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SHINKI/NEAR TO YOU
良い子のポニーお子様劇場・その1
『ユメノカガヤキ』
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摩耶野私立雲羽多小学校
五年生父兄参観日用作文「わたしの夢」より
五年三組 出席番号 女子一番 有馬 優
わたしの夢、それはズバリ、なんといってもアレしかありません。もう、それだけで頭がいっぱいになって、そうなった自分の姿を思い浮かべるだけで、背中に羽が生えて空にまい上がっちゃいそうになるの。
わたしの夢。それは――。
*
かたかたかた……
明るい室内にリズミカルな音が響き渡る。
ピンクと白のチェック柄のカーテン、ふかふかの小さなベット、小奇麗に片付けられた勉強机の上には、かわいらしい子馬のぬいぐるみが置かれている。
ピアノでも弾くような軽やかなブラインドタッチで、データを映し出すPCモニタを見つめながら、少女の口元には自然に笑みがこぼれる。
ふう、と一息。分析データを入力し終えた少女は、しばらくぶりに画面から目を離す。
かっちこっちかっちこっち。
ぬいぐるみの隣ではアンティークの飾り時計が時を刻む。かっちこっちとリズムに合わせ、時計の上では銀細工で作られたひょうきんな天使と悪魔の人形がゆらゆらと揺れている。
かっちこっち、ゆらゆらゆら、天使と悪魔の追い駆けっこ。
(まだなのかなぁ……?)
ぴょんと椅子から跳ね上がり窓に近寄る。二階の窓から覗く空は綺麗な夕焼けに染まっていた。
しばし朱に染まる街並みを見渡した後、彼女は踵を返し階下へと向かった。
玄関のチャイムが鳴る。
「ただいま……って、おわっ」
「待ってたよゼリス~っ♪」
ドアが開くなり優はゼリスに飛びついた。下の方で「ぐえっ」とカエルさんが啼いている気がしたが、気にしない気にしない。
「気にしろよっ!」
「ただいま戻りました。ユウも留守番お疲れ様です」
「ふふふん、お帰り~。どうだった? 神姫センター」
「予定した物資の購入は済みました。この通りです」
ゼリスの印す先には神姫センターのロゴ入り紙袋……と。それを両手に抱えてなぜか玄関に倒れる、兄シュンの姿。
「……そうか、お前らふたり揃って僕をとことん無視か」
ぼそりと言いながら上体を起すシュンの姿に、優は首を傾げる。
「あれ、シュンどうしたの? こんなところで寝てたら風邪引くよ?」
「例えどのような場所で睡眠を取ろうと、シュンの自由でしょう。ですが、玄関を安眠の地に選ぶのはあまり関心できませんね。通行の妨げになる可能性を危惧すべきでは?」
「……それは僕への挑戦と受け取っていいか? 特にそこのポニーテール! お前はさっきまで人様の頭の上に居座っておきながら……」
そこでシュンは言葉を区切る。これは普段なら諦めて「まあいーっすけどぉ」とか冷めた態度を取るパターンだ。
「はあ……いいっすけど~。分かったから、さっさと風呂にでも入ってこいよ。その間に飯炊いとくからさ」
予想通り。優はシュンに見えないよう、こっそりゼリスに向かって舌を出した。
跳ね起きたシュンは優の頭を軽く小突きながらリビングへと足を向ける。
「ふむ、そう言えば今晩はキョウコさんは不在なのでしたね」
「うん、PTAの会合なんだって。こういう日はママが昼間におかずだけ作り置きしてくれるの。シュンが料理できればよかったのにね~」
「自分のことは棚上げか。くだらないこと言ってないで、さっさとシャワー浴びてこい」
「はいはい。じゃあ行こうか、ゼリス」
優がゼリスと一緒に風呂場に向かおうとすると、シュンの足がピタリと止まった。
「お前ら、一緒に入るつもりか?」
「そうだよ? お出掛けでゼリスも疲れたろうし、一緒に洗いっこするの♪」
優はあっけらかんと答える。その手に抱かれるゼリスが、シュンをジッとひとしきり見つめた後、ポツリ。
「シュンも一緒に入浴したいのですか?」
「なんでそーなんだよっ!!」
マジ突っ込みのシュンを無視して、優はゼリスを浴室へとさっさと強奪。
「ふふ。……あっ、そーだ! せっかくだから今日のコンディションチェックとメンテナンスも済ませちゃおうか?」
「勝手にしろ……体に悪いから、あんま長風呂はするなよ」
呆れた呟きをするシュンを残して、優はゼリスと一緒にウキウキとお風呂の準備に取りかかるのだった。
*
「ふん、ふん、ふん♪」
白い湯気が立つ浴室で、優は鼻歌を歌いながら髪をブラッシング。十分にシャワーリングをしながら片手でシャンプーを捜し求める。
「ん~? とと……」
「どうぞ」
「サンキュー、ゼリス♪」
シャンプーを受け取った優は自分の髪を泡立てながら、丁寧にゼリスの髪も洗ってあげる。ふたりでリンスを流してから、勢いよく湯船に飛び込んだ。
「ふい~、気持ちいい~!」
肩まで湯に浸かりながら、優は極楽気分。アロマ入浴剤の芳香がなんともリラックスムード。
その隣ではバスタブの脇に置かれたクレイドルに、素体状態のゼリスがちょこんと腰掛けている。
「お風呂って気持ちいいよね、ゼリス?」
「そうですね。私は神姫ですから、人間のように血行促進によるリラックス効果などはありませんが、入浴という行為全般の雰囲気や、ユウにシャワーしてもらうのは好きです」
そんなゼリスもいつもよりゆったりしてるような気がする。これもお風呂の力なのだろうか? 日本文化って偉大。
ゼリスとほのぼのおしゃべりをしつつ、優の目はクレイドルに繋がれたディスプレイへと注がれる。新型のクレイドルセット、旧来のものに比べ各種のバージョンアップに防水使用の優れものだ。
「う~ん。間接系に負担がかかってるけど何かした、ゼリス?」
「そうですね……本日は神姫センターでの物品購入の他に、施設のゲーム筐体で公式神姫バトルを行いました」
「バトル? あたしがいない間に、ずる~いっ。ねえねえ、結果は結果は? 勝ったの?」
「はい、無事にシュンと共に公式戦初勝利を収めました」
「そうなんだ~。やるじゃん、ゼリス!」
優は胸の前で両手をグッと握り締め表情を輝かせる。その後のバトルに関する優の矢継ぎ早の質問攻めを、ゼリスはひとつひとつ答えていく。
「ん~……じゃあ、ほとんど無傷での勝利だったんだ。でもそれにしては肩回りに過負荷がかかってるんだよね~、どうしてだろ?」
「そうですね。バトル序盤でのライフル連射時、反動で一時的に右腕が使用不能になりましたから、きっとその影響ではないでしょうか?」
「ないでしょうか……って、そんな無茶したのっ?」
「こちらから口上を開くことで回復まで巧妙に時間稼ぎを行いました。相手方はもちろん、シュンにも気付かれはしていないでしょう。特に問題はないはずです」
「問題オオアリだよっ!?」
優は思わず声が大きくなる。勢いよく立ち上がった拍子に、湯船から飛沫が飛び散る。その湯飛沫を浴びながら、ゼリスはキョトンとする。
「カムフラージュ工作は万全であったと思いますが、何がいけないのでしょうか?」
「そうじゃなくて、あまり無理しちゃだめってことだよ! ただでさえゼリスはパワー型じゃないし、耐久力も並以下なのに……もっと自分のことも気遣おうよ!」
ゼリス、目をパチクリ。
「しかし、それでは勝負に勝つためのハードルが高くなります。強者と相対するなら、それ相応のリスクを背負うことは覚悟すべき当然のことで……」
「そういうことじゃなくてっ!!」
『お前ら――っ、さっきからちょっとうるさいぞ――っ。近所迷惑になるからほどほどにしろよ――っ』
浴室のガラス戸の向こうから聞こえたシュンの声に、優はハッとなった。クレイドルにかけたまま、瞬きするゼリス。シンッと静かになった湯船から静かに湯気が立ち上る。
無言。ふいにブルッとして優は湯船に体を沈めて、唸る。
「うう~っ」
ジッと睨まれたゼリスは、躊躇いがちに口を開いた。
「私はただ……初めての勝負をシュンに勝利で飾って欲しかっただけなのですが……。その為に多少、後先の思慮に欠けた行動に奔ってしまったかもしれません」
つねの淡々とした喋りとは違った、自分で言葉の意味を確かめるような口調。ゼリスは顎に手を当てる思案のポーズで、呟く。
「……確かに今回の行動は、軽率でした。次からは気をつけるようにします」
ペコリと頭を下げるゼリス。それを見て優はなんだか毒気が抜かれてしまう。
「分かってくれればいいの。ゼリスがケガしたら心配するのは、あたしも同じなんだから」
「はい。これからも優にはコンディション面でご迷惑をお掛けするかと思いますが、よろしくお願いします」
「あたしだってゼリスのマスターなんだからね。オーナーに心配かけちゃうような悪い子は、メーッだよ」
パチリとウインクする優に、ゼリスは頷いた。
*
風呂をあがり、シュンとゼリスの三人とで夕食を終えた優は、2階の自室で再びPCと睨めっこの最中だった。
「ユウ。そんなに根をつめては、体に良くありませんよ?」
「大丈夫だって。自分の体は良く分かってるから、心配要らないよ~」
シュンが風呂に入っている間、優の部屋にお邪魔しているゼリスは、一心不乱にキーボードを打つその姿に、呆れの色を滲ませながら言う。
「優は、本当に神姫が好きなのですね」
「ん~、なんで?」
「そうでなければ、そのように打ち込める訳はないでしょうから」
「ん~? そうかなぁ。まあ、これは私の夢だからね」
キーボードから手を離した優は、椅子に持たれかかり時計を見る。
机の上で揺れる銀細工の装飾時計の天使と悪魔の人形。かっちこっち、ゆらゆらゆら。その動きにリズムを合わせ、優の体も揺れる。
「この時計、いいでしょう? 気に入ってるんだ。都内に行ったときにパパが買ってくれたの」
ゼリスに説明しながら優は思い出す。自分の夢が動き出した時のことを。
「その時の帰りだったんだよね~、そこである人に出会って……」
あの時、優はパパにねだってとあるMMSショップへ立ち寄ったのだ。
雑居ビルの地下にあるその店が、初めは神姫を扱った店だとは知らなかった。
目立つことを避けるように設けられた地下への階段の入り口に貼られた一枚の写真、綺麗な洋服に身を包んだ金髪の人形の姿に惹かれて、気がついたらパパを急かして階段を駆け下りていた。
――神姫の服に興味があるのかな?
商品棚に並ぶ様々な洋服に見とれる優に、その人は語りかけてきた。
――君のような可愛らしい少女に興味を持ってもらて、光栄だね
彼女の肩では、写真で見た人形が優に対してにっこり微笑んでいた。
優が神姫と神姫職人に出会った瞬間だった。
夢中でその人に話しかけた。彼女の店に並ぶ洋服への感想を一生懸命に話す。そんな優を彼女は面倒な顔も見せず、子供扱いなどいっさいせずに、丁寧に応じてくれた。
神姫のこと、洋服のこと、神姫に関した職人のこと……様々なことを教えてもらった。
『どうやったら神姫職人になることができるんですか? わたしも、神姫職人になることはできますか?』
頬を赤らめ勇気を振り絞って尋ねた優に、その人は優しく微笑んだ。
「それからなんだよね~。その時から、一人前の神姫職人になることが夢になったんだよ」
組んだ手の上に顎を乗せ、夢見る目つきで優は天井を仰ぐ。
「ふむ、なるほど。きっと素敵な方だったのでしょうね」
「うん、とっても。今日ゼリスが着てた服は、その時貰ったものなの。未来の〝同士〟への選別だってね」
「そうだったのですか、それは存じませんでした。そんな大切なものを、私が着てしまってよかったのでしょうか?」
「いいの、ゼリスならば全然OKなのだ! そういう約束だったしね……」
「……約束ですか?」
首を傾げるゼリスに、優はいたずら気な笑顔で答えた。
「『君が好きになった神姫に、大切だと思う彼女にこれを着せてくれ』」
あの人から受け取った言葉を、優は告げる。
「……ありがとうございます」
自分に向けられた微笑に、ゼリスは素直に頭を下げた。
時計の針が9時を告げる。メロディと共に絡繰が動き出し、追い駆けっこする天使と悪魔の合間から、一頭の翼を生やした白馬が現れる。
かっちこっち。くるくるくる。
時刻む時計のように、あの出会いから優の夢は回り始めた。
それはこの銀細工の天馬のように、優を高く高く舞い上がらせる、想いの翼。彼女の想いを乗せる翼なのだ。
『どうやったら、あなたのようになれますか?』
あの日、あの時。
俯きながら上目遣いで真摯な想いをぶつけた優に、あの人は言ったのだ。
――神姫を愛することだ。彼女たちを大切に思う気持ち、それを忘れないことだよ
いつか一人前の神姫職人となってあの人の隣に立つ、そのために……。
「待っててね。ゼリスにピッタリの、最高な武装を作ってあげるからね!」
有馬優の夢の輝きは、今まさに光り始めたばかりなのだ。
『ユメノカガヤキ』良い子のポニーお子様劇場・その1//fin
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良い子のポニーお子様劇場・その1
『ユメノカガヤキ』
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摩耶野私立雲羽多小学校
五年生父兄参観日用作文「わたしの夢」より
五年三組 出席番号 女子一番 有馬 優
わたしの夢、それはズバリ、なんといってもアレしかありません。もう、それだけで頭がいっぱいになって、そうなった自分の姿を思い浮かべるだけで、背中に羽が生えて空にまい上がっちゃいそうになるの。
わたしの夢。それは――。
*
かたかたかた……
明るい室内にリズミカルな音が響き渡る。
ピンクと白のチェック柄のカーテン、ふかふかの小さなベット、小奇麗に片付けられた勉強机の上には、かわいらしい子馬のぬいぐるみが置かれている。
ピアノでも弾くような軽やかなブラインドタッチで、データを映し出すPCモニタを見つめながら、少女の口元には自然に笑みがこぼれる。
ふう、と一息。分析データを入力し終えた少女は、しばらくぶりに画面から目を離す。
かっちこっちかっちこっち。
ぬいぐるみの隣ではアンティークの飾り時計が時を刻む。かっちこっちとリズムに合わせ、時計の上では銀細工で作られたひょうきんな天使と悪魔の人形がゆらゆらと揺れている。
かっちこっち、ゆらゆらゆら、天使と悪魔の追い駆けっこ。
(まだなのかなぁ……?)
ぴょんと椅子から跳ね上がり窓に近寄る。二階の窓から覗く空は綺麗な夕焼けに染まっていた。
しばし朱に染まる街並みを見渡した後、彼女は踵を返し階下へと向かった。
玄関のチャイムが鳴る。
「ただいま……って、おわっ」
「待ってたよゼリス~っ♪」
ドアが開くなり優はゼリスに飛びついた。下の方で「ぐえっ」とカエルさんが啼いている気がしたが、気にしない気にしない。
「気にしろよっ!」
「ただいま戻りました。ユウも留守番お疲れ様です」
「ふふふん、お帰り~。どうだった? 神姫センター」
「予定した物資の購入は済みました。この通りです」
ゼリスの印す先には神姫センターのロゴ入り紙袋……と。それを両手に抱えてなぜか玄関に倒れる、兄シュンの姿。
「……そうか、お前らふたり揃って僕をとことん無視か」
ぼそりと言いながら上体を起すシュンの姿に、優は首を傾げる。
「あれ、シュンどうしたの? こんなところで寝てたら風邪引くよ?」
「例えどのような場所で睡眠を取ろうと、シュンの自由でしょう。ですが、玄関を安眠の地に選ぶのはあまり関心できませんね。通行の妨げになる可能性を危惧すべきでは?」
「……それは僕への挑戦と受け取っていいか? 特にそこのポニーテール! お前はさっきまで人様の頭の上に居座っておきながら……」
そこでシュンは言葉を区切る。これは普段なら諦めて「まあいーっすけどぉ」とか冷めた態度を取るパターンだ。
「はあ……いいっすけど~。分かったから、さっさと風呂にでも入ってこいよ。その間に飯炊いとくからさ」
予想通り。優はシュンに見えないよう、こっそりゼリスに向かって舌を出した。
跳ね起きたシュンは優の頭を軽く小突きながらリビングへと足を向ける。
「ふむ、そう言えば今晩はキョウコさんは不在なのでしたね」
「うん、PTAの会合なんだって。こういう日はママが昼間におかずだけ作り置きしてくれるの。シュンが料理できればよかったのにね~」
「自分のことは棚上げか。くだらないこと言ってないで、さっさとシャワー浴びてこい」
「はいはい。じゃあ行こうか、ゼリス」
優がゼリスと一緒に風呂場に向かおうとすると、シュンの足がピタリと止まった。
「お前ら、一緒に入るつもりか?」
「そうだよ? お出掛けでゼリスも疲れたろうし、一緒に洗いっこするの♪」
優はあっけらかんと答える。その手に抱かれるゼリスが、シュンをジッとひとしきり見つめた後、ポツリ。
「シュンも一緒に入浴したいのですか?」
「なんでそーなんだよっ!!」
マジ突っ込みのシュンを無視して、優はゼリスを浴室へとさっさと強奪。
「ふふ。……あっ、そーだ! せっかくだから今日のコンディションチェックとメンテナンスも済ませちゃおうか?」
「勝手にしろ……体に悪いから、あんま長風呂はするなよ」
呆れた呟きをするシュンを残して、優はゼリスと一緒にウキウキとお風呂の準備に取りかかるのだった。
*
「ふん、ふん、ふん♪」
白い湯気が立つ浴室で、優は鼻歌を歌いながら髪をブラッシング。十分にシャワーリングをしながら片手でシャンプーを捜し求める。
「ん~? とと……」
「どうぞ」
「サンキュー、ゼリス♪」
シャンプーを受け取った優は自分の髪を泡立てながら、丁寧にゼリスの髪も洗ってあげる。ふたりでリンスを流してから、勢いよく湯船に飛び込んだ。
「ふい~、気持ちいい~!」
肩まで湯に浸かりながら、優は極楽気分。アロマ入浴剤の芳香がなんともリラックスムード。
その隣ではバスタブの脇に置かれたクレイドルに、素体状態のゼリスがちょこんと腰掛けている。
「お風呂って気持ちいいよね、ゼリス?」
「そうですね。私は神姫ですから、人間のように血行促進によるリラックス効果などはありませんが、入浴という行為全般の雰囲気や、ユウにシャワーしてもらうのは好きです」
そんなゼリスもいつもよりゆったりしてるような気がする。これもお風呂の力なのだろうか? 日本文化って偉大。
ゼリスとほのぼのおしゃべりをしつつ、優の目はクレイドルに繋がれたディスプレイへと注がれる。新型のクレイドルセット、旧来のものに比べ各種のバージョンアップに防水使用の優れものだ。
「う~ん。間接系に負担がかかってるけど何かした、ゼリス?」
「そうですね……本日は神姫センターでの物品購入の他に、施設のゲーム筐体で公式神姫バトルを行いました」
「バトル? あたしがいない間に、ずる~いっ。ねえねえ、結果は結果は? 勝ったの?」
「はい、無事にシュンと共に公式戦初勝利を収めました」
「そうなんだ~。やるじゃん、ゼリス!」
優は胸の前で両手をグッと握り締め表情を輝かせる。その後のバトルに関する優の矢継ぎ早の質問攻めを、ゼリスはひとつひとつ答えていく。
「ん~……じゃあ、ほとんど無傷での勝利だったんだ。でもそれにしては肩回りに過負荷がかかってるんだよね~、どうしてだろ?」
「そうですね。バトル序盤でのライフル連射時、反動で一時的に右腕が使用不能になりましたから、きっとその影響ではないでしょうか?」
「ないでしょうか……って、そんな無茶したのっ?」
「こちらから口上を開くことで回復まで巧妙に時間稼ぎを行いました。相手方はもちろん、シュンにも気付かれはしていないでしょう。特に問題はないはずです」
「問題オオアリだよっ!?」
優は思わず声が大きくなる。勢いよく立ち上がった拍子に、湯船から飛沫が飛び散る。その湯飛沫を浴びながら、ゼリスはキョトンとする。
「カムフラージュ工作は万全であったと思いますが、何がいけないのでしょうか?」
「そうじゃなくて、あまり無理しちゃだめってことだよ! ただでさえゼリスはパワー型じゃないし、耐久力も並以下なのに……もっと自分のことも気遣おうよ!」
ゼリス、目をパチクリ。
「しかし、それでは勝負に勝つためのハードルが高くなります。強者と相対するなら、それ相応のリスクを背負うことは覚悟すべき当然のことで……」
「そういうことじゃなくてっ!!」
『お前ら――っ、さっきからちょっとうるさいぞ――っ。近所迷惑になるからほどほどにしろよ――っ』
浴室のガラス戸の向こうから聞こえたシュンの声に、優はハッとなった。クレイドルにかけたまま、瞬きするゼリス。シンッと静かになった湯船から静かに湯気が立ち上る。
無言。ふいにブルッとして優は湯船に体を沈めて、唸る。
「うう~っ」
ジッと睨まれたゼリスは、躊躇いがちに口を開いた。
「私はただ……初めての勝負をシュンに勝利で飾って欲しかっただけなのですが……。その為に多少、後先の思慮に欠けた行動に奔ってしまったかもしれません」
つねの淡々とした喋りとは違った、自分で言葉の意味を確かめるような口調。ゼリスは顎に手を当てる思案のポーズで、呟く。
「……確かに今回の行動は、軽率でした。次からは気をつけるようにします」
ペコリと頭を下げるゼリス。それを見て優はなんだか毒気が抜かれてしまう。
「分かってくれればいいの。ゼリスがケガしたら心配するのは、あたしも同じなんだから」
「はい。これからも優にはコンディション面でご迷惑をお掛けするかと思いますが、よろしくお願いします」
「あたしだってゼリスのマスターなんだからね。オーナーに心配かけちゃうような悪い子は、メーッだよ」
パチリとウインクする優に、ゼリスは頷いた。
*
風呂をあがり、シュンとゼリスの三人とで夕食を終えた優は、2階の自室で再びPCと睨めっこの最中だった。
「ユウ。そんなに根をつめては、体に良くありませんよ?」
「大丈夫だって。自分の体は良く分かってるから、心配要らないよ~」
シュンが風呂に入っている間、優の部屋にお邪魔しているゼリスは、一心不乱にキーボードを打つその姿に、呆れの色を滲ませながら言う。
「優は、本当に神姫が好きなのですね」
「ん~、なんで?」
「そうでなければ、そのように打ち込める訳はないでしょうから」
「ん~? そうかなぁ。まあ、これは私の夢だからね」
キーボードから手を離した優は、椅子に持たれかかり時計を見る。
机の上で揺れる銀細工の装飾時計の天使と悪魔の人形。かっちこっち、ゆらゆらゆら。その動きにリズムを合わせ、優の体も揺れる。
「この時計、いいでしょう? 気に入ってるんだ。都内に行ったときにパパが買ってくれたの」
ゼリスに説明しながら優は思い出す。自分の夢が動き出した時のことを。
「その時の帰りだったんだよね~、そこである人に出会って……」
あの時、優はパパにねだってとあるMMSショップへ立ち寄ったのだ。
雑居ビルの地下にあるその店が、初めは神姫を扱った店だとは知らなかった。
目立つことを避けるように設けられた地下への階段の入り口に貼られた一枚の写真、綺麗な洋服に身を包んだ人形の姿に惹かれて、気がついたらパパを急かして階段を駆け下りていた。
――神姫の服に興味があるのかな?
商品棚に並ぶ様々な洋服に見とれる優に、その人は語りかけてきた。
――君のような可愛らしい少女に興味を持ってもらて、光栄だね
彼女の肩では、写真で見た人形が優に対してにっこり微笑んでいた。
優が神姫と神姫職人に出会った瞬間だった。
夢中でその人に話しかけた。彼女の店に並ぶ洋服への感想を一生懸命に話す。そんな優を彼女は面倒な顔も見せず、子供扱いなどいっさいせずに、丁寧に応じてくれた。
神姫のこと、洋服のこと、神姫に関した職人のこと……様々なことを教えてもらった。
『どうやったら神姫職人になることができるんですか? わたしも、神姫職人になることはできますか?』
頬を赤らめ勇気を振り絞って尋ねた優に、その人は優しく微笑んだ。
「それからなんだよね~。その時から、一人前の神姫職人になることが夢になったんだよ」
組んだ手の上に顎を乗せ、夢見る目つきで優は天井を仰ぐ。
「ふむ、なるほど。きっと素敵な方だったのでしょうね」
「うん、とっても。今日ゼリスが着てた服は、その時貰ったものなの。未来の〝同士〟への選別だってね」
「そうだったのですか、それは存じませんでした。そんな大切なものを、私が着てしまってよかったのでしょうか?」
「いいの、ゼリスならば全然OKなのだ! そういう約束だったしね……」
「……約束ですか?」
首を傾げるゼリスに、優はいたずら気な笑顔で答えた。
「『君が好きになった神姫に、大切だと思う彼女にこれを着せてくれ』」
あの人から受け取った言葉を、優は告げる。
「……ありがとうございます」
自分に向けられた微笑に、ゼリスは素直に頭を下げた。
時計の針が9時を告げる。メロディと共に絡繰が動き出し、追い駆けっこする天使と悪魔の合間から、一頭の翼を生やした白馬が現れる。
かっちこっち。くるくるくる。
時刻む時計のように、あの出会いから優の夢は回り始めた。
それはこの銀細工の天馬のように、優を高く高く舞い上がらせる、想いの翼。彼女の想いを乗せる翼なのだ。
『どうやったら、あなたのようになれますか?』
あの日、あの時。
俯きながら上目遣いで真摯な想いをぶつけた優に、あの人は言ったのだ。
――神姫を愛することだ。彼女たちを大切に思う気持ち、それを忘れないことだよ
いつか一人前の神姫職人となってあの人の隣に立つ、そのために……。
「待っててね。ゼリスにピッタリの、最高な武装を作ってあげるからね!」
有馬優の夢の輝きは、今まさに光り始めたばかりなのだ。
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