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「アリカって変わったよねぇ」
「…人の目を見て話しなさいよ」
高校の麗らかな昼下がり。
昼休みの教室では生徒達が思い思いの方法で身体を休ませている。
談笑するもの、昼寝をしているもの、携帯電話を弄っているもの。
アリカとて例外ではない。
ある意味例外だが。
アリカは女の子にしてはかなり大食いで、今もかなり大盛りな弁当を食べている。
教室内で未だに弁当を食べているのはアリカただ一人。
そして、その傍らで空を仰ぎながらアリカと談笑しているのは彼女の数少ない理解者、国崎 茜だ。
「いやね、アリカが神姫を買った当初は随分可愛がってたのになぁーって」
「アタシはあんたみたいに神姫ラヴァーズじゃないのよ……だから人の目を見て話しなさいよ」
茜は空を仰ぐのをやめ、自身の神姫であるアーンヴァル型のロンの頭を撫でている。
「トロンベちゃん、大人しくてとってもいいコだったのに~。
最近会えなくて寂しいわぁ~」
「ウチにくれば幾らでも会わせてやるわよ」
「…怖いマスターがいる時分には会いたくないわぁ」
「殴るわよ」
「あはは、怖い怖い~
……ねぇアリカ、ちょっとお願いがあるんだけど」
ふいに、茜がアリカに向き直った。
彼女の眼鏡が日光を反射して、その表情を窺い知る事は出来ない。
「何よ、改まって」
「今日私とバトルしてくれない?」
アリカは心底驚いた。
何故なら、茜は神姫バトルと対極の側に位置する人間。
即ち愛玩派と呼ばれる、バトルなんてもってのほかな人間だからだ。
「…別に良いけど、何で突然」
アリカは訝しげに問いかけた。
だが、茜はそれに対し意味ありげに微笑むだけだった。
「気味悪いわ…」
2036年。武装神姫は一般にも広く普及していた。
街中には専門のショップが立ち並び、リーグランカーとして生計をたてるものもいる。
そういった風流の中、私立高校の中にはバトルスペースを導入している学校も少数ながら存在する。
アリカの通う高校はその少数の中の一つだった。
新校舎増設の際にバトルスペースを導入したのだ。
今では校内ランキングも設けられており、アリカはそれのトップだった。
その王者アリカと愛玩派の茜とのバトルは一方的な物に終わると、現物客はそう予想した。
しかし、予想に反してバーチャルバトル・スペースで繰り広げられているのは一進一退の攻防だった。
アリカの神姫、トロンベは恵太郎と再戦したときと同じハリネズミの如く火器を取り付けた状態。
かたや茜の神姫たるロンはデフォルトのアーンヴァルの装備そのままだ。
茜の戦法は遮蔽物を盾にしながら、アーンヴァル自慢の機動性で掻き回す。
そして、隙を見てGEモデルLC3レーザーライフルでの狙撃。
地味ながらもトロンベにダメージを与えている。
一方トロンベは空中を自在に動き回るロンを捉えきれずに四苦八苦していた。
「……何よ、随分強くなったじゃない」
トロンベに叱咤を飛ばしながらアリカは茜を睨むように見据えた。
「私が強くなったんじゃないわ。アリカが弱くなったのよ」
「なんですって?」
「昔のアリカは……上手よロン、その調子で落ち着いてね……強かったわ、本当の意味でね。
でも今は違う。素人相手に梃子摺っているのが何よりの証拠ね」
茜は眼鏡のブリッジを人差し指で上げながら言った。
「アタシは今も昔も変わらないわ!
……トロンベ、なに素人相手に梃子摺ってるの!?
早く倒しなさいよ!」
アリカは叫んだ。
それはもはや悲鳴に近いものだった。
その間にもリンの攻撃は着実にトロンベへダメージを与えていた。
「今のアリカは力に固執しすぎているわ。
何時の時代も、力だけに固執する人間の上に降りてくるのは栄光じゃなくて敗北。
歴史がそれを証明しているわ」
「それがどうしたっていうの!?
力を求めて何が悪いというのよ!?
武装神姫は戦ってこそでしょう!
戦わない武装神姫はただの玩具よっ!!」
「語るに及ばず、ね」
その瞬間、トロンベの眉間を閃光が貫いた。
勝者は茜とロン。
愛玩派と呼ばれるマスターが校内ランキングの王者を倒したのだ。
アリカはその場にへたり込んだ。
「…なんで……?」
「それが解らない限り、貴女は勝てないわ。
私だけでなく、誰にもね」
茜はそれだけ言うと足早に去っていった。
観客の生徒らもそれに追随し質問責めを開始したようだ。
後に残されたのはアリカとトロンベの二人だけだった。
時計の短針が盤上の上に刻まれた7という数字を通り過ぎた時分。
外では夕方から降り出した雨が本降りとなって窓ガラスを叩いている。
アリカは自身の部屋で自問自答を繰り返していた。
「アタシが弱くなった……」
机に突っ伏して、もう何度目か解らない一文を口にする。
何十何百何千回繰り返したところで答えが出て来る筈も無く。
アリカの頭は機能しているかどうか怪しかった。
刹那、雷鳴が轟き閃光が瞬いた。
それに少し遅れて部屋の明かりが消えた。
恐らく雷の影響で停電したのだろう。
この一般人からしたらなんら特別でもない状況は、アリカにとっては少しだけ特殊な状況だった。
「…そういえば、あのときもこんな感じだったわね……」
正確には懐かしい状況、だろうか。
アリカは五人兄妹の末っ子だ。
上の兄弟は全員男で、幼い頃から男兄弟の中で育った。
当然、遊びも服装も兄らを模倣した。
そして、それはアリカの性格作りに大きく起因する事になる。
幼い頃から兄らと遊んでいたアリカは気付けば子分をたらふく従える、ガキ大将になっていた。
ケンカなんて当たり前で負けたことなんて一度も無かった。
それは同年代でも、年上相手でもだ。
だから、アリカには対等の友人は出来なかった。
アリカを知る者は、成長してからも怖れて近づく事を拒んだのだ。
アリカは当初、武装神姫をバトル目的で欲しがっていた。
幾度と無くテレビで特番を組まれる武装神姫。
そこでは身長15cmの小さな女の子が大きなフィールドでところ狭しと戦っていた。
アリカは知っていた。
ケンカの最中は何も考える事無く、自分だけの世界に引き篭もれる事を。
自分だけの世界は居心地の良い場所であった。
誰にも邪魔されず、誰にも干渉されず、自分自身に酔い痴れる。
それだけがアリカの楽しみでもあった。
しかし、成長するに従って女であることが足枷になった。
ケンカなどしようものなら学校で、家で怒られた。
女の子はケンカなんかしてはいけない、と何度も何度も怒られた。
武装神姫を欲したのは、その憤りを発散したかったのかも知れない。
二年前のあの日もこんな空模様だった。
高校の入学祝いと称して両親から贈られた一体の武装神姫。
子供には手が出せないほどの金額の玩具を、アリカが欲しがっていた事を両親は知っていた。
念願の武装神姫を手に入れたアリカはそれにトロンベという名を与えた。
初めはバトル目的で求めた武装神姫だが、気付けばアリカの唯一気兼ねなく話せる友人になっていた。
アリカはトロンベを学校には連れて行かなかった。
だから、家に帰宅すると寝るまで学校で会った事をトロンベに話して聞かせた。
トロンベはそれを尻尾を振るかのように喜んで聞いた。
それが毎日の楽しみであり、大仰だが生き甲斐でもあったのだ。
そんな幸福な日々が一年続いた。
ある日、アリカとトロンベがテレビを見ていると武装神姫の特番が流れていた。
そこには火花を散らしぶつかり合う武装神姫が映し出されていた。
血が騒ぐ、といったものだろうか。
アリカの根底に燻っていた物が再び燃え上がったのだ。
それから程無くしてアリカは校内リーグの王者となった。
学校という初心者だらけの閉鎖空間の中での王者という称号は、アリカを傲慢にさせた。
アリカは変わった。
ただひたすら勝利のみを追い求めるようになった。
トロンベは友人ではなくなった。
ただのケンカの道具に成り下がった。
やっと気付いた。
それと、思い出した。
トロンベを箱から出した時、その時も雨が降っていた。
そして、雷の影響で停電した。
起動後少し言葉を交わしただけのトロンベが、突如の停電に驚いてアリカに抱きついたのだ。
まるで子犬のようなその仕草がとても愛しく感じたのを思い出したのだ。
「トロンベ……!」
アリカの頬には涙が伝っていた。
そして、真っ暗な部屋の中で最愛の友の姿を探した。
いつもなら「なんでしょう、ご主人様」とすぐに答える筈なのに、何も言ってこない。
言い様の無い不安に駆られたアリカは机の中にある懐中電灯を取り出し、部屋を見渡した。
本棚、クローゼット、ベッド……。
ものがそう多くないアリカの部屋にトロンベの姿が無い。
アリカは若干の違和感に気付いた。
涙で濡れた頬に風が当たって冷たい。
窓が空いていた。
そして、窓の下には小さなメモ帳に綺麗な文字でこう書かれていた。
『ご主人様へ
私が弱いばかりにご主人様に迷惑をかけてしまって申し訳御座いません
私の代わりに新しい神姫を買ってください
そうすればきっと倉内さんに勝てるはずです。
ご主人様、私は幸せでした。
今までありがとうございました』
気付いた時、アタシの身体は勝手に動いていた。
頭で考えるよりも早く、身体が反応した。
着の身着のままで家を飛び出す。
母さんが何か言った気がするけど構っている暇は無いんだ。
トロンベ。
アタシの友達。
気付けば、アタシは泣いていた。
涙が次から次へと溢れてくる。
雨と合間って視界がぼやける。
ひたすら走る。
トロンベがどこにいるのか分からないけど、探すんだ。
それが、アタシの罪滅ぼし。
『失ってから初めて気付く物がある』
使い古された陳腐な言葉だと思う。
だけど、的を得ていると思う。
アタシは傲慢だった。
お猿の大将も良いトコだ。
それがトロンベを傷つけていることも、今の今までわからなかった。
アタシは、バカだ。
大バカだ。
それを気付かせようとした人達にも吠えたんだ。
本当に、バカだ。
トロンベに謝らなきゃ。
許してもらえるかわからないけど、謝らなきゃ。
雨が降る。
まるで誰かの心の中を映し出したように、雨は降る。
遠くでは雷鳴が轟いている。
まるで悲鳴のようでもある。
トロンベは一人泣いていた。
町外れの廃車置場の一角で。
体を丸めて、息を潜めて泣いていた。
頭の中に浮かぶのは最愛の主人の事ばかり。
そして、主人の期待に添えない自分に腹が立つ。
いまでもこの判断が間違っているとは思っていない。
これが最善の手だと確信に近いものがある。
だけど、心のどこかでそれを否定する物がある。
それは後悔であり、寂しさであり、哀しさだった。
バトルをすることは嫌いではなかった。
武装神姫たるトロンベの闘争本能。
主人が望めば喜んで戦いに身を晒す。
そして、勝利の美酒に酔う。
主人は喜んでくれる。
自身も勝てば嬉しい。
でも、それだけじゃ足りなかった。
もっと話したかった。
もっと触れ合っていたかった。
ずっと傍らにいたかった。
ずっと抱いていて欲しかった。
これは傲慢だろうか。
たかが玩具に過ぎない武装神姫の傲慢だったのか。
自身を主の友人だと思い込む。
それが神の怒りにでも触れたのか。
自らこうしなくても、近い内に同じ状況になっていただろう。
でも、それは耐えられない。
主人直々に捨てられるのは、とても怖い。
怖くて、怖くて、耐えられない。
だから自ら捨てられた。
その方が、まだ耐えられる。
それでも紛い物の心が痛む。
「…ご主人様ぁ……」
トロンベは泣いた。
子犬の様に、泣いた。
雨が容赦なく身体を叩く。
人にしてみれば水滴なんて何でも無いが、神姫のトロンベにしてみればそれは砲弾の様な大きさと衝撃を伴っている。
そして、それは身体の熱を容赦なく奪っていく。
全身の間接という間接から雨水が染み込み、体温はどんどん下がっていく。
人間と同じ温度に保とうとする機能が作動するが身体は温まらない。
それどころか、ますます寒さは増していく。
内蔵電池が尽きかけているのだ。
トロンベは死を覚悟した。
内蔵電池が尽きた所で、再び充電すれば済む話だ。
しかし、ここにはクレイドルなど存在しない。
だから、ここでの電池切れはそのまま死を表すのだ。
仮に誰かに拾われたとしても、記憶の類は消し飛んでいるだろう。
記憶も電池切れが長すぎると保存しておけないのだ。
やがて内蔵電池の底が突き、トロンベは深い眠りへと堕ちて行った。
その間際、懐かしい声を聞いた気がした。
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「アリカって変わったよねぇ」
「…人の目を見て話しなさいよ」
高校の麗らかな昼下がり。
昼休みの教室では生徒達が思い思いの方法で身体を休ませている。
談笑するもの、昼寝をしているもの、携帯電話を弄っているもの。
アリカとて例外ではない。
ある意味例外だが。
アリカは女の子にしてはかなり大食いで、今もかなり大盛りな弁当を食べている。
教室内で未だに弁当を食べているのはアリカただ一人。
そして、その傍らで空を仰ぎながらアリカと談笑しているのは彼女の数少ない理解者、国崎 茜だ。
「いやね、アリカが神姫を買った当初は随分可愛がってたのになぁーって」
「アタシはあんたみたいに神姫ラヴァーズじゃないのよ……だから人の目を見て話しなさいよ」
茜は空を仰ぐのをやめ、自身の神姫であるアーンヴァル型のロンの頭を撫でている。
「トロンベちゃん、大人しくてとってもいいコだったのに~。最近会えなくて寂しいわぁ~」
「ウチにくれば幾らでも会わせてやるわよ」
「…怖いマスターがいる時分には会いたくないわぁ」
「殴るわよ」
「あはは、怖い怖い~……ねぇアリカ、ちょっとお願いがあるんだけど」
ふいに、茜がアリカに向き直った。
彼女の眼鏡が日光を反射して、その表情を窺い知る事は出来ない。
「何よ、改まって」
「今日私とバトルしてくれない?」
アリカは心底驚いた。
何故なら、茜は神姫バトルと対極の側に位置する人間。
即ち愛玩派と呼ばれる、バトルなんてもってのほかな人間だからだ。
「…別に良いけど、何で突然」
アリカは訝しげに問いかけた。
だが、茜はそれに対し意味ありげに微笑むだけだった。
「気味悪いわ…」
2036年。武装神姫は一般にも広く普及していた。
街中には専門のショップが立ち並び、リーグランカーとして生計をたてるものもいる。
そういった風流の中、私立高校の中にはバトルスペースを導入している学校も少数ながら存在する。
アリカの通う高校はその少数の中の一つだった。
新校舎増設の際にバトルスペースを導入したのだ。
今では校内ランキングも設けられており、アリカはそれのトップだった。
その王者アリカと愛玩派の茜とのバトルは一方的な物に終わると、現物客はそう予想した。
しかし、予想に反してバーチャルバトル・スペースで繰り広げられているのは一進一退の攻防だった。
アリカの神姫、トロンベは恵太郎と再戦したときと同じハリネズミの如く火器を取り付けた状態。
かたや茜の神姫たるロンはデフォルトのアーンヴァルの装備そのままだ。
茜の戦法は遮蔽物を盾にしながら、アーンヴァル自慢の機動性で掻き回す。
そして、隙を見てGEモデルLC3レーザーライフルでの狙撃。
地味ながらもトロンベにダメージを与えている。
一方トロンベは空中を自在に動き回るロンを捉えきれずに四苦八苦していた。
「……何よ、随分強くなったじゃない」
トロンベに叱咤を飛ばしながらアリカは茜を睨むように見据えた。
「私が強くなったんじゃないわ。アリカが弱くなったのよ」
「なんですって?」
「昔のアリカは……上手よロン、その調子で落ち着いてね……強かったわ、本当の意味でね。でも今は違う。素人相手に梃子摺っているのが何よりの証拠ね」
茜は眼鏡のブリッジを人差し指で上げながら言った。
「アタシは今も昔も変わらないわ! ……トロンベ、なに素人相手に梃子摺ってるの!? 早く倒しなさいよ!」
アリカは叫んだ。
それはもはや悲鳴に近いものだった。
その間にもリンの攻撃は着実にトロンベへダメージを与えていた。
「今のアリカは力に固執しすぎているわ。何時の時代も、力だけに固執する人間の上に降りてくるのは栄光じゃなくて敗北。歴史がそれを証明しているわ」
「それがどうしたっていうの!? 力を求めて何が悪いというのよ!? 武装神姫は戦ってこそでしょう! 戦わない武装神姫はただの玩具よっ!!」
「語るに及ばず、ね」
その瞬間、トロンベの眉間を閃光が貫いた。
勝者は茜とロン。
愛玩派と呼ばれるマスターが校内ランキングの王者を倒したのだ。
アリカはその場にへたり込んだ。
「…なんで……?」
「それが解らない限り、貴女は勝てないわ。私だけでなく、誰にもね」
茜はそれだけ言うと足早に去っていった。
観客の生徒らもそれに追随し質問責めを開始したようだ。
後に残されたのはアリカとトロンベの二人だけだった。
時計の短針が盤上の上に刻まれた7という数字を通り過ぎた時分。
外では夕方から降り出した雨が本降りとなって窓ガラスを叩いている。
アリカは自身の部屋で自問自答を繰り返していた。
「アタシが弱くなった……」
机に突っ伏して、もう何度目か解らない一文を口にする。
何十何百何千回繰り返したところで答えが出て来る筈も無く。
アリカの頭は機能しているかどうか怪しかった。
刹那、雷鳴が轟き閃光が瞬いた。
それに少し遅れて部屋の明かりが消えた。
恐らく雷の影響で停電したのだろう。
この一般人からしたらなんら特別でもない状況は、アリカにとっては少しだけ特殊な状況だった。
「…そういえば、あのときもこんな感じだったわね……」
正確には懐かしい状況、だろうか。
アリカは五人兄妹の末っ子だ。
上の兄弟は全員男で、幼い頃から男兄弟の中で育った。
当然、遊びも服装も兄らを模倣した。
そして、それはアリカの性格作りに大きく起因する事になる。
幼い頃から兄らと遊んでいたアリカは気付けば子分をたらふく従える、ガキ大将になっていた。
ケンカなんて当たり前で負けたことなんて一度も無かった。
それは同年代でも、年上相手でもだ。
だから、アリカには対等の友人は出来なかった。
アリカを知る者は、成長してからも怖れて近づく事を拒んだのだ。
アリカは当初、武装神姫をバトル目的で欲しがっていた。
幾度と無くテレビで特番を組まれる武装神姫。
そこでは身長15cmの小さな女の子が大きなフィールドでところ狭しと戦っていた。
アリカは知っていた。
ケンカの最中は何も考える事無く、自分だけの世界に引き篭もれる事を。
自分だけの世界は居心地の良い場所であった。
誰にも邪魔されず、誰にも干渉されず、自分自身に酔い痴れる。
それだけがアリカの楽しみでもあった。
しかし、成長するに従って女であることが足枷になった。
ケンカなどしようものなら学校で、家で怒られた。
女の子はケンカなんかしてはいけない、と何度も何度も怒られた。
武装神姫を欲したのは、その憤りを発散したかったのかも知れない。
二年前のあの日もこんな空模様だった。
高校の入学祝いと称して両親から贈られた一体の武装神姫。
子供には手が出せないほどの金額の玩具を、アリカが欲しがっていた事を両親は知っていた。
念願の武装神姫を手に入れたアリカはそれにトロンベという名を与えた。
初めはバトル目的で求めた武装神姫だが、気付けばアリカの唯一気兼ねなく話せる友人になっていた。
アリカはトロンベを学校には連れて行かなかった。
だから、家に帰宅すると寝るまで学校で会った事をトロンベに話して聞かせた。
トロンベはそれを尻尾を振るかのように喜んで聞いた。
それが毎日の楽しみであり、大仰だが生き甲斐でもあったのだ。
そんな幸福な日々が一年続いた。
ある日、アリカとトロンベがテレビを見ていると武装神姫の特番が流れていた。
そこには火花を散らしぶつかり合う武装神姫が映し出されていた。
血が騒ぐ、といったものだろうか。
アリカの根底に燻っていた物が再び燃え上がったのだ。
それから程無くしてアリカは校内リーグの王者となった。
学校という初心者だらけの閉鎖空間の中での王者という称号は、アリカを傲慢にさせた。
アリカは変わった。
ただひたすら勝利のみを追い求めるようになった。
トロンベは友人ではなくなった。
ただのケンカの道具に成り下がった。
やっと気付いた。
それと、思い出した。
トロンベを箱から出した時、その時も雨が降っていた。
そして、雷の影響で停電した。
起動後少し言葉を交わしただけのトロンベが、突如の停電に驚いてアリカに抱きついたのだ。
まるで子犬のようなその仕草がとても愛しく感じたのを思い出したのだ。
「トロンベ……!」
アリカの頬には涙が伝っていた。
そして、真っ暗な部屋の中で最愛の友の姿を探した。
いつもなら「なんでしょう、ご主人様」とすぐに答える筈なのに、何も言ってこない。
言い様の無い不安に駆られたアリカは机の中にある懐中電灯を取り出し、部屋を見渡した。
本棚、クローゼット、ベッド……。
ものがそう多くないアリカの部屋にトロンベの姿が無い。
アリカは若干の違和感に気付いた。
涙で濡れた頬に風が当たって冷たい。
窓が空いていた。
そして、窓の下には小さなメモ帳に綺麗な文字でこう書かれていた。
『ご主人様へ
私が弱いばかりにご主人様に迷惑をかけてしまって申し訳御座いません
私の代わりに新しい神姫を買ってください
そうすればきっと倉内さんに勝てるはずです。
ご主人様、私は幸せでした。
今までありがとうございました』
気付いた時、アタシの身体は勝手に動いていた。
頭で考えるよりも早く、身体が反応した。
着の身着のままで家を飛び出す。
母さんが何か言った気がするけど構っている暇は無いんだ。
トロンベ。
アタシの友達。
気付けば、アタシは泣いていた。
涙が次から次へと溢れてくる。
雨と合間って視界がぼやける。
ひたすら走る。
トロンベがどこにいるのか分からないけど、探すんだ。
それが、アタシの罪滅ぼし。
『失ってから初めて気付く物がある』
使い古された陳腐な言葉だと思う。
だけど、的を得ていると思う。
アタシは傲慢だった。
お猿の大将も良いトコだ。
それがトロンベを傷つけていることも、今の今までわからなかった。
アタシは、バカだ。
大バカだ。
それを気付かせようとした人達にも吠えたんだ。
本当に、バカだ。
トロンベに謝らなきゃ。
許してもらえるかわからないけど、謝らなきゃ。
雨が降る。
まるで誰かの心の中を映し出したように、雨は降る。
遠くでは雷鳴が轟いている。
まるで悲鳴のようでもある。
トロンベは一人泣いていた。
町外れの廃車置場の一角で。
体を丸めて、息を潜めて泣いていた。
頭の中に浮かぶのは最愛の主人の事ばかり。
そして、主人の期待に添えない自分に腹が立つ。
いまでもこの判断が間違っているとは思っていない。
これが最善の手だと確信に近いものがある。
だけど、心のどこかでそれを否定する物がある。
それは後悔であり、寂しさであり、哀しさだった。
バトルをすることは嫌いではなかった。
武装神姫たるトロンベの闘争本能。
主人が望めば喜んで戦いに身を晒す。
そして、勝利の美酒に酔う。
主人は喜んでくれる。
自身も勝てば嬉しい。
でも、それだけじゃ足りなかった。
もっと話したかった。
もっと触れ合っていたかった。
ずっと傍らにいたかった。
ずっと抱いていて欲しかった。
これは傲慢だろうか。
たかが玩具に過ぎない武装神姫の傲慢だったのか。
自身を主の友人だと思い込む。
それが神の怒りにでも触れたのか。
自らこうしなくても、近い内に同じ状況になっていただろう。
でも、それは耐えられない。
主人直々に捨てられるのは、とても怖い。
怖くて、怖くて、耐えられない。
だから自ら捨てられた。
その方が、まだ耐えられる。
それでも紛い物の心が痛む。
「…ご主人様ぁ……」
トロンベは泣いた。
子犬の様に、泣いた。
雨が容赦なく身体を叩く。
人にしてみれば水滴なんて何でも無いが、神姫のトロンベにしてみればそれは砲弾の様な大きさと衝撃を伴っている。
そして、それは身体の熱を容赦なく奪っていく。
全身の間接という間接から雨水が染み込み、体温はどんどん下がっていく。
人間と同じ温度に保とうとする機能が作動するが身体は温まらない。
それどころか、ますます寒さは増していく。
内蔵電池が尽きかけているのだ。
トロンベは死を覚悟した。
内蔵電池が尽きた所で、再び充電すれば済む話だ。
しかし、ここにはクレイドルなど存在しない。
だから、ここでの電池切れはそのまま死を表すのだ。
仮に誰かに拾われたとしても、記憶の類は消し飛んでいるだろう。
記憶も電池切れが長すぎると保存しておけないのだ。
やがて内蔵電池の底が突き、トロンベは深い眠りへと堕ちて行った。
その間際、懐かしい声を聞いた気がした。
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