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 第十幕、上幕。


 ・・・。

 銀色のケースがある。
 丁重に扱われるように、多重になっているケースがある。
 小さなそのケースには、かつて『生きていた』神姫のパーツが一つ、大切に納められている。

 小さなケースの中の、とてもとても小さなパーツ。
 たった一体の神姫の、たった一つの身体のパーツに過ぎない。
 だけど。それでも、ほんの少しとはいえ、確かに大切な時を歩んだカラダには。
 人さえ信じる者が少ない大切な物・・・心。それがあると。
 そう、信じていた神姫がいた。

 心に伝えようとした、声。
 心と歩もうとした、脚。
 心を包もうとした、手。
 心さえ見つめようとした、瞳。

 それらと共に・・・未来へと馳せられた想い・・・そのものが。そのケースには納められていた。

 だが。それが、もしも。
 無駄になるとすれば・・・。
 その未来は、優しいだろうか。


 12月も下旬。22日の夕方。千葉県峡国神姫研究所、所長室。
「はい・・・それでは。前向きに検討させて頂きます。はい、よろしくお願い致します。こちらこそ」
 初老の女性、小幡紗枝は、そう括って電話を切り、デスクに置いた。
 そのままやれやれと大きく溜息を付いて随分と、それこそ一年分の疲れが来ている首を回す。
 老け込む歳では無いと本人は思っているのだが。このような仕事故の職業病か・・・随分と最近肩が凝る。忙しい事は決して悪い事ではないものの・・・。
 認めたくは無いが、この歳では流石に身体に溜まるようだ。
(・・・ふふっ。強がりですね)
 外は風が強くなってきたのか、窓越しでも風音がはっきりと聞こえるようになってきた。ふと立ち上がり、窓際に歩み寄りカーテンを指先で開けると、風に誘われたのか暗い雲が空を少しずつ覆い隠していく様が見えた。
 クリスマスも近いというのに嵐でも来るのだろうか? まぁ、それで神が不貞腐れるとすれば、キリスト教徒には辛いのだろう。そんな下らない事を考えていると。
「所長、失礼します」
 数度のノックの後、オートドアが開き、眼鏡をかけた見たところ20代後半ほどの男性が書類らしいファイルを片手に顔を覗かせた。
「あら、大河内君」
 小幡がそう呼んだ男性の背の後でドアが静かに閉まると、カーテン越しに外を覗いていたらしい所長に肩をすくませる。
 その男性、この研究所の所員である大河内芳和は、随分と古い印象を持つ黒縁眼鏡のズレを直しながら続けた。
「はい、今年分の・・・最後になりますか。一通りのデータ書類と、丁度・・・その、用件です」
「丁度?」
 首を傾げて聞き返すと、彼は笑って指で窓を指した。
「雪が混ざれば吹雪く事になるかもしれません。全員定時で帰しましょうか」
「あ。そうですね・・・」
 納得しつつ、さっと軽くカーテンを閉め直すと。小幡は椅子に戻って深く座りなおした。


「そろそろ、今年も終わるのですね。皆、お疲れ様でしたと伝えなくては」
 堅苦しそうな表情、仕草。口調・・・しかしながら。どうにも人間臭さが前に出てしまう。
 そんな所長だからこそ、か。彼は軽く肩を竦めた。
「所長もお疲れ様でした。ところで・・・先の電話の用件は、以前の?」
「えぇ、一応は了承しましたよ。あちらも喜んでくれました」
 その言葉に大河内は苦笑ともつかぬ笑みを浮かべて頷く。

 この研究所のバトル筐体の一般解放の事。
 峡国はもとより武装神姫プロジェクト発足後は、武装テストを中心に行ってきた。その為、その筐体のシステムクオリティは常に最高級に位置する事が求められている。
 ・・・以前より、『そういう打診』があった事は事実だが・・・。
「大会等の限定的に貸し出す事にしようと思っているのですが、あとは。今までどおり修理など」
 意見を求めるように首を傾げる小幡に、彼は頷いた。
「『神姫も、近くなりにけり』ですか。良いのではないでしょうか」
「名前を変える必要があるかも知れませんね。『神姫研究所』では堅すぎますし・・・」
 そういって小幡は笑った。

 武装神姫以前、特に文化系特化神姫。エレティレス、ミネルヴァ、クラリネットといったタイプの神姫が発売された時には。とても一般に神姫がここまで普及するとは思えなかった。
 当時、技術の最新鋭の結集。そんな代物では、そのほとんどがオーダーハンドメイドだった。今も、解析されない部分さえある一種不思議な存在、神姫。

 ・・・時の流れは早い。その歴史の波濤は全てを押し流す。
 今では。随分と『人に近いところ』まで神姫がやってきている。この『武装神姫ブーム』はその現れとも言えるだろう。
「・・・」
 バトルだけではない。
 普及していく彼女達に触れ、多くの人間が。きっと多くの事を感じることになる。
 それは決して正の事だけではあるまい・・・しかし。


 小幡は節くれだった指を合わせて何らかを考え込むように目を閉じた。
「所長?」
「クリスマスまで、あと三日。ですね」
 彼女が何を言いたいかを解し、大河内はふっと驚いたような表情を浮かべて、しかし。そのまま自身もただ、目を閉じた。
「はい。そうですね」
「今も聞こえますか?」
 何が。とは聞き返さない。ただ、彼は目を開けると小さく笑う。
「そう。・・・私もです」
 そう言って、小幡も笑って見せた。


 ・・・。
 12月の、25日。
 それは。峡国研究所所員にとって。忘れることが出来ない『命日』。
 大河内も、その光景を覚えている。

 作られた身体。たった一つの身体を愛しげに、その小さな自分の手で抱きすくめ、最期まで優しい微笑を浮かべながら・・・美しい声で別れの言葉を紡ぐ美しい姿を。
 感謝さえ述べて。彼女は、涙を流す彼らの前で。その動きを永遠に停止した。

『えぇ、そうですね。私は幸せでした』

 聞こえる。・・・今も。
 彼女の美しい声が。彼女の小気味良い足音が。
 思えば、ヒトが心を失ったと言われた『灰色の2010年代』。全てから彩が消えた時代に生まれた彼は。
 あの時。ようやく涙を知ったのではなかろうか。

『それでは皆さん。たくさんの心を・・・ありがとうございました』

 最後に一筋だけ伝った涙。
 今思えば、あの涙に。彼女は・・・どれほどの想いを込めたのだろう。
 彼女が口にしたその『言葉』は。彼にしてみれば最後の後悔。
 それはむしろ自分たちが・・・。彼女に送るべき言葉だったから。



「・・・。では、先に言った様に定時で帰らせます。所長もお早く」
「ありがとう」
 と、そう答えたとき。電話が鳴った。
「あら・・・?」
 ふと番号を見れば、それは同業者・・・研究所からのもの。しかし、その研究所のある場所は。
(?)
 ここから遥か遠方。
 一応、といった感じで。とりあえず登録してあるだけの番号だ。ふと、小さく眉を顰めながらも、小幡はその受話器を取った。
「はい、峡国研究所所長、小幡です」
 訝しげな表情を声に出すまいとする彼女に遠慮するように。
 大河内は書類をファイルごと机にそっと置いた。小幡に手で合図され、一度礼をして踵を返す。
「・・・えっ。はい、確かにありますが・・・」
「?」
「えぇ、その通りです。クラリネットタイプですが。それに、そういう初期不良なら・・・」
 その単語が出た事に、彼はぎくりとして肩越しに振り返った。
「はい。あぁ・・・CSCリンクが・・・はい、はい。なるほど。それならば確かにこちらの方が良いかもしれませんね。えぇ・・・え?」
 小幡の声に、僅かながら興奮が混ざっている。
「なんという・・・そうですか」
 その顔に驚愕が走った。
「同系の波長が! そこまで条件が揃うのは・・・奇跡的ですね」
「・・・!」
「解りました・・・その、『違う神姫ではイヤだ』というマスターの方の為にも・・・はい。必ず」

 その堅苦しささえ含めて浮かべていた訝しげな表情が、柔和な笑みに変わっていく。

(まさか?)
 大河内は身体を振り向けて尚もズレていた眼鏡を押し上げた。
 小幡は手を軽く振ってその事を肯定するように頷く。
(・・・あの、最後の部位が?)
 よもや『合う』神姫が存在するとは思わなかった。

 神の導きか。それとも・・・。
(それとも・・・あなたですか? ゼリスさん)
 大河内も無精髭が伸びた顔で、笑みを浮かべて頷き返す。


 だが。その時だった。

「・・・え?」
 明らかに調子の違う声と共に、小幡の表情が、固まった。
「・・・。・・・ッ!?」
 そのまま笑みが崩れ、愕然とした表情に変わっていく。
「それは・・・つまり。いえ、もしも」
 受話器を持つ手は震え、唇がわななく。彼は彼女の異常に思わず眉を顰めた。
(?)

 それから十数分、いや。もっと長くあっただろうか。
(・・・)
 小幡の口からは数度聞き慣れぬ・・・いや、人間としては決して聞き慣れたくない単語が零れ、それらはその度に大河内の浮かれた気分を氷点下に叩き落していく。

「申し訳ありません・・・。折り返し、電話致します・・・はい。いえ、お気遣い。ありがとうございます。それでは」
 そのまま、震える指で電話を切ると、卓上に置き。・・・小幡は目を見開いたまま、一度息を吐いた。
「所長・・・」
 大体の内容は掴みはした。だからこそ、彼は、即座に口を開いて聞かなくてはならなかった。

 『どうするのか』と。

「・・・無駄になるかもしれない」
 小さな声。
「いや、大切な物が、無駄になる・・・とすれば」
 その大河内の問いを待つ事も無く。小幡は呟くように口を開いた。
「そんな未来を選択する事を。出来るのでしょうか?」
「・・・」
「生まれて、すぐに・・・」
 消えゆく事になる・・・かもしれない。
 そんな『心』を、私は生み出すことが出来るのだろうか?

 最後の言葉は、既に声になっていなかった。

 何も持たずに生まれる神姫。その命の中で、何よりも繋がりを求める彼女達。
 何も持たずに心が生まれ出で。

 しかし、その心は時を走ることさえ出来ず、何も想わずに消えるとすれば。
 そんな事を。自分は、決断出来るのか?
 ゼリスの身体を、想いがこもった最後のパーツが。
 『無駄』になると解っていても。

 ぽつり、ぽつりと話す小幡から、先の電話の内容を掴み、大河内は腕を組んで唸った。想像以上に事態は急を要するらしい。
 彼はしばしの間、考え込んでいたが。
 突如、自分でもぎょっとする案が頭を走った。
(それは・・・だけど)
 それをしてどうなる?
 ・・・いや、どうなるかでは、あるまい。きっと。彼が意を決するまで僅か数秒。

「所長・・・『訊いて』みては、いかがでしょう?」

 その言葉に、小幡は顔を上げた。
「訊く? 誰に?」
 その目をじっと見返し、彼自身も苦しげに言葉を続ける。
「ゼリスさんを・・・識っている者がいます」
 辛そうな絞り出すような声に、小幡は目を見開いた。
「まさか。彼女達に伝えよと? この事を?」
「私達と同じほどに。彼女達は強くゼリスさんと繋がりを持ちます」
「・・・それは」
「はい。これが何になるかは解りません。しかし、訊いてみるべきかと思います」
「・・・」
 沈黙が返る。大河内はじっと彼女の声を待つだけだ。
「・・・。・・・私達では、解らない繋がりがある。ですか」
「所長は恐らくゼリスさんと最も強い繋がりを持っておられます。しかし、ヒトである私達とは違います、彼女たちもまた、神姫なのです。ある意味これは」
 そこまで言ったところで、弱々しく、手でその先を制した。
「そう。ですね」
 顔を上げて、一度大きく息を吐くと。

 小幡は、電話に手を伸ばした。


 ・・・。
「それで、それは。いつですの?」
 ヴィネットはいつものクレイドルの上、キャッシャーに接続しているコンピュータ。そのウィンドゥにに映る小幡に尋ねた。その真紅の目は常より鋭く、常よりも美しいと思わせる声はしかし緊張を張り巡らせている。
『二日後・・・です』
 その言葉に息を飲んだのは、ヴィネットではなく。隣に立つリカルドの方であった。
「二日とは・・・なんと」
「そうですか、時間は・・・無いのですね」
 猛禽を思わせる視線のまま、じっと画面に映る小幡を見つめて。
「母の身体、他ならぬ母の身体です。無論、そのような事。決して諸手を上げて賛成とは言えません・・・それが『長女』たる。私の選ぶべき言葉でしょう」
『そう、ですか』
「しかし・・・それでも」
 姿さえ知らぬ、妹となるかもしれぬ者に。
 神姫として、最も苦痛ともいえる悲しみを一種『強いる』事が出来ようか?
(だけど・・・)
 ヴィネットは声と、心とが揺れるのを感じていた。
「それでいても、私は・・・」


 ・・・。
「少しでも、会えるなら。会えるなら起こしてあげて!」
 フェスタは自宅の応接間に持ってこられた電話の前で叫んだ。
「その・・・。会う『時間』は、少しでもあるんですか?」
「・・・フェスタ、落ち着いて」
 マコトに宥められるが、彼女はぽろぽろと涙を零しながら、美しい山吹色の光を湛える髪を揺らして首を振る。
『フェスタさん。もしも間に合ったとしても・・・』
 小幡の声が電話から小さく零れる。
「間に合ったと、しても?」
 最早答えられぬフェスタの代わりに、マコトが先を急かす。
『恐らく会話が出来たりする状態では無いという事です』
「・・・」
 しゃくり上げながら、ぺたん、と。その応接間の木製の天板に、フェスタは腰を落とした。
「どうして・・・」
『フェスタさん、悪い結果もまた、あくまで可能性です』
「・・・うん。解ってます」
 小幡の声に、力なく答える。
「解って、ます・・・。解って・・・るんです」
 そう繰り返す。が、彼女には涙が止まらない理由は。解らなかった。
 それが、きっと神姫にとって、何よりも辛いことだと解るから。
 やがて。しばらくの後。そのまま、顔を上げずに。
「・・・私、なら・・・」


 ・・・。
 ルクスはスピーカーモードになっているアキの携帯電話の前で立ち竦んでいた。
 その震える唇で言葉を紡ぐ。
「会話さえも・・・。一度の会話さえも。不可能である、という事ですか?」
『・・・』
「なら・・・」
 ゆっくりと。絞り出すように、小さく呟く。
「せめて、会って・・・。その・・・『会える』のでしょうか?」
『解りません。恐らく迅速に行ったとしても。全身麻酔に入っている可能性はありますし・・・それに既に』
 唇を噛み、言葉を失ったパートナーを、アキが心配そうに覗き込む。
「・・・ルクス」
「その、それは」
 声は揺れていた。怒りか、悲しみか。それは自身も介する事は出来ない。
「どれくらいで成功するのでしょうか・・・いえ」
 可能性など無意味であると知り、首を振る。
 答えを小幡が知らない事も解っている。だが、それでもルクスは問い尋ねなくてはならなかった。
 気休めにもならない、その言葉を。
「成功、するのでしょうか?」
 だが。
 解答は、返って来なかった。
 ふっと、その銀色の瞳で天を仰ぐ。
「母様の身体・・・。これはあくまで個人的な意見。述べさせていただきます・・・お聞きください」


 ・・・。

 電話を切り、小幡は首を振った。
「この結果は、想定できませんでした」
「皆、同じ解答を返しましたね」
 大河内は、険しい顔のまま、僅かながら意外そうな声で言った。
「きっと。・・・何かを、知っているのでしょう」
 目を伏せたまま、小幡は首を振る。
「それは・・・人が解らない感情。人が信じれない何か・・・その何かを、信じているのかもしれません」
「所長・・・」
 その声に一度だけ頷き、彼女は最後の姉妹の電話番号を押した。


 ・・・。
 ボタンは久方ぶりに帰ってきたコウの自宅。
 その仕事でも使用しているノート端末をTV電話として使い、その前でじっと腕を組んで胡坐をかいて座っていた。
「・・・」
 コウはどっかと横の椅子に座り、何も言わず、その様子を見ているだけだ。
 先までコウが吸っていた煙草は既に燃え尽き、沈黙のみがその場を支配する。耳が痛くなるような、冷たく重い空気が流れていた。
「なぁ、小幡殿」
 ややあって。ボタンがようやく切り出した。
『はい』
「それを・・・。その神姫が望むと思うか?」
 思いもしない問いを返され、小幡は声を失った。
『・・・その、神姫が、ですか?』
 ボタンはじっと画面の向こうにいる小幡を直視する。
『その神姫は、未だ生まれてもいません。誕生させる為に・・・』
 その返答に満足げにボタンは頷いた。
「人間らしい考え方だ、ありがとう。だが・・・神姫はそもそも、CSCが植え込まれ、初めて声を上げたときに『生まれる』のだろうか」
 そういって、彼女は自分の掌を見つめた。
「既にCSC以外の全てを持ち、それ以外を持たぬ。決して『生まれる』という事が、心が動き出すという意味でもない・・・アタシは、そうも想う。その神姫は既に生まれているが・・・心を見つけようとしているだけだ」
 しばし、視線を宙に這わせ。うん、と一度頷く。

「目覚める・・・いや、あえて『芽生える』。といった方が良いかもしれないな。それは」
 モニターの向こうで、小幡が僅かに目を見開いた。彼女は、それを伝えてはいないはず。
 その神姫が・・・。そのMMSタイプが・・・。

「なれば。もう生まれている神姫が。芽生え、自分であると認識し。光を知り、目を開け・・・そして。主の想いを受けることも無く。再び目を閉じるとして・・・それを望むだろうか?」
 答えれぬままの小幡に一つ息をつき。淡々とボタンは続けた。

「アタシ達は何も持たずに生まれる。自分が自分であるという事は、この世界で心に触れ、心を抱き、風に吹かれる事で知るのだ。それさえ出来ず、それを許されぬ事を。その神姫は望むだろうか?」

『・・・』
 無言を返すしかない小幡。そんなことは。
 しばし顔を伏せ。やがて、ボタンはその大きな目をじっと彼女の映るディスプレイに向けた。
「アタシなら・・・望むかもしれない」
『!』
「・・・例えそれが一時でも構わない。それが一瞬で構わないんだ。しかし、そのCSCをセットしてもらった事。起動スイッチを押して貰った事。その事だけでも喜んで目覚めるかもしれない。だが・・・それは」
「ボタン」
 それまで沈黙を守っていたコウが、じろりと視線を動かして、その口を開いた。
「どいつもこいつも。勝手に幸せになる、お前みたいなバカじゃねぇだろ」
「・・・。そうではある、主」

 ボタンは恐ろしく強い。その心は死を知っている。絶望を知っている。
 それを彼は、彼女と共に暮らしてきた彼は。誰よりも知っている。
 ボタンなら全てを包み、全てを受け入れ、その『手』で抱きしめる事が出来るだろう。
 だが・・・。

「なぁ、小幡さんよ。今、このバカ犬が言ったとおりだ。それを望む、望まないは神姫それぞれでしかねぇ」
『・・・えぇ』
「で。アンタは。エゴに生きてみる気があるか?」
 コウは、ずいっと大きな身体を乗り出すように、小幡に問い尋ねた。
『・・・エゴ? ですか』
「そう、エゴだ。自分勝手に楽な解釈をして。自分勝手に動いて、他者よりも自分を可愛い。そう生きてみる気はあるか?」
 いつもの得意な笑みさえ浮かべず、コウは続ける。その視線には何かを試すような意さえ込められていた。ボタンはきょとんと自身の主人を見上げる事しか出来ない。

「こっからは神姫どうこうじゃない。『人』としてのアンタの胸先三寸にかかる。聞け」
『・・・』
「コレは飽くまで、前例があるだけだが・・・」


『・・・それ・・・。ですか・・・』
 話し終えた後。悲痛に近い表情を浮かべて、小幡は首を小さく振った。
「あぁ、知っているだろうが。方法として、あるには、ある。今回は特に、特別だ」
「主・・・しかし! ・・・しかし・・・それは」
 ボタンが何か言いたげに、しかし。何を言えば良いか解らずに困ったような表情で首を振りながら見上げ続けている。
 恐らくは泣いているであろう、その姿をあえて視界にいれないようにしながら。
「・・・。まぁ。やれと言われてもアンタにゃぁ簡単に出来ないだろうが」
 余り言いたくなさげに。いつものように、やる気無さげに。彼は続けた。

「だったら。その神姫に直接『聞いて』みな。それでいいか、とな。訊けるなら・・・だが」


 ・・・。
 電話を切った後。小幡はちらりと大河内を見た。
「確かに前例はあります。確か二件ほど」
 その言葉に頷くと。彼女はゆっくりと立ち上がった。
「所長」
 心配そうな声を手で制する。
「今から準備をして行きます。時間がありません」
「・・・。訊くのですか? その神姫に。その問いを」
 机の電子ロックを解除し、中から、小さな銀色のケースを取り出し、彼女は握り締めた。
「直接・・・訊けるのですか? 所長」
 無機質なケースの冷たさだけがはっきりと伝わってくる。小幡はそのケースをじっと見つめ、やがて、そのまま窓に視線を向けた。

 そう。この部屋。この窓。
 あの日・・・今年の一月一日に。私は誓った。貴女の遺志を受け継ぐと。
 窓を開けようと手を伸ばし、しかし。小幡はその鍵に手をかけた所で動きを止めた。外に吹き荒れるような強い風が、何かを彼女に知らせる警鐘のように鳴り響いていた。

(・・・ゼリス)
 その風に憧れると笑って言った彼女の名を心中で呼ぶ。
 ・・・あなたなら。どうしますか・・・?
 ・・・今でも、私の背を。押してくれますか?


 ・・・。
 翌日、深夜三時。新函館空港。
 小幡は、雪が積もる北の大地に降り立った。今もまだ小降りとはいえ雪は降り続いている。
 が、それは決して吹雪いてはいない。

 そう。
 そこには、あれほど千葉では強かった、全てを吹き押す風は。
 その一切、吹いて・・・いなかった。







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