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「ドキドキハウリン その19後編」(2007/03/12 (月) 14:45:34) の最新版変更点
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宇宙に流れる赤い羽衣を、晶は満足そうに見つめている。
「あの布が、マイスターの……?」
「有無」
それこそが、晶の創り上げた静香の秘密兵器。
「布のしなかやさと鋼の強度を持つフレキシブルフレームが欲しいなど、相当な無茶を言われたがな……」
静香が思い描いたのは、自由自在に動く強固な薄布。それを羽衣のようにまとい、戦う、ココの姿。
そのイメージの実現に、静香の実力は今一歩及ばなかった。静香以上に鋼と布を使いこなす晶だからこそ形に出来た、二つのマテリアルの完璧な融合物。
「でも、それを何とかするのがマイスターですの!」
ロッテの言葉に、晶は悠然と頷いてみせる。
「引き受けた以上、形にしてみせるのが……私の務めだからな」
しかし、完璧な姿で生み出された鋼鉄の羽衣も、静香のイメージの三分の一しか形に出来ていないという。
「見せてみろ、戸田静香。私の作品さえ構想の一部と言い切った、『フェザー』の完全な力をな」
晶はディスプレイから視線を逸らさない。
『フェザー』と銘打たれた、その武器の真の姿を見届けるために。
----
**魔女っ子神姫ドキドキハウリン
**その19 後編
----
右コンテナの爆発に吹き飛ばされながら、私は右手を伸ばし、羽衣を大きく展開させた。大気を孕んだ羽衣で回転の勢いを殺し、体勢を整える。
既に両手の光刃はない。今のフェザーは、純粋にスタビライザーの役割だけを果たしている。
「ココ。獣王の調子はどう?」
静香の問いに、フェザーの中頃からぶら下がるストラップがワンとひと吠え。今の獣王はフェザーの制御ユニットとして、私の意志をサポートしてくれている。
「ファーストギア、順調だそうです。いつでも行けますよ」
ミカエルは防御フィールドに続き、左右のコンテナも失っていた。後はメガビーム砲だけ何とかすれば、勝利への道は自ずと見えてくる。
「OK。なら、セカンドに上げるわよ」
「了解です。フェザー、ヴォワチュール・リュミエール」
たなびくフェザーは私の声に反応し、円状に変形。光を帯び始めたサークルは推力を吐き出し、新たな私の翼となる。
「ココ、左下方。ミカエル、いまだ健在」
静香のナビゲートに、私はそちらの方向を確かめようとして。
「は……」
そのまま、絶句した。
それを、何と形容すればいいのだろうか。
先程までのミカエル……巨大宇宙戦闘機型神姫の面影は、もはやどこにもなかった。
宇宙に咲いた巨大な華。
そう、華だ。
神姫よりも大きな八本の超々巨大アームと、それをサポートする八本のサブアーム。ミサイルや光学兵器がびっしりと敷き詰められた、八枚の鋼の花弁。
その中心部、全ての超巨大武装の接続基部に身を埋めるのは、バイザーで表情を隠したミカエルの姿。
バトリング用のATやガブリエルでさえ、その前には子供同然に見えるはずだ。
「……あのサイズのラビアンローズなんて、どうやってサイドボードに入れたのよ」
そのあまりの巨大さに、流石の静香も呆れ顔。私はもちろん、呆れ果てて声も出ない。
「アウリエルは兄貴を倒すための最終兵器だったのに……。くそ、叩き潰せ!」
大紀の言葉と共に超弩級巨大武装……アウリエルというらしい……はゆっくりと動き出す。十六本の巨大アームがこちらを指差して。
「食らえ! 神の火を!」
放たれた粒子砲は、一発がガブリエルのメガビームの数倍の太さを持っていた。
「ココ、回避!」
言われたときには既にフェザーの出力を全開にして回避してる。相手は小回りが利かないのがせめてもの救いだけど……。
「逃がさん!」
次に来たのは、八枚の花弁に備えられた小型砲とミサイルの豪雨。小型と言ったって、私の吠莱と同じくらいの口径はあるはずだ。どちらが当たっても、無事では済みそうにない。
「フェザー! ツインバスター!」
私の声に赤い羽衣はサークル状態を解除し、両腕に絡み付く。細く長い筒状になった一対のそれを構え。
「ファイア!」
放たれた二条の閃光は、迫り来る無数のミサイルを片っ端から薙ぎ払う。
誘爆する弾幕を見届けながら、砲撃形態のフェザーを解除。
「フェザー、エクステンドブースター」
その言葉と共に筒状の羽衣は形を緩め、太さを増した。起動の命令と共に砲口から放たれたのは、ビームではなく推進器の炎だ。
「ココ」
リュミエールに数倍する加速で小型砲の弾幕をかいくぐっていると、静香の声が聞こえてきた。
「何です?」
アウリエルの攻撃は止む気配がない。そのうえ本体の周りにはお馴染みの反発フィールドまで張っているらしく、さっきのツインバスターも弾かれたようだった。
「埒があかないわ。オーバートップで一気に畳みかけたいんだけど……行ける?」
「了解です!」
そして、私はブースターの出力を全開。
一気にアウリエルへと接敵する。
----
高速で近付いてくるハウリンに、大紀は驚くより先に呆れていた。
あの奇妙な布は様々な武器に変形するらしいが、掛け声は丸聞こえ、発動にも一瞬のタイムラグがある。あれでは防御や回避には使えても、攻撃の役には立たないはずだ。
「撃ち落とせ! アウリエル!」
それに比べてこちらの火力は圧倒的。仮に弾幕をかいくぐって来たとしても、武器を切り替える間に撃ち落とす自信があった。こちらが攻撃していない間であれば、反発フィールドで弾き飛ばしても良い。
その思惑を知ってか知らずか、小さなハウリンはブースターを全開にして迫り来る。反発フィールドに正面から来るなど、無謀の極み。
「無駄……ッ!」
だ、とまでは言えなかった。
構え、前へと伸ばされた右の腕。何の言葉も、予備動作もなく、そこから放たれるのは、無数の鋼弾だ。
ガトリング。
毎分千発を超える鋼弾がフィールドの反発力を手数で圧倒し、本体に牙を剥く。その根本にあるのは、反発フィールドのジェネレーターだ。
「バカな……撃て、撃ち落とせっ!」
叫んだときにはもう遅い。
ブースターの急機動でココはその場をすぐに離脱。花弁から放たれた光の弾幕は空しく空を切るのみだ。
今度はアウリエル再外縁にある大型サブアームに近付くと、後ろに向けていたブースターの右腕を大きく振りかぶって。
「今……ッ!」
やはり、だ、とは言えなかった。
ハウリンは一瞬の遅滞もなく、右腕を振り抜いていたのだ。振り抜かれた右腕の先、絡み付いた布から伸びるのは、赤く輝く光の刃。
サブアームの一本が中程からずれ、爆発した頃には、ブースター形態に戻した両腕でハウリンは一気にその場を離れている。
「くそっ! まだ一本落とされただ……!」
大紀の言葉は最後まで続かない。
先程までブースターだったはずの羽衣は、二門のバスターライフルへと姿を変え、断たれたサブアームの左右に伸びる二本のアームを撃ち抜いている。
また、離脱。
掛け声も、予備動作も一切無い。
自在に動く両手から放たれるのは、時に光刃、特に粒子砲。ガトリングかと思って迎撃に動けば、ブースターで逃げられる。
斬っては翔び、舞っては落とす。
レーザーブレード、ガトリング、バスターライフル、ブースター。光のリングで撹乱したかと思いきや、その内からミサイルさえ放ってみせる。
「くそ……くそ……ッ!」
予測不能な攻撃に、鶴畑大紀は追い付くことさえ出来なかった。
無敵のはずのアウリエルは、赤い羽衣が閃く度に無敵の力を削ぎ落とされて。
「チェック・メイトです」
システムに直結させられたミカエルの正面。
かざされた右腕。
目の前の敵を迎撃する術さえ、アウリエルには残されていない。
「くそォォォォォォォォォッ!」
右腕を覆う筒状の羽衣。
叩き付けられた最後の一撃は。
「ドキドキ☆ストラーーーーーーーイクッ!」
容赦ない、パイル・バンカーの一撃だった。
----
叩き付けられた最後の一撃に、ジルはやれやれと呟いた。
「……あれ、魔法じゃねえよな」
「いつも通りだけどね」
勝者、ココ。
オーロラビジョンに映し出された判定に、ほっと一安心。
ボク達の感想はそれだけだったけど、隣にいた二人の感想は少し違っているらしい。
「……ミラー。あの技、使いこなせそうですか?」
穏やかそうな男の人と、隣に座る銀髪のアーンヴァル。
第六会場第三試合、第二戦に挑むプレイヤーと、その神姫だ。
「仕掛け自体は大したことないが……パターンを覚えるのが大変そうだな」
「でしょうねぇ」
最近よくエルゴに顔を出す彼らとは顔見知り。その繋がりもあって、一緒に静姉の戦いを見てたんだけど……。
「……あの仕掛け、分かったんですか? 御影さん」
戦術の解析が二人の得意分野とはいえ、静姉の仕掛けをたった一戦で見抜くなんて思わなかった。
「あの布は手元を隠して攻撃タイミングを悟らせないためのダミー。コールの度に内側に武装を転送して、変幻自在に見せているだけ……違いますか?」
「です」
全くその通り。
特殊な動きをする羽衣に気を取られがちだけど、あれはココの手持ち装備を隠すための役割しかない。そのうえ、無数の武器に切り替わる仕掛けのほうは、タネが分かれば本当に大したことがなかった。
あの羽衣があれば、フェザーを再現することは誰にでも出来るだろう。御影さんとミラーほどの技量も必要ない。もちろん、ボクとジルでも出来ていたりする。
……再現するだけなら。
「ただ、装備変更のタイミングが分からない。途中までは掛け声でタイミングを合わせていたようだが……。恭二、最後のラッシュのパターン、いくつあると思う?」
「うーん。十五、いや二十は越えているように思いましたが……」
「三十は多すぎるか」
二人とも、ボク達と同じ所で詰まってる。
普通、そう思うよねぇ……。
「最後のラッシュは、打ち合わせなしのアドリブらしいですよ。多分、ココも静姉が何を出してくるか分かんなかったんじゃないかな」
起動状態のファースト。
口頭で武装選択をするセカンド。
武装選択をマスターに一任し、短い掛け声で転送タイミングだけを合わせるトップ。
そして最終段階、オーバートップ状態のフェザーは、武装選択もタイミング合わせも行わない。ココの動きを先読みした静姉が最適なタイミングで武装を選択・転送し、ココは送られた装備を使って戦う。
もちろん、ココの予想に反した武器が送られることだって普通にある。その時は、それに応じた戦術を即座に組み直し、何とかして使う……んだそうだ。
ココに言わせれば「静香の行動が予想できないのはいつものこと」らしいけど、それに合わせられるココも相当なものだと思う。
「…………正気ですか」
ボクとジルもフェザーを借りて試してみたけど、戦闘中に使えるのはセカンドが精一杯。もちろんセカンド状態じゃこっちの装備は筒抜けだから、フェザーの有効性は激減する。
だからこそ、静姉はその大したことない仕掛けを、最後の切り札に選んだんだろう。
万能のハウリンの。そしてココの望んだ戦い方の、ひとつの完成型として。
「何というか……あれだけの装備とフォーメーションが出来るなら、もうちょっと効率的な戦い方があるんじゃないでしょうか?」
「……ボクもそう思います」
そんな事を話していると、フィールドから御影さんとミラーの名前を呼ぶ声がする。
「さて。それでは、次はぼくの番ですね」
対するは、ツガルタイプ・シルヴィア。
「楽しそうですね、御影さん」
「それはもう。ではミラー、行きますよ」
御影さんの声に、ツガル装備のマスターミラーもふわりと舞い上がる。彼女も御影さんと同じく、どこかしら楽しそうだ。
二人の勝利を祈っておいて、ボクもその席を立ち上がる。
「じゃ、ジル。ボク達も行こう!」
「おう!」
今日のジルが背負うのは、アーンヴァルの白い翼。ボク達の本当の役割を果たすため、彼女もふわりと舞い上がる。
----
会場の裏。ゴミ捨て場に近いベンチで、ボクとジルは静姉達が来るのを待っていた。
ようやく遠くに見えた、小さな姿。携帯に呼び掛けながら、その姿に向かってボクは大きく手を振ってみせる。
「静姉! こっちこっち!」
ボク達を見つけた静姉が慌てて駆け寄ってきた。その手には、通話状態の携帯がしっかりと握りしめられている。
静姉が駆け寄ったのはボク達じゃない。
ベンチの上。二つ折りのハンカチの上に横たえられた、ボロボロの小さな体。
「姫っ!」
鶴畑大紀に捨てられた、『今回の』ミカエル。
かつてボク達に花姫と呼ばれていた、神姫の姿だ。
「これ……あの人が?」
「……多分ね」
ボクの肩に乗り移ってきたココの問いに、ため息を一つ。
静姉に負けた腹いせでされたんだろう。白い素体の腕は折れ、足は片方潰されていて、お腹にも大きな亀裂が走っている。
機械といえど人間に近い性格を持った女の子だ。……正直、こんな事が出来る人の正気を疑ってしまう。
「十貴子……」
流石のジルも堪えたらしい。彼女にしては珍しく、ボクの頬にそっと身を寄せてくる。
「大丈夫。ボク達は……」
絶対にしない。
言いかけたその時。
「するわけないでしょうっ!」
ボクに倍する静姉の声が、ボク達三人の体をしたたかに打ち据えた。
「絶対に……するもんですか……」
震える声でハンカチを持ち上げ、神姫保管用のケースに花姫の体をそっと横たえる。
「……静香。どうなんですか? 姉さんは」
トートバッグに納め、ほぅとひと息。
「何とかなりそう。十貴、工具、貸してくれる?」
「うん。好きに使って」
その言葉に、緊張の糸がふっと緩む。
「……良かったぁ」
静姉も、ようやく穏やかに笑ってくれる。
「……ありがとう。ココ」
ココを抱き上げて、その右頬に唇を触れさせた。
「ありがとう、ジル」
ふわふわと浮かぶジルを招き寄せ、左頬にそっとキス。
「ありがとう……」
そして、ボクを抱き寄せて。
「十貴」
ボクの唇に、柔らかな唇が重なり合う。
----
抱かれた静香の胸元からは、二人のキスがよく見えた。
ジルはニヤニヤしながら見てるだけだけど、何というか、居心地悪いことこの上ない。かといって、二人の邪魔をするのも何だし……。
永劫に続くかとも思われた、そんな時間。
「……ぷは」
唇を離した静香は、とろんとした瞳の十貴を抱いたまま、私に向けて視線を寄越す。
「それと、ココ……」
「ええ。ミラーとはちょっと戦ってみたかったですけど、早く姉さんを治してあげてください」
私達は第一戦が終わった後、すぐに花姫を捜しに出たから……ミラーとシルヴィアの戦いを見ていなかった。まさか、あんな結末を迎えているなどと予想できようはずもない。
けど、それは大会が終わってから知った話。
今の私にとって大切な事は、ミラーの戦いの結末を知ることでも、次の試合に臨むことでもなかった。
「ありがと。大好きよ、ココ」
静香のこの笑顔を、守ること。
「やれやれ。冬だってのに暑いねぇ、十貴子ぉ」
相変わらずのジルと、顔を真っ赤にしている十貴子。
みんなの笑顔を、守ることだ。
「……じゃ、帰ろっか」
「はい!」
そして、私達は家へと向かう。
新しい……いや、帰ってきた、家族を連れて。
[[戻る>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/724.html]]/[[トップ>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/118.html]]/[[続く>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/733.html]]
宇宙に流れる赤い羽衣を、晶は満足そうに見つめている。
「あの布が、マイスターの……?」
「有無」
それこそが、晶の創り上げた静香の秘密兵器。
「布のしなかやさと鋼の強度を持つフレキシブルフレームが欲しいなど、相当な無茶を言われたがな……」
静香が思い描いたのは、自由自在に動く強固な薄布。それを羽衣のようにまとい、戦う、ココの姿。
そのイメージの実現に、静香の実力は今一歩及ばなかった。静香以上に鋼と布を使いこなす晶だからこそ形に出来た、二つのマテリアルの完璧な融合物。
「でも、それを何とかするのがマイスターですの!」
ロッテの言葉に、晶は悠然と頷いてみせる。
「引き受けた以上、形にしてみせるのが……私の務めだからな」
しかし、完璧な姿で生み出された鋼鉄の羽衣も、静香のイメージの三分の一しか形に出来ていないという。
「見せてみろ、戸田静香。私の作品さえ構想の一部と言い切った、『フェザー』の完全な力をな」
晶はディスプレイから視線を逸らさない。
『フェザー』と銘打たれた、その武器の真の姿を見届けるために。
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**魔女っ子神姫ドキドキハウリン
**その19 後編
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右コンテナの爆発に吹き飛ばされながら、私は右手を伸ばし、羽衣を大きく展開させた。大気を孕んだ羽衣で回転の勢いを殺し、体勢を整える。
既に両手の光刃はない。今のフェザーは、純粋にスタビライザーの役割だけを果たしている。
「ココ。獣王の調子はどう?」
静香の問いに、フェザーの中頃からぶら下がるストラップがワンとひと吠え。今の獣王はフェザーの制御ユニットとして、私の意志をサポートしてくれている。
「ファーストギア、順調だそうです。いつでも行けますよ」
ミカエルは防御フィールドに続き、左右のコンテナも失っていた。後はメガビーム砲だけ何とかすれば、勝利への道は自ずと見えてくる。
「OK。なら、セカンドに上げるわよ」
「了解です。フェザー、ヴォワチュール・リュミエール」
たなびくフェザーは私の声に反応し、円状に変形。光を帯び始めたサークルは推力を吐き出し、新たな私の翼となる。
「ココ、左下方。ミカエル、いまだ健在」
静香のナビゲートに、私はそちらの方向を確かめようとして。
「は……」
そのまま、絶句した。
それを、何と形容すればいいのだろうか。
先程までのミカエル……巨大宇宙戦闘機型神姫の面影は、もはやどこにもなかった。
宇宙に咲いた巨大な華。
そう、華だ。
神姫よりも大きな八本の超々巨大アームと、それをサポートする八本のサブアーム。ミサイルや光学兵器がびっしりと敷き詰められた、八枚の鋼の花弁。
その中心部、全ての超巨大武装の接続基部に身を埋めるのは、バイザーで表情を隠したミカエルの姿。
バトリング用のATやガブリエルでさえ、その前には子供同然に見えるはずだ。
「……あのサイズのラビアンローズなんて、どうやってサイドボードに入れたのよ」
そのあまりの巨大さに、流石の静香も呆れ顔。私はもちろん、呆れ果てて声も出ない。
「アウリエルは兄貴を倒すための最終兵器だったのに……。くそ、叩き潰せ!」
大紀の言葉と共に超弩級巨大武装……アウリエルというらしい……はゆっくりと動き出す。十六本の巨大アームがこちらを指差して。
「食らえ! 神の火を!」
放たれた粒子砲は、一発がガブリエルのメガビームの数倍の太さを持っていた。
「ココ、回避!」
言われたときには既にフェザーの出力を全開にして回避してる。相手は小回りが利かないのがせめてもの救いだけど……。
「逃がさん!」
次に来たのは、八枚の花弁に備えられた小型砲とミサイルの豪雨。小型と言ったって、私の吠莱と同じくらいの口径はあるはずだ。どちらが当たっても、無事では済みそうにない。
「フェザー! ツインバスター!」
私の声に赤い羽衣はサークル状態を解除し、両腕に絡み付く。細く長い筒状になった一対のそれを構え。
「ファイア!」
放たれた二条の閃光は、迫り来る無数のミサイルを片っ端から薙ぎ払う。
誘爆する弾幕を見届けながら、砲撃形態のフェザーを解除。
「フェザー、エクステンドブースター」
その言葉と共に筒状の羽衣は形を緩め、太さを増した。起動の命令と共に砲口から放たれたのは、ビームではなく推進器の炎だ。
「ココ」
リュミエールに数倍する加速で小型砲の弾幕をかいくぐっていると、静香の声が聞こえてきた。
「何です?」
アウリエルの攻撃は止む気配がない。そのうえ本体の周りにはお馴染みの反発フィールドまで張っているらしく、さっきのツインバスターも弾かれたようだった。
「埒があかないわ。オーバートップで一気に畳みかけたいんだけど……行ける?」
「了解です!」
そして、私はブースターの出力を全開。
一気にアウリエルへと接敵する。
----
高速で近付いてくるハウリンに、大紀は驚くより先に呆れていた。
あの奇妙な布は様々な武器に変形するらしいが、掛け声は丸聞こえ、発動にも一瞬のタイムラグがある。あれでは防御や回避には使えても、攻撃の役には立たないはずだ。
「撃ち落とせ! アウリエル!」
それに比べてこちらの火力は圧倒的。仮に弾幕をかいくぐって来たとしても、武器を切り替える間に撃ち落とす自信があった。こちらが攻撃していない間であれば、反発フィールドで弾き飛ばしても良い。
その思惑を知ってか知らずか、小さなハウリンはブースターを全開にして迫り来る。反発フィールドに正面から来るなど、無謀の極み。
「無駄……ッ!」
だ、とまでは言えなかった。
構え、前へと伸ばされた右の腕。何の言葉も、予備動作もなく、そこから放たれるのは、無数の鋼弾だ。
ガトリング。
毎分千発を超える鋼弾がフィールドの反発力を手数で圧倒し、本体に牙を剥く。その根本にあるのは、反発フィールドのジェネレーターだ。
「バカな……撃て、撃ち落とせっ!」
叫んだときにはもう遅い。
ブースターの急機動でココはその場をすぐに離脱。花弁から放たれた光の弾幕は空しく空を切るのみだ。
今度はアウリエル再外縁にある大型サブアームに近付くと、後ろに向けていたブースターの右腕を大きく振りかぶって。
「今……ッ!」
やはり、だ、とは言えなかった。
ハウリンは一瞬の遅滞もなく、右腕を振り抜いていたのだ。振り抜かれた右腕の先、絡み付いた布から伸びるのは、赤く輝く光の刃。
サブアームの一本が中程からずれ、爆発した頃には、ブースター形態に戻した両腕でハウリンは一気にその場を離れている。
「くそっ! まだ一本落とされただ……!」
大紀の言葉は最後まで続かない。
先程までブースターだったはずの羽衣は、二門のバスターライフルへと姿を変え、断たれたサブアームの左右に伸びる二本のアームを撃ち抜いている。
また、離脱。
掛け声も、予備動作も一切無い。
自在に動く両手から放たれるのは、時に光刃、特に粒子砲。ガトリングかと思って迎撃に動けば、ブースターで逃げられる。
斬っては翔び、舞っては落とす。
レーザーブレード、ガトリング、バスターライフル、ブースター。光のリングで撹乱したかと思いきや、その内からミサイルさえ放ってみせる。
「くそ……くそ……ッ!」
予測不能な攻撃に、鶴畑大紀は追い付くことさえ出来なかった。
無敵のはずのアウリエルは、赤い羽衣が閃く度に無敵の力を削ぎ落とされて。
「チェック・メイトです」
システムに直結させられたミカエルの正面。
かざされた右腕。
目の前の敵を迎撃する術さえ、アウリエルには残されていない。
「くそォォォォォォォォォッ!」
右腕を覆う筒状の羽衣。
叩き付けられた最後の一撃は。
「ドキドキ☆ストラーーーーーーーイクッ!」
容赦ない、パイル・バンカーの一撃だった。
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叩き付けられた最後の一撃に、ジルはやれやれと呟いた。
「……あれ、魔法じゃねえよな」
「いつも通りだけどね」
勝者、ココ。
オーロラビジョンに映し出された判定に、ほっと一安心。
ボク達の感想はそれだけだったけど、隣にいた二人の感想は少し違っているらしい。
「……ミラー。あの技、使いこなせそうですか?」
穏やかそうな男の人と、隣に座る銀髪のアーンヴァル。
第六会場第三試合、第二戦に挑むプレイヤーと、その神姫だ。
「仕掛け自体は大したことないが……パターンを覚えるのが大変そうだな」
「でしょうねぇ」
最近よくエルゴに顔を出す彼らとは顔見知り。その繋がりもあって、一緒に静姉の戦いを見てたんだけど……。
「……あの仕掛け、分かったんですか? 御影さん」
戦術の解析が二人の得意分野とはいえ、静姉の仕掛けをたった一戦で見抜くなんて思わなかった。
「あの布は手元を隠して攻撃タイミングを悟らせないためのダミー。コールの度に内側に武装を転送して、変幻自在に見せているだけ……違いますか?」
「です」
全くその通り。
特殊な動きをする羽衣に気を取られがちだけど、あれはココの手持ち装備を隠すための役割しかない。そのうえ、無数の武器に切り替わる仕掛けのほうは、タネが分かれば本当に大したことがなかった。
あの羽衣があれば、フェザーを再現することは誰にでも出来るだろう。御影さんとミラーほどの技量も必要ない。もちろん、ボクとジルでも出来ていたりする。
……再現するだけなら。
「ただ、装備変更のタイミングが分からない。途中までは掛け声でタイミングを合わせていたようだが……。恭二、最後のラッシュのパターン、いくつあると思う?」
「うーん。十五、いや二十は越えているように思いましたが……」
「三十は多すぎるか」
二人とも、ボク達と同じ所で詰まってる。
普通、そう思うよねぇ……。
「最後のラッシュは、打ち合わせなしのアドリブらしいですよ。多分、ココも静姉が何を出してくるか分かんなかったんじゃないかな」
起動状態のファースト。
口頭で武装選択をするセカンド。
武装選択をマスターに一任し、短い掛け声で転送タイミングだけを合わせるトップ。
そして最終段階、オーバートップ状態のフェザーは、武装選択もタイミング合わせも行わない。ココの動きを先読みした静姉が最適なタイミングで武装を選択・転送し、ココは送られた装備を使って戦う。
もちろん、ココの予想に反した武器が送られることだって普通にある。その時は、それに応じた戦術を即座に組み直し、何とかして使う……んだそうだ。
ココに言わせれば「静香の行動が予想できないのはいつものこと」らしいけど、それに合わせられるココも相当なものだと思う。
「…………正気ですか」
ボクとジルもフェザーを借りて試してみたけど、戦闘中に使えるのはセカンドが精一杯。もちろんセカンド状態じゃこっちの装備は筒抜けだから、フェザーの有効性は激減する。
だからこそ、静姉はその大したことない仕掛けを、最後の切り札に選んだんだろう。
万能のハウリンの。そしてココの望んだ戦い方の、ひとつの完成型として。
「何というか……あれだけの装備とフォーメーションが出来るなら、もうちょっと効率的な戦い方があるんじゃないでしょうか?」
「……ボクもそう思います」
そんな事を話していると、フィールドから御影さんとミラーの名前を呼ぶ声がする。
「さて。それでは、次はぼくの番ですね」
対するは、ツガルタイプ・シルヴィア。
「楽しそうですね、御影さん」
「それはもう。ではミラー、行きますよ」
御影さんの声に、ツガル装備のマスターミラーもふわりと舞い上がる。彼女も御影さんと同じく、どこかしら楽しそうだ。
二人の勝利を祈っておいて、ボクもその席を立ち上がる。
「じゃ、ジル。ボク達も行こう!」
「おう!」
今日のジルが背負うのは、アーンヴァルの白い翼。ボク達の本当の役割を果たすため、彼女もふわりと舞い上がる。
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会場の裏。ゴミ捨て場に近いベンチで、ボクとジルは静姉達が来るのを待っていた。
ようやく遠くに見えた、小さな姿。携帯に呼び掛けながら、その姿に向かってボクは大きく手を振ってみせる。
「静姉! こっちこっち!」
ボク達を見つけた静姉が慌てて駆け寄ってきた。その手には、通話状態の携帯がしっかりと握りしめられている。
静姉が駆け寄ったのはボク達じゃない。
ベンチの上。二つ折りのハンカチの上に横たえられた、ボロボロの小さな体。
「姫っ!」
鶴畑大紀に捨てられた、『今回の』ミカエル。
かつてボク達に花姫と呼ばれていた、神姫の姿だ。
「これ……あの人が?」
「……多分ね」
ボクの肩に乗り移ってきたココの問いに、ため息を一つ。
静姉に負けた腹いせでされたんだろう。白い素体の腕は折れ、足は片方潰されていて、お腹にも大きな亀裂が走っている。
機械といえど人間に近い性格を持った女の子だ。……正直、こんな事が出来る人の正気を疑ってしまう。
「十貴子……」
流石のジルも堪えたらしい。彼女にしては珍しく、ボクの頬にそっと身を寄せてくる。
「大丈夫。ボク達は……」
絶対にしない。
言いかけたその時。
「するわけないでしょうっ!」
ボクに倍する静姉の声が、ボク達三人の体をしたたかに打ち据えた。
「絶対に……するもんですか……」
震える声でハンカチを持ち上げ、神姫保管用のケースに花姫の体をそっと横たえる。
「……静香。どうなんですか? 姉さんは」
トートバッグに納め、ほぅとひと息。
「何とかなりそう。十貴、工具、貸してくれる?」
「うん。好きに使って」
その言葉に、緊張の糸がふっと緩む。
「……良かったぁ」
静姉も、ようやく穏やかに笑ってくれる。
「……ありがとう。ココ」
ココを抱き上げて、その右頬に唇を触れさせた。
「ありがとう、ジル」
ふわふわと浮かぶジルを招き寄せ、左頬にそっとキス。
「ありがとう……」
そして、ボクを抱き寄せて。
「十貴」
ボクの唇に、柔らかな唇が重なり合う。
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抱かれた静香の胸元からは、二人のキスがよく見えた。
ジルはニヤニヤしながら見てるだけだけど、何というか、居心地悪いことこの上ない。かといって、二人の邪魔をするのも何だし……。
永劫に続くかとも思われた、そんな時間。
「……ぷは」
唇を離した静香は、とろんとした瞳の十貴を抱いたまま、私に向けて視線を寄越す。
「それと、ココ……」
「ええ。ミラーとはちょっと戦ってみたかったですけど、早く姉さんを治してあげてください」
私達は第一戦が終わった後、すぐに花姫を捜しに出たから……ミラーとシルヴィアの戦いを見ていなかった。まさか、あんな結末を迎えているなどと予想できようはずもない。
けど、それは大会が終わってから知った話。
今の私にとって大切な事は、ミラーの戦いの結末を知ることでも、次の試合に臨むことでもなかった。
「ありがと。大好きよ、ココ」
静香のこの笑顔を、守ること。
「やれやれ。冬だってのに暑いねぇ、十貴子ぉ」
相変わらずのジルと、顔を真っ赤にしている十貴子。
みんなの笑顔を、守ることだ。
「……じゃ、帰ろっか」
「はい!」
そして、私達は家へと向かう。
新しい……いや、帰ってきた、家族を連れて。
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