それは刹那に起こった出来事。
彼女が振るった偽虎添翼は、彼女自身と同じ大きさは在ろうかという大岩を両断した。その断面は滑らかで、彼女の端正な顔を映しこむ鏡そのものだった。
「・・・まぁまぁじゃねぇか?」
その様子を、遠くから老人が見ていた。
歳の頃は見た目では判断がつかず、ともすると老人ではないのかも知れない。年老いているのはわかるが肌はまだ瑞々しく、声も張りを失っていない。
「いえ、まだまだで御座います。やはり思うようには行きませんね」
彼女はそういって鏡となった岩の断面を覗き込む。
殆ど水平なそれは、目を凝らしてよく見れば ―――僅かに、ほんの僅かながらに波打っていた。
「剣筋が曲がっていました。まだ修行が足りぬ様です」
彼女はそういい刀を鞘に納める。
その姿は現代に蘇った侍そのもの・・・否、彼女はそもそも侍ではない上に人でもないのだが。
「ふん。・・・・しかしよくここまで扱えるようになったもんだ。初めは戯れだったんだがな」
そういうと老人は煙管を吹かす。そのまま岩の方に近寄って ―――否、そもそもそれは岩ではなかった。手のひらより大き目な石を、持ち上げる。
そのまま彼女の傍により、開いた左手を差し出す。
彼女は老人の手に飛び乗り、正座をした。
「いいか、刀ってのは撫で斬るもんだ。必要なのは押す力ではなく引く力・・・つまりは摩擦だ。そして刀に限らず刃物って奴はきちんと筋を通さなきゃ斬れやしねぇ。さっきのお前はこの二つがなってなかったんだよ」
「痛感いたしております。しからば主、この二つを会得するにはどのような研鑽を積めば宜しいか?」
「刀持って川行って流れと筋ってもんを学んで来い。あとで俺が囲い作ってやる」
老人がそういうと彼女は僅かに頬をほころばせる。自分が流されぬようにと囲いを作る、不器用な老人の優しさを言葉に感じたからだ。
「承知。有難う御座います」
「・・・・とりあえず今は帰って飯にするか。美味い竹の子を仕入れたんだぞ」
「御意」
そういうと、彼女を左手に乗せた老人は竹林の中へと消えた。
彼女が振るった偽虎添翼は、彼女自身と同じ大きさは在ろうかという大岩を両断した。その断面は滑らかで、彼女の端正な顔を映しこむ鏡そのものだった。
「・・・まぁまぁじゃねぇか?」
その様子を、遠くから老人が見ていた。
歳の頃は見た目では判断がつかず、ともすると老人ではないのかも知れない。年老いているのはわかるが肌はまだ瑞々しく、声も張りを失っていない。
「いえ、まだまだで御座います。やはり思うようには行きませんね」
彼女はそういって鏡となった岩の断面を覗き込む。
殆ど水平なそれは、目を凝らしてよく見れば ―――僅かに、ほんの僅かながらに波打っていた。
「剣筋が曲がっていました。まだ修行が足りぬ様です」
彼女はそういい刀を鞘に納める。
その姿は現代に蘇った侍そのもの・・・否、彼女はそもそも侍ではない上に人でもないのだが。
「ふん。・・・・しかしよくここまで扱えるようになったもんだ。初めは戯れだったんだがな」
そういうと老人は煙管を吹かす。そのまま岩の方に近寄って ―――否、そもそもそれは岩ではなかった。手のひらより大き目な石を、持ち上げる。
そのまま彼女の傍により、開いた左手を差し出す。
彼女は老人の手に飛び乗り、正座をした。
「いいか、刀ってのは撫で斬るもんだ。必要なのは押す力ではなく引く力・・・つまりは摩擦だ。そして刀に限らず刃物って奴はきちんと筋を通さなきゃ斬れやしねぇ。さっきのお前はこの二つがなってなかったんだよ」
「痛感いたしております。しからば主、この二つを会得するにはどのような研鑽を積めば宜しいか?」
「刀持って川行って流れと筋ってもんを学んで来い。あとで俺が囲い作ってやる」
老人がそういうと彼女は僅かに頬をほころばせる。自分が流されぬようにと囲いを作る、不器用な老人の優しさを言葉に感じたからだ。
「承知。有難う御座います」
「・・・・とりあえず今は帰って飯にするか。美味い竹の子を仕入れたんだぞ」
「御意」
そういうと、彼女を左手に乗せた老人は竹林の中へと消えた。
*
ホワイトファング・ハウリングソウル
*
第一話
*
『老人と犬』
ホワイトファング・ハウリングソウル
*
第一話
*
『老人と犬』
「・・・さて、今日は何をして過ごすか・・・」
竹林の中にある日本家屋、その囲炉裏端で老人 ――記四季(きしき)は呟いた。
彼にとって日々とはただの暇つぶしである。当の昔に世を捨て、この竹林に篭った日から彼は暇を持て余していた。
「そのような駄目人間染みた科白、あまり口にするべきではないと思いますが」
記四季と同じく囲炉裏端で刀を磨いていた犬型神姫、彩女(あやめ)が言葉を返した。
彼女は一見すると普通のハウリンだが、よく見ると髪が銀色に染まっている。そしてその髪と同じ色の一対の耳が・・・獣の耳が生えていた。
恐らくはハウリンをベースにしたカスタムモデルであろう。彼女は紅緒の紅い甲冑を身に着けていた。
「そうは言ってもだな。薪は割ったし畑の手入れもした上に一仕事終えた身だ。再開は一週間後だし、特にやることも無い」
「ならば街に下りて遊ぶのは如何ですか。お孫さんに会いに行かれるというのも悪くは無いのでは?」
彩女のその言葉に、記四季は無言で立ち上がる。どうも同意したらしい。
その様子を嬉しそうに微笑みながら彩女は言った。
「主、私は同類と戦いとう御座います」
「・・・実はお前が遊びたいだけだろう。なら神姫センターによるか。・・・・途中でムラサキんとこにも顔出すか?」
記四季は外着に着替えながらそう返す。
・・・ムラサキと言うのは山を降りた先にある神社の神姫である。
本当は神主の孫がマスターであるのだが、今はなぜか神社に預けられているらしい。
「主、彼女の名は『アメティスタ』です。ムラサキでは御座いませんよ?」
「ふん、紫水晶・・・アメジストか。だったらムラサキじゃねぇか。大体なんなんだあの露出度の高さは。けしからん通り越してどうかと思うぞアレは」
「それを私に言われましても、彼女の素体は人魚型ですからね。というか私もハイレグと言えば言えなくも無い格好なのですが」
「あ? おめぇはいいんだよ。色気のかけらもねぇちんちくりんだからな」
「ク・・・これでもその手のマニアには『尻がエロい』とか『スク水と黒ニーソの間の生足がイイ』とか『首輪つけて四つん這いになってほしい』とか言われてるのに・・・」
「・・・お前さんはその手のマニアに馬鹿受けして嬉しいのか?」
「・・・微妙です」
話しながらも着替えを終えた記四季は囲炉裏端へと左手を向ける。そこに彩女が飛び乗ったのを確認するとそのまま和服を着込んだ自分の肩に乗せた。
・・・和服の肩にはご丁寧にも、彩女が掴まれるようにと命綱がつけられている。
「さて行くか」
そういって記四季は部屋の隅に放置してあった杖を手に取る。別に必要なわけではないが、単に気分の問題だろう。
・・・彼はちょうどいい長さの棒を持つと安心すると言う妙な癖がある。
「主、その杖は仕込みですが。カチコミにでも行くおつもりで?」
「おっと。普通のはこっちだったな」
仕込みというのは仕込み杖のことであり、杖の中に空洞を作りそこに真っ直ぐな日本刀を仕込んだ隠し武器である。当然の如く白昼堂々持ち歩いていいものではない。
「まぁ別にばれなきゃ問題ないだろうがな」
「一般的常識の問題です。主は若く見える上にどこからどう見ても健康体にしか見えませんから、そんな人が杖を持っているだけで不審です。職質とか受けたらどうなさるおつもりですか」
「座頭市の如く逆手抜刀を見せ付けてやらぁな。この国は老人にゃ優しいのよ」
それにしてもこの老人、危険人物である。
そうこういっているうちに二人は玄関を潜り、竹林の中を進んでいる。
見渡す限りの竹、竹、竹、たまに竹の子がみえるそこは実を言うと全て記四季の土地である。別に先祖代々受け継がれてきたわけではなく、単にこの山を切り開いてゴルフ場にする計画が上がったのを知った記四季が買い取っただけだ。
何でも彼は昔遊んだこの場所を酷く愛していて、そこが無くなるのが見たくないから買い取ったらしい。彼は他にも山と森をいくつか所有しているが、殆どをタダで人に貸している。この間は山中を使って若いのがサバイバルゲームをしていた。他の山では天然の松茸が取れるとかで栽培と松茸狩りを行っているらしい。金に困っていない記四季はそこから少しの謝礼を貰うだけだ。
「しかしまた随分と竹が茂ってきましたね。道が見えなくなりそうですし、そろそろ狩り時では?」
「そうだな。またぞろメンマでも作るか。確か神無月の嬢ちゃんから麺貰ったしな」
「いいですねラーメン。あまり脂っこいものは好みではありませんが」
「かかか! そいつぁ俺もだ。昔っからラーメンは塩、味噌、醤油って決めてらぁな」
「しかしこれ全部でメンマ作るとなると・・・とてつもない量になりますが。食べ切れますかね」
「そんときゃ老人会の連中にやっちまえばいいやな。あいつら喜ぶぞ」
「確かに。主の作るものは中々に美味ですからね。そういえば以前からお作りになっていた日本酒の方はどのような塩梅で?」
「悪くねぇ。明日には出来てるはずだぜ。だから明日は晩酌と洒落込もうじゃねぇか」
「この彩女、僭越ながらお酌をさせて頂きます」
「是非に。一人で飲むのも悪くはねぇが、お前と飲む酒は格段に美味いからな」
「お褒め頂き恐悦至極。所で主、今日の岩の話ですが ―――――――」
・・・・二人が山を降りたのは、これからさらに二時間後の事である。
竹林の中にある日本家屋、その囲炉裏端で老人 ――記四季(きしき)は呟いた。
彼にとって日々とはただの暇つぶしである。当の昔に世を捨て、この竹林に篭った日から彼は暇を持て余していた。
「そのような駄目人間染みた科白、あまり口にするべきではないと思いますが」
記四季と同じく囲炉裏端で刀を磨いていた犬型神姫、彩女(あやめ)が言葉を返した。
彼女は一見すると普通のハウリンだが、よく見ると髪が銀色に染まっている。そしてその髪と同じ色の一対の耳が・・・獣の耳が生えていた。
恐らくはハウリンをベースにしたカスタムモデルであろう。彼女は紅緒の紅い甲冑を身に着けていた。
「そうは言ってもだな。薪は割ったし畑の手入れもした上に一仕事終えた身だ。再開は一週間後だし、特にやることも無い」
「ならば街に下りて遊ぶのは如何ですか。お孫さんに会いに行かれるというのも悪くは無いのでは?」
彩女のその言葉に、記四季は無言で立ち上がる。どうも同意したらしい。
その様子を嬉しそうに微笑みながら彩女は言った。
「主、私は同類と戦いとう御座います」
「・・・実はお前が遊びたいだけだろう。なら神姫センターによるか。・・・・途中でムラサキんとこにも顔出すか?」
記四季は外着に着替えながらそう返す。
・・・ムラサキと言うのは山を降りた先にある神社の神姫である。
本当は神主の孫がマスターであるのだが、今はなぜか神社に預けられているらしい。
「主、彼女の名は『アメティスタ』です。ムラサキでは御座いませんよ?」
「ふん、紫水晶・・・アメジストか。だったらムラサキじゃねぇか。大体なんなんだあの露出度の高さは。けしからん通り越してどうかと思うぞアレは」
「それを私に言われましても、彼女の素体は人魚型ですからね。というか私もハイレグと言えば言えなくも無い格好なのですが」
「あ? おめぇはいいんだよ。色気のかけらもねぇちんちくりんだからな」
「ク・・・これでもその手のマニアには『尻がエロい』とか『スク水と黒ニーソの間の生足がイイ』とか『首輪つけて四つん這いになってほしい』とか言われてるのに・・・」
「・・・お前さんはその手のマニアに馬鹿受けして嬉しいのか?」
「・・・微妙です」
話しながらも着替えを終えた記四季は囲炉裏端へと左手を向ける。そこに彩女が飛び乗ったのを確認するとそのまま和服を着込んだ自分の肩に乗せた。
・・・和服の肩にはご丁寧にも、彩女が掴まれるようにと命綱がつけられている。
「さて行くか」
そういって記四季は部屋の隅に放置してあった杖を手に取る。別に必要なわけではないが、単に気分の問題だろう。
・・・彼はちょうどいい長さの棒を持つと安心すると言う妙な癖がある。
「主、その杖は仕込みですが。カチコミにでも行くおつもりで?」
「おっと。普通のはこっちだったな」
仕込みというのは仕込み杖のことであり、杖の中に空洞を作りそこに真っ直ぐな日本刀を仕込んだ隠し武器である。当然の如く白昼堂々持ち歩いていいものではない。
「まぁ別にばれなきゃ問題ないだろうがな」
「一般的常識の問題です。主は若く見える上にどこからどう見ても健康体にしか見えませんから、そんな人が杖を持っているだけで不審です。職質とか受けたらどうなさるおつもりですか」
「座頭市の如く逆手抜刀を見せ付けてやらぁな。この国は老人にゃ優しいのよ」
それにしてもこの老人、危険人物である。
そうこういっているうちに二人は玄関を潜り、竹林の中を進んでいる。
見渡す限りの竹、竹、竹、たまに竹の子がみえるそこは実を言うと全て記四季の土地である。別に先祖代々受け継がれてきたわけではなく、単にこの山を切り開いてゴルフ場にする計画が上がったのを知った記四季が買い取っただけだ。
何でも彼は昔遊んだこの場所を酷く愛していて、そこが無くなるのが見たくないから買い取ったらしい。彼は他にも山と森をいくつか所有しているが、殆どをタダで人に貸している。この間は山中を使って若いのがサバイバルゲームをしていた。他の山では天然の松茸が取れるとかで栽培と松茸狩りを行っているらしい。金に困っていない記四季はそこから少しの謝礼を貰うだけだ。
「しかしまた随分と竹が茂ってきましたね。道が見えなくなりそうですし、そろそろ狩り時では?」
「そうだな。またぞろメンマでも作るか。確か神無月の嬢ちゃんから麺貰ったしな」
「いいですねラーメン。あまり脂っこいものは好みではありませんが」
「かかか! そいつぁ俺もだ。昔っからラーメンは塩、味噌、醤油って決めてらぁな」
「しかしこれ全部でメンマ作るとなると・・・とてつもない量になりますが。食べ切れますかね」
「そんときゃ老人会の連中にやっちまえばいいやな。あいつら喜ぶぞ」
「確かに。主の作るものは中々に美味ですからね。そういえば以前からお作りになっていた日本酒の方はどのような塩梅で?」
「悪くねぇ。明日には出来てるはずだぜ。だから明日は晩酌と洒落込もうじゃねぇか」
「この彩女、僭越ながらお酌をさせて頂きます」
「是非に。一人で飲むのも悪くはねぇが、お前と飲む酒は格段に美味いからな」
「お褒め頂き恐悦至極。所で主、今日の岩の話ですが ―――――――」
・・・・二人が山を降りたのは、これからさらに二時間後の事である。