「誰がために(1)」(2017/02/24 (金) 21:38:59) の最新版変更点
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「鬼ごっこ、しようか」
あまりに唐突な彼女の言葉。それに対してフーは。
「は?」
理解が追いつかなかった。ぽかんと開いた口が塞がらない。
「何を、言っている」
「いや、それはこっちのセリフ。
私はそもそも空を飛びたいって言っただけ」
「しかし、相手をしろと貴様は言ったではないか」
「鬼ごっこには相手が必要よね?」
冷静に考えれば間抜けな台詞を、真顔でサラリと言ってのけるニクス。
「では何故武装を身につけた!」
「そのままじゃ飛べないから当然。貴方だってそれは一緒」
「それは……そうだが」
ニクスの正論に、フーも追撃の矛を収めざるを得ない。
「……さて。もういいかしらね、おふたりさん?」
そこに強引にフェリスが割って入り、二人もそれぞれの表情と共にOKとの返事をする。
「じゃルールの確認ね。
先に鬼を決めて、鬼は5秒後にスタート。タッチしたら攻守交替。
それで10分経過した時に鬼だった方が負けね。
範囲はこの飛行場エリア内で、ドーム内だったら高度は自由。何か質問は?」
「火器の使用は」
「ダメに決まってるでしょ……ロック掛けときなさいよ」
「……了解した」
当然とばかりに質問する側と、当たり前だと思わず頭をかく返答側。
「じゃ、鬼を決めるわよ。外れたら鬼ね」
そう言って、フェリスは懐からコインを取りだす。
「表」「じゃあ私は裏ね」
「それじゃ」
そして親指でコインを弾き、手甲で受け止める。
「――表ね」
その結果を見て、運命の女神役は、にししと愉快そうに笑う。
「相変わらず運が無いわね。ニクスは」
「ほっといて」
「はいはい、それじゃ始めるわよ。3カウントで開始だからね」
3、2、1――と早速カウントを刻むフェリス。
「ゼロ!」
合図と共に、フーは高機動モードに変形。フルスロットルでロケットのように垂直上昇。
「おー、速いはやい。流石新型ね」
手をかざして眩しそうに空を見上げるフェリスと、その隣で相変わらず微妙な不機嫌顔で佇むニクス。
「じゃ、行くわ」
「いってらっしゃい、相棒さん」
コツン、と、手の甲を打ち合わせる二人。
「跳べっ」
ニクスはそのまま、軽やかに飛び立つ。
【第2話 誰がために】
「――ふむ」
高機動モードであるサイドワインダー形態のフーはめいっぱいスラスターを噴かし、新しい装備の様子を窺う。
それは彼女の記憶領域とは若干の差異が認められるものの、推進器回りに関しては概ね以前のままと言えた。華奢な身体になったことによる耐G性能へのマイナス要素も誤差の範疇。
このバイクに跨るような飛行姿勢に違和感はあるものの、致命的な差異は無い。
これは“彼女”にとっての初飛行でもあり、手探りなのはニクスと大差は無かったが、これならば後れを取る事は無い。フーはそう判断した。
「おっと」
高機動型の名の恥じぬ加速を見せたフーだったが、なまじ直ぐに天井に届いてしまう為、急制動を掛けつつ片翼だけスラスターを吹かして滑らかなスピンターンを行う。
ここまで一気に高度を取れば、早々追いついては来れないだろう。そう思った彼女。しかし。
「!」
ターンした彼女の眼前には、不機嫌な表情の宿敵がいた。
「――」
「きさっ!?」
ニヤリ、と不適な笑みを浮かべる、黒衣の天使。
「――!」
天使は気合一閃、鋭角付きの膝蹴りを繰り出す。フーは反射的にガードを試みる、が。
「っ!?」
それはフェイントだった。
攻撃と見せかけ、蹴りを空転させて大きく身体を捻りこみ、回避運動を試みようとしたフーの後ろに素早く回り込む。
「なぁっ!?」
その動きの素早さに、なりふり構わない急加速をして逃げながら、フーが叫ぶ。
「貴様、攻撃はしないと言ったではないか!」
先程の動き、それは確かに攻撃だった。戦場を幾つも潜り抜けてきた戦士の勘がそう告げている。
「してないわよ? それは、貴方がそう思っただけの話でしょう」
だが、返ってきたのは思いもよらない言葉。
「なっ! その殺気で言う言葉か!?」
その言葉に更に激高する彼女。しかし不利な状況がそれによって変化する訳でもない。
「ちっ」
フーはスピードによって直線でニクスを引き離すものの、なまじ高速なだけに小回りが利かない。
エリア内に留まるための減速を強いられるフーに対し、軽量で加速・制動に優れたニクスはコーナーごとにフーの背後にぴたり迫っては背後からプレッシャーを与え続けてくる。それはまるで、獲物が弱るのを待つ猛禽のよう。
やがてフーは減速を避ける余り、常に緩やかな旋回を続けて、大きな円を描く様に上空を旋回する。
このコースならば確かにニクスでは追いつくことは出来ない。だが。
「糞がっ」
――それは彼女に、敗北以上の屈辱を与えていた。
「――アイツ、楽しんでるわね」
地上で見守るフェリスが、ポツリと呟く。
「どえすめ」
空中では、ループの輪からニクスが引き離されつつあった。
しかしその表情に、焦りの色は無い。
「……っと、そろそろ頃合いかな」
そして彼女は軽やかにターンを決め、今までの飛行コースを逆走し始める。
「なぁ!?」
そしてそのままのコースで飛行してきたフーに真正面から突進。
「くっ!」
ここで速度を落とせば、今度こそニクスに食い付かれる。そう判断したフーはあえて正面衝突のコースを維持する。
(まさか本当に激突する気はあるまい)
そう信じて突っ込む。
「・・・」
しかし、ニクスはコースを変えない。変えてこない。変えようとしない。
「馬鹿か!」
フーの脳裏に、先刻の悪夢がフラッシュバックする。思案する余裕は、既に無い。
「くっそぉぉぉぉ!」
相手の表情が読み取れるほどの距離で、彼女は機首を引き起こす。
「――」
その時のニクスは――狂おしい程に、笑っていた。
(バケモノめ……)
そして彼女はフーの背後に食い付き、弱った獲物を仕留める。
「ぃひゃ!?」
お尻に、タッチ。
「……ほんっと、楽しそうね」
地上には、シト目で青空を見上げる相棒の姿。
「さぁ、攻守交替よ」
「キサマブチ殺すぞ! 何処まで侮辱すれば気が済むのだ!」
一方の空中では、距離を保った二人が睨みあっていた。
「こんな遊びの範疇でブチ殺すだなんて、貴方の器量小さくない?」
再びサラリと言ってのけるニクス。しかし普通に考えれば十分セクハラである。
「それにこれは、貴方が先に仕掛けた事よ」
「何を、ふざけた事を……」
「わからない? ……ならいいさ」
「この……悪魔」
「残念だけど、私は天使よ」
禍々しく笑う、墜ちた天使。蒼く澄んだ瞳が、今は紅蓮の炎のように狂おしく輝く。
「――続けましょ、“遊び”を、ね」
瞬間、その瞳が、姿が、零距離まで跳躍する。
「なっ!?」
逃亡側が自ら距離を詰めてくる。
その通常なら考えられない行動に驚愕したフーは、身動き一つ出来なかった。
「――終わりよ」
「ぁ……あ」
彼女はその狂気の瞳から溢れる殺気に竦み、怯え、委縮する。
「――」
そして彼女が悪魔と信じる者の刃が、振り下ろされ――
「あだっ!」
彼女の首が後ろにぐにゃりと曲がる。――軽く、デコピンで。
「じゃ、追いかけてきなさいよね。鷲頭さん」
「お、お……お前なぁぁぁぁあ!」
想定すらしていなかった行動に、ワナワナと震え、怒り、そしてあらん限りに、叫ぶ。
しかし相手の姿は遙か彼方、その声は届かない。
「貴様に、貴様なぞに、この我が……負けてたまるかぁ!」
闘志を取り戻した彼女は、ニクスを猛追する。
「……あの、ばか」
相棒は、嬉しそうに、匙を投げていた。
「楽しくなって、きそうね」
高度を下げて一気に加速しながら、ニクスは呟く。
「――待てぇ!」
その後方からは、鬼の形相でフーが猛追する。
双方の出力差からその距離はぐんぐん縮まり、豆粒のようだったフーの姿が、次第に大きく、やがて表情も読み取れる距離へと迫ってくる。
「っと、このままじゃ追いつかれるけど。さて」
さらに一人ごちるニクス。彼女は機首を大きく下げ、急降下を仕掛ける。
「――チ」
つい先日、同じ戦法でひと泡吹かされたフーは追撃しない。
獲物を狙う鷹のように、ひたすら高空からニクスを睨む。
『へたれ』
わざわざ通信越しに呟く、自称天使。
「戦術だ!」
ご丁寧にも通信を返す、自称戦士。
『それじゃ、その戦術とやらで捕まえてみなさいな』
そう更に返してくる獲物は、地面スレスレを蛇行しながら逃亡していた。
「ああ、貴様の首根っこを掴んで握りつぶしてやる!」
そう息巻くフーだったか、状況は芳しくない。
地上が巨大な壁になる為に、高高度から迂闊に突っ込めば減速しきれず、彼女の方が地面と激突してしまう可能性があるからだ。
そのリスクを回避するには、自身も低空飛行する他ない。だが相手より高度を取ることの優位性を放棄する事にも繋がる。――しかし。
「やむを得ん、か……」
覚悟を決めたフーは、一気に機首を下げた。赤茶けた荒野の大地が、ぐんぐんと彼女に迫る。
しかし装備が大仰かつ高速な分、小回りの利かないフーには不利な状況と言えた。
それでも同じ土俵に立たない限り、勝負そのものが成立しないのだから、選択の余地は無い。
「来たか。――さて、と」
そんな二人の前に、大きく聳え立つビル群が姿を現す。野戦基地のある区画だった。
「鬼ごっこと言えば、こうでしょ?」
ニクスはビル群にに飛び込み、その間を軽々とすり抜けていく。
「くっ」
フーも追従するが、高速の一撃離脱戦に慣れてきた彼女にとって、この障害物だらけの区画はデストラップに等しい。
少しでも不利を解消する為に人型に再変形し、運動性を確保してからビル群に突入する。
「ほらほら、追いついてみなさいな」
くるくると妖精のように舞いながら、ビル群の間を縫うように飛行するニクス。
「ちいっ」
フーも必死に追い縋るが、軽やかに舞うニクスの動きに翻弄され、全く追いつけない。
ビルの間をすり抜けるように複雑なループを描いて飛ぶ二人。それは確かに空中で繰り広げられる鬼ごっこだった。
「ほらほら、鬼さんコチラ」
「~~!」
しかし、勝敗は明らかなように見えた。
縦横無尽に飛び回るニクスに全くついて行けず、フーは無為にエネルギーを浪費するばかり。
「このぉ!」
「っと」
まれにニアミスする時があっても、ニクスは身体を捻ってするりと躱してしまう。
(このままでは……)
フーの顔に、焦りの色が浮かびはじめる。
戦事ではないとはいえ、ここまでコケにされては彼女のプライドが許さなかった。
「――」
やがてフーは、その足を止める。
(何か考え付いた、かな)
流石にニクスも警戒し、ビル越しに対峙して、その窓から反対側のフーの様子を窺う。
「――フ」
その時、彼女は復讐に燃え滾るその瞳で、真っすぐにニクスを射抜いていた。
そして、その彼女は、再変形を行った――突撃形態。
「しまっ――」
ニクスが叫んだ瞬間、破砕し、宙に舞うガラス片と共に、フーが眼前に出現した。
「ハ!」「ぬわあっ!?」
禍々しい笑みと共に、そのまま激突。
弾丸と化したフーの勢いは凄まじく、二人はそのまま奥のビルに突っ込み、ガラス窓をブチ破り内装を粉砕し、更にはそのビルを飛び出し、今度は別のビルの壁にブチ当たり、巨大な噴煙と共にやっとその動きを終焉させる。
「……あの、ばかぁ」
そして、本気で頭を抱える相棒。
「アンタ……バカ?」
「貴様程では……無いさ」
そして、今だ煙が充満するフロア内では、装備類が複雑に絡みあったまま動けない二人の姿があった。
装備はまっ黒な煙を噴き上げ、二人とも修理しなければ再び飛べそうには無い。むしろ二人とも生きて――稼働しているのが不思議とすら言えた。
「――フフ」
「――ハハ」
やがてどちらともなく笑いが零れ、盛大に笑おうとした、その時。
「ぶわぁっつかもぉぉぉおおおおん!!!」
二人の脳天に、稲妻が走った。
[[続く>]]
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