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「シルヴィ! ブレードで応戦、ランチャーで弾幕をはりつつ離脱!」
マスターの指示に合わせ、敵の攻撃に対し的確に行動を起す神姫。
シルヴィと呼ばれたツガルタイプは、アーミーブレイドで迫るヴァッフェバニーの一撃をブレードで受け止め、背面バインダーに内臓された電磁加速ランチャーを低弾速連射モードに設定、乱射、一瞬生じた隙を逃さず全身のバーニアを噴射し距離を取る。
近距離から遠距離戦へ移行。自身、敵、共にダメージ無し。
「いいぞシルヴィ! ライフル、ランチャー装備。遠距離射撃戦を仕掛けろ!」
敵のヴァッフェバニーは一見ノーマルだが、両腕に連射力の高い火器、背部の推進器に瞬発力を高めるパーツを取り付けている。
弾幕で相手の動きを止め格闘戦で確実にダメージを奪うタイプだ。
洗練されたスタイル。ここまで勝ち進んで来ただけの事はある。
中距離~接近戦を重視したタイプには遠距離戦を仕掛けろ、か。マスターの判断は正しい。
敵が装備する機関銃も遠距離まで離れれば弾速の減衰、集弾率の低下により危険度は減る。が、しかし私のような装甲が人並みの神姫では、それも回避行動を取らなければ看過でない脅威だ。
機関銃を両手に迫る敵に対して、遠距離へと逃れつつ回避行動、さらに狙撃をする。
だが、一連の行動から放たれる乱雑な射撃は敵ヴァッフェバニーの瞬発力の前では足止めにもならない。
一気に距離を詰められる。中距離戦。ミドルレンジ。私の、ツガルタイプの、最も苦手な距離。
----
* ツガル戦術論-副題:シルヴィア奮闘記
----
一般的に各神姫は得意とするレンジと言うものが存在する。
天使型MMSアーンヴァルなら飛行能力をフルに活かした遠~中距離射撃戦。
騎士型MMSサイフォスなら重装甲と強力な格闘武器を利用した接近戦。
兎型MMSヴァッフェバニーの武装は一撃の威力に欠けるが、その信頼性の高い格闘武器と豊富な火器による弾幕を駆使し、遠距離から接近戦までこなすオールラウンダー型と言える。
パッケージに詰められたデフォルト装備と言うのは、思いのほか高いバランスでまとめられているのである。
もちろんアーンヴァルタイプがセイバーを持って突撃するのも戦術だが、射撃重視の機体に、調子に乗って太刀やブロードソードを装備しては不味い。
機体重量過多やエネルギー出力不足による戦力低下、という危険性はもちろんのこと、戦術的に「どっちつかず」の神姫になってしまう。そんな神姫は付け入られやすい。
武装とは、マスターと神姫にとってのアイデンティティ。
だからこそマスターと神姫は吟味に吟味を重ねて武装を選択する。
「強い神姫」と言うのはつまり「コンセプトの明確な神姫」なのである。
ツガルタイプのノーマル武装は3種。ライフル、ランチャー、ブレードである。
うち2種は遠距離射撃武器。残り1つは接近格闘武器。
そう、ツガルノーマルタイプには中距離武器が存在しないのだ。
・ホーンスナイパーライフルは軽量狙撃銃だが、いかに威力が高く取り回しが良くても弾幕を張るほどの連射力が無ければ中距離戦では押し返せない。
・ハイパーエレクトロマグネティックランチャーは低速連射モード、高速貫通モードと自在に撃ち分けられ、フレキシブルに可動する盾としても機能する完成度の高い武装である。が、これも中距離射撃戦に於いて取り回しの悪さが指摘されている。
・フォービドブレードは背部にマウントされたダブルブレードで、両手に射撃武器を構えていても格闘戦に移行できる自由度の高い武装である。
以上の3種の武装が一対ずつ装備されている。
このように、一つ一つを取り上げて見ればレベルの高い武装群なのだが、全体をまとめて見渡すと決定的な欠点が露呈してくる。
中距離における火力不足。対ノーマルツガル戦略は明確であり、ツガルが対戦に参加し初めると即座に打ち立てられていった。
可変機構を取り入れたはいいが戦闘コンセプトが一貫しない、季節ネタとして発売されたバトルでは使えない神姫。ツガルに下された評価をまとめると、こうだ。そもそもツガルは追加武装キットとして発売されたのだ。別途素体を購入しなくては稼動しない。上記の要因はバトルにおけるツガル不人気に拍車をかけた。
事実、ツガルを使用するマスターは驚くほど少ない。
にもかかわらず、マスターは私を何度も神姫センターへ連れ出してくれた。
もちろん最初は何度も負けてしまって悔しい思いをした。
ある日、私が武装の変更を提案するとマスターはこう断った。
「だって悔しいじゃないか」
曰く。
「シルヴィ、ツガルタイプは決して最強の神姫じゃない。
でも、決して扱いにくい神姫でもない。
おれ達はツガル装備を使用してバトルに勝たなければいけない。
シルヴィのツガル装備は、シルヴィが扱う事によって初めて最強になる。
また、そうじゃなくちゃいけないんだ。
それが、ツガルを見限ったバトルマスター達の目を覚まさせる唯一の方法なんだ」
私はその場でマスターに呆れたふりをして見せた。
しかし、すぐさま駆け込んだ棚の裏で、声を殺して泣いた。
悔し涙か? それともマスターの野望に感動でもしたか?
違う。マスターの実直な動機に涙したのだ。
有り体に言えば、私を、我々を。ツガルタイプを愛してくれている事。
「ふん、まったく、バカなんだから」
…でも、貴方がそういう考えなら、付き合ってあげてもいいわよ。
一人でひとしきり涙を流し終えた後、鏡で顔の腫れがひいたのを確認してからマスターと向き合い、こう宣言してみせた。
マスターが人差し指を突き出す。私はそれに握り拳をぶつけて応える。
私達は必ず勝ち上がってみせる。私達は心の中で誓った。二人の不敵な笑み。
後で聞いた話では、この時の私の瞳はしっかりと潤んでしまってたらしい。
始まった果て無き特訓。確立された戦術。ノーマルパーツを駆使した必殺技の開発。
着実に上がって行くランクポイント。気が付けば地元の神姫センターでも注目される神姫になっていた。
ただし、ツガルを扱う変わり者のマスターとして。
そして出場した地区大会。トーナメントの最頂上。全国大会出場への切符を賭けた一戦。
ツガルタイプを過小評価している連中を叩きのめしてやる。こんなところで負けてたまるか。
シルヴィアは剥き出しの闘志でそう応えた。
----
逃げ回る私。迫るヴァッフェバニー。中距離戦。それは私の弱点。そしてヴァッフェバニーの必殺の間合い。
ヴァッフェバニーの虎の子ミニガンが火を吹いた。
回転式バレルから大量の弾を吐き出すこの射撃武器は中~遠距離で絶大な威力を誇る。
両手で扱わなければいけない重量や取り回しの悪さなどは威力と連射力で捻じ伏せる。と言った重火器だ。
決定的な構図。しかし、この状態こそ私が、私とマスターが待ち望んでいた瞬間。
中距離戦が苦手ならば、逆にそれを利用する。これが私達の発想だった。
四丁もの精密射撃武器を搭載するツガルタイプはロングレンジでは無視出来ない実力を発揮する。
アウトレンジからの正確な射撃を嫌う対戦相手は中距離で決着を着けようと急激に距離を詰めようとする。
その瞬間を、隙として狙う。
「シルヴィ、今だッ!」
言われるよりも早く反転、全速前進。スラスターをマキシマムまで叩き込む。
両腕のライフルを捨て少しでも加速力を稼ぐ。近距離まで一気に飛び込めば重火器の取り回しの悪さに付け込める。
マグネティックランチャーにエネルギーを供給し始めると片側を体の前に構え盾として運用。ミニガンの弾幕に備える。
もう片側のランチャーを低速連射モードにして連射。敵は真正面。重火器を装備して足が止まっている。よく狙う必要も無い。
突然の強襲に同様しない敵は流石だ。互いの射撃は正確だった。
被弾。命中。また被弾。それでも絞らぬ推進力。
瞬間的に跳ね上がる両者のダメージ。しかし駆動系はまだ生きている。それは敵も同じ事だった。
そしてクロスレンジ。
ミニガンの有効射程から外れると判断したヴァッフェバニーは即座にアーミーブレードを装着。すでに格闘戦に備えていた。
背部フォービドブレード展開。スラスターの推力を急激に偏向。
ヴァッフェバニーの頭上で勢いに乗ったムーンサルト。体を翻すたびに刃を浴びせる私の必殺技。
一太刀目。身を低くし回避される。敵の回避機動を考慮した二太刀目。ブレードで受け流される。本命の三太刀目。背部推進器を盾にして回避された。
アプローチ終了。有効打、無し。加速度を殺さずそのまま離脱。クロスレンジから再びショートレンジへ。
攻撃終了後の隙は見逃されず、ヴァッフェバニーはアーミーブレードを投擲。被命中。
脚部スラスターを使用不能にするダメージ。稼動する残りのスラスターできりもみ状態から回復。
この機会を逃したら戦闘続行は困難。
盾として運用していたマグネティックランチャーを高速貫通モードへ。
天地反転の体勢から射撃。限界まで供給されたエネルギーを開放する。
果たして、近距離から放たれた超高速貫通弾はヴァッフェバニーのボディを貫いた。
姿勢制御が間に合わず、高速のまま頭から地表に接触。横転、前転、バウンドを繰り返し
自らおこした砂埃にまみれるシルヴィア。ダブルノックアウトか? ジャッジコンピュータが勝負の判定を行う。
この勝負を見守った者の総てが一瞬と言う間の長時間を経験した。そして、下される、判定。
<勝者、シルヴィア>
固唾を飲んでジャッジの真偽を見届ける総員。
立ち込めていた砂埃は判定のタイミングを見計らったかのように晴れる。
そこには勝利者シルヴィアが立っていた。
ようやく動き出した観客の時間。勝利者に割れんばかりの声援。
眩しすぎる照明。鳴り止まぬシルヴィアコール。
すべては勝利を掴んだ小さき姫のために。
満身創痍のシルヴィアは髪の乱れを適当に正すと、観客に向かって一礼して見せた。
精密なポリゴンで構成されたバーチャル空間は、戦闘フィールドから表彰台へと表情を変え、神姫の傷だらけのボディもポリゴンの塵へと分解。再構成されると無傷のパーツへと修復された。
ポリゴンの紙吹雪とポリゴンのトロフィー。メインスクリーンに大きく映し出されるシルヴィア。
しかし。
----
まっすぐ帰宅し、今夜は御馳走にしよう。
表彰式を終え、会場の駐車場でバイクをアイドリングさせてると突然、浮かない表情のシルヴィアに声をかけられた。
「優勝した、と言う実感が湧かないわ」
屋外駐車場は風が吹きさらし、星を控えめに散りばめた夜空だった。
まだ夕方だと言うのにもう空が暗い。季節は冬であった。
「私達は激しい特訓を積み、全力をもって大会に臨み、そして勝利した。
ですけど。 私達は本当に勝ったのかしら?」
それはつまり。
おれ達の目標。ツガルタイプの真の実力を皆に示す事が出来たのか。って事かな。
肩の上にたたずむシルヴィに聞き返す。
「そう。私は必死に、全力で戦った。
負けてたまるか、とがむしゃらに相手の神姫を打ち負かしてきた。
けれど私の戦いは、他のマスターの心を動かしたのか。
それが、気になります」
優勝した感動よりも、その事に対する不安の方が強いというのだ。
表彰台の頂点に立った本人だと言うのに、シルヴィアは真面目であった。
おれですら優勝の余韻に浮かれてたと言うのに。
少し考えてから、こう切り出した。
「シルヴィはよくやったよ。
多くのプレイヤーが扱いにてこずるツガル装備でよく勝ち抜いた。
今回のバトル結果は様々な形で神姫に関わる人達に伝わるはずだ。
そして、彼らはこう言うんだ。『大会であのツガルタイプが優勝したんだってよ』
ある人はツガルをパートナーに選ぶかもしれない。またある人は今回の戦闘データを元に対ツガル戦略を練りなおすだろう。
ひょっとしたら神姫センターで名指しの対戦を申し込まれるかもな。」
まさか、それはどうかしら。
と否定するシルヴィアはしかし、まんざらでもなさそうな表情。ここにきてやっと浮かない表情が引っ込んだ。
おれも、自分で言っといてまんざらでもなさそうに笑う。
さらに続ける。
「シルヴィが今どんなモヤモヤを抱えてようと、
ツガルタイプが優勝したと言う事実が神姫プレイヤーを変えていく筈だ。
そして、忘れてないか? 幸いな事におれ達の前にはまだ全国大会が待っている。まだまだ活躍のステージがあるって事。
納得できない点があるなら次の対戦相手にぶつけてやればいい。地区大会優勝くらいで気を抜いちゃダメだ」
「それは当たり前よ。
私達の目的はツガルを過小評価するマスターの髪を掴み下ろし頬を引っ叩いて眠たい目を覚まさせてやる事。
この程度の戦績で満足するわたくしではないわ」
やっといつものシルヴィアに戻ってきた。わがままで高飛車。しかし実は真面目で努力家。そして感動屋。
普段より心持ち上ずった声だった辺り、全国大会の存在を忘れていたのだろう。
指摘されたのが図星だった。でもそんな事を絶対認めようとしないのがおれのパートナー、シルヴィアである。
「さあ、帰りましょう。小さな大会とはいえ疲れたわ。
今晩はうんと美味しいご飯にしましょう。お寿司がいいわ。回転式なんてもってのほかよ? 特上を出前にしましょう
それからデザートは駅前の―――」
だー、わかった。バイクのエンジンも十分暖まった。行くぞ。残りは家で聞く。
シルヴィアは肩の上から胸ポケットへすべるように移動。
シルヴィアが収納されたのを確認するとバイクにまたがる。
「駅前の、限定品とは言わないわ。新発売のかぼちゃプリンを―――」
アクセル全開。いささか強引にクラッチを繋ぐ。
胸ポケットから顔を出すシルヴィアの声を爆音で掻き消し、シフトチェンジ。
張り詰めるような冷たい空気を切り裂いて、走る。
かぼちゃプリンだな。デパ地下に、まだ残ってるかな。等と考えながら。
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「シルヴィ! ブレードで応戦、ランチャーで弾幕をはりつつ離脱!」
マスターの指示に合わせ、敵の攻撃に対し的確に行動を起す神姫。
シルヴィと呼ばれたツガルタイプは、アーミーブレイドで迫るヴァッフェバニーの一撃をブレードで受け止め、背面バインダーに内臓された電磁加速ランチャーを低弾速連射モードに設定、乱射、一瞬生じた隙を逃さず全身のバーニアを噴射し距離を取る。
近距離から遠距離戦へ移行。自身、敵、共にダメージ無し。
「いいぞシルヴィ! ライフル、ランチャー装備。遠距離射撃戦を仕掛けろ!」
敵のヴァッフェバニーは一見ノーマルだが、両腕に連射力の高い火器、背部の推進器に瞬発力を高めるパーツを取り付けている。
弾幕で相手の動きを止め格闘戦で確実にダメージを奪うタイプだ。
洗練されたスタイル。ここまで勝ち進んで来ただけの事はある。
中距離~接近戦を重視したタイプには遠距離戦を仕掛けろ、か。マスターの判断は正しい。
敵が装備する機関銃も遠距離まで離れれば弾速の減衰、集弾率の低下により危険度は減る。が、しかし私のような装甲が人並みの神姫では、それも回避行動を取らなければ看過でない脅威だ。
機関銃を両手に迫る敵に対して、遠距離へと逃れつつ回避行動、さらに狙撃をする。
だが、一連の行動から放たれる乱雑な射撃は敵ヴァッフェバニーの瞬発力の前では足止めにもならない。
一気に距離を詰められる。中距離戦。ミドルレンジ。私の、ツガルタイプの、最も苦手な距離。
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* ツガル戦術論-副題:シルヴィア奮闘記
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一般的に各神姫は得意とするレンジと言うものが存在する。
天使型MMSアーンヴァルなら飛行能力をフルに活かした遠~中距離射撃戦。
騎士型MMSサイフォスなら重装甲と強力な格闘武器を利用した接近戦。
兎型MMSヴァッフェバニーの武装は一撃の威力に欠けるが、その信頼性の高い格闘武器と豊富な火器による弾幕を駆使し、遠距離から接近戦までこなすオールラウンダー型と言える。
パッケージに詰められたデフォルト装備と言うのは、思いのほか高いバランスでまとめられているのである。
もちろんアーンヴァルタイプがセイバーを持って突撃するのも戦術だが、射撃重視の機体に、調子に乗って太刀やブロードソードを装備しては不味い。
機体重量過多やエネルギー出力不足による戦力低下、という危険性はもちろんのこと、戦術的に「どっちつかず」の神姫になってしまう。そんな神姫は付け入られやすい。
武装とは、マスターと神姫にとってのアイデンティティ。
だからこそマスターと神姫は吟味に吟味を重ねて武装を選択する。
「強い神姫」と言うのはつまり「コンセプトの明確な神姫」なのである。
ツガルタイプのノーマル武装は3種。ライフル、ランチャー、ブレードである。
うち2種は遠距離射撃武器。残り1つは接近格闘武器。
そう、ツガルノーマルタイプには中距離武器が存在しないのだ。
・ホーンスナイパーライフルは軽量狙撃銃だが、いかに威力が高く取り回しが良くても弾幕を張るほどの連射力が無ければ中距離戦では押し返せない。
・ハイパーエレクトロマグネティックランチャーは低速連射モード、高速貫通モードと自在に撃ち分けられ、フレキシブルに可動する盾としても機能する完成度の高い武装である。が、これも中距離射撃戦に於いて取り回しの悪さが指摘されている。
・フォービドブレードは背部にマウントされたダブルブレードで、両手に射撃武器を構えていても格闘戦に移行できる自由度の高い武装である。
以上の3種の武装が一対ずつ装備されている。
このように、一つ一つを取り上げて見ればレベルの高い武装群なのだが、全体をまとめて見渡すと決定的な欠点が露呈してくる。
中距離における火力不足。対ノーマルツガル戦略は明確であり、ツガルが対戦に参加し初めると即座に打ち立てられていった。
可変機構を取り入れたはいいが戦闘コンセプトが一貫しない、季節ネタとして発売されたバトルでは使えない神姫。ツガルに下された評価をまとめると、こうだ。そもそもツガルは追加武装キットとして発売されたのだ。別途素体を購入しなくては稼動しない。上記の要因はバトルにおけるツガル不人気に拍車をかけた。
事実、ツガルを使用するマスターは驚くほど少ない。
にもかかわらず、マスターは私を何度も神姫センターへ連れ出してくれた。
もちろん最初は何度も負けてしまって悔しい思いをした。
ある日、私が武装の変更を提案するとマスターはこう断った。
「だって悔しいじゃないか」
曰く。
「シルヴィ、ツガルタイプは決して最強の神姫じゃない。
でも、決して扱いにくい神姫でもない。
おれ達はツガル装備を使用してバトルに勝たなければいけない。
シルヴィのツガル装備は、シルヴィが扱う事によって初めて最強になる。
また、そうじゃなくちゃいけないんだ。
それが、ツガルを見限ったバトルマスター達の目を覚まさせる唯一の方法なんだ」
私はその場でマスターに呆れたふりをして見せた。
しかし、すぐさま駆け込んだ棚の裏で、声を殺して泣いた。
悔し涙か? それともマスターの野望に感動でもしたか?
違う。マスターの実直な動機に涙したのだ。
有り体に言えば、私を、我々を。ツガルタイプを愛してくれている事。
「ふん、まったく、バカなんだから」
…でも、貴方がそういう考えなら、付き合ってあげてもいいわよ。
一人でひとしきり涙を流し終えた後、鏡で顔の腫れがひいたのを確認してからマスターと向き合い、こう宣言してみせた。
マスターが人差し指を突き出す。私はそれに握り拳をぶつけて応える。
私達は必ず勝ち上がってみせる。私達は心の中で誓った。二人の不敵な笑み。
後で聞いた話では、この時の私の瞳はしっかりと潤んでしまってたらしい。
始まった果て無き特訓。確立された戦術。ノーマルパーツを駆使した必殺技の開発。
着実に上がって行くランクポイント。気が付けば地元の神姫センターでも注目される神姫になっていた。
ただし、ツガルを扱う変わり者のマスターとして。
そして出場した地区大会。トーナメントの最頂上。全国大会出場への切符を賭けた一戦。
ツガルタイプを過小評価している連中を叩きのめしてやる。こんなところで負けてたまるか。
シルヴィアは剥き出しの闘志でそう応えた。
----
逃げ回る私。迫るヴァッフェバニー。中距離戦。それは私の弱点。そしてヴァッフェバニーの必殺の間合い。
ヴァッフェバニーの虎の子ミニガンが火を吹いた。
回転式バレルから大量の弾を吐き出すこの射撃武器は中~遠距離で絶大な威力を誇る。
両手で扱わなければいけない重量や取り回しの悪さなどは威力と連射力で捻じ伏せる。と言った重火器だ。
決定的な構図。しかし、この状態こそ私が、私とマスターが待ち望んでいた瞬間。
中距離戦が苦手ならば、逆にそれを利用する。これが私達の発想だった。
四丁もの精密射撃武器を搭載するツガルタイプはロングレンジでは無視出来ない実力を発揮する。
アウトレンジからの正確な射撃を嫌う対戦相手は中距離で決着を着けようと急激に距離を詰めようとする。
その瞬間を、隙として狙う。
「シルヴィ、今だッ!」
言われるよりも早く反転、全速前進。スラスターをマキシマムまで叩き込む。
両腕のライフルを捨て少しでも加速力を稼ぐ。近距離まで一気に飛び込めば重火器の取り回しの悪さに付け込める。
マグネティックランチャーにエネルギーを供給し始めると片側を体の前に構え盾として運用。ミニガンの弾幕に備える。
もう片側のランチャーを低速連射モードにして連射。敵は真正面。重火器を装備して足が止まっている。よく狙う必要も無い。
突然の強襲に同様しない敵は流石だ。互いの射撃は正確だった。
被弾。命中。また被弾。それでも絞らぬ推進力。
瞬間的に跳ね上がる両者のダメージ。しかし駆動系はまだ生きている。それは敵も同じ事だった。
そしてクロスレンジ。
ミニガンの有効射程から外れると判断したヴァッフェバニーは即座にアーミーブレードを装着。すでに格闘戦に備えていた。
背部フォービドブレード展開。スラスターの推力を急激に偏向。
ヴァッフェバニーの頭上で勢いに乗ったムーンサルト。体を翻すたびに刃を浴びせる私の必殺技。
一太刀目。身を低くし回避される。敵の回避機動を考慮した二太刀目。ブレードで受け流される。本命の三太刀目。背部推進器を盾にして回避された。
アプローチ終了。有効打、無し。加速度を殺さずそのまま離脱。クロスレンジから再びショートレンジへ。
攻撃終了後の隙は見逃されず、ヴァッフェバニーはアーミーブレードを投擲。被命中。
脚部スラスターを使用不能にするダメージ。稼動する残りのスラスターできりもみ状態から回復。
この機会を逃したら戦闘続行は困難。
盾として運用していたマグネティックランチャーを高速貫通モードへ。
天地反転の体勢から射撃。限界まで供給されたエネルギーを開放する。
果たして、近距離から放たれた超高速貫通弾はヴァッフェバニーのボディを貫いた。
姿勢制御が間に合わず、高速のまま頭から地表に接触。横転、前転、バウンドを繰り返し
自らおこした砂埃にまみれるシルヴィア。ダブルノックアウトか? ジャッジコンピュータが勝負の判定を行う。
この勝負を見守った者の総てが一瞬と言う間の長時間を経験した。そして、下される、判定。
<勝者、シルヴィア>
固唾を飲んでジャッジの真偽を見届ける総員。
立ち込めていた砂埃は判定のタイミングを見計らったかのように晴れる。
そこには勝利者シルヴィアが立っていた。
ようやく動き出した観客の時間。勝利者に割れんばかりの声援。
眩しすぎる照明。鳴り止まぬシルヴィアコール。
すべては勝利を掴んだ小さき姫のために。
満身創痍のシルヴィアは髪の乱れを適当に正すと、観客に向かって一礼して見せた。
精密なポリゴンで構成されたバーチャル空間は、戦闘フィールドから表彰台へと表情を変え、神姫の傷だらけのボディもポリゴンの塵へと分解。再構成されると無傷のパーツへと修復された。
ポリゴンの紙吹雪とポリゴンのトロフィー。メインスクリーンに大きく映し出されるシルヴィア。
しかし。
----
まっすぐ帰宅し、今夜は御馳走にしよう。
表彰式を終え、会場の駐車場でバイクをアイドリングさせてると突然、浮かない表情のシルヴィアに声をかけられた。
「優勝した、と言う実感が湧かないわ」
屋外駐車場は風が吹きさらし、星を控えめに散りばめた夜空だった。
まだ夕方だと言うのにもう空が暗い。季節は冬であった。
「私達は激しい特訓を積み、全力をもって大会に臨み、そして勝利した。
ですけど。 私達は本当に勝ったのかしら?」
それはつまり。
おれ達の目標。ツガルタイプの真の実力を皆に示す事が出来たのか。って事かな。
肩の上にたたずむシルヴィに聞き返す。
「そう。私は必死に、全力で戦った。
負けてたまるか、とがむしゃらに相手の神姫を打ち負かしてきた。
けれど私の戦いは、他のマスターの心を動かしたのか。
それが、気になります」
優勝した感動よりも、その事に対する不安の方が強いというのだ。
表彰台の頂点に立った本人だと言うのに、シルヴィアは真面目であった。
おれですら優勝の余韻に浮かれてたと言うのに。
少し考えてから、こう切り出した。
「シルヴィはよくやったよ。
多くのプレイヤーが扱いにてこずるツガル装備でよく勝ち抜いた。
今回のバトル結果は様々な形で神姫に関わる人達に伝わるはずだ。
そして、彼らはこう言うんだ。『大会であのツガルタイプが優勝したんだってよ』
ある人はツガルをパートナーに選ぶかもしれない。またある人は今回の戦闘データを元に対ツガル戦略を練りなおすだろう。
ひょっとしたら神姫センターで名指しの対戦を申し込まれるかもな。」
まさか、それはどうかしら。
と否定するシルヴィアはしかし、まんざらでもなさそうな表情。ここにきてやっと浮かない表情が引っ込んだ。
おれも、自分で言っといてまんざらでもなさそうに笑う。
さらに続ける。
「シルヴィが今どんなモヤモヤを抱えてようと、
ツガルタイプが優勝したと言う事実が神姫プレイヤーを変えていく筈だ。
そして、忘れてないか? 幸いな事におれ達の前にはまだ全国大会が待っている。まだまだ活躍のステージがあるって事。
納得できない点があるなら次の対戦相手にぶつけてやればいい。地区大会優勝くらいで気を抜いちゃダメだ」
「それは当たり前よ。
私達の目的はツガルを過小評価するマスターの髪を掴み下ろし頬を引っ叩いて眠たい目を覚まさせてやる事。
この程度の戦績で満足するわたくしではないわ」
やっといつものシルヴィアに戻ってきた。わがままで高飛車。しかし実は真面目で努力家。そして感動屋。
普段より心持ち上ずった声だった辺り、全国大会の存在を忘れていたのだろう。
指摘されたのが図星だった。でもそんな事を絶対認めようとしないのがおれのパートナー、シルヴィアである。
「さあ、帰りましょう。小さな大会とはいえ疲れたわ。
今晩はうんと美味しいご飯にしましょう。お寿司がいいわ。回転式なんてもってのほかよ? 特上を出前にしましょう
それからデザートは駅前の―――」
だー、わかった。バイクのエンジンも十分暖まった。行くぞ。残りは家で聞く。
シルヴィアは肩の上から胸ポケットへすべるように移動。
シルヴィアが収納されたのを確認するとバイクにまたがる。
「駅前の、限定品とは言わないわ。新発売のかぼちゃプリンを―――」
アクセル全開。いささか強引にクラッチを繋ぐ。
胸ポケットから顔を出すシルヴィアの声を爆音で掻き消し、シフトチェンジ。
張り詰めるような冷たい空気を切り裂いて、走る。
かぼちゃプリンだな。デパ地下に、まだ残ってるかな。等と考えながら。
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