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「戦う神姫は好きですか 七話」(2007/02/04 (日) 21:02:06) の最新版変更点
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空を仰げば透き通るような青が広がっている。
バーチャルだとは分かっていてもついつい見惚れてしまう程に、キレイな空だ。
これで弁当の一つでもあればピクニック気分が満喫できる。
そうでなくとも良い天気というのは心を躍らせるものだ。
まあ、一つ気になる事といえば、今がバトルの真っ最中と言う事か。
「トリス……空を見るのも良いけど、バトルに集中してよ?」
「無論で御座るよ、主殿」
すぐ近くにいる対戦相手であるサイフォスには目もくれず、トリスは空を仰いでいる。
「しかし、今回ばかりは楽勝で御座るよ」
そう言いながら、視線をサイフォスに移す。
彼女はトリスが目と鼻の先に居るにも関わらず、周囲を警戒している。
まるでトリスが見えていないようだ。
実際、サイフォスにはトリスの姿は見えていない。
「奴の装備ではニトクリスを見破るまでにまだまだ余裕が御座ろう」
「そうだけどさ……」
トリスの用いる主武装の一つ、『システム・ニトクリス』
周囲に全長1マイクロミリメートル以下の超小型機械『ナノマシン』を散布し、
対象神姫の電子回路内部に侵入させ、ハッキングを施して感覚を狂わせるシステムである。
サイフォスがすぐ近くにいるトリスを見つけられないのは、このシステムを用いているからに他ならない。
このシステムのメリットは、神姫自体の感覚を狂わせる点にある。
ニトクリスにハッキングされた神姫は、トリスの思うが侭の幻覚を見る。
「ッ…そこか!」
現に、サイフォスはトリスがいる所とは全く別の空間に斬りかかっている。
サイフォスの中ではそこにトリスがいるのだ。
「……こんな悪趣味なシステム作るんじゃなかった」
「何を言うか主殿、これ程面白い機構は他に御座らんではないか!」
ニトクリスが狂わせる感覚は五感全てに及ぶ。
サイフォスの視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚の全ては今、トリスの手の平の上にある。
が、このシステムも万能ではない。
「そうか……ハッキング系の武装か!?」
神姫は高度なAIを所有する。
それは人間と同等の精神活動をもたらすものであると同時に、超ハイレベルなCPUでもあるのだ。
よって、ハッキングに対する自己修復システムも標準的に持ち合わせているのだ。
「ふむ……存外、回復が早いで御座るな」
「そんな悠長に構えてないで、ナ・アシブを装着してよ!」
トリスが使うナノマシンには三つの能力がある。
一つ目はニトクリスに用いるハッキング能力。
二つ目は、光の屈折能力である。
簡単に言えば光学迷彩機能だ。
トリスの背後、何も無いはずの空間にノイズと共にそれは現れた。
それは無骨な腕と奇妙な背骨と獣の様な脚部を持った機械の鎧。
トリスの用いる主武装の一つ、強化外装『ナ・アシブ』
その中の、人体で表すならば肺や心臓などの内蔵がある場所にトリスは乗り込んだ。
「ふむ……異常無しで御座るな」
トリスは自身の右手首を動かした。
それを追従するように、ナ・アシブの大きな右手首が駆動する。
「おのれ、卑怯な真似をッ!」
ニトクリスのハッキングから復帰したサイフォスが本物のトリスを睨む。
「全くもって恐ろしくてたまらんで御座るな」
激昂しているにも関わらず、慎重に間合いを詰めてくるサイフォス。
それを飄飄とした様子で見物するトリス。
二人の間には温度差のある空気が充満していた。
「……拙者、喧嘩はそれほど得意では御座らん。よって、尻尾を巻いて隠れさせてもらうで御座る」
ナ・アシブはその巨体には不釣合いな程の速度で跳んだ。
「貴様、私を舐めているのか!」
怒声を頭の片隅に追いやりながら、トリスはフィールドを駆けた。
光学迷彩を起動しながら向かうのは、サイフォスからそう遠く無い物影だ。
「ふむ、ここら辺で良かろうか」
目的のポイントに到達したトリスは周囲をくるりと見回し、頷いた。
そして、背部に格納されていた三つ折のライフルを取り出した。
トリスの用いる武装の一つ『アルゴス・ランチャー』
全長2.3smの長大な超高出力レーザーライフルであるそれを右肩に担ぐように無造作に構えたトリスは、これまた無造作に引鉄を引いた。
大した反動も無く、レーザーは明後日の方向に飛んで、曲がった。
何度も何度も複雑に曲がり、障害物の合間を縫うようにサイフォスの元へと一瞬で迫った。
「なっ!?」
右肩を貫かれたサイフォスが驚きの声を上げる。
「ふむ。やはり多少の誤差はあるで御座るか」
トリスの用いるナノマシンの三つ目の能力。
それはレーザーの反射である。
ナノマシンの霧の中であれば、何処に隠れていても狙撃可能な千里眼。
トリスはナノマシンの誤差を修正しながら再び引鉄を引いた。
今度は大きく迂回するような軌道を取りながら、レーザーはサイフォスの眉間目掛けて飛来する。
しかしサイフォスは、それをコルヌを犠牲に防いだ。
「ほう。これは見事で御座るな」
サイフォスの後頭部から眉間にかけてレーザーが貫通したのは、トリスの呟きと同時だった。
「しかし、拙者の弾頭は幾らでも曲がるので御座るよ」
空を仰ぎながら、トリスは言った。
昼間だというのに人数疎らなバトルセンター。
何時もなら大勢の神姫オーナーの熱気が渦巻くこの場所が、まるで深夜のコンビニの様に鎮まり返っている。
まあ、それもその筈、今日は平日だ。
平日の真昼間からバトルセンターに入り浸れる人間というのはそう多くない。
神姫バトルセンターの職員か、ニートか、それともそれ以外か。
孝也とトリスの二人は、とりあえずはそれ以外の人間だった。
「主殿、レポートの残りは如何程で御座るか?」
「アルゴス・ランチャーのデータだけだから、あとオンラインで2・3回バトルすれば終るよ」
「それは残念。折角の機会、もう暫し神姫バトルを満喫してみたいで御座るのに」
「そうもいかないよ、レポートの提出今日までだもの……」
孝也は溜息をついた。
「ふむ。ならば明日にでも出直すとしようでは御座らんか」
「明日は普通に講義があるよ」
「ならば明後日でも」
「研究室の方でやることがあるんだよ」
「むむむ。ならば…」
「今度時間が空いたら、その時にしようよ」
「ふむ……まあ仕方なかろうか。主殿にも都合という物があるで御座るしな」
「ありがと、トリス」
孝也は軽く笑いながら言った。
「……さて、暫くは何を持って暇を潰そうかのぉ」
そう広くない僕の部屋。
実家が大学から遠いという理由で寮を使っている、僕の部屋。
家電類は初めから揃っていて、風呂トイレもちゃんとあるかなり住み心地の良い寮。
その部屋の中、床に座ってノートPCのキーボードを叩く。
僕はMMS環境心理学科に属している。
そこでは人と神姫とのコミュニケーションを通し、人間にどのような作用を及ぼすか。
みたいな事をメインにやっている。
その中で更に細かく分類があって、僕はバトルに介するものをやっている。
僕ら学生にはほぼ無償で最新の武装やPCなど様々な神姫用の備品と、ある一定の指向性を持った装備が与えられる。
けーくんとナルちゃんにはバランスの取れた装備が与えられた。
裕也先輩と蒼蓮華ちゃんには近接特化の装備が与えられた。
裕子先輩とアル・ヴァルには空中戦に特化した装備が与えられた。
全員が何らかの指向性を持った装備を与えられ、それのデータの報告する。
それが僕らの仕事。
今、僕がノートPCに打ち込んでいるのもそのレポート。
トリスの三つの武装。
「システム・ニトクリス」「ナ・アシブ」「アルゴス・ランチャー」
僕らに与えられた武装は電子戦に特化した装備だった。
初めの頃はナノマシンを利用した光学迷彩しか無かったけど、今は随分と豪華になった。
だけど、揺り籠の中で眠るトリスは昔と全く変わっていないと思う。
最初から胡散臭い御座る口調だった。
最初から僕を困らせて楽しそうに笑っていた。
最初から、今まで、すっと変わらない。
君はずっと僕の隣に居てくれた。
「……主殿、眠っておられるのか?」
トリスはクレイドルの上から呆然と孝也を見上げた。
何時ものように床に座ってノートPCを弄っている体勢のまま、項垂れている孝也。
その瞼は閉じられており、微かだか規則正しい呼吸の音が聞こえる。
部屋は暗く、明りと言えば孝也を背後から照らす月明かりだけだ。
顔は逆光のせいで見え辛いが、その表情だけは解る。
「……ト…リ……ス……」
笑っていた。
トリスの名を夢の中で呼びながら、笑っていた。
「……ふふ」
トリスはクレイドルから立ち上がり、孝也の肩まで飛び移った。
「主殿、拙者はここに居るで御座るよ……」
肩の上に座ると、孝也の寝顔に頬を寄せた。
「ずっと、此処に居るで御座るよ」
トリスは静かに目を瞑った。
同じ夢を見れる様にと、祈りながら。
「やっぱりトロンベちゃんは何着ても似合うわねぇ~♪」
「……う~」
ベッドの上でフリル満載のピンク色の可愛らしいドレスを着せられたトロンベはこれでもか、と言うほど顔を赤くしている。
その顔は若干俯いているが、その視線はアリカを見つめている。
「…それでバトルしてみる?」
「ご主人様ぁ!?」
「冗談よ、冗談」
クスクス笑っているアリカに、トロンベはとっても非難的な視線を突き刺す。
「でも」
アリカはすくうようにトロンベを抱き上げた。
「そういう格好も良く似合ってるわ、トロンベ」
「……ありがとう、ございます」
今度は完全に顔を俯かせて、蚊の鳴く様な声だった。
「にしてもよ、茜」
「なーにー?」
茜はごそごそと大き目のリュックを漁っている。
「アンタが家に来た理由って、コレだけじゃないでしょうね?」
「これだけよ?」
リュックの中から取り出した神姫サイズの洋服を手に取りながら答えた。
「アンタにはロンがいるじゃない。何でわざわざトロンベに着せるのよ」
「私はもう散々弄ばれましたので」
リュックの中から洋服を取り出しながらロンが答えた。
「あ、そう……」
「それに、トロンベが恥ずかしがるのを見るのも楽しいですし」
「そうなのよぉ~、ロンったら全然恥ずかしがらなくて弄り甲斐が無いのよぉ~」
要はこの二人、トロンベを着せ替え人形にする為だけにアリカの家に来たのだ。
「まあ、可愛らしいトロンベが見れるなら良いんだけどね」
悪戯っぽく笑いながらトロンベを撫でるアリカ。
「そうそう、ついでにアリカのも作ってきたわよ~」
「へ?」
「さあ、アリカさん。トロンベとおそろいですので遠慮せずに」
大きめなリュックに満載されていた人間サイズのフリフリたっぷりのドレスや、黒と白を基調としたゴスロリドレスなどを両手に持ちながら茜が迫り、神姫サイズの際どい衣装や旧スクなどを両手に持ったロンも迫る。
『さあ、お着替えしましょう』
「230! 231! 232!」
むっさ苦しい声がむっさ苦しい部屋に響く。
「198! 199! 200!」
畳張りの床の上で、可愛らしい声が響く。
「どうした蒼蓮華、また俺の勝ちか!」
片手腕立てをしながら、裕也が大声を上げた。
「まだまだなのだ~!」
同じく片手腕立てをしながら、蒼蓮華も負けじと声を上げた。
裕也と蒼蓮華の二人は今、日課の一つである片手腕立て300本競争に精を出している。
傍から見ればかなり珍妙だが、当人達が幸せならそれはそれで。
「268! 269! 270!」
孝也の身体が上下する速度が僅かに上がった。
「むむむ…!」
それに気付いた蒼蓮華も負けじとペースを上げる。
「今日こそは勝つのだ~!」
「きゅ~……」
畳の上で蒼蓮華は目を回している。
片手腕立て300本の後、背筋や腹筋、スクワットまでやったのだ。
並みの神姫ならとっくの昔にバッテリー切れを起こしているだろう。
「まだまだだな、蒼蓮華!」
それに対し、裕也は元気だ。
多少汗ばんではいるが、蒼蓮華程疲労していないと見える。
「おのれ~! 明次こそは絶対に勝つのだ~!」
「おう、その心意気や良し!」
二人は互いの拳を突き付け合った。
部屋には暑苦しい空気が充満していた。
「……孝也と蒼蓮華、今日も元気ですね」
やたらと騒がしい天井を見上げながら、アル・ヴェルはぼそりと呟いた。
「ふふ、やっぱり男の子は元気が一番ね」
どこか楽しそうに裕子は言った。
暑苦しい弟とは対照的な裕子は、優雅にアル・ヴェルと休日を満喫しているようだ。
テーブルの上には紅茶と洋菓子が並べられており、裕子は小説を読みながら紅茶を時折口に運ぶ。
アル・ヴェルは笑っていい○も増刊号を見ながら洋菓子を摘んでいる。
穏やかな昼下がり、という言葉が相応しい光景だ。
「……マスター」
ふいに、アル・ヴェルが裕子に向かい声をかけた。
「なぁに、ヴェル?」
裕子は小説から視線を上げず、言葉だけで応える。
「もうそろそろお昼です。やんちゃっ子達がお腹を空かせる時間ではないかと」
「……噂をすれば、ほら」
階段を降りる音と共に裕也の声が響く。
「姉貴、昼飯にしようぜ!」
裕子は小説にしおりを挟み、テーブルの上に置いた。
「そうね、今日は何にしようかしら?」
「平和って尊いな……」
狭いアパートの一室で、小さな幸福を噛み締める学生がここに一人。
「平和過ぎて退屈な気もします」
クレイドルの上で神姫サイズの雑誌を呼んでいたナルが言った。
「退屈なくらいが丁度良いんだよ~」
ベッドの上でゴロゴロしながら恵太郎は言った。
「そういうものですか」
「そういうものさ~」
引き続きベッドの上でゴロゴロする恵太郎。
「他の連中は喧しすぎるからな~。休みの日くらいはマッタリしたいさ~」
恵太郎の中ではマッタリ=ゴロゴロするなのか、それしかしていない。
他に幾らでもやることはあるだろうに、とナルは思っていたが言わないでおいた。
ピピピ、と無機質な機械音が響く。
「っと、メールか。珍しい」
恵太郎は枕元に置いてある携帯電話を手に取った。
「……孝也から? 『助けて、けーくん!昨晩うっかり寝オチしちゃってレポート間に合いそうに無いよ!』だぁ?」
「それは大変ですね」
「ああ、大変そうだな」
恵太郎とナルはまるで他人事だ。
まあ、実際他人事なのだから仕方ないが。
「『知るか、自分で何とかしろ』っと」
「……マスター、血も涙もありませんね」
「情は人の為ならずって言うだろ?」
「……そうですね」
ナルは一瞬突っ込もうかと思ったが、止めた。
「全く、休日にまでメールしてくるなよな……」
ピピピ!
「噂をすれば何とやらですね」
ナルは心なしか楽しそうだ。
「今度は茜か……って画像添付?」
「何の画像ですか?」
何か惹かれるモノがあるのか、ナルは恵太郎の下へ移動した。
「ああ、本文には『超レア画像在中』ってあるけど……」
「どれどれ……」
『うわぁ』
恵太郎とナルは声を揃えた。
そこに映し出されていたのはネコミミメイド服に身を包んだトロンベだった。
顔は真っ赤で今にも燃え上がりそうなのが画像越しでも良く分かる。
「……茜は相変わらずだな」
「……良くやりますよ」
二人が何とも言いがたい雰囲気に包まれていると、もう一通メールが届いた。
「また茜からか」
本文に『超絶レア画像在中』とあったその画像とは…。
『………』
恵太郎とナルは、文字通り固まった。
石になったと言っても問題は無い。
それくらい見事に硬直した。
そして。
「だーっはっはっはっは!……何じゃこりゃ!?」
携帯を投げ出し、腹を抱えて笑う恵太郎。
「……ま、マスター……そんなに、笑っては…失礼……ですよ……」
そういうナルも必死に笑いを堪え様としているのは見え見えだった。
投げ出された携帯の画面には、トロンベとお揃いのネコミミメイド服に身を纏ったアリカの姿があった。
その顔はトロンベ以上に真っ赤だった。
世は押し並べて、事もなし
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空を仰げば透き通るような青が広がっている。
バーチャルだとは分かっていてもついつい見惚れてしまう程に、キレイな空だ。
これで弁当の一つでもあればピクニック気分が満喫できる。
そうでなくとも良い天気というのは心を躍らせるものだ。
まあ、一つ気になる事といえば、今がバトルの真っ最中と言う事か。
「トリス……空を見るのも良いけど、バトルに集中してよ?」
「無論で御座るよ、主殿」
すぐ近くにいる対戦相手であるサイフォスには目もくれず、トリスは空を仰いでいる。
「しかし、今回ばかりは楽勝で御座るよ」
そう言いながら、視線をサイフォスに移す。
彼女はトリスが目と鼻の先に居るにも関わらず、周囲を警戒している。
まるでトリスが見えていないようだ。
実際、サイフォスにはトリスの姿は見えていない。
「奴の装備ではニトクリスを見破るまでにまだまだ余裕が御座ろう」
「そうだけどさ……」
トリスの用いる主武装の一つ、『システム・ニトクリス』
周囲に全長1マイクロミリメートル以下の超小型機械『ナノマシン』を散布し、
対象神姫の電子回路内部に侵入させ、ハッキングを施して感覚を狂わせるシステムである。
サイフォスがすぐ近くにいるトリスを見つけられないのは、このシステムを用いているからに他ならない。
このシステムのメリットは、神姫自体の感覚を狂わせる点にある。
ニトクリスにハッキングされた神姫は、トリスの思うが侭の幻覚を見る。
「ッ…そこか!」
現に、サイフォスはトリスがいる所とは全く別の空間に斬りかかっている。
サイフォスの中ではそこにトリスがいるのだ。
「……こんな悪趣味なシステム作るんじゃなかった」
「何を言うか主殿、これ程面白い機構は他に御座らんではないか!」
ニトクリスが狂わせる感覚は五感全てに及ぶ。
サイフォスの視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚の全ては今、トリスの手の平の上にある。
が、このシステムも万能ではない。
「そうか……ハッキング系の武装か!?」
神姫は高度なAIを所有する。
それは人間と同等の精神活動をもたらすものであると同時に、超ハイレベルなCPUでもあるのだ。
よって、ハッキングに対する自己修復システムも標準的に持ち合わせているのだ。
「ふむ……存外、回復が早いで御座るな」
「そんな悠長に構えてないで、ナ・アシブを装着してよ!」
トリスが使うナノマシンには三つの能力がある。
一つ目はニトクリスに用いるハッキング能力。
二つ目は、光の屈折能力である。
簡単に言えば光学迷彩機能だ。
トリスの背後、何も無いはずの空間にノイズと共にそれは現れた。
それは無骨な腕と奇妙な背骨と獣の様な脚部を持った機械の鎧。
トリスの用いる主武装の一つ、強化外装『ナ・アシブ』
その中の、人体で表すならば肺や心臓などの内蔵がある場所にトリスは乗り込んだ。
「ふむ……異常無しで御座るな」
トリスは自身の右手首を動かした。
それを追従するように、ナ・アシブの大きな右手首が駆動する。
「おのれ、卑怯な真似をッ!」
ニトクリスのハッキングから復帰したサイフォスが本物のトリスを睨む。
「全くもって恐ろしくてたまらんで御座るな」
激昂しているにも関わらず、慎重に間合いを詰めてくるサイフォス。
それを飄飄とした様子で見物するトリス。
二人の間には温度差のある空気が充満していた。
「……拙者、喧嘩はそれほど得意では御座らん。よって、尻尾を巻いて隠れさせてもらうで御座る」
ナ・アシブはその巨体には不釣合いな程の速度で跳んだ。
「貴様、私を舐めているのか!」
怒声を頭の片隅に追いやりながら、トリスはフィールドを駆けた。
光学迷彩を起動しながら向かうのは、サイフォスからそう遠く無い物影だ。
「ふむ、ここら辺で良かろうか」
目的のポイントに到達したトリスは周囲をくるりと見回し、頷いた。
そして、背部に格納されていた三つ折のライフルを取り出した。
トリスの用いる武装の一つ『アルゴス・ランチャー』
全長2.3smの長大な超高出力レーザーライフルであるそれを右肩に担ぐように無造作に構えたトリスは、これまた無造作に引鉄を引いた。
大した反動も無く、レーザーは明後日の方向に飛んで、曲がった。
何度も何度も複雑に曲がり、障害物の合間を縫うようにサイフォスの元へと一瞬で迫った。
「なっ!?」
右肩を貫かれたサイフォスが驚きの声を上げる。
「ふむ。やはり多少の誤差はあるで御座るか」
トリスの用いるナノマシンの三つ目の能力。
それはレーザーの反射である。
ナノマシンの霧の中であれば、何処に隠れていても狙撃可能な千里眼。
トリスはナノマシンの誤差を修正しながら再び引鉄を引いた。
今度は大きく迂回するような軌道を取りながら、レーザーはサイフォスの眉間目掛けて飛来する。
しかしサイフォスは、それをコルヌを犠牲に防いだ。
「ほう。これは見事で御座るな」
サイフォスの後頭部から眉間にかけてレーザーが貫通したのは、トリスの呟きと同時だった。
「しかし、拙者の弾頭は幾らでも曲がるので御座るよ」
空を仰ぎながら、トリスは言った。
昼間だというのに人数疎らなバトルセンター。
何時もなら大勢の神姫オーナーの熱気が渦巻くこの場所が、まるで深夜のコンビニの様に鎮まり返っている。
まあ、それもその筈、今日は平日だ。
平日の真昼間からバトルセンターに入り浸れる人間というのはそう多くない。
神姫バトルセンターの職員か、ニートか、それともそれ以外か。
孝也とトリスの二人は、とりあえずはそれ以外の人間だった。
「主殿、レポートの残りは如何程で御座るか?」
「アルゴス・ランチャーのデータだけだから、あとオンラインで2・3回バトルすれば終るよ」
「それは残念。折角の機会、もう暫し神姫バトルを満喫してみたいで御座るのに」
「そうもいかないよ、レポートの提出今日までだもの……」
孝也は溜息をついた。
「ふむ。ならば明日にでも出直すとしようでは御座らんか」
「明日は普通に講義があるよ」
「ならば明後日でも」
「研究室の方でやることがあるんだよ」
「むむむ。ならば…」
「今度時間が空いたら、その時にしようよ」
「ふむ……まあ仕方なかろうか。主殿にも都合という物があるで御座るしな」
「ありがと、トリス」
孝也は軽く笑いながら言った。
「……さて、暫くは何を持って暇を潰そうかのぉ」
そう広くない僕の部屋。
実家が大学から遠いという理由で寮を使っている、僕の部屋。
家電類は初めから揃っていて、風呂トイレもちゃんとあるかなり住み心地の良い寮。
その部屋の中、床に座ってノートPCのキーボードを叩く。
僕はMMS環境心理学科に属している。
そこでは人と神姫とのコミュニケーションを通し、人間にどのような作用を及ぼすか。
みたいな事をメインにやっている。
その中で更に細かく分類があって、僕はバトルに介するものをやっている。
僕ら学生にはほぼ無償で最新の武装やPCなど様々な神姫用の備品と、ある一定の指向性を持った装備が与えられる。
けーくんとナルちゃんにはバランスの取れた装備が与えられた。
裕也先輩と蒼蓮華ちゃんには近接特化の装備が与えられた。
裕子先輩とアル・ヴァルには空中戦に特化した装備が与えられた。
全員が何らかの指向性を持った装備を与えられ、それのデータの報告する。
それが僕らの仕事。
今、僕がノートPCに打ち込んでいるのもそのレポート。
トリスの三つの武装。
「システム・ニトクリス」「ナ・アシブ」「アルゴス・ランチャー」
僕らに与えられた武装は電子戦に特化した装備だった。
初めの頃はナノマシンを利用した光学迷彩しか無かったけど、今は随分と豪華になった。
だけど、揺り籠の中で眠るトリスは昔と全く変わっていないと思う。
最初から胡散臭い御座る口調だった。
最初から僕を困らせて楽しそうに笑っていた。
最初から、今まで、すっと変わらない。
君はずっと僕の隣に居てくれた。
「……主殿、眠っておられるのか?」
トリスはクレイドルの上から呆然と孝也を見上げた。
何時ものように床に座ってノートPCを弄っている体勢のまま、項垂れている孝也。
その瞼は閉じられており、微かだか規則正しい呼吸の音が聞こえる。
部屋は暗く、明りと言えば孝也を背後から照らす月明かりだけだ。
顔は逆光のせいで見え辛いが、その表情だけは解る。
「……ト…リ……ス……」
笑っていた。
トリスの名を夢の中で呼びながら、笑っていた。
「……ふふ」
トリスはクレイドルから立ち上がり、孝也の肩まで飛び移った。
「主殿、拙者はここに居るで御座るよ……」
肩の上に座ると、孝也の寝顔に頬を寄せた。
「ずっと、此処に居るで御座るよ」
トリスは静かに目を瞑った。
同じ夢を見れる様にと、祈りながら。
「やっぱりトロンベちゃんは何着ても似合うわねぇ~♪」
「……う~」
ベッドの上でフリル満載のピンク色の可愛らしいドレスを着せられたトロンベはこれでもか、と言うほど顔を赤くしている。
その顔は若干俯いているが、その視線はアリカを見つめている。
「…それでバトルしてみる?」
「ご主人様ぁ!?」
「冗談よ、冗談」
クスクス笑っているアリカに、トロンベはとっても非難的な視線を突き刺す。
「でも」
アリカはすくうようにトロンベを抱き上げた。
「そういう格好も良く似合ってるわ、トロンベ」
「……ありがとう、ございます」
今度は完全に顔を俯かせて、蚊の鳴く様な声だった。
「にしてもよ、茜」
「なーにー?」
茜はごそごそと大き目のリュックを漁っている。
「アンタが家に来た理由って、コレだけじゃないでしょうね?」
「これだけよ?」
リュックの中から取り出した神姫サイズの洋服を手に取りながら答えた。
「アンタにはロンがいるじゃない。何でわざわざトロンベに着せるのよ」
「私はもう散々弄ばれましたので」
リュックの中から洋服を取り出しながらロンが答えた。
「あ、そう……」
「それに、トロンベが恥ずかしがるのを見るのも楽しいですし」
「そうなのよぉ~、ロンったら全然恥ずかしがらなくて弄り甲斐が無いのよぉ~」
要はこの二人、トロンベを着せ替え人形にする為だけにアリカの家に来たのだ。
「まあ、可愛らしいトロンベが見れるなら良いんだけどね」
悪戯っぽく笑いながらトロンベを撫でるアリカ。
「そうそう、ついでにアリカのも作ってきたわよ~」
「へ?」
「さあ、アリカさん。トロンベとおそろいですので遠慮せずに」
大きめなリュックに満載されていた人間サイズのフリフリたっぷりのドレスや、黒と白を基調としたゴスロリドレスなどを両手に持ちながら茜が迫り、神姫サイズの際どい衣装や旧スクなどを両手に持ったロンも迫る。
『さあ、お着替えしましょう』
「230! 231! 232!」
むっさ苦しい声がむっさ苦しい部屋に響く。
「198! 199! 200!」
畳張りの床の上で、可愛らしい声が響く。
「どうした蒼蓮華、また俺の勝ちか!」
片手腕立てをしながら、裕也が大声を上げた。
「まだまだなのだ~!」
同じく片手腕立てをしながら、蒼蓮華も負けじと声を上げた。
裕也と蒼蓮華の二人は今、日課の一つである片手腕立て300本競争に精を出している。
傍から見ればかなり珍妙だが、当人達が幸せならそれはそれで。
「268! 269! 270!」
孝也の身体が上下する速度が僅かに上がった。
「むむむ…!」
それに気付いた蒼蓮華も負けじとペースを上げる。
「今日こそは勝つのだ~!」
「きゅ~……」
畳の上で蒼蓮華は目を回している。
片手腕立て300本の後、背筋や腹筋、スクワットまでやったのだ。
並みの神姫ならとっくの昔にバッテリー切れを起こしているだろう。
「まだまだだな、蒼蓮華!」
それに対し、裕也は元気だ。
多少汗ばんではいるが、蒼蓮華程疲労していないと見える。
「おのれ~! 明次こそは絶対に勝つのだ~!」
「おう、その心意気や良し!」
二人は互いの拳を突き付け合った。
部屋には暑苦しい空気が充満していた。
「……孝也と蒼蓮華、今日も元気ですね」
やたらと騒がしい天井を見上げながら、アル・ヴェルはぼそりと呟いた。
「ふふ、やっぱり男の子は元気が一番ね」
どこか楽しそうに裕子は言った。
暑苦しい弟とは対照的な裕子は、優雅にアル・ヴェルと休日を満喫しているようだ。
テーブルの上には紅茶と洋菓子が並べられており、裕子は小説を読みながら紅茶を時折口に運ぶ。
アル・ヴェルは笑っていい○も増刊号を見ながら洋菓子を摘んでいる。
穏やかな昼下がり、という言葉が相応しい光景だ。
「……マスター」
ふいに、アル・ヴェルが裕子に向かい声をかけた。
「なぁに、ヴェル?」
裕子は小説から視線を上げず、言葉だけで応える。
「もうそろそろお昼です。やんちゃっ子達がお腹を空かせる時間ではないかと」
「……噂をすれば、ほら」
階段を降りる音と共に裕也の声が響く。
「姉貴、昼飯にしようぜ!」
裕子は小説にしおりを挟み、テーブルの上に置いた。
「そうね、今日は何にしようかしら?」
「平和って尊いな……」
狭いアパートの一室で、小さな幸福を噛み締める学生がここに一人。
「平和過ぎて退屈な気もします」
クレイドルの上で神姫サイズの雑誌を呼んでいたナルが言った。
「退屈なくらいが丁度良いんだよ~」
ベッドの上でゴロゴロしながら恵太郎は言った。
「そういうものですか」
「そういうものさ~」
引き続きベッドの上でゴロゴロする恵太郎。
「他の連中は喧しすぎるからな~。休みの日くらいはマッタリしたいさ~」
恵太郎の中ではマッタリ=ゴロゴロするなのか、それしかしていない。
他に幾らでもやることはあるだろうに、とナルは思っていたが言わないでおいた。
ピピピ、と無機質な機械音が響く。
「っと、メールか。珍しい」
恵太郎は枕元に置いてある携帯電話を手に取った。
「……孝也から? 『助けて、けーくん!昨晩うっかり寝オチしちゃってレポート間に合いそうに無いよ!』だぁ?」
「それは大変ですね」
「ああ、大変そうだな」
恵太郎とナルはまるで他人事だ。
まあ、実際他人事なのだから仕方ないが。
「『知るか、自分で何とかしろ』っと」
「……マスター、血も涙もありませんね」
「情は人の為ならずって言うだろ?」
「……そうですね」
ナルは一瞬突っ込もうかと思ったが、止めた。
「全く、休日にまでメールしてくるなよな……」
ピピピ!
「噂をすれば何とやらですね」
ナルは心なしか楽しそうだ。
「今度は茜か……って画像添付?」
「何の画像ですか?」
何か惹かれるモノがあるのか、ナルは恵太郎の下へ移動した。
「ああ、本文には『超レア画像在中』ってあるけど……」
「どれどれ……」
『うわぁ』
恵太郎とナルは声を揃えた。
そこに映し出されていたのはネコミミメイド服に身を包んだトロンベだった。
顔は真っ赤で今にも燃え上がりそうなのが画像越しでも良く分かる。
「……茜は相変わらずだな」
「……良くやりますよ」
二人が何とも言いがたい雰囲気に包まれていると、もう一通メールが届いた。
「また茜からか」
本文に『超絶レア画像在中』とあったその画像とは…。
『………』
恵太郎とナルは、文字通り固まった。
石になったと言っても問題は無い。
それくらい見事に硬直した。
そして。
「だーっはっはっはっは!……何じゃこりゃ!?」
携帯を投げ出し、腹を抱えて笑う恵太郎。
「……ま、マスター……そんなに、笑っては…失礼……ですよ……」
そういうナルも必死に笑いを堪え様としているのは見え見えだった。
投げ出された携帯の画面には、トロンベとお揃いのネコミミメイド服に身を纏ったアリカの姿があった。
その顔はトロンベ以上に真っ赤だった。
世は押し並べて、事もなし
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