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えむえむえす ~My marriage story~

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そのいち「前夜」



 僕はモニターから目を離すと、そのままPCの傍らで座っている体長15㎝ほどの『少女』に視線を移す。
 僕の視線に気が付いた『彼女』は、僕の目を確認すると「にひゃー」と満面の笑みを浮かべた。
「もう少しだけ、我慢してくれるかな?」
「全然平気なのですよぉ♪」
 彼女――MMS TYPE CAT 機体名『猫爪』、固体名『ティキ』――は歌うように答えた。
 その言葉に僕は少しだけ笑いながらうなずくと、眼鏡を上げて再びモニターに目を移す。
 もう一息だ。
 僕は緑色の装丁をしている炭酸飲料をあおるように口に流し込んだ。



 これは僕がティキと初めて会った時の話。ほんのわずかだけ前の事。



 その頃の僕は、オタク気質のクセにいまどきの高校生のフリをしていたから、まるで武装神姫については知識が無かった。……もちろん興味はあったが、やっぱり高校生としての見栄もあったからチェックなんてしてなかった。
 個人的な不幸と、身内の不幸。そしてチョットばかりの幸運が僕とティキを引き合わせたんだ。
 順を追って説明すれば、ある日何の前触れもなく僕はそのとき付き合っていた彼女に振られた。彼女から告白してきたというのに、二股を掛けられていたのだ。……僕らぐらいの年齢じゃ、それだけでかなりの不幸を味わえる。
 で、そのショックから立ち直る時間も与えられず、僕は親父を亡くした。さして仲が良いってワケでもなかったが、彼女に振られた事なんて消し飛ぶくらいには頭が空っぽになれた。
 幸い、母方の祖父が僕らを援助してくれると言ったので、僕と母は路頭に迷う事無く済んだけども。
 葬儀が終わりしばらく日がたった後、親父の私物の整理をするため、僕は初めて親父の書斎に入った。
 その時発見したのがティキだった。
 親父の書斎で机の上に行儀良く座ったまま、その初めて見る武装神姫は声も上げずに涙を流していた。……親父が死んでから、ずっと一人で泣いていたんだろうか?
 彼女は僕に気が付くと、ビクッと体を震わして身構えた。そして一目散に机の上にあるモニターの影に走ると、恐る恐る顔だけを覗かせて、
「……誰、なのですかぁ?」
 とか細い声で問いかける。
 正直に告白します。最初見たとき父に対して怒りに似た感情を持ちました。40後半になろうというおっさんが、家族にも内緒でなにを後生大事に持ってたんだ! と。
 だから仕方が無いよね。と先に言い訳をさせて欲しい。
「――っ!! 人に名前を聞く時は、まず自分から名乗れよ!」
 親父に対する苛立ちと、悲しさと、怒りと不甲斐なさに、僕はその罪も無い神姫に思わず怒鳴ってしまったのだ。
 その途端、
「ふっ……ふえ……ふえぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~」
 見る見る間に彼女の目は涙で一杯になり、声をあげて泣き出してしまった。
 あぁぁぁぁぁぁ~~~~~ 何で玩具に涙なんかが流れる仕組みを作ったんだぁぁぁぁ。とメーカーに文句の一つも言ってやりたい気持ちもあったが、僕はいきなり泣き出した彼女を見たせいで冷静さをとりもどす。
 ……どちらかと言えばショックで正気に戻った、と言う方が正しい。
 とにかく、僕は彼女が泣き止むまで懸命に宥め賺し、ひたすら謝ったのだった。



「いや、大体話はわかったけどさぁ……」
「ダメなのですかぁ?」
 どうにか落ち着いた彼女から一通り話を聞いた僕は、生前親父が使っていた椅子に座って途方に暮れた。
 要するにオーナーになってくれないかと言う申し出なのだが、先にも述べた様にその頃の僕は自分の中にあるオタク気質というものを一切否定して暮らしていたのだ。だから、『武装神姫を所有する』=オタクという図式に自分が組み込まれることに躊躇し、しぶっていた。
 いや、だって、ねえ? オタクである事を隠している人になら、きっと共感してもらえると思うんだけど……
「やっぱりダメ……ですかぁ?」
「うっ……」
 彼女は瞳を涙で一杯にして、ウルウルと僕を見つめながら首をかしげる。
 それって、卑怯じゃないか?
 つい最近彼女に振られたばかりで女の子のそういう仕種を見るのがご無沙汰だった僕は、その表情にやられそうになる。
 あぁ、今ならわかるよ。武装神姫にのめり込んで溺愛する人の気持ちがっっっ!
 ……………………
 あ……れ?
 何かが天啓のように僕の頭に引っかかった。悪魔の誘惑とも取れるのだけども。

 一体今の僕が、誰に対して格好をつける必要があるのか? 

 一回でもそんな考えが頭を過ぎると、後は坂道を転がる石の様。
 好きだと感じれる事や、興味をそそられる事に遠慮して、一体僕のなにが守られるのか?
 格好つけて見せるべき対象である彼女には先日見事に振られ、その彼女と釣り合いが取れるように張っていた見栄やプライドにも、今では何の意味も無い。
 僕はじっと僕の目を見ている彼女の、涙が溜まっているけどまっすぐなその瞳を見て、口を開いた。
「……そうだね。自分から逃げていてもダメだよね」
 多分、世間で言う所の『一般常識人』は、この時の心情から出てくるその言葉に矛盾を感じるんだろう。
 多数意見に寄りかかり、他を排除し、否定してしまう人たちには、『安寧のために現実に逃げるのを止め、夢中になれる自分の本当に目を向ける』という幸せは判らないんだ。……今までの僕がそうだった様に。
「決め、た。僕はこれから君と一緒の時間を過ごすよ。……親父の代わりとしては、役者不足だけど、ね」
 僕は笑う。そして……

 そして彼女は怒った。
「違うのですよぉ! 誰も誰の代わりにはなれないのですよ! だから、貴方は貴方なのですよぉ……」
 驚いた。そして不覚にも感動してしまった。それこそそれは、たった今自分が決意した事を肯定する言葉なのだから。
 そして彼女はにっこりと目を糸の様にして笑うと、
「というわけで、これからよろしくなのですよぉ♪」
 と言って右手を差し出す。僕はその手に右手の人差し指で応じた。
「こちらこそよろしく。僕の名前は『藤原雪那』君の名前は?」
 きっとその時の僕の顔は、泣き笑いに近かったに違いない。


 そのとき初めて、親父が死んだ事を、心が理解したんだ。


「よし、出来たっと」
 僕はそういって背もたれに体を預けた。炭酸飲料の缶の中身は、すっかり空になっている。
「マスタ、お疲れ様なのですよぉ♪」
 そう言うと、ティキは僕に笑顔を見せる。そっちこそお疲れ、と言いながら、僕はティキとPCを繋いだコードをはずした。
「ふにゅうぅ……っぅうんん……ぅんっ」
 ティキが体を震わす。
「……大丈夫?」
「っふぁ……大丈夫……ですぅ☆」
 ティキはいつもコードを外す度に、今みたいなチョット鼻にかかったような声をあげて体を小刻みに震わせる。
 ……不具合か何かなのかな?
 その度に僕は不安を感じるのだが、当のティキが「何でも無いったら何でも無いのですよぉ!」と顔を赤くしてまで強く言うので、僕としてはそれを信じるしかない。
「さて……と、これで今度のデビュー戦の準備が整ったね」
「ハイですぅ♪」
 デビュー戦。と言っても公式戦に出るわけではなく、あくまで草試合。付け焼刃で知識を集めた僕は、それでもようやくバトルへ参加する事が出来るようになった。
 親父もそっち方面に興味があったらしいが、時間が無いくせに凝り性なため、ついぞバトルに参加する事は無かったそうだ。
「取りあえず試運転と行こうか。装備付けてみよう」
 そういって僕は基本のパーツを付けていく。基本、と言っても猫爪の基本武装ではない。
 親父は他の神姫の素体は一切保有していなかったくせに、何故か第二段までの各々の基本武装および、TYPE RABBITの武装だけをコンプリートしていた。……ヴァッフェバニーって、コアパーツ付いてなかったっけ?
 とにかくそんな訳だから、僕はティキの特性と、自分の好みとで好きにパーツを選べると言う、他のオーナーから恨まれても文句言えない贅沢を味わっている。
 そんな中から僕が選んだのは――
 鉄耳装・改
 buAN FL012 胸部アーマー
 exOPT KT36C1 キャットテイル
 exAM FL013 01スパイクアーマー ×2
 exOPT VLBNY1 リフトガード/L・R
 exOPT VLBNY1 脚部アーマー/R
 exOPT VLBNY1 収納ポケット/L・R
 WFブーツ・タイプ・グレイグ/L・R
 リアウイング AAU7
 で、リアウイングにオリジナルの情報集積ユニットを搭載し、有線で鉄耳装・改と繋げている。空いている左大腿部には、自作の鞘を装備させておいた。
 更に武装として、
 モデルPHC ハンドガン・ヴズルイフ
 親父のコレクションにあった西洋剣
 GEモデル LC3レーザーライフル
 ちなみにLC3レーザーライフルはお手製接続パーツによりリアウイングに装着した。
「で、この剣は一体なんなんだ?」
「風の魔装機神の剣ですよぉ♪」
「???」
「でぃすかったーって言うのですよぉ♪」
「あー……いや、知らない、悪かった…… で、どう? 付け心地悪いところ無いか?」
「大丈夫なのですよぉ♪ と言うよりむしろ快適無敵なのですぅ♪」
 そういうとティキは早速、広いとはいえない部屋の中を飛び回る。
「マスタ、ティキはこの装備がとっても気に入ったのですよぉ♪」
「そいつは良かった。ティキが気に入ってくれたんだったら僕も嬉しいよ」
 本当に楽しそうに飛び回るティキを見て、僕もなんだか幸せな気分になってくる。
 しばらく飛んでいると、ティキは僕の頭の上に降り、そしてそのままうつ伏せになる。
「さすがに少し疲れたですぅ☆」
「あはははは、まだ慣れていないからね。明日から少しずつ慣れていこうな」
「ハイですぅ♪」
 僕はティキの元気のいい返事を聞くと、頭にティキを乗せたまま電気を消し、親父の書斎だった部屋を後にした。
「明日天気が良かったら外で飛んで見よう」
「本当ですかぁ☆ うっれしいのですよぉ♪」

 僕らはまだ本当の意味で過去の思い出から巣立ってはいないのだろう。でも、それでも僕は前を見る。あの日の決意と、君のくれたあの言葉を胸にして。






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