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「ドキドキハウリン 外伝4」(2007/01/06 (土) 02:37:56) の最新版変更点
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「十貴」
朝食のパンをかじりながら、父さんはボクの名を呼んだ。
「何? 宿題ならもうほとんど終わったよ」
夏休みもあと一週間。ボクだってジルと遊んでばかりいたわけじゃない。
部活の練習にも出たし、宿題も数学の課題を少々残すのみ。地区大会が終わって部活はひと段落したから、残りの休みはゆっくり羽を伸ばせるはずだ。
「そんなことはいい」
目玉焼きを食べながら、父さんはボクの言葉をサクッと切り捨てた。
「トマトも食べてるけど……?」
「そんなことはいい。大会に出て来なさい」
「大会?」
父さんにそう言われて、ボクは首を傾げた。
思い当たるような大会がない。
「大会って、アレか? こないだ十貴が半裸でやってたアレみたいの?」
ちょっ!
「人聞きの悪い言い方しないでよジル! っていうか、何でジルが地区大会の様子知ってるの!」
「静香に連れてってもらったもーん」
静姉……。
「十貴……父さん、お前をそんな風に……」
父さんもそんな目で見ないでよ……。
そもそも父さん、ボクが何部に入ってるか知ってるでしょ。
「だってあれ、どう見てもパンツだろ? 下着じゃねえの?」
「競泳パンツは下着と違うの!」
ちなみにボクは水泳部所属。今年の成績は地区大会で下から三番目だったから、部のレベルは推して知るべし……ってところだ。
「人間の服ってややっこしいなぁ……」
まあ、ジルは静姉が服持ってこない限り、いつも素体だからね。
「……続けて良いか?」
言われて、ボクとジルは父さんが話し掛けていたのをようやく思い出す。
「来週の日曜、EDENの本社で神姫の大会があるから」
EDENの本社って言えば……神姫を開発してるEDEN-PLASTICSのことだろう。
でも、神姫の大会?
「だって、まだ神姫って正式発売してないんでしょ?」
武装神姫の正式発売は夏休みが明けてからだったはず。そのうえ、公式バトルが始まるのは来年の話だ。
「神姫のモニターはとっくに始まってるんだよ。そのモニター連中を集めて、バトルシステムのテスト大会をやるんだそうだ」
その全国にいるモニターの一人が、父さん……正確には、父さんからジルを押し付けられたボク……ということになるらしい。
「へぇ……面白そうだな。行こうぜ、十貴」
ジル、そういうの好きそうだもんね。
「まあ、大会参加はモニター条件の一つだからな。問答無用で参加するように」
……そんな事だろうと思ったよ。
----
**魔女っ子神姫 マジカル☆アーンヴァル
**~ドキドキハウリン外伝~
**その4
----
数学の課題を広げて、ボクは小さくため息をついた。
別に課題が嫌なワケじゃない。あと一時間も掛ければ、余裕で終わる分量だ。
「バトルに乗り気じゃないみたいだな。十貴」
机の上で丸くなった消しゴムを蹴って遊んでいたジルが、ふと口を開いた。
「そういうワケじゃないけど」
ああ、ジル。ノートの上で消しゴムを転がしたら、字が大変なことになっちゃうんだってば。
「どうした?」
今度は消しゴムをボールに見立ててのリフティングだ。って、教科書の上でそんな激しいステップ踏まないでよ。
「いや、知り合いがいたら嫌だなぁと」
ジルの足元から教科書を引っこ抜きながら、ボクは小さく答える。
「ああ。そういやお前、一家総出のオタク趣味を内緒にしてるんだっけ?」
「……そんな身も蓋もない言い方しないでよ」
確かにそうなんだけど、そこまで正面から言われると流石に良い気分じゃない。
ボクの家に来て居間や廊下に並んでる父さんの『コレクション』を見てドン引きしないのは、幼なじみの静姉くらいだ。だからもう最近は、最初から家に友達を呼ばなくなっていたりする。
もちろん、神姫を持っているだなんて、口にしたこともない。
でも、そっち方面に筋金入りなのは父さんだけで、ボクは大したことないと思うんだけど……。
「自称『大したことない』は、端から見れば相当なレベルだと思うがねぇ」
「人の考え読まないでよ……」
ジルが最近、父さんや静姉に似てきたって思うのは気のせいだろうか。
「じゃあ絶対バレないような秘策でも取るか?」
「そんなモノがあるの?」
「ふふふ……」
ジルの楽しそうな笑みに、ボクは悪い予感を隠しきれなかった。
----
大会当日。
「……なるほどね」
会場へ向かう電車の中で、ボクはため息を吐いていた。
確かにこれなら、絶対にバレないだろうけど……。
「さすが静香。完璧だな!」
「当然!」
ジルと静姉は『ボクと絶対バレないような秘策』の成果に大変ご満足らしく、静姉の膝の上で気分良くハイタッチなんかしていたりする。
「いえーい!」
もう一つため息を吐いて、窓の外を見遣る。
外に見えるのは、一定のリズムで流れていくビルの群れ。
ガラスに映るのは、長い髪の女の子。
ボクがため息を吐くと、女の子も鏡映しにため息を吐いた。
「いえーい!」
確かにこれならバレない気はするけれど……。
なんか、バレた瞬間にオタク趣味だけの時以上に失うものが沢山ある気がするのは気のせいだろうか。
「で、何で静姉が一緒にいるの?」
「大会なら、応援もいなきゃ盛り上がらないでしょ?」
ジルを膝の上に乗せたまま、静姉は当然のように答えてくる。
「父さん……」
今日の大会って、関係者以外立ち入り禁止とかじゃないの?
「……いいんじゃないか?」
「その『良いんじゃないか?』は何について……?」
父さんからの答えはない。
「……色々と、だな」
…………。
ああ、ボクの父さんって、こんな人だったな。
そんなやり取りを繰り広げている間も、電車は軽やかなリズムと共に進んでいく。
EDEN本社に着いたボク達が通されたのは、広い体育館みたいな施設だった。
どうやら社内の体育館を使って、仮設の戦闘フィールドを用意しているらしい。
「モニターナンバー0286、ガングラー鋼月です」
ガングラー鋼月っていうのは、父さんがレビューを書くときのペンネームだ。聞いてて恥ずかしい名前だけど、これが仕事の時の通り名なんだから仕方ない。
「はい。それでは、こちらの登録用紙にご記入お願いします」
受付のお姉さんから渡されたのは、EDENのロゴが入ったボールペンと、小さな用紙だった。
「……あの、登録名ってあんなあからさまなペンネームみたいなのでもいいんですか?」
父さん、大会の登録用紙にまでガングラー鋼月って書く気なんだろうか。
「その辺りはプライバシーの関係もありますから」
「へぇ……」
登録用紙を覗き見れば、確かに名前や住所以外に、プレイヤー名を書く欄があった。このプレイヤー名の欄が、大会で呼ばれる名前になるんだろう。
「ただし、名前とプレイヤー名は変更できませんから、よく考えて登録してくださいね」
「あと、俺じゃなくて、ウチの子供の名前で登録してもいいですか? 商品開発部の田坂さんには話を通してあるんですけど」
「はい。確認しますので、少々お待ち下さい」
受付のお姉さんが確認をしてる間に、とりあえず住所や電話番号などの共通の所だけ埋めていく。
「承っているとのことです。お嬢様の名前で登録して構いませんよ」
笑顔のお姉さんの言葉と共に、持っていた登録用紙は伸びてきた手にひょいと抜き取られた。
「じゃ、プレイヤー名は貴女でいいわね? 十貴子」
「ちょっ! 静姉っ!」
いくら本名じゃなくても良いからって、そんな安直なっ! っていうかそもそも、ボクは女の子じゃないっ!
助けを求めようと慌てて二人に視線をやれば。
「あたしは面白けりゃ何でもいいぜ?」
「ま、ジルがいいんならいいんじゃないか?」
あんたらまでっ!
「では、妹さんをジルのオーナーで登録させていただいて宜しいですか?」
……お姉さんまで。
結局、賛成三、反対一の多数決で議題はあっさりと可決されていた。
「ひどいや、みんな……」
プレイヤー名・鋼月十貴子となったボクは、体育館のフロアに立たされている。
中央に置かれているのは、バレーコートほどの透明なドーム。周囲には開発中らしい、基盤むき出しの機械群がいくつも置かれていた。
「リアルバトルなんだ……」
てっきり、バーチャルデータを使ったバーチャルファイトなんだと思ってたけど。
「いや、殴り合いならこれが正しい」
楽しそうだね……ジル。
とりあえず、受付のお姉さんからもらったばかりのルールが書かれた用紙を流し読みしてみる。
「えーっと、武装は公式のモノだけなんだって。問題ない?」
「当然!」
ジルの背中にはいつものサブアーム。足も大型のものに換装されている。
ブレードにマシンガン、追加装甲も両腕に装備した、いわゆる完全武装状態だ。
「うーん」
ふと、脇に立っていた静姉が口を開いた。
「どうしたの? 静姉」
「オリジナルの装備は使えるようになるのかな、って思ってね。みんな同じじゃ、面白みがないでしょ?」
「まあ、まだテスト段階だしね。そのうちSRWみたいに、オリジナル武装も使えるようになるんじゃないの?」
SRW最大の目玉となったオリジナル武装システムも、発表から実装まで三年かかったはず。あの時は確か、「三年待ったのだ!」が、SRWプレイヤーの流行語になったんじゃなかったっけ。
「じゃ、ジル。これ」
フィールドの入口で待機していたジルを、静姉はちょいちょいと手招きする。
「おっ?」
左腕に飛び乗ったジルの胸元に、何か貼り付けているらしい。
「他の子と見分けの付くマークがあった方がいいでしょ? 髪を塗り替えた子もいたし、シールは規定違反にならないわよね?」
「さっすが静香。気が利くねぇ」
ジルの胸元に描かれたのは、ふわりと羽を広げた蝶の紋章。
「似合う? 十貴子」
「いいんじゃない?」
嬉しそうに笑うジルを見て、それがヤンキーの入れ墨に見えたなんて……口が裂けても言えなかった。
まあ、似合ってるのは確かだったから、間違ってはないよね。
「鋼月十貴子選手。神姫と一緒にこちらへお願いします」
そんなことをしていると、フィールドの入口にいた係員の人がこちらに声を掛けてくる。
「お! 出番か」
入れ替わりに出て来たのは、白い翼をまとった清楚な感じの少女型神姫だった。ストラーフ……といっても、ボクはジル以外のストラーフを知らないんだけど……よりも大人しそうな彼女は、戦いの高揚感が残っているのか、淡く頬を染めたままだ。
そうか。あれが、ストラーフと同時発売になる天使型のMMS、アーンヴァルか……。
「聞こえる? ジル」
マスター用の席に着き、通信用のヘッドセットを耳に当てる。
「ああ。早速、静香に礼を言わなきゃな」
仮設された三枚のディスプレイに映し出されたのは、全く同じ装備の二体のストラーフだった。
公式武装だけのバトルなんだから、完全武装していれば珍しくもない光景だ。もちろん、蝶の紋章を胸に描いているほうが神姫がウチのジル。
「そうだね。じゃ、行くよ。ジル」
「応!」
頼もしい声と共に。
戦いは、始まった。
----
がたがたと揺れる電車の中。
「Bブロック、準決勝敗退かぁ……」
ボクは流れる景色を眺めながら、そう呟いた。
結局、今日のプレ大会は準決勝敗退。三位決定戦でも負けて、トータル順位は四位ってことになる。
「あのアーンヴァルって白いの、卑怯すぎないか?」
窓際の小さなテーブルを陣取って、まだ納得していないのはジルだ。
優勝から三位まで、上位三神姫は全部アーンヴァル。しかも、運が良かったことに準決勝までのジルの相手は全員ストラーフだったりする。
要するに今日の大会で、ジルはアーンヴァルに一度も勝っていないわけで。
「まあ、GFFでもSRWでも、空中ユニットは基本的に有利だったからねぇ」
ただし、GFFやSRWは宇宙ステージも多かったし、基本的に全ての機体が飛び道具を持っていた。よっぽど特殊な相手でない限り、空を飛べることが絶対的なアドバンテージにはならなかったんだけど……。
ストラーフは地上用の近接戦重視タイプで、ハンドガンもマシンガンも補助装備扱いだ。それに引き換え、空戦型のアーンヴァルは長射程のレーザーライフルまで持っている。
手の届かない空中から長射程レーザーの雨を降らされては、大地を駆けるストラーフは文字通り手も足も出なかった。
静姉や父さんの話では、他のブロックも概ねそんな感じだったらしい。
「十貴! 帰ったら対空戦術の特訓するぞ!」
「特訓って、何するの……?」
本当ならレーザーライフルか翼が手に入れられればいいんだろうけど、パーツ売りどころか神姫の公式発売もされてない今、そんなことが出来るはずもない。
そもそも地上戦専用ユニットが飛び道具無しで空中ユニットに対抗するって考え自体、今までのロボットバトルゲームではほとんど無かったんだから。
「それを考えるのがマスターの仕事だろ!」
そんな無茶な……。
「そうね。次に負けたら承知しないわよ、十貴」
「そんなぁ……」
静姉まで……。
「うんうん。熱血だなぁ」
「父さん……」
遠い目をしてないで、アドバイスの一つも言ってくれればいいのに。モニターテストだって、本当は父さんの仕事なんでしょ?
「そんな目で見られても、SRWじゃレイバー使いは対空戦捨ててるし、AT使いはボトムズバトリングに流れて行っちゃったからなぁ」
だからって、考え読まないでよ……。
「見てろ……次の大会じゃ、あいつらを全部地上に叩き落としてやる!」
そしてジルは夕陽に向かって大声で叫び。
ボク達の乗った電車は、ゆっくりと走り続けるのだった。
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「十貴」
朝食のパンをかじりながら、父さんはボクの名を呼んだ。
「何? 宿題ならもうほとんど終わったよ」
夏休みもあと一週間。ボクだってジルと遊んでばかりいたわけじゃない。
部活の練習にも出たし、宿題も数学の課題を少々残すのみ。地区大会が終わって部活はひと段落したから、残りの休みはゆっくり羽を伸ばせるはずだ。
「そんなことはいい」
目玉焼きを食べながら、父さんはボクの言葉をサクッと切り捨てた。
「トマトも食べてるけど……?」
「そんなことはいい。大会に出て来なさい」
「大会?」
父さんにそう言われて、ボクは首を傾げた。
思い当たるような大会がない。
「大会って、アレか? こないだ十貴が半裸でやってたアレみたいの?」
ちょっ!
「人聞きの悪い言い方しないでよジル! っていうか、何でジルが地区大会の様子知ってるの!」
「静香に連れてってもらったもーん」
静姉……。
「十貴……父さん、お前をそんな風に……」
父さんもそんな目で見ないでよ……。
そもそも父さん、ボクが何部に入ってるか知ってるでしょ。
「だってあれ、どう見てもパンツだろ? 下着じゃねえの?」
「競泳パンツは下着と違うの!」
ちなみにボクは水泳部所属。今年の成績は地区大会で下から三番目だったから、部のレベルは推して知るべし……ってところだ。
「人間の服ってややっこしいなぁ……」
まあ、ジルは静姉が服持ってこない限り、いつも素体だからね。
「……続けて良いか?」
言われて、ボクとジルは父さんが話し掛けていたのをようやく思い出す。
「来週の日曜、EDENの本社で神姫の大会があるから」
EDENの本社って言えば……神姫を開発してるEDEN-PLASTICSのことだろう。
でも、神姫の大会?
「だって、まだ神姫って正式発売してないんでしょ?」
武装神姫の正式発売は夏休みが明けてからだったはず。そのうえ、公式バトルが始まるのは来年の話だ。
「神姫のモニターはとっくに始まってるんだよ。そのモニター連中を集めて、バトルシステムのテスト大会をやるんだそうだ」
その全国にいるモニターの一人が、父さん……正確には、父さんからジルを押し付けられたボク……ということになるらしい。
「へぇ……面白そうだな。行こうぜ、十貴」
ジル、そういうの好きそうだもんね。
「まあ、大会参加はモニター条件の一つだからな。問答無用で参加するように」
……そんな事だろうと思ったよ。
----
**魔女っ子神姫 マジカル☆アーンヴァル
**~ドキドキハウリン外伝~
**その4
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数学の課題を広げて、ボクは小さくため息をついた。
別に課題が嫌なワケじゃない。あと一時間も掛ければ、余裕で終わる分量だ。
「バトルに乗り気じゃないみたいだな。十貴」
机の上で丸くなった消しゴムを蹴って遊んでいたジルが、ふと口を開いた。
「そういうワケじゃないけど」
ああ、ジル。ノートの上で消しゴムを転がしたら、字が大変なことになっちゃうんだってば。
「どうした?」
今度は消しゴムをボールに見立ててのリフティングだ。って、教科書の上でそんな激しいステップ踏まないでよ。
「いや、知り合いがいたら嫌だなぁと」
ジルの足元から教科書を引っこ抜きながら、ボクは小さく答える。
「ああ。そういやお前、一家総出のオタク趣味を内緒にしてるんだっけ?」
「……そんな身も蓋もない言い方しないでよ」
確かにそうなんだけど、そこまで正面から言われると流石に良い気分じゃない。
ボクの家に来て居間や廊下に並んでる父さんの『コレクション』を見てドン引きしないのは、幼なじみの静姉くらいだ。だからもう最近は、最初から家に友達を呼ばなくなっていたりする。
もちろん、神姫を持っているだなんて、口にしたこともない。
でも、そっち方面に筋金入りなのは父さんだけで、ボクは大したことないと思うんだけど……。
「自称『大したことない』は、端から見れば相当なレベルだと思うがねぇ」
「人の考え読まないでよ……」
ジルが最近、父さんや静姉に似てきたって思うのは気のせいだろうか。
「じゃあ絶対バレないような秘策でも取るか?」
「そんなモノがあるの?」
「ふふふ……」
ジルの楽しそうな笑みに、ボクは悪い予感を隠しきれなかった。
----
大会当日。
「……なるほどね」
会場へ向かう電車の中で、ボクはため息を吐いていた。
確かにこれなら、絶対にバレないだろうけど……。
「さすが静香。完璧だな!」
「当然!」
ジルと静姉は『ボクと絶対バレないような秘策』の成果に大変ご満足らしく、静姉の膝の上で気分良くハイタッチなんかしていたりする。
「いえーい!」
もう一つため息を吐いて、窓の外を見遣る。
外に見えるのは、一定のリズムで流れていくビルの群れ。
ガラスに映るのは、長い髪の女の子。
ボクがため息を吐くと、女の子も鏡映しにため息を吐いた。
「いえーい!」
確かにこれならバレない気はするけれど……。
なんか、バレた瞬間にオタク趣味だけの時以上に失うものが沢山ある気がするのは気のせいだろうか。
「で、何で静姉が一緒にいるの?」
「大会なら、応援もいなきゃ盛り上がらないでしょ?」
ジルを膝の上に乗せたまま、静姉は当然のように答えてくる。
「父さん……」
今日の大会って、関係者以外立ち入り禁止とかじゃないの?
「……いいんじゃないか?」
「その『良いんじゃないか?』は何について……?」
父さんからの答えはない。
「……色々と、だな」
…………。
ああ、ボクの父さんって、こんな人だったな。
そんなやり取りを繰り広げている間も、電車は軽やかなリズムと共に進んでいく。
EDEN本社に着いたボク達が通されたのは、広い体育館みたいな施設だった。
どうやら社内の体育館を使って、仮設の戦闘フィールドを用意しているらしい。
「モニターナンバー0286、ガングラー鋼月です」
ガングラー鋼月っていうのは、父さんがレビューを書くときのペンネームだ。聞いてて恥ずかしい名前だけど、これが仕事の時の通り名なんだから仕方ない。
「はい。それでは、こちらの登録用紙にご記入お願いします」
受付のお姉さんから渡されたのは、EDENのロゴが入ったボールペンと、小さな用紙だった。
「……あの、登録名ってあんなあからさまなペンネームみたいなのでもいいんですか?」
父さん、大会の登録用紙にまでガングラー鋼月って書く気なんだろうか。
「その辺りはプライバシーの関係もありますから」
「へぇ……」
登録用紙を覗き見れば、確かに名前や住所以外に、プレイヤー名を書く欄があった。このプレイヤー名の欄が、大会で呼ばれる名前になるんだろう。
「ただし、名前とプレイヤー名は変更できませんから、よく考えて登録してくださいね」
「あと、俺じゃなくて、ウチの子供の名前で登録してもいいですか? 商品開発部の田坂さんには話を通してあるんですけど」
「はい。確認しますので、少々お待ち下さい」
受付のお姉さんが確認をしてる間に、とりあえず住所や電話番号などの共通の所だけ埋めていく。
「承っているとのことです。お嬢様の名前で登録して構いませんよ」
笑顔のお姉さんの言葉と共に、持っていた登録用紙は伸びてきた手にひょいと抜き取られた。
「じゃ、プレイヤー名は貴女でいいわね? 十貴子」
「ちょっ! 静姉っ!」
いくら本名じゃなくても良いからって、そんな安直なっ! っていうかそもそも、ボクは女の子じゃないっ!
助けを求めようと慌てて二人に視線をやれば。
「あたしは面白けりゃ何でもいいぜ?」
「ま、ジルがいいんならいいんじゃないか?」
あんたらまでっ!
「では、妹さんをジルのオーナーで登録させていただいて宜しいですか?」
……お姉さんまで。
結局、賛成三、反対一の多数決で議題はあっさりと可決されていた。
「ひどいや、みんな……」
プレイヤー名・鋼月十貴子となったボクは、体育館のフロアに立たされている。
中央に置かれているのは、バレーコートほどの透明なドーム。周囲には開発中らしい、基盤むき出しの機械群がいくつも置かれていた。
「リアルバトルなんだ……」
てっきり、バーチャルデータを使ったバーチャルファイトなんだと思ってたけど。
「いや、殴り合いならこれが正しい」
楽しそうだね……ジル。
とりあえず、受付のお姉さんからもらったばかりのルールが書かれた用紙を流し読みしてみる。
「えーっと、武装は公式のモノだけなんだって。問題ない?」
「当然!」
ジルの背中にはいつものサブアーム。足も大型のものに換装されている。
ブレードにマシンガン、追加装甲も両腕に装備した、いわゆる完全武装状態だ。
「うーん」
ふと、脇に立っていた静姉が口を開いた。
「どうしたの? 静姉」
「オリジナルの装備は使えるようになるのかな、って思ってね。みんな同じじゃ、面白みがないでしょ?」
「まあ、まだテスト段階だしね。そのうちSRWみたいに、オリジナル武装も使えるようになるんじゃないの?」
SRW最大の目玉となったオリジナル武装システムも、発表から実装まで三年かかったはず。あの時は確か、「三年待ったのだ!」が、SRWプレイヤーの流行語になったんじゃなかったっけ。
「じゃ、ジル。これ」
フィールドの入口で待機していたジルを、静姉はちょいちょいと手招きする。
「おっ?」
左腕に飛び乗ったジルの胸元に、何か貼り付けているらしい。
「他の子と見分けの付くマークがあった方がいいでしょ? 髪を塗り替えた子もいたし、シールは規定違反にならないわよね?」
「さっすが静香。気が利くねぇ」
ジルの胸元に描かれたのは、ふわりと羽を広げた蝶の紋章。
「似合う? 十貴子」
「いいんじゃない?」
嬉しそうに笑うジルを見て、それがヤンキーの入れ墨に見えたなんて……口が裂けても言えなかった。
まあ、似合ってるのは確かだったから、間違ってはないよね。
「鋼月十貴子選手。神姫と一緒にこちらへお願いします」
そんなことをしていると、フィールドの入口にいた係員の人がこちらに声を掛けてくる。
「お! 出番か」
入れ替わりに出て来たのは、白い翼をまとった清楚な感じの少女型神姫だった。ストラーフ……といっても、ボクはジル以外のストラーフを知らないんだけど……よりも大人しそうな彼女は、戦いの高揚感が残っているのか、淡く頬を染めたままだ。
そうか。あれが、ストラーフと同時発売になる天使型のMMS、アーンヴァルか……。
「聞こえる? ジル」
マスター用の席に着き、通信用のヘッドセットを耳に当てる。
「ああ。早速、静香に礼を言わなきゃな」
仮設された三枚のディスプレイに映し出されたのは、全く同じ装備の二体のストラーフだった。
公式武装だけのバトルなんだから、完全武装していれば珍しくもない光景だ。もちろん、蝶の紋章を胸に描いているほうが神姫がウチのジル。
「そうだね。じゃ、行くよ。ジル」
「応!」
頼もしい声と共に。
戦いは、始まった。
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がたがたと揺れる電車の中。
「Bブロック、準決勝敗退かぁ……」
ボクは流れる景色を眺めながら、そう呟いた。
結局、今日のプレ大会は準決勝敗退。三位決定戦でも負けて、トータル順位は四位ってことになる。
「あのアーンヴァルって白いの、卑怯すぎないか?」
窓際の小さなテーブルを陣取って、まだ納得していないのはジルだ。
優勝から三位まで、上位三神姫は全部アーンヴァル。しかも、運が良かったことに準決勝までのジルの相手は全員ストラーフだったりする。
要するに今日の大会で、ジルはアーンヴァルに一度も勝っていないわけで。
「まあ、GFFでもSRWでも、空中ユニットは基本的に有利だったからねぇ」
ただし、GFFやSRWは宇宙ステージも多かったし、基本的に全ての機体が飛び道具を持っていた。よっぽど特殊な相手でない限り、空を飛べることが絶対的なアドバンテージにはならなかったんだけど……。
ストラーフは地上用の近接戦重視タイプで、ハンドガンもマシンガンも補助装備扱いだ。それに引き換え、空戦型のアーンヴァルは長射程のレーザーライフルまで持っている。
手の届かない空中から長射程レーザーの雨を降らされては、大地を駆けるストラーフは文字通り手も足も出なかった。
静姉や父さんの話では、他のブロックも概ねそんな感じだったらしい。
「十貴! 帰ったら対空戦術の特訓するぞ!」
「特訓って、何するの……?」
本当ならレーザーライフルか翼が手に入れられればいいんだろうけど、パーツ売りどころか神姫の公式発売もされてない今、そんなことが出来るはずもない。
そもそも地上戦専用ユニットが飛び道具無しで空中ユニットに対抗するって考え自体、今までのロボットバトルゲームではほとんど無かったんだから。
「それを考えるのがマスターの仕事だろ!」
そんな無茶な……。
「そうね。次に負けたら承知しないわよ、十貴」
「そんなぁ……」
静姉まで……。
「うんうん。熱血だなぁ」
「父さん……」
遠い目をしてないで、アドバイスの一つも言ってくれればいいのに。モニターテストだって、本当は父さんの仕事なんでしょ?
「そんな目で見られても、SRWじゃレイバー使いは対空戦捨ててるし、AT使いはボトムズバトリングに流れて行っちゃったからなぁ」
だからって、考え読まないでよ……。
「見てろ……次の大会じゃ、あいつらを全部地上に叩き落としてやる!」
そしてジルは夕陽に向かって大声で叫び。
ボク達の乗った電車は、ゆっくりと走り続けるのだった。
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