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「ドキドキハウリン その22前編」(2007/03/26 (月) 02:03:30) の最新版変更点
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ホームから出て、改札を抜けて。
「おーっ! いたいた!」
ボクに掛けられたのは、聞き慣れた声。
「あれ? 二人とも、どうしたの」
『駅前のアレ』の前にいたのは、見慣れた二人組だった。
宮田と遠藤。高校での三年間を同じクラスで過ごした、腐れ縁の友達だ。別に運が良いわけじゃない。ボクのいた電子工業科は一学年にひとクラスしかないから、クラス替えそのものがなかっただけだ。
職業高校の常として、二人は四月からの就職が決まっていた。対するボクは、職業高校では数少ない進学組。それぞれの準備もあって、卒業式から会ってなかったんだけど……。
「どうしたのじゃねえよ」
こんな所で、珍しい。
「お前んちに電話したら、合格発表見に行ったって聞いたからさ。様子見に来た」
「様子見って……ボクが駅に来なかったらどうするつもりだったの?」
帰りに秋葉原の方に寄って、ジルの新装備のパーツでも探そうかとも思ってたんだけど。まっすぐ帰ることにして良かったよ。
「そん時はそん時。ミヤとナンパでもするさー」
なんだよ。ナンパなんて、したこともないクセに。
「で、合格発表、どうだった?」
宮田の問いに、ボクは軽く頷いてみせる。
「うん。何とか」
「おおーっ! おめでとーっ!」
「やったな!」
……持つべきものは友達だね。帰ったら報告の電話をしようとは思ってたけど、こうしてみんなから聞きに来てくれるなんて。
「二人とも、ありが……」
「じゃ」
え?
とう。と続けるよりも早く、二人はボクの腕を両脇から抱え込む。
身長148cmのボクからすれば、170近い二人は見上げるほどの大きさがある。そのうえ体育系クラブの圧倒的なパワーを持ち出されたら、ボクが付け入る隙はどこにもない。
ただでさえ、この一年は受験勉強に集中してて、体力が落ちてるっていうのに。
「行くぜっ!」
「い、行くって、どこへ!?」
ずるずると引きずられながらのボクの問いに、遠藤は無駄に元気良く答えてくれる。
「分かってるクセにー!」
分かんないから、聞いてるんだよっ!
----
**魔女っ子神姫ドキドキハウリン
**その22 前編
----
駅前から引きずられること、三分と半。
残りの五分ほどは、さすがに辛くなったので自分から歩くことにしていた。
「っていうかさ。お前、神姫学部に進むってのに、神姫持ってないとかおかしいって!」
「……ロボット工学部だよ、宮田」
ボクの第一志望は近くの工業大学。ロボット工学に力を注ぐそこは、近隣でも屈指の充実した設備と、研究環境を持っている。
特に最近力を入れているのは、超AIを備えた自律式小型人型ロボット……MMS。もっと簡単に言えば、神姫のことだ。
まわりから神姫学部とあだ名されるのも、そのあたりにあるわけで。
「それに、神姫に関わるって決めたワケじゃ……」
今の所は、MMSに関連した事を研究したいと思ってる。ただ、本当にどうするかは、入っていろんな事を勉強してから決めればいいわけで。
「どっちにしても、俺達が一番手軽に手に入れられる超AI搭載ロボットだぜ? 触るだけでも損しないって!」
「ジューキ、バイトはしっかりしてたクセに、使った話聞かないもんなぁ。相当貯めてるんじゃねえの?」
そりゃ、神姫やってないことになってるんだもん。関連の工作機器や資材を揃えるのに使ったなんて、言えるわけないじゃないか。
「そうそう。パソコン持ってて金貯まってるなら、買わない手は無いって!」
「い、いいってば……」
神姫本体を買えるだけのお金なんか貯まってるわけがない。パソコンだって、父さんのお下がりだし。
「ジューキだったら、どういうタイプがいいかねぇ」
でも、そんなボクの抵抗を全力で無視して、二人はボクにオススメの神姫を考える話に花を咲かせている。
「ガキっぽいから、お姉様タイプでいいんじゃね?」
「そりゃお前の趣味だろ、遠藤。レイピアがそんなだもんなー」
レイピアは遠藤のサイフォスタイプの神姫だ。サイフォスでも珍しい斧使いで、けっこう勇ましい戦い方をする。
「うっせ。ロリスキーが」
宮田の神姫は、アーンヴァルタイプの雛。レイピアとは正反対のおっとりした性格で、バトルよりも話をする方が好きな子だ。
「…………」
ウチの学校は神姫を持ってくることは禁止されているから、十貴としてのボクは彼女達に会ったことがない。
……十貴子の時には、何度か見かけたことがあるんだけど。もちろん、口が裂けても言えるわけがない。
「よし、着いた!」
話しているウチに、目的地に着いたらしい。
「……ここって」
見慣れた商店街。
見慣れた看板。
見慣れた自動ドア。
そして、見慣れたロゴ。
「神姫ユーザーの聖地へようこそ!」
まあ、この二人のオススメって言えば、ここに決まってる。
二人がボクを連れてきたのは、十貴子が昨日訪れたばかりの店。
ホビーショップ・エルゴだった。
自動ドアを抜けると、聞き慣れた声が迎えてくれた。
「いらっしゃーい」
店長さんだ。ジェニーさんは奥にでもいるのか、カウンターに姿が見えない。
「こんちわー! 店長さん、友達連れてきたんスけどー!」
「あれぇ。十貴君、久しぶり」
お久しぶりです、店長さん。
この格好で来たのは……いつ以来だっけ? ジルと一緒に来るときは、十貴子の格好だったはずだから……。
うぅ。よく考えたら、エルゴになってから来た覚えがないぞ。
「あれ? 店長さん、ジューキと知り合いなんですか?」
「うん。先代の頃は、雄歩さんとよく来てたよね」
それって、ボクが小学生の頃だったような。
「全然変わってないから、すぐ分かったよ」
「……変わってないって?」
店長さんから答えはない。
「…………」
たっぷりの間をおいて返ってきた答えは。
「ふ…………雰囲気とか?」
違う。
店長、絶対別のこと考えてた。
「何だよ、知ってるなら言えよー」
「プラモやってるなら、絶対ハマるって!」
ボク達の微妙な空気を気付く気配もなく、二人はバンバンとボクの背中を叩いてる。
もう、勘弁してよ。
色々と。
----
バックヤードでロゴ入りのエプロンを着けながら。
私は店から聞こえる喧騒を確かめていた。
「何だか随分賑やかですね、静香」
「そうねぇ。もうお客さん多い時間だっけ?」
静香も私と同じロゴ入りのエプロンを着けている。ただ、動きやすさを考えてか、神姫用エプロンのようなフリルの類は付いていない。
正直、私もフリルはいらないのだけれど、これを拒否するともっとフリルの多いメイド服しか残ってないわけで。
きゅ、と後ろのリボンを結べば、準備完了。
「少し早い気もしますが……」
でも、よく考えたら卒業生組は春休みだ。現役学生の基準で考えるのは、少し間違ってるかも。
静香と二人、そんな事を話しながら、店へ出る。
「あ」
そこにいたのは。
「じ……」
「あら、随分賑やかだと思ったら。いらっしゃい」
私を制すように、先に静香が言葉を放つ。
それで私も気が付いた。そういえば十貴は、神姫をやっている事を内緒にしてたんだっけ。
「あ、静香さん、こんにちわー!」
「ココもちわー」
宮田さんと遠藤さんはどちらもエルゴの常連だ。まさか十貴と友達だとは思わなかったけど、十貴と同じ工業高校と言っていたし、不思議じゃあない。
「静香さーん。こいつ、神姫の初心者なんですけど、相性の良さそうなCSCとか見てやってくれませんか?」
「いや、いいってば……」
何だか十貴も微妙な立場らしい。友達の手前、断るわけにも行かず、かといって正体を明かすわけにもいかず……といった所なんだろう。
「お友達?」
そして静香を見上げれば、完璧に知らない人のフリなんかしてる。
きっとものすごく楽しいんでしょうね、今。
「そうなんですけどねー。こいつ、神姫学部に進むってのに神姫持ってないんですよ。信じられないでしょ?」
「へぇ。あたしと同じ大学なんだ……。来年から、よろしくね」
「……へ?」
静香の何気ないそのひと言に、十貴はしばし呆然。
あれ? まさか静香、進学先のこと、十貴に言ってなかったんですか……?
でも、十貴の反応は他の二人に全く気付かれなかった。
「お前ーーっ!」
「裏切り者ーーっ!」
「な、何がっ!?」
背後からヘッドロックを極められて、片腕はアームロックをかけられて。十貴にも呆然とする暇は与えられなかった。
「鋼月十貴! 我々は、貴様に戸田静香嬢&女子大生との合コンの開催を要求する!」
「い、意味が分かんないよ!」
私も流れが全然分からなかったけど、静香だけじゃなく店長さんも頷いてるところを見ると、いわゆる『よくある展開』なんだろう。
ギリギリと十貴の首を締め上げながら、宮田さんの声が響き渡る。
「何だとぅ! 貴様には、これからおっさん職場で働き続ける俺達に、バラ色のキャンパスライフで知り合ったかわいー女子大生を紹介する任務が発生するんだぞ!」
「いや、任務なんかじゃない! これは義務なり!」
遠藤さんもなんだかいっぱいいっぱいだ。
「青春だなぁ……」
店長。笑ってないで、そろそろ止めた方がいいんじゃないですか?
----
結局、店長さんが間に入ってくれたのは、ボクが落ちる寸前のことだった。
「し、死ぬかと思った……」
まだ首と腕が痛い。勘弁して欲しいよ、もぅ。
「で、神姫はどうするの?」
静姉も全部知ってるクセに聞いてくるし……。まあ、この場でボクを初対面扱いしてくれるのは助かるけどさ。
ただ、ものすごく楽しそうだから、ちゃんとしたフォローは期待できそうにない。
「いえ、別に……。お金もないですし」
「お金なんか後でどうとでもなる! お前はとりあえずうんって言えばいいんだ!」
「静香さんと話させろー!」
って、結局ダシなんじゃないか、ボクは……。
「そうねぇ。お金がないだけなら、いいのがあるんだけど……」
そう言うと、静姉はお店の奥へ消えていく。
少しして戻ってきた静姉が持っていたのは、神姫を持ち運ぶための保存用ケースだった。
「……それは?」
二人は首を傾げてたけど、ボクはその正体が何かとっくに分かってた。
静姉の神姫で保存用ケースに入れておくような子なんて、一人しかいない。
「ちょっとワケありでね。あたしが修復したアーンヴァルなんだけど、良かったら……どうかな?」
ちょっと待てっ!
いくらなんでも、冗談にも程があるでしょっ!
ココも真っ青になってたけど、静姉の目は……ああ、この目は本気の目だ。
「い、いえ、そんな高いもの……」
苦労して取り返した花姫を、冗談でも受け取れるわけがない。ボクは静姉の申し出を、出来るだけ違和感がないように断って……。
「ちょっ! お前っ! せっかく静香さんとのフラグが立つ所だったのにっ!」
返ってきたのは、遠藤の拳だった。
「静香さんっ! このバカボコボコにするまで、ちょっと待ってもらってていいですかっ!」
いやだから、そこで宮田まで入ってくる!?
----
なんとかボクは、神姫を買わされずに済んで。
這々の体で帰ってきたボクを迎えてくれたのは、ジルの合格おめでとうの言葉……。
「十貴!」
なんかじゃなくて。
「このバカっ!」
全力の怒声だった。
「なんで花姫、もらってこないんだよっ!」
もちろんボクは畳に正座。ジルはベッドの上に陣取って、フル装備のお怒りモードで見下ろしている。
「いや、もらえるわけ無いでしょ。常識で考えなよ」
花姫の由来を知らなければ、貰ってたかもしれないけど……。あれだけ静姉と花姫の付き合いを見て来てて、はいそうですかと貰えるわけがない。
「どうしてこんな時に神姫童貞の仮面を有効活用しないかねこの子は……バカじゃないの?」
「バカとか言わないでよ……」
あと童貞とかもやめて。
「よし。今からでも遅くない。もらいに行こう」
そう言い放つと、ジルはサッシに飛び乗って、サブアームで窓を押し開ける。
「こんな時間に迷惑だってば!」
うわ、出ちゃったし!
ボクも慌てて飛び出すと、屋根の上に無造作に置かれたハシゴの上、軽快に走るジルを追い掛けていく。
「静香はいつも普通に来るじゃないか。おあいこだって」
「ちょっ! ジルってば!」
静姉はあれでも女の子で、ボクは男だ。静姉ならまだしも、ボクが女の子の部屋に押し入るってのは……いくら幼なじみでも、どうかと思う。
「ほら十貴! 窓開いてる! 窓!」
不用心だと思う暇もない。五センチほど開けたサッシの隙間から、ジルはするりと静姉の部屋に入り込む。
「だから、それヤバいって!」
とは言え、ジルが部屋に入ってしまったらアウトなのは間違いない。このまま放って置いては、確実に花姫はジルの手に落ちてしまうだろう。
ボクは覚悟を決めて、静姉の部屋に足を踏み入れる。
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ホームから出て、改札を抜けて。
「おーっ! いたいた!」
ボクに掛けられたのは、聞き慣れた声。
「あれ? 二人とも、どうしたの」
『駅前のアレ』の前にいたのは、見慣れた二人組だった。
宮田と遠藤。高校での三年間を同じクラスで過ごした、腐れ縁の友達だ。別に運が良いわけじゃない。ボクのいた電子工業科は一学年にひとクラスしかないから、クラス替えそのものがなかっただけだ。
職業高校の常として、二人は四月からの就職が決まっていた。対するボクは、職業高校では数少ない進学組。それぞれの準備もあって、卒業式から会ってなかったんだけど……。
「どうしたのじゃねえよ」
こんな所で、珍しい。
「お前んちに電話したら、合格発表見に行ったって聞いたからさ。様子見に来た」
「様子見って……ボクが駅に来なかったらどうするつもりだったの?」
帰りに秋葉原の方に寄って、ジルの新装備のパーツでも探そうかとも思ってたんだけど。まっすぐ帰ることにして良かったよ。
「そん時はそん時。ミヤとナンパでもするさー」
なんだよ。ナンパなんて、したこともないクセに。
「で、合格発表、どうだった?」
宮田の問いに、ボクは軽く頷いてみせる。
「うん。何とか」
「おおーっ! おめでとーっ!」
「やったな!」
……持つべきものは友達だね。帰ったら報告の電話をしようとは思ってたけど、こうしてみんなから聞きに来てくれるなんて。
「二人とも、ありが……」
「じゃ」
え?
とう。と続けるよりも早く、二人はボクの腕を両脇から抱え込む。
身長148cmのボクからすれば、170近い二人は見上げるほどの大きさがある。そのうえ体育系クラブの圧倒的なパワーを持ち出されたら、ボクが付け入る隙はどこにもない。
ただでさえ、この一年は受験勉強に集中してて、体力が落ちてるっていうのに。
「行くぜっ!」
「い、行くって、どこへ!?」
ずるずると引きずられながらのボクの問いに、遠藤は無駄に元気良く答えてくれる。
「分かってるクセにー!」
分かんないから、聞いてるんだよっ!
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**魔女っ子神姫ドキドキハウリン
**その22 前編
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駅前から引きずられること、三分と半。
残りの五分ほどは、さすがに辛くなったので自分から歩くことにしていた。
「っていうかさ。お前、神姫学部に進むってのに、神姫持ってないとかおかしいって!」
「……ロボット工学部だよ、宮田」
ボクの第一志望は近くの工業大学。ロボット工学に力を注ぐそこは、近隣でも屈指の充実した設備と、研究環境を持っている。
特に最近力を入れているのは、超AIを備えた自律式小型人型ロボット……MMS。もっと簡単に言えば、神姫のことだ。
まわりから神姫学部とあだ名されるのも、そのあたりにあるわけで。
「それに、神姫に関わるって決めたワケじゃ……」
今の所は、MMSに関連した事を研究したいと思ってる。ただ、本当にどうするかは、入っていろんな事を勉強してから決めればいいわけで。
「どっちにしても、俺達が一番手軽に手に入れられる超AI搭載ロボットだぜ? 触るだけでも損しないって!」
「ジューキ、バイトはしっかりしてたクセに、使った話聞かないもんなぁ。相当貯めてるんじゃねえの?」
そりゃ、神姫やってないことになってるんだもん。関連の工作機器や資材を揃えるのに使ったなんて、言えるわけないじゃないか。
「そうそう。パソコン持ってて金貯まってるなら、買わない手は無いって!」
「い、いいってば……」
神姫本体を買えるだけのお金なんか貯まってるわけがない。パソコンだって、父さんのお下がりだし。
「ジューキだったら、どういうタイプがいいかねぇ」
でも、そんなボクの抵抗を全力で無視して、二人はボクにオススメの神姫を考える話に花を咲かせている。
「ガキっぽいから、お姉様タイプでいいんじゃね?」
「そりゃお前の趣味だろ、遠藤。レイピアがそんなだもんなー」
レイピアは遠藤のサイフォスタイプの神姫だ。サイフォスでも珍しい斧使いで、けっこう勇ましい戦い方をする。
「うっせ。ロリスキーが」
宮田の神姫は、アーンヴァルタイプの雛。レイピアとは正反対のおっとりした性格で、バトルよりも話をする方が好きな子だ。
「…………」
ウチの学校は神姫を持ってくることは禁止されているから、十貴としてのボクは彼女達に会ったことがない。
……十貴子の時には、何度か見かけたことがあるんだけど。もちろん、口が裂けても言えるわけがない。
「よし、着いた!」
話しているウチに、目的地に着いたらしい。
「……ここって」
見慣れた商店街。
見慣れた看板。
見慣れた自動ドア。
そして、見慣れたロゴ。
「神姫ユーザーの聖地へようこそ!」
まあ、この二人のオススメって言えば、ここに決まってる。
二人がボクを連れてきたのは、十貴子が昨日訪れたばかりの店。
ホビーショップ・エルゴだった。
自動ドアを抜けると、聞き慣れた声が迎えてくれた。
「いらっしゃーい」
店長さんだ。ジェニーさんは奥にでもいるのか、カウンターに姿が見えない。
「こんちわー! 店長さん、友達連れてきたんスけどー!」
「あれぇ。十貴君、久しぶり」
お久しぶりです、店長さん。
この格好で来たのは……いつ以来だっけ? ジルと一緒に来るときは、十貴子の格好だったはずだから……。
うぅ。よく考えたら、エルゴになってから来た覚えがないぞ。
「あれ? 店長さん、ジューキと知り合いなんですか?」
「うん。先代の頃は、雄歩さんとよく来てたよね」
それって、ボクが小学生の頃だったような。
「全然変わってないから、すぐ分かったよ」
「……変わってないって?」
店長さんから答えはない。
「…………」
たっぷりの間をおいて返ってきた答えは。
「ふ…………雰囲気とか?」
違う。
店長、絶対別のこと考えてた。
「何だよ、知ってるなら言えよー」
「プラモやってるなら、絶対ハマるって!」
ボク達の微妙な空気を気付く気配もなく、二人はバンバンとボクの背中を叩いてる。
もう、勘弁してよ。
色々と。
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バックヤードでロゴ入りのエプロンを着けながら。
私は店から聞こえる喧騒を確かめていた。
「何だか随分賑やかですね、静香」
「そうねぇ。もうお客さん多い時間だっけ?」
静香も私と同じロゴ入りのエプロンを着けている。ただ、動きやすさを考えてか、神姫用エプロンのようなフリルの類は付いていない。
正直、私もフリルはいらないのだけれど、これを拒否するともっとフリルの多いメイド服しか残ってないわけで。
きゅ、と後ろのリボンを結べば、準備完了。
「少し早い気もしますが……」
でも、よく考えたら卒業生組は春休みだ。現役学生の基準で考えるのは、少し間違ってるかも。
静香と二人、そんな事を話しながら、店へ出る。
「あ」
そこにいたのは。
「じ……」
「あら、随分賑やかだと思ったら。いらっしゃい」
私を制すように、先に静香が言葉を放つ。
それで私も気が付いた。そういえば十貴は、神姫をやっている事を内緒にしてたんだっけ。
「あ、静香さん、こんにちわー!」
「ココもちわー」
宮田さんと遠藤さんはどちらもエルゴの常連だ。まさか十貴と友達だとは思わなかったけど、十貴と同じ工業高校と言っていたし、不思議じゃあない。
「静香さーん。こいつ、神姫の初心者なんですけど、相性の良さそうなCSCとか見てやってくれませんか?」
「いや、いいってば……」
何だか十貴も微妙な立場らしい。友達の手前、断るわけにも行かず、かといって正体を明かすわけにもいかず……といった所なんだろう。
「お友達?」
そして静香を見上げれば、完璧に知らない人のフリなんかしてる。
きっとものすごく楽しいんでしょうね、今。
「そうなんですけどねー。こいつ、神姫学部に進むってのに神姫持ってないんですよ。信じられないでしょ?」
「へぇ。あたしと同じ大学なんだ……。来年から、よろしくね」
「……へ?」
静香の何気ないそのひと言に、十貴はしばし呆然。
あれ? まさか静香、進学先のこと、十貴に言ってなかったんですか……?
でも、十貴の反応は他の二人に全く気付かれなかった。
「お前ーーっ!」
「裏切り者ーーっ!」
「な、何がっ!?」
背後からヘッドロックを極められて、片腕はアームロックをかけられて。十貴にも呆然とする暇は与えられなかった。
「鋼月十貴! 我々は、貴様に戸田静香嬢&女子大生との合コンの開催を要求する!」
「い、意味が分かんないよ!」
私も流れが全然分からなかったけど、静香だけじゃなく店長さんも頷いてるところを見ると、いわゆる『よくある展開』なんだろう。
ギリギリと十貴の首を締め上げながら、宮田さんの声が響き渡る。
「何だとぅ! 貴様には、これからおっさん職場で働き続ける俺達に、バラ色のキャンパスライフで知り合ったかわいー女子大生を紹介する任務が発生するんだぞ!」
「いや、任務なんかじゃない! これは義務なり!」
遠藤さんもなんだかいっぱいいっぱいだ。
「青春だなぁ……」
店長。笑ってないで、そろそろ止めた方がいいんじゃないですか?
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結局、店長さんが間に入ってくれたのは、ボクが落ちる寸前のことだった。
「し、死ぬかと思った……」
まだ首と腕が痛い。勘弁して欲しいよ、もぅ。
「で、神姫はどうするの?」
静姉も全部知ってるクセに聞いてくるし……。まあ、この場でボクを初対面扱いしてくれるのは助かるけどさ。
ただ、ものすごく楽しそうだから、ちゃんとしたフォローは期待できそうにない。
「いえ、別に……。お金もないですし」
「お金なんか後でどうとでもなる! お前はとりあえずうんって言えばいいんだ!」
「静香さんと話させろー!」
って、結局ダシなんじゃないか、ボクは……。
「そうねぇ。お金がないだけなら、いいのがあるんだけど……」
そう言うと、静姉はお店の奥へ消えていく。
少しして戻ってきた静姉が持っていたのは、神姫を持ち運ぶための保存用ケースだった。
「……それは?」
二人は首を傾げてたけど、ボクはその正体が何かとっくに分かってた。
静姉の神姫で保存用ケースに入れておくような子なんて、一人しかいない。
「ちょっとワケありでね。あたしが修復したアーンヴァルなんだけど、良かったら……どうかな?」
ちょっと待てっ!
いくらなんでも、冗談にも程があるでしょっ!
ココも真っ青になってたけど、静姉の目は……ああ、この目は本気の目だ。
「い、いえ、そんな高いもの……」
苦労して取り返した花姫を、冗談でも受け取れるわけがない。ボクは静姉の申し出を、出来るだけ違和感がないように断って……。
「ちょっ! お前っ! せっかく静香さんとのフラグが立つ所だったのにっ!」
返ってきたのは、遠藤の拳だった。
「静香さんっ! このバカボコボコにするまで、ちょっと待ってもらってていいですかっ!」
いやだから、そこで宮田まで入ってくる!?
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なんとかボクは、神姫を買わされずに済んで。
這々の体で帰ってきたボクを迎えてくれたのは、ジルの合格おめでとうの言葉……。
「十貴!」
なんかじゃなくて。
「このバカっ!」
全力の怒声だった。
「なんで花姫、もらってこないんだよっ!」
もちろんボクは畳に正座。ジルはベッドの上に陣取って、フル装備のお怒りモードで見下ろしている。
「いや、もらえるわけ無いでしょ。常識で考えなよ」
花姫の由来を知らなければ、貰ってたかもしれないけど……。あれだけ静姉と花姫の付き合いを見て来てて、はいそうですかと貰えるわけがない。
「どうしてこんな時に神姫童貞の仮面を有効活用しないかねこの子は……バカじゃないの?」
「バカとか言わないでよ……」
あと童貞とかもやめて。
「よし。今からでも遅くない。もらいに行こう」
そう言い放つと、ジルはサッシに飛び乗って、サブアームで窓を押し開ける。
「こんな時間に迷惑だってば!」
うわ、出ちゃったし!
ボクも慌てて飛び出すと、屋根の上に無造作に置かれたハシゴの上、軽快に走るジルを追い掛けていく。
「静香はいつも普通に来るじゃないか。おあいこだって」
「ちょっ! ジルってば!」
静姉はあれでも女の子で、ボクは男だ。静姉ならまだしも、ボクが女の子の部屋に押し入るってのは……いくら幼なじみでも、どうかと思う。
「ほら十貴! 窓開いてる! 窓!」
不用心だと思う暇もない。五センチほど開けたサッシの隙間から、ジルはするりと静姉の部屋に入り込む。
「だから、それヤバいって!」
とは言え、ジルが部屋に入ってしまったらアウトなのは間違いない。このまま放って置いては、確実に花姫はジルの手に落ちてしまうだろう。
ボクは覚悟を決めて、静姉の部屋に足を踏み入れる。
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