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「土砂降り子猫Track-1」(2007/06/02 (土) 14:46:32) の最新版変更点
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「起きれこのバカ慎がーっ!」
「おごっ!」
突然の声と衝撃が、俺の後頭部に突き刺さった。
「…ってぇな…ジュリ!イキナリ何しやがる!」
背後を見れば、案の定ジュリが腕を組んで仁王立ちしていた。
形のいい眉をギリギリと吊り上げ、目を三角にして怒っている。
…え?怒ってる?
「……あの、ジュリ…さん?」
「黙れ!寝るときは布団で寝やがれといつもいつもいっっつも口すっぱくして言ってんだろーが!首から上は空っぽか!この種なしピーマン頭!」
……あ。
「そうか。ビデオ見ながらそのまま寝ちまったのか…」
画面を見れば、既に何も映っていない。
真っ暗になったテレビの電源を消しながら、真っ赤な鬣の女サムライはぶつくさ言っている。
「ったく…ついこないだ倒れたばっかだっつのに…危機感てモンはねぇのかよ手前ぇ。
まぁた風邪引いたからって看病とか御免だぞアタシは。」
「…そうだな。悪かった。スマン。」
…いや目を剥いて驚くこたねぇだろうよ。
「………ンだよその珍獣でも見たようなツラは。」
「……め、珍しく殊勝なこと言うからだ気色悪ぃ。
槍でも降ってくんじゃねぇだろうな。」
器用に窓に上ったジュリは、雲ひとつ無い空を見上げて言いやがった。失礼な。
こないだ心配かけたのは、俺なりに反省してるんだぞ一応。
……恥ずかしいから言っちゃいないが。
「あーまぁアレだ。解ったんならオラ、とっとと寝床行け。」
「わーかったっつの!蹴んないちいち。」
掌ほどの人形に寝床まで追い立てられる俺。なさけねぇなおい。
……それはそれとして、だ。
「……お前気付いてるか?」
「あ?何が?」
「気付いてねぇかやっぱ。……ほれ。」
手近にあった、愛用の文鎮を目の前に置いてやる。
「んなっ!?」
鏡のように良く磨かれた、拳大の立方体の表面に映る自分の顔に驚くジュリ。
その額には『残念で迂闊』と書かれていた。ご丁寧にハートマーク付きで。
やけに丸っこい字からしてアイリだろうが…
「どーゆー意味なんだこりゃ?」
「ふ、ふっふっふっふ。」
…うわぁすげぇ凶悪な笑顔。
「なるほどなるほど。ラーメン型に対するチャーハン型ってぇワケかよアぁイぃリぃぃ………あンのガキ舐めやがってぇ…!」
「いやそもそも最初にやったのお前…」
「うるせぇ黙れ!」
「ハイゴメンナサイ。」
「あーもーちっくしょどこ行きやがったあのガキぃ!」
ばたばたと走り去るジュリ。元気だねどーも。
…ってあれ、戻ってきた。
「あー…一応言っとくけど、ちゃんと布団で寝ろよ。あとで見に行くからな。いいな!?」
寝てなかったらまた蹴りくれんぞーとか言って再びジュリは走って行った。
「…信用ねぇのな」
…まぁ前科がある以上文句は言えんか。
俺は溜息をついて、小さな背中を見送った。
しかし、ジュリとアイリは仲がいいというかなんというか。
あのバカ二人は、顔付き合わせる度にケンカしているのを見かける。
傍で見てる分にはじゃれあってる様にしか見えないあたり、本気でやりあってるワケでもないんだろうが。
こないだのどこだかの財閥が主催したって言う神姫のイベント…確か鳳凰杯と言ったか。
その中継を見てた時なんかは、やれどこの神姫が強いのどこのマスターが賢いのと随分楽しげに話していた。
…その数分後にはいつものように取っ組み合いのケンカになって、いつものようにパットに止められていたワケだが。実力行使で。
良くも悪くも息が合うんだろう。
……本人達に言うと絶対怒るんで黙ってるけどな。
ま、騒がしいのもどっか行ったし、これで静かに眠れ…
ピンポーン♪
「たぁのもーぅ!慎、いるかー!」
…なかったか。
---
「やぁお早う慎之介!いい朝だね!」
「……もう昼近いけどな。
ついでに言うならこれから寝るとこだったんだが俺は。」
玄関開けたら、大きめのカバン片手に縁遠がにこやかに立っていた。
いつものパンクやらメタルやらをごっちゃにした格好ではなく、Gパンにシャツにジャケットとえらくシンプルな服装だ。
「なんだよ辛気臭いカオして。まぁた徹夜だったの?その内死ぬぜ?」
「うるせぇよ。いつもの派手なカッコはどうした。」
「前言ったじゃん。アレは制服だよ。仕事着。…っと、はいお土産の芋羊羹。好きだろ?」
確かに好物だが。しかし土産持参とは珍しい。
「上がって居間で待ってろ。茶ぁ煎れてくる。」
「あ、渋いのお願いねー」
「あいよ。」
芋羊羹を冷蔵庫につっこんで茶の用意をする。
ご希望通り濃い目に煎れてやった。
「ホレ。」
「あーさんきゅ。」
ずずー
「つかお前今日店はどうしたんだよ。休みじゃなかったろ確か。」
「ん?ヨルとハネに任せてバックレた。」
あの白黒な店員さん達か。
「まぁしょっちゅう任せてるから問題ないと思うよー。
ヘタすりゃ僕より詳しいし。」
「…お前その内逃げられるぞ。愛想尽かされて。」
ずずー
「で?結局何しに来たんだ。」
「ん。にゃーちゃん達に癒されに来た。どこいんの?」
「…今日はいないぞ。」
「えー。せっかくお土産持ってきたのになー。」
と、カバンからごそごそと出してきたのは…
「今回は服か。」
「うん。いつもアクセばっかりだからねぇ。偶にはいいかと思ってさ。」
大きめの紙袋から出るわ出るわ…って量多くないか?
「一応今日は全員分持ってきたからねー。女の子の衣装ってのはさ、多いに越したことはないんだぜ?」
言ってニヤリと笑ってみせる縁遠。
…そんなモンかねぇ?
ずずー
縁遠が広げた服は全て丁寧にパッケージされており、ブランド銘入りのタグが付けられていた。
「『Electro Lolita』…ねぇ」
「ウチはアクセとかは出来るんだけどねー…服飾関係のノウハウがないからさ、何かと懇意にさせてもらってるんだわ。」
そう言えばコイツは、裁縫はむちゃくちゃ苦手な割に、やたら精密な細工もの作るの得意だったっけな。
この間店の目玉商品とかいう神姫用の指輪を見せて貰ったが、細工の細かさに軽く目眩がした記憶がある。
…顕微鏡で見ないとわからん彫刻なぞどうやって彫ったんだか。そもそもそこまで細かくする意味があるのか?
「アキバの『AlChemist』ってお店のブランド品なんだけどね。
そこの店長さんがまた可愛くってさー。見た目ちっちゃい女の子なんだけど…」
「口を開くとえらく男前なんだろう。」
「あれ、知ってるの?」
「こないだ浩子サンにその店へ連れてかれてな。」
なんでも、職場が近いので常連と化しているらしい。
俺にはどーにも店の雰囲気が居心地悪かったので、早々に外へ逃げたが。
「いやそれがさぁ。ついこの前うっかりちゃん付けで呼んじゃってね。マジ蹴りもらっちゃったんだー♪」
「…その割に嬉しそうだな」
「そゆトコがまた可愛くて。」
…やっぱコイツの趣味はよく解らん。
ずずー
「……ヒロコさんて人、いつも話に出てくるよね。編集さんだっけ?」
「あぁ。小さい頃近所に住んでた幼なじみでな。」
「そーなの?」
「言ってなかったか?」
「初耳だよ。…ほんっとにキミは言葉足りないよねー。昔っからさー。」
言ってくれるな。気にしてんのに。
「しかし、慎から女の人の話が出るとはね。
そんな相手が出来たのは、友人として祝福すべきなのかな?」
「違ぇよ。そーゆーんじゃねぇって。」
……そもそも向こうはどう考えてるか判らんしな……
ずずー
「あぁそうだ。こないだお前の店の話はしたから、一回くらい顔出したんじゃないか?」
「そなの?どんな人?」
俺が大まかな特徴を説明すると、縁遠は天井を見上げて唸った。
「……んー……もしかしてあの人かなぁ…?」
どうも話を聞くに、数日前に浩子サンらしい人が店長を尋ねて来たらしい。
もっとも縁遠が名乗ると、ろくすっぽ話もせずに首を傾げながら帰ったそうだが。
「一体どんな紹介の仕方したんだキミは。」
「…変なことは言ってない筈なんだがなぁ。」
ずずー
「とにかくアレだ、にゃー供は戻らんから大人しく帰れ。」
「ちぇー。じゃあ慎のご飯だけで我慢するよ。」
「聞こえなかったか?『帰れ』っつったんだが俺は。」
「つれないこと言うなよぅ。」
「えぇい!シナをつくるな気色の悪い!」
ず…
「あ、お茶なくなった。お代わり。」
「………へーへ。」
……いつ眠れるんだろうね俺は。
---
「…ホントはねー。ちょっと気になってさ。」
茶のお代わりを煎れていると、縁遠がぽつりと言った。
「あ?」
「今日。……にゃーちゃん達、そろそろ1年だろ?」
「あぁそう言や…まぁ元気にやってるよ。今んトコ問題は起きていないし。」
「そっか……直接診ときたかったんだけどねぇ。」
苦笑して寝っ転がる縁遠。だらしないぞ、おい。
「…っつか一ヶ月くらい前にも来たろうがお前。」
「なーに言ってんの。遊びに来るのと往診に来るのとじゃワケ違うんだから。」
いや往診て。いつから医者になったんだお前は。
「大体な、あんだけ服持ってきといて遊びじゃないと抜かすかてめぇ。」
「遊びはついで。メインは仕事。問題ある?」
「あいっかーらずああ言やこう言うなお前は…
とりあえず、今日着せ替え人形にするのはジュリ達で我慢しとけ」
「ハナっからそのつもりもあったけどね…そういや、ジュリちゃんとパットちゃんは?」
「パットはいつも通りぐーすか寝てるよ。
ジュリだったら、そこらでアイリと遊んでんじゃねぇか?」
「『アイリ』って初めて聞く名前だね。新入り?また住人増えた?」
「…またって言うな。またって。」
いやまぁ間違っちゃいないんだが。
そう。何故だか知らんがウチの住人(俺含む)は、なにかって言うと迷子の神姫を拾ってくる。
先のジュリ以降も、にゃー供みたく居着いたのを除けば、結構な数(それも何かしら問題のある連中ばかり)が出入りしていた。
とりあえず家は馬鹿みたいに広いのが救いっちゃ救いだろうか。
話が逸れた。
「だあって、こないだあらかた貰われてったばかりじゃないか。
そんなんだから『神姫長屋』とか言われちゃうんだぜ?」
「うるせぇ。茶ぁ冷めるぞ。」
寝っ転がったまま縁遠はくつくつと可笑しそうに笑う。
「…まぁそうムクれなさんなって…
あ、ジュリちゃん達外だったらそろそろ戻って来ると思うよ。」
「?…なんでだ?」
「変な雲出てきた。こりゃ派手に降ってくるんじゃないかなぁ。」
気付けば、いつの間にやら重苦しい灰色の雲が、みっしりと空一面に広がっていた。
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