「……教授に一服盛れば、レポート消えるかな」
「マスター、何バカな事言ってるんですか」
二つの声が部屋の中に響く。前者は恵太郎、後者はナルだ。
この部屋は第十三研究室。文字通り研究のための部屋で、当然の如く様々な神姫用機械や資料が並び散らばっている正しい研究室だ。が、戸棚やら机の引出しを開ければあら不思議。
マンガに雑誌、ゲーム機は勿論の事、各種お菓子やインスタント食品、果ては炊飯器やガスコンロにフライパンまで揃っている。
その気になれば、一週間程度は暮せてしまう部屋なのだ。
「実習のレポートなんぞ結果書いてお仕舞いで良いと思わないか? 何で使った機械の詳細も書かなきゃならんのね」
「今の苦労は追々役に立つものですよ、マスター」
ナルはクレイドルの上に腰かけ、神姫サイズの雑誌に目を通している。ちなみに、見出しには『レニオス製新型アクチュエータの性能に迫る!』とか『今だからこそ振り返るアーンヴァルとストラーフ』とか『全国神姫バトルイベント早見表』などの文字が躍っている。
「こんな苦労が役に立つとは思えんね」
「役に立つかどうかはマスター次第です」
第十三研究室の学生は四人。
今、ここにいる恵太郎と佐伯姉弟、そして孝也だ。
裕也はバトルセンタへ行ったきり、裕子は昼食の買い出し、孝也は恵太郎のパシリでメロンパンを買いに行っている。
「師匠ぉ~早くゲームやりましょうよ~」
そして、大学生でないアリカもここにいる。
「研究室でゲームすんな」
「じゃあなんでこんなにゲームあるんですか?」
「孝也と裕也先輩が持ち込んでんだよ」
「師匠はゲームしないんですか?」
「興味無い」
「金鉄楽しいですよ~?」
「トロンベとナルの三人でやれよ」
「あたしは師匠とゲームしたいんですよっ!」
「うるせー」
恵太郎はアリカを軽くあしらいつつ、煎餅を口に運ぶ。このやりとりも慣れたものだ。
「ご主人様、恵太郎さんがイヤというのなら仕方ないですよ」
アリカの頭の上でトロンベが言った。
「流石トロンベ、主に似ないで良い子だ」
そう言って、恵太郎はトロンベの頭を指で撫でる。アリカはその様子にご機嫌斜めな様子だ。
「むぅ……こうなったらっ!」
アリカはいきなり、恵太郎に抱き付いた。丁度右脇腹に抱き付く格好になる。
「……」
「……あれ?」
顔を真っ赤に染めるアリカに対し、恵太郎は何事も無かったかの様に煎餅を齧りつつワイドショーを見ている。
「……あ、あのーぅ。ししょー?」
アリカは顔を俯かせながら言った。
「あ、あたしが、その、くっついてるんですよ? 何か、こう、もっと反応してくれても……」
「マスターは胸が大きい女性が好みなんです」
ナルのその言葉に、恵太郎は無言で抗議した。
「け、恵太郎さん。ご主人様はこう見えて脱ぐとス……」
「ちょ、トロンベ何言ってんのっ!?」
耳まで真っ赤にしたアリカはトロンベを抱き締めながら尻餅ついて後ずさった。
「計画通りです、マスター」
恵太郎は無言でワイドショーを見ている。しかし、ナルは見逃さなかった。恵太郎の頬が仄かに赤いのを。その時である、
「ただいま~、けーくん」
右手にコンビニ袋を下げた孝也がパシリを果たして帰ってきたのは。
「帰ったで御座るよ」
「かえたよー」
三者三様、うち二人は孝也の肩の上だ。
「けーたろのメロンパンと、なるの本かてきたよー」
ぴょんぴょん、と擬音がしそうな動きで孝也の肩からテーブルの上に降り立つ、やけに小さい紅緒。
「はい、けーくん」
「おう」
「件のモノで御座る」
「ありがとうございます」
二者二様の返答。
「たかや、ゲームやろゲーム!」
小さい紅緒、ニトクリスがPZ3の上でぴょんぴょん跳ねながら言った。
「うん、良いよ。何がやりたい?」
「ふよふよ~」
「OK,クリス。トリスもやるだろ?」
「無論で御座るよ」
そう言うと、孝也とトリスはゲーム機の前に陣取った。
「おい、俺テレビ見てるぞ」
しかし、恵太郎の抗議は虚しくスルーされ、ワイドショーが映っていた画面は暗転。左上に緑色のビデオ2と映る外は真っ黒な画面になってしまった。
「……」
恵太郎は不機嫌そうに視線をそらし、メロンパンの封を切り、一口咥えた。
その脇ではトリスが神姫用コントローラを自身に接続し、ニトクリスはナノマシンの霧となって直接ゲーム機の中に潜り込んだ。
程無く、画面にPZ3のロゴマークが浮かび、ゲームのOPが流れ始めた。
その時である。研究室の扉が勢いよく開かれたのは。
「何だ、今日はやけに賑やかだな」
「今日も、の間違いでしょ裕也先輩」
裕也は、そうか?と一言言って恵太郎の向かいに座った。
「にゃーもふよふよやるのだー!」
いつの間にか蒼蓮華はPZ3の上でぴょこぴょこ跳ねている。
「ぬぅ、蒼蓮華! 画面が見えないで御座る!」
「なら早くにゃーも仲間にいれるのだー!」
「……先輩、どうしたんですか」
メロンパンをかりもふしながら恵太郎は言った。その言葉に裕也は軽く溜息を吐く。
「なぁに、今日も勝てなかっただけの話だ」
「まぁ、それもそうッスね」
そう言って、恵太郎はまた一口、メロンパンを齧った。
「俺ながら情けないな」
裕也は肩を竦めて見せた。
「ぬぉ! クリス、腕を上げたで御座るな! しかし、拙者とてそうそうやられるばかりではないわ!」
「あはは、まだまだいけるよ!」
「にゃー! お邪魔ふよが一杯なのだー!?」
その背後では、三人の神姫が楽しそうに騒いでいる。孝也の目が本気なのはこの際触れないでおく。
「らしくないッスね、先輩」
「……そうか?」
「普段なら、負けがこんだところで笑い飛ばすのが先輩でしょう。今回はどうしたんです。タチの悪いのにでも絡まれましたか?」
メロンパンを齧りながら、ぶっきらぼうに言う恵太郎。
「あぁ……白い、ストラーフにな」
白いストラーフ。その言葉に恵太郎は反応した。
「もしかして、マスターは君島とかいう女の子ですか?」
「何だ、知り合いなのか」
「今日偶然知り合ったんですよ……バトルやる風には見えなかったけどなぁ」
「マスターは人を見る目がありませんね」
雑誌に目を落としながらナルが言う。
「アリスのあの反応と動きはかなりの経験を積んでいる証です。恐らくは初期からの古兵でしょう」
その眼は雑誌に向いているが、見ているものは果たして一体何なのか。
「そうか、それじゃあ仕方ないな!」
裕也はいつもの調子で言い放つ。
「ま、仇は俺が取っときますよ」
「恵太郎、あまり調子に乗ってると足元を掬われるぞ!」
「そうですよ、マスター。戦いでは驕りと油断が一番の敵ですよ」
軽口を叩かれながら、恵太郎はメロンパンを齧る。
「へいへい」
恵太郎はそれを見るでもなく、視線をテレビへと移した。
「……なぁ、ナル」
「なんですか?」
「あの君島って女、どっかで会った事無かったっけか?」
ナルは雑誌から顔を上げ、恵太郎を見た。
「ナンパでもするつもりですか?」
「阿呆」
そう言うと、恵太郎はメロンパンを口に押し込んだ。
「あら、今日は随分と賑やかなのね」
「先輩~、賑やかなのは何時もの事でじゃないですかぁ」
研究室の扉を三度開けたのは、裕子と茜の二人組だった。
二人は両手に大きなビニール袋を持っており、良く見れば空を舞うアル・ヴェルとロンも神姫サイズのビニール袋を持っている。
「お疲れ様です、裕子先輩」
恵太郎はすかさず裕子に歩み寄り、その両手に持っていた巨大なビニール袋を受けとった。裕子は笑顔で「ありがとう」と言った。
「先輩、私の方も持ってくださいよぉ~」
恵太郎がひっそり幸せを噛みしめている所に水をさすように、茜が両手を上げる。そこには裕子ほどではないが、十分大きいビニール袋を垂らしていた。
「アリカ、働けー」
「……は、はーい」
部屋の隅っこでトロンベと何やら話し込んでいたアリカが慌てて駆け寄り、茜からビニール袋を受け取った。
「それにしても、結構買いましたね」
恵太郎は簡易台所の小さなテーブルにビニール袋を置き、アリカの持つビニール袋とアル・ヴェルとロンが持つビニール袋を見た。
「これだけ育ち盛りの子がいれば、これくらいの食糧は必要でしょう?」
エプロンを身につけた裕子はまな板と包丁を用意しつつ言った。
「今日のメニュー何ですか?」
アリカは台所の小さなテーブルの上にビニール袋を置き、目をキラキラさせながら裕子に聞いた。
「ふふ、今日のメニューはカレーライスよ」
それを聞いたアリカはまるで小さな子供の様にガッツポーズを取った。
「こら、はしゃいでないでお前も用意手伝え」
裕也と共に机を移動させながら恵太郎が言った。
その脇では、孝也が机を移動させる事で空いたスペースに隅に立て掛けれらていた畳を置いている。
「了解ですっ!」
言うや否や、アリカは部屋の隅にある大きな卓袱台を畳の上に設置した。
「私はお米炊くから、神姫部隊は野菜切ってねぇ~」
お釜を洗いながら茜が言った。
神姫部隊は料理用アームという名の“チーグル”アームパーツを各々装着し、ジャガイモやらニンジンやらタマネギやらダイコンやらに取り掛かっている。
ちなみに、タマネギを切る係はジャンケンで負けた神姫とそのマスターの役目だ。
「……マスター、申し訳ありません」
「……バトルとジャンケンは違うもんな」
という訳で、恵太郎とナルがタマネギ当番だ。
他のメンバー、アリカとトロンベはジャガイモ。裕也と蒼蓮華がニンジン。孝也とトリスがダイコン。裕子が肉を切り、茜が米を炊く。ロンとアル・ヴェルが裕子の援護。ニトクリスは実体を殆ど持たないので応援だ。
「あー……誰かゴーグル持ってないか?」
「ひぃーさっつ! 南京猫簾なのだー!」
「今更で御座るが、カレーにダイコンは普通入れないと思うので御座るが」
「がばれー!」
「……タマネギってイヌには毒らしいですよ、トロンベ?」
「ナルさん、何で私を見るんですか……」
「大根の桂剥きって難しいよね、けーくん」
「大きさは適当で良いよな!」
「あははー、マトモな料理が出来る気がしませんねぇ~」
「不安一杯」
「あら、それが楽しいんじゃないの」
「マスター、これは闇鍋では無いのですから……」
ここは研究室。第十三研究室。教育機関の最高位、大学の神姫に関する研究室。
の筈だが今は野菜と肉を切る音と米を研ぐ音と皆の声しか聞こえない。
「あー……裕子先輩、タマネギ終わりましたー」
「トロンベ、一口どうですか?」
恵太郎は目頭を押さえつつ、タマネギの微塵切りが一杯になったボールを持ち裕子のもとへ向かう。
「ありがとう、そこに置いてくれるかしら?」
「うぃっす」
恵太郎を皮切りに、各々がそれぞれの食材が詰まったボールを持ってくる。
皮が少し残っているジャガイモ、大きさがバラバラなニンジン、機械で測ったかの様な精度のダイコン、そして可もなく不可もないタマネギ。
「みんなありがとう、ここからは私一人で十分よ。座って待ってて頂戴ね、美味しいカレーを作るから」
「マスター、何バカな事言ってるんですか」
二つの声が部屋の中に響く。前者は恵太郎、後者はナルだ。
この部屋は第十三研究室。文字通り研究のための部屋で、当然の如く様々な神姫用機械や資料が並び散らばっている正しい研究室だ。が、戸棚やら机の引出しを開ければあら不思議。
マンガに雑誌、ゲーム機は勿論の事、各種お菓子やインスタント食品、果ては炊飯器やガスコンロにフライパンまで揃っている。
その気になれば、一週間程度は暮せてしまう部屋なのだ。
「実習のレポートなんぞ結果書いてお仕舞いで良いと思わないか? 何で使った機械の詳細も書かなきゃならんのね」
「今の苦労は追々役に立つものですよ、マスター」
ナルはクレイドルの上に腰かけ、神姫サイズの雑誌に目を通している。ちなみに、見出しには『レニオス製新型アクチュエータの性能に迫る!』とか『今だからこそ振り返るアーンヴァルとストラーフ』とか『全国神姫バトルイベント早見表』などの文字が躍っている。
「こんな苦労が役に立つとは思えんね」
「役に立つかどうかはマスター次第です」
第十三研究室の学生は四人。
今、ここにいる恵太郎と佐伯姉弟、そして孝也だ。
裕也はバトルセンタへ行ったきり、裕子は昼食の買い出し、孝也は恵太郎のパシリでメロンパンを買いに行っている。
「師匠ぉ~早くゲームやりましょうよ~」
そして、大学生でないアリカもここにいる。
「研究室でゲームすんな」
「じゃあなんでこんなにゲームあるんですか?」
「孝也と裕也先輩が持ち込んでんだよ」
「師匠はゲームしないんですか?」
「興味無い」
「金鉄楽しいですよ~?」
「トロンベとナルの三人でやれよ」
「あたしは師匠とゲームしたいんですよっ!」
「うるせー」
恵太郎はアリカを軽くあしらいつつ、煎餅を口に運ぶ。このやりとりも慣れたものだ。
「ご主人様、恵太郎さんがイヤというのなら仕方ないですよ」
アリカの頭の上でトロンベが言った。
「流石トロンベ、主に似ないで良い子だ」
そう言って、恵太郎はトロンベの頭を指で撫でる。アリカはその様子にご機嫌斜めな様子だ。
「むぅ……こうなったらっ!」
アリカはいきなり、恵太郎に抱き付いた。丁度右脇腹に抱き付く格好になる。
「……」
「……あれ?」
顔を真っ赤に染めるアリカに対し、恵太郎は何事も無かったかの様に煎餅を齧りつつワイドショーを見ている。
「……あ、あのーぅ。ししょー?」
アリカは顔を俯かせながら言った。
「あ、あたしが、その、くっついてるんですよ? 何か、こう、もっと反応してくれても……」
「マスターは胸が大きい女性が好みなんです」
ナルのその言葉に、恵太郎は無言で抗議した。
「け、恵太郎さん。ご主人様はこう見えて脱ぐとス……」
「ちょ、トロンベ何言ってんのっ!?」
耳まで真っ赤にしたアリカはトロンベを抱き締めながら尻餅ついて後ずさった。
「計画通りです、マスター」
恵太郎は無言でワイドショーを見ている。しかし、ナルは見逃さなかった。恵太郎の頬が仄かに赤いのを。その時である、
「ただいま~、けーくん」
右手にコンビニ袋を下げた孝也がパシリを果たして帰ってきたのは。
「帰ったで御座るよ」
「かえたよー」
三者三様、うち二人は孝也の肩の上だ。
「けーたろのメロンパンと、なるの本かてきたよー」
ぴょんぴょん、と擬音がしそうな動きで孝也の肩からテーブルの上に降り立つ、やけに小さい紅緒。
「はい、けーくん」
「おう」
「件のモノで御座る」
「ありがとうございます」
二者二様の返答。
「たかや、ゲームやろゲーム!」
小さい紅緒、ニトクリスがPZ3の上でぴょんぴょん跳ねながら言った。
「うん、良いよ。何がやりたい?」
「ふよふよ~」
「OK,クリス。トリスもやるだろ?」
「無論で御座るよ」
そう言うと、孝也とトリスはゲーム機の前に陣取った。
「おい、俺テレビ見てるぞ」
しかし、恵太郎の抗議は虚しくスルーされ、ワイドショーが映っていた画面は暗転。左上に緑色のビデオ2と映る外は真っ黒な画面になってしまった。
「……」
恵太郎は不機嫌そうに視線をそらし、メロンパンの封を切り、一口咥えた。
その脇ではトリスが神姫用コントローラを自身に接続し、ニトクリスはナノマシンの霧となって直接ゲーム機の中に潜り込んだ。
程無く、画面にPZ3のロゴマークが浮かび、ゲームのOPが流れ始めた。
その時である。研究室の扉が勢いよく開かれたのは。
「何だ、今日はやけに賑やかだな」
「今日も、の間違いでしょ裕也先輩」
裕也は、そうか?と一言言って恵太郎の向かいに座った。
「にゃーもふよふよやるのだー!」
いつの間にか蒼蓮華はPZ3の上でぴょこぴょこ跳ねている。
「ぬぅ、蒼蓮華! 画面が見えないで御座る!」
「なら早くにゃーも仲間にいれるのだー!」
「……先輩、どうしたんですか」
メロンパンをかりもふしながら恵太郎は言った。その言葉に裕也は軽く溜息を吐く。
「なぁに、今日も勝てなかっただけの話だ」
「まぁ、それもそうッスね」
そう言って、恵太郎はまた一口、メロンパンを齧った。
「俺ながら情けないな」
裕也は肩を竦めて見せた。
「ぬぉ! クリス、腕を上げたで御座るな! しかし、拙者とてそうそうやられるばかりではないわ!」
「あはは、まだまだいけるよ!」
「にゃー! お邪魔ふよが一杯なのだー!?」
その背後では、三人の神姫が楽しそうに騒いでいる。孝也の目が本気なのはこの際触れないでおく。
「らしくないッスね、先輩」
「……そうか?」
「普段なら、負けがこんだところで笑い飛ばすのが先輩でしょう。今回はどうしたんです。タチの悪いのにでも絡まれましたか?」
メロンパンを齧りながら、ぶっきらぼうに言う恵太郎。
「あぁ……白い、ストラーフにな」
白いストラーフ。その言葉に恵太郎は反応した。
「もしかして、マスターは君島とかいう女の子ですか?」
「何だ、知り合いなのか」
「今日偶然知り合ったんですよ……バトルやる風には見えなかったけどなぁ」
「マスターは人を見る目がありませんね」
雑誌に目を落としながらナルが言う。
「アリスのあの反応と動きはかなりの経験を積んでいる証です。恐らくは初期からの古兵でしょう」
その眼は雑誌に向いているが、見ているものは果たして一体何なのか。
「そうか、それじゃあ仕方ないな!」
裕也はいつもの調子で言い放つ。
「ま、仇は俺が取っときますよ」
「恵太郎、あまり調子に乗ってると足元を掬われるぞ!」
「そうですよ、マスター。戦いでは驕りと油断が一番の敵ですよ」
軽口を叩かれながら、恵太郎はメロンパンを齧る。
「へいへい」
恵太郎はそれを見るでもなく、視線をテレビへと移した。
「……なぁ、ナル」
「なんですか?」
「あの君島って女、どっかで会った事無かったっけか?」
ナルは雑誌から顔を上げ、恵太郎を見た。
「ナンパでもするつもりですか?」
「阿呆」
そう言うと、恵太郎はメロンパンを口に押し込んだ。
「あら、今日は随分と賑やかなのね」
「先輩~、賑やかなのは何時もの事でじゃないですかぁ」
研究室の扉を三度開けたのは、裕子と茜の二人組だった。
二人は両手に大きなビニール袋を持っており、良く見れば空を舞うアル・ヴェルとロンも神姫サイズのビニール袋を持っている。
「お疲れ様です、裕子先輩」
恵太郎はすかさず裕子に歩み寄り、その両手に持っていた巨大なビニール袋を受けとった。裕子は笑顔で「ありがとう」と言った。
「先輩、私の方も持ってくださいよぉ~」
恵太郎がひっそり幸せを噛みしめている所に水をさすように、茜が両手を上げる。そこには裕子ほどではないが、十分大きいビニール袋を垂らしていた。
「アリカ、働けー」
「……は、はーい」
部屋の隅っこでトロンベと何やら話し込んでいたアリカが慌てて駆け寄り、茜からビニール袋を受け取った。
「それにしても、結構買いましたね」
恵太郎は簡易台所の小さなテーブルにビニール袋を置き、アリカの持つビニール袋とアル・ヴェルとロンが持つビニール袋を見た。
「これだけ育ち盛りの子がいれば、これくらいの食糧は必要でしょう?」
エプロンを身につけた裕子はまな板と包丁を用意しつつ言った。
「今日のメニュー何ですか?」
アリカは台所の小さなテーブルの上にビニール袋を置き、目をキラキラさせながら裕子に聞いた。
「ふふ、今日のメニューはカレーライスよ」
それを聞いたアリカはまるで小さな子供の様にガッツポーズを取った。
「こら、はしゃいでないでお前も用意手伝え」
裕也と共に机を移動させながら恵太郎が言った。
その脇では、孝也が机を移動させる事で空いたスペースに隅に立て掛けれらていた畳を置いている。
「了解ですっ!」
言うや否や、アリカは部屋の隅にある大きな卓袱台を畳の上に設置した。
「私はお米炊くから、神姫部隊は野菜切ってねぇ~」
お釜を洗いながら茜が言った。
神姫部隊は料理用アームという名の“チーグル”アームパーツを各々装着し、ジャガイモやらニンジンやらタマネギやらダイコンやらに取り掛かっている。
ちなみに、タマネギを切る係はジャンケンで負けた神姫とそのマスターの役目だ。
「……マスター、申し訳ありません」
「……バトルとジャンケンは違うもんな」
という訳で、恵太郎とナルがタマネギ当番だ。
他のメンバー、アリカとトロンベはジャガイモ。裕也と蒼蓮華がニンジン。孝也とトリスがダイコン。裕子が肉を切り、茜が米を炊く。ロンとアル・ヴェルが裕子の援護。ニトクリスは実体を殆ど持たないので応援だ。
「あー……誰かゴーグル持ってないか?」
「ひぃーさっつ! 南京猫簾なのだー!」
「今更で御座るが、カレーにダイコンは普通入れないと思うので御座るが」
「がばれー!」
「……タマネギってイヌには毒らしいですよ、トロンベ?」
「ナルさん、何で私を見るんですか……」
「大根の桂剥きって難しいよね、けーくん」
「大きさは適当で良いよな!」
「あははー、マトモな料理が出来る気がしませんねぇ~」
「不安一杯」
「あら、それが楽しいんじゃないの」
「マスター、これは闇鍋では無いのですから……」
ここは研究室。第十三研究室。教育機関の最高位、大学の神姫に関する研究室。
の筈だが今は野菜と肉を切る音と米を研ぐ音と皆の声しか聞こえない。
「あー……裕子先輩、タマネギ終わりましたー」
「トロンベ、一口どうですか?」
恵太郎は目頭を押さえつつ、タマネギの微塵切りが一杯になったボールを持ち裕子のもとへ向かう。
「ありがとう、そこに置いてくれるかしら?」
「うぃっす」
恵太郎を皮切りに、各々がそれぞれの食材が詰まったボールを持ってくる。
皮が少し残っているジャガイモ、大きさがバラバラなニンジン、機械で測ったかの様な精度のダイコン、そして可もなく不可もないタマネギ。
「みんなありがとう、ここからは私一人で十分よ。座って待ってて頂戴ね、美味しいカレーを作るから」
第十三研究室の中は今、カレーのスパイシーな匂いと十三人の声で満ちていた。
「師匠、肉ばっかりだと身体に悪いですよー。野菜どーぞー」
「お前が野菜食べたくないだけだろうが」
「トロンベ、蒼蓮華。タマネギはいりませんか?」
「貰うのだ~!」
「ナルさん、私は神姫ですから多分平気ですよ……?」
「クリスもたべたいー」
「お主にはまだ5年早いで御座るな」
「孝也、腹いっぱい食わないと大きくなれんぞ!」
「先輩止めてください! これ以上カレーを盛らないで下さい! もう既に三人分くらい軽くありますからっ!」
「あははー、研究室で何やってんでしょね~私たち~」
「夕食会」
「ご飯はみんなで食べた方が美味しいものね」
「……マスター、理由になってませんよ」
そんな、第十三研究室の昼下がり。
オチ無し。
「師匠、肉ばっかりだと身体に悪いですよー。野菜どーぞー」
「お前が野菜食べたくないだけだろうが」
「トロンベ、蒼蓮華。タマネギはいりませんか?」
「貰うのだ~!」
「ナルさん、私は神姫ですから多分平気ですよ……?」
「クリスもたべたいー」
「お主にはまだ5年早いで御座るな」
「孝也、腹いっぱい食わないと大きくなれんぞ!」
「先輩止めてください! これ以上カレーを盛らないで下さい! もう既に三人分くらい軽くありますからっ!」
「あははー、研究室で何やってんでしょね~私たち~」
「夕食会」
「ご飯はみんなで食べた方が美味しいものね」
「……マスター、理由になってませんよ」
そんな、第十三研究室の昼下がり。
オチ無し。