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「三十路の独身男性、自営業の場合」(2007/01/11 (木) 01:12:25) の最新版変更点
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「Quel est dîner d'aujourd'hui ? 」
助手席から、声が聞こえた。
「Es gibt den aiready Reis. So bilde ich die Teeessiggurke. Ich bin so müde. 」
車を運転しながら、ドイツ語で応えてやる。
「확실히.오늘은, 큰 일이었지요.」
えっと…。
「何だ。今のは」
「韓国語ですよ。マスター。『今日は大変でしたね』って言ったんです」
助手席の下の方、クレードルの上でくつろぐ神姫が微笑みを浮かべる。
そう。彼女は武装神姫の侍型MMS。名前は『椿』だ。彼女は、そのAIの性能を発揮して、俺の仕事の秘書として、通訳兼語学指導者として、そして、一人暮らしの俺の話相手として、色々な場面でその能力を発揮してくれる。今や、俺の生活には欠かすことのできないパートナーだ。
-------------------------------------------------------------------
必要に迫られて、彼女を手に入れた。あ、そこの君、「玩具を『彼女』呼ばわりなんて、コイツ、あぶねー奴なんじゃないの」とか思っただろ。ま、いいや。俺の場合、ネットで神姫を使った外国語学習の事例を見たのがキッカケとなって、神姫の購入を思い至ったんだ。俺の仕事はー、ま、言ってみればブローカー。右から左、必要とする人がいれは、品物を売って歩く仕事だ。その時、たまたまツテがあって、海外との取引の話を持ちかけられていたんだ。
「通訳の役にたつかも」
そう思って、神姫の購入を思い至った。
まだ人を雇えるほど儲けているわけではなかったし、通訳を探すツテもなかった。
正直、購入するときは、ちょっと恥ずかしかったけどね。
まぁ、通常の女の子向けの神姫より、武装神姫の方がハードルが低かった、と、そういうこと。
そして、同時に驚きもした。
神姫について知ってはいた。それでも、起動するまでは「人間の音声認識をして、勝手に動くことのできる人形だろ」くらいにしか思っていなかった。でも。
「はじめまして。私は侍型MMS、TYPE『紅緒』です。あなたが私のマスターですか」
起動直後の第一声だ。今でも覚えている。その動作、声の抑揚にー、そして表情。何ひとつ人間と変わらないその仕草を。
で、結局、俺は彼女を、人間の女性を扱うのと同じように接することにした。
当初、彼女はバトルのために購入されたのではない、ということに少々戸惑った様子だった。しかし、自分の能力が求められている、というシュチュエーションは、彼女のやる気を引き出すのに十分だったようだ。その翌日、サードパーティの語学パックを使って、彼女は、英語、フランス語、ドイツ語、中国語(もちろん広東語と北京語の二種類は押さえている)やスペイン語など二十カ国語ほどをあっという間にマスターした。
彼女の存在は、取引先にも好評だった。ま、中には、テーブルの上で通訳をする彼女をいきなりワシ掴みにするお客もいたりして、彼女がその後しばらくの間ふて腐れる、という事態もあったりしたけどね。
その後、仕事も覚えてもらって、スケジュール管理や経理にと色々手伝ってくれている。
で、だ。
最近、そんな彼女の元気がない。
「そういえばさ」
しばらく続いた沈黙を破って声をかけた。
「名前の由来、解ったよ」
「はい、シガーソケットのことですか」
彼女が座るクレードルは、車内でも使えるようにシガーソケットから電源を供給されている。メーンの機能はバッテリーの充電だけど、その気になれば、PDAを使って彼女が一日の最後に行う、デフラグとバックアップをすることができる。
「昔ー、まだタバコが一般的だったころの名残だってさ。昔は、そこに発熱コイルを使ったライターがキャップ代わりに入っていたんだって。それが、だんだん車内で使う電気機器の電源供給源になって、その用途が一般化して、えーと、その一方で禁煙運動が進んで、タバコを吸う人はほとんどいなくなったけど、名残でそのまま残ってしまったんだと」
「へぇ」
「だから、ソケットの横にある小物入れって、実は吸って短くなったタバコを捨てるトレーだったらしいよ」
「はい、そうでしたか…」
なんだか、気乗りしない返事が帰ってくる。
うーん、そろそろ切り出してみるか。
「で、椿」
彼女の名前を優しく呼んでやる。
「最近、元気がないけど、どうしたのさ」
「いえ…そんなことは、ない、です。ええ。」
「歯切れが悪いなぁ。ここのトコの君の行動は変なんじゃないかな。ぼーっとしていることが多い」
彼女と暮らすようになってから、一応、神姫のAIのおおざっぱな概要や、ユーザーが抱えるトラブルなんかを調べていた。彼女たちは、人間と同様、環境によるストレスやなんかを感じる、らしい。俺は起動直後、購入目的を聞いて、戸惑いを見せた彼女の様子を思い出していた。彼女は武装神姫だ。武装神姫の存在目的はー。
「バトル、してみないか」
投げかけた。
「えっ」
彼女の顔が明るくなる。よほど嬉しいのか、その瞬間、彼女はその身体をぐるりとこちらへ向けた。
「でも…。マスターはバトルをなさらないのでしょう。私のために、そんな時間とお金を割くなんて無理をされなくても…」
と逡巡する。
やれやれ。
「じゃぁ、こう考えるんだ。君は、ウチの唯一の社員だ。さて、社長であるボクは、よく働いてくれる社員のためにも福利厚生を考えなきゃいけない。そうだろ?」
うーん、人間の女性だったら、ここで手でも握らなきゃいけないトコだ。
取り合えす、片手を使って指先で彼女の頭をなでてやる。こわばっていた彼女の身体から、力が抜けた。
週末がやってきた。
俺たちは近場の神姫センター登録をしている店を訪れた。
バトルは大きく分けて二種類ある。ひとつは神姫BMA(武装神姫バトル管理協会)によるオフィシャルなもの、これは実際に闘うリアルバトルだ。もうひとつは、いわゆるバーチャルバトル。こちらはまだBMAの公認こそは得られていないものの、装備の破損などを嫌がるユーザーの支持も多く、ほとんどのセンターでバーチャルの筐体を用意している。バーチャルのみでも全国ランキングなどが付けられ、準オフィシャルみたいな形で大会が開催されている。さすがに初めてのバトルなので、椿と相談して今回はバーチャルバトルに挑戦することにしていた。
さすがに人が多い。対戦台の前でバトルの指示を出すプレイヤーだけではなく、ギャラリーも胸ポケットに入れたそれぞれの神姫と一緒にモニターで対戦の様子を観戦している。大画面ではブースターと羽を付けた猫型が地面すれすれを滑るように駆け抜けていく姿が映されていた。だめだ。あんなのとやったら、間違いなく向こうのワンサイドゲームで終わっちゃうよ。
俺は周囲の神姫とマスターたちを観察してみた。ありゃ、マスターと神姫でお揃いの服着てやがる。あっちの神姫は眼帯しているけど、ファッションだよね、きっと。コッチには頭の上に神姫を載せてる奴もいるぞ。えー、シッポをパタパタさせている犬型の君。マスターの頭上でポテチの袋を振り回すのは止めなさい。
とか心の中でツッコミを入れていて、ハタと気づいた。
「どうやって対戦するんだ」
よく考えたら、昔の対戦ゲームのように一人プレイをしていて、そこに乱入とか、そういうスタイルではなさそうだ。店員を捕まえて聞いてみることにした。
店長なのだろうか、妙に落ち着きのあるその男性は、「なにこのオッサン」などという態度はおくびにも出さず、丁寧に対応してくれた。彼女を購入した店とは大違いだ。今度から、ひいきにさせてもらおう。
そして、今、俺は対戦相手だった神姫のオーナーと談笑しているところだ。
バトル?あぁ、負けちゃった。
しょうがないでしょ、マスターも当の神姫も初めてなんだし。ただ、一方的に打ち負かされるでもなく、それなりに内容のあるバトルだったことは、椿にも良い経験になったろうと思う。
「でも、銃の扱いが上手かったですね。あなたの戦法だったんですか」
学生だろうか、温厚そうな表情の持ち主だ。彼の神姫は騎士型。最近神姫を購入し、バトルを始めたそうだ。店長は、俺と同じく、初心者でなおかつバトルの相性がよい騎士型神姫を持つ彼を紹介してくれた。「僕も、初めての時は店長さんに対戦相手を紹介してもらったんです」そう言って、彼は快く対戦に応じてくれた。
缶コーヒーを飲みつつ、彼の問いに答えた。
「ああ、こっちが有利に立ち会える状況になるように、そのための呼び水に使おうと思ったんだ。銃でダメージを与えられるとは思っていなかったよ」
テーブルの上では椿が、さっきまで鬼のような剣戟を打ち合っていた、彼の神姫と楽しそうに話している。神姫仲間がいなかったことも、彼女のストレスの一因になっていたのだろうか、と思う。
「マスター」
と、椿が振り返った。
「はいな」
「あの…、彼女にメアドを教えても構いませんか」
「あ、僕たちは構いませんよ」
「そういうこと、いいよ。椿」
彼女は、相手の神姫と手を取り合い、きゃぁきゃぁと騒ぎ始めた。
対戦相手と別れた俺たちは、店内の一角にある神姫コーナーを見て回っていた。そして解ったのは、想像以上に神姫のグッズというのは種類がある、ということだった。武装にはじまり、家具(神姫サイズで実際に機能する家電もある)、バイクや車などの乗り物(どこで乗るんだ)など、など。服なんかは、メーカー品のほかに、個人が制作した品の委託販売もしているようだ。やっぱり一品ものは手間がかかっているだけあり、値も張るが出来は見事なものだった。そんななかから、俺は、袴の和装セットを購入することに決めた。椿は辞退しようとした。でも。
「そういえば、今まで君は僕に尽くしてくれたけど、僕は君になにもしてあげてないしね。たまにはプレゼントくらい贈らせてくれよ」
彼女は消え入りそうな声で、「ありがとうございます、マスター」と言うと、シャツの胸ポケットの中に引っ込んでしまった。
レジを打ってくれたのは、先刻、神姫とペアルックを決めていた少女だった。委託販売している服は彼女の手によるものらしい。梱包しながら、商品の説明をしてくれた、曰く「リアルバトルにも使えるだけの対弾、対刃、対爆性能がありますから」とかなんとか。なんだか、スゴイことになってるんだね。
「で、さ。スーツをオーダーしたいのだけど、いいかな」
「マスター」
椿がポケットから顔を出す。
「この娘、仕事を手伝ってくれているんだ。取引先相手に素体姿のままってのもどうかと思ってね」
「仕事を手伝うって、どんなことををしてるんですか」
質問を投げかけたのは、少女の犬型神姫だ。やけに礼儀正しい。
「ホラ、椿」
「ええ、マスターのお仕事で取引先が海外になることがあるんです。その時の通訳を…」
おずおずと答える。
「え、それじゃぁ、外国に行ったこともあるの」
「はい」
「今度、是非そのときのお話を聞かせてもらいたいわね」
少女の言葉に、犬型神姫も大きくうなずいていた。
「なんだか、今日は盛りだくさんだったね。まだ、お昼を回ったばかりだけど」
「はい」
胸元から聞こえる声の通りが良い。
「また、バトルしにあの店に行こう。次の休みにでも」
「え、スーツの仕上がりはまだ先…」
「いいんだ。俺も面白かったし、やっぱ勝ってみたいじゃん。それに、君も友達ができた方が楽しいでしょ」
「でも、本当によろしいのですか」
「ああ。君の浮かない顔は見たくないし。…今の君はすごく生き生きとしてる。そんな君と一緒にいることが嬉しいんだよ」
胸元の生地がギュッと掴まれる。彼女が俺の胸に顔を埋めて抱きついているのが見えた。
「Я люблю вас, оригинал.」
「また、俺の知らない言葉を…」
おしまい。
「Quel est dîner d'aujourd'hui ? 」
助手席から、声が聞こえた。
「Es gibt den aiready Reis. So bilde ich die Teeessiggurke. Ich bin so müde. 」
車を運転しながら、ドイツ語で応えてやる。
「확실히.오늘은, 큰 일이었지요.」
えっと…。
「何だ。今のは」
「韓国語ですよ。マスター。『今日は大変でしたね』って言ったんです」
助手席の下の方、クレードルの上でくつろぐ神姫が微笑みを浮かべる。
そう。彼女は武装神姫の侍型MMS。名前は『椿』だ。彼女は、そのAIの性能を発揮して、俺の仕事の秘書として、通訳兼語学指導者として、そして、一人暮らしの俺の話相手として、色々な場面でその能力を発揮してくれる。今や、俺の生活には欠かすことのできないパートナーだ。
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必要に迫られて、彼女を手に入れた。あ、そこの君、「玩具を『彼女』呼ばわりなんて、コイツ、あぶねー奴なんじゃないの」とか思っただろ。ま、いいや。俺の場合、ネットで神姫を使った外国語学習の事例を見たのがキッカケとなって、神姫の購入を思い至ったんだ。俺の仕事はー、ま、言ってみればブローカー。右から左、必要とする人がいれは、品物を売って歩く仕事だ。その時、たまたまツテがあって、海外との取引の話を持ちかけられていたんだ。
「通訳の役にたつかも」
そう思って、神姫の購入を思い至った。
まだ人を雇えるほど儲けているわけではなかったし、通訳を探すツテもなかった。
正直、購入するときは、ちょっと恥ずかしかったけどね。
まぁ、通常の女の子向けの神姫より、武装神姫の方がハードルが低かった、と、そういうこと。
そして、同時に驚きもした。
神姫について知ってはいた。それでも、起動するまでは「人間の音声認識をして、勝手に動くことのできる人形だろ」くらいにしか思っていなかった。でも。
「はじめまして。私は侍型MMS、TYPE『紅緒』です。あなたが私のマスターですか」
起動直後の第一声だ。今でも覚えている。その動作、声の抑揚にー、そして表情。何ひとつ人間と変わらないその仕草を。
俺は彼女には、人間の女性を扱うのと同じように接することにした。
当初、彼女はバトルのために購入されたのではない、ということに少々戸惑った様子だった。しかし、自分の能力が求められている、というシュチュエーションは、彼女のやる気を引き出すのに十分だったようだ。その翌日、サードパーティの語学パックを使って、彼女は、英語、フランス語、ドイツ語、中国語(もちろん広東語と北京語の二種類は押さえている)やスペイン語など二十カ国語ほどをあっという間にマスターした。
彼女の存在は、取引先にも好評だった。ま、中には、テーブルの上で通訳をする彼女をいきなりワシ掴みにするお客もいたりして、彼女がその後しばらくの間ふて腐れる、という事態もあったりしたけどね。
その後、仕事も覚えてもらって、スケジュール管理や経理にと色々手伝ってくれている。
で、だ。
最近、そんな彼女の元気がない。
「そういえばさ」
しばらく続いた沈黙を破って声をかけた。
「名前の由来、解ったよ」
「はい、シガーソケットのことですか」
彼女が座るクレードルは、車内でも使えるようにシガーソケットから電源を供給されている。メーンの機能はバッテリーの充電だけど、その気になれば、PDAを使って彼女が一日の最後に行う、デフラグとバックアップをすることができる。
「昔ー、まだタバコが一般的だったころの名残だってさ。昔は、そこに発熱コイルを使ったライターがキャップ代わりに入っていたんだって。それが、だんだん車内で使う電気機器の電源供給源になって、その用途が一般化して、えーと、その一方で禁煙運動が進んで、タバコを吸う人はほとんどいなくなったけど、名残でそのまま残ってしまったんだと」
「へぇ」
「だから、ソケットの横にある小物入れって、実は吸って短くなったタバコを捨てるトレーだったらしいよ」
「はい、そうでしたか…」
なんだか、気乗りしない返事が帰ってくる。
うーん、そろそろ切り出してみるか。
「で、椿」
彼女の名前を優しく呼んでやる。
「最近、元気がないけど、どうしたのさ」
「いえ…そんなことは、ない、です。ええ。」
「歯切れが悪いなぁ。ここのトコの君の行動は変なんじゃないかな。ぼーっとしていることが多い」
彼女と暮らすようになってから、一応、神姫のAIのおおざっぱな概要や、ユーザーが抱えるトラブルなんかを調べていた。彼女たちは、人間と同様、環境によるストレスやなんかを感じる、らしい。俺は起動直後、購入目的を聞いて、戸惑いを見せた彼女の様子を思い出していた。彼女は武装神姫だ。武装神姫の存在目的はー。
「バトル、してみないか」
投げかけた。
「えっ」
彼女の顔が明るくなる。よほど嬉しいのか、その瞬間、彼女はその身体をぐるりとこちらへ向けた。
「でも…。マスターはバトルをなさらないのでしょう。私のために、そんな時間とお金を割くなんて無理をされなくても…」
と逡巡する。
やれやれ。
「じゃぁ、こう考えるんだ。君は、ウチの唯一の社員だ。さて、社長であるボクは、よく働いてくれる社員のためにも福利厚生を考えなきゃいけない。そうだろ?」
うーん、人間の女性だったら、ここで手でも握らなきゃいけないトコだ。
取り合えす、片手を使って指先で彼女の頭をなでてやる。こわばっていた彼女の身体から、力が抜けた。
週末がやってきた。
俺たちは近場の神姫センター登録をしている店を訪れた。
バトルは大きく分けて二種類ある。ひとつは神姫BMA(武装神姫バトル管理協会)によるオフィシャルなもの、これは実際に闘うリアルバトルだ。もうひとつは、いわゆるバーチャルバトル。こちらはまだBMAの公認こそは得られていないものの、装備の破損などを嫌がるユーザーの支持も多く、ほとんどのセンターでバーチャルの筐体を用意している。バーチャルのみでも全国ランキングなどが付けられ、準オフィシャルみたいな形で大会が開催されている。さすがに初めてのバトルなので、椿と相談して今回はバーチャルバトルに挑戦することにしていた。
さすがに人が多い。対戦台の前でバトルの指示を出すプレイヤーだけではなく、ギャラリーも胸ポケットに入れたそれぞれの神姫と一緒にモニターで対戦の様子を観戦している。大画面ではブースターと羽を付けた猫型が地面すれすれを滑るように駆け抜けていく姿が映されていた。だめだ。あんなのとやったら、間違いなく向こうのワンサイドゲームで終わっちゃうよ。
俺は周囲の神姫とマスターたちを観察してみた。ありゃ、マスターと神姫でお揃いの服着てやがる。あっちの神姫は眼帯しているけど、ファッションだよね、きっと。コッチには頭の上に神姫を載せてる奴もいるぞ。えー、シッポをパタパタさせている犬型の君。マスターの頭上でポテチの袋を振り回すのは止めなさい。
とか心の中でツッコミを入れていて、ハタと気づいた。
「どうやって対戦するんだ」
よく考えたら、昔の対戦ゲームのように一人プレイをしていて、そこに乱入とか、そういうスタイルではなさそうだ。店員を捕まえて聞いてみることにした。
店長なのだろうか、妙に落ち着きのあるその男性は、「なにこのオッサン」などという態度はおくびにも出さず、丁寧に対応してくれた。彼女を購入した店とは大違いだ。今度から、ひいきにさせてもらおう。
そして、今、俺は対戦相手だった神姫のオーナーと談笑しているところだ。
バトル?あぁ、負けちゃった。
しょうがないでしょ、マスターも当の神姫も初めてなんだし。ただ、一方的に打ち負かされるでもなく、それなりに内容のあるバトルだったことは、椿にも良い経験になったろうと思う。
「でも、銃の扱いが上手かったですね。あなたの戦法だったんですか」
学生だろうか、温厚そうな表情の持ち主だ。彼の神姫は騎士型。最近神姫を購入し、バトルを始めたそうだ。店長は、俺と同じく、初心者でなおかつバトルの相性がよい騎士型神姫を持つ彼を紹介してくれた。「僕も、初めての時は店長さんに対戦相手を紹介してもらったんです」そう言って、彼は快く対戦に応じてくれた。
缶コーヒーを飲みつつ、彼の問いに答えた。
「ああ、こっちが有利に立ち会える状況になるように、そのための呼び水に使おうと思ったんだ。銃でダメージを与えられるとは思っていなかったよ」
テーブルの上では椿が、さっきまで鬼のような剣戟を打ち合っていた、彼の神姫と楽しそうに話している。神姫仲間がいなかったことも、彼女のストレスの一因になっていたのだろうか、と思う。
「マスター」
と、椿が振り返った。
「はいな」
「あの…、彼女にメアドを教えても構いませんか」
「あ、僕たちは構いませんよ」
「そういうこと、いいよ。椿」
彼女は、相手の神姫と手を取り合い、きゃぁきゃぁと騒ぎ始めた。
対戦相手と別れた俺たちは、店内の一角にある神姫コーナーを見て回っていた。そして解ったのは、想像以上に神姫のグッズというのは種類がある、ということだった。武装にはじまり、家具(神姫サイズで実際に機能する家電もある)、バイクや車などの乗り物(どこで乗るんだ)など、など。服なんかは、メーカー品のほかに、個人が制作した品の委託販売もしているようだ。やっぱり一品ものは手間がかかっているだけあり、値も張るが出来は見事なものだった。そんななかから、俺は、袴の和装セットを購入することに決めた。椿は辞退しようとした。でも。
「そういえば、今まで君は僕に尽くしてくれたけど、僕は君になにもしてあげてないしね。たまにはプレゼントくらい贈らせてくれよ」
彼女は消え入りそうな声で、「ありがとうございます、マスター」と言うと、シャツの胸ポケットの中に引っ込んでしまった。
レジを打ってくれたのは、先刻、神姫とペアルックを決めていた少女だった。委託販売している服は彼女の手によるものらしい。梱包しながら、商品の説明をしてくれた、曰く「リアルバトルにも使えるだけの対弾、対刃、対爆性能がありますから」とかなんとか。なんだか、スゴイことになってるんだね。
「で、さ。スーツをオーダーしたいのだけど、いいかな」
「マスター」
椿がポケットから顔を出す。
「この娘、仕事を手伝ってくれているんだ。取引先相手に素体姿のままってのもどうかと思ってね」
「仕事を手伝うって、どんなことををしてるんですか」
質問を投げかけたのは、少女の犬型神姫だ。やけに礼儀正しい。
「ホラ、椿」
「ええ、マスターのお仕事で取引先が海外になることがあるんです。その時の通訳を…」
おずおずと答える。
「え、それじゃぁ、外国に行ったこともあるの」
「はい」
「今度、是非そのときのお話を聞かせてもらいたいわね」
少女の言葉に、犬型神姫も大きくうなずいていた。
「なんだか、今日は盛りだくさんだったね。まだ、お昼を回ったばかりだけど」
「はい」
胸元から聞こえる声の通りが良い。
「また、バトルしにあの店に行こう。次の休みにでも」
「え、スーツの仕上がりはまだ先…」
「いいんだ。俺も面白かったし、やっぱ勝ってみたいじゃん。それに、君も友達ができた方が楽しいでしょ」
「でも、本当によろしいのですか」
「ああ。君の浮かない顔は見たくないし。…今の君はすごく生き生きとしてる。そんな君と一緒にいることが嬉しいんだよ」
胸元の生地がギュッと掴まれる。彼女が俺の胸に顔を埋めて抱きついているのが見えた。
「Я люблю вас, оригинал.」
「また、俺の知らない言葉を…」
おしまい。
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