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「ドキドキハウリン その10」(2006/12/07 (木) 00:38:06) の最新版変更点
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軽い音と共に自動ドアが開く。
「いらっしゃいませー」
来店者の娘を迎えたのは、いつもの店長の野太い声ではなく、柔らかな女性の声だった。
かといってレジにいる胸像の落ち着いた声でもない。まだ年若い、少女といって差し支えない声。
「あら、貴女……」
その姿に来店者が示した感情は、驚きのひと文字だった。
「鈴乃さんは会ったこと無かったかしら? 戸田静香さん。時々だけど、お店を手伝って貰ってるのよ」
「そうなんですの、ジェニーさん」
胸像……ジェニーの言葉に、少女のエプロンに付けられた名札を確かめれば、なるほど『アルバイト』とある。
だが、鈴乃に思わずそう呟かせたのは、このホビーショップにバイトが居た事ではない。
「どうかしましたか?」
娘の態度に首を傾げつつ。カウンターから出て来た静香の耳元に、鈴乃は小さな声で囁いた。
「ふふ。この間は、小さな彼女と四人でお楽しみでしたわね」
たったそれだけ。
数歩先のジェニーにさえ聞こえぬ、小さな声だ。
けれど、その数語に静香の身は震え、雷に打たれたように強ばっていた。
「……あなた、まさか……!」
紡ぎ出された言葉がごく普通の大きさだったことに、鈴乃は内心感嘆の声を上げる。常人なら、反射的に叫び声で返すだろう所だ。
「静香、どうかしましたか?」
「ううん、何でもないわ。ココ」
必死の自制は、傍らのショーケースで服を片付けていたパートナーにさえ悟らせぬもの。
先程の言葉に強い感情を映さなかったことが、その奇跡的な芸当を可能にしていた。
「鈴乃……さん? ちょっと来てくれる?」
静香は鈴乃の腕を取り、店の隅へと連れて行く。
ジェニーや各々のパートナーと十分に距離をとったところで、静香はようやく口を開いた。
「……お願いが、あるの」
それは、いきなりの懇願。
「あら、何かしら?」
あまりに在り来たりな反応に軽い失望を覚えながら、鈴乃はつまらなそうに答えてやる。
軽くカマを掛けただけでこれだ。他人の狼狽ぶりは見ていて楽しいが……その後の懇願を無理に見させられるのは、お世辞にも楽しい作業ではない。
「あの映像なんだけど……」
ほら来た。
どうせ続くのは、「誰にも言わないで」や「オリジナルを消して」といった類のものだろう。
鈴乃としては、純粋な趣味的活動の一環であり……大層悪趣味ではあるが……誰かに言うとか、裏で小銭を稼ぐとかいった気はさらさらないのだ。
さて、この美人の彼女はどちらの路線で来るのか。
そう、雪乃が思ったとき。
「……コピー、もらえないかしら?」
静香が瞳を輝かせて願ったのは、そんな言葉だった。
----
**魔女っ子神姫ドキドキハウリン
**その10
----
「ふぅ……っ」
ふわりと沸き立つ湯気の中、艶のある声が流れ出た。
連なるのはわずかな水が遊ぶ音と、たっぷりのお湯が湯船からあふれ落ちる快音だ。
「勤労の後のお風呂は最高ね、ココ」
浴槽の縁に後頭部をもたせかけ、静香は私にそう声を掛けてくれる。
静香の家のお風呂は広いから、体を思い切り伸ばせるのは分かるけれど……いつもの事ながら、もう少し慎みのある格好をしてはどうかと思う。
「あの、静香」
あと……。
「なぁに?」
「これなんですが……」
ちなみに、私もお風呂に入っていた。
神姫用のお風呂だ。しかも浴槽の縁と底には小さな穴が空いていて、底面からは泡、側面からは強力な水流が出てくるようになっている。
いわゆる、泡風呂とかジェットバスとかいうやつだ。
「どうしたの? 気に入らない?」
あたしが欲しいくらいなんだけど……と静香は笑っているけれど。
「私には、あまり……」
そもそも私達神姫の体は機械で出来ている。静香たち人間はお風呂にリラックスの効果を求めているが、私達にとっての風呂は洗浄作業以上の意味を持っていない。
ジェットバスは強い水流で汚れを落とす効果もあるだろうが、泡風呂は……。
「そっか。結構良い値段したんだけどなー」
静香のお父様がその手の広告をよく見ているから、家庭用のジェットバスや泡風呂のユニットが高いのはよく知っている。
それを転用した神姫用のバスタブも、良い値段がするのは分かるけれど。
「どちらかといえば、私は……」
静香と一緒のお風呂なら、百円均一の洗面器でも気にしないのに……。
「もしかして」
そう続けようとすると、静香は何を思いついたのか、私の首根っこをひょいとつまみ上げた。
「あ……」
ぽちゃん。
私の体は静香の入っているお風呂の中に沈み込み……ってちょっと静香! 神姫にとって人間のお風呂がどれだけの深さになると!
「……あれ?」
思ったけれど、お尻が着いたのはほんの浅い位置。
足元を確かめるように踏みしめれば、そこはふにふにと柔らかくて……。
「もぅ。そんなに、揉まないの」
困ったような静香の顔が、すぐ目の前にある。
「静香?」
後ろに振り向けば、その先はなだらかな勾配を描いて深い水底へと通じていた。ということは、勾配の途中にある淡いピンクの出っ張りは……。
「ほら。ここなら、深くないでしょ?」
静香の胸の上。
「……ここも、嫌?」
「いえ……」
主の言葉に導かれるよう、私は乳房の上に身を横たえる。
背中一杯に広がる柔らかい温もりが、お湯の中で静香の肢体が十分に暖まっている事を伝えてくれた。
「すみません、静香」
私の視線は静香の足先を向いている。
「何が?」
静香の視線も、私と同じ方向を向いている。
だから、自然と言葉が出た。
「高かったのでしょう? ジェットバス」
「ええ。今月のエルゴのバイト代、全部飛んじゃった」
悪戯っぽく笑う静香の声には、嫌味も怒りもない。
でもだからこそ、それが申し訳なくて……。
「すみませ……んむ……っ」
もう一度謝ろうとした私の唇を、静香の指がそっと押さえてきた。
「じゃあココ。謝る代わりに一つ教えて」
唇を押さえられたままの私は、喋る代わりに頭を縦り、その言葉に応える。
「ココは、あたしとのお風呂、楽しい?」
問いの終わりと共に、ようやく私の唇は解放された。
私は静香の胸元に体を埋めたまま。静香の顔を見ることは出来ない。
「私自身に、洗浄以外の入浴の有効性はあまり見いだせませんが……」
だから、静香の想いに素直に答えた。
「気持ちよさそうな静香とたくさんおしゃべり出来るのは、嬉しいです」
「……そっか」
「あと……」
「ん?」
続くことは期待していなかったのか、静香は少しだけ身じろぎ。きっと首を傾げたのだろう。
「これ……ジェットバスより気持ちいい、です」
私の体は、ちょうど静香の胸の谷間に埋まる形になっていた。豊かな膨らみが、左右に置いた肘を柔らかく受け止めてくれている。
「ふふっ。可愛いコト言ってくれたから、ジェットバスのことは許してあげる」
「はい……」
静香の顔は見えないまま。
でも、濡れた細い指が私の頭を撫でてくれるのが、何だか妙に嬉しかった。
鏡台の上で体を拭きながら、私は静香の名を呼んだ。
「なぁに?」
黒く長い髪に溜まった水分を大きなバスタオルに吸わせ、湯上がりの静香は言葉を返してくれる。
「一つ、相談があるのですが」
「どうしたの。改まって」
ゆったりとしたお風呂タイムから一転。私が真剣な話をすると分かったのだろう。髪をまとめ上げていた手を思わず止めて、耳を傾けてくれた。
「最近の戦績のことです」
「戦績?」
やっぱり。
「この三ヶ月の勝率が、三割を切りました」
HoSの流行と、忘れられないあの戦い。
その前後を境に、静香と私の勝率は格段に落ち始めた。
HoSで一度最適化された動作は、オーナーと神姫のクセを吸い取る過程を経てさらに最適なものに進化する。初心者ユーザーが初心者を一足とばしに脱却するツールとして見れば、確かにHoSは効率的な道具といえた。
「あれ? そんなに負けてたんだ?」
勝ち負けは余り気にしていないだろうとは思っていたけれど、やっぱり気にしていなかったらしい。
「はい。この間のトーナメントでは、二回戦負けでしたし」
それも相手は、神姫を初めて三月ばかりのHoSユーザーだ。
「そっかぁ……。みんな強くなってるしねぇ」
淡いブルーのショーツを穿きながら、他人事のように言っているものの……一応、当事者なんですけどね、静香は。
「で、ココはどうしたいの?」
「もう少し、勝率を上げたいなと」
「……ふぅん。言うからには、策はあるみたいね」
「はい」
今更HoSを導入しようとは思わない。
これでも私とてセカンドリーグに在籍する神姫。そんなものに頼らなくとも、現状での動作を最も適したものにしている自負はある。
それを超えるためには……。
「ドキドキハウリンよりも、もっと戦闘に適した装備と運用を希望します」
○
ボクが部屋のドアを開けると、そこにいたのは見慣れた下着姿だった。
「で、何でまたボクの部屋にいるの? 静姉」
パソコンはずいぶん前に直したし、最近また何か壊したって話は聞かない。
っていうか、このあいだあんなコトがあったばかりだってのに、いくら何でも無防備すぎないか? この人は。
「んー? ココがジェットバス、いらないって言うからさー」
……何かブクブクってポンプ音がしてると思ったら、それか。確かに部屋の真ん中のテーブルに、見慣れない物体が置いてある。
周囲に配管らしきものの走った神姫用バスタブと、その中にいる見慣れた神姫。
「十貴ぃ。これ、無茶苦茶気持ちいいぜ!」
…………。
へぇ。
神姫って、ジェットバスと泡風呂で喜ぶんだ。
「かぁぁーっ! この、背中と太腿に交互に当たるのがたまんねーっ!」
「そうなのよねぇ。そこがウリだってカタログにあったから、わざわざ店長さんに注文して貰ったのに」
えーっと。
あー。
なんというか。
「……ジルって、神姫だよね?」
「ん? それがどした?」
そう当然のように言い返されたら、返す言葉もないよ、ジル。
「泡風呂最高……あたし、今日これに入ったまま寝るー」
「はいはい。風邪ひかないようにね」
「神姫だから風邪なんかひかないもーん」
……まあ、確かに。
「ああ、そうだ、静姉」
相変わらず泡風呂に悶絶してるジルは置いといて。ボクは静姉の方を見ないようにしながら、声を掛けた。
「ココから聞いたよ。マジカルロッド、使ったんだって?」
「…………」
ボクの言葉に、さすがのジルも奇声を止める。
「まあ、ね」
相変わらずそこは言葉を濁すんだね、静姉。
「…………」
それ以上、静姉は答えない。
まあ、それ以上はボクが干渉する所じゃないから、いいんだけど……さ。
「静姉がいいなら、いいけどね……」
後は静姉とココの問題だ。
ジルも何か言いたそうだけど、黙ったままだし……いいんだろう、これで。
「さて。それじゃ、この話はお終い。ジェットバス、ありがとね。静姉」
その言葉に何か思い出したのか。
「ああ、そうそう。ジルだけじゃなくって、十貴にもいいお土産があるんだけど……」
静姉が満面の笑みで取り出したのは、一枚のDVDだった。
○
がらがらと、窓が外から開く。
「ただいまー」
そこから入ってきたのは、下着姿の静香だった。
慣れた動作で鍵を掛け、さっとカーテンを引く。
「また遅くまで……何やってたんですか、静香」
「んー? ちょっとDVDの鑑賞会をね」
ただの鑑賞会の割には、妙に上機嫌で肌のツヤが良いように見えるのだけれど……。何をやって来たんだか。
「あまり十貴に迷惑かけないようにしてくださいね?」
だいたいは想像ついていたけど、私ははぁとため息を一つ。
「そうだ、ココ」
「はい?」
もう一度お風呂に入り直すのだろう。ラックから新しい下着を取り出して部屋を出ようとしていた静香が、私にふと声を掛ける。
「明日から、戦闘に集中してやってみようか」
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軽い音と共に自動ドアが開く。
「いらっしゃいませー」
来店者の娘を迎えたのは、いつもの店長の野太い声ではなく、柔らかな女性の声だった。
かといってレジにいる胸像の落ち着いた声でもない。まだ年若い、少女といって差し支えない声。
「あら、貴女……」
その姿に来店者が示した感情は、驚きのひと文字だった。
「鈴乃さんは会ったこと無かったかしら? 戸田静香さん。時々だけど、お店を手伝って貰ってるのよ」
「そうなんですの、ジェニーさん」
胸像……ジェニーの言葉に、少女のエプロンに付けられた名札を確かめれば、なるほど『アルバイト』とある。
だが、鈴乃に思わずそう呟かせたのは、このホビーショップにバイトが居た事ではない。
「どうかしましたか?」
娘の態度に首を傾げつつ。カウンターから出て来た静香の耳元に、鈴乃は小さな声で囁いた。
「ふふ。この間は、小さな彼女と四人でお楽しみでしたわね」
たったそれだけ。
数歩先のジェニーにさえ聞こえぬ、小さな声だ。
けれど、その数語に静香の身は震え、雷に打たれたように強ばっていた。
「……あなた、まさか……!」
紡ぎ出された言葉がごく普通の大きさだったことに、鈴乃は内心感嘆の声を上げる。常人なら、反射的に叫び声で返すだろう所だ。
「静香、どうかしましたか?」
「ううん、何でもないわ。ココ」
必死の自制は、傍らのショーケースで服を片付けていたパートナーにさえ悟らせぬもの。
先程の言葉に強い感情を映さなかったことが、その奇跡的な芸当を可能にしていた。
「鈴乃……さん? ちょっと来てくれる?」
静香は鈴乃の腕を取り、店の隅へと連れて行く。
ジェニーや各々のパートナーと十分に距離をとったところで、静香はようやく口を開いた。
「……お願いが、あるの」
それは、いきなりの懇願。
「あら、何かしら?」
あまりに在り来たりな反応に軽い失望を覚えながら、鈴乃はつまらなそうに答えてやる。
軽くカマを掛けただけでこれだ。他人の狼狽ぶりは見ていて楽しいが……その後の懇願を無理に見させられるのは、お世辞にも楽しい作業ではない。
「あの映像なんだけど……」
ほら来た。
どうせ続くのは、「誰にも言わないで」や「オリジナルを消して」といった類のものだろう。
鈴乃としては、純粋な趣味的活動の一環であり……大層悪趣味ではあるが……誰かに言うとか、裏で小銭を稼ぐとかいった気はさらさらないのだ。
さて、この美人の彼女はどちらの路線で来るのか。
そう、雪乃が思ったとき。
「……コピー、もらえないかしら?」
静香が瞳を輝かせて願ったのは、そんな言葉だった。
----
**魔女っ子神姫ドキドキハウリン
**その10
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「ふぅ……っ」
ふわりと沸き立つ湯気の中、艶のある声が流れ出た。
連なるのはわずかな水が遊ぶ音と、たっぷりのお湯が湯船からあふれ落ちる快音だ。
「勤労の後のお風呂は最高ね、ココ」
浴槽の縁に後頭部をもたせかけ、静香は私にそう声を掛けてくれる。
静香の家のお風呂は広いから、体を思い切り伸ばせるのは分かるけれど……いつもの事ながら、もう少し慎みのある格好をしてはどうかと思う。
「あの、静香」
あと……。
「なぁに?」
「これなんですが……」
ちなみに、私もお風呂に入っていた。
神姫用のお風呂だ。しかも浴槽の縁と底には小さな穴が空いていて、底面からは泡、側面からは強力な水流が出てくるようになっている。
いわゆる、泡風呂とかジェットバスとかいうやつだ。
「どうしたの? 気に入らない?」
あたしが欲しいくらいなんだけど……と静香は笑っているけれど。
「私には、あまり……」
そもそも私達神姫の体は機械で出来ている。静香たち人間はお風呂にリラックスの効果を求めているが、私達にとっての風呂は洗浄作業以上の意味を持っていない。
ジェットバスは強い水流で汚れを落とす効果もあるだろうが、泡風呂は……。
「そっか。結構良い値段したんだけどなー」
静香のお父様がその手の広告をよく見ているから、家庭用のジェットバスや泡風呂のユニットが高いのはよく知っている。
それを転用した神姫用のバスタブも、良い値段がするのは分かるけれど。
「どちらかといえば、私は……」
静香と一緒のお風呂なら、百円均一の洗面器でも気にしないのに……。
「もしかして」
そう続けようとすると、静香は何を思いついたのか、私の首根っこをひょいとつまみ上げた。
「あ……」
ぽちゃん。
私の体は静香の入っているお風呂の中に沈み込み……ってちょっと静香! 神姫にとって人間のお風呂がどれだけの深さになると!
「……あれ?」
思ったけれど、お尻が着いたのはほんの浅い位置。
足元を確かめるように踏みしめれば、そこはふにふにと柔らかくて……。
「もぅ。そんなに、揉まないの」
困ったような静香の顔が、すぐ目の前にある。
「静香?」
後ろに振り向けば、その先はなだらかな勾配を描いて深い水底へと通じていた。ということは、勾配の途中にある淡いピンクの出っ張りは……。
「ほら。ここなら、深くないでしょ?」
静香の胸の上。
「……ここも、嫌?」
「いえ……」
主の言葉に導かれるよう、私は乳房の上に身を横たえる。
背中一杯に広がる柔らかい温もりが、お湯の中で静香の肢体が十分に暖まっている事を伝えてくれた。
「すみません、静香」
私の視線は静香の足先を向いている。
「何が?」
静香の視線も、私と同じ方向を向いている。
だから、自然と言葉が出た。
「高かったのでしょう? ジェットバス」
「ええ。今月のエルゴのバイト代、全部飛んじゃった」
悪戯っぽく笑う静香の声には、嫌味も怒りもない。
でもだからこそ、それが申し訳なくて……。
「すみませ……んむ……っ」
もう一度謝ろうとした私の唇を、静香の指がそっと押さえてきた。
「じゃあココ。謝る代わりに一つ教えて」
唇を押さえられたままの私は、喋る代わりに頭を縦り、その言葉に応える。
「ココは、あたしとのお風呂、楽しい?」
問いの終わりと共に、ようやく私の唇は解放された。
私は静香の胸元に体を埋めたまま。静香の顔を見ることは出来ない。
「私自身に、洗浄以外の入浴の有効性はあまり見いだせませんが……」
だから、静香の想いに素直に答えた。
「気持ちよさそうな静香とたくさんおしゃべり出来るのは、嬉しいです」
「……そっか」
「あと……」
「ん?」
続くことは期待していなかったのか、静香は少しだけ身じろぎ。きっと首を傾げたのだろう。
「これ……ジェットバスより気持ちいい、です」
私の体は、ちょうど静香の胸の谷間に埋まる形になっていた。豊かな膨らみが、左右に置いた肘を柔らかく受け止めてくれている。
「ふふっ。可愛いコト言ってくれたから、ジェットバスのことは許してあげる」
「はい……」
静香の顔は見えないまま。
でも、濡れた細い指が私の頭を撫でてくれるのが、何だか妙に嬉しかった。
鏡台の上で体を拭きながら、私は静香の名を呼んだ。
「なぁに?」
黒く長い髪に溜まった水分を大きなバスタオルに吸わせ、湯上がりの静香は言葉を返してくれる。
「一つ、相談があるのですが」
「どうしたの。改まって」
ゆったりとしたお風呂タイムから一転。私が真剣な話をすると分かったのだろう。髪をまとめ上げていた手を思わず止めて、耳を傾けてくれた。
「最近の戦績のことです」
「戦績?」
やっぱり。
「この三ヶ月の勝率が、三割を切りました」
HoSの流行と、忘れられないあの戦い。
その前後を境に、静香と私の勝率は格段に落ち始めた。
HoSで一度最適化された動作は、オーナーと神姫のクセを吸い取る過程を経てさらに最適なものに進化する。初心者ユーザーが初心者を一足とばしに脱却するツールとして見れば、確かにHoSは効率的な道具といえた。
「あれ? そんなに負けてたんだ?」
勝ち負けは余り気にしていないだろうとは思っていたけれど、やっぱり気にしていなかったらしい。
「はい。この間のトーナメントでは、二回戦負けでしたし」
それも相手は、神姫を初めて三月ばかりのHoSユーザーだ。
「そっかぁ……。みんな強くなってるしねぇ」
淡いブルーのショーツを穿きながら、他人事のように言っているものの……一応、当事者なんですけどね、静香は。
「で、ココはどうしたいの?」
「もう少し、勝率を上げたいなと」
「……ふぅん。言うからには、策はあるみたいね」
「はい」
今更HoSを導入しようとは思わない。
これでも私とてセカンドリーグに在籍する神姫。そんなものに頼らなくとも、現状での動作を最も適したものにしている自負はある。
それを超えるためには……。
「ドキドキハウリンよりも、もっと戦闘に適した装備と運用を希望します」
○
ボクが部屋のドアを開けると、そこにいたのは見慣れた下着姿だった。
「で、何でまたボクの部屋にいるの? 静姉」
パソコンはずいぶん前に直したし、最近また何か壊したって話は聞かない。
っていうか、このあいだあんなコトがあったばかりだってのに、いくら何でも無防備すぎないか? この人は。
「んー? ココがジェットバス、いらないって言うからさー」
……何かブクブクってポンプ音がしてると思ったら、それか。確かに部屋の真ん中のテーブルに、見慣れない物体が置いてある。
周囲に配管らしきものの走った神姫用バスタブと、その中にいる見慣れた神姫。
「十貴ぃ。これ、無茶苦茶気持ちいいぜ!」
…………。
へぇ。
神姫って、ジェットバスと泡風呂で喜ぶんだ。
「かぁぁーっ! この、背中と太腿に交互に当たるのがたまんねーっ!」
「そうなのよねぇ。そこがウリだってカタログにあったから、わざわざ店長さんに注文して貰ったのに」
えーっと。
あー。
なんというか。
「……ジルって、神姫だよね?」
「ん? それがどした?」
そう当然のように言い返されたら、返す言葉もないよ、ジル。
「泡風呂最高……あたし、今日これに入ったまま寝るー」
「はいはい。風邪ひかないようにね」
「神姫だから風邪なんかひかないもーん」
……まあ、確かに。
「ああ、そうだ、静姉」
相変わらず泡風呂に悶絶してるジルは置いといて。ボクは静姉の方を見ないようにしながら、声を掛けた。
「ココから聞いたよ。マジカルロッド、使ったんだって?」
「…………」
ボクの言葉に、さすがのジルも奇声を止める。
「まあ、ね」
相変わらずそこは言葉を濁すんだね、静姉。
「…………」
それ以上、静姉は答えない。
まあ、それ以上はボクが干渉する所じゃないから、いいんだけど……さ。
「静姉がいいなら、いいけどね……」
後は静姉とココの問題だ。
ジルも何か言いたそうだけど、黙ったままだし……いいんだろう、これで。
「さて。それじゃ、この話はお終い。ジェットバス、ありがとね。静姉」
その言葉に何か思い出したのか。
「ああ、そうそう。ジルだけじゃなくって、十貴にもいいお土産があるんだけど……」
静姉が満面の笑みで取り出したのは、一枚のDVDだった。
○
がらがらと、窓が外から開く。
「ただいまー」
そこから入ってきたのは、下着姿の静香だった。
慣れた動作で鍵を掛け、さっとカーテンを引く。
「また遅くまで……何やってたんですか、静香」
「んー? ちょっとDVDの鑑賞会をね」
ただの鑑賞会の割には、妙に上機嫌で肌のツヤが良いように見えるのだけれど……。何をやって来たんだか。
「あまり十貴に迷惑かけないようにしてくださいね?」
だいたいは想像ついていたけど、私ははぁとため息を一つ。
「そうだ、ココ」
「はい?」
もう一度お風呂に入り直すのだろう。ラックから新しい下着を取り出して部屋を出ようとしていた静香が、私にふと声を掛ける。
「明日から、戦闘に集中してやってみようか」
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