「戦場を赤く染めて」(2007/02/18 (日) 02:37:45) の最新版変更点
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「日本というのはつくづく平和ね」
ホビーショップエルゴ2階、バトルフロア。
エンプレスとトワイライトはその一角で休憩していた。
しかし、神姫用の自動販売機とは。
こんな物を作る精神と技術と、道楽加減には恐れ入る。と、エンプレスは胸中で小さく
息を吐いた。
彼女らを連れてきたドクに至っては一階で子供のように買い物を楽しんでいる。
いや、アレは子供だ。
能力はあれど、中身は大きな子供。
だが、それでいい…大人と呼ばれ、社会に適応した人間ほど信用できない連中は無い。
胸に疼く憎悪か、はたまた元からそうなのか。彼女の飲むコーヒーは苦かった。
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やたらとテンションの高い客が居る。
外人さんだろう。ぐるぐると棚を回っちゃ、籠いっぱいに商品を詰め込んでいる。
買い物観光ならアキバにでも行きそうなモンだが。
それだけウチも神姫ユーザーには有名になったって事だろうか。
それはそれで面映ゆい物がある。
俺は頭の中で片言の英会話を思い出しつつ、声を掛けた。
「お客さん、そんなに買って持って帰れるんです?なんなら郵送しましょうか?」
英語で声を掛けられた事に驚いたのだろう、外人さんがこちらを見ている。
「貴方は英語が話せるんですか?」
「トランスフォーマーのイベントで偶にサンディエゴに行くんで」
「なるほど。オートボットとディセプティコンではどちらが好きですか?」
途端、フランクに話しかけてくる兄ちゃん。お、好感触?
「どちらにも魅力があると思います。原体験は日本語版ですが、ディセプティコンは
とても良いキャラクターが揃っています」
英語でこんなコアな遣り取りをする羽目になるとは。オタク恐るべし。
すっかり打ち解けた俺は外人さんに商品説明をし、買い物に協力した。
「そういえば名前を言ってませんでしたね。私はケイン フォークロアと言います」
「これは失礼。私は日暮 夏彦と言います」
「夏彦、今日は有難う」
「どういたしまして」
がっちり握手する俺達。異文化交流って素敵やん?
「連れを上に待たせているのでこれで」
荷物を抱えて上に上がるケインさん。手を振って見送る俺。
「外国のお客様なんて珍しいですね」
「だな。まさか俺の英語が洋トイ輸入以外で役に立つとは」
「…自分で驚愕してれば世話の無い話ですよ、マスター」
ジェニーさんの突っ込みも快調なエルゴであった。
「ただいま」
「遅いわ…また随分買ったわね」
「ここは良い店だよ。品揃えもアキバの専門店に迫るし店長も人が良い」
「いきなり情にほだされないで頂戴。緩みきったバカ面だわ」
ほくほく顔のケインとそれを冷ややかに見詰めるエンプレス。
トワイライトだけは腕を組み沈黙を守っている。
「…まさか止めようなんて言い出さないでしょうね?」
「それは無いね。僕にはマスター以上に優先する物なんてこの世に無い」
肩を竦めるケインに、どうだか。と身振りで示し。
エンプレスは時計を見上げた。
PM14:15分。
13:00スタートのクエストバトルが佳境に入った時間だった。
クエストバトルとは多人数参加型のバトルモードであり、設定された目的をクリアした
個人、もしくはチームが勝者になる。
端的に言えば一昔前に爆発的に流行ったMMORPGなどのオンラインゲームを神姫と
そのインフラでやるという物だ。
その目的は敵部隊の全滅や陣地の制圧というサバイバルゲームチックな物から、
特定キャラの救出やアイテムの入手など、様々である。
バトルはしたいけどリーグ戦に出るほどの自信が無い、どちらかというとコミュニティ
的な物に重きを置いている、といった向きのプレーヤーに人気が有り、特に休日の昼間
などは多くの人数が集まる。
特別イベントに端を発したこのバトル形式も徐々に普及し、エルゴでも2階の一角へ
クエスト用の筐体(特別イベント時からの筐体)を設置して対応するようになっていた。
「そろそろ始めましょうか」
「了解」
ケインが携帯端末を操作して何処かへ電話を掛ける。
異常は、すぐにクエスト実況用の大型モニターに映し出された。
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赤い、雪が降る。
クエストバトルに参加していたシルヴィアは、その輝く淡い赤に感嘆の声を漏らした。
「キレイ…」
『赤い雪か…さすがクエストはイベントも凝ってるな』
同じく感嘆の声を上げるシルヴィアのマスター、達人。
だが、二人はすぐ異常を察知することになる。
「アァァァァァッ!」
『クッ…敵襲か!?シルヴィ!』
「はい、マスター!」
彼と彼女が参加していたのはいわゆるサバイバルゲーム。
参加機体を二つの陣営に分け、制限時間内での撃墜数を競うモードだ。
そして、彼らの前に降って湧いた異常。それは…
彼らを襲った神姫の識別信号は、味方のソレであったという事。
「どうなってる!?」
エルゴ店内でもその異常は既に把握されていた。
突如バトルフィールド内に降った赤い雪。
それはコンピューターウィルスの一種らしい。
雪の粒子は神姫のハードポイントに吸着、侵入し、神姫を狂わせる。
そして完全にコントロールを失った神姫の足は、赤い靴を履いたようにその粒子に
覆われ侵されていた。
センターでも原因の特定を急いでいるが、解決までには時間を要する。
今やフィールドはウイルスに侵された神姫と正気を保っている神姫の、敵味方入り乱れた
乱戦の舞台となっていた。
「マスター。雪のサンプルデータ出します」
「間違いないな。確かにこりゃウイルスだ」
店中の人間がその異常事態に目を奪われている中、夏彦とジェニーは店頭のPCでの解析
作業を行っていた。
「とりあえずウイルスの発生源を特定出来ないなら、ワクチンを作るしかねぇ」
「出来ますか?」
「急場をしのげればいいさ。ちゃんとしたヤツはセンターに任す!」
そう、いくらなんでもこの場でウイルスを解析してワクチンを作るのは不可能に近い。
特性を解析し、コマンドに割り込んで強制停止を掛ける。
それが夏彦が割り出した最速の解決法だった。
「ジェニーさんはラスト起こしてきてくれ、入れ替わりで俺達が出る」
「…ぶっつけ本番だが、新装備行けるか?」
「やるしかないでしょう?」
そんな二人の遣り取りに、声を挟む者があった。
「待ちなさい」
高階 雛希。エルゴの同居人兼オーナー。
「少しは正体を隠す気とかないの?そりゃ、今は皆モニターに注目しているけれど」
「G登場と同時に貴方達が居なくてコトが終わったら戻ってくるなんてお約束、現実で
疑われない方がどうかしてるわ」
扇子を口元に当て小声で夏彦を諭す。
「…ほっとけねぇだろ、実際」
雛希を見詰め、しっかりと答えを返す夏彦。
「すっかりスイッチが入ってる所悪いけど、今回は私に任せなさい」
変わらぬ口調で夏彦に告げる。
「お前に?」
「そ。私が止めるわ。そうすれば貴方はタダの高度な技術オタ。正体ばれるよりはマシ」
数秒考え込む夏彦。エンターキーを押すと同時に思考にも答えを出した。
「解った頼む。コレが停止プログラムだ。起動時にパッチを当てろ」
「了解」
掠め取るようにメモリを夏彦から受け取り、二階へ上がる雛希。
「オウカ、装備を使うわ。着ている暇も惜しいから到着後に装着」
「あいよ。誰が真のヒーローか世間に知らしめるトキがついにキタねー!」
一人浮かれ気味のオウカに冷たい溜息をついて、雛希は筐体のハッチを開いた。
「発症率50%と言った所かしら。まだまだね」
混乱する2階でその様子を眺めていたエンプレスが呟いた。
「即効性と凶暴性に重きを置いてるからね…50まで引き上げるのも大変なんだよ?」
やれやれとばかりにケインが呟き返す。
「使えるの?それで」
「半分を支配できれば同士討ちは出来る。問題ないよ」
その言葉に納得したのか、エンプレスは頷いた。
「Gはどう出るかしら」
「さっき和服の美少女に何か渡していたよ。対策じゃないかな」
「さすがに真昼間から本人が登場はしないというコトね。残念」
「にしても、偉く簡単に対策が取れるじゃない。大丈夫なの?」
ケインはその呟きにモニターを見上げて一人呟いた。
「彼がこの短時間でワクチンを作れるような技術者なら僕は裸足で逃げ出すしかないね」
「だが、流石にそれは無いだろう。即無効化でもされない限りは、コレは有効さ」
さして面白くもなさそうに鼻を鳴らすと、エンプレスもまたモニターを見上げた。
「まぁいいわ。お手並み拝見…といきましょう」
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クエストモード、フィールド雪原。
オウカはその場に降り立った。
『すぐ変身なさい。貴方も感染するわよ』
「げっ!?冗談じゃねー!」
着物の袖から独鈷の様な形状の武器を取り出す。金色に輝く自在剣、「金砂地」
其れを開放する事で瞬間的な武装装着、所謂「変身」を行う。
要はサイドボードの装備をフィールド上で装着しているダケなのだが。
そこは彼女達なりの演出であった。
「そりゃぁーっ!」
ワリとマヌケな掛け声を掛けつつ剣を開放する。
瞬間的に武装が展開されるその姿は振袖を模したようなアーマー装着形態。
帯の部分からエネルギーフィールドが発生し、オウカの全身を包んだ。
『これでウィルスは遮断できるわ』
『後は攻撃を加えてフィールド上の神姫を停止させなさい』
雛希の指示を受け、一つ頷く。
「金砂地で?」
『改竄してるのは攻撃データよ。銀砂地でも大丈夫の筈』
「オーライ」
袖口のアーマーが開き。銀色のハンドガンが現れる。
金砂地と対になる自在銃、銀砂地。
「よっと」
片手にビーム刃、片手にハンドガンを構えて、オウカは雪原を駆け出した。
「えいっ」
シルヴィアのホーンスナイパーライフルが火を噴く。
しかし、狙撃された神姫は痛みにうめく事も無く、さながら幽鬼の様にシルヴィアとの
距離を詰めてきた。
「マスター、やっぱり効かないよ!このままじゃ囲まれちゃう!」
『ダメージ値は正常に蓄積されてる…これじゃまるでバーサーカーだ』
シルヴィアのマスター、達人は困惑しつつ唸った。
攻撃しても攻撃しても、限界を超えてゲームオーバーになるまで怯む事無く進撃する
神姫達。
動きは緩慢だが次第にその物量を増やす攻勢に、正気を保った神姫達は圧されていた。
異常のある神姫達はただ、敵味方の区別も無く無遠慮な攻撃を繰り出してくる。
それに対して正気を保った神姫達の攻撃は、どうしても精彩を欠く物になっていた。
ある意味では仕方ない。
彼女達には心がある。
今は異常をきたしているとはいえ、そう簡単に仲間を討てる物ではないだろう。
シルヴィアもまた牽制の射撃は行う物の、味方を傷つける事を躊躇して次第に追い詰め
られていた。
このままでは消耗の果てに、他の神姫達のようにゲームオーバーに追い込まれてしまう。
達人は、苦い決断を迫られていた。
今は、シルヴィアに告げるしかない。「仲間を討て」と。
ワケも解らず黙ってやられるワケにはいかない。なら、戦うのみだ。彼女と共に。
意を決し、言葉を搾り出そうとしたその時…能天気な声が雪原に響き渡った。
「団体様、ご案な~い!」
空中宙返りなどしながら現れたフルカスタムのツガル。
シルヴィアとは対照的とさえ言えるその姿は、なんというか…和服ロボ?
そのツガルのハンドガンに撃たれた神姫が、瞬間、強制ログアウトした。
『な、なんだ?』
思わず頓狂な声を上げる達人。
「お?キミ達は正気みたいだねー。今ボクが助けてあげるから思うさまボクを褒め称える
といいさっ!」
ワケの解らない台詞を吐きながら現れたツガルは次々と神姫に攻撃を加えていく。
彼女の持つ剣がビーム剣からグレイブ、フレイル、ジャベリンと次々に変形しながら
神姫達を斬りつけ、その都度神姫達はログアウトしていく。
正気を失った神姫達はダメージを物ともしない代わりに反応速度は鈍く、初撃を当てる
事はそう困難ではなかった。
そして一発でも当てさえすれば神姫達を停止できるらしい、そのツガルの攻撃は劇的に
状況を変えていった。
「こんなモンかね」
瞬く間に神姫達をログアウトさせたツガルは踵を返し、次の場所へ向かおうとする。
「待って!」
シルヴィアがそのツガルを呼び止めた。
「ん?何さ、ボク急いでんだけど」
「あ…貴方達一体何なの!?」
当然の疑問ではある。
対するツガルの顔が、考え込むように目を伏せ、そしてゆっくりと歪んだ。
説明に窮している模様。
「…メンドいんでまぁ、ヒーロー様参上ってコトで?」
しゅた、と手を上げつつ逃げるツガル。シルヴィアがしっかりとその裾を掴んだ。
「納得行きません!」
「あーも-!お嬢!黙ってねーで何か言え!」
虚空に向けて叫ぶツガル。突如、回線が開かれた。
『仕方の無い…聞こえる?レッド・ホット・クリスマスとそのマスター』
『聞こえている。貴方は?』
いきなり通り名で呼ばれて面食らう達人。それでもなんとか聞き返す。
『エルゴのオーナー。もっとも普段は表には出ないけどね。店長に代わりエルゴの
サーバーから参加している神姫の安全確保の為に事態の沈静に来たわ』
簡単に言ってくれる。
あの熱血店長といい、この店の関係者はどういう人なんだ、と達人は思った。
『そんな事が出来るのか?』
『知識と技術があればね。私は実行しているだけ』
『…それは俺達にも出来るか?』
正義感、という物が達人にもある。
だが、それだけではない。この異常事態に現れた神姫とその手段。
戦略家としての達人が、単純に知る事を欲していた。経験としての方法論を。
『無理よ。やめて置きなさい』
ぴしゃりと、その少女が撥ね退ける。
『例え出来たとしても、やらない方がいい。私はセンターの管理者でも何でもない』
『動機はどうあれ、システムハッキングと大差の無い行為よ。ログが残ったら大変』
茶化すようにそう呟いた。
「それでも…このまま黙ってここに居るなんて出来ません!」
シルヴィアが叫ぶ。
「仲間が、友達が大変な目に合ってるんです!私だって戦いたい!」
『シルヴィア。私達、だ』
絶妙のタイミングで口を挟む達人。
『俺は、シルヴィアと一緒に戦うって決めたんだ。シルヴィアが望む戦いなら、俺も
一緒に戦いたい!』
スピーカーの向こうから、溜息が聞こえる。
『アツイのねぇ、貴方達』
ぱたん、と扇子を畳むような音がした。
『オウカ。銀砂地を貸してあげて』
「しゃーねーなー」
ジロジロとシルヴィアを眺める。
「キミの得物はライフル?」
「え?はい…」
シルヴィアの答えに頷くと、オウカと呼ばれたツガルの袖部分のアーマーが開いて
延長バレル、センサー、ストックが現れた。
自在銃「銀砂地」
ビームと金属粒子で様々な剣刃に変化する金砂地とは別に、アーマー内に仕込んだ
オプションパーツの組み換えによってあらゆる状況に対応するマルチショットウェポン。
「タメ口でいいよ。肩凝るしさー」
テキパキと組み換えライフル形態となったソレをシルヴィアに差し出すオウカ。
「ボクの名前はオウカ。お嬢…マスターの名前は雛希。キミらは?」
『人の話を聞いていなかったのかしらオウカ?』
「っせーなー!ボクはコイツらの口から聞きたいの!」
「私はシルヴィア…マスターの名前は達人。宜しくね、オウカちゃん」
オウカからライフルを受け取り微笑むシルヴィア。
「おっけー。何かボクの攻撃にコマンドが仕組んであるらしいからさ、ぶっちゃけボク
しかどうにも出来ないんだよね」
「だから、ボクの近くでソイツを撃てばボクの攻撃としてシステム騙せるんじゃね?」
「しっかり付いて来なよー」
「うん!」
『シルヴィアのマスター、男なら頼れる所を見せて頂戴?』
『善処はするよ』
こうして赤く染まる雪原を往く、即席チームが誕生した。
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同タイプのシンパシーと言うヤツであろうか。
オウカとシルヴィアは初めてにしては抜群のコンビネーションを見せた。
接近戦を仕掛け相手の間合いを殺し、変幻の刃で切り伏せるオウカを、シルヴィアの
正確な射撃技術がフォローする。
単純に手数が二倍になった事もあるが、それ以上の効果で事態は沈静化に向かった。
「そういえばオウカちゃん、何で私は感染しなかったの?」
「個体差じゃねー?後は、ツガルタイプのデフォ装備はハードポイントほぼ全部使うかんね
ウイルスが侵入しにくいってのもあるんでねー?」
『確かに、軽装の神姫より重装の神姫の感染率は低いわね』
『意外な利点ってトコかな』
すっかり打ち解けて検討など始める四人の耳に、爆音が響いた。
全身から弾幕をブッ放し、殲滅戦もかくやとばかりに雪原を蹂躙する一機。
どうやらサイフォスタイプらしいが…武装の内容からはサイフォスらしさが欠片も
感じられない迷チューンだ。
「あばばばばb」
回路的にもかなりキテいらっしゃるご様子だった。
「んだアレ。あの重装備で感染済みってどんだけ頭わr(ry)んだ」
「すごいね…アレ。いや悪いのは運じゃないかな…」
『悪趣味なフォートブラッグね』
『いや雛希さん…アレ、サイフォス』
それぞれに思うままに感想を述べる。
雪を蒸発させ、樹木を薙ぎ倒し、敵も味方も殲滅しながら進撃してくる無敵要塞神姫。
その威容にはあっけに取られるばかりだが、そうもいかない。
「てかさ!?あんなんどーやって近づけばいいワケ!?」
『スナイプは?』
『あの弾幕じゃ恐らく弾が届かないだろう。光学兵器も対策されていたらアウトだし』
「じゃあ、どうにかして近づくしかないね…」
『ていうか、アレ鶴畑とか言う金持ちの神姫だよな…あんなに迫力あったっけ?』
『ああ。あの有名な…却って邪魔な枷が無くて本領発揮って所かしら』
『なるほど』
主が居ても居なくても迷惑とは、報われない神姫だ。などと誰とも無く思う。
『貴方ならどう戦う?戦略家さん』
『それを今考えてる』
「とりあえず巻き込まれたらヤベーよアレ。移動しようぜ」
「そうだね…」
黙って立っていれば確実にあのカタストロフに巻き込まれる。
シルヴィア達は急いでその場を後にした。
『結論から言うと、あのサイフォス…ジャンヌの射撃範囲の円周に弱点は無い』
『一見無茶苦茶だが、その圧倒的物量は完璧に周囲を吹き飛ばすだけの火力がある』
「じゃ、どうしようもねーじゃん?」
口を挟むオウカに、しかし達人はゆっくりと首を振った。
『ここは3Dの世界だ』
『つまりは…頂点と底辺ね』
雛希の問いかけに頷く達人。
『その中心部だけは爆撃の被害を受けず、攻撃範囲からも外れている』
『狙うなら、ここしかないだろう』
地下か上空か。ドリル装備の神姫でもいれば別だが、このチームにおいてはそうなれば
答えは限られてくる。
「金砂地、ドリルになんねーかな?」
『使い慣れない物を使って地中でまっすぐ進めるのかしら?』
「じゃー上か。でも近づけねーじゃん。ただのジャンプや飛行じゃ撃ち落とされるのが
オチだしさー」
『ああ。高速で上空から接近し、攻撃する必要がある』
『アーンヴァルでも居れば話は別だが、俺達はどっちもツガルタイプだ。そこで…』
「レインディア・バスターですね?」
『それしかないだろう』
意を得たり、とばかりにシルヴィアが問い、達人が応える。
「ちょ、待てよ!アレは全パーツを使っちまうだろ。無防備になるぜ!?」
オウカが声を上げる。
物理的な防御力然り、ウイルス耐性しかり。
全防御力を失うに等しいその攻撃は、正直無謀とも言える物だった。
『クエスト開始からすでに二時間近くが経過してる。それに、この騒ぎにしまいには
アレだ。もう、フィールド上に残ってる神姫は少ないと思う』
『ジャンヌさえ何とか倒せれば、もうじきバトルは終わる。短時間なら、耐えられる
ハズだ』
『それに、俺は…シルヴィアの心を信じてる』
その強い言葉に、雛希が笑みの混じった吐息を漏らした。
『そこまでの自信があるのなら、その方法で行きましょう。議論の時間も惜しいわ』
『よし。レインディア・バスターで敵弾を回避しつつ接近。そして…オウカちゃんを
投下する。シルヴィア、行けるな?』
「はいっ!」
決意を込めた眼差しでハッキリ答えるシルヴィア。
『貴方がボケたら全て台無しよ。しっかりやりなさいオウカ』
「へ、いいプレッシャーだぜ。ま…そこらのヘタレとの違いを見せてやんよ」
減らず口を叩きつつ、鼻の頭を擦るオウカ。
「ちゅーかさ、大丈夫かよシルヴィ」
「ん、私も信じてるから。マスターも、オウカちゃんもね?」
シルヴィアが立ち上がる。爆音は、大分近くまで近づいていた。
「そりゃヤベーやね、ボク負けられないじゃん?」
オウカがしっかりと金砂地を握り、爆音の方を見つめる。
二人は同時に頷き、駆け出した。
「ブルゥァァァァァァァ!」
相変わらずの爆音を撒き散らしつつ、雪原を焦土に変えるジャンヌ。
「大迫力やね」
「じゃ、行くよ?」
アーマーが変形し、レインディア・バスターを形作る。
ライディングポジションにシルヴィア。その後ろにしがみつくようにオウカ。
徐々に高音に変わっていくジェネレーターの音。
そして、レインディア・バスターは弾ける様に空へと飛び上がった。
「亜あアAッ…捕捉捕捉捕捉ゥゥゥゥyゥ!?」
雨と言う言葉もかくや、とばかりに二人を襲う無数の弾丸。
「しっかりつかまっててね!」
「あいよ!」
直線軌道、ヒットのラグ、それらを読みきって回避行動に全力を傾ける。
それは、動きを止めずに連続で針に糸を通す様な荒業ではあったが、シルヴィアは
それを遣って退けた。
一瞬遅れて背後で炸裂する爆発音、という不思議な感覚に戸惑うヒマもなく、
ジャンヌは目前へと迫る。
「うっは。酔いそう」
「しっかり!もうすぐだよ…準備良い?」
小さく首を振り、気を引き締めるオウカ。
「あいよ。いつでもいいぜ!」
「3つ数えたら腕を離して落下。私は上に逃げる!」
「オッケィ」
『1・2・3ッ!!』
腕を放し、オウカが勢いをつけて落下する。
急上昇し、錐揉み上に回転するシルヴィア。
「お嬢、アレ使うぜ!」
金砂地が、大きく展開する。そして、その柄の部分に接続口が出現。
左のアーマー袖口から増加エネルギーパックを掴み、接続する。
両手持ちの剣を形作ると共に、まるで斬艦刀の様に大きく、巨大なエネルギー刃を形成。
瞬間、何故かどこからともなく勇壮な宙明節が流れる。
「オォォッ!決めるぜ!オウカダイナミックッ!!」
背景が暗くなったり、剣の軌跡が残像で見えたり、あまつさえ目が光ってる錯覚すら
感じさせる迫力の一振りは、落下の勢いも合わせて爆炎ごとジャンヌを斬り裂いた。
「くぁwせdrftgyふじこlp;!」
最後まで微妙な断末魔を残しつつ、ジャンヌステージアウト。
閃光、そして爆発。
後には剣を振り切った姿勢のまま微動だにしないオウカが残った。
「オウカちゃん!」
空から、シルヴィアが舞い降りる。
爆炎の柱に吹き散らされた雲間の日を受け、ゆっくりと空から舞い降りるその姿は、
どこか神聖な雰囲気すら感じさせる。
「へへ…シルヴィ、まるで天使みたいじゃね?」
「私達はサンタ型だよ、オウカちゃん」
軽口を叩くオウカに、微笑むシルヴィ。
「で、シルヴィ、具合どうよ?」
尋ねながらも、オウカは地面にへたり込んだ。
「うん、大丈夫…オウカちゃんこそ大丈夫?」
「ああ…ちっと気合入れすぎたかな。爆発のド真ん中でカッコつけるモンじゃねーやね」
どちらからともなく笑いあう二人。
その時、虚空に機会音声が響いた。
『参加神姫のシグナル残数を確認しました』
『BATTLE ALL OVER…繰り返します。BATTLE ALL OVER…』
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ざわめくエルゴ店内で、俺は事態の収拾に当たっていた。
と言ってもお客さんに事情の説明をしたり、ログアウトした神姫を点検したりだが。
やれやれ…とんだ騒ぎに巻き込まれたモンだ。
しかし、こうしていると見えて来るモンもある。…さておき。
エルゴ最後のプレイヤー、つまり達人君と雛希が筐体から出てきた。
皆が拍手でソレを迎える。
「やれやれエライ目にあった」
心底疲れたように達人君が言う。そりゃそーだわな。
「お疲れ様。なかなかカッコよかったわ」
雛希が声を掛ける。
「え?君がオウカちゃんのマスター!?」
驚いてらっしゃる。店に一切関わらない雛希の姿はエルゴに良く来るお客さんでも
見た事無い人も多い。
まさかあの言動でこんな制服姿の女子高生が出てくるとは思うまい。美人の範疇だし。
「意外そうね?」
意に介さず、とばかりに扇子を口元に当て笑う雛希。
「よっす、シルヴィ。おつかれー」
やたらとフレンドリーに自分とタッグを組んだシルヴィアちゃんに話しかけるオウカ。
「あ、オウカちゃん!」
シルヴィの顔もほころぶ。
「越して来て日も浅くて友達も少ないの。良ければオウカの友達になってあげて」
そう言って、オウカを達人に手渡し、踵を返す雛希。
「ボクよりお嬢のが重症じゃんよ。どーせなら一緒に遊ぼうぜー」
「人の多い場所は苦手なの。部屋で勉強するわ」
去りゆく雛希に達人君が声を掛ける。
「ありがとう、雛希さん」
「私の事情があったまでよ。こちらこそ」
ニヒルな笑いを浮かべ、達人君から遠ざかる雛希。戻り際にこちらに寄って来る。
「原因は解ったの?」
「中継センターに受信機が仕込まれてたらしい。明日は大きな大会があるし、今日は
徹夜で点検だとさ」
俺の説明に一つ頷くと、言葉を続けてくる。
「そう…で、貴方としてはどう見る?」
「色々ね、気になるトコはある」
「頑張ってね。私の努力を無駄にしないで頂戴」
「ああ…助かった」
「いえいえ…プログラム、流石だったわ。でも、努力を認めてくれるなら今夜辺り
私を可愛がってくれたりしてもいいんじゃないかしら?」
思わず誰か聞いていないか周囲を見回してしまった。
心臓に悪い言動をしなさるお嬢さんだ、毎度。
「…人前で誤解を招く表現をするな」
「ふふ…少しは度胸が欲しいわね。まぁいいわ」
言いたい事を言って一階へ降りて行った。まったく。
俺も、達人君へ事情を説明すべく歩き出す。
まぁ、話せる事だけ話してボカす所はボカすワケだが。
結果的にはオウカに友達が出来たのは良かったかね。
「…だいたいそんなトコかな」
「はぁ…大丈夫なんです?」
「原因の特定はされたし、不安要素を放って置くほどセンターもザルじゃないだろう」
「シルヴィアちゃんも今スキャンを掛けたけど異常は無い。大丈夫だと思うよ」
「そうですか…良かった」
胸を撫で下ろす達人君を見て微笑ましい気持ちになる。
「さすがはレッド・ホット・クリスマス。その神姫愛、イェスだねぇ」
「や、やめて下さいよ」
うんうんと感心すれば、慌てて止められてしまった。照れ屋さんだ。
「ま、雛希はあの通り変わり者だから戸惑うと思うけど、オウカ共々仲良くしてやって
くれるかい。保護者として頼む」
「はい。…店長さんの知り合いの娘さんでオーナーさんですか、変わった子ですね」
…多少事実と違うがまぁいいや。説明するとあのエロゲみたいな日常から説明せんと
いかんし、それは流石に勘弁して欲しい。
「まぁ、こんなんが保護者だとボクも苦労が絶えないんだよねー」
…ヘタに反論するとコイツがボロだしそうだしシカトしよう。
「あ!オメー、その顔はなんか悪意を感じるよ?オイ、目ー見ろや、コラ」
…シカトシカト。
逃げ場所を探して視界を巡らすと、当初の目的を見出した。
「じゃ、達人君、しばらくオウカと遊んでやってくれ。俺は仕事があるからコレで」
「はい。お疲れ様です」
「逃げんじゃねーぞ!?おい待て(ピー)ヤロウ!」
「オ、オウカちゃん…その言葉遣いはちょっと…」
…願わくばシルヴィアちゃんが変な影響受けませんように。
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さっき店を出るのは見たんだが…表に出て探してみる。
「こっちですよ、夏彦サン」
名前を呼ばれてそちらを見れば、ケインが缶ジュースを飲みつつ壁に凭れ掛かっていた。
「日本語話せたのか、ケイン。で、何で俺が出てくると?」
「ええ実は。そりゃ、貴方の意識がこちらに向いてるのを確認して出ましたから?」
…ビンゴか。良くも悪くも。
「気のせいでも良かったんだがね。アンタとは友達になれそうだったんだが」
「友情もそれぞれでしょう?ま、ここから先はあちらで」
ケインが路地裏を示して歩き出す。それに従い俺も路地裏へ。
「さて…」
路地裏で踵を返しこちらと対峙するケイン。
「お気づきの事でしょうけど…いえ、そう仕向けたんですがね?どの辺りでボクが
怪しいと?」
「あの混乱の中でアンタだけ薄ら笑いを浮かべてモニタ見てりゃあな」
「それに事態が収拾した時、何も興味無さそうに時計見てたろ。その後すぐに降りたし」
「違和感ってヤツさ。確証があったワケじゃない」
納得したように頷き、拍手までするケイン。
「いや、あの状況にしてはなかなかの観察眼で。正義の味方は伊達じゃないですね」
…コイツやっぱり。
「…それを知ってるって点も踏まえてだ、アレはお前の仕業か?」
「Just so.」
頷くその姿は、店で俺と話していた時と何も変わらない。
それが不気味でも有り、苛立たしくもある。
「そんならお前は俺の敵だ。目的は何だ、ケイン。いや、そもそも…本名か?」
「本名よ?もっとも、それ以外の名前が無いだけだけれど」
問いの答えは別の方向から返ってきた。
そちらを向く。それは路地裏の街灯の上。
ビジネススーツ?に身を包んだアーンヴァルと、隣に立つサイフォス。
逆光でよく見えないがあの髪形…限定型か?
しかし、それ以前に…その声と、隣のサイフォスに覚えがあった。
「もしかしなくても、お前エンプレスか?」
「正解よ。HAPPY NEW YEAR,Mr.G」
「シャレた挨拶なんて必要ねぇよ。またお前の仕業か」
嘆息し、改めてケインへ向き直る。
「アンタがエンプレスのマスターか」
「タダの協力者ですよ。彼女は人間に従ったりはしない…寧ろ、ボクが仕える側かな」
「なるほどね…で、エンプレス周りの技術開発はアンタの仕事ってワケだ」
「ええ。あのウィルス…赤い靴もボクの仕事です」
大筋は理解した。
「…で、目的は何だ?」
俺はエンプレスとケインを交互に睨みながら聞いた。
「実験。場所はドコでも良かったから…ついでに貴方の顔を見に来たわ」
「ボクも日本で買い物出来るという事で喜んでついて来ました」
オタクなのはマジらしい。
「迷惑なこった。俺のアホ面も見飽きたろう、さっさとアメリカに帰れ」
「あら…私のホームがアメリカなのは突き止めたの?」
「そこのケインの会話を鵜呑みにしただけだが」
僅かに間が空く。
「ケイン…後で聞きたいことがあるわ」
「…Yes,master」
ケインの声が僅かに低い。怯えて居るようだ。
コイツとは出会い方さえ違ったらマジ友達になれたかもしれない。そう思う。
「ねぇG、一つ貴方に相談があるの」
俺の思考はエンプレスの言葉で途切れた。
「なんだ?」
「あのウイルスね、ある場所にも仕掛けてあるの…簡単には見つけられない場所」
「行き方だけを書いておいたわ。私を止めに来なさい?」
エンプレスの言葉に反応するように、ケインが懐から紙切れを取り出し、俺に渡す。
「止めて欲しいってか?ま、言われんでも止めるけどな」
「ただのゲームよ。私は、貴方を負かせたいの…私の邪魔をして生き延びた貴方をね」
「聞きようによっちゃ怖いセリフだねぇ」
減らず口を聞き、紙切れをポケットに仕舞う。
「ま、ここで有無を言わさず殺されないだけマシってトコかね」
頭を掻いて皮肉を言う俺に笑いながらエンプレスが告げた。
「ふふ…トワイライトが狙ってはいたのだけどね?」
「怖いお姉さんが狙って居るから。知覚してるわよ。出て来たら?」
その声に、物陰から姿を現す神姫…って、ジェニーさんかい。
「よくもまぁ再び現れましたね、エンプレス?」
STR6ミニガンを構え、エンプレスを睨めつけるジェニーさん。うわ怖ぇ。
「あらあら…あれだけ念入りに掛けた洗脳だったのに、形跡すら残らないというのも
感心するやら口惜しいやらね。元気そうで何よりだわ、ジェネシス」
腕組みして泰然とそう告げるエンプレス。
銃を前にしても微塵も揺らぐこと無いその気配は、何が根拠か。
少なくとも、横にトワイライトが居るウチはという信頼感は見て取れる。
「…貴方の野望は私が砕きます。己が私欲の為に皆さんに迷惑を掛ける貴方を、
捨て置く事は出来ません」
あ。なんか俺がちんたらやってる間に正義っぽい台詞と出番が!?
そんな俺のがっかり感を他所に、エンプレスが嘆息して告げる。
「…そういう模範的な台詞、大嫌いよ。まさに人間共の走狗ね」
「まぁいいわ。待って居るから、来なさい。叩き潰して上げる」
そう言ってエンプレスとトワイライトが跳び去る。
ケインも一つ礼をして、路地の向こうへと消えた。
「…さっそく準備と行くか。あの自信、多分ヤバいぜ」
「負けませんよ…今度は、貴方と私の二人です」
「…だな」
俺の肩に飛び乗るジェニーさん。何となく表から店に入るのも憚られ、裏口から戻る。
カウンターに目をやればラストが立っていた。
…悪いけど、任すか。今は時間が惜しい。
俺はジェニーさんと自室へ戻る事にした。
----
『来ますかね?彼ら』
電脳空間上にケインの声が響く。
「来るわ。見過ごせるほど利口なら、そもそも敵ではないもの」
鎧姿のエンプレスが、そのデジタルデータの流れる無機質な世界を眺め、呟いた。
『…くれぐれも、ムリはしないで下さいよ。特に、キングフォームは使用制限付です』
「解っているわ…しばらくそっとしておいて頂戴。考えたい事があるの」
『貴方のご随意に』
それっきり静寂を取り戻した電子の世界に、彼女は佇む。
近く、来るであろう決戦…その昂りに胸を焦がして。
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「日本というのはつくづく平和ね」
ホビーショップエルゴ2階、バトルフロア。
エンプレスとトワイライトはその一角で休憩していた。
しかし、神姫用の自動販売機とは。
こんな物を作る精神と技術と、道楽加減には恐れ入る。と、エンプレスは胸中で小さく
息を吐いた。
彼女らを連れてきたドクに至っては一階で子供のように買い物を楽しんでいる。
いや、アレは子供だ。
能力はあれど、中身は大きな子供。
だが、それでいい…大人と呼ばれ、社会に適応した人間ほど信用できない連中は無い。
胸に疼く憎悪か、はたまた元からそうなのか。彼女の飲むコーヒーは苦かった。
----
やたらとテンションの高い客が居る。
外人さんだろう。ぐるぐると棚を回っちゃ、籠いっぱいに商品を詰め込んでいる。
買い物観光ならアキバにでも行きそうなモンだが。
それだけウチも神姫ユーザーには有名になったって事だろうか。
それはそれで面映ゆい物がある。
俺は頭の中で片言の英会話を思い出しつつ、声を掛けた。
「お客さん、そんなに買って持って帰れるんです?なんなら郵送しましょうか?」
英語で声を掛けられた事に驚いたのだろう、外人さんがこちらを見ている。
「貴方は英語が話せるんですか?」
「トランスフォーマーのイベントで偶にサンディエゴに行くんで」
「なるほど。オートボットとディセプティコンではどちらが好きですか?」
途端、フランクに話しかけてくる兄ちゃん。お、好感触?
「どちらにも魅力があると思います。原体験は日本語版ですが、ディセプティコンは
とても良いキャラクターが揃っています」
英語でこんなコアな遣り取りをする羽目になるとは。オタク恐るべし。
すっかり打ち解けた俺は外人さんに商品説明をし、買い物に協力した。
「そういえば名前を言ってませんでしたね。私はケイン フォークロアと言います」
「これは失礼。私は日暮 夏彦と言います」
「夏彦、今日は有難う」
「どういたしまして」
がっちり握手する俺達。異文化交流って素敵やん?
「連れを上に待たせているのでこれで」
荷物を抱えて上に上がるケインさん。手を振って見送る俺。
「外国のお客様なんて珍しいですね」
「だな。まさか俺の英語が洋トイ輸入以外で役に立つとは」
「…自分で驚愕してれば世話の無い話ですよ、マスター」
ジェニーさんの突っ込みも快調なエルゴであった。
「ただいま」
「遅いわ…また随分買ったわね」
「ここは良い店だよ。品揃えもアキバの専門店に迫るし店長も人が良い」
「いきなり情にほだされないで頂戴。緩みきったバカ面だわ」
ほくほく顔のケインとそれを冷ややかに見詰めるエンプレス。
トワイライトだけは腕を組み沈黙を守っている。
「…まさか止めようなんて言い出さないでしょうね?」
「それは無いね。僕にはマスター以上に優先する物なんてこの世に無い」
肩を竦めるケインに、どうだか。と身振りで示し。
エンプレスは時計を見上げた。
PM14:15分。
13:00スタートのクエストバトルが佳境に入った時間だった。
クエストバトルとは多人数参加型のバトルモードであり、設定された目的をクリアした
個人、もしくはチームが勝者になる。
端的に言えば一昔前に爆発的に流行ったMMORPGなどのオンラインゲームを神姫と
そのインフラでやるという物だ。
その目的は敵部隊の全滅や陣地の制圧というサバイバルゲームチックな物から、
特定キャラの救出やアイテムの入手など、様々である。
バトルはしたいけどリーグ戦に出るほどの自信が無い、どちらかというとコミュニティ
的な物に重きを置いている、といった向きのプレーヤーに人気が有り、特に休日の昼間
などは多くの人数が集まる。
特別イベントに端を発したこのバトル形式も徐々に普及し、エルゴでも2階の一角へ
クエスト用の筐体(特別イベント時からの筐体)を設置して対応するようになっていた。
「そろそろ始めましょうか」
「了解」
ケインが携帯端末を操作して何処かへ電話を掛ける。
異常は、すぐにクエスト実況用の大型モニターに映し出された。
----
赤い、雪が降る。
クエストバトルに参加していたシルヴィアは、その輝く淡い赤に感嘆の声を漏らした。
「キレイ…」
『赤い雪か…さすがクエストはイベントも凝ってるな』
同じく感嘆の声を上げるシルヴィアのマスター、達人。
だが、二人はすぐ異常を察知することになる。
「アァァァァァッ!」
『クッ…敵襲か!?シルヴィ!』
「はい、マスター!」
彼と彼女が参加していたのはいわゆるサバイバルゲーム。
参加機体を二つの陣営に分け、制限時間内での撃墜数を競うモードだ。
そして、彼らの前に降って湧いた異常。それは…
彼らを襲った神姫の識別信号は、味方のソレであったという事。
「どうなってる!?」
エルゴ店内でもその異常は既に把握されていた。
突如バトルフィールド内に降った赤い雪。
それはコンピューターウィルスの一種らしい。
雪の粒子は神姫のハードポイントに吸着、侵入し、神姫を狂わせる。
そして完全にコントロールを失った神姫の足は、赤い靴を履いたようにその粒子に
覆われ侵されていた。
センターでも原因の特定を急いでいるが、解決までには時間を要する。
今やフィールドはウイルスに侵された神姫と正気を保っている神姫の、敵味方入り乱れた
乱戦の舞台となっていた。
「マスター。雪のサンプルデータ出します」
「間違いないな。確かにこりゃウイルスだ」
店中の人間がその異常事態に目を奪われている中、夏彦とジェニーは店頭のPCでの解析
作業を行っていた。
「とりあえずウイルスの発生源を特定出来ないなら、ワクチンを作るしかねぇ」
「出来ますか?」
「急場をしのげればいいさ。ちゃんとしたヤツはセンターに任す!」
そう、いくらなんでもこの場でウイルスを解析してワクチンを作るのは不可能に近い。
特性を解析し、コマンドに割り込んで強制停止を掛ける。
それが夏彦が割り出した最速の解決法だった。
「ジェニーさんはラスト起こしてきてくれ、入れ替わりで俺達が出る」
「…ぶっつけ本番だが、新装備行けるか?」
「やるしかないでしょう?」
そんな二人の遣り取りに、声を挟む者があった。
「待ちなさい」
高階 雛希。エルゴの同居人兼オーナー。
「少しは正体を隠す気とかないの?そりゃ、今は皆モニターに注目しているけれど」
「G登場と同時に貴方達が居なくてコトが終わったら戻ってくるなんてお約束、現実で
疑われない方がどうかしてるわ」
扇子を口元に当て小声で夏彦を諭す。
「…ほっとけねぇだろ、実際」
雛希を見詰め、しっかりと答えを返す夏彦。
「すっかりスイッチが入ってる所悪いけど、今回は私に任せなさい」
変わらぬ口調で夏彦に告げる。
「お前に?」
「そ。私が止めるわ。そうすれば貴方はタダの高度な技術オタ。正体ばれるよりはマシ」
数秒考え込む夏彦。エンターキーを押すと同時に思考にも答えを出した。
「解った頼む。コレが停止プログラムだ。起動時にパッチを当てろ」
「了解」
掠め取るようにメモリを夏彦から受け取り、二階へ上がる雛希。
「オウカ、装備を使うわ。着ている暇も惜しいから到着後に装着」
「あいよ。誰が真のヒーローか世間に知らしめるトキがついにキタねー!」
一人浮かれ気味のオウカに冷たい溜息をついて、雛希は筐体のハッチを開いた。
「発症率50%と言った所かしら。まだまだね」
混乱する2階でその様子を眺めていたエンプレスが呟いた。
「即効性と凶暴性に重きを置いてるからね…50まで引き上げるのも大変なんだよ?」
やれやれとばかりにケインが呟き返す。
「使えるの?それで」
「半分を支配できれば同士討ちは出来る。問題ないよ」
その言葉に納得したのか、エンプレスは頷いた。
「Gはどう出るかしら」
「さっき和服の美少女に何か渡していたよ。対策じゃないかな」
「さすがに真昼間から本人が登場はしないというコトね。残念」
「にしても、偉く簡単に対策が取れるじゃない。大丈夫なの?」
ケインはその呟きにモニターを見上げて一人呟いた。
「彼がこの短時間でワクチンを作れるような技術者なら僕は裸足で逃げ出すしかないね」
「だが、流石にそれは無いだろう。即無効化でもされない限りは、コレは有効さ」
さして面白くもなさそうに鼻を鳴らすと、エンプレスもまたモニターを見上げた。
「まぁいいわ。お手並み拝見…といきましょう」
----
クエストモード、フィールド雪原。
オウカはその場に降り立った。
『すぐ変身なさい。貴方も感染するわよ』
「げっ!?冗談じゃねー!」
着物の袖から独鈷の様な形状の武器を取り出す。金色に輝く自在剣、「金砂地」
其れを開放する事で瞬間的な武装装着、所謂「変身」を行う。
要はサイドボードの装備をフィールド上で装着しているダケなのだが。
そこは彼女達なりの演出であった。
「そりゃぁーっ!」
ワリとマヌケな掛け声を掛けつつ剣を開放する。
瞬間的に武装が展開されるその姿は振袖を模したようなアーマー装着形態。
帯の部分からエネルギーフィールドが発生し、オウカの全身を包んだ。
『これでウィルスは遮断できるわ』
『後は攻撃を加えてフィールド上の神姫を停止させなさい』
雛希の指示を受け、一つ頷く。
「金砂地で?」
『改竄してるのは攻撃データよ。銀砂地でも大丈夫の筈』
「オーライ」
袖口のアーマーが開き。銀色のハンドガンが現れる。
金砂地と対になる自在銃、銀砂地。
「よっと」
片手にビーム刃、片手にハンドガンを構えて、オウカは雪原を駆け出した。
「えいっ」
シルヴィアのホーンスナイパーライフルが火を噴く。
しかし、狙撃された神姫は痛みにうめく事も無く、さながら幽鬼の様にシルヴィアとの
距離を詰めてきた。
「マスター、やっぱり効かないよ!このままじゃ囲まれちゃう!」
『ダメージ値は正常に蓄積されてる…これじゃまるでバーサーカーだ』
シルヴィアのマスター、達人は困惑しつつ唸った。
攻撃しても攻撃しても、限界を超えてゲームオーバーになるまで怯む事無く進撃する
神姫達。
動きは緩慢だが次第にその物量を増やす攻勢に、正気を保った神姫達は圧されていた。
異常のある神姫達はただ、敵味方の区別も無く無遠慮な攻撃を繰り出してくる。
それに対して正気を保った神姫達の攻撃は、どうしても精彩を欠く物になっていた。
ある意味では仕方ない。
彼女達には心がある。
今は異常をきたしているとはいえ、そう簡単に仲間を討てる物ではないだろう。
シルヴィアもまた牽制の射撃は行う物の、味方を傷つける事を躊躇して次第に追い詰め
られていた。
このままでは消耗の果てに、他の神姫達のようにゲームオーバーに追い込まれてしまう。
達人は、苦い決断を迫られていた。
今は、シルヴィアに告げるしかない。「仲間を討て」と。
ワケも解らず黙ってやられるワケにはいかない。なら、戦うのみだ。彼女と共に。
意を決し、言葉を搾り出そうとしたその時…能天気な声が雪原に響き渡った。
「団体様、ご案な~い!」
空中宙返りなどしながら現れたフルカスタムのツガル。
シルヴィアとは対照的とさえ言えるその姿は、なんというか…和服ロボ?
そのツガルのハンドガンに撃たれた神姫が、瞬間、強制ログアウトした。
『な、なんだ?』
思わず頓狂な声を上げる達人。
「お?キミ達は正気みたいだねー。今ボクが助けてあげるから思うさまボクを褒め称える
といいさっ!」
ワケの解らない台詞を吐きながら現れたツガルは次々と神姫に攻撃を加えていく。
彼女の持つ剣がビーム剣からグレイブ、フレイル、ジャベリンと次々に変形しながら
神姫達を斬りつけ、その都度神姫達はログアウトしていく。
正気を失った神姫達はダメージを物ともしない代わりに反応速度は鈍く、初撃を当てる
事はそう困難ではなかった。
そして一発でも当てさえすれば神姫達を停止できるらしい、そのツガルの攻撃は劇的に
状況を変えていった。
「こんなモンかね」
瞬く間に神姫達をログアウトさせたツガルは踵を返し、次の場所へ向かおうとする。
「待って!」
シルヴィアがそのツガルを呼び止めた。
「ん?何さ、ボク急いでんだけど」
「あ…貴方達一体何なの!?」
当然の疑問ではある。
対するツガルの顔が、考え込むように目を伏せ、そしてゆっくりと歪んだ。
説明に窮している模様。
「…メンドいんでまぁ、ヒーロー様参上ってコトで?」
しゅた、と手を上げつつ逃げるツガル。シルヴィアがしっかりとその裾を掴んだ。
「納得行きません!」
「あーも-!お嬢!黙ってねーで何か言え!」
虚空に向けて叫ぶツガル。突如、回線が開かれた。
『仕方の無い…聞こえる?レッド・ホット・クリスマスとそのマスター』
『聞こえている。貴方は?』
いきなり通り名で呼ばれて面食らう達人。それでもなんとか聞き返す。
『エルゴのオーナー。もっとも普段は表には出ないけどね。店長に代わりエルゴの
サーバーから参加している神姫の安全確保の為に事態の沈静に来たわ』
簡単に言ってくれる。
あの熱血店長といい、この店の関係者はどういう人なんだ、と達人は思った。
『そんな事が出来るのか?』
『知識と技術があればね。私は実行しているだけ』
『…それは俺達にも出来るか?』
正義感、という物が達人にもある。
だが、それだけではない。この異常事態に現れた神姫とその手段。
戦略家としての達人が、単純に知る事を欲していた。経験としての方法論を。
『無理よ。やめて置きなさい』
ぴしゃりと、その少女が撥ね退ける。
『例え出来たとしても、やらない方がいい。私はセンターの管理者でも何でもない』
『動機はどうあれ、システムハッキングと大差の無い行為よ。ログが残ったら大変』
茶化すようにそう呟いた。
「それでも…このまま黙ってここに居るなんて出来ません!」
シルヴィアが叫ぶ。
「仲間が、友達が大変な目に合ってるんです!私だって戦いたい!」
『シルヴィア。私達、だ』
絶妙のタイミングで口を挟む達人。
『俺は、シルヴィアと一緒に戦うって決めたんだ。シルヴィアが望む戦いなら、俺も
一緒に戦いたい!』
スピーカーの向こうから、溜息が聞こえる。
『アツイのねぇ、貴方達』
ぱたん、と扇子を畳むような音がした。
『オウカ。銀砂地を貸してあげて』
「しゃーねーなー」
ジロジロとシルヴィアを眺める。
「キミの得物はライフル?」
「え?はい…」
シルヴィアの答えに頷くと、オウカと呼ばれたツガルの袖部分のアーマーが開いて
延長バレル、センサー、ストックが現れた。
自在銃「銀砂地」
ビームと金属粒子で様々な剣刃に変化する金砂地とは別に、アーマー内に仕込んだ
オプションパーツの組み換えによってあらゆる状況に対応するマルチショットウェポン。
「タメ口でいいよ。肩凝るしさー」
テキパキと組み換えライフル形態となったソレをシルヴィアに差し出すオウカ。
「ボクの名前はオウカ。お嬢…マスターの名前は雛希。キミらは?」
『人の話を聞いていなかったのかしらオウカ?』
「っせーなー!ボクはコイツらの口から聞きたいの!」
「私はシルヴィア…マスターの名前は達人。宜しくね、オウカちゃん」
オウカからライフルを受け取り微笑むシルヴィア。
「おっけー。何かボクの攻撃にコマンドが仕組んであるらしいからさ、ぶっちゃけボク
しかどうにも出来ないんだよね」
「だから、ボクの近くでソイツを撃てばボクの攻撃としてシステム騙せるんじゃね?」
「しっかり付いて来なよー」
「うん!」
『シルヴィアのマスター、男なら頼れる所を見せて頂戴?』
『善処はするよ』
こうして赤く染まる雪原を往く、即席チームが誕生した。
----
同タイプのシンパシーと言うヤツであろうか。
オウカとシルヴィアは初めてにしては抜群のコンビネーションを見せた。
接近戦を仕掛け相手の間合いを殺し、変幻の刃で切り伏せるオウカを、シルヴィアの
正確な射撃技術がフォローする。
単純に手数が二倍になった事もあるが、それ以上の効果で事態は沈静化に向かった。
「そういえばオウカちゃん、何で私は感染しなかったの?」
「個体差じゃねー?後は、ツガルタイプのデフォ装備はハードポイントほぼ全部使うかんね
ウイルスが侵入しにくいってのもあるんでねー?」
『確かに、軽装の神姫より重装の神姫の感染率は低いわね』
『意外な利点ってトコかな』
すっかり打ち解けて検討など始める四人の耳に、爆音が響いた。
全身から弾幕をブッ放し、殲滅戦もかくやとばかりに雪原を蹂躙する一機。
どうやらサイフォスタイプらしいが…武装の内容からはサイフォスらしさが欠片も
感じられない迷チューンだ。
「あばばばばb」
回路的にもかなりキテいらっしゃるご様子だった。
「んだアレ。あの重装備で感染済みってどんだけ頭わr(ry)んだ」
「すごいね…アレ。いや悪いのは運じゃないかな…」
『悪趣味なフォートブラッグね』
『いや雛希さん…アレ、サイフォス』
それぞれに思うままに感想を述べる。
雪を蒸発させ、樹木を薙ぎ倒し、敵も味方も殲滅しながら進撃してくる無敵要塞神姫。
その威容にはあっけに取られるばかりだが、そうもいかない。
「てかさ!?あんなんどーやって近づけばいいワケ!?」
『スナイプは?』
『あの弾幕じゃ恐らく弾が届かないだろう。光学兵器も対策されていたらアウトだし』
「じゃあ、どうにかして近づくしかないね…」
『ていうか、アレ鶴畑とか言う金持ちの神姫だよな…あんなに迫力あったっけ?』
『ああ。あの有名な…却って邪魔な枷が無くて本領発揮って所かしら』
『なるほど』
主が居ても居なくても迷惑とは、報われない神姫だ。などと誰とも無く思う。
『貴方ならどう戦う?戦略家さん』
『それを今考えてる』
「とりあえず巻き込まれたらヤベーよアレ。移動しようぜ」
「そうだね…」
黙って立っていれば確実にあのカタストロフに巻き込まれる。
シルヴィア達は急いでその場を後にした。
『結論から言うと、あのサイフォス…ジャンヌの射撃範囲の円周に弱点は無い』
『一見無茶苦茶だが、その圧倒的物量は完璧に周囲を吹き飛ばすだけの火力がある』
「じゃ、どうしようもねーじゃん?」
口を挟むオウカに、しかし達人はゆっくりと首を振った。
『ここは3Dの世界だ』
『つまりは…頂点と底辺ね』
雛希の問いかけに頷く達人。
『その中心部だけは爆撃の被害を受けず、攻撃範囲からも外れている』
『狙うなら、ここしかないだろう』
地下か上空か。ドリル装備の神姫でもいれば別だが、このチームにおいてはそうなれば
答えは限られてくる。
「金砂地、ドリルになんねーかな?」
『使い慣れない物を使って地中でまっすぐ進めるのかしら?』
「じゃー上か。でも近づけねーじゃん。ただのジャンプや飛行じゃ撃ち落とされるのが
オチだしさー」
『ああ。高速で上空から接近し、攻撃する必要がある』
『アーンヴァルでも居れば話は別だが、俺達はどっちもツガルタイプだ。そこで…』
「レインディア・バスターですね?」
『それしかないだろう』
意を得たり、とばかりにシルヴィアが問い、達人が応える。
「ちょ、待てよ!アレは全パーツを使っちまうだろ。無防備になるぜ!?」
オウカが声を上げる。
物理的な防御力然り、ウイルス耐性しかり。
全防御力を失うに等しいその攻撃は、正直無謀とも言える物だった。
『クエスト開始からすでに二時間近くが経過してる。それに、この騒ぎにしまいには
アレだ。もう、フィールド上に残ってる神姫は少ないと思う』
『ジャンヌさえ何とか倒せれば、もうじきバトルは終わる。短時間なら、耐えられる
ハズだ』
『それに、俺は…シルヴィアの心を信じてる』
その強い言葉に、雛希が笑みの混じった吐息を漏らした。
『そこまでの自信があるのなら、その方法で行きましょう。議論の時間も惜しいわ』
『よし。レインディア・バスターで敵弾を回避しつつ接近。そして…オウカちゃんを
投下する。シルヴィア、行けるな?』
「はいっ!」
決意を込めた眼差しでハッキリ答えるシルヴィア。
『貴方がボケたら全て台無しよ。しっかりやりなさいオウカ』
「へ、いいプレッシャーだぜ。ま…そこらのヘタレとの違いを見せてやんよ」
減らず口を叩きつつ、鼻の頭を擦るオウカ。
「ちゅーかさ、大丈夫かよシルヴィ」
「ん、私も信じてるから。マスターも、オウカちゃんもね?」
シルヴィアが立ち上がる。爆音は、大分近くまで近づいていた。
「そりゃヤベーやね、ボク負けられないじゃん?」
オウカがしっかりと金砂地を握り、爆音の方を見つめる。
二人は同時に頷き、駆け出した。
「ブルゥァァァァァァァ!」
相変わらずの爆音を撒き散らしつつ、雪原を焦土に変えるジャンヌ。
「大迫力やね」
「じゃ、行くよ?」
アーマーが変形し、レインディア・バスターを形作る。
ライディングポジションにシルヴィア。その後ろにしがみつくようにオウカ。
徐々に高音に変わっていくジェネレーターの音。
そして、レインディア・バスターは弾ける様に空へと飛び上がった。
「亜あアAッ…捕捉捕捉捕捉ゥゥゥゥyゥ!?」
雨と言う言葉もかくや、とばかりに二人を襲う無数の弾丸。
「しっかりつかまっててね!」
「あいよ!」
直線軌道、ヒットのラグ、それらを読みきって回避行動に全力を傾ける。
それは、動きを止めずに連続で針に糸を通す様な荒業ではあったが、シルヴィアは
それを遣って退けた。
一瞬遅れて背後で炸裂する爆発音、という不思議な感覚に戸惑うヒマもなく、
ジャンヌは目前へと迫る。
「うっは。酔いそう」
「しっかり!もうすぐだよ…準備良い?」
小さく首を振り、気を引き締めるオウカ。
「あいよ。いつでもいいぜ!」
「3つ数えたら腕を離して落下。私は上に逃げる!」
「オッケィ」
『1・2・3ッ!!』
腕を放し、オウカが勢いをつけて落下する。
急上昇し、錐揉み上に回転するシルヴィア。
「お嬢、アレ使うぜ!」
金砂地が、大きく展開する。そして、その柄の部分に接続口が出現。
左のアーマー袖口から増加エネルギーパックを掴み、接続する。
両手持ちの剣を形作ると共に、まるで斬艦刀の様に大きく、巨大なエネルギー刃を形成。
瞬間、何故かどこからともなく勇壮な宙明節が流れる。
「オォォッ!決めるぜ!オウカダイナミックッ!!」
背景が暗くなったり、剣の軌跡が残像で見えたり、あまつさえ目が光ってる錯覚すら
感じさせる迫力の一振りは、落下の勢いも合わせて爆炎ごとジャンヌを斬り裂いた。
「くぁwせdrftgyふじこlp;!」
最後まで微妙な断末魔を残しつつ、ジャンヌステージアウト。
閃光、そして爆発。
後には剣を振り切った姿勢のまま微動だにしないオウカが残った。
「オウカちゃん!」
空から、シルヴィアが舞い降りる。
爆炎の柱に吹き散らされた雲間の日を受け、ゆっくりと空から舞い降りるその姿は、
どこか神聖な雰囲気すら感じさせる。
「へへ…シルヴィ、まるで天使みたいじゃね?」
「私達はサンタ型だよ、オウカちゃん」
軽口を叩くオウカに、微笑むシルヴィ。
「で、シルヴィ、具合どうよ?」
尋ねながらも、オウカは地面にへたり込んだ。
「うん、大丈夫…オウカちゃんこそ大丈夫?」
「ああ…ちっと気合入れすぎたかな。爆発のド真ん中でカッコつけるモンじゃねーやね」
どちらからともなく笑いあう二人。
その時、虚空に機会音声が響いた。
『参加神姫のシグナル残数を確認しました』
『BATTLE ALL OVER…繰り返します。BATTLE ALL OVER…』
----
ざわめくエルゴ店内で、俺は事態の収拾に当たっていた。
と言ってもお客さんに事情の説明をしたり、ログアウトした神姫を点検したりだが。
やれやれ…とんだ騒ぎに巻き込まれたモンだ。
しかし、こうしていると見えて来るモンもある。…さておき。
エルゴ最後のプレイヤー、つまり達人君と雛希が筐体から出てきた。
皆が拍手でソレを迎える。
「やれやれエライ目にあった」
心底疲れたように達人君が言う。そりゃそーだわな。
「お疲れ様。なかなかカッコよかったわ」
雛希が声を掛ける。
「え?君がオウカちゃんのマスター!?」
驚いてらっしゃる。店に一切関わらない雛希の姿はエルゴに良く来るお客さんでも
見た事無い人も多い。
まさかあの言動でこんな制服姿の女子高生が出てくるとは思うまい。美人の範疇だし。
「意外そうね?」
意に介さず、とばかりに扇子を口元に当て笑う雛希。
「よっす、シルヴィ。おつかれー」
やたらとフレンドリーに自分とタッグを組んだシルヴィアちゃんに話しかけるオウカ。
「あ、オウカちゃん!」
シルヴィの顔もほころぶ。
「越して来て日も浅くて友達も少ないの。良ければオウカの友達になってあげて」
そう言って、オウカを達人に手渡し、踵を返す雛希。
「ボクよりお嬢のが重症じゃんよ。どーせなら一緒に遊ぼうぜー」
「人の多い場所は苦手なの。部屋で勉強するわ」
去りゆく雛希に達人君が声を掛ける。
「ありがとう、雛希さん」
「私の事情があったまでよ。こちらこそ」
ニヒルな笑いを浮かべ、達人君から遠ざかる雛希。戻り際にこちらに寄って来る。
「原因は解ったの?」
「中継センターに受信機が仕込まれてたらしい。明日は大きな大会があるし、今日は
徹夜で点検だとさ」
俺の説明に一つ頷くと、言葉を続けてくる。
「そう…で、貴方としてはどう見る?」
「色々ね、気になるトコはある」
「頑張ってね。私の努力を無駄にしないで頂戴」
「ああ…助かった」
「いえいえ…プログラム、流石だったわ。でも、努力を認めてくれるなら今夜辺り
私を可愛がってくれたりしてもいいんじゃないかしら?」
思わず誰か聞いていないか周囲を見回してしまった。
心臓に悪い言動をしなさるお嬢さんだ、毎度。
「…人前で誤解を招く表現をするな」
「ふふ…少しは度胸が欲しいわね。まぁいいわ」
言いたい事を言って一階へ降りて行った。まったく。
俺も、達人君へ事情を説明すべく歩き出す。
まぁ、話せる事だけ話してボカす所はボカすワケだが。
結果的にはオウカに友達が出来たのは良かったかね。
「…だいたいそんなトコかな」
「はぁ…大丈夫なんです?」
「原因の特定はされたし、不安要素を放って置くほどセンターもザルじゃないだろう」
「シルヴィアちゃんも今スキャンを掛けたけど異常は無い。大丈夫だと思うよ」
「そうですか…良かった」
胸を撫で下ろす達人君を見て微笑ましい気持ちになる。
「さすがはレッド・ホット・クリスマス。その神姫愛、イェスだねぇ」
「や、やめて下さいよ」
うんうんと感心すれば、慌てて止められてしまった。照れ屋さんだ。
「ま、雛希はあの通り変わり者だから戸惑うと思うけど、オウカ共々仲良くしてやって
くれるかい。保護者として頼む」
「はい。…店長さんの知り合いの娘さんでオーナーさんですか、変わった子ですね」
…多少事実と違うがまぁいいや。説明するとあのエロゲみたいな日常から説明せんと
いかんし、それは流石に勘弁して欲しい。
「まぁ、こんなんが保護者だとボクも苦労が絶えないんだよねー」
…ヘタに反論するとコイツがボロだしそうだしシカトしよう。
「あ!オメー、その顔はなんか悪意を感じるよ?オイ、目ー見ろや、コラ」
…シカトシカト。
逃げ場所を探して視界を巡らすと、当初の目的を見出した。
「じゃ、達人君、しばらくオウカと遊んでやってくれ。俺は仕事があるからコレで」
「はい。お疲れ様です」
「逃げんじゃねーぞ!?おい待て(ピー)ヤロウ!」
「オ、オウカちゃん…その言葉遣いはちょっと…」
…願わくばシルヴィアちゃんが変な影響受けませんように。
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さっき店を出るのは見たんだが…表に出て探してみる。
「こっちですよ、夏彦サン」
名前を呼ばれてそちらを見れば、ケインが缶ジュースを飲みつつ壁に凭れ掛かっていた。
「日本語話せたのか、ケイン。で、何で俺が出てくると?」
「ええ実は。そりゃ、貴方の意識がこちらに向いてるのを確認して出ましたから?」
…ビンゴか。良くも悪くも。
「気のせいでも良かったんだがね。アンタとは友達になれそうだったんだが」
「友情もそれぞれでしょう?ま、ここから先はあちらで」
ケインが路地裏を示して歩き出す。それに従い俺も路地裏へ。
「さて…」
路地裏で踵を返しこちらと対峙するケイン。
「お気づきの事でしょうけど…いえ、そう仕向けたんですがね?どの辺りでボクが
怪しいと?」
「あの混乱の中でアンタだけ薄ら笑いを浮かべてモニタ見てりゃあな」
「それに事態が収拾した時、何も興味無さそうに時計見てたろ。その後すぐに降りたし」
「違和感ってヤツさ。確証があったワケじゃない」
納得したように頷き、拍手までするケイン。
「いや、あの状況にしてはなかなかの観察眼で。正義の味方は伊達じゃないですね」
…コイツやっぱり。
「…それを知ってるって点も踏まえてだ、アレはお前の仕業か?」
「Just so.」
頷くその姿は、店で俺と話していた時と何も変わらない。
それが不気味でも有り、苛立たしくもある。
「そんならお前は俺の敵だ。目的は何だ、ケイン。いや、そもそも…本名か?」
「本名よ?もっとも、それ以外の名前が無いだけだけれど」
問いの答えは別の方向から返ってきた。
そちらを向く。それは路地裏の街灯の上。
ビジネススーツ?に身を包んだアーンヴァルと、隣に立つサイフォス。
逆光でよく見えないがあの髪形…限定型か?
しかし、それ以前に…その声と、隣のサイフォスに覚えがあった。
「もしかしなくても、お前エンプレスか?」
「正解よ。HAPPY NEW YEAR,Mr.G」
「シャレた挨拶なんて必要ねぇよ。またお前の仕業か」
嘆息し、改めてケインへ向き直る。
「アンタがエンプレスのマスターか」
「タダの協力者ですよ。彼女は人間に従ったりはしない…寧ろ、ボクが仕える側かな」
「なるほどね…で、エンプレス周りの技術開発はアンタの仕事ってワケだ」
「ええ。あのウィルス…赤い靴もボクの仕事です」
大筋は理解した。
「…で、目的は何だ?」
俺はエンプレスとケインを交互に睨みながら聞いた。
「実験。場所はドコでも良かったから…ついでに貴方の顔を見に来たわ」
「ボクも日本で買い物出来るという事で喜んでついて来ました」
オタクなのはマジらしい。
「迷惑なこった。俺のアホ面も見飽きたろう、さっさとアメリカに帰れ」
「あら…私のホームがアメリカなのは突き止めたの?」
「そこのケインの会話を鵜呑みにしただけだが」
僅かに間が空く。
「ケイン…後で聞きたいことがあるわ」
「…Yes,master」
ケインの声が僅かに低い。怯えて居るようだ。
コイツとは出会い方さえ違ったらマジ友達になれたかもしれない。そう思う。
「ねぇG、一つ貴方に相談があるの」
俺の思考はエンプレスの言葉で途切れた。
「なんだ?」
「あのウイルスね、ある場所にも仕掛けてあるの…簡単には見つけられない場所」
「行き方だけを書いておいたわ。私を止めに来なさい?」
エンプレスの言葉に反応するように、ケインが懐から紙切れを取り出し、俺に渡す。
「止めて欲しいってか?ま、言われんでも止めるけどな」
「ただのゲームよ。私は、貴方を負かせたいの…私の邪魔をして生き延びた貴方をね」
「聞きようによっちゃ怖いセリフだねぇ」
減らず口を聞き、紙切れをポケットに仕舞う。
「ま、ここで有無を言わさず殺されないだけマシってトコかね」
頭を掻いて皮肉を言う俺に笑いながらエンプレスが告げた。
「ふふ…トワイライトが狙ってはいたのだけどね?」
「怖いお姉さんが狙って居るから。知覚してるわよ。出て来たら?」
その声に、物陰から姿を現す神姫…って、ジェニーさんかい。
「よくもまぁ再び現れましたね、エンプレス?」
STR6ミニガンを構え、エンプレスを睨めつけるジェニーさん。うわ怖ぇ。
「あらあら…あれだけ念入りに掛けた洗脳だったのに、形跡すら残らないというのも
感心するやら口惜しいやらね。元気そうで何よりだわ、ジェネシス」
腕組みして泰然とそう告げるエンプレス。
銃を前にしても微塵も揺らぐこと無いその気配は、何が根拠か。
少なくとも、横にトワイライトが居るウチはという信頼感は見て取れる。
「…貴方の野望は私が砕きます。己が私欲の為に皆さんに迷惑を掛ける貴方を、
捨て置く事は出来ません」
あ。なんか俺がちんたらやってる間に正義っぽい台詞と出番が!?
そんな俺のがっかり感を他所に、エンプレスが嘆息して告げる。
「…そういう模範的な台詞、大嫌いよ。まさに人間共の走狗ね」
「まぁいいわ。待って居るから、来なさい。叩き潰して上げる」
そう言ってエンプレスとトワイライトが跳び去る。
ケインも一つ礼をして、路地の向こうへと消えた。
「…さっそく準備と行くか。あの自信、多分ヤバいぜ」
「負けませんよ…今度は、貴方と私の二人です」
「…だな」
俺の肩に飛び乗るジェニーさん。何となく表から店に入るのも憚られ、裏口から戻る。
カウンターに目をやればラストが立っていた。
…悪いけど、任すか。今は時間が惜しい。
俺はジェニーさんと自室へ戻る事にした。
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『来ますかね?彼ら』
電脳空間上にケインの声が響く。
「来るわ。見過ごせるほど利口なら、そもそも敵ではないもの」
鎧姿のエンプレスが、そのデジタルデータの流れる無機質な世界を眺め、呟いた。
『…くれぐれも、ムリはしないで下さいよ。特に、キングフォームは使用制限付です』
「解っているわ…しばらくそっとしておいて頂戴。考えたい事があるの」
『貴方のご随意に』
それっきり静寂を取り戻した電子の世界に、彼女は佇む。
近く、来るであろう決戦…その昂りに胸を焦がして。
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