイスター……?」
「……今更良いのか、って一体どういう事ですの?マイスター……?」
思い詰めた様な声だったのだろう。ロッテは怒るかと思いきや、不安げに
私を見上げてきた。“梓”の姿をしたクララと、その胸に収まるアルマも
一様に私を見つめる……私は、妙に重苦しい雰囲気を纏ったまま続けた。
私を見上げてきた。“梓”の姿をしたクララと、その胸に収まるアルマも
一様に私を見つめる……私は、妙に重苦しい雰囲気を纏ったまま続けた。
「あくまでも、助けたいと願うのは……私なのだ。私は、己を偽れない」
「マイスターは“神姫の笑顔の為”に、生きてきましたしね……この所」
「確認しっ放しのフレーズだな。しかし、それは今も代わらぬ……そう」
「マイスターは“神姫の笑顔の為”に、生きてきましたしね……この所」
「確認しっ放しのフレーズだな。しかし、それは今も代わらぬ……そう」
そうだ……ロキという『神姫にして神姫に在らざる』娘を対象としても、
些かたりとも揺るがぬ私の“信念”なのだ。だが、信念は行き過ぎた時に
別の物へと変わり果てる。それは……“エゴ”だ。利己的に物を考えて、
全てを意のままにしようとする。そう、彼女を救いたいというのも……。
些かたりとも揺るがぬ私の“信念”なのだ。だが、信念は行き過ぎた時に
別の物へと変わり果てる。それは……“エゴ”だ。利己的に物を考えて、
全てを意のままにしようとする。そう、彼女を救いたいというのも……。
「“エゴ”と言える程に、ロキを救いたいという想いは強まっている」
「マイスター……そんな、エゴなんて言わないでほしいんだよ……?」
「否、エゴなのだ。神姫を想う、少女一人の我が侭に過ぎぬ事なのだ」
「マイスター……そんな、エゴなんて言わないでほしいんだよ……?」
「否、エゴなのだ。神姫を想う、少女一人の我が侭に過ぎぬ事なのだ」
例え『幸せにしたい!』という強い想いとて、気を抜けばエゴと呼べる程
偏執的になってしまいかねない。それは即ち、私の想いで“妹”達に日々
辛い思いをさせていないか?……という、一抹の不安にも繋がっていく。
偏執的になってしまいかねない。それは即ち、私の想いで“妹”達に日々
辛い思いをさせていないか?……という、一抹の不安にも繋がっていく。
「……そう、私はずっと我が侭ばかり通してきた。酷い話じゃないか」
「でも、それはマイスターが悪い事をしていたという訳じゃないです」
「そう言ってもらえると嬉しいが、偶には反省したくもなるのだ……」
「でも、それはマイスターが悪い事をしていたという訳じゃないです」
「そう言ってもらえると嬉しいが、偶には反省したくもなるのだ……」
“神姫”という人間の隣人を、私の勝手な考えで振り回してはいないか?
流石に一般的な玩具の様に、身勝手に弄くり回している訳ではないが……
今回は流石に、彼女らの“命”に関わってくる難事だ。無闇に巻き込んで
いいのか?という想いは常にあった。故にこそ、私は意地悪な事を言う。
流石に一般的な玩具の様に、身勝手に弄くり回している訳ではないが……
今回は流石に、彼女らの“命”に関わってくる難事だ。無闇に巻き込んで
いいのか?という想いは常にあった。故にこそ、私は意地悪な事を言う。
「……何度目の確認になるかもわからん。だが、強制はせんのだぞ?」
「マイスター……それって、ボクらは怖ければ逃げて良いって事かな」
「そうだ、これは私の欲望だ。皆を護りたい、皆を幸せにしたい……」
「マイスター……それって、ボクらは怖ければ逃げて良いって事かな」
「そうだ、これは私の欲望だ。皆を護りたい、皆を幸せにしたい……」
だからこそ、本当に落命する様な危険には晒したくない。現実を前にして
私には守りの姿勢が窺えた。即ち、己を犠牲にしてでも大切な“妹”達を
護りつつ……更に、ロキを救いたいという欲望!それを、隠さず告げる。
暫くの沈黙が、場を覆う。そして帰ってきたのは、想いを込めた山彦だ。
私には守りの姿勢が窺えた。即ち、己を犠牲にしてでも大切な“妹”達を
護りつつ……更に、ロキを救いたいという欲望!それを、隠さず告げる。
暫くの沈黙が、場を覆う。そして帰ってきたのは、想いを込めた山彦だ。
「だから……無理強いはしない。辛いのならば、私一人で助ける予定だ」
『……あの、マイスター!!!』
『……あの、マイスター!!!』
──────私は弱さを認めて、それでもなお……ね。
第六節:誓約
私の……この事件に関わり初めてから何度目かの弱音を聞いて、皆が声を
あげた。それも、三人同時にだ。一様に、私と同様……思い詰めた表情。
だがその様が可笑しいのか、三人は鈴を転がす様な声で笑い始めたのだ。
あげた。それも、三人同時にだ。一様に、私と同様……思い詰めた表情。
だがその様が可笑しいのか、三人は鈴を転がす様な声で笑い始めたのだ。
「ふ、ふふっ……あははっ。なんか、ハモっちゃいましたね三人とも」
「多分それは、考えてる事が同じなんだからだと思うんだよ……うん」
「ならいっその事、三人で一斉に言ってみますの?……せーのっ!!」
「多分それは、考えてる事が同じなんだからだと思うんだよ……うん」
「ならいっその事、三人で一斉に言ってみますの?……せーのっ!!」
何が何なのか、一瞬彼女らの真意を測りかねた私は……しかし次の瞬間、
ロッテ達の宣言を聞いて、気付く。そう、“妹”達も既に決めたのだと。
ロッテ達の宣言を聞いて、気付く。そう、“妹”達も既に決めたのだと。
『私達も、自分のエゴにマイスターを巻き込むのかなって思いました!』
そこまで一遍に喋った所で何かのタガが外れたのか、三人は明るく笑う。
それは“姉妹”としてのシンクロニシティが健在である事の喜びなのか。
しかも私とだけでなく、他の神姫とも同じ考えだった事への歓喜だろう。
それは“姉妹”としてのシンクロニシティが健在である事の喜びなのか。
しかも私とだけでなく、他の神姫とも同じ考えだった事への歓喜だろう。
「実の所はあれだけ啖呵を切って、その後ちょっと悩んでましたの♪」
「あたしは……ロッテちゃんが言わなかったら、多分言ってましたね」
「ボクは言わずに、ロキちゃんを呼び寄せたかもしれないんだよ……」
「流石に言ってくださいですの、クララちゃ……じゃない、梓ちゃん」
「あたしは……ロッテちゃんが言わなかったら、多分言ってましたね」
「ボクは言わずに、ロキちゃんを呼び寄せたかもしれないんだよ……」
「流石に言ってくださいですの、クララちゃ……じゃない、梓ちゃん」
これからどれ程の苦戦になるのか、想像は出来ない。しかし、だからこそ
絆を確認し、想いを繋ぎ……全員の意志を一つに束ねていく。それこそ、
人生最大の大仕事に挑む私達に、どうしても必要な“誓約”だったのだ。
絆を確認し、想いを繋ぎ……全員の意志を一つに束ねていく。それこそ、
人生最大の大仕事に挑む私達に、どうしても必要な“誓約”だったのだ。
「皆、それぞれの想い……そして願いの為に、ロキを助けたいと言うか」
「はいですの。助けたいって想いがエゴなら、それでも構いませんの!」
「なんと言われても、後悔はしたくないんです……だから、往きますッ」
「絶対に助けたい、助けないといけない。ボクらには責任があるんだよ」
「ならば、最早迷う事も……畏れる事もない。ロキを助けに往こうか!」
「はいですの。助けたいって想いがエゴなら、それでも構いませんの!」
「なんと言われても、後悔はしたくないんです……だから、往きますッ」
「絶対に助けたい、助けないといけない。ボクらには責任があるんだよ」
「ならば、最早迷う事も……畏れる事もない。ロキを助けに往こうか!」
運命は定まった。その先に何があるかは、突き進まねば分からぬだろう。
しかし、皆の意志は今……たった一つの方向へと向いていた。それこそ、
『ロキを自分達の輪に暖かく迎え入れたい』という、純然たる想いだッ!
しかし、皆の意志は今……たった一つの方向へと向いていた。それこそ、
『ロキを自分達の輪に暖かく迎え入れたい』という、純然たる想いだッ!
「それにしてもマイスター、ロキちゃんをどうやって捜し出しますの?」
「前田は先程確かに、ここで彼女が補給していると言っていた。つまり」
「まだ、秋葉原近辺に潜伏している確率が高いって言えるんだよ。うん」
「前田は先程確かに、ここで彼女が補給していると言っていた。つまり」
「まだ、秋葉原近辺に潜伏している確率が高いって言えるんだよ。うん」
梓の指摘に肯き、私は一つの黒い欠片を出した……それは、“闇樹章”。
そう。これはずっと私が携えている、彼女の存在を示す唯一の証なのだ。
これを落とした事に、彼女が気付いているかは定かではない……しかし。
そう。これはずっと私が携えている、彼女の存在を示す唯一の証なのだ。
これを落とした事に、彼女が気付いているかは定かではない……しかし。
「これが……或いはこれに印された符丁があれば、彼女の気を引ける筈」
「あッ!?そう言えば……昨日拾った符丁入りの紙、まだ有りますよ!」
「なら、話は早いですの♪わたしも、丁度良い奇策を思いつきましたの」
「あッ!?そう言えば……昨日拾った符丁入りの紙、まだ有りますよ!」
「なら、話は早いですの♪わたしも、丁度良い奇策を思いつきましたの」
『奇策?』と、アルマと梓が顔を見合わせ……私達を見る。そう、彼女も
私と同様に一つの“作戦”を思いついていたのだ。ロキがアキバに居れば
それで必ずおびき寄せられるだろう、という……“奇策中の奇策”だッ!
私と同様に一つの“作戦”を思いついていたのだ。ロキがアキバに居れば
それで必ずおびき寄せられるだろう、という……“奇策中の奇策”だッ!
「符丁を拡大コピーして、万世橋無線会館の入口に張り出しますのっ♪」
「確率的に、絶対成功するかは分からぬ。しかし、私達の住まいは……」
「……まだ、ロキちゃんには知られていないんだよ。それなら、きっと」
「警戒せずにビルの前を通る可能性はありますね……もし見てくれたら」
「恐らくは、興味を惹かれて店内へ入ってくる筈だ。その時こそ勝負!」
「確率的に、絶対成功するかは分からぬ。しかし、私達の住まいは……」
「……まだ、ロキちゃんには知られていないんだよ。それなら、きっと」
「警戒せずにビルの前を通る可能性はありますね……もし見てくれたら」
「恐らくは、興味を惹かれて店内へ入ってくる筈だ。その時こそ勝負!」
無論、それは失敗すれば逃げ場を失う“背水の陣”とも言える策だった。
しかしロキの居場所が分からぬ現状では“疑似餌”を敷いておびき寄せる
この作戦こそが、最も有効であると言えた。ロッテも魂胆は同じらしい。
しかしロキの居場所が分からぬ現状では“疑似餌”を敷いておびき寄せる
この作戦こそが、最も有効であると言えた。ロッテも魂胆は同じらしい。
「で、そこで……“ALChemist”のトレーニングマシンを使いますの♪」
「決闘でもする気なんですか、ロッテちゃん?……いえ、するんですね」
「流石に一対一じゃなくて、ボクら全員で止めに行くならいいかもね?」
「その通りですの。そこで、条件を出して決闘に持ち込みますの……!」
「決闘でもする気なんですか、ロッテちゃん?……いえ、するんですね」
「流石に一対一じゃなくて、ボクら全員で止めに行くならいいかもね?」
「その通りですの。そこで、条件を出して決闘に持ち込みますの……!」
勝負に負ければ命はないだろう。しかし、それ程のリスクを支払ってこそ
“決闘”という重々しい響きに相応しい戦いとなる。賭けるのは、彼女の
テロを止めさせる事……否、もっと踏み込んだ条件が必要となるだろう。
“決闘”という重々しい響きに相応しい戦いとなる。賭けるのは、彼女の
テロを止めさせる事……否、もっと踏み込んだ条件が必要となるだろう。
「ともあれ、そうと決まれば話は早い。止めるならば、急ぐ方が良いな」
「そうですね、早速“ALChemist”に帰って準備を始めましょう……!」
「ボクらのメンテナンス……手が痛くてもお願いなんだよ、マイスター」
「任せておけ。戦うのはお前達、それを支えるのは私の役だ。頑張ろう」
「今から気が引き締まりますの……絶対に、絶対にロキちゃんを……!」
「そうですね、早速“ALChemist”に帰って準備を始めましょう……!」
「ボクらのメンテナンス……手が痛くてもお願いなんだよ、マイスター」
「任せておけ。戦うのはお前達、それを支えるのは私の役だ。頑張ろう」
「今から気が引き締まりますの……絶対に、絶対にロキちゃんを……!」
──────陽光の下へ、戻してあげる。絶対にね……?