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「ドキドキハウリン その15」(2007/01/29 (月) 14:11:31) の最新版変更点
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「無茶苦茶なコンセプトだな。私が言うのも何だが……正気とは思えんぞ?」
「店長にもそう言われました」
「だが、そこまで否定されてもやる気なんだろう?」
「そっちのほうが面白そうですから」
「……気に入った。調達してやろうじゃないか。連絡先は日暮の所で構わんか?」
「あ。携帯の番号でもいいですか?」
----
店の奥から静香と店長が出て来たのは、私とロッテの話がひと段落した時だった。
「終わったんですか? 静香」
「ええ。晶さんのおかげで、目処がつきそう」
店と言っても、いつものエルゴじゃない。静香と一緒に出て来た店長も、エルゴの日暮店長じゃなくて、こど……。
「……ココ。それ以上言ったら、マイスターの膝が飛びますの」
「神姫に対しても容赦無しですか」
人のモノローグ読まないでくださいロッテ。
「いくら私でも、そこまで情け無用じゃないぞ?」
うわ聞こえてた。
とにかく。
ここはエルゴじゃなくて、秋葉原のMMSショップ『ALChemist』。静香の隣にいるのは、ALChemistの店長さんこと槇野晶さんだ。
静香と並ぶと姉といも……っと。これ以上言うのも問題がありそうなので、このくらいにしておく。
「賢明な判断だ」
だからモノローグ読まないでくださいって。
「とりあえず、イメージ通りの物が出来そうよ」
「新兵器……ですか?」
それは、私が望んだ『遠近両用で使えて、空も飛べる装備』のこと。いつものことだけれど、静香はその全貌はおろか、概要されも話してくれていない。
「ココが宿題の答えを出してくれたら、すぐにでも使えるんだけどなー」
私は静香から、ひとつの『宿題』を出されている。
『静香が私に何をさせたいか?』
それの答えが分かるまで、新装備は使わせてはくれないのだという。
「……」
宿題を出されて既に半月が過ぎた。
静香は椿さんのスーツを納品し、私は武装トランクで新しい戦い方を模索していたけれど、宿題の答えだけは見えてこない。
私の『静香は私にドキドキハウリンをさせたい』という考えは、完全な的外れだったようだし。
「そうそう。近くに面白いお店が何軒かあるから、帰りに少し回っていきましょう」
私がこんなに悩んでいるのに、この人は憎らしいほどいつも通り。
まったくもう。誰が私とそっくりなんですか? 静香。
「ほぅ。どこに寄るつもりだ?」
晶さんの問いに、静香は私の知らない、いくつかのお店の名前を口にしていた。三つ目あたりを過ぎたあたりで、晶さんの顔が渋るような、困ったような、微妙な表情に変わっていく。
片手を上げて遮ったのは、五つ目だった。
「もういい。十分だ。アレの話を聞いたところで予想は付いていたが……貴様の趣味は良く分かった」
そう呟いて、ため息を一つ。
「……?」
静香の趣味だから、相当変なセレクトだったんだろう。まあ、いつものことだ。
「じゃ、行くわよ。ココ」
いつものトートバッグを取り上げて、静香は外へと歩き出す。
「はい。またね、ロッテ」
私もその後を追い、私の定位置へともぐり込んだ。
「またですの。ココちゃん」
静香の顔が見える、サイドポケットへと。
----
**魔女っ子神姫ドキドキハウリン
**その15
----
お昼ご飯を武士子喫茶……武士子喫茶というのは、紅緒みたいな甲冑を着た人間の女の人がウェイトレスをしている軽食屋のことだ。私には理解できなかったけど、今の秋葉原の『最先端』らしい……で済ませ、私達がやってきたのは秋葉原の外れにある小さなお店だった。
秋葉原に林立する雑居ビルではなく、ログハウス風の、喫茶店を改装したような建物だ。
「静香。これ、何て読むんですか?」
入口に掛かった大きな木製の看板には『真直堂』とある。
しんちょくどう?
「ますぐどう、って読むのよ。ごめんくださーい」
静香は何度か来たことがあるらしい。慣れた様子でドアを押せば、カランとベルの音が鳴る。
「ここ……」
足を踏み入れた瞬間、木と布の匂いがした。
周りを見れば、ずらりと並んでいるのは神姫サイズの服と家具。店の隅の方には、見慣れたアクリルケースや金属缶も置いてある。
神姫素体や神姫用オイルまで置いてあるここは……。
「神姫ショップ……ですか?」
品揃えだけ見れば間違いない。
けれど、私は疑問符を外すことが出来なかった。
エルゴ、ALChemist、駅前の神姫センター。神姫ショップには必ずあるはずの物が、見当たらなかったからだ。
対戦筐体じゃない。それよりも必須と言うべきあれが、ここには一つもない。
「ちょっと違うけど、まあそうね」
静香の答えも、私の疑問を解かすには至らなかった。
木と布、プラスチックとオイルの間を進んでいけば、やがてカウンターが見えてくる。
「やあ、君か」
そこにいたのは、大柄な男のひとだった。
エルゴの店長さんよりは少し年上だろうか。もしかしたら、ヒゲのせいでそう見えるのかもしれないけれど。
「お久しぶりです」
どうやら静香は彼とも顔見知りのようで、軽く頭を下げてみせる。
「静香、お知り合いなんですか?」
「ココは初めてだったかしら? TODA-Designでお世話になってる、武井さん」
もちろん、初めてだ。
けれど、TODA-Designは静香の個人ブランドのはず。師匠は別にいるし、それ以外にお世話になっているということは……答えは一つしかない。
彼こそが静香の服を量産している『業者さん』なんだろう。
「ココです。いつも静香がお世話になっています」
サイトポケットからカウンターに降りて、丁寧に頭を下げる。
「そうか。君が……ココか」
「?」
武井さんの言葉に、私は首を傾げた。
不本意だけど、ここでドキドキハウリンの名前が来るなら分かる。何というか、アレの知名度の割に、私の本名は知られていないのだ。酷い時には、私の本名がアレだと思っている人もいるくらいで……。失敬な話というか、正直泣きたくなる。
……話が逸れた。
「私に、何か?」
武井さんの目つきは、どこか不自然だった。
いやらしいとか、気持ち悪いとか、そういう悪い感じじゃない。どちらかといえば、私を見て懐かしむような、優しい雰囲気だ。
私とは初対面のはずなのに、どうしてだろう。
「……いや、エルゴでモデルやってる神姫がいるって聞いてたからね。どんな子か気になってたんだ」
「そう、ですか」
本当にそれだけなんだろうか。
でも、今の武井さんはごく普通の男のひとだ。さっきまでの懐かしむ視線はもうどこにもない。
「では、改めてはじめまして。武井隆俊です。こっちは、僕の神姫のタツキさん」
その言葉に、カウンターの上にある揺り椅子に腰掛けていたドレス姿のツガルが、軽く頭を下げてくれた。
「本当はもう一人いるんだけど……」
「彼女は二階ですか?」
「うん。仕事中だろうから、また後で紹介するよ」
仕事をしてる子なんだ。すごいなぁ。
そんな事を思っていると、さっきのドレス姿のツガルがこちらに寄ってきていた。
「よろしくね、ココ」
ドレス姿に合わせたファッションなんだろうか。ツガルのトレードマークのツインテールが、左だけしかない。
「よろしく、タツキ」
伸ばされた手をそっと握り返せば、柔らかい笑顔。
「ココ。あたしは少し、武井さんと話があるから。タツキ、ココを案内してくれるかしら?」
「ええ。任せて」
静香の言葉にも、穏やかに微笑み返す。
私の知っているツガルタイプは勝ち気で尖った性格の子が多いけど、タツキはそれとは対照的なおっとりとした子だった。どちらかといえば、アーンヴァルに近い気さえする。
「戸田君がいる君には必要ないと思うけど……お客もいないし、ウチの商品もゆっくり見ていってくれ」
「はい、ぜひ」
そして、静香は武井さんと二階へ上がっていき。
一階の店舗には、私とタツキだけが残された。
長手袋をはめた細い手が、ハンガーに掛けられた服をすいと採り上げる。
「まだ寒いから、長めのコートなんかどうかしら? ココももう少し可愛い色のほうが似合うわよ。きっと」
「可愛い色、ですか……」
そういうの、苦手なんだよな……。
タツキはふわふわのドレスを嬉しそうに着ている辺り、可愛いのも平気なんだろう。
「そういえば、TODA-Designの服ってもっと可愛いのが多い気がしたけど……ココの服は、何て言うか……随分地味なのね?」
機能的って言ってください、タツキ。
それにこのモスグリーンのコート、気に入ってるんですよ?
「可愛いのって、あんまり好きじゃないんですよ。ひらひらとか、動きにくくありません?」
「ああ。そっちが好みなんだ」
はいと答えながら、渡された淡い桜色のコートをフックへ戻す。
「じゃあそれ、静香のオーダーメイドなんだ?」
「ええ。まあ」
静香が私にくれる服の半分はエルゴで売る商品の試作品だけど、残りの半分は専用に作ってくれる。もっとも、専用の大半はレースやフリルがたっぷり付いた可愛すぎる服なんだけど。
あの人の場合、私の服の好みを分かっててやってるからなぁ……。
「武井さんはタツキの服は作らないんですか?」
私の問いに、タツキは苦笑い。
「その代わりに、この店の服は全部私のだから」
あー。言っちゃいましたね。
「まあ、縫製工場の管理とか、こっちでの販売とかデザインとか、オーナーも色々忙しいし。なかなか私やお姉ちゃんのためだけってわけにもねー」
「なるほど……」
プロでお店の経営もするとなれば、色々とする事が多いんだろう。学生兼業とはいえバイトの身分である静香とはかなり状況が違うらしい。
「じゃ、こっちのジャケットは?」
次にタツキが取ってくれたのは、淡い草色のジャケット。
「ああ、そのくらいなら……」
そんなに派手じゃないし、割と好みのデザインだ。
「あれ? この服」
タツキから受け取ったところで、気が付いた。
「どうかした?」
「これ……防弾繊維、使ってないんですね」
静香の服よりも手触りが数段柔らかい。
神姫産業の恩恵で、対刃・対弾性能を併せ持つ防御素材も驚異的に薄く、柔らかくなった……らしい。とはいえ小さな神姫の服に装甲素材を組み込むわけだから、服の肌触りは木綿や絹に比べて当然悪くなる。
私はあの少し硬い感触が好きだから、普段も結構着るのだけれど……戦闘用とおしゃれ用を完全に切り分けている神姫も多いという。
「この店の服はバトル用じゃないからねー。外の看板、見なかった?」
私の言葉に、くすくすと笑うタツキ。
「看板……」
真直堂って書いてあった、あれですか?
「神姫だけじゃなくてね、ドール全般専門のお店なのよ。だから神姫ショップって付いてないでしょ?」
ああ。そうか。
だからこの店には、木と布とプラスチックはあっても、鉄……即ち、武装は売っていないんだ。
「まあ、最近は神姫の服を買いに来るお客さんが一番多いんだけどね」
確かにタツキを見ても、武装神姫といった雰囲気は微塵も感じられない。
「タツキはバトルはしないんですか?」
私の質問にも、笑顔ですぐに答えが来る。
「みんながする分には否定はしないけれど……私は殴り合うより、みんなでお茶したり、可愛い服を沢山着る方が何倍も楽しいわね」
戦っていても、お茶をすることは出来る。戦っていても、プライベートで可愛い服を着ている神姫は沢山いる。
戦う神姫を喜ばせるため、可愛い服を着せたいと願うマスターも、沢山いるはずだ。
「……あ。戦闘兼用服のモデルさんに言う台詞じゃなかったわね。ごめんなさい」
「いえ、気にしないでください」
タツキの言葉に悪気はない。腹も立たない。
ただなんとなく、『勿体ないな』という感想だけが浮かぶ。
そんな事を話していると、玄関のベルがカランと鳴った。
「いらっしゃいませー!」
「いらっしゃいませ!」
……あ。ついいつものクセで。
「ふふっ。今日はココはお客様でしょ?」
もう。そんなに笑わなくても良いじゃないですか、タツキ。
「今日は賑やかだねぇ」
入ってきたのはスーツ姿の男のひとだった。
糊の効いたシャツに、品の良いネクタイ。どこからどう見ても、これから仕事に出掛けるビジネスマンだ。
「今日は遅かったんですね。お休みかと思ってました」
「ああ、午前中は営業先に直行だったからね。一度家に帰って、これから会社でひと仕事さ」
慣れた手つきでカウンターにカバンを置き、フタを開ける。このカバン、どこかのブランドの最高級品だったはず。
近所のオフィス街の人なのかな?
「こんにちわ。タツキ」
「ご機嫌よう、ベルベナ」
でも、最高級のカバンの中から出て来たのは、なぜかヴァッフェバニーだった。
一流のビジネスマンが神姫オーナーっていうのは、エルゴでもよくある話だけれど……。
「それじゃ、みんなに迷惑掛けるんじゃないぞ? ベルベナ」
「イエス、マスター」
そのベルベナをひとり残し、ビジネスマンは真直堂を出ていった。これから会社に戻って仕事をするんだろう。
「それじゃベル、二階に行っててくれる? 私、お客さんの相手をしなきゃいけないのよ」
「ええ。大丈夫ですよ、タツキ」
タツキにもベルベナにも、いつものことらしい。軽い様子で、ベルベナは静香達が消えていった二階行きの階段へ向かう。
「……二階に何があるんです?」
「あら。気になるなら、行ってみる?」
もちろん、私に選択肢は一つしかなかった。
----
その光景に、私は目を疑うだけ。
「ようこそ、こびとの靴屋へ」
真直堂の二階は、巨大な縫製工場だった。
次々と断ち切られる布、唸りをあげるミシンの群れ、驚くべき速さで仕立てられていくドール服。
それだけなら驚くに値しない。
驚くべきは、その全てを神姫が行っている、という一点だった。
それはまさしく、絵本で読んだ『こびとの靴屋』と形容するのが相応しい光景だろう。
見れば、さっきのベルベナも他の神姫達に混じって布の裁断に加わっていた。裁ちバサミではなくハグタンド・アーミーブレードを使っているあたり、らしいといえば……らしい。
「この神姫達は……?」
私の頭に浮かんだのは、神姫レンタルブースの事だった。あそこの神姫達は、捨てられていた所を……
「全員アルバイトよ」
……は?
「アルバイト!?」
神姫が、アルバイトですか?
「エルゴに神姫の学校ってあるじゃない。あれと似たようなものよ」
「はぁ……」
神姫オーナー最大の悩みといえば、今も昔も変わらない。自分がいない間、神姫の面倒を誰が見てくれるかの一点に尽きる。
私のように静香のお母様がいたり、隣にジルがいたりすればいい。一人暮らしのマスターが寂しがりの神姫を一体だけ買ってきた、というケースは数知れず。
そこの需要を直撃した神姫の学校は、成功を収めたわけだけれど……。よりにもよって、バイトですか。
「ウチの店って、前は神姫の預かり所も兼ねてたのね」
「はぁ」
どうやらこの広いスペースは、その時からの物らしい。
「でもそれじゃ、オーナーの手間ばっかり増えてね。だったら、みんなでオーナーを手伝えばいいじゃない、って事になったのよ」
確かにフロアは明るいし、みんなおしゃべりしたり、歌を歌ったりしながら楽しそうに仕事をしてる。少なくとも、働かされてる、って感じはどこにもない。
「手伝いに入る時間はマスターの都合に合わせて自由。まあ、そのぶんバイト代はそんなに出せないけど……私達の維持費の足しくらいにはね」
「……じゃあ、裁縫の出来ない子は?」
もしかして、面接なんかもあるんだろうか。
それはそれで、何か違う気がする。
「別に、縫製だけが仕事じゃないもの。最低、近接武器がちゃんと使えれば仕事はあるしね」
よく見れば、フロアにいるのは裁縫や裁断をしている神姫ばかりじゃなかった。
試作品の服を着て走り回るマオチャオや、大鎌で家具用の材木を叩き斬っているハウリン、まかないらしき料理を作っているアーンヴァルもいる。
「あのマオチャオは、耐久テストですか」
「さっすがモデル経験者」
静香にもよくやらされますから。
……なるほど。本人は遊んでるつもりでも、ちゃんと周りの役に立っているわけだ。
近接武器は、武装神姫なら使えない子はいないし。素材を高精度で斬るのはそのまま実戦訓練にも繋がるから、バトル系の神姫でも嫌がりはしないはずだ。
「それにみんな覚え早いしね。第一……」
その続きは、私達の上から来た。
「神姫の着る服は、神姫が作った方が正確だしね」
そこにいたのは、静香と武井さんだった。
「静香。お話、終わったんですか?」
「ええ」
この間エルゴで、この間作ったスーツをエルゴのラインナップに加えたい、という話が持ち上がっていたはず。おそらくはその算段だろう。
「どうだい? こびとの靴屋の感想は」
「びっくりしました」
そうとしか言いようがなかった。
「まあ、普通そうだろうね」
武井さんは私のひねりのない感想にニコニコと笑っている。
「そうだ。ウチのもう一人を紹介しとこう。タツキ」
そう言うと、傍らにいたタツキが、作業台の前に陣取っている神姫の一団に大声を投げ付けた。
「お姉ちゃん! オーナーが、ちょっと来てって!」
「何だいオーナー? 今、仕上げで手が離せないんだけどさー」
そう言いながらやって来たのは、一体のツガル。
タツキと鏡合わせの右だけのおさげに、白いツナギを着込んだ子だ。広い工房を移動するためだろうか。本来のツガル装備ではなく、翼を短く切り詰めたアーンヴァルのウイングユニットを背負っている。
「アギト……じゃない、アキさん。こちら、戸田さんとこのココ」
「ココです。よろしくお願いします」
そっと右手を伸ばせば、ふわりと包み込むタツキとは反対に、力強く握りしめられた。
「そっか。あんたが……」
「……?」
明らかに私のことを知っている口ぶりだ。
「どこかで、お会いしましたっけ?」
「いや。気にしないでくれ」
武井さんのように、静香あたりから聞いていたんだろう。どんな話を聞いていたのかについては、あまり聞きたくなかったので軽く流す事にする。
「アキだ。オーナーんとこで『こびとの靴屋』の現場監督をしてる。よろしくな!」
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「無茶苦茶なコンセプトだな。私が言うのも何だが……正気とは思えんぞ?」
「店長にもそう言われました」
「だが、そこまで否定されてもやる気なんだろう?」
「そっちのほうが面白そうですから」
「……気に入った。調達してやろうじゃないか。連絡先は日暮の所で構わんか?」
「あ。携帯の番号でもいいですか?」
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店の奥から静香と店長が出て来たのは、私とロッテの話がひと段落した時だった。
「終わったんですか? 静香」
「ええ。晶さんのおかげで、目処がつきそう」
店と言っても、いつものエルゴじゃない。静香と一緒に出て来た店長も、エルゴの日暮店長じゃなくて、こど……。
「……ココ。それ以上言ったら、マイスターの膝が飛びますの」
「神姫に対しても容赦無しですか」
人のモノローグ読まないでくださいロッテ。
「いくら私でも、そこまで情け無用じゃないぞ?」
うわ聞こえてた。
とにかく。
ここはエルゴじゃなくて、秋葉原のMMSショップ『ALChemist』。静香の隣にいるのは、ALChemistの店長さんこと槇野晶さんだ。
静香と並ぶと姉といも……っと。これ以上言うのも問題がありそうなので、このくらいにしておく。
「賢明な判断だ」
だからモノローグ読まないでくださいって。
「とりあえず、イメージ通りの物が出来そうよ」
「新兵器……ですか?」
それは、私が望んだ『遠近両用で使えて、空も飛べる装備』のこと。いつものことだけれど、静香はその全貌はおろか、概要されも話してくれていない。
「ココが宿題の答えを出してくれたら、すぐにでも使えるんだけどなー」
私は静香から、ひとつの『宿題』を出されている。
『静香が私に何をさせたいか?』
それの答えが分かるまで、新装備は使わせてはくれないのだという。
「……」
宿題を出されて既に半月が過ぎた。
静香は椿さんのスーツを納品し、私は武装トランクで新しい戦い方を模索していたけれど、宿題の答えだけは見えてこない。
私の『静香は私にドキドキハウリンをさせたい』という考えは、完全な的外れだったようだし。
「そうそう。近くに面白いお店が何軒かあるから、帰りに少し回っていきましょう」
私がこんなに悩んでいるのに、この人は憎らしいほどいつも通り。
まったくもう。誰が私とそっくりなんですか? 静香。
「ほぅ。どこに寄るつもりだ?」
晶さんの問いに、静香は私の知らない、いくつかのお店の名前を口にしていた。三つ目あたりを過ぎたあたりで、晶さんの顔が渋るような、困ったような、微妙な表情に変わっていく。
片手を上げて遮ったのは、五つ目だった。
「もういい。十分だ。アレの話を聞いたところで予想は付いていたが……貴様の趣味は良く分かった」
そう呟いて、ため息を一つ。
「……?」
静香の趣味だから、相当変なセレクトだったんだろう。まあ、いつものことだ。
「じゃ、行くわよ。ココ」
いつものトートバッグを取り上げて、静香は外へと歩き出す。
「はい。またね、ロッテ」
私もその後を追い、私の定位置へともぐり込んだ。
「またですの。ココちゃん」
静香の顔が見える、サイドポケットへと。
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**魔女っ子神姫ドキドキハウリン
**その15
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お昼ご飯を武士子喫茶……武士子喫茶というのは、紅緒みたいな甲冑を着た人間の女の人がウェイトレスをしている軽食屋のことだ。私には理解できなかったけど、今の秋葉原の『最先端』らしい……で済ませ、私達がやってきたのは秋葉原の外れにある小さなお店だった。
秋葉原に林立する雑居ビルではなく、ログハウス風の、喫茶店を改装したような建物だ。
「静香。これ、何て読むんですか?」
入口に掛かった大きな木製の看板には『真直堂』とある。
しんちょくどう?
「ますぐどう、って読むのよ。ごめんくださーい」
静香は何度か来たことがあるらしい。慣れた様子でドアを押せば、カランとベルの音が鳴る。
「ここ……」
足を踏み入れた瞬間、木と布の匂いがした。
周りを見れば、ずらりと並んでいるのは神姫サイズの服と家具。店の隅の方には、見慣れたアクリルケースや金属缶も置いてある。
神姫素体や神姫用オイルまで置いてあるここは……。
「神姫ショップ……ですか?」
品揃えだけ見れば間違いない。
けれど、私は疑問符を外すことが出来なかった。
エルゴ、ALChemist、駅前の神姫センター。神姫ショップには必ずあるはずの物が、見当たらなかったからだ。
対戦筐体じゃない。それよりも必須と言うべきあれが、ここには一つもない。
「ちょっと違うけど、まあそうね」
静香の答えも、私の疑問を解かすには至らなかった。
木と布、プラスチックとオイルの間を進んでいけば、やがてカウンターが見えてくる。
「やあ、君か」
そこにいたのは、大柄な男のひとだった。
エルゴの店長さんよりは少し年上だろうか。もしかしたら、ヒゲのせいでそう見えるのかもしれないけれど。
「お久しぶりです」
どうやら静香は彼とも顔見知りのようで、軽く頭を下げてみせる。
「静香、お知り合いなんですか?」
「ココは初めてだったかしら? TODA-Designでお世話になってる、武井さん」
もちろん、初めてだ。
けれど、TODA-Designは静香の個人ブランドのはず。師匠は別にいるし、それ以外にお世話になっているということは……答えは一つしかない。
彼こそが静香の服を量産している『業者さん』なんだろう。
「ココです。いつも静香がお世話になっています」
サイトポケットからカウンターに降りて、丁寧に頭を下げる。
「そうか。君が……ココか」
「?」
武井さんの言葉に、私は首を傾げた。
不本意だけど、ここでドキドキハウリンの名前が来るなら分かる。何というか、アレの知名度の割に、私の本名は知られていないのだ。酷い時には、私の本名がアレだと思っている人もいるくらいで……。失敬な話というか、正直泣きたくなる。
……話が逸れた。
「私に、何か?」
武井さんの目つきは、どこか不自然だった。
いやらしいとか、気持ち悪いとか、そういう悪い感じじゃない。どちらかといえば、私を見て懐かしむような、優しい雰囲気だ。
私とは初対面のはずなのに、どうしてだろう。
「……いや、エルゴでモデルやってる神姫がいるって聞いてたからね。どんな子か気になってたんだ」
「そう、ですか」
本当にそれだけなんだろうか。
でも、今の武井さんはごく普通の男のひとだ。さっきまでの懐かしむ視線はもうどこにもない。
「では、改めてはじめまして。武井隆芳です。こっちは、僕の神姫のタツキさん」
その言葉に、カウンターの上にある揺り椅子に腰掛けていたドレス姿のツガルが、軽く頭を下げてくれた。
「本当はもう一人いるんだけど……」
「彼女は二階ですか?」
「うん。仕事中だろうから、また後で紹介するよ」
仕事をしてる子なんだ。すごいなぁ。
そんな事を思っていると、さっきのドレス姿のツガルがこちらに寄ってきていた。
「よろしくね、ココ」
ドレス姿に合わせたファッションなんだろうか。ツガルのトレードマークのツインテールが、左だけしかない。
「よろしく、タツキ」
伸ばされた手をそっと握り返せば、柔らかい笑顔。
「ココ。あたしは少し、武井さんと話があるから。タツキ、ココを案内してくれるかしら?」
「ええ。任せて」
静香の言葉にも、穏やかに微笑み返す。
私の知っているツガルタイプは勝ち気で尖った性格の子が多いけど、タツキはそれとは対照的なおっとりとした子だった。どちらかといえば、アーンヴァルに近い気さえする。
「戸田君がいる君には必要ないと思うけど……お客もいないし、ウチの商品もゆっくり見ていってくれ」
「はい、ぜひ」
そして、静香は武井さんと二階へ上がっていき。
一階の店舗には、私とタツキだけが残された。
長手袋をはめた細い手が、ハンガーに掛けられた服をすいと採り上げる。
「まだ寒いから、長めのコートなんかどうかしら? ココももう少し可愛い色のほうが似合うわよ。きっと」
「可愛い色、ですか……」
そういうの、苦手なんだよな……。
タツキはふわふわのドレスを嬉しそうに着ている辺り、可愛いのも平気なんだろう。
「そういえば、TODA-Designの服ってもっと可愛いのが多い気がしたけど……ココの服は、何て言うか……随分地味なのね?」
機能的って言ってください、タツキ。
それにこのモスグリーンのコート、気に入ってるんですよ?
「可愛いのって、あんまり好きじゃないんですよ。ひらひらとか、動きにくくありません?」
「ああ。そっちが好みなんだ」
はいと答えながら、渡された淡い桜色のコートをフックへ戻す。
「じゃあそれ、静香のオーダーメイドなんだ?」
「ええ。まあ」
静香が私にくれる服の半分はエルゴで売る商品の試作品だけど、残りの半分は専用に作ってくれる。もっとも、専用の大半はレースやフリルがたっぷり付いた可愛すぎる服なんだけど。
あの人の場合、私の服の好みを分かっててやってるからなぁ……。
「武井さんはタツキの服は作らないんですか?」
私の問いに、タツキは苦笑い。
「その代わりに、この店の服は全部私のだから」
あー。言っちゃいましたね。
「まあ、縫製工場の管理とか、こっちでの販売とかデザインとか、オーナーも色々忙しいし。なかなか私やお姉ちゃんのためだけってわけにもねー」
「なるほど……」
プロでお店の経営もするとなれば、色々とする事が多いんだろう。学生兼業とはいえバイトの身分である静香とはかなり状況が違うらしい。
「じゃ、こっちのジャケットは?」
次にタツキが取ってくれたのは、淡い草色のジャケット。
「ああ、そのくらいなら……」
そんなに派手じゃないし、割と好みのデザインだ。
「あれ? この服」
タツキから受け取ったところで、気が付いた。
「どうかした?」
「これ……防弾繊維、使ってないんですね」
静香の服よりも手触りが数段柔らかい。
神姫産業の恩恵で、対刃・対弾性能を併せ持つ防御素材も驚異的に薄く、柔らかくなった……らしい。とはいえ小さな神姫の服に装甲素材を組み込むわけだから、服の肌触りは木綿や絹に比べて当然悪くなる。
私はあの少し硬い感触が好きだから、普段も結構着るのだけれど……戦闘用とおしゃれ用を完全に切り分けている神姫も多いという。
「この店の服はバトル用じゃないからねー。外の看板、見なかった?」
私の言葉に、くすくすと笑うタツキ。
「看板……」
真直堂って書いてあった、あれですか?
「神姫だけじゃなくてね、ドール全般専門のお店なのよ。だから神姫ショップって付いてないでしょ?」
ああ。そうか。
だからこの店には、木と布とプラスチックはあっても、鉄……即ち、武装は売っていないんだ。
「まあ、最近は神姫の服を買いに来るお客さんが一番多いんだけどね」
確かにタツキを見ても、武装神姫といった雰囲気は微塵も感じられない。
「タツキはバトルはしないんですか?」
私の質問にも、笑顔ですぐに答えが来る。
「みんながする分には否定はしないけれど……私は殴り合うより、みんなでお茶したり、可愛い服を沢山着る方が何倍も楽しいわね」
戦っていても、お茶をすることは出来る。戦っていても、プライベートで可愛い服を着ている神姫は沢山いる。
戦う神姫を喜ばせるため、可愛い服を着せたいと願うマスターも、沢山いるはずだ。
「……あ。戦闘兼用服のモデルさんに言う台詞じゃなかったわね。ごめんなさい」
「いえ、気にしないでください」
タツキの言葉に悪気はない。腹も立たない。
ただなんとなく、『勿体ないな』という感想だけが浮かぶ。
そんな事を話していると、玄関のベルがカランと鳴った。
「いらっしゃいませー!」
「いらっしゃいませ!」
……あ。ついいつものクセで。
「ふふっ。今日はココはお客様でしょ?」
もう。そんなに笑わなくても良いじゃないですか、タツキ。
「今日は賑やかだねぇ」
入ってきたのはスーツ姿の男のひとだった。
糊の効いたシャツに、品の良いネクタイ。どこからどう見ても、これから仕事に出掛けるビジネスマンだ。
「今日は遅かったんですね。お休みかと思ってました」
「ああ、午前中は営業先に直行だったからね。一度家に帰って、これから会社でひと仕事さ」
慣れた手つきでカウンターにカバンを置き、フタを開ける。このカバン、どこかのブランドの最高級品だったはず。
近所のオフィス街の人なのかな?
「こんにちわ。タツキ」
「ご機嫌よう、ベルベナ」
でも、最高級のカバンの中から出て来たのは、なぜかヴァッフェバニーだった。
一流のビジネスマンが神姫オーナーっていうのは、エルゴでもよくある話だけれど……。
「それじゃ、みんなに迷惑掛けるんじゃないぞ? ベルベナ」
「イエス、マスター」
そのベルベナをひとり残し、ビジネスマンは真直堂を出ていった。これから会社に戻って仕事をするんだろう。
「それじゃベル、二階に行っててくれる? 私、お客さんの相手をしなきゃいけないのよ」
「ええ。大丈夫ですよ、タツキ」
タツキにもベルベナにも、いつものことらしい。軽い様子で、ベルベナは静香達が消えていった二階行きの階段へ向かう。
「……二階に何があるんです?」
「あら。気になるなら、行ってみる?」
もちろん、私に選択肢は一つしかなかった。
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その光景に、私は目を疑うだけ。
「ようこそ、こびとの靴屋へ」
真直堂の二階は、巨大な縫製工場だった。
次々と断ち切られる布、唸りをあげるミシンの群れ、驚くべき速さで仕立てられていくドール服。
それだけなら驚くに値しない。
驚くべきは、その全てを神姫が行っている、という一点だった。
それはまさしく、絵本で読んだ『こびとの靴屋』と形容するのが相応しい光景だろう。
見れば、さっきのベルベナも他の神姫達に混じって布の裁断に加わっていた。裁ちバサミではなくハグタンド・アーミーブレードを使っているあたり、らしいといえば……らしい。
「この神姫達は……?」
私の頭に浮かんだのは、神姫レンタルブースの事だった。あそこの神姫達は、捨てられていた所を……
「全員アルバイトよ」
……は?
「アルバイト!?」
神姫が、アルバイトですか?
「エルゴに神姫の学校ってあるじゃない。あれと似たようなものよ」
「はぁ……」
神姫オーナー最大の悩みといえば、今も昔も変わらない。自分がいない間、神姫の面倒を誰が見てくれるかの一点に尽きる。
私のように静香のお母様がいたり、隣にジルがいたりすればいい。一人暮らしのマスターが寂しがりの神姫を一体だけ買ってきた、というケースは数知れず。
そこの需要を直撃した神姫の学校は、成功を収めたわけだけれど……。よりにもよって、バイトですか。
「ウチの店って、前は神姫の預かり所も兼ねてたのね」
「はぁ」
どうやらこの広いスペースは、その時からの物らしい。
「でもそれじゃ、オーナーの手間ばっかり増えてね。だったら、みんなでオーナーを手伝えばいいじゃない、って事になったのよ」
確かにフロアは明るいし、みんなおしゃべりしたり、歌を歌ったりしながら楽しそうに仕事をしてる。少なくとも、働かされてる、って感じはどこにもない。
「手伝いに入る時間はマスターの都合に合わせて自由。まあ、そのぶんバイト代はそんなに出せないけど……私達の維持費の足しくらいにはね」
「……じゃあ、裁縫の出来ない子は?」
もしかして、面接なんかもあるんだろうか。
それはそれで、何か違う気がする。
「別に、縫製だけが仕事じゃないもの。最低、近接武器がちゃんと使えれば仕事はあるしね」
よく見れば、フロアにいるのは裁縫や裁断をしている神姫ばかりじゃなかった。
試作品の服を着て走り回るマオチャオや、大鎌で家具用の材木を叩き斬っているハウリン、まかないらしき料理を作っているアーンヴァルもいる。
「あのマオチャオは、耐久テストですか」
「さっすがモデル経験者」
静香にもよくやらされますから。
……なるほど。本人は遊んでるつもりでも、ちゃんと周りの役に立っているわけだ。
近接武器は、武装神姫なら使えない子はいないし。素材を高精度で斬るのはそのまま実戦訓練にも繋がるから、バトル系の神姫でも嫌がりはしないはずだ。
「それにみんな覚え早いしね。第一……」
その続きは、私達の上から来た。
「神姫の着る服は、神姫が作った方が正確だしね」
そこにいたのは、静香と武井さんだった。
「静香。お話、終わったんですか?」
「ええ」
この間エルゴで、この間作ったスーツをエルゴのラインナップに加えたい、という話が持ち上がっていたはず。おそらくはその算段だろう。
「どうだい? こびとの靴屋の感想は」
「びっくりしました」
そうとしか言いようがなかった。
「まあ、普通そうだろうね」
武井さんは私のひねりのない感想にニコニコと笑っている。
「そうだ。ウチのもう一人を紹介しとこう。タツキ」
そう言うと、傍らにいたタツキが、作業台の前に陣取っている神姫の一団に大声を投げ付けた。
「お姉ちゃん! オーナーが、ちょっと来てって!」
「何だいオーナー? 今、仕上げで手が離せないんだけどさー」
そう言いながらやって来たのは、一体のツガル。
タツキと鏡合わせの右だけのおさげに、白いツナギを着込んだ子だ。広い工房を移動するためだろうか。本来のツガル装備ではなく、翼を短く切り詰めたアーンヴァルのウイングユニットを背負っている。
「アギト……じゃない、アキさん。こちら、戸田さんとこのココ」
「ココです。よろしくお願いします」
そっと右手を伸ばせば、ふわりと包み込むタツキとは反対に、力強く握りしめられた。
「そっか。あんたが……」
「……?」
明らかに私のことを知っている口ぶりだ。
「どこかで、お会いしましたっけ?」
「いや。気にしないでくれ」
武井さんのように、静香あたりから聞いていたんだろう。どんな話を聞いていたのかについては、あまり聞きたくなかったので軽く流す事にする。
「アキだ。オーナーんとこで『こびとの靴屋』の現場監督をしてる。よろしくな!」
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