第十六話 共鳴
着地する。
よく整備された滑走路のアスファルトが、その下の整地用に敷かれた土と一緒に飛び散る。小さなクレータがひとつ出来上がった。
長大な滑走路の向こうには、飛行船が発進した森があって、滑走路のところだけが開いている。終端部にはやはり、地下の格納庫へとつづくであろう大きなエレベータハッチが口を開けていた。
――開いている?
“前方ハッチより反応多数。ラプターです”
エイダの警告。
直後、いくつもの光点がハッチから飛び出してくる。十、二十、三十、四十――、まだまだ増える。
「いまだあれほどの戦力を隠し持っていたとはな」
ビックバイパーアタッチメントを纏ったルシフェルが後方から追いついた。その後ろにはファントマⅡを装備したネイキッドの部隊。
「こっちの戦力は」
「私とお前を除いて三十だ。数だけなら圧倒的に足りないな」
話している間にも、ハッチからは次々とラプターが出てくる。
「エイダ、奴らの総数は」
“聞かないほうが賢明です”
人間くさい答えをするようになったな、とクエンティンは思う。
“単純物量差は十倍以上です”
「聞かなきゃよかったな」
「どっちにしろ、ぶっ倒さないと進めないんでしょ」
スラスターの出力を溜める。青白い余剰出力が羽の間からこぼれる。
「やるわよ」
「ふっ」
口の端に笑みを浮かべて、ルシフェルも構える。
「この場での戦力は正直に言って、私たち二体だけだ」
「一人頭だいたい一五〇体潰せば良いわけね」
クエンティンの背中の空間が展開し、細長い板状の物体がトランプを広げるように現れる。ホーミングミサイルである。エイダがあらかじめ解除しておいてくれていた。
左手を前方に掲げ、複数の標的をロック。
ミサイルの発射が引き金になった。三十二体と三百体超の神姫が、同時に突撃を開始する。
よく整備された滑走路のアスファルトが、その下の整地用に敷かれた土と一緒に飛び散る。小さなクレータがひとつ出来上がった。
長大な滑走路の向こうには、飛行船が発進した森があって、滑走路のところだけが開いている。終端部にはやはり、地下の格納庫へとつづくであろう大きなエレベータハッチが口を開けていた。
――開いている?
“前方ハッチより反応多数。ラプターです”
エイダの警告。
直後、いくつもの光点がハッチから飛び出してくる。十、二十、三十、四十――、まだまだ増える。
「いまだあれほどの戦力を隠し持っていたとはな」
ビックバイパーアタッチメントを纏ったルシフェルが後方から追いついた。その後ろにはファントマⅡを装備したネイキッドの部隊。
「こっちの戦力は」
「私とお前を除いて三十だ。数だけなら圧倒的に足りないな」
話している間にも、ハッチからは次々とラプターが出てくる。
「エイダ、奴らの総数は」
“聞かないほうが賢明です”
人間くさい答えをするようになったな、とクエンティンは思う。
“単純物量差は十倍以上です”
「聞かなきゃよかったな」
「どっちにしろ、ぶっ倒さないと進めないんでしょ」
スラスターの出力を溜める。青白い余剰出力が羽の間からこぼれる。
「やるわよ」
「ふっ」
口の端に笑みを浮かべて、ルシフェルも構える。
「この場での戦力は正直に言って、私たち二体だけだ」
「一人頭だいたい一五〇体潰せば良いわけね」
クエンティンの背中の空間が展開し、細長い板状の物体がトランプを広げるように現れる。ホーミングミサイルである。エイダがあらかじめ解除しておいてくれていた。
左手を前方に掲げ、複数の標的をロック。
ミサイルの発射が引き金になった。三十二体と三百体超の神姫が、同時に突撃を開始する。
◆ ◆ ◆
「おかしい」
命令や報告がひっきりなしに飛びかう潜水艦のCICで、全戦域の概況を一括表示する正面スクリーンを凝視しながら、鶴畑興紀はつぶやいた。彼は指令席に座り、デスクに両肘をついて顔の前で手を組んでいる。
「どうしたの」
その傍らに立っていた理音が訊く。
状況は素人目に見ても順調であるはずだった。いや、順調すぎて気持ち悪いくらいであり、何か突拍子もないことが起こるのではないかという予感が理音にはあった。
「上手く行き過ぎてるのが怖い?」
「そうじゃない」
興紀は首を振る。眼鏡を取り、眉間を抑えて深呼吸を一つすると、いつのまにかいなくなっていた執事がタイミング良く戻ってきて、湯気の立つブラックのコーヒーを置いた。
コーヒーを冷まさず一気にあおる。興紀が飲めるくらいの温度にしてあるのかもしれない。空になったコップを執事が持ってゆく。
「向こうの戦力の浪費が激しい」
それが自分の問いに対する答えであると理音が気づくのには少し時間がかかった。興紀の動作に見とれていた。
「それは……、良いことなんじゃなくて?」
「そうなんだが」
トントン、とデスクを指で叩く。
「引っかかるんだ。向こうが全力で抵抗していないように感じられる」
「切り札があるとか――」
「これは段取りの決められたアクション映画じゃない。切り札があるなら最初から使う。最初から全力でやる」
「突入部隊からは。人間のほうの」
「まだこれといった報告はない。多少の交戦はくぐっているが、おおむね順調だ。さしたる抵抗もせずに敵兵があっさり降伏したところもあった。調べた結果が先ほど来たが、敵兵士はそのほとんどがはした金で雇われた傭兵だったそうだ」
「じゃあ、虎の子の飛行船団が落ちたからかしら」
「たしかにあれは奴の作戦の要だが、それならば撃墜された時点で全面降伏するはずだ。いまもって抵抗を続ける意味の方が不明瞭になる」
つまり、抵抗を続けている理由が立つと抵抗の弱さが疑問になり、抵抗を止める理由が立つと今度は抵抗を続けている事実に首をかしげざるをえない、ということである。
「現に抵抗が続いているのだから、まだ諦めていないんじゃないの」
「アーマーンを動かすのか。だがジェフティがこちらの手にある以上、起動することはできないだろう。できたとして、先日捕獲した折にやっているはずだ。おそらくクエンティンと融合していることが起動を阻んでいる要因だ。だから私もクエンティンを戦力として送り込めたんだ。人為的に分離させることは不可能なようだからな」
顔の前で手を組み、ふたたび正面スクリーンを見つめる興紀。
「向こうの行動がそれぞれ、微妙に噛み合っていない。何かがおかしい」
息をつく。今度はため息だった。
「ただの時間稼ぎか? 私は何か思い違いをしているんじゃないのか……?」
デスクに置かれた書類を取る。
例のジェフティ、アヌビス、そしてアーマーンの関係を描いた簡略図であった。狼、アヌビス神のアイコンとヒヒ、トート神のアイコン、その真ん中にある、円形の、島らしきアイコン。アーマーン。中心には逆三角形の中抜きがあり、さらにその中にこちらを睨むような半円がある。半円の周囲には円周が一本引いてあって、その円周上には点が一つある。
興紀の背筋を悪寒が走った。
「これは、島ではないのか――?」
『D部隊がアーマーンの指令センタードア前へ到達!』
オペレータの一人が興奮した面持ちで声を張り上げ、反射的に興紀は疑問を脇にやった。
「突入しろ。ブービートラップに注意だ。ノウマン以下中心メンバーの身柄は全員確保。不可能なら――射殺しろ」
すばやく命令を出す。オペレータが一字一句そのまま部隊へ通達。スピーカから部隊長の復唱が聞こえた。
予定よりも非常に早いクライマックスを、理音たちは迎えていた。
命令や報告がひっきりなしに飛びかう潜水艦のCICで、全戦域の概況を一括表示する正面スクリーンを凝視しながら、鶴畑興紀はつぶやいた。彼は指令席に座り、デスクに両肘をついて顔の前で手を組んでいる。
「どうしたの」
その傍らに立っていた理音が訊く。
状況は素人目に見ても順調であるはずだった。いや、順調すぎて気持ち悪いくらいであり、何か突拍子もないことが起こるのではないかという予感が理音にはあった。
「上手く行き過ぎてるのが怖い?」
「そうじゃない」
興紀は首を振る。眼鏡を取り、眉間を抑えて深呼吸を一つすると、いつのまにかいなくなっていた執事がタイミング良く戻ってきて、湯気の立つブラックのコーヒーを置いた。
コーヒーを冷まさず一気にあおる。興紀が飲めるくらいの温度にしてあるのかもしれない。空になったコップを執事が持ってゆく。
「向こうの戦力の浪費が激しい」
それが自分の問いに対する答えであると理音が気づくのには少し時間がかかった。興紀の動作に見とれていた。
「それは……、良いことなんじゃなくて?」
「そうなんだが」
トントン、とデスクを指で叩く。
「引っかかるんだ。向こうが全力で抵抗していないように感じられる」
「切り札があるとか――」
「これは段取りの決められたアクション映画じゃない。切り札があるなら最初から使う。最初から全力でやる」
「突入部隊からは。人間のほうの」
「まだこれといった報告はない。多少の交戦はくぐっているが、おおむね順調だ。さしたる抵抗もせずに敵兵があっさり降伏したところもあった。調べた結果が先ほど来たが、敵兵士はそのほとんどがはした金で雇われた傭兵だったそうだ」
「じゃあ、虎の子の飛行船団が落ちたからかしら」
「たしかにあれは奴の作戦の要だが、それならば撃墜された時点で全面降伏するはずだ。いまもって抵抗を続ける意味の方が不明瞭になる」
つまり、抵抗を続けている理由が立つと抵抗の弱さが疑問になり、抵抗を止める理由が立つと今度は抵抗を続けている事実に首をかしげざるをえない、ということである。
「現に抵抗が続いているのだから、まだ諦めていないんじゃないの」
「アーマーンを動かすのか。だがジェフティがこちらの手にある以上、起動することはできないだろう。できたとして、先日捕獲した折にやっているはずだ。おそらくクエンティンと融合していることが起動を阻んでいる要因だ。だから私もクエンティンを戦力として送り込めたんだ。人為的に分離させることは不可能なようだからな」
顔の前で手を組み、ふたたび正面スクリーンを見つめる興紀。
「向こうの行動がそれぞれ、微妙に噛み合っていない。何かがおかしい」
息をつく。今度はため息だった。
「ただの時間稼ぎか? 私は何か思い違いをしているんじゃないのか……?」
デスクに置かれた書類を取る。
例のジェフティ、アヌビス、そしてアーマーンの関係を描いた簡略図であった。狼、アヌビス神のアイコンとヒヒ、トート神のアイコン、その真ん中にある、円形の、島らしきアイコン。アーマーン。中心には逆三角形の中抜きがあり、さらにその中にこちらを睨むような半円がある。半円の周囲には円周が一本引いてあって、その円周上には点が一つある。
興紀の背筋を悪寒が走った。
「これは、島ではないのか――?」
『D部隊がアーマーンの指令センタードア前へ到達!』
オペレータの一人が興奮した面持ちで声を張り上げ、反射的に興紀は疑問を脇にやった。
「突入しろ。ブービートラップに注意だ。ノウマン以下中心メンバーの身柄は全員確保。不可能なら――射殺しろ」
すばやく命令を出す。オペレータが一字一句そのまま部隊へ通達。スピーカから部隊長の復唱が聞こえた。
予定よりも非常に早いクライマックスを、理音たちは迎えていた。
◆ ◆ ◆
ミサイルの直撃を喰らったラプターがエレベータハッチの奈落へ墜落してゆく。
“進行エリアの敵、全滅。味方残存、十二”
「戦力の三割以上の損害。戦略的にはこっちも全滅ね」
二百メートル以上はあろうかという格納庫の穴をクエンティンは見下ろす。
ナトリウムランプの煌々とした照明がくまなく照らすが、飛行船はともかく、待ち受ける敵の姿がない。
「突入部隊が指令センターに到達した。メンバーは全員拘束されたそうだ」
戦闘後の斥候を終えたルシフェルが降り立つ。
「あれ、じゃあ、もうおしまい?」
「あっけなさすぎるがな」
ものすごく歯切れが悪いが、案外こんなものなのかもしれない、とクエンティンは思った。現実はそうドラマチックにはいかないものだ。
今までが劇的すぎたのだ。夜食を買いに出た道端で新型のプロトタイプと運命的な出会いをして、武装神姫の今後を揺さぶる大事件に巻き込まれて。
全てが終わった今となっては、貴重な体験をさせてくれた皆々様に感謝、そんな気持ちだった。
特にエイダに対しては。
「ねえ、エイダ」
無言。
「エイダ、さっきから戦闘サポートばっかりで一言もおしゃべりしてないけど、どうしたの?」
エイダは答えない。
すると、まったく唐突に、全チャンネルで通信が繋がった。
『こちら司令室。全員警戒態勢。非常事態だ』
「マスター?」
ルシフェルが眉に疑問符を浮かべて応答する。
「どうしたんです。中心メンバーの身柄は確保したのでは?」
『ノウマンが自殺した』
首の後ろのあたりに寒さが走ったような感覚をクエンティンは覚えた。
「ちょっとちょっと!」
通信に割りこむ。
「じゃあ別にいいじゃない。肝心の首謀者が死んだんでしょ? 警戒態勢しく必要なんてどこにも――」
『アヌビスの行方が分からなくなっている』
今度こそクエンティンはぞっとした。
『アヌビス、つまりデルフィのオーナーはノウマンに設定されている。オーナーが死亡、またはその他の理由で神姫とのコミュニケーションが恒久的に不可能になった場合、安全のために神姫のAIは機能の一切を停止して強制スリープモードに移行する』
そんなことは知っている。オーナーが知らなくても、武装神姫なら誰でもデフォルトで組み込まれている機能であり、知識だ。
『だが、デルフィが機能停止した痕跡がない。現在アーマーンの全階層を総動員で捜索しているが、まだ発見されていない』
「それってまさか、デルフィが自律駆動しているってこと?」
オーナーの束縛なしに。
『その可能性は非常に高い』
そんなことがありえるのだろうか。
“進行エリアの敵、全滅。味方残存、十二”
「戦力の三割以上の損害。戦略的にはこっちも全滅ね」
二百メートル以上はあろうかという格納庫の穴をクエンティンは見下ろす。
ナトリウムランプの煌々とした照明がくまなく照らすが、飛行船はともかく、待ち受ける敵の姿がない。
「突入部隊が指令センターに到達した。メンバーは全員拘束されたそうだ」
戦闘後の斥候を終えたルシフェルが降り立つ。
「あれ、じゃあ、もうおしまい?」
「あっけなさすぎるがな」
ものすごく歯切れが悪いが、案外こんなものなのかもしれない、とクエンティンは思った。現実はそうドラマチックにはいかないものだ。
今までが劇的すぎたのだ。夜食を買いに出た道端で新型のプロトタイプと運命的な出会いをして、武装神姫の今後を揺さぶる大事件に巻き込まれて。
全てが終わった今となっては、貴重な体験をさせてくれた皆々様に感謝、そんな気持ちだった。
特にエイダに対しては。
「ねえ、エイダ」
無言。
「エイダ、さっきから戦闘サポートばっかりで一言もおしゃべりしてないけど、どうしたの?」
エイダは答えない。
すると、まったく唐突に、全チャンネルで通信が繋がった。
『こちら司令室。全員警戒態勢。非常事態だ』
「マスター?」
ルシフェルが眉に疑問符を浮かべて応答する。
「どうしたんです。中心メンバーの身柄は確保したのでは?」
『ノウマンが自殺した』
首の後ろのあたりに寒さが走ったような感覚をクエンティンは覚えた。
「ちょっとちょっと!」
通信に割りこむ。
「じゃあ別にいいじゃない。肝心の首謀者が死んだんでしょ? 警戒態勢しく必要なんてどこにも――」
『アヌビスの行方が分からなくなっている』
今度こそクエンティンはぞっとした。
『アヌビス、つまりデルフィのオーナーはノウマンに設定されている。オーナーが死亡、またはその他の理由で神姫とのコミュニケーションが恒久的に不可能になった場合、安全のために神姫のAIは機能の一切を停止して強制スリープモードに移行する』
そんなことは知っている。オーナーが知らなくても、武装神姫なら誰でもデフォルトで組み込まれている機能であり、知識だ。
『だが、デルフィが機能停止した痕跡がない。現在アーマーンの全階層を総動員で捜索しているが、まだ発見されていない』
「それってまさか、デルフィが自律駆動しているってこと?」
オーナーの束縛なしに。
『その可能性は非常に高い』
そんなことがありえるのだろうか。
オーナーの存在は、人間が考える以上に神姫にとってかけがえのないものだ。たしかに人側から見れば、「オーナーが死ねば神姫は強制スリープモードに移行する」だけなのだろうが、神姫にとってオーナーを失うということは即座に自らの存在理由の否定に繋がる。原則として、オーナーのいない神姫はありえない。神姫は神姫である以前にロボットであり、ロボットは人間に命令されることで存在理由とアイデンティティを発生させる。
命令する人間のいないロボットは発狂するのだ。
AIのなかった時代ならば、そうした人間とロボットの関係はあいまいで確立しておらず、ゆえにロボットの発狂などという現象は起こることもなかった。
しかし、AIは自ら考え行動する、意思を持ったロボットである。AIの誕生とともに、命令する人間との関係の確立はなくてはならない事項であった。命令する人間がいるからこそ、AIは安心して行動できるのである。
特に武装神姫はそのシステム上、オーナーと神姫、という図式で、他のどんなAIよりも「命令する人間」と「命令されるロボット」との関係を密にする。だからこそ複雑でフレキシブルな命令をこなすことができ、自ら学んで成長する、まるで人間のようなAIが生まれたのである。
オーナーの死亡等によるコミュニケーション不可能から行われる強制スリープモードは、発狂しないための安全策なのである。もしもこのプロセスが何らかの原因で実行されなかった場合、神姫は発狂する。
ではなぜ、オーナーのいない野良神姫がいるのか? これは、その神姫がオーナーのコミュニケーション不可能状態を観測していないからである。神姫の中では、オーナーが不在=オーナーの死亡とはならないのである。これが神姫のAIが画期的たるゆえんで、つまり解決しない問題(タスク)をほうっておくことができるのである。普通のコンピュータはタスクが解決しない場合、無限の思考ループに陥って大抵フリーズする。神姫にはそれがない。野良神姫はとどのつまり、命令待ちの状態で自ら判断して行動しているわけである。そしてオーナーとの密な関係のために他の人間の命令を聞かない(「命令を聞いた方が都合がよい」と判断した場合、命令に従うこともある)。まさに野良である。
命令する人間のいないロボットは発狂するのだ。
AIのなかった時代ならば、そうした人間とロボットの関係はあいまいで確立しておらず、ゆえにロボットの発狂などという現象は起こることもなかった。
しかし、AIは自ら考え行動する、意思を持ったロボットである。AIの誕生とともに、命令する人間との関係の確立はなくてはならない事項であった。命令する人間がいるからこそ、AIは安心して行動できるのである。
特に武装神姫はそのシステム上、オーナーと神姫、という図式で、他のどんなAIよりも「命令する人間」と「命令されるロボット」との関係を密にする。だからこそ複雑でフレキシブルな命令をこなすことができ、自ら学んで成長する、まるで人間のようなAIが生まれたのである。
オーナーの死亡等によるコミュニケーション不可能から行われる強制スリープモードは、発狂しないための安全策なのである。もしもこのプロセスが何らかの原因で実行されなかった場合、神姫は発狂する。
ではなぜ、オーナーのいない野良神姫がいるのか? これは、その神姫がオーナーのコミュニケーション不可能状態を観測していないからである。神姫の中では、オーナーが不在=オーナーの死亡とはならないのである。これが神姫のAIが画期的たるゆえんで、つまり解決しない問題(タスク)をほうっておくことができるのである。普通のコンピュータはタスクが解決しない場合、無限の思考ループに陥って大抵フリーズする。神姫にはそれがない。野良神姫はとどのつまり、命令待ちの状態で自ら判断して行動しているわけである。そしてオーナーとの密な関係のために他の人間の命令を聞かない(「命令を聞いた方が都合がよい」と判断した場合、命令に従うこともある)。まさに野良である。
発狂した神姫を、幸か不幸かクエンティンはまだ見たことがない。もしも自分のオーナーが、理音が死んだら――。そうふと思うだけで、たとえようのない不安と恐怖が押し寄せてくる。
では、エイダは?
彼女には――
オーナーがいない。
ではエイダは発狂しているのだろうか?
どうもそうとは思えない。
「エイダ、アンタってさ――」
足元の奥深くから殺気を感じた。
「ひっ!?」
思わず短く悲鳴を上げてしまい、数センチほど浮いてしまう。
「どうした?」
傍らのルシフェルが手を伸ばす。
バシッ!
「っ!」
クエンティンの体に触れる寸前、ルシフェルの手は見えない何かに弾かれる。
ルシフェルは目を疑った。
クエンティンの全身のエネルギーラインが赤く明滅している。
「最下層、バラストタンク……」
独り言のようにぼそりとつぶやくのを、ルシフェルは聞いた。
「なに?」
「共鳴してる。エイダとデルフィが。すっかり忘れてた。二人は双子みたいなものだって」
寒さに震えるように、自らの身体をかき抱くクエンティン。
「アイツ、呼んでるわ。ちょっと行ってくる」
バースト。そのまま爆発的な急加速。衝撃波で吹き飛ばされるルシフェル。
「クエンティン!」
ルシフェルの静止も聞かず、格納庫の穴へ急降下。バラストルームへと続くルートがヘッドアップで表示。深い。地下七六〇メートル。島の底辺から太いシャフトでぶら下がっている、四つの丸い大きなタンクが立体映像で映る。
デルフィはそこにいる。クエンティンにはそれがわかる。
不可解なのは――
では、エイダは?
彼女には――
オーナーがいない。
ではエイダは発狂しているのだろうか?
どうもそうとは思えない。
「エイダ、アンタってさ――」
足元の奥深くから殺気を感じた。
「ひっ!?」
思わず短く悲鳴を上げてしまい、数センチほど浮いてしまう。
「どうした?」
傍らのルシフェルが手を伸ばす。
バシッ!
「っ!」
クエンティンの体に触れる寸前、ルシフェルの手は見えない何かに弾かれる。
ルシフェルは目を疑った。
クエンティンの全身のエネルギーラインが赤く明滅している。
「最下層、バラストタンク……」
独り言のようにぼそりとつぶやくのを、ルシフェルは聞いた。
「なに?」
「共鳴してる。エイダとデルフィが。すっかり忘れてた。二人は双子みたいなものだって」
寒さに震えるように、自らの身体をかき抱くクエンティン。
「アイツ、呼んでるわ。ちょっと行ってくる」
バースト。そのまま爆発的な急加速。衝撃波で吹き飛ばされるルシフェル。
「クエンティン!」
ルシフェルの静止も聞かず、格納庫の穴へ急降下。バラストルームへと続くルートがヘッドアップで表示。深い。地下七六〇メートル。島の底辺から太いシャフトでぶら下がっている、四つの丸い大きなタンクが立体映像で映る。
デルフィはそこにいる。クエンティンにはそれがわかる。
不可解なのは――
そこに、ノウマンの反応もあったことだ。
つづく