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「ねここの飼い方・光と影 ~四章~」(2007/01/19 (金) 01:39:05) の最新版変更点
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「何なのネ、コイツッ!?」
虚空の空を一瞬で塗り替える、華麗で危険な花火の大群。
「……ふ」
しかし彼女はまるで、危険な花火師の影から産み落とされたかのように、平然と現れ出る。
「貴様も……贄となれぇ……!」
「チョ!?」
次の瞬間、フィールドには断末魔の絶叫ではなく、残酷な破裂音が響き渡っていた。
頭部をパイルバンカーで打ち抜かれ、無残な姿を晒す相手の神姫。
彼女の脳髄が砕け、貫かれ、オイルと言う名の血肉が、漆黒の神姫の全身に新たな彩を加えていく。
「ファン・エタンセル!!!」
まるで追悼の言葉を送るように……しかしその口元には禍々しい三日月の笑みを浮かべ……最後のシーンへと彼女は躍り出る。
復讐と言う、華麗で狂気に満ち溢れた舞台へと
ねここの飼い方・光と影 ~四章~
試合終了と同時にアクセスポッドから電光のごとく飛び出して……いや逃げ出してくる神姫。
「……アルネ?ちゃ、ちゃんと顔あるネー?」
「あるから、んな馬鹿みたいに顔ペチペチ叩くのやめんか。この馬鹿猫が」
しきりに顔があることを確認しそれに安堵するマオチャオタイプと、それを呆れた様に見下ろす、胸元全開の黒いコートを中心としたパンクファッションに身を包んだケバケバしい金髪の女性。
「しかしアイツの戦い方、なんてーか自殺願望でもあるんじゃないか? お前の攻撃避ける所か無視して突っ込んできて、一撃か」
そう分析しつつもケラケラと下品に愉快そうに笑う彼女。自分の神姫が負けたことが、逆に嬉しそうなほどである。
やがて笑い声がふっと途絶え、彼女は他人が目撃すれば恐怖し畏怖されんばかりの、鋭く激しい猛禽類のような眼つきでモニターを眺める。
「ヤツの目はある意味…貴様らに似ているかも知れんな。満たされていない、良く腐った目だ」
そこには獲物をまた1匹仕留め、達成感と虚脱感、悦楽と落胆、あらゆる感情が渦巻き、顔に滴るオイルをチロリと嬉しそうに舐めたネメシスの姿が映し出されていた。
(また1人……でも何か違う、まだまだ足りない。アイツじゃないから……?)
フィールドに佇みながら、自問自答を繰り返すネメシス。
(でも……アイツに自ら挑むことは許されない、許されるはずが無い。私に出来るのは……)
ネメシスは自らサイドボードを呼び出し、手のひらサイズの薄い紙のような物体をその手に実体化させる。
それはマオチャオのヘッドギアやドリルなどにマーキングされている猫の顔のシール。
…・・・但し顔には、斜めに鋭く稲妻のようなラインが走っており、まるで猫の顔を雷光が無残に射抜いたかのような風合いのシロモノだった。
ネメシスはそれをエトワール・ファントムの機体にペタリと貼り込む。外見からは見えない、ネメシスだけが確認できる位置へ。
その場所には、今貼られたものも含め十数枚の顔が貼られている。
それは誇りか、贖罪か、あるいは自らが手を掛けた者への追悼? それとも……
(私は……あの日から……)
その日、一家は久しぶりに両親と娘が揃っての夕食を迎えていた。
だがそこにあるのは賑やかな談笑に彩られた幸せな親子の風景ではなく、カチャカチャと無機質に食器が擦れ合う音のみが、3人にとっては広過ぎる食堂に虚しく響き渡る。
穏かだが冷たい空気。
「明」
ふいに父親が口を開く。豊かな口髭を生やし、冷徹で相手を威圧するような鋭い眼を持つ、仕事の鬼と形容しえるような雰囲気を持った人物である。
「……はい、お父様……」
娘は控えめにおずおずと、返事を返す。忙しい父との会話は1ヶ月ぶりであるにも拘らず、いやだからこそ口は重くなる。
「ふぅ……もっとはっきり返事するように、まるで名前と正反対ではないか。俺はお前をそんな風に育てた覚えはだな……」
語尾が徐々に強くなってゆく父。それとは反対に臆して更に縮こまる娘。
「あなた、そのくらいに……」
「ん、そうだな……。明、お前は今日が誕生日だったな。」
「そう、ですね」
明はそれが自分のことであるのに、興味が全くないかのように応じる。
「……まぁ、いい。とにかく、誕生日プレゼントを用意した。お前が以前から欲しがっていると言っていた……そう、武装神姫とかいう人形だな」
「え……!」
明の顔が上がり、薄い頬とその瞳には感激と喜びが溢れ出すかのようだ。
彼女は以前から武装神姫が欲しかった。
だがバイトが許されていない彼女にとって、その値段はとても手が出るようなレベルの物ではない。オプションだけならまだしも、本体を買う金額には彼女の小遣いでは1年分であっても全く足りない。
以前の会話でその事を父に話したこともある。だがその時はそのような高額な玩具は買うに値しないと一蹴されていた。
だが父は娘が欲しがっていた事を覚えていてくれた。
その事も彼女にとっては喜びだった。
「それじゃあ、マオチャオを買ってきて下ったのですね、お父様」
「マオチャオ……? 私は玩具には疎くてな。
詳しくはわからないが、私の知人でその業界に顔の利くヤツがいてな。頼んで取り寄せてもらった。
せっかくなのでな、お前が喜ぶようにと限定版とやらの先行品を頼んでやった。」
「限定版……」
明の顔がさっと曇る。そう、現在の所マオチャオで限定版が出たという話は……
だが父は、そんな娘の表情の変化に気づく風もなく続ける。
「実はお前に驚いてもらおうと思ってな、もう起動させてある。上がりなさい」
父の椅子の傍に置かれていた小物入れから、小さな影がテーブルの上へと躍り出る。
娘は事前知識で知っていた。神姫はCSCを選択、それをセットすることで起動する事を。
そして父の手で起動されてしまったという時点で、既に自らの望む選択肢は選べなくなっているのだと言うことを。
「初めまして、アキラ。貴方が私のマスターですね」
明の眼前までやってきた神姫は、まるで王に挨拶する姫君のように、華麗な動作で自らの主人への儀礼を行う。
「………」
だが明は答えない。
それもそのはず。その神姫は彼女の予想、あるいは願望とは掛け離れていた。
その神姫は彼女が思い描いていた、つぶらで大きな瞳とショートカットの髪を持たず、凛々しい瞳と美しく長いブロンドの髪を持ち、ボディの色もマオチャオ特有の暖かみのある暖色系ではなく、冷たく黒光りする漆黒、そしてまるで血で染め上げられたような鮮やかな紅。
「どうだ明。いやはや手に取るまでは馬鹿にしてたが、どうして最近の人形は凄いものだな。」
愉快そうに笑う父。だが明にとっては……
「どうした明。せっかく発売前の、しかも限定品を買ってきてやったのだぞ。少しは喜ばんか」
父の語気が再び強くなる。明はそれに押されるように……
「…………ありがとう、ございます」
俯きながら、心を閉ざし、父の無理解な好意にも仮初の礼を述べることしか出来なかった。
「アキラ、これから宜しくお願いしますね。私はこれから貴方と仲良くなりたい。貴方と楽しい時間を過ごしていけたら……」
「黙って」
サイドボード上で嬉しそうに笑っていた神姫を、先ほどまでの様子からは考えられないような冷たい口調で注意する。
そのまま部屋のベッドに乱暴に突っ伏す明。
「1つだけ言っておくわ。……私が望んだのは貴方なんかじゃ、ない」
突き放すような口調……だがその語尾はかすかに震えていて
「……そう、ですか」
神姫の顔からもふっと笑みが消える。彼女もあの場にいたのだ、そして彼女は神姫。
神姫関連の情報は基本情報としてインプットされている。
それは、今ベッドに伏せっている少女が先ほど発した言葉の意味が理解できることを示す。マオチャオの意味を……
「そう、よ。お父様の手前、貴方は私の元にいる。ただそれだけよ」
気まずい沈黙が訪れる。2人とも項垂れたまま顔を上げようとも、声を掛けようとも、しない。
やがて、神姫は顔を上げ、決断する。
「では、たった1つだけお願いがあります。私の最初で最後の願いです」
「……何よ」
迫力に気圧された明が思わずその神姫を見つめ、2人の視線が交錯する。
「私に、名前を……たったそれだけです」
「……いいわ」
彼女は戸棚にある本の群れに目線を移動させ、やがてとある1冊の本の前に注視する。
「……ネメシス。それが貴方の名前」
「了解しました。我が主、アキラ」
復讐を司る神の名前、まさに私と彼女に相応しい名。
このとき彼女はそう信じていた。
(今思えば……必然だったのかもしれない。私が黒衣を纏って生まれたことも、こうなる事も)
自嘲気味な思考を重ねるネメシス。
マオチャオ型を屠った事で、一時的にだが多少は精神が安定しているのかもしれない。
新興都市のビルディングが醸し出す、幻想的で美しいが何処か無機的な冷たさの夜景が彼女の眼前に広がっている。
「2人で……見たかったな」
ポツリと、自分自身が発した言葉に驚くネメシス。
「……あれ、なんでだろ。景色が霞んで……」
その眼には、先程までの狩猟の獣のような鋭さは失われ、ただポロポロと虹色に輝く雫が彼女の頬へと流れ落ちてゆく。
復讐の炎が衰えた時、繊細な魂が露になる瞬間。
『お前は今日から明と共に過ごすんだ。命令だ』
『…………ありがとう、ございます』
自分と同じ境遇を与えられ……いや押し付けられた少女。
だからこそ愛しい。神姫である自分のこの感情が正しい物なのかはわかない。
しかし、今自分が行っていることは彼女に対する裏切り、少なくとも許容してはくれないだろう。
(いっそ、壊れてしまえばいいのにな……完全に)
そうすれば自分はジレンマから逃れられ、彼女は新たな神姫を得られるかもしれない。
(……それも嫌……)
彼女と会えなくなる。そう少し考えるだけでも、AIがオーバーフローを起こしそうになる。
いかに彼女に遠ざけられ、蔑まれてもこの感情だけは変えられない。それは自分の中のもっとも大切なココロの在り処だから。
「 ネメシス ちゃん 」
「!?」
後ろから柔らかな声が、自分に向かい掛けられる。自分以外の存在のないはずのこの場所で。
振り向いた彼女は、大きくその眼を見開く。
そこにいたのは、ネメシスにとっての光。影である自分では決して届き得ない存在。だが、だからこそ望むのであろう。
「……ねここ……」
ねここを見つめるネメシスの眼には、涙を浮かべたまま、復讐の炎が再度宿っていた。
それは、熱く激しく……とても哀しい瞳。
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「何なのネ、コイツッ!?」
虚空の空を一瞬で塗り替える、華麗で危険な花火の大群。
「……ふ」
しかし彼女はまるで、危険な花火師の影から産み落とされたかのように、平然と現れ出る。
「貴様も……贄となれぇ……!」
「チョ!?」
次の瞬間、フィールドには断末魔の絶叫ではなく、残酷な破裂音が響き渡っていた。
頭部をパイルバンカーで打ち抜かれ、無残な姿を晒す相手の神姫。
彼女の脳髄が砕け、貫かれ、オイルと言う名の血肉が、漆黒の神姫の全身に新たな彩を加えていく。
「ファン・エタンセル!!!」
まるで追悼の言葉を送るように……しかしその口元には禍々しい三日月の笑みを浮かべ……最後のシーンへと彼女は躍り出る。
復讐と言う、華麗で狂気に満ち溢れた舞台へと
ねここの飼い方・光と影 ~四章~
試合終了と同時にアクセスポッドから電光のごとく飛び出して……いや逃げ出してくる神姫。
「……アルネ?ちゃ、ちゃんと顔あるネー?」
「あるから、んな馬鹿みたいに顔ペチペチ叩くのやめんか。この馬鹿猫が」
しきりに顔があることを確認しそれに安堵するマオチャオタイプと、それを呆れた様に見下ろす、胸元全開の黒いコートを中心としたパンクファッションに身を包んだケバケバしい金髪の女性。
「しかしアイツの戦い方、なんてーか自殺願望でもあるんじゃないか? お前の攻撃避ける所か無視して突っ込んできて、一撃か」
そう分析しつつもケラケラと下品に愉快そうに笑う彼女。自分の神姫が負けたことが、逆に嬉しそうなほどである。
やがて笑い声がふっと途絶え、彼女は他人が目撃すれば恐怖し畏怖されんばかりの、鋭く激しい猛禽類のような眼つきでモニターを眺める。
「ヤツの目はある意味…貴様らに似ているかも知れんな。満たされていない、良く腐った目だ」
そこには獲物をまた1匹仕留め、達成感と虚脱感、悦楽と落胆、あらゆる感情が渦巻き、顔に滴るオイルをチロリと嬉しそうに舐めたネメシスの姿が映し出されていた。
(また1人……でも何か違う、まだまだ足りない。アイツじゃないから……?)
フィールドに佇みながら、自問自答を繰り返すネメシス。
(でも……アイツに自ら挑むことは許されない、許されるはずが無い。私に出来るのは……)
ネメシスは自らサイドボードを呼び出し、手のひらサイズの薄い紙のような物体をその手に実体化させる。
それはマオチャオのヘッドギアやドリルなどにマーキングされている猫の顔のシール。
…・・・但し顔には、斜めに鋭く稲妻のようなラインが走っており、まるで猫の顔を雷光が無残に射抜いたかのような風合いのシロモノだった。
ネメシスはそれをエトワール・ファントムの機体にペタリと貼り込む。外見からは見えない、ネメシスだけが確認できる位置へ。
その場所には、今貼られたものも含め十数枚の顔が貼られている。
それは誇りか、贖罪か、あるいは自らが手を掛けた者への追悼? それとも……
(私は……あの日から……)
その日、一家は久しぶりに両親と娘が揃っての夕食を迎えていた。
だがそこにあるのは賑やかな談笑に彩られた幸せな親子の風景ではなく、カチャカチャと無機質に食器が擦れ合う音のみが、3人にとっては広過ぎる食堂に虚しく響き渡る。
穏かだが冷たい空気。
「明」
ふいに父親が口を開く。豊かな口髭を生やし、冷徹で相手を威圧するような鋭い眼を持つ、仕事の鬼と形容しえるような雰囲気を持った人物である。
「……はい、お父様……」
娘は控えめにおずおずと、返事を返す。忙しい父との会話は1ヶ月ぶりであるにも拘らず、いやだからこそ口は重くなる。
「ふぅ……もっとはっきり返事するように、まるで名前と正反対ではないか。俺はお前をそんな風に育てた覚えはだな……」
語尾が徐々に強くなってゆく父。それとは反対に臆して更に縮こまる娘。
「あなた、そのくらいに……」
「ん、そうだな……。明、お前は今日が誕生日だったな。」
「そう、ですね」
明はそれが自分のことであるのに、興味が全くないかのように応じる。
「……まぁ、いい。とにかく、誕生日プレゼントを用意した。お前が以前から欲しがっていると言っていた……そう、武装神姫とかいう人形だな」
「え……!」
明の顔が上がり、薄い頬とその瞳には感激と喜びが溢れ出すかのようだ。
彼女は以前から武装神姫が欲しかった。
だがバイトが許されていない彼女にとって、その値段はとても手が出るようなレベルの物ではない。オプションだけならまだしも、本体を買う金額には彼女の小遣いでは1年分であっても全く足りない。
以前の会話でその事を父に話したこともある。だがその時はそのような高額な玩具は買うに値しないと一蹴されていた。
だが父は娘が欲しがっていた事を覚えていてくれた。
その事も彼女にとっては喜びだった。
「それじゃあ、マオチャオを買ってきて下ったのですね、お父様」
「マオチャオ……? 私は玩具には疎くてな。
詳しくはわからないが、私の知人でその業界に顔の利くヤツがいてな。頼んで取り寄せてもらった。
せっかくなのでな、お前が喜ぶようにと限定版とやらの先行品を頼んでやった。」
「限定版……」
明の顔がさっと曇る。そう、現在の所マオチャオで限定版が出たという話は……
だが父は、そんな娘の表情の変化に気づく風もなく続ける。
「実はお前に驚いてもらおうと思ってな、もう起動させてある。上がりなさい」
父の椅子の傍に置かれていた小物入れから、小さな影がテーブルの上へと躍り出る。
娘は事前知識で知っていた。神姫はCSCを選択、それをセットすることで起動する事を。
そして父の手で起動されてしまったという時点で、既に自らの望む選択肢は選べなくなっているのだと言うことを。
「初めまして、アキラ。貴方が私のマスターですね」
明の眼前までやってきた神姫は、まるで王に挨拶する姫君のように、華麗な動作で自らの主人への儀礼を行う。
「………」
だが明は答えない。
それもそのはず。その神姫は彼女の予想、あるいは願望とは掛け離れていた。
その神姫は彼女が思い描いていた、つぶらで大きな瞳とショートカットの髪を持たず、凛々しい瞳と美しく長いブロンドの髪を持ち、ボディの色もマオチャオ特有の暖かみのある暖色系ではなく、冷たく黒光りする漆黒、そしてまるで血で染め上げられたような鮮やかな紅。
「どうだ明。いやはや手に取るまでは馬鹿にしてたが、どうして最近の人形は凄いものだな。」
愉快そうに笑う父。だが明にとっては……
「どうした明。せっかく発売前の、しかも限定品を買ってきてやったのだぞ。少しは喜ばんか」
父の語気が再び強くなる。明はそれに押されるように……
「…………ありがとう、ございます」
俯きながら、心を閉ざし、父の無理解な好意にも仮初の礼を述べることしか出来なかった。
「アキラ、これから宜しくお願いしますね。私はこれから貴方と仲良くなりたい。貴方と楽しい時間を過ごしていけたら……」
「黙って」
サイドボード上で嬉しそうに笑っていた神姫を、先ほどまでの様子からは考えられないような冷たい口調で注意する。
そのまま部屋のベッドに乱暴に突っ伏す明。
「1つだけ言っておくわ。……私が望んだのは貴方なんかじゃ、ない」
突き放すような口調……だがその語尾はかすかに震えていて
「……そう、ですか」
神姫の顔からもふっと笑みが消える。彼女もあの場にいたのだ、そして彼女は神姫。
神姫関連の情報は基本情報としてインプットされている。
それは、今ベッドに伏せっている少女が先ほど発した言葉の意味が理解できることを示す。マオチャオの意味を……
「そう、よ。お父様の手前、貴方は私の元にいる。ただそれだけよ」
気まずい沈黙が訪れる。2人とも項垂れたまま顔を上げようとも、声を掛けようとも、しない。
やがて、神姫は顔を上げ、決断する。
「では、たった1つだけお願いがあります。私の最初で最後の願いです」
「……何よ」
迫力に気圧された明が思わずその神姫を見つめ、2人の視線が交錯する。
「私に、名前を……たったそれだけです」
「……いいわ」
彼女は戸棚にある本の群れに目線を移動させ、そして1冊の本を注視する。
「……ネメシス。それが貴方の名前」
「了解しました。我が主、アキラ」
復讐を司る神の名前、まさに私と彼女に相応しい名。
このとき彼女はそう信じていた。
(今思えば……必然だったのかもしれない。私が黒衣を纏って生まれたことも、こうなる事も)
自嘲気味な思考を重ねるネメシス。
マオチャオ型を屠った事で、一時的にだが多少は精神が安定しているのかもしれない。
新興都市のビルディングが醸し出す、幻想的で美しいが何処か無機的な冷たさの夜景が彼女の眼前に広がっている。
「2人で……見たかったな」
ポツリと、自分自身が発した言葉に驚くネメシス。
「……あれ、なんでだろ。景色が霞んで……」
その眼には、先程までの狩猟の獣のような鋭さは失われ、ただポロポロと虹色に輝く雫が彼女の頬へと流れ落ちてゆく。
復讐の炎が衰えた時、繊細な魂が露になる瞬間。
『お前は今日から明と共に過ごすんだ。命令だ』
『…………ありがとう、ございます』
自分と同じ境遇を与えられ……いや押し付けられた少女。
だからこそ愛しい。神姫である自分のこの感情が正しい物なのかはわかない。
しかし、今自分が行っていることは彼女に対する裏切り、少なくとも許容してはくれないだろう。
(いっそ、壊れてしまえばいいのにな……完全に)
そうすれば自分はジレンマから逃れられ、彼女は新たな神姫を得られるかもしれない。
(……それも嫌……)
彼女と会えなくなる。そう少し考えるだけでも、AIがオーバーフローを起こしそうになる。
いかに彼女に遠ざけられ、蔑まれてもこの感情だけは変えられない。それは自分の中のもっとも大切なココロの在り処だから。
「 ネメシス ちゃん 」
「!?」
後ろから柔らかな声が、自分に向かい掛けられる。自分以外の存在のないはずのこの場所で。
振り向いた彼女は、大きくその眼を見開く。
そこにいたのは、ネメシスにとっての光。影である自分では決して届き得ない存在。だが、だからこそ望むのであろう。
「……ねここ……」
ねここを見つめるネメシスの眼には、涙を浮かべたまま、復讐の炎が再度宿っていた。
それは、熱く激しく……とても哀しい瞳。
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