「……それ、本当なんですよね」
それを聞いたアリカの口から洩れたのは、それを受け入れた事を表す言葉だった。
拒絶でも、否定でも、理解でも無い。ただ、受け入れただけ。
「驚かないのね、アリカちゃん」
それを話して聞かせた裕子は微笑みながら軽く目を見張った。
それを話すのは憚られただろうに、その表情に陰りは無い。
代わりに裕也が横で気まずそうにしているが。
「驚きすぎて……もう何が何だか分からなくって」
アリカはそう言って力無く笑った。
それは乾いた笑いで、感情の枯渇した笑みだった。
Red Legion。
武装神姫が発売された2031年に結成された武装神姫のチーム。
名を連ねる神姫は「赤」に類する名で呼び合い、赤い武装を身に纏っていた。
彼女達は唯只管に破壊を要求された。
勝利でなく、破壊をだ。
そんな事は、現代では許されない。闇バトルを別として。
それでも、社会に浸透する以前だった武装神姫。
戦術が確立しておらず、戦いのレベルが低かった事。
そして、リアルバトルが主流だった事。
それらの要因が絡み合い、Red Legionは生まれ、そして育ってしまった。
「そして、倉内先輩もまた、Red Legionの一員だった」
「……茜」
研究室の扉をくぐりながら茜が口を開いた。
「先輩は赤いストラーフを伴い何十体もの神姫を殺した」
ゆっくりと歩きながら、茜はアリカへと近づいていく。
「カーネリアン。紅玉露の意味。ナルちゃんの昔の名前」
アリカの目前まで辿り着いた茜は、その目を覗き込んだ。眼鏡の奥の瞳が光った。
「ロンも、カーネリアンに殺されかけた」
「……!」
その言葉に、アリカは初めて感情を表に出した。
あくまで話としての恵太郎の過去。
しかし、ここにその被害者がいる。
「……ロンは、ナルさんと恵太郎さんの事を恨んでいるのですか?」
アリカの頭の上では無く、研究室のテーブルの上でトロンベが口を開いた。
「カーネリアンの事は、恨んでないと言えば嘘になります」
天使型の蒼い瞳を伏せて、ロンは言った。
その身体は小刻みに震え、両手は強く握り締められている。
「……」
トロンベは感じた。
破壊される寸前の恐怖を。
ロンの雰囲気はそれを理解させるに十分なものだった。
「手足を捥がれ、首筋にギロチンを突き付けられ、頭上にハンマーを掲げられた……忘れも、しません」
光景が、アリカには想像できなかった。
「アル・ヴェルと蒼蓮華が止めに入ってくれなければ、私は間違いなく……死んでいました」
アリカとトロンベは絶句した。
普段の恵太郎とナルは、何処にでもいそうな神姫好きだったのだ。少なくとも、二人にとっては。
「でも、今は……違います」
ロンの青い瞳が、トロンベの瞳を捉えた。
「あの二人は変わりました。貴女達なら、それが分る筈です」
「……」
アリカとトロンベは何も言わない。
「アリカ殿を正しき道へと導いた……それこそが」
「けーくん達が変わった証拠だと僕は思ってるよ」
「孝也、お前も久しぶりだな」
扉の脇で裕也の言葉を受けた孝也は続けた。
「けーくんは、アリカちゃんの事を自分と重ねて見ていたのかもしれない」
「過去を悔いるからこそ、同じ道を歩みかけていたアリカ殿を戒めた……」
フラッシュバックする光景。
トロンベを道具と見なし、只管に勝利だけを追い求めた自分の姿。
「……何で、あたしに」
アリカは、低く呟いた。
「恵太郎君を、止めるためよ」
裕子が高々と宣言した。
「恵太郎は自身の過去を清算しようとしている」
アル・ヴェルが淡々と続けた。
「三年前は俺と姉貴で何とか出来た」
「けど、今回はそうもいきそうにないのだ」
裕也と蒼蓮華も続く。
「鍵は、貴女なのよ。アリカ」
茜の眼にアリカが映る。
儚く、今にも消えてしまいそうな少女のその姿が。
「……あたしに、何が出来るって言うのよ」
敬愛する人の過去、それを知らずに過ごしてきた自分。
「あたしは師匠の事を何も知らない!」
ただ、ついて行っただけ。
何も知らず、何も理解せず、勝手に師と仰いだ。
「皆みたいに、師匠と長い付き合いでも無い!」
裕子や裕也や孝也や、茜。誰よりも浅い時間。
感じた孤独感、疎外感。それは自分勝手な感情。
「あたしは皆みたいに役に立った事なんて無い!」
特別な技術も無く、特別な感情も持たれず、ただ勝手に付き纏った。
何も、出来ない。
「そんなあたしに……何が出来るって言うのよ!」
「違うわ、アリカちゃん」
叫び、泣いていたアリカを裕子が優しく包み込んだ。
「あなたにしか、出来ない事があるのよ」
優しく語りかける様に、裕子は言った。
「今度の恵太郎君は、3年前とは違うわ。心に芯がある」
アリカは、ただ黙って聞いていた。
「力で人を捩じ伏せるのは簡単だわ。あの時のように、力しか知らない人相手ならね」
裕子の胸に顔を埋め、アリカは黙って聞いている。
「でも、心に芯がある人は、力で捩じ伏せられても立ち上がるわ。心の芯を砕かない限り」
「……だから、なんだって言うのよ」
「アリカちゃん、貴女は恵太郎君の事好き?」
いきなりベクトルの変わった質問に、思わずアリカは顔を上げた。
「……好き」
顔を赤くしながら、しかしはっきりと答えた。
「その気持ちで、恵太郎君の心を折るの。それが、貴女にしか出来ない事」
アリカを抱いていた手を解き、腰をかがめてアリカと目線を合わせながら裕子は言った。
「それなら、孝也でも出来るんじゃないの?」
裕子の目を見つめ返しながら、アリカは言った。
「僕じゃダメなんだよ。けーくんの気持ちが分るアリカちゃんじゃなきゃね」
孝也は寂しそうに笑った。
「師匠の……気持ち」
完全に理解出来る訳では無い。
だが、トロンベを道具と扱い、それが過ちだった事に気付いた気持ちは、もしかしたら同じなのかもしれない。
「……で、具体的にはあたしは、何をすればいいの?」
「その気持ちをぶつければ良いのよ」
茜が言った。その瞳はメガネによって窺い知る事は出来ない。
「つまり……こ、こくはく?」
余りに素っ頓狂な話に、アリカの頬が上気する。
「そ、告白」
「告白ですよ、告白」
茜とロンが言った。眼が、笑っていた。
「そんなんで何とかなるの……?」
「勿論、アリカちゃんだけには任せたりはしないよ」
「拙者とクリスの出番で御座るよ」
訝しげなアリカに、孝也とトリスがこれまた楽しそうに言った。
「……先輩達は?」
頼みの綱を見るような視線で、アリカは佐伯姉弟を見やった。
「俺はそう言うの向いてないんだ」
裕也は心底済まなそうに言った。
「私は無理ねぇ。アル・ヴェルも負けちゃったもの」
「つまり……あたしと茜と孝也の三人で師匠を止めるの?」
アリカはようやく状況を理解し始めた。
「そう、僕たちと」
「拙者達、神姫でで御座る」
孝也とトリスが珍しく凛々しい表情で言った。
「んー……たかや、なんのおはなししてたの?」
それを聞いたアリカの口から洩れたのは、それを受け入れた事を表す言葉だった。
拒絶でも、否定でも、理解でも無い。ただ、受け入れただけ。
「驚かないのね、アリカちゃん」
それを話して聞かせた裕子は微笑みながら軽く目を見張った。
それを話すのは憚られただろうに、その表情に陰りは無い。
代わりに裕也が横で気まずそうにしているが。
「驚きすぎて……もう何が何だか分からなくって」
アリカはそう言って力無く笑った。
それは乾いた笑いで、感情の枯渇した笑みだった。
Red Legion。
武装神姫が発売された2031年に結成された武装神姫のチーム。
名を連ねる神姫は「赤」に類する名で呼び合い、赤い武装を身に纏っていた。
彼女達は唯只管に破壊を要求された。
勝利でなく、破壊をだ。
そんな事は、現代では許されない。闇バトルを別として。
それでも、社会に浸透する以前だった武装神姫。
戦術が確立しておらず、戦いのレベルが低かった事。
そして、リアルバトルが主流だった事。
それらの要因が絡み合い、Red Legionは生まれ、そして育ってしまった。
「そして、倉内先輩もまた、Red Legionの一員だった」
「……茜」
研究室の扉をくぐりながら茜が口を開いた。
「先輩は赤いストラーフを伴い何十体もの神姫を殺した」
ゆっくりと歩きながら、茜はアリカへと近づいていく。
「カーネリアン。紅玉露の意味。ナルちゃんの昔の名前」
アリカの目前まで辿り着いた茜は、その目を覗き込んだ。眼鏡の奥の瞳が光った。
「ロンも、カーネリアンに殺されかけた」
「……!」
その言葉に、アリカは初めて感情を表に出した。
あくまで話としての恵太郎の過去。
しかし、ここにその被害者がいる。
「……ロンは、ナルさんと恵太郎さんの事を恨んでいるのですか?」
アリカの頭の上では無く、研究室のテーブルの上でトロンベが口を開いた。
「カーネリアンの事は、恨んでないと言えば嘘になります」
天使型の蒼い瞳を伏せて、ロンは言った。
その身体は小刻みに震え、両手は強く握り締められている。
「……」
トロンベは感じた。
破壊される寸前の恐怖を。
ロンの雰囲気はそれを理解させるに十分なものだった。
「手足を捥がれ、首筋にギロチンを突き付けられ、頭上にハンマーを掲げられた……忘れも、しません」
光景が、アリカには想像できなかった。
「アル・ヴェルと蒼蓮華が止めに入ってくれなければ、私は間違いなく……死んでいました」
アリカとトロンベは絶句した。
普段の恵太郎とナルは、何処にでもいそうな神姫好きだったのだ。少なくとも、二人にとっては。
「でも、今は……違います」
ロンの青い瞳が、トロンベの瞳を捉えた。
「あの二人は変わりました。貴女達なら、それが分る筈です」
「……」
アリカとトロンベは何も言わない。
「アリカ殿を正しき道へと導いた……それこそが」
「けーくん達が変わった証拠だと僕は思ってるよ」
「孝也、お前も久しぶりだな」
扉の脇で裕也の言葉を受けた孝也は続けた。
「けーくんは、アリカちゃんの事を自分と重ねて見ていたのかもしれない」
「過去を悔いるからこそ、同じ道を歩みかけていたアリカ殿を戒めた……」
フラッシュバックする光景。
トロンベを道具と見なし、只管に勝利だけを追い求めた自分の姿。
「……何で、あたしに」
アリカは、低く呟いた。
「恵太郎君を、止めるためよ」
裕子が高々と宣言した。
「恵太郎は自身の過去を清算しようとしている」
アル・ヴェルが淡々と続けた。
「三年前は俺と姉貴で何とか出来た」
「けど、今回はそうもいきそうにないのだ」
裕也と蒼蓮華も続く。
「鍵は、貴女なのよ。アリカ」
茜の眼にアリカが映る。
儚く、今にも消えてしまいそうな少女のその姿が。
「……あたしに、何が出来るって言うのよ」
敬愛する人の過去、それを知らずに過ごしてきた自分。
「あたしは師匠の事を何も知らない!」
ただ、ついて行っただけ。
何も知らず、何も理解せず、勝手に師と仰いだ。
「皆みたいに、師匠と長い付き合いでも無い!」
裕子や裕也や孝也や、茜。誰よりも浅い時間。
感じた孤独感、疎外感。それは自分勝手な感情。
「あたしは皆みたいに役に立った事なんて無い!」
特別な技術も無く、特別な感情も持たれず、ただ勝手に付き纏った。
何も、出来ない。
「そんなあたしに……何が出来るって言うのよ!」
「違うわ、アリカちゃん」
叫び、泣いていたアリカを裕子が優しく包み込んだ。
「あなたにしか、出来ない事があるのよ」
優しく語りかける様に、裕子は言った。
「今度の恵太郎君は、3年前とは違うわ。心に芯がある」
アリカは、ただ黙って聞いていた。
「力で人を捩じ伏せるのは簡単だわ。あの時のように、力しか知らない人相手ならね」
裕子の胸に顔を埋め、アリカは黙って聞いている。
「でも、心に芯がある人は、力で捩じ伏せられても立ち上がるわ。心の芯を砕かない限り」
「……だから、なんだって言うのよ」
「アリカちゃん、貴女は恵太郎君の事好き?」
いきなりベクトルの変わった質問に、思わずアリカは顔を上げた。
「……好き」
顔を赤くしながら、しかしはっきりと答えた。
「その気持ちで、恵太郎君の心を折るの。それが、貴女にしか出来ない事」
アリカを抱いていた手を解き、腰をかがめてアリカと目線を合わせながら裕子は言った。
「それなら、孝也でも出来るんじゃないの?」
裕子の目を見つめ返しながら、アリカは言った。
「僕じゃダメなんだよ。けーくんの気持ちが分るアリカちゃんじゃなきゃね」
孝也は寂しそうに笑った。
「師匠の……気持ち」
完全に理解出来る訳では無い。
だが、トロンベを道具と扱い、それが過ちだった事に気付いた気持ちは、もしかしたら同じなのかもしれない。
「……で、具体的にはあたしは、何をすればいいの?」
「その気持ちをぶつければ良いのよ」
茜が言った。その瞳はメガネによって窺い知る事は出来ない。
「つまり……こ、こくはく?」
余りに素っ頓狂な話に、アリカの頬が上気する。
「そ、告白」
「告白ですよ、告白」
茜とロンが言った。眼が、笑っていた。
「そんなんで何とかなるの……?」
「勿論、アリカちゃんだけには任せたりはしないよ」
「拙者とクリスの出番で御座るよ」
訝しげなアリカに、孝也とトリスがこれまた楽しそうに言った。
「……先輩達は?」
頼みの綱を見るような視線で、アリカは佐伯姉弟を見やった。
「俺はそう言うの向いてないんだ」
裕也は心底済まなそうに言った。
「私は無理ねぇ。アル・ヴェルも負けちゃったもの」
「つまり……あたしと茜と孝也の三人で師匠を止めるの?」
アリカはようやく状況を理解し始めた。
「そう、僕たちと」
「拙者達、神姫でで御座る」
孝也とトリスが珍しく凛々しい表情で言った。
「んー……たかや、なんのおはなししてたの?」
「……どうも、倉内です。お久しぶりです、荒川教授」
「今はどの辺りに?……ベトナム、ですか」
「こちらにはいつ頃帰ってくるんです?」
「実は、お願いしたい事があって……」
「書類は全部揃ってます。後は教授だけです」
「……いえ、俺一人、だけです」
「はい、有難う御座います」
「では、また」
「今はどの辺りに?……ベトナム、ですか」
「こちらにはいつ頃帰ってくるんです?」
「実は、お願いしたい事があって……」
「書類は全部揃ってます。後は教授だけです」
「……いえ、俺一人、だけです」
「はい、有難う御座います」
「では、また」