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マリー・ド・ラ・リュヌ、と彼女は頑なにそう名乗る。
フランス語の名前を持つ彼女の容姿は、やはりというかなんというか、フランス人形に似ている。
いつも右手には日傘を欠かさず、この間着せてあげた夏用のドレスにはリボンとフリルが惜しみなくあしらわれていた。もちろん、そのドレスは彼女が選んだものだ。もし私がこんなのを着たら家中の大笑いになるに違いない。
言葉遣いは、最初のころは普通だったものの、気づいたらいつの間にかニセお嬢様口調になっていた。これはこれで面白いけど、明らかに私の愚兄の仕業だ。まあ、お兄ちゃんは彼女にとってもう一人のオーナーなのだから仕方ないかもしれないけれど。
ああ、フランス人形に似てると言ったけれども、実は彼女はそんなに可愛いものじゃない。いや、可愛いんだけど、そんなに単純じゃない。
マリー・フォン・ディー・モンディン(Marie von die Mondin)、マリーア・デッラ・ルーナ(Maria della luna)、マリア・ルナエ(Maria lunae)、マリール・キアソル・クアソル(Marír ciasol cuasol)、月夜(つくや)のマリア...戦ってきた人の数だけ彼女には名前がある。というか私がマリアと彼女のことを呼ぶと、他の人は勝手に余分なものまで付けて彼女をそう呼ぶ。本当は全部同じ意味なんだけど。
それでも彼女は頑なにこう名乗る。
マリー・ド・ラ・リュヌ(Marie de la lune)。
私がそう呼んだから。彼女がそう望んだから。
今日も日傘を模ったウェポンで戦う彼女は、"人形型MMSノートルダム"の武装神姫。
そして彼女のオーナーである私の名前は、月夜のどか。ただの高校一年生です。
***
マリーとの出会いの日、六月十日。
「へえ、藤井も神姫買ったのか。いいなあ、金持ちは!」
「バーカ。お年玉とバイト代全部つぎ込んだに決まってるだろ」
放課後、帰り支度をしていると、帰宅部の藤井君とブラスバンド部でサックスを担当している豊田君の会話が聞こえた。普段なら聞き流してしまうような全く普通の会話なんだろうけど、そのときの私はどうも「神姫」という言葉に敏感だったらしい。
というのも、最近、大学院生のお兄ちゃんが神姫にどっぷりと浸かっていたからだ。前々から流行っているということは知っていたし、剣道部の先輩や友達でも持っている人はけっこういる。ただ私のお兄ちゃんがはまってしまうとは思ってなかった。
だってあの人が興味あることと言ったら、オカルト――それこそUFOから幽霊まで――と語学しかなかったのに、それが急に神姫でバトルの毎日。引きこもりがちだった兄が、外に出るようになったのは妹として嬉しいけれど、どこか変な感じ。
うん。まあ、簡単に言えば、私もかなり神姫に興味が湧いてきたわけだ。
というわけで、今日は部活をサボって家に帰り、お兄ちゃんの部屋に直行する。
「お前さ、思春期だろ?青春時代の真っ只中だろ?部活行けよ、友達とカラオケ行って来いよ、親父と兄貴を避けろよ」
「えー?だって稽古はどうせ家でもやるし、カラオケなら先週行ったし、パパもお兄ちゃんも師範代だから一応尊敬しなきゃだめでしょ?」
お兄ちゃんは机で何か作業をしながら私をテキトウにあしらった。
私はお兄ちゃんの後ろから覗き込む。
「暗い」
確かに私が後ろに立ったせいで、机にはほんの少し影が映った。ライトスタンドの角度を少し変えてあげる。
「ねえねえ、お兄ちゃんの神姫見せてよ」
「うーん?ちょっと待て」
それからかちゃかちゃと忙しくドライバや名前も知らない工具を二分くらい動かした後、お兄ちゃんは机の上の、丸いお皿の中で眠っていた神姫に呼びかけた。
「おはよう(ドーブラヤウートラ)、アーニャ」
紫色のボディの神姫はゆっくりと目を開ける。ペイントこそされているものの、この神姫――アーニャはアーンヴァルのようだ。いや、ただのカタログ知識だけど。
「おはようございます、時裕さん、のどかさん」
私はアーニャに会うのは久しぶりだけれど、彼女はちゃんと私のことを覚えていてくれた。相手が電子の頭脳を持つロボットだとわかっていても、少し嬉しい。
アーニャはクレードルから降りて、お兄ちゃんの右手のほうにあるノートパソコンに登った。そこから机の反対方向、つまり私たちから見て左を眺めて言った。
「時裕さん、あの箱はもしかして」
アーニャが指差したほう、ライトスタンドの真下に確かに箱があった。
「ああ、神姫だよ。素体が安かったから。アーニャの妹にしようと思って」
「まあ、本当ですか?嬉しいですわ、ありがとうございます。私、丁度妹が欲しいと思っていたところですわ」
変なお世辞は致し方ない。彼女が喜んでいるのは事実だ。それよりも、それを見てさらに喜ぶお兄ちゃんもちょっとアレだと思う。
私はそっと、箱に手を伸ばした。
お兄ちゃんの言葉一つ一つにアーニャは丁寧な相槌と素晴らしい表情を返し続ける。それでお兄ちゃんはもっと喜ぶ。
見事な平和サイクルだ。
「タッグマッチとかも楽しそうだしね」
「そうですね、きっと楽しいですわ。でもよろしいのですか?のどかさんが組み立てていらっしゃいますけど」
おっと、お兄ちゃんはアーニャとの会話で彼女のほうを向いていると思ってたけれど、こんなに早く見つかるとは、アーニャもちょっと余計なことを言ったなあ。悪気は無かったのだろうけど。
「の、のどか!勝手に何やってるんだ!」
「へへ、結構組み立てるの簡単だね、神姫って」
カチリ、と素体の胸に、てきとうに選んだCSCを埋め込む。
私が右のほうを向くと、呆気に取られて口が開いたお兄ちゃんの顔と、嬉々として希望に満ちたアーニャの顔が芸術的なコントラストを形成して私と私の手の中の神姫に向けられた。
ちょっと前のアーニャと同じように、私の手の中の小さな女の娘は、ゆっくりと瞼を上げていく。
そして私を見据えて言う。
「オーナーのお名前は?」
正確に言えばその一言ではなく、その言葉の前と後にも声は続いていて、どうやらいろんな言語で同じ内容を尋ねているようだった。
私が答えられずにいると、我に返ったお兄ちゃんは急いで「トキヒロ・ツクヤ」と叫んだ。けれど彼女は私を見据えたまま反応しない。その様子を見てお兄ちゃんはとうとう声も出なくなり、半ば諦めたような表情になってしまった。
「...ノドカ・ツクヤ」
ゆっくりと、私は外国人に自己紹介するように自分の名前を発音した。
「ノドカ・ツクヤ。では私のマスター・ノドカ、私の名前は?」
「マリー!」
今度は即答した。マリーという名前は代々私が小さいころから猫やフェレット、大切なものに付けてきた名前だったからだ。
私はもう一度お兄ちゃんのほうを向いて笑う。
「ちょっと早い誕生日プレゼントをありがとう、時裕お兄様」
「お前...」
お兄ちゃんはまだ言葉が出ないようだった。それもそうだろう。だって妹に神姫を強奪されたんだから。
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マリー・ド・ラ・リュヌ、と彼女は頑なにそう名乗る。
フランス語の名前を持つ彼女の容姿は、やはりというかなんというか、フランス人形に似ている。
いつも右手には日傘を欠かさず、この間着せてあげた夏用のドレスにはリボンとフリルが惜しみなくあしらわれていた。もちろん、そのドレスは彼女が選んだものだ。もし私がこんなのを着たら家中の大笑いになるに違いない。
言葉遣いは、最初のころは普通だったものの、気づいたらいつの間にかニセお嬢様口調になっていた。これはこれで面白いけど、明らかに私の愚兄の仕業だ。まあ、お兄ちゃんは彼女にとってもう一人のオーナーなのだから仕方ないかもしれないけれど。
ああ、フランス人形に似てると言ったけれども、実は彼女はそんなに可愛いものじゃない。いや、可愛いんだけど、そんなに単純じゃない。
マリー・フォン・ディー・モンディン(Marie von die Mondin)、マリーア・デッラ・ルーナ(Maria della luna)、マリア・ルナエ(Maria lunae)、マリール・キアソル・クアソル(Marír ciasol cuasol)、月夜(つくや)のマリア...戦ってきた人の数だけ彼女には名前がある。というか私がマリアと彼女のことを呼ぶと、他の人は勝手に余分なものまで付けて彼女をそう呼ぶ。本当は全部同じ意味なんだけど。
それでも彼女は頑なにこう名乗る。
マリー・ド・ラ・リュヌ(Marie de la lune)。
私がそう呼んだから。彼女がそう望んだから。
今日も日傘を模ったウェポンで戦う彼女は、"人形型MMSノートルダム"の武装神姫。
そして彼女のオーナーである私の名前は、月夜のどか。ただの高校一年生です。
***
マリーとの出会いの日、六月十日。
「へえ、藤井も神姫買ったのか。いいなあ、金持ちは!」
「バーカ。お年玉とバイト代全部つぎ込んだに決まってるだろ」
放課後、帰り支度をしていると、帰宅部の藤井君とブラスバンド部でサックスを担当している豊田君の会話が聞こえた。普段なら聞き流してしまうような全く普通の会話なんだろうけど、そのときの私はどうも「神姫」という言葉に敏感だったらしい。
というのも、最近、大学院生のお兄ちゃんが神姫にどっぷりと浸かっていたからだ。前々から流行っているということは知っていたし、剣道部の先輩や友達でも持っている人はけっこういる。ただ私のお兄ちゃんがはまってしまうとは思ってなかった。
だってあの人が興味あることと言ったら、オカルト――それこそUFOから幽霊まで――と語学しかなかったのに、それが急に神姫でバトルの毎日。引きこもりがちだった兄が、外に出るようになったのは妹として嬉しいけれど、どこか変な感じ。
うん。まあ、簡単に言えば、私もかなり神姫に興味が湧いてきたわけだ。
というわけで、今日は部活をサボって家に帰り、お兄ちゃんの部屋に直行する。
「お前さ、思春期だろ?青春時代の真っ只中だろ?部活行けよ、友達とカラオケ行って来いよ、親父と兄貴を避けろよ」
「えー?だって稽古はどうせ家でもやるし、カラオケなら先週行ったし、パパもお兄ちゃんも師範代だから一応尊敬しなきゃだめでしょ?」
お兄ちゃんは机で何か作業をしながら私をテキトウにあしらった。
私はお兄ちゃんの後ろから覗き込む。
「暗い」
確かに私が後ろに立ったせいで、机にはほんの少し影が映った。ライトスタンドの角度を少し変えてあげる。
「ねえねえ、お兄ちゃんの神姫見せてよ」
「うーん?ちょっと待て」
それからかちゃかちゃと忙しくドライバや名前も知らない工具を二分くらい動かした後、お兄ちゃんは机の上の、丸いお皿の中で眠っていた神姫に呼びかけた。
「おはよう(ドーブラヤウートラ)、アーニャ」
紫色のボディの神姫はゆっくりと目を開ける。ペイントこそされているものの、この神姫――アーニャはアーンヴァルのようだ。いや、ただのカタログ知識だけど。
「おはようございます、時裕さん、のどかさん」
私はアーニャに会うのは久しぶりだけれど、彼女はちゃんと私のことを覚えていてくれた。相手が電子の頭脳を持つロボットだとわかっていても、少し嬉しい。
アーニャはクレードルから降りて、お兄ちゃんの右手のほうにあるノートパソコンに登った。そこから机の反対方向、つまり私たちから見て左を眺めて言った。
「時裕さん、あの箱はもしかして」
アーニャが指差したほう、ライトスタンドの真下に確かに箱があった。
「ああ、神姫だよ。素体が安かったから。アーニャの妹にしようと思って」
「まあ、本当ですか?嬉しいですわ、ありがとうございます。私、丁度妹が欲しいと思っていたところですわ」
変なお世辞は致し方ない。彼女が喜んでいるのは事実だ。それよりも、それを見てさらに喜ぶお兄ちゃんもちょっとアレだと思う。
私はそっと、箱に手を伸ばした。
お兄ちゃんの言葉一つ一つにアーニャは丁寧な相槌と素晴らしい表情を返し続ける。それでお兄ちゃんはもっと喜ぶ。
見事な平和サイクルだ。
「タッグマッチとかも楽しそうだしね」
「そうですね、きっと楽しいですわ。でもよろしいのですか?のどかさんが組み立てていらっしゃいますけど」
おっと、お兄ちゃんはアーニャとの会話で彼女のほうを向いていると思ってたけれど、こんなに早く見つかるとは、アーニャもちょっと余計なことを言ったなあ。悪気は無かったのだろうけど。
「の、のどか!勝手に何やってるんだ!」
「へへ、結構組み立てるの簡単だね、神姫って」
カチリ、と素体の胸に、てきとうに選んだCSCを埋め込む。
私が右のほうを向くと、呆気に取られて口が開いたお兄ちゃんの顔と、嬉々として希望に満ちたアーニャの顔が芸術的なコントラストを形成して私と私の手の中の神姫に向けられた。
ちょっと前のアーニャと同じように、私の手の中の小さな女の娘は、ゆっくりと瞼を上げていく。
そして私を見据えて言う。
「オーナーのお名前は?」
正確に言えばその一言ではなく、その言葉の前と後にも声は続いていて、どうやらいろんな言語で同じ内容を尋ねているようだった。
私が答えられずにいると、我に返ったお兄ちゃんは急いで「トキヒロ・ツクヤ」と叫んだ。けれど彼女は私を見据えたまま反応しない。その様子を見てお兄ちゃんはとうとう声も出なくなり、半ば諦めたような表情になってしまった。
「...ノドカ・ツクヤ」
ゆっくりと、私は外国人に自己紹介するように自分の名前を発音した。
「ノドカ・ツクヤ。では私のマスター・ノドカ、私の名前は?」
「マリー!」
今度は即答した。マリーという名前は代々私が小さいころから猫やフェレット、大切なものに付けてきた名前だったからだ。
私はもう一度お兄ちゃんのほうを向いて笑う。
「ちょっと早い誕生日プレゼントをありがとう、時裕お兄様」
「お前...」
お兄ちゃんはまだ言葉が出ないようだった。それもそうだろう。だって妹に神姫を強奪されたんだから。
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