東条学園の最大の特徴は、中高大・大学院の一貫教育に加え、専門学校の課程も持っている事である。
2010年以前の東条学園は中高大院の一貫教育のみを有するごく一般的なエスカレーター校であったが、『学園の冬』と呼ばれる2010年代の受験戦国時代の終焉に伴って生徒数が激減。同時期に施行された学校教育法の改正に合わせ、同様の原因で廃校・閉校の危機に追い込まれていた各種専修学校を次々と併合していった事に端を発する。
多くの私立大学も東条学園と同様に専門学校を併合していったが、併合後は専門学校の課程を大学の一部として組み込んでいった。これに対し、東条学園は専門学校は専門学校のまま、大学とは別のセクションとして扱うスタンスを取っている。
これにより東条学園は高度教育に主眼を置く大学だけでなく、即戦力を育成する事に特化した専門学校としての顔も持つことになった。
これにより東条学園は高度教育に主眼を置く大学だけでなく、即戦力を育成する事に特化した専門学校としての顔も持つことになった。
現在東条学園専門学校課程として存在する学科は、プログラム、ゲーム、アニメ、音楽・芸能、デザイン、ビジネス、理美容、旅行・観光、ファッション、調理、福祉など多岐に渡っている。教育や工学など専門学校課程にないコースは大学部で学ぶことが出来るため、学生の選択できる学習の幅は非常に広いものとなっている。
なお、専門学校課程修了後に大学部に転科する事や、専門学生が大学の授業を受ける事・大学生が専門学校の授業を受ける事も可能となっており、必ずしもエスカレーターの終点が専門学校となるわけではない事も追記しておきたい。
(wikiencyclopedia 20xx年の記事『私立東条学園』より抜粋)
(wikiencyclopedia 20xx年の記事『私立東条学園』より抜粋)
マイナスから始める初めての武装神姫
その5
長い坂を登った果て。
「東条の校門で待ってて……ねぇ」
そこにそびえる高い壁を見上げ、俺はぼんやりとそう呟いた。
私立東条学園・正門。
本当なら明日来るはずのここで、俺とノリは鳥小さんを待っていた。
鳥小さんは東条学園専門部の一年生。高等部からの繰り上がりでも、今日の入学式には参加しなければならない身、らしい。
「なぁ……ノリ」
ふと思いついて、肩のノリに声を掛けてみた。
「なんですか?」
相変わらず、ノリのバイザーは下がったまま。
表情が見えないから何とも言えないんだけど、ちゃんと返事をしてくれるって事は……怒ってるワケじゃないんだろうか。
気が利かないマスターってのは、自覚してるつもりだ。服のことだって、プシュケがしてくれたみたいにハンカチ一枚掛けてやれば状況はだいぶ違ってただろう。
……そんな事まで気が回らなかったんだよ。地元の連中は、みんなバトル専門だったからな。
「峡次さん?」
そうだ。ノリに声かけてたんだっけ。
これだから、気が利かないって言われるんだ……。
「えっと、今、何時?」
結局、無難な質問でお茶を濁してみる。
「一時半です」
鳥小さんとの待ち合わせの時間は、一時の予定だった。良くある話だけど、校長の話が長くなって遅くなってるとかだろうか。
「そっか……」
答えておいて、門の反対側を見遣る。
「っていうかさ」
そこにあるのは、ノリと同じく今日の俺の連れ……千喜の姿。
「はい」
「何でアイツ、あんなに知り合い多いんだ? 東条の中等部じゃないハズだろ」
千喜は校門から出てきた大学生らしき私服の人達と、何やら楽しそうに話してる。昼前に校門に着いてからもう何人目だ? 五人は超えてるように思うんだけど……。
しかも、千喜から声を掛けたのは半分ほどで、残り半分は向こうから声を掛けてきていた。女子大生も多かったし、千喜も顔見知りのようだったから、ナンパってわけでもないだろう。
「さあ……? お役に立てなくて、すみません」
ノリが悪いわけじゃないけどさ……。
けど、答えが返ってきたのは意外なところからだった。
「千喜様のお母様、大学部の教授ですから」
「東条の校門で待ってて……ねぇ」
そこにそびえる高い壁を見上げ、俺はぼんやりとそう呟いた。
私立東条学園・正門。
本当なら明日来るはずのここで、俺とノリは鳥小さんを待っていた。
鳥小さんは東条学園専門部の一年生。高等部からの繰り上がりでも、今日の入学式には参加しなければならない身、らしい。
「なぁ……ノリ」
ふと思いついて、肩のノリに声を掛けてみた。
「なんですか?」
相変わらず、ノリのバイザーは下がったまま。
表情が見えないから何とも言えないんだけど、ちゃんと返事をしてくれるって事は……怒ってるワケじゃないんだろうか。
気が利かないマスターってのは、自覚してるつもりだ。服のことだって、プシュケがしてくれたみたいにハンカチ一枚掛けてやれば状況はだいぶ違ってただろう。
……そんな事まで気が回らなかったんだよ。地元の連中は、みんなバトル専門だったからな。
「峡次さん?」
そうだ。ノリに声かけてたんだっけ。
これだから、気が利かないって言われるんだ……。
「えっと、今、何時?」
結局、無難な質問でお茶を濁してみる。
「一時半です」
鳥小さんとの待ち合わせの時間は、一時の予定だった。良くある話だけど、校長の話が長くなって遅くなってるとかだろうか。
「そっか……」
答えておいて、門の反対側を見遣る。
「っていうかさ」
そこにあるのは、ノリと同じく今日の俺の連れ……千喜の姿。
「はい」
「何でアイツ、あんなに知り合い多いんだ? 東条の中等部じゃないハズだろ」
千喜は校門から出てきた大学生らしき私服の人達と、何やら楽しそうに話してる。昼前に校門に着いてからもう何人目だ? 五人は超えてるように思うんだけど……。
しかも、千喜から声を掛けたのは半分ほどで、残り半分は向こうから声を掛けてきていた。女子大生も多かったし、千喜も顔見知りのようだったから、ナンパってわけでもないだろう。
「さあ……? お役に立てなくて、すみません」
ノリが悪いわけじゃないけどさ……。
けど、答えが返ってきたのは意外なところからだった。
「千喜様のお母様、大学部の教授ですから」
見上げた壁の上の上。
「……ベル?」
そこに立つ小さな姿は、身長十五センチの神姫の姿。
一杯まで手を伸ばせば、ベルは壁の上から飛び降りて、広げた手のひらに音もなく着地する。見事なまでの身のこなしは、俺の手に少しの痛みも残さない。
「すみません、峡次様。鳥小から、入学式が長引いて少し遅れると……」
スーツのタイトスカートを軽くつまんで、優雅に一礼。
「あ……うん。大丈夫だよ」
サイフォスは紅緒と対になるパワー系の神姫のはずだけど、ベルはそんな風には全然見えない。騎士型は騎士型でも、社交界で振る舞う貴族のように思えてしまう。
「ん? 何で親が教授なのに、千喜は巴荘に?」
言ってから、しまったと思った。そんな理由なんて、ほとんど決まってるようなものじゃないか。
「網延教授は今、研究で渡米されてるんですよ」
あ……そっちね。
「ふふ。お母様と千喜様の仲は、悪くありませんよ?」
俺の表情で見抜いたんだろう。ベルはくすくすと笑いながら、そうフォローしてくれる。
「あ、ベルー!」
そんな事を話していると、千喜が戻ってきた。話していた大学生達は、もうどこかに行ってしまっている。
「……何エッチなこと考えてるのよ」
俺の顔見るなりそれですか。
「人の心、勝手に読むなよ」
ていうかそんな事考えてないし。
「触らないと読めないって言ったでしょ。それにアンタのにやけた顔見てれば、何考えてるかくらい誰でも分かるわよ。ね、ノリ?」
「え、ええっ!?」
いきなりそう言われて、ノリは俺の肩でわたわたしてる。ああ、落ちる落ちる。
危ないってば、ノリ。
「ノリに振るなよ……で、何だ?」
肩から落ちかけたノリを抱き上げながらそう言ってみるけど、千喜は明らかにソワソワしてる。公園に連れてこられた子犬か、おもちゃ屋を前にした子供みたいだ。
「今聞いたんだけど、倉太が家に戻ってるらしいのよ。あたし一回家に帰るから、鳥小さんにはそう言っといて!」
「はぁ?」
言ったときにはもう走り出してる。
「ええ。鳥小には伝えておきますから、ごゆっくり」
こっちはベルが分かってるみたいだから、いいとして。飛びそうな千喜の帽子を必死に押さえてるプシュケの方が心配だな。
「それじゃね!」
右手を元気良く振り回して、千喜はすぐに全力疾走。下り坂だから、トップスピードに至るのは一瞬だ。
「おーい! プシュケ、落とすなよー!」
坂の彼方からプシュケの悲鳴が聞こえてきたけど、俺はどうする事も出来ない。
すまん、プシュケ。
「……ベル?」
そこに立つ小さな姿は、身長十五センチの神姫の姿。
一杯まで手を伸ばせば、ベルは壁の上から飛び降りて、広げた手のひらに音もなく着地する。見事なまでの身のこなしは、俺の手に少しの痛みも残さない。
「すみません、峡次様。鳥小から、入学式が長引いて少し遅れると……」
スーツのタイトスカートを軽くつまんで、優雅に一礼。
「あ……うん。大丈夫だよ」
サイフォスは紅緒と対になるパワー系の神姫のはずだけど、ベルはそんな風には全然見えない。騎士型は騎士型でも、社交界で振る舞う貴族のように思えてしまう。
「ん? 何で親が教授なのに、千喜は巴荘に?」
言ってから、しまったと思った。そんな理由なんて、ほとんど決まってるようなものじゃないか。
「網延教授は今、研究で渡米されてるんですよ」
あ……そっちね。
「ふふ。お母様と千喜様の仲は、悪くありませんよ?」
俺の表情で見抜いたんだろう。ベルはくすくすと笑いながら、そうフォローしてくれる。
「あ、ベルー!」
そんな事を話していると、千喜が戻ってきた。話していた大学生達は、もうどこかに行ってしまっている。
「……何エッチなこと考えてるのよ」
俺の顔見るなりそれですか。
「人の心、勝手に読むなよ」
ていうかそんな事考えてないし。
「触らないと読めないって言ったでしょ。それにアンタのにやけた顔見てれば、何考えてるかくらい誰でも分かるわよ。ね、ノリ?」
「え、ええっ!?」
いきなりそう言われて、ノリは俺の肩でわたわたしてる。ああ、落ちる落ちる。
危ないってば、ノリ。
「ノリに振るなよ……で、何だ?」
肩から落ちかけたノリを抱き上げながらそう言ってみるけど、千喜は明らかにソワソワしてる。公園に連れてこられた子犬か、おもちゃ屋を前にした子供みたいだ。
「今聞いたんだけど、倉太が家に戻ってるらしいのよ。あたし一回家に帰るから、鳥小さんにはそう言っといて!」
「はぁ?」
言ったときにはもう走り出してる。
「ええ。鳥小には伝えておきますから、ごゆっくり」
こっちはベルが分かってるみたいだから、いいとして。飛びそうな千喜の帽子を必死に押さえてるプシュケの方が心配だな。
「それじゃね!」
右手を元気良く振り回して、千喜はすぐに全力疾走。下り坂だから、トップスピードに至るのは一瞬だ。
「おーい! プシュケ、落とすなよー!」
坂の彼方からプシュケの悲鳴が聞こえてきたけど、俺はどうする事も出来ない。
すまん、プシュケ。
「そろそろかなぁ……」
校舎にかかる大時計を見れば、もう二時になろうかとしてる。式が長引いたって聞いたけど、学園長の話、どんだけ長引いたんだ。
「申し訳ありません、峡次様」
いや、ベルが悪いわけじゃないし。
「悪いのは学園長だしな」
「え?」
ぽつりと漏らした俺の言葉に、ベルは不思議そうに首を傾げてる。
「いや、何でもない」
そっか。ベルは学園長の長話とは言ってなかったっけ。
「……はぁ」
まあ、真新しいスーツ姿の一団がちらほら出て来てるから、鳥小さんもそろそろ出てくるだろう。
「あれ? 峡次君?」
けど、俺に掛けられた声は、鳥小さんのものじゃなかった。
鳥小さんと同じ、スーツ姿のきれいな女の人。
「……静香さん?」
俺がこの街に来た日、最初に会った人だ。あの時と同じように、肩にスーツ姿のココを乗せている。
隣にいる小柄な男の人は、弟……なわけないか。
彼氏かな。
「久しぶり……あれ? シュベールトが一緒?」
シュベールト?
静香さんは俺の方を見て目を丸くしてるけど……。ノリの事じゃ、ないよな。
「お久しぶりです、静香様」
誰だろうと思ったら、返事をしたのはベルだった。そうか、ベルって本名じゃなかったのか。
「で、今日はどうしたの? 高等部の入学式は明日……だよね?」
静香さんがそう言いかけたところで、隣の男の人の頭から声がした。
「な、静香。誰だよこの子。紹介してよ」
頭の上にあぐらを掻いて座ってる、ハーモニーグレイスタイプの神姫だ。入学式に参加しただろう三人の中で、一人だけ素体のままだった。
こちらを見上げる澄んだ金色の瞳は、神姫のハズなのにものすごい威圧感を感じさせてくる。それに威圧されたのか、掌の上のノリが俺の指にきゅっとしがみついてきた。
ハーモニーグレイスって、こんな好戦的な雰囲気の神姫だったっけ……? さっきのショップでプシュケと戦ってた子は、もっと控えめな感じがしたんだけど。
「初めまして。武井峡次です。こっちは、フォートブラッグのノリコと……」
ベルと呼べばいいのかシュベールトのほうがいいのか迷ってると、ベルは俺の肩からすっと立ち上がる。
「シュベールトと申します。ベルとお呼び下さい」
「は、はじめまして。ノリコです」
怖いのは分かるけど、せめてバイザーくらいは上げようぜ、ノリ。
「あたしはジル。別に取って食やしないから、そんなに怖がらなくっていいよ」
ジルはノリのような反応に慣れてるんだろう。俺達の様子にケラケラ笑いながら、自分のマスターの頭をぽんぽんと叩いてる。
笑ってるときは、さすがにさっきみたいな怖い感じはしない、普通のハーモニーグレイスだ。行動は全然普通の神姫じゃないけど。
「あとこれはマスターの十貴。よろしくな」
シスター型神姫は神姫全体の中でも元気で明るいタイプだとは聞いてたけど……CSCの組み合わせ次第でこんな荒っぽい性格にもなるんだろうか。
まあ、ウチのノリコもフォートブラッグにしては大人しすぎるとは思うけど。
「……ジル、ボクのセリフは?」
「ンなもんねえよ」
「…………」
黙っちゃった。
なんか十貴さん、随分とジルの尻に敷かれてるみたいだな。
大人しいノリも心配だけど、こんな性格じゃないだけマシだったと本気で思ってしまう。
「ノリコちゃん、戸田静香って言います。こっちは、ハウリンのココ。ヨロシクね」
「あ……はい……」
ジルの殺気に怯えていたノリも、静香さんの優しい声にいくらか落ち着いたらしい。ようやくバイザーを上げて、静香さんが伸ばしてくれた指をきゅっと握りかえしてる。
……?
何か、握手の時間が随分と長くない……?
「な、なんですか?」
ノリコも異変に気付いたんだろう。俺の手の上で、半歩退がりそうになって。
あ、またバイザー閉じた。
「いや……コトリユトリコとStraightCouLgarLかぁ……と思ってね」
静香さんはそう言いながら、やっと手を離してくれた。
でも、何だろうそれ。素体も中古とは言え純正品だし、唯一の武装のヘルメットもフォートブラッグ付属の物。特に変わったパーツなんて付けてないし、そもそもそんな部品メーカー聞いたことも無い。
「ベルの見立て?」
「はい」
「さすがねぇ……よく似合ってるわ」
ベルの見立てって事は……。
「服のブランド、ですか?」
さすがにそこまでは分からなかった。
パーツメーカーはともかく……神姫の服関係は興味なかったから、ノーチェックだったもんな。
「あれ? 峡次君、そっち目的じゃないの? ベルが一緒だからそうなのかと思ったんだけど……」
「いえ。俺、バトルをメインにしようと思ってるんですが……」
「そうなんだ。フレッシュに着せてるから、てっきり……ごめんね?」
それは事故なんです。ちゃんと初期不良が何とかなれば、俺としても服なんか着せないでバリバリやりたかったんですけど。
「そうだ、峡次君」
何となく微妙になってしまった空気を察してくれたのか、声を掛けてくれたのは十貴さんだ。
「バトルに興味があるなら、近くにオススメのお店があるんだけど……良かったら、一緒に行かない? これからジルのバトル登録とかしようと思うんだけど」
「へぇ。十貴さんも神姫始めたばっかりなんですか?」
こんな所に俺と同列の神姫初心者発見だ。千喜は春休みの間に結構プシュケを戦わせてたって言ってたし、静香さんや鳥小さんは神姫との付き合いはかなり長い感じがする。
とりあえずここに来て、俺とほとんど同じスタートラインに立ってる人は……十貴さんが初めてだ。ちょっと嬉しい。
……とはいえ、初心者という割にはジルとのやり取りが慣れすぎてる気もするけど。
「ま、そんなとこかな。で、どうする?」
…………。
ベルさん、そんなに睨まなくてもいいじゃないですか。ちゃんと分かってますって。
ノリは……相変わらずバイザーを下ろしてしまったから、何を考えてるのか良く分からなかった。
もちろん、二人の視線がなくても答えは決まってる。
「うー。すいません。行きたいのは山々なんですが、今日は待ち合わせがあるので」
今日は鳥小さんとの約束があるし、そもそも十貴さんと静香さんのデートを邪魔するほど野暮でもない。気が利かないって言っても、そこまで鈍くはないぞ、俺。
「そっか。それじゃ、また機会があれば」
あ、そうだ。
「あの、今度行ってみたいんで……良かったら、お店の名前だけ教えてもらっていいですか?」
千喜に教えてもらった店もいいお店だったけど、他にもそういうお店があるなら知っておくに越したことはない。この辺りの神姫絡みのお店って、あそことネットで調べた駅前のセンターくらいしか分かんないし。
これくらいは……野暮ってことないよな?
「あたしのバイト先でね……」
ちょっ!
「その店なら、さっき行きましたよ!」
「あらら。すれ違いになっちゃったか、残念」
そう言って、静香さんはニコニコと笑ってる。
その様子を見て、肩のココは小さくため息をついていた。何でだろう。
「ま、少しくらいならオマケも出来るから、また今度遊びに来てね」
「はい、ぜひ!」
あの品揃えだけでも十分魅力的なのに、静香さん達もいるなら、行かない理由はどこにもない。
十貴さんとも、同じ初心者として色々話をしてみたいし。
「ベルも、鳥小によろしくね」
「ええ。伝えておきます」
そして、静香さんは十貴さんと一緒に、学園前の長い坂を下っていく。
校舎にかかる大時計を見れば、もう二時になろうかとしてる。式が長引いたって聞いたけど、学園長の話、どんだけ長引いたんだ。
「申し訳ありません、峡次様」
いや、ベルが悪いわけじゃないし。
「悪いのは学園長だしな」
「え?」
ぽつりと漏らした俺の言葉に、ベルは不思議そうに首を傾げてる。
「いや、何でもない」
そっか。ベルは学園長の長話とは言ってなかったっけ。
「……はぁ」
まあ、真新しいスーツ姿の一団がちらほら出て来てるから、鳥小さんもそろそろ出てくるだろう。
「あれ? 峡次君?」
けど、俺に掛けられた声は、鳥小さんのものじゃなかった。
鳥小さんと同じ、スーツ姿のきれいな女の人。
「……静香さん?」
俺がこの街に来た日、最初に会った人だ。あの時と同じように、肩にスーツ姿のココを乗せている。
隣にいる小柄な男の人は、弟……なわけないか。
彼氏かな。
「久しぶり……あれ? シュベールトが一緒?」
シュベールト?
静香さんは俺の方を見て目を丸くしてるけど……。ノリの事じゃ、ないよな。
「お久しぶりです、静香様」
誰だろうと思ったら、返事をしたのはベルだった。そうか、ベルって本名じゃなかったのか。
「で、今日はどうしたの? 高等部の入学式は明日……だよね?」
静香さんがそう言いかけたところで、隣の男の人の頭から声がした。
「な、静香。誰だよこの子。紹介してよ」
頭の上にあぐらを掻いて座ってる、ハーモニーグレイスタイプの神姫だ。入学式に参加しただろう三人の中で、一人だけ素体のままだった。
こちらを見上げる澄んだ金色の瞳は、神姫のハズなのにものすごい威圧感を感じさせてくる。それに威圧されたのか、掌の上のノリが俺の指にきゅっとしがみついてきた。
ハーモニーグレイスって、こんな好戦的な雰囲気の神姫だったっけ……? さっきのショップでプシュケと戦ってた子は、もっと控えめな感じがしたんだけど。
「初めまして。武井峡次です。こっちは、フォートブラッグのノリコと……」
ベルと呼べばいいのかシュベールトのほうがいいのか迷ってると、ベルは俺の肩からすっと立ち上がる。
「シュベールトと申します。ベルとお呼び下さい」
「は、はじめまして。ノリコです」
怖いのは分かるけど、せめてバイザーくらいは上げようぜ、ノリ。
「あたしはジル。別に取って食やしないから、そんなに怖がらなくっていいよ」
ジルはノリのような反応に慣れてるんだろう。俺達の様子にケラケラ笑いながら、自分のマスターの頭をぽんぽんと叩いてる。
笑ってるときは、さすがにさっきみたいな怖い感じはしない、普通のハーモニーグレイスだ。行動は全然普通の神姫じゃないけど。
「あとこれはマスターの十貴。よろしくな」
シスター型神姫は神姫全体の中でも元気で明るいタイプだとは聞いてたけど……CSCの組み合わせ次第でこんな荒っぽい性格にもなるんだろうか。
まあ、ウチのノリコもフォートブラッグにしては大人しすぎるとは思うけど。
「……ジル、ボクのセリフは?」
「ンなもんねえよ」
「…………」
黙っちゃった。
なんか十貴さん、随分とジルの尻に敷かれてるみたいだな。
大人しいノリも心配だけど、こんな性格じゃないだけマシだったと本気で思ってしまう。
「ノリコちゃん、戸田静香って言います。こっちは、ハウリンのココ。ヨロシクね」
「あ……はい……」
ジルの殺気に怯えていたノリも、静香さんの優しい声にいくらか落ち着いたらしい。ようやくバイザーを上げて、静香さんが伸ばしてくれた指をきゅっと握りかえしてる。
……?
何か、握手の時間が随分と長くない……?
「な、なんですか?」
ノリコも異変に気付いたんだろう。俺の手の上で、半歩退がりそうになって。
あ、またバイザー閉じた。
「いや……コトリユトリコとStraightCouLgarLかぁ……と思ってね」
静香さんはそう言いながら、やっと手を離してくれた。
でも、何だろうそれ。素体も中古とは言え純正品だし、唯一の武装のヘルメットもフォートブラッグ付属の物。特に変わったパーツなんて付けてないし、そもそもそんな部品メーカー聞いたことも無い。
「ベルの見立て?」
「はい」
「さすがねぇ……よく似合ってるわ」
ベルの見立てって事は……。
「服のブランド、ですか?」
さすがにそこまでは分からなかった。
パーツメーカーはともかく……神姫の服関係は興味なかったから、ノーチェックだったもんな。
「あれ? 峡次君、そっち目的じゃないの? ベルが一緒だからそうなのかと思ったんだけど……」
「いえ。俺、バトルをメインにしようと思ってるんですが……」
「そうなんだ。フレッシュに着せてるから、てっきり……ごめんね?」
それは事故なんです。ちゃんと初期不良が何とかなれば、俺としても服なんか着せないでバリバリやりたかったんですけど。
「そうだ、峡次君」
何となく微妙になってしまった空気を察してくれたのか、声を掛けてくれたのは十貴さんだ。
「バトルに興味があるなら、近くにオススメのお店があるんだけど……良かったら、一緒に行かない? これからジルのバトル登録とかしようと思うんだけど」
「へぇ。十貴さんも神姫始めたばっかりなんですか?」
こんな所に俺と同列の神姫初心者発見だ。千喜は春休みの間に結構プシュケを戦わせてたって言ってたし、静香さんや鳥小さんは神姫との付き合いはかなり長い感じがする。
とりあえずここに来て、俺とほとんど同じスタートラインに立ってる人は……十貴さんが初めてだ。ちょっと嬉しい。
……とはいえ、初心者という割にはジルとのやり取りが慣れすぎてる気もするけど。
「ま、そんなとこかな。で、どうする?」
…………。
ベルさん、そんなに睨まなくてもいいじゃないですか。ちゃんと分かってますって。
ノリは……相変わらずバイザーを下ろしてしまったから、何を考えてるのか良く分からなかった。
もちろん、二人の視線がなくても答えは決まってる。
「うー。すいません。行きたいのは山々なんですが、今日は待ち合わせがあるので」
今日は鳥小さんとの約束があるし、そもそも十貴さんと静香さんのデートを邪魔するほど野暮でもない。気が利かないって言っても、そこまで鈍くはないぞ、俺。
「そっか。それじゃ、また機会があれば」
あ、そうだ。
「あの、今度行ってみたいんで……良かったら、お店の名前だけ教えてもらっていいですか?」
千喜に教えてもらった店もいいお店だったけど、他にもそういうお店があるなら知っておくに越したことはない。この辺りの神姫絡みのお店って、あそことネットで調べた駅前のセンターくらいしか分かんないし。
これくらいは……野暮ってことないよな?
「あたしのバイト先でね……」
ちょっ!
「その店なら、さっき行きましたよ!」
「あらら。すれ違いになっちゃったか、残念」
そう言って、静香さんはニコニコと笑ってる。
その様子を見て、肩のココは小さくため息をついていた。何でだろう。
「ま、少しくらいならオマケも出来るから、また今度遊びに来てね」
「はい、ぜひ!」
あの品揃えだけでも十分魅力的なのに、静香さん達もいるなら、行かない理由はどこにもない。
十貴さんとも、同じ初心者として色々話をしてみたいし。
「ベルも、鳥小によろしくね」
「ええ。伝えておきます」
そして、静香さんは十貴さんと一緒に、学園前の長い坂を下っていく。
鳥小さんが校門に姿を見せたのは、それから少ししてのことだった。
そして俺は今日最大の目的地、秋葉原へと向かう事になる。
そして俺は今日最大の目的地、秋葉原へと向かう事になる。