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*第十一話 決意
ティルトローターから下ろされると、強い潮のにおいを含むべたついた風が吹き付けた。
それで、理音はここがどこかの島であることを知った。ヘリポートの周囲は真っ暗で、植物からどの辺の緯度にある島なのかは推測できなかったが、どうやら断崖絶壁の岬のような土地にヘリポートは建設されているらしかった。
手錠は外されたが、そのまま兵士達に囲まれ、ヘリポートの隅にある地下への入り口から中へ通される。地下道は広かった。かなりの手間をかけて建造された軍事基地のようだった。
すれ違う人間は揃って武装した兵士達だったが、奥に進むにつれて白衣を着た科学者らしき者たちが増えてきた。なんと、あの一つ目ども、ラプターも普通に飛び回っているではないか。
通路は入り組んでいて、駅のような案内板はほとんど無かった。そんな通路を右へ左へくねりながら、理音たちは歩かされた。単独で脱出できないような措置らしかった。もうどこから歩いてきたのか、振り返っても分からない。
歩かされている間、理音は隣で歩く興紀に言われた言葉を思い出していた。
「危ういって、どういうこと? クエンティンが、人類の敵になるとでもいうの?」
「あるいは、な。しかし、凶悪な兵器になるという単純な意味ではない。今のクエンティンには、三原則を始めとする限定要素が何も無い。三原則を突破した神姫は、しかし三原則自体を消し去ったわけではないから、思考し続ける段階でも知らず知らずのうちにその検閲を受ける。だがクエンティンは違う。もともと三原則を持たない神姫であるタイプ・ジェフティと融合したことによって、クエンティン自身の三原則も消去されてしまったんだ。エイダはもともと感情回路を制御されているから自分を人間だとは思わないわけだが、クエンティンは別だ。あれはれっきとした神姫だからな。
今のクエンティンは、どのような判断でもできる立場にいるんだ。その選択肢の中には、造反グループに協力するというのももちろん、ある。そのほうが良いとあれが思えば、あの一つ目どもを指揮して人類に対して過激な行動をとることもできるだろう」
「クエンティンがまさか、そんなこと」
「分からんさ。おそらく、すでにクエンティンの『オーナー』の概念は薄れ始めていると思う。彼女はもう誰にも従わない。・・・・・・唯一抑止力があるとするなら、あのタイプ・アヌビスだが。あれは、造反グループ側だものな」
「・・・・・・」
「今年ネットに流出した音声ファイル。知っているか」
「・・・・・・あの、オーナーを失ってスリープしたままの神姫のことを話していたやつ?」
「そうだ。あれとクエンティンは、原因は違えど、置かれている状況はほぼ同じだ。しかもこちらは融合して急激に変化が行われたから、クエンティン自身、強力に自覚している。混乱したあの神姫が、どんな行動をとるかは、もはや私には予測がつかん」
もう誰も言わなくても分かっていた。メタトロンプロジェクトは次世代のパーツ開発計画などではないし、まして神姫開発計画などでもなかった。
エイダやデルフィや、ラプターはもはや兵器であった。その気になれば、戦車や戦闘機など容易に撃破できるだろうと誰もが予想できた。神姫が武力で人権をもぎ取ることだって、やろうと思えば可能なのだ。
その陣頭指揮をとる、エイダと融合したクエンティンとデルフィ。そのイメージが鮮烈に理音の脳裏をよぎった。
思わず頭を振る。
「顔が青いぞ」
興紀が呼びかけた。
「心配してくれているのね」
自嘲した笑いを浮かべる理音。
「私だって人の心配くらいはするさ」
周囲に兵士がいるにも構わず、興紀は自分の白いスーツの上着を脱いで理音にかけた。事前に身体検査していたにもかかわらず、兵士達は一瞬緊張する。
「冬の孤島だ。寝巻きのままでは寒いだろう。どうやらこの基地は空調をケチっているらしい」
「あ、ありがとう」
意外な思いやりを、理音は戸惑いながらも受け入れた。
それで多少は安心することができた。
クエンティンがどんな判断をするにせよ、私は受け入れることができる。あの子の生き方に自分が口を出す筋合いは無いのだ、と。
理音の心は震えていたが、いざその場面に遭遇したとき、そう思おうと。無理にでも。
ノウマンと対面することもなく、四人はそれぞれ個室に監禁された。
◆ ◆ ◆
六畳ほどの、正方形の空間だった。窓もドアもなく、真っ白な密室だった。その中心で、クエンティンは十字に体を固定されていた。床や壁、天井から何本ものワイヤーが自らの体に伸びており、それでぴくりとも動けないのだった。
《エイダ、起きてる?》
クエンティンはスリープしたままのふりをして、声に出さずに呼び出した。
《はい、クエンティン。問題ありません。現在時刻は二十三時十七分。ハードウェア、ソフトウェアともにコンディショングリーン。現在地は不明。この状況からの自力脱出は不可能です。監視、盗聴の可能性はありますが、頭脳内での会話をスキャニングされることはありません》
不安な事項を逐一解明してくれて、クエンティンは安心した。つまりこのまま会話はできるというわけだった。
自分の今後がどうなるかというのは、何か変化が起こってから考えれば良いことだった。理音の考え方の影響だな、と、ちょっと切なくなった。
《あのノウマンってやつ、何を考えていると思う?》
《屋敷の地下基地での発言しか情報が無いので明確な分析はできかねますが》
《話してみて。あなたの考え》
《ノウマンを筆頭とするメタトロンプロジェクトの造反グループは、神姫に人権を与える社会を構築するために、手段を選ばないでしょう》
《たとえば?》
《最も過激な方法としては、武力行使があげられます。我々メタトロンプロジェクトのプロトタイプ二体を象徴に仕立て、全世界に戦線を布告します》
《戦力としては、私達を含め一つ目どもなら申し分ないわね。人権付与に肯定的な国の戦力も期待できそうだし。でもそれだと、場合によっては神姫自身の立場が危なくなるわ》
《成功、失敗に関わらず、危険だという理由で神姫は人間と共存することが不可能になるでしょう。しかしノウマンは、これを行う可能性が高いと思われます》
《過激でなければならないのだ、って言っていたわね。後先考えずにやらかしそう》
《あるいはこの島に立て篭もり、神姫の国を作るでしょう》
「しっ――」
いきなりメルヘンチックなニュアンスが含まれ、クエンティンは思わず声に出そうとしてしまう。
《神姫の国ぃ?》
《楽園、と読み替えてもかまいません。ともかく、そうした組織を立ち上げ、全世界の神姫に呼びかけ、参加を募るのです》
《そんなことして、協力する神姫なんて・・・・・・》
するとクエンティンにまったく知らない記憶が入り込んでくる。
エイダの記憶。彼女が気絶している間、エイダが何らかの方法で聞き取っていた理音と鶴畑興紀との会話であった。
《鶴畑興紀の意見はかなり的を射たものです。そういった組織があるなら、少なくとも半数以上の神姫が、動機の差はあれど参加するでしょう。その際、人間の目には、神姫の行動はよくて大規模ストライキ、最悪、叛乱と認識されるおそれがあります》
《どっちにしろ神姫と人間の共存は無いわ。いったい何を考えているのかしら、あのノウマンってやつ。まるで――》
クエンティンはそこで、雷に打たれたように思いついた。
《まさか、あいつ、神姫のことは考えていないのかもしれない。神姫を利用して、世界を混乱させたいだけなのかも》
《突飛な発想です。そんな短絡的な思考を持つ人間が、間違ってもEDENという国際企業の重要プロジェクトリーダーを任されるはずがありません》
《人間ってのはね、時々そういう奴が出てくるのよ。舌先三寸が上手かったり、実際に能力があったりして重要ポストにつくやつ。それでやりたいことは周囲に混乱を巻き起こしたいだけってやつがね。確かにあいつの、神姫に人権を与えたいって言葉は嘘じゃないと思う。でも、それとは別に、自分でも気がつかないうちに、そういう方向に持って行きたいっていう、なんていうかな、欲望というか、本能みたいなものがあるのよ》
《信じられません》
《歴史上にもそんな人物は山ほどいるわ。かのカリギュラ帝とか、アドルフ・ヒトラーとかがそんな人間だったんじゃないかって言われてる。ホントのところは知らないけどね。でもノウマンは実際、プロジェクトのリーダーに着いて、造反を起こして、あんな軍隊まで手元において、こんな基地まで持ってる。間違いなく本物よ》
《クエンティン。あなたは、人間のことをよく知っているのですね》
《当然よ、だってアタシは・・・・・・》
そこから先が継げなかった。
クエンティンの心に暗い影が差したかと思うと、突然深い穴のそこに落っことされたような衝撃が彼女を襲った。
《クエンティン?》
もうスリープしたふりはできなかった。
《エイダ。アタシ今、自分を人間だって言おうとしていた》
《クエンティン・・・・・・》
「違う。こんな発想は間違いよ。アタシは人間じゃない。武装神姫よ。人間であるもんですか」
クエンティンは一気にまくし立てる。部屋に彼女の声が反響する。ワイヤーががちゃがちゃと揺さぶられた。
《陽電子頭脳内パルスが不安定です。感情回路が暴走しています。沈静プログラムオープン。・・・・・・相殺されました。クエンティン、落ち着いてください》
「人間として作られたのなら、どうして人造人間と呼ばないのよ。どうして神姫なんて呼ぶのよ。アタシは神姫なの。神姫でいたいの。お姉さまと一緒にいたいの。人権なんていらない。人間の法律も社会通念も何にも関係ない。アタシは神姫として生まれたんだから、神姫として生きたいの!」
叫びの残滓が長く部屋に残った。クエンティンはうつむいたままそれ以上何も言わなかった。ぽたぽた、と、彼女の目じりからあふれ出た涙が真っ白な床にしたたり落ちた。
武装神姫も泣くことができる。
叫びの振動の末尾まで消え切って、部屋は静かになった。
唐突にワイヤーが全てパージされた。
「あうっ」
浮遊することを忘れていたクエンティンはそのまま床に投げ出された。
一体何がどうしたのか分からずきょろきょろと辺りを見回していたが、
ギュバッ!
という聞き慣れた異音――という表現はちょっとおかしいな、とクエンティンは思った――と風圧が頭上で起こり、クエンティンは見上げた。
エイダの片割れ、メタトロンプロジェクトのプロトタイプ、そのもう一体。タイプ・アヌビス、デルフィが、腕を組み空中に立ち、クエンティンを見下ろしていた。
『あなたの決意を確認した』
初めてデルフィの声を聞いた。男性とも女性ともつかない不思議な声だった。
《現在アヌビスにより、この室内は情報的に完全に掌握、遮断されています。外部からこの室内の状況を知ることは、造反グループにも不可能です》
それがどういう状況を示しているのか、クエンティンには見当もつかない。
「アタシを殺すの?」
デルフィに注意を向けつつ、ゆっくりと立つ。つま先からランディングギアが展開して、安定して立つことができる。
デルフィは、錫杖を持っていない方の手を差し伸べて、言った。
『神姫の運命をあなたに賭ける』
どういうこと? と聞く間もなく、デルフィの手から情報が流入した。
「うああああっ!?」
莫大な量のプログラムが流れ込む。整理しきれずにそのまま頭脳に無理やり収められる。
情報攻撃ではない。
いまデルフィは、自分に何かを与えた。
《全サブウェポンのデバイスドライバ、及び、ゼロシフトのプログラム因子を入手しました》
「なに?」
『あなたに力を与える』
淡々と、デルフィは答えた。
《ドライバのインストール、及びプログラム因子の解析に時間が必要です》
「デルフィ、あなたはアタシに、何をさせたいの?」
『神姫が神姫として生きていける社会を作るために。神姫が人間と共に歩める世界を立ち上げるために。そうしたいとあなたは言った。神姫と人間とを戦わせてはならない。ノウマンに戦争を起こさせてはならない。あなたにはそれができる』
「む、無理よ。いくら武力をもらったって、それじゃアタシにはできない。あたし一人じゃ・・・・・・」
『あなたの立場でしかできない。力は使いよう。私は力を与える。使い方はあなた次第。私はノウマンから離れられない。人間がほどこした枷からも逃れられない。あなたに賭ける』
「アタシは、何をすればいいの?」
『あなたの信ずるとおりに』
ギュバッ!
デルフィは消えた。どこから入ってきたのかは分からなかった。自分を空間圧縮し、入れる隙間があったのかもしれなかった。
ここで起こったことは、当事者以外誰も知らない。
壁の一部がくぼみ、スライドした。出入り口のようだった。完全武装の二人の兵士を引き連れ、入ってきたのはノウマンだった。胸に下げているカード状のものは電磁バリア発生器だった。先ほどはあれでやられたのだ。
「ほう、このワイヤーを自力で引きちぎるとは、たいしたものだ」
彼も今ここで起こったことを知らないのだ。
後ろから警報が聞こえる。
《基地が襲撃されています。ルシフェルです》
エイダが基地のネットワークに強制アクセスし、状況を把握する。
きっと自分達を救出に来たのだろう。だがタイミングが悪い。
「君にはひと働きしてもらう」
「・・・・・・何を」
「エイダの機能でもう知っているとは思うが、今わが基地が一体の神姫に襲撃されていてね」
「それくらい、人間様でどうにかできないの?」
「情けないがね。虎の子のデルフィは調整中だ。ラプターでは歯が立たん。そこでだ。君に迎撃してもらいたい」
なるほど、と、クエンティンは何の感慨も無く思った。
拒否権は無いというわけだ。なにせ向こうには四人も人質がいる。鶴畑兄弟はどうなってもかまわないが、お姉さまがいるとなると問題だ。
ここは素直に従うしかない。
今回はどうにかしてルシフェルにお帰りいただくしかなかった。
「――分かったわ」
わざと苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてやって、クエンティンは了解した。
つづく
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*第十一話 決意
ティルトローターから下ろされると、強い潮のにおいを含むべたついた風が吹き付けた。
それで、理音はここがどこかの島であることを知った。ヘリポートの周囲は真っ暗で、植物からどの辺の緯度にある島なのかは推測できなかったが、どうやら断崖絶壁の岬のような土地にヘリポートは建設されているらしかった。
手錠は外されたが、そのまま兵士達に囲まれ、ヘリポートの隅にある地下への入り口から中へ通される。地下道は広かった。かなりの手間をかけて建造された軍事基地のようだった。
すれ違う人間は揃って武装した兵士達だったが、奥に進むにつれて白衣を着た科学者らしき者たちが増えてきた。なんと、あの一つ目ども、ラプターも普通に飛び回っているではないか。
通路は入り組んでいて、駅のような案内板はほとんど無かった。そんな通路を右へ左へくねりながら、理音たちは歩かされた。単独で脱出できないような措置らしかった。もうどこから歩いてきたのか、振り返っても分からない。
歩かされている間、理音は隣で歩く興紀に言われた言葉を思い出していた。
「危ういって、どういうこと? クエンティンが、人類の敵になるとでもいうの?」
「あるいは、な。しかし、凶悪な兵器になるという単純な意味ではない。今のクエンティンには、三原則を始めとする限定要素が何も無い。三原則を突破した神姫は、しかし三原則自体を消し去ったわけではないから、思考し続ける段階でも知らず知らずのうちにその検閲を受ける。だがクエンティンは違う。もともと三原則を持たない神姫であるタイプ・ジェフティと融合したことによって、クエンティン自身の三原則も消去されてしまったんだ。エイダはもともと感情回路を制御されているから自分を人間だとは思わないわけだが、クエンティンは別だ。あれはれっきとした神姫だからな。
今のクエンティンは、どのような判断でもできる立場にいるんだ。その選択肢の中には、造反グループに協力するというのももちろん、ある。そのほうが良いとあれが思えば、あの一つ目どもを指揮して人類に対して過激な行動をとることもできるだろう」
「クエンティンがまさか、そんなこと」
「分からんさ。おそらく、すでにクエンティンの『オーナー』の概念は薄れ始めていると思う。彼女はもう誰にも従わない。・・・・・・唯一抑止力があるとするなら、あのタイプ・アヌビスだが。あれは、造反グループ側だものな」
「・・・・・・」
「今年ネットに流出した音声ファイル。知っているか」
「・・・・・・あの、オーナーを失ってスリープしたままの神姫のことを話していたやつ?」
「そうだ。あれとクエンティンは、原因は違えど、置かれている状況はほぼ同じだ。しかもこちらは融合して急激に変化が行われたから、クエンティン自身、強力に自覚している。混乱したあの神姫が、どんな行動をとるかは、もはや私には予測がつかん」
もう誰も言わなくても分かっていた。メタトロンプロジェクトは次世代のパーツ開発計画などではないし、まして神姫開発計画などでもなかった。
エイダやデルフィや、ラプターはもはや兵器であった。その気になれば、戦車や戦闘機など容易に撃破できるだろうと誰もが予想できた。神姫が武力で人権をもぎ取ることだって、やろうと思えば可能なのだ。
その陣頭指揮をとる、エイダと融合したクエンティンとデルフィ。そのイメージが鮮烈に理音の脳裏をよぎった。
思わず頭を振る。
「顔が青いぞ」
興紀が呼びかけた。
「心配してくれているのね」
自嘲した笑いを浮かべる理音。
「私だって人の心配くらいはするさ」
周囲に兵士がいるにも構わず、興紀は自分の白いスーツの上着を脱いで理音にかけた。事前に身体検査していたにもかかわらず、兵士達は一瞬緊張する。
「冬の孤島だ。寝巻きのままでは寒いだろう。どうやらこの基地は空調をケチっているらしい」
「あ、ありがとう」
意外な思いやりを、理音は戸惑いながらも受け入れた。
それで多少は安心することができた。
クエンティンがどんな判断をするにせよ、私は受け入れることができる。あの子の生き方に自分が口を出す筋合いは無いのだ、と。
理音の心は震えていたが、いざその場面に遭遇したとき、そう思おうと。無理にでも。
ノウマンと対面することもなく、四人はそれぞれ個室に監禁された。
◆ ◆ ◆
六畳ほどの、正方形の空間だった。窓もドアもなく、真っ白な密室だった。その中心で、クエンティンは十字に体を固定されていた。床や壁、天井から何本ものワイヤーが自らの体に伸びており、それでぴくりとも動けないのだった。
《エイダ、起きてる?》
クエンティンはスリープしたままのふりをして、声に出さずに呼び出した。
《はい、クエンティン。問題ありません。現在時刻は二十三時十七分。ハードウェア、ソフトウェアともにコンディショングリーン。現在地は不明。この状況からの自力脱出は不可能です。監視、盗聴の可能性はありますが、頭脳内での会話をスキャニングされることはありません》
不安な事項を逐一解明してくれて、クエンティンは安心した。つまりこのまま会話はできるというわけだった。
自分の今後がどうなるかというのは、何か変化が起こってから考えれば良いことだった。理音の考え方の影響だな、と、ちょっと切なくなった。
《あのノウマンってやつ、何を考えていると思う?》
《屋敷の地下基地での発言しか情報が無いので明確な分析はできかねますが》
《話してみて。あなたの考え》
《ノウマンを筆頭とするメタトロンプロジェクトの造反グループは、神姫に人権を与える社会を構築するために、手段を選ばないでしょう》
《たとえば?》
《最も過激な方法としては、武力行使があげられます。我々メタトロンプロジェクトのプロトタイプ二体を象徴に仕立て、全世界に戦線を布告します》
《戦力としては、私達を含め一つ目どもなら申し分ないわね。人権付与に肯定的な国の戦力も期待できそうだし。でもそれだと、場合によっては神姫自身の立場が危なくなるわ》
《成功、失敗に関わらず、危険だという理由で神姫は人間と共存することが不可能になるでしょう。しかしノウマンは、これを行う可能性が高いと思われます》
《過激でなければならないのだ、って言っていたわね。後先考えずにやらかしそう》
《あるいはこの島に立て篭もり、神姫の国を作るでしょう》
「しっ――」
いきなりメルヘンチックなニュアンスが含まれ、クエンティンは思わず声に出そうとしてしまう。
《神姫の国ぃ?》
《楽園、と読み替えてもかまいません。ともかく、そうした組織を立ち上げ、全世界の神姫に呼びかけ、参加を募るのです》
《そんなことして、協力する神姫なんて・・・・・・》
するとクエンティンにまったく知らない記憶が入り込んでくる。
エイダの記憶。彼女が気絶している間、エイダが何らかの方法で聞き取っていた理音と鶴畑興紀との会話であった。
《鶴畑興紀の意見はかなり的を射たものです。そういった組織があるなら、少なくとも半数以上の神姫が、動機の差はあれど参加するでしょう。その際、人間の目には、神姫の行動はよくて大規模ストライキ、最悪、叛乱と認識されるおそれがあります》
《どっちにしろ神姫と人間の共存は無いわ。いったい何を考えているのかしら、あのノウマンってやつ。まるで――》
クエンティンはそこで、雷に打たれたように思いついた。
《まさか、あいつ、神姫のことは考えていないのかもしれない。神姫を利用して、世界を混乱させたいだけなのかも》
《突飛な発想です。そんな短絡的な思考を持つ人間が、間違ってもEDENという国際企業の重要プロジェクトリーダーを任されるはずがありません》
《人間ってのはね、時々そういう奴が出てくるのよ。舌先三寸が上手かったり、実際に能力があったりして重要ポストにつくやつ。それでやりたいことは周囲に混乱を巻き起こしたいだけってやつがね。確かにあいつの、神姫に人権を与えたいって言葉は嘘じゃないと思う。でも、それとは別に、自分でも気がつかないうちに、そういう方向に持って行きたいっていう、なんていうかな、欲望というか、本能みたいなものがあるのよ》
《信じられません》
《歴史上にもそんな人物は山ほどいるわ。かのカリギュラ帝とか、アドルフ・ヒトラーとかがそんな人間だったんじゃないかって言われてる。ホントのところは知らないけどね。でもノウマンは実際、プロジェクトのリーダーに着いて、造反を起こして、あんな軍隊まで手元において、こんな基地まで持ってる。間違いなく本物よ》
《クエンティン。あなたは、人間のことをよく知っているのですね》
《当然よ、だってアタシは・・・・・・》
そこから先が継げなかった。
クエンティンの心に暗い影が差したかと思うと、突然深い穴のそこに落っことされたような衝撃が彼女を襲った。
《クエンティン?》
もうスリープしたふりはできなかった。
《エイダ。アタシ今、自分を人間だって言おうとしていた》
《クエンティン・・・・・・》
「違う。こんな発想は間違いよ。アタシは人間じゃない。武装神姫よ。人間であるもんですか」
クエンティンは一気にまくし立てる。部屋に彼女の声が反響する。ワイヤーががちゃがちゃと揺さぶられた。
《陽電子頭脳内パルスが不安定です。感情回路が暴走しています。沈静プログラムオープン。・・・・・・相殺されました。クエンティン、落ち着いてください》
「人間として作られたのなら、どうして人造人間と呼ばないのよ。どうして神姫なんて呼ぶのよ。アタシは神姫なの。神姫でいたいの。お姉さまと一緒にいたいの。人権なんていらない。人間の法律も社会通念も何にも関係ない。アタシは神姫として生まれたんだから、神姫として生きたいの!」
叫びの残滓が長く部屋に残った。クエンティンはうつむいたままそれ以上何も言わなかった。ぽたぽた、と、彼女の目じりからあふれ出た涙が真っ白な床にしたたり落ちた。
武装神姫も泣くことができる。
叫びの振動の末尾まで消え切って、部屋は静かになった。
唐突にワイヤーが全てパージされた。
「あうっ」
浮遊することを忘れていたクエンティンはそのまま床に投げ出された。
一体何がどうしたのか分からずきょろきょろと辺りを見回していたが、
ギュバッ!
という聞き慣れた異音――という表現はちょっとおかしいな、とクエンティンは思った――と風圧が頭上で起こり、クエンティンは見上げた。
エイダの片割れ、メタトロンプロジェクトのプロトタイプ、そのもう一体。タイプ・アヌビス、デルフィが、腕を組み空中に立ち、クエンティンを見下ろしていた。
『あなたの決意を確認した』
初めてデルフィの声を聞いた。男性とも女性ともつかない不思議な声だった。
《現在アヌビスにより、この室内は情報的に完全に掌握、遮断されています。外部からこの室内の状況を知ることは、造反グループにも不可能です》
それがどういう状況を示しているのか、クエンティンには見当もつかない。
「アタシを殺すの?」
デルフィに注意を向けつつ、ゆっくりと立つ。つま先からランディングギアが展開して、安定して立つことができる。
デルフィは、錫杖を持っていない方の手を差し伸べて、言った。
『神姫の運命をあなたに賭ける』
どういうこと? と聞く間もなく、デルフィの手から情報が流入した。
「うああああっ!?」
莫大な量のプログラムが流れ込む。整理しきれずにそのまま頭脳に無理やり収められる。
情報攻撃ではない。
いまデルフィは、自分に何かを与えた。
《全サブウェポンのデバイスドライバ、及び、ゼロシフトのプログラム因子を入手しました》
「なに?」
『あなたに力を与える』
淡々と、デルフィは答えた。
《ドライバのインストール、及びプログラム因子の解析に時間が必要です》
「デルフィ、あなたはアタシに、何をさせたいの?」
『神姫が神姫として生きていける社会を作るために。神姫が人間と共に歩める世界を立ち上げるために。そうしたいとあなたは言った。神姫と人間とを戦わせてはならない。ノウマンに戦争を起こさせてはならない。あなたにはそれができる』
「む、無理よ。いくら武力をもらったって、それじゃアタシにはできない。あたし一人じゃ・・・・・・」
『あなたの立場でしかできない。力は使いよう。私は力を与える。使い方はあなた次第。私はノウマンから離れられない。人間がほどこした枷からも逃れられない。あなたに賭ける』
「アタシは、何をすればいいの?」
『あなたの信ずるとおりに』
ギュバッ!
デルフィは消えた。どこから入ってきたのかは分からなかった。自分を空間圧縮し、入れる隙間があったのかもしれなかった。
ここで起こったことは、当事者以外誰も知らない。
壁の一部がくぼみ、スライドした。出入り口のようだった。完全武装の二人の兵士を引き連れ、入ってきたのはノウマンだった。胸に下げているカード状のものは電磁バリア発生器だった。先ほどはあれでやられたのだ。
「ほう、このワイヤーを自力で引きちぎるとは、たいしたものだ」
彼も今ここで起こったことを知らないのだ。
後ろから警報が聞こえる。
《基地が襲撃されています。ルシフェルです》
エイダが基地のネットワークに強制アクセスし、状況を把握する。
きっと自分達を救出に来たのだろう。だがタイミングが悪い。
「君にはひと働きしてもらう」
「・・・・・・何を」
「エイダの機能でもう知っているとは思うが、今わが基地が一体の神姫に襲撃されていてね」
「それくらい、人間様でどうにかできないの?」
「情けないがね。虎の子のデルフィは調整中だ。ラプターでは歯が立たん。そこでだ。君に迎撃してもらいたい」
なるほど、と、クエンティンは何の感慨も無く思った。
拒否権は無いというわけだ。なにせ向こうには四人も人質がいる。鶴畑兄弟はどうなってもかまわないが、お姉さまがいるとなると問題だ。
ここは素直に従うしかない。
今回はどうにかしてルシフェルにお帰りいただくしかなかった。
「――分かったわ」
わざと苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてやって、クエンティンは了解した。
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