「そういう、仕事って……」
「違法神姫……、何らかの部分で法を逸脱している神姫を摘発する仕事。例えば、神姫はその小ささを利用して、暗殺なんかに使われる事がある」
「……暗、殺?」
小林さんの口から出た言葉を、私は思わず繰り返した。
「そういうのを取り締まる仕事だよ。……非合法でね」
「え?」
非合法、って……。
「本来、そういうのは警察の仕事なんだけど、お役所っていうのは小回りが効かなくてね。見て見ぬふりをすることもある。だから、非合法を非合法で解決する、必要悪が出てくるわけだ」
小林さんは必要悪と言いながら、何だか後悔しているように、私には見えた。
「もっとも、僕は半年前にやめたけどね。あの研究所と付き合いがあったから、今はそこに出入りさせてもらってるけど。……話がズレたね。ごめん」
「あ、いえ」
「君の言うとおり、神姫に欲情する男がいることは事実だよ。まあ、男に限ったことじゃないんだけど」
男に限ったことじゃない、それは事実だ。私自身、そうなのだから。
「基本的に、神姫はオーナーの命令には逆らえないからね。そこに付け込んで、やっぱり違法に……、例えば、非合法な人間大の素体に人格を移して、性行為に及ぶ、って人もいる」
「性行為、って……」
ただ、そこまでとは思っていなかった。でも小林さんが、そういう「違法な」神姫を摘発する仕事をしていたのなら、
「実際に、見たんですか?」
「何件かは、ね」
少なくとも、嘘ではないってことになる。
「ただ、『そういう行為』それ自体は問題じゃないと、僕は考えている。神姫の事を大切に考えて、そういう事をする人がいるのも事実だ」
「大切に考えて?」
よくわからない。わからないから、鸚鵡返しに聞くしかなかった。
「互いの気持ちが通じ合っていること、互いに幻でなくここに居ること、こういうのを最も手っ取り早く、かつ確実に感じられる手段だからね。まあ、その辺は君が大人になればわかると思う」
……てことは、やっぱり私はまだ子供なんだろう。
「この場合重要なのは、人間と神姫、双方の気持ちの問題だ」
気持ち?
「人間同士の性行為にしたって、双方合意のもとに行えば基本的には合法だろう? どちらかの意志を無視して、強引にしてしまえば、それは強姦、犯罪ってことになるけど」
それは、そうなんだろうけど。
少し考えてみた。私が、ミナツキをどう思っているのか。ネロに対して感じているのは、本当に嫉妬なのか。
慎一君に感じてる気持ちは、何なのか。
「……あの」
「ん?」
考えている間、小林さんは黙っていてくれた。後から思えば、この時点で小林さんは気付いていたのかもしれない。
「……友達に、好きな男の子がいる子が、いるんです」
多分、バレバレの嘘だった。そんなのは、私だってわかってる。
「ふむ」
「その子の好きな男の子には、すごく身近な、別の、一緒にいる女の子がいて」
だけど。
「……それで、身動きとれなくなっちゃってるわけか」
「はい」
こんな嘘をついてでも、もう雁字搦めなのは嫌だった。
「それでその子、どうしようもなくて、自分の友達にひどいことしちゃった、って……」
「顔を合わせづらい、と」
「そうです」
小林さんは、少しだけ目を伏せ、黙った。
「壊れることを怖がってるんだね、その子は」
それが、その次に出た言葉。
「その子はきっと、好きな子とも、友達とも、今ある関係を壊したくない、って思ってるんだろうね」
「……」
「ただ、それを怖がっちゃいけない」
真っ直ぐな言葉だった。
「結局、自分で積んだいずれ崩れる積み木を放っておくくらいなら、自分で崩したほうが気が楽だろう? それと同じだよ。……まあ、僕は例え話が苦手だから、こんな話しかできないけど」
例え話に隠してはいるけど、それが多分、小林さんが答えてくれた答えだと思う。
「……はい」
「少しは参考になった、かな?」
「はい」
思わず、私は立ち上がった。
「ありがとうございました」
「お役に立ててなにより」
でも、そう言ってはいるものの、小林さんの表情は冴えない。
「……いや、僕も昔、そうしてればよかったかな、ってね」
不思議に思っていると、小林さんは、ぽつりと、そう言った。
「僕の場合は、相手は神姫だったんだけど」
「だった?」
「もういない。半年前、僕達が関わった最後の事件で、壊れてしまった。人死にも出た」
さすがに、私から深く聞くのは躊躇われた。きっと、小林さんが前の「仕事」をやめる、直接的なきっかけだろうから。
だけど。
「あの時、僕の周りの環境は激変した。その神姫はいなくなった。僕と組んで仕事をしていた星野さんは、結果的とはいえ、人を殺してしまった」
……え?
「あの!」
「あ、ごめんごめん。少し話しすぎ」
「違うんです! 今、星野さん、って……」
人違いかも知れない。でも、
「ああ、星野慎也さん。あの後、家族にすごい迷惑かけてしまったって、言ってた」
「その人って、子供が」
「……男の子が一人、今年高校に入るって」
「……慎一君?」
「確か、そんな名前だったけど。謝れるなら、僕からも謝っておきたいんだけどね。でもどうして知ってるんだい?」
「違法神姫……、何らかの部分で法を逸脱している神姫を摘発する仕事。例えば、神姫はその小ささを利用して、暗殺なんかに使われる事がある」
「……暗、殺?」
小林さんの口から出た言葉を、私は思わず繰り返した。
「そういうのを取り締まる仕事だよ。……非合法でね」
「え?」
非合法、って……。
「本来、そういうのは警察の仕事なんだけど、お役所っていうのは小回りが効かなくてね。見て見ぬふりをすることもある。だから、非合法を非合法で解決する、必要悪が出てくるわけだ」
小林さんは必要悪と言いながら、何だか後悔しているように、私には見えた。
「もっとも、僕は半年前にやめたけどね。あの研究所と付き合いがあったから、今はそこに出入りさせてもらってるけど。……話がズレたね。ごめん」
「あ、いえ」
「君の言うとおり、神姫に欲情する男がいることは事実だよ。まあ、男に限ったことじゃないんだけど」
男に限ったことじゃない、それは事実だ。私自身、そうなのだから。
「基本的に、神姫はオーナーの命令には逆らえないからね。そこに付け込んで、やっぱり違法に……、例えば、非合法な人間大の素体に人格を移して、性行為に及ぶ、って人もいる」
「性行為、って……」
ただ、そこまでとは思っていなかった。でも小林さんが、そういう「違法な」神姫を摘発する仕事をしていたのなら、
「実際に、見たんですか?」
「何件かは、ね」
少なくとも、嘘ではないってことになる。
「ただ、『そういう行為』それ自体は問題じゃないと、僕は考えている。神姫の事を大切に考えて、そういう事をする人がいるのも事実だ」
「大切に考えて?」
よくわからない。わからないから、鸚鵡返しに聞くしかなかった。
「互いの気持ちが通じ合っていること、互いに幻でなくここに居ること、こういうのを最も手っ取り早く、かつ確実に感じられる手段だからね。まあ、その辺は君が大人になればわかると思う」
……てことは、やっぱり私はまだ子供なんだろう。
「この場合重要なのは、人間と神姫、双方の気持ちの問題だ」
気持ち?
「人間同士の性行為にしたって、双方合意のもとに行えば基本的には合法だろう? どちらかの意志を無視して、強引にしてしまえば、それは強姦、犯罪ってことになるけど」
それは、そうなんだろうけど。
少し考えてみた。私が、ミナツキをどう思っているのか。ネロに対して感じているのは、本当に嫉妬なのか。
慎一君に感じてる気持ちは、何なのか。
「……あの」
「ん?」
考えている間、小林さんは黙っていてくれた。後から思えば、この時点で小林さんは気付いていたのかもしれない。
「……友達に、好きな男の子がいる子が、いるんです」
多分、バレバレの嘘だった。そんなのは、私だってわかってる。
「ふむ」
「その子の好きな男の子には、すごく身近な、別の、一緒にいる女の子がいて」
だけど。
「……それで、身動きとれなくなっちゃってるわけか」
「はい」
こんな嘘をついてでも、もう雁字搦めなのは嫌だった。
「それでその子、どうしようもなくて、自分の友達にひどいことしちゃった、って……」
「顔を合わせづらい、と」
「そうです」
小林さんは、少しだけ目を伏せ、黙った。
「壊れることを怖がってるんだね、その子は」
それが、その次に出た言葉。
「その子はきっと、好きな子とも、友達とも、今ある関係を壊したくない、って思ってるんだろうね」
「……」
「ただ、それを怖がっちゃいけない」
真っ直ぐな言葉だった。
「結局、自分で積んだいずれ崩れる積み木を放っておくくらいなら、自分で崩したほうが気が楽だろう? それと同じだよ。……まあ、僕は例え話が苦手だから、こんな話しかできないけど」
例え話に隠してはいるけど、それが多分、小林さんが答えてくれた答えだと思う。
「……はい」
「少しは参考になった、かな?」
「はい」
思わず、私は立ち上がった。
「ありがとうございました」
「お役に立ててなにより」
でも、そう言ってはいるものの、小林さんの表情は冴えない。
「……いや、僕も昔、そうしてればよかったかな、ってね」
不思議に思っていると、小林さんは、ぽつりと、そう言った。
「僕の場合は、相手は神姫だったんだけど」
「だった?」
「もういない。半年前、僕達が関わった最後の事件で、壊れてしまった。人死にも出た」
さすがに、私から深く聞くのは躊躇われた。きっと、小林さんが前の「仕事」をやめる、直接的なきっかけだろうから。
だけど。
「あの時、僕の周りの環境は激変した。その神姫はいなくなった。僕と組んで仕事をしていた星野さんは、結果的とはいえ、人を殺してしまった」
……え?
「あの!」
「あ、ごめんごめん。少し話しすぎ」
「違うんです! 今、星野さん、って……」
人違いかも知れない。でも、
「ああ、星野慎也さん。あの後、家族にすごい迷惑かけてしまったって、言ってた」
「その人って、子供が」
「……男の子が一人、今年高校に入るって」
「……慎一君?」
「確か、そんな名前だったけど。謝れるなら、僕からも謝っておきたいんだけどね。でもどうして知ってるんだい?」
この時私は、人の「縁」の不思議さを知った。
でも、それだけじゃなかった。この後明らかになることとなったもう一つの「縁」。
それが、神さまの気まぐれだったら。
私は間違いなく、神さまを呪ったと思う。
でも、それだけじゃなかった。この後明らかになることとなったもう一つの「縁」。
それが、神さまの気まぐれだったら。
私は間違いなく、神さまを呪ったと思う。
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