「Night Games 序章」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「Night Games 序章」(2017/01/12 (木) 19:54:22) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
灼熱の太陽が、全てを焼き尽くす世界。
一点の濁りも無く蒼に染まった空。赤茶けた大地は干上がり、ただ砂埃だけが舞い上がる。
そんな地獄の中、生と死の狭間でのたうつ者たちがいた。
静寂の大地に、無限軌道の鼓動が響く。
「左上方、敵機!回避せよ!回避せよ!!」
声を荒げる、鉄(くろがね)の少女。それは生を求める者の悲痛な叫び。
砂漠に展開する少女達に、殺戮の閃光が降り注ぐ。
「熱源探知、対地ミサイルきます!」
「各機フレア散布、急いで!」
淡い金髪の少女の号令の元、一斉に発射される。
フレアは閃光と共に大空に鮮やかな軌跡を描き、熱と光によってミサイルの赤外線誘導装置を欺瞞。
それに目の眩んだミサイル……地獄のカラスどもが貪るように食らいつく。
「やった!」
迫りくる死を振り払った喜びに、少女たちが歓喜の声を上げる。
「回避行動続けて、また来る!」
「え、あ、ハ……うわぁ!?」
しかし、それもまた一瞬の事だった。
鈍色の装甲板と紅(くれない)色のオイルが飛散し、眩い爆発の中に消えていく。
「被害報告!」
「……ダメです。231及び234号車、撃破されました」
救援に向かった少女が鎮痛な声で報告する。
「……これでSAM(地対空ミサイル)小隊は全滅」
その報告を受けた短髪の少女は、無意識に指先で襟足を弄びながら呟く。
今は埃と硝煙でくすんだ端正な顔には、焦りの色が滲む。
「(どうする……後退する? でもここで引いては……)」
状況を打開しようと必死に思考を逡巡させるが、戦場に模範解答など存在しない。
それに、そんな暇など与えられる訳も無かった。
「隊長! 何か様子が!」
悲鳴混じりの報告を掻き消し、少女を地獄に引きずり込もうと悪魔のサイレンが鳴り響く。
「敵機直上、散開ー!」
本来であれば咄嗟の指示。だが、それすらも遅きに失した。
「あぁっ!!!」
「いやぁ、隊長ぉー!」
着弾、そして炸裂。
美しい煌きが起こる都度に断末魔の悲鳴が聞こえ、IFF(敵味方識別装置)から反応が消失。
可憐な少女達が、物言わぬ骸と化していく。
「急降下爆撃……やられた!」
敵は我が物顔で上空から急降下し、無誘導爆弾を的確に叩き込んでくる。
各種誘導弾の発達した現代戦に於いては、非常に古典的な戦法。しかしそれ故に、フレアやチャフといった妨害装置の攪乱を受ける事も無い。
完全に裏をかかれた。
「全車対空戦闘用意、バズーカに対空散弾の装填急いで!」
「は、はいっ!」
飛ぶ檄の鋭さとは裏腹に、急な兵装転換にまごつく少女たち。
「(奇襲をかける予定が、逆に受ける羽目になるなんて……)」
走破性の高い無限軌道を持つ彼女たちの本領は、その機動力を生かした電撃戦にこそある。
大口径の火砲と強靭な装甲もそのための装備であり、対空戦では能力を生かしきれない。
更に度重なる空襲で混乱し、その士気は低下していた。
「ここまでか、後退する。各機隊列を組み直して……」
「グリア逃げてっ!!!」
「え」
黒く、丸い、ナニカ。
それが爆弾だと認識する前に、彼女の意識は霧散する。
そのはずだった。
「あぁっ!」
爆弾は寸前で四散した。
無数の破片が降り注ぎ、少女の可憐な頬を掠める。
『大丈夫?』
その声は少女……グリアの聴覚、いや脳髄に直接響く。
「あ、はい、大丈夫です……助かりました」
彼女は身に纏った装甲を確認しつつ、友軍からの通信に応える。
頬の傷はともかく、無数の破片も鈍色の装甲を貫通するには至っていない。
『そう、良かった。……航空優勢を奪取する。
対空砲火もいいけど、私の獲物には手を出さない事ね』
少女の透き通った声が、グリアの聴覚を刺激する。
「りょ、了解! commence fire(撃ち方始め)!」
号令一閃、鉄の装甲を纏った少女達が対空砲火を派手に撃ち上げる。
蒼穹のキャンバスはすぐさま灼熱の炎に彩られ、新たな地獄を生み出していく。
そんな光景を無感動に流しながら空を駆ける、1人の少女がいた。
「(……此処が、私の居場所)」
血と硝煙に彩られた虚空を、少女は飛ぶ。想いを秘めて。
『 knight・Games 』
【序章】
さらりと伸びた浅紫色の髪の少女は、回線を開く。
「ナイト1よりヴォルフ1へ。
南地区ポイントⅢBにて機甲中隊が敵航空隊と交戦中、被害甚大。
これより支援を行う。通信終わり」
その眼下では、翼を生やした金属製の醜悪な悪鬼や骸骨が我が物顔で飛び回っている。
「ナイト1、Engage」
それは、交戦の合図。
脚部の飛行用ジェネレータが一際甲高く唸りをあげると共に、その身を翻して一気に急降下。
「はっ!」
地上の新たな獲物を探していた悪鬼に、強烈な稲妻蹴りをブチ込む。
「 A”AAA”!!!」
腰骨を砕かれた小鬼は鈍い音と共に真っ二つに圧し折れ、そのまま爆発四散する。
「まず……1機」
蹴りと爆発の反動で素早く離脱した少女は、目立つポニーテールを爆風にたなびかせながら戦果を確認。同時に爆発に気づいた他の悪鬼や骸骨どもが何事かと騒めきだす。
「FOX2!」
少女は身体を捻って体勢を整えながら、飛行脚に懸架された4発のミサイルを放つ。
振り向き様に脚の止まった2体の骸骨に直撃、爆散する。
「3機」
「GYAAAA!」
仲間を次々と叩き落とされた骸骨たちは不協和音の雄叫びを上げる。その朱い単眼が怪しく光り、無機質は筈のレンズに殺意の波動が迸る。
「…フ」
少女はその悪意に臆する事も無く、見る者が悪寒を覚えるような微笑を浮かべると、一気に加速して群れの中へと突っ込む。
「GA!?」
そして悪鬼の無防備な脇腹に鋭角膝蹴りを叩き込むと、加速したまま宙返りをして真っ二つに切断。
更に勢いを殺す事無く次の敵の懐に飛び込み、僅かに光を帯びた右手の長剣で流れるような動作で弱点の腰骨を打ち砕く。
「これで……エース」
爆発の光を浴びて漆黒の装甲が輝き、猛禽類を思わせる瞳が虹色に煌く。
――砂埃を巻き上げ乾いた大地を突き進む、一隻の大型陸戦艇。
本来なら象牙色に輝くであろう船体は、それが歴戦の証であるかのように埃に塗れ煤けている。
その甲板に粛然と佇む、柔らかな桜色の髪を短髪に揃えた、軍服姿の少女。
「……宜しいのですか?」
モニター越しに戦況を観察していた少女が、無表情に呟く。
すると微かな電子音と共に、少女の視界の端に空間投影式モニタが出現する。
『あら。派手な戦闘、戦果は甚大。何か問題が?』
軍服姿の少女よりやや年上の少女が、ふてぶてしいまでの優雅な口調で応える。
「お嬢様は、お意地が悪い」
『ふふ……、判ってるわ。
ジョーカーを切るのが早過ぎるというのでしょう』
「はい。戦術的にも、戦略的にも。――それに」
『それに?』
「――お判りでは」
『あらあら』
少しの静寂。
『大丈夫よ、敵もじきにカードを切る。
折角のお祭りよ。精々賑やかに楽しみましょう』
「Ja。mein,Meister」
「URYYYYYAA!」
蒼穹の戦場では猛り狂った悪鬼たちが、少女目掛けて次々に発砲する。
ビームやミサイルが飛び交い、閃光が視界を真っ白に染め上げる。
だが、当たらない。
少女の戦術機動は鋭く、鬼たちはその動きを捉える事が出来ないでいた。
「GAA!」
それは後付けの飛行ユニットで爆装した機体と、空戦に特化した機体の絶対的な差。
更に一対多数の特異な乱戦により同士討ちが多発し、状況は敵にとって完全に泥沼と化している。
「なまじ密集するから、こうなる」
その混乱の中、少女は戦場を縦横に駆け巡っては敵の隙を突いて一機、また一機と葬っていく。
「(それにしても……)」
既に二桁近くを撃墜したのに敵は減る気配も、形勢不利とみて撤退する様子も見せない。
それどころか同士討ちのリスクを冒しても尚、包囲網を狭めつつある。
「(どうして地上部隊を放置してまで、こっちを攻撃する……?)」
どうしようもない違和感。
セオリー通りなら適当に足止めをしておいて、その間に他の機体が地上部隊を攻撃すればいい。
そして自分はその隙に漬け込むつもりだった。
しかし敵は既に地上部隊が存在しないかのように、自分一人だけを執拗に狙ってくる。
その理由は、地上部隊が既に無力化されているか、無視しても構わないほどに戦力が縮小している。
……或いは、万が一にも動かれては困るから。
「っ、みんな!」
違和感の正体に気づき、叫ぶ。
――地上で一際巨大な火球が炸裂したのは、ほぼ同時だった。
『ほうら、予言になった』
「凶事の予言者は嫌われますよ」
『貴女が私を嫌いに?』
「……ノーコメント」
「こちらナイト1、機甲中隊応答せよ、応答せよ!」
『…………』
だが返事は無く、ただ砂嵐のような雑音が無線に響く。
「誰でもいい、応答して!」
『――ザザ……ら…………ダー……、こ…………』
「良かった、無事なの!?」
『……気化……弾の……影響で、通信に影響……
こちらヴィンターセクション、ヴァッサー1よりナイト1へ。衝撃で何機か走行不能になりましたが、健在です』
「……そう」
『なんとか所定位置まで後退出来ました。
貴方が時間を稼いでくれたおかげです。ありがとう、ニクス』
「――お礼なんか、いい。それより早く」
『大丈夫、まだやれます』
微かに震えた声。強がりなのは明白だった。
本来ならば、さらに後退して態勢を立て直すべき。
『貴方一人、置いてく訳にはいきません』
「――馬鹿」
その意思を曲げる事は、少女には出来ない。
しかし、状況はジリ貧に陥りつつある。
敵は数機で一塊の密集陣形を取り、同士討ち覚悟の濃密な弾幕で此方の突撃を阻止する。
ニクス自身も既にミサイルは撃ち尽くし、高威力のグレネード弾も残弾ゼロ。
高周波ブレード備え付けのサブマシンガンでは、骸骨はまだしも装甲に身を固めた悪鬼に致命傷を与える事は困難。
あえて前向きな要素を挙げるなら、味方地上部隊の牽制の為に敵兵力の注意が分散しているのが唯一の慰めで、それが無ければ既に押し潰されていただろう。
「……でも、やるしかない、か」
襲い掛かる敵の群れを躱し凌ぎながら、彼女はその時を待つ。
――耳を劈く爆音、目も眩む閃光。そして無数の鉄華が咲き乱れる蒼穹の空。
その更に上空を、流麗なフォームで編隊飛行する少女たち。
「全く…・・・アイツはいつも無茶をして」
編隊の先頭にいた金髪の少女が、呆れた声を上げる。
しかし、それも一瞬の事で、直ぐに凛とした声で僚機に指示を飛ばす。
「シレーヌ1よりリュンクス2、状況を送れ」
『此方リュンクス2。ポイント4-6Cにて友軍と敵空挺部隊の交戦を確認。
機種はNSG系列……コボルド及び各種アント。総数30前後と思われます』
「了解した」
紅と黒の装甲に身を包んだ少女は、翡翠色に輝くバイザーを降ろしながら戦慄を奏でる。
「シレーヌ1より各機、ウチのお転婆姫がタチの悪い邪精にナンパされてるわ。
不躾な男は嫌われるって事、奴等に教育してやりなさい」
『『了解!』』
「レーヴェ隊は敵B集団へ攻撃、指揮はレーヴェ1に任せる。クレープスはあたしに続け。
ゾンマーセクション、Engage!」
漆黒の翼を纏った少女が踵を返す。
続いて空色の装甲を纏った少女たちが、その身を翻しながら一斉に急降下。
歌姫の旋律と共に、慈悲の名を持つ戦乙女が、戦場という輪舞曲(ロンド)へと舞い降りる。
「!」
戦局は一変した。
少女達によって次々と叩き落とされていく、機械仕掛けの魔物たち。
上空からの奇襲によって統制を乱し、陣形は崩れ、更に間隙を突くように少女達が斬り込み突き崩してゆく。
「水臭いわね、ニクス」
「フェリス!?」
その戦況の変化に驚くニクスの前に、リーダー格の少女が降下してくる。
「だからパーティには招待状を出して欲しいって、何時も言ってるでしょ」
金髪のツインテールを靡かせながら文句をぶつけてくるのは、鈍い光沢の双剣を持ち冷たい輝きを放つ巨大な漆黒の翼を持つ機械仕掛けの乙女。
「……そうね」
つい視線を逸らすニクス。そんな彼女にフェリスと呼ばれた少女はバイザーを上げ、燃えるような瞳で真っすぐに見据えてくる。
「本当にそうよ。
ご馳走を貴女一人で全部食べてしまおうなんて。食べ過ぎでお腹壊したらどうするつもり?」
彼女は演技がかった動きと表情で、ニクスの顔を覗き込む。
それと戦場での会話には程遠い比喩に、ニクスは苦笑いするしかない。
「さて、それじゃ残飯漁り……じゃなくって、出されたご飯は残さず綺麗に頂くとしましょう」
「待って、さっきの攻撃は……」
ニクスの唇にピタリと指先をあてる。
「それも大丈夫。
シレーヌ1よりリュンクス各機、状況を送れ」
『――リュンクス04よりシレーヌ1へ。
先刻の攻撃ですが、ポイント3-5Aより熱反応と大型飛翔体の発射を観測。
SRBM(短距離弾道ミサイル)と推測されます』
「了解した。そのまま観測に当たれ、
――聞こえたでしょ、という訳よ?」
してやったりという表情のフェリスに、更に苦笑いするしかないニクス。
「……という訳じゃないでしょ! 何でそんな戦略兵器が此処にあるのよ!?」
「知らないわよ。
大方、何かしらの裏技でも使って持ち込んだんでしょ」
その金切り声に、フェリスはわざとらしく指で耳を塞ぐ。
「大体あたしに文句言ったって始まらないわよ。
それより状況は見えたんだから、自分がやるべき事くらいは判断できるでしょ?」
彼女はまた芝居がかった動きで、ニクスの胸を小突く。
「そうやってまた、人を茶化す。……誰に似たんだか」
「さぁ? 文句なら帰ってきてから、酒の席でどうぞ。
朝まで付き合ってあげるから」
にしし、と人懐っこい笑顔を浮かべる彼女に、つい毒気を抜かれてしまう。
「このパーティは早々におしまいにして、二次会にいくとしましょ」
「……了解した」
その言葉はニクスへの信頼であり、生きて戻って来いとの明確なメッセージであり。
「貴女の歌、嫌いじゃないし」
「当たり前でしょ。これでも歌姫、セイレーン型の端くれよ」
「でも姿も腹の中も、真っ黒だけど?」
「それは貴方も一緒でしょ。黒衣の天使さん?」
彼女につられるように、ニクスの顔にも微笑が浮かぶ
「さて……と、貴方が呼んだタクシーも着たようね」
「気づいてたのね」
「当然」
「じゃあ……此処は任せる」
「了解」
二人はお互いの手甲を、コツリと軽く合わせる。
「それじゃ、また後で」
「えぇ」
ニクスは再びを蒼穹の空へその翼を羽ばたかせる。その背中を守り、敵を斬り伏せるフェリスだった。
「さて……と」
仲間達から離れ、一人突出するニクス。
既に武器は摩耗し、その顔にも疲労の色が見え隠れする。
「GYA!」
そして敵が、そのような獲物を放っておく筈が無い。
乱戦から離れた位置に居た数匹が、機械仕掛けの魔眼から妖しげな光を放つ。
「今は貴方達と遊んでる暇は……無い!」
その眼光に向けて、エネルギーが尽き只の鉄塊と化した高周波ブレードをブン投げる。
「VA!?」
クリーンヒット!
カメラに突き刺さり、そのまま落下する骸骨。そして猛り狂う周囲の魔物たち。
しかしそんな魔物に構う事無く、少女は刻を待つ。
「――connecting。捕まえ……たっ!」
「Artemis……contact!」
そして、少女が消える。
「VOAAA!?」
更に荒れ狂う暴風が魔物たちに襲い掛かり、戦場は混迷の度を加速させていくのだった。
「――互いにカードを切ったようです」
『あの子ならそうするでしょうね。
そんなことよりも、新しい案件が出来たわ。この私の顔に泥を塗ってくれたあのピザには然るべき報いが必要よ」
「失礼ですが、恥をかいたのは彼方の方では?
戦略兵器を投入して尚、此方の地上部隊の撃破に失敗したのですから」
『違うわね。論点はそこにはなくってよ。
いいこと、この私の前で、この私より前に、戦略兵器を切ったのよ。あのピザが。
これはこの私の沽券に関わる重要な問題だと思わなくて?』
「…………それでは、戦況の再確認を」
『あら、つれないのね。アガサ』
「貴女との無意味な会話は嫌いではありませんが、今の私は任務中ですので」
『ふふ、素直な子は好きよ』
「お褒めに与り恐縮です」
「相変わらずのじゃじゃ馬ね、コイツは……!」
戦場から離れる・・・…否。新たな戦場を求めて弾丸の如く突き進む、漆黒の飛翔体。
それは悪魔のような4枚の主翼を持つ、異貌の双発戦闘機。
そして、その暴れ馬を捻じ伏せるように騎乗するニクス。
「全く限界までカリカリにチューンしてくれちゃって……扱う方の身にもなりなさいよ」
愚痴りつつも制御系を取得し、高速飛行中の各種パラメータをチェック。
そんな時、無線にコールが掛かる。
『リュンクス4よりナイト1へ。敵拠点と思しき構造物を発見、恐らく降下艇と思われます。
詳細位置を送信』
「ナイト1了解」
『っ、ちょっと待ってください!
……敵拠点より再度の熱反応を確認。SRBMの発射シークエンス中と推測』
ニクスの口から、舌打ちが漏れる。
「了解。それとリュンクス4にはFAC(前線航空管制)を要請する」
『リュンクス4、了解』
通信会話の終了と共に、膨大な各種データが転送されてくる。
「……少し急がないと、不味そうね」
その観測データを確認するニクスの顔が渋くなる。それは有り難くても、嬉しい情報ではなかった。
既に発射寸前のSRBM。そして護衛も主力部隊にあれだけの数を割いて尚、十機が展開している。
「――やるか。 『「I have control!』」
制御系のデータを呼び出し、超AIならではの高速演算処理を行う。
そしてマニュアル操縦の利点である、よりピーキーな機体バランスに再調整していく。
無論それは機体の安定性と引き換えであり、自らの命をチップとして賭ける危険な行為。
「よし……OK」
緊張で乾いた唇を、舌先でチロリと舐める。
「フォーム・アップ!」
漆黒の戦闘機は巨大な堕天使の翼となりて、鋼鉄の戦乙女と融合する。
「――オーバーブースト」
劈くような轟音と共に、機体が急加速。
同時に機体が不快な軋みをあげ、コンクリートの壁にブチ当たったような衝撃波がニクスを襲う。
「……ッ」
視界と計器類が目まぐるしく変化し、気圧の変化によって生じた飛行機雲が尾を引く。
「ナイト1よりリュンクス4へ。あと1分で該当空域に突入する」
『リュンクス4了解。TADIL(戦術データ・リンク)開始します』
ニクスの瞳とセンサーに、まだ視える筈の無い敵の位置情報がリアルタイムで流れ込む。
「TADILリンク完了。敵脅威度判定確認……。優先攻撃目標マルチロック」
同時にロング・ランスの異名を持つ、大型電磁投射砲を展開。エネルギーコネクタに接続して電力供給を行いつつ、高速射撃体勢を取る。
「セーフガード解除、攻撃準備完了。
まずは数を減らす。LR-AMM(長距離空対空ミサイル)スタンバイ」
ニクスは瞳を閉じ、自らのセンサーと僚機がもたらす情報に意識を集中する。
「FOX1!」
翼に懸架された4発のアドラームが一斉に放たれる。
電磁推進により加速するミサイルは、各々に設定された目標目掛けて一直線に飛翔する。
『リュンクス4、発射確認。多重誘導中――着弾までカウント3・2・1』
僚機の淡々とした声が、ニクスの聴覚と意識を微かに刺激。
『着弾』
レーダーに表示されていた4つの光点が反応を失い、消滅する。
「先制攻撃成功。これより目標を駆逐する」
『了解、good luck』
「……幸運を、ね」
その言葉に、僅かに思わず首を竦める。
『何か?』
「いいえ別に。――ナイト1 Engage」
敵が射程内に入った瞬間、身の丈の3倍は有ろうかという長砲身型・電磁投射砲の引き金を絞る。
同時に電磁兵器特有の鈍い発射音が響き、そして遙か後方に置き去りにされていく。
「っ」
一呼吸の後、徹甲弾の直撃を受けた悪鬼が原型を留めぬほどに四散。
「次ッ」
今度は骸骨が四散し、物言わぬ骸に還る。
「VOAA!」
そして今更ながらに怪物達が喚き出し、猛烈な対空砲火をニクスに浴びせ掛ける。
「当たらんよ!」
エルロン・ロールで機体を派手に回転させながら、不規則かつ鋭い錐揉み飛行で敵の攻撃を回避。
その無茶な空中戦闘機動に更に機体が軋み、抗議の悲鳴を上げる。
しかしニクスは構う事無く、機体を更に跳躍させながら電磁投射砲を連続発射。文字通りに敵を砕き、粉砕する。
「GYARALA!」
そんな悪魔を一気に食い荒らす黒い天使に一太刀浴びせんと、彼女の進路上に飛び出す悪鬼。
「甘い!」
「GOVAAAA!?」
吶喊。ロング・ランスの異名そのままに、悪鬼の腹にその長大な砲身を突き刺す。
そのまま山のように聳え立っていた降下艇にブチ当て、悪鬼ごと串刺しにする。分厚い装甲版が衝突の運動エネルギーと衝撃波によって丸くひしゃけ、轟音と共に悪鬼の断末魔の悲鳴が響く。
「長い砲身には、こういう使い方もあるのよ」
砲撃。悪鬼が千切れ飛ぶ。
「全弾持ってけ!」
ダメ押しとばかりに、今度は両肩の電磁投射砲と機関砲を斉射。それは降下艇の装甲を貫き、粉砕し、容赦なく食い破る。そして内部から響く、幾つもの爆発音。
「これで……ッ」
『ニクスさん後ろっ!』
ニクスの意識が降下艇に集中したその一瞬。横からハンマーで殴られたような衝撃を受ける。
「ああっ!」
直撃を喰らった電磁投射砲の砲身が真っ二つに圧し折れ、煽りを受けたニクスも衝撃を受けて弾け飛ぶ。
「やられたっ」
リュンクス4の警告により、寸前の所で直撃は回避出来たものの主武装を破壊され、更に弾き飛ばされた事で降下艇から遠ざけられてしまった。
そして、その張本人は一撃離脱を行い、既に姿は無い。……だが。
砲身が圧し折れ、既に何の役にも立たない大型電磁投射砲を投げ捨てる。
「――来る」
同じ高速戦闘型の勘と経験が共に最大ボリュームでの警告を発している。
「!」
激突!
「フレズ……ヴェルク!」
それは紫色の局面装甲を身に纏い、翡翠の様に輝くジェネレータを持つ高機動型可変機体。
「敵ヲ、撃破スル」
ギリギリのタイミングでライトセイバーを展開、敵の斬撃を凌ぐ。
「チィ……!」
鍔迫り合いを行ったまま、敵の推進力によって更に降下艇から遠ざけられるニクス。
自らも推力と出力を上げるが、加速している相手との運動エネルギーの差は歴然たるものがあり、一方的に押し捲られている。
「このままだと……。なっ!?」
鍔迫り合いから一転、突撃形態に変形。急上昇する紫の悪魔。
反応が遅れ体勢を崩すニクスに、上空から容赦ない銃弾の雨が降り注ぐ。
「くそっ」
左右の推進機に捻りを加えて回避し、急場を何とか凌ぐ。
それでも数発を被弾し、元々気休め程度の装甲版が弾け捲れ上がる。
「(コイツ……強い!)」
この機敏な戦闘機動。そして的確な判断能力。
今までの動く標的とは別次元の存在。間違いなく敵の切り札だった。
「ッ」
機体をロールさせながら機関砲で応戦。しかし敵の鋭い回避マニューバにより、全く命中弾を得られない。
「(――なら)」
進行方向をスライドさせ、降下艇の方角に誘導を試みる。
「甘イナ」
敵は再度可変して急加速。頭上を押さえつつ牽制射撃。
装甲が無きに等しいニクスは強行突破が行えず、回避と反撃で貴重な時間を浪費させられてゆく。
『ニクスさん、ミサイルが!』
「わかってる!」
リュンクス4の悲鳴が響く。その焦りはニクスも一緒だった。
彼女たちの眼前で砂漠の日の出のように眩い輝きが生まれ、轟音と共に円筒形の一際巨大な飛翔体が天に昇っていく。
「……こうなったら」
ニクスは急降下を掛けて一気に加速。フレズヴェルクも敵を逃がすまいと可変して追従する。
「――」
瞬きする暇さえない程、急激に地上の風景が拡大していく。
それは敗者に母なる大地との不本意な抱擁を強制する、完全なチキンレースだった。
「「……」」
警報が脳内に鳴り響き、極度の緊張と集中により神経が抜き身の刀のように研ぎ澄まされていく。
「――――」
零コンマ何秒の世界。一瞬とも永遠ともつかない時間。
「――――――チ」
紫の悪魔が人型に再可変し、全身でエアブレーキを掛ける。
しかしニクスは、止まらない。
「自滅ヲ望ムカ!」
「私は……立ち止まらない!」
ロールを掛けて背面飛行になり、そのまま下方向への逆宙返り。
全身の推進器と身体を振り回し、超低空かつ降下しながらの高機動マニューバを決める。
「!」
機体の一部が地上と擦過。派手な火花を散らして、削ぎ落とされた装甲版の破片が空に舞う。
「スプリットS!」
地上に着地しながら、紫の悪魔が驚愕の声を上げる。
ニクスは人型の利点とフレキシブルに可動する推進器を最大限に生かして、通常ならありえないブレイクターンを決行したのだった。
「じゃあね」
速度に乗ったままの彼女は一気に上昇し、大空を駆け上がる。
「――見事ダ。シカシ」
彼女は翔る。それは自らの為。そして、仲間の為に。
「――見えた」
推力全開でSRBMを追跡するニクス。自らもロケットのような上昇軌道を取り、やがてSRBMの眩い噴射炎を視界に捉える。
「FOX3」
両肩の電磁投射砲を展開、轟々と噴煙を上げる噴射口に速射で叩き込む。
高速に加速された徹甲弾は、回避しない弾道ミサイルに吸い込まれるように着弾。噴射口を易々と貫く。そして直ぐに燃料にも引火し、連鎖的な爆発を引き起こしていく。
「これで……」
誘爆を繰り返し、いよいよ爆散するかと思えたその時、ミサイルの後部がプログラムにより分離。
直後に遅すぎた大爆発を起こして、やっと四散する。
「チィ」
下から追跡する格好だった為にミサイルの破片を全身に浴び、思わず舌打ちするニクス。
「しかし今ので、弾道軌道には乗らなくなったはず」
爆発によって生じた誤差を組み込み、人間にはとても真似の出来ない速度と精度で軌道を再計算する。
「……これなら、再補足出来る」
射撃と爆風を浴びた事で速度の低下した機体を、再び加速させる。
ジリジリと距離を詰め、その噴射炎を再び電磁投射砲の射程に捉える。
「――これで、終わりよ」
彼女が発射の引き金を引く。その瞬間。
「否ァ!」
ほぼ垂直に突っ込んできた機体、それはもはや弾丸。
下から突き上げるように体当たりされ、両肩の砲身が根元から吹き飛ばされる。
「しつこい男は嫌われるよ!」
反射的に憎まれ口を叩くニクス。しかし状況は憎まれ口を叩きたくなるほどに悪かった。
既にミサイルも無く、残っているのは大型目標に対しては気休め程度のマシンガンや固定機関砲のみ。
無論フレズヴェルクの方も狙って砲身を優先的に潰しにかかったのだろう。しかも自身に直接掛かる危機では無かった為に、僅かに反応が遅れてしまった。
致命傷こそ負わないが、ジリジリと追い詰められ摩耗させられていく。一か八かの勝負を第六感と執念で生き延びてきた彼女にとって、非常にやりづらい相手だった。
「あーもう! ならっ!」
敵の頭を押さえながらマシンガンで牽制を掛けつつ、ジリジリとミサイルとの距離を詰める。
それは先刻、フレズヴェルクが取ったのと同じ手段。
「これでっ」
更に両翼の機関砲でSRBMの噴射口に攻撃を仕掛ける。
幾ら瞬間的に大量の弾を吐き出す固定式の機関砲とはいえ、強固な構造体である弾道ミサイルへの損害など微々たるものに過ぎない。――だが。
「(誘イ、カ……)」
重火器を失ったニクスがSRBMを破壊するには、取り付いて直接攻撃を仕掛けるしかない。
だが小火器やライトセイバー程度の一撃では直ぐには破壊できない。つまり自分が邪魔になる。このまま此方も牽制を仕掛けて時間稼ぎをすれば、いずれSRBMは目標に着弾する。
しかし、ミサイルに攻撃を仕掛けられている時点で、常に誘爆のリスクは付きまとう。しかも相手は此方とミサイル両方に注意力を割かねばならない為、攻撃を仕掛けても分の良い状況ではある。
「――貴様ヲ粉砕、スル」
紫の悪魔は、賭けに乗った。
漆黒の機体を串刺しにして深紅に染め上げようと、ニクスがミサイルに攻撃を仕掛けた瞬間を狙い、突撃する。
「待ってたっ!」
その瞬間、ニクスは動く。だがそれは、フレズヴェルクの予想した動きではなかった。
「捕まえ……た!」
姿勢制御用スラスターを全開にして素早くロールすると、そのままフレズヴェルクに抱き付くように掴みかかる。そしてライトセイバーの刃をピック状に展開。機体の隙間に捻じ込んで可変機能を奪い、今度は推進用スラスターをオーバーブーストさせる。
「ちょっと質量が足りないんでね。付き合ってもらうよ、地獄まで」
「貴様ァ!?」
そして、SRBMの噴射口に、ブチ当てる。
『――綺麗な花火ね』
「……状況、確認します」
陽光を覆い隠すように一際巨大に咲く、黒煙の花火。その黒煙からバラバラと零れ落ちる、無数の破片。
そして、無数の残骸の中に紛れるように、彼女もいた。
意識を失い、飛翔する為の翼を失い、無数の破片と同じようにただ落ちるのみ。
「……っあ!」
一瞬気を失っていた彼女。気付けとばかり、頭をぶんぶん振り回す。
「……何故」
「?」
そんな彼女の胸元で、別の声が響く。
「何故、助ケル。皆ヲ……ソシテ」
「さぁね。何でだろ」
素っ気なく答えるニクス。
「そもそも助かってるって言う? その姿で」
それは身体を失いコアのみを晒す、哀れな悪魔の成れの果て。
「我ハ、マダ、生キテイル」
「……ふん」
あのまま一緒に突っ込めばミサイルの爆発に巻き込まれ、超高温によって融けるか吹き飛ばされて粉砕されるかのどちらかではあった。
「それに……こっちもいい加減ガタが来ててね」
彼女の表情から、自嘲の微笑が綻ぶ。
背部ユニットは既に無い。フレズヴェルクの機体と一緒にSRBMに特攻させたのだった。
そして肝心の脚部スラスターも度重なる被弾でついに故障したのか、出力が上昇してこない。
「……貴様トナラ悪クハ、ナイ」
「やめてよね、私は御免よ」
諦める無く再三に渡って再始動を試みるが、やはり出力は上がらずに地上へ真っ逆さまに落ちていく。
「……私は、まだ、こんな所で」
「終わらないんでしょ」
凛と響く、透き通った声。それがニクスの聴覚を刺激すると同時に、身体が再び重力の洗礼を受ける。
「……っとと、少し太った?」
あれだけ目まぐるしい変化を続けた高度計が、今は静寂を保っている。
「――お生憎様、装甲が剥げて軽くなった位よ」
そしてニクスの視線の先には、フェリスがいた。
「そうね。ウチのお姫様はお転婆だから」
「だからお姫様なんて言うなっ」
「この格好で言っても説得力ないわよ。お・ひ・め・さ・ま?」
「ぐぬぬ……」
口ごもるニクス。その言葉通り、彼女にお姫様抱っこの形で抱き抱えられていたのだった。
「でもそうねぇ……ココは太ったんじゃない? 最近またサイズアップしたって聞いたわよ」
「ちょ!? どこ触ってるのよ!」
「役得役得♪」
フェリスの左の掌に柔らかな触感が溢れ、彼女は至福の時間を味わう。
「やめなさいっ! ……ありがと」
「ふふん、もっと感謝してもいいのよ。
あたしはなんてったって、幸運を呼ぶ黒い鳥なんだから」
「それを言うなら青い鳥でしょ、フェリス」
「そうね。でも貴女にとっての幸運の鳥は、何色かしら……?」
すらりとした指先が、しなやかな動作でニクスの顎を引き寄せる。
「ぁ……」
『ヴォルフ1よりシレーヌ1、状況を送れ。というか状況を読め』
「おおっと、お邪魔虫め」
『聞こえている、情事は帰ってからにしろ』
「あら、戦場だからこそ燃え上がるんじゃない」
あっけらかんと言ってのけるフェリス。
『お前の性癖なぞ興味はない。状況を送れ』
「ハイハイ、SRBMは爆発。脅威確認出来……ってこの反応!」
センサーで巨大な黒煙内をサーチしていたフェリスが、驚愕の声を上げる。
同時に黒煙の中からのそりと巨人が顔を出すかの如く、ミサイルの巨大な弾頭が顔を覗かせ、黒煙から這い出し、飛び去ろうとしていく。
「あのミサイル、どれだけ頑丈なのよ!? しかも三段式!?」
「呆れて物も言えない……」
余りの非常識な事態に思考処理が追いつかず、呆気にとられる2人。
「見なかったことにしない?」
「それは無い。……まぁ、あの状態なら高度不足で目標地点までは届かない……と思いたいけど」
ニクスが苦虫を噛み潰したような顔で、冷や汗交じりに呟く。
『リュンクス3より各機。SRBMの軌道解析。落下地点は……ポイント4-6と推定!』
「何で都合よくそこに墜ちるのよ!」
悲鳴が重なる。リュンクス3が告げた位置は友軍が居る、まさにその場所だった。
「恐らくだけど……2発目は此方の母艦が目的で。
それでこっちが叩いた結果、高度不足になって手前に墜ちる……」
「それじゃ貴女のした事は全部無駄だったの!? 私たち、あのピザの手伝いをしたの!?」
錯乱したフェリスが、小鳥の様に喚きたてる。
「それは……」
『無駄じゃない』
2人の通信回線に、無機質な声が響く。
「アガサ!?」
「……宜しくね」
『Jawohl』
『――さて、今度は貴女の演武ね。私を退屈させないで頂戴』
「畏まりました。お嬢様」
荒野を進む、白い陸戦艇。そして、甲板の上に悠然と佇む、桜色の髪をした軍服姿の少女。
「Installieren」
甲板から複数のクレーンが生えるように現れ、少女の数十倍は有ろうかという装備を纏わせていく。
針鼠の様に全身を武装で固めた隻腕の機体。それは戦車型と呼ぶことすら生温い、異貌の怪物。
「ヨルムンガンド……セット」
少女の呟きと同時に、その隻腕が大蛇が蠢く様にその姿を変容させ、対地の杖の異名に相応しい長大な砲身を持つ荷電粒子砲を創造する。
「急速充填、開始」
回路から溢れた電流が機体や砲身から迸り、一撃必殺の力を限界まで貯め込んでいく。
「この高度ならば……補足可能だ」
高性能複合センサーに換装された隻眼が、一際眩い煌きを放つ、
「ターゲット・ロック」
彼女は、それが日常の動作であるかのように、淡々と準備を整え。
「Feuer」
発射。
膨大な荷電粒子の奔流が迸り、射線上の物全てを塵に変えながら、一直線に突き進む。
そしてSRBMに直撃すると、飴細工の様に弾頭を融解・捲り上げ、貫き……そして、光になった。
『……ょ……………サ……! ――……』
極小の太陽が空中に出現し、爆風と地磁気の嵐が空を荒れ狂う。
――やがて嵐が収まり。周囲は静寂を取り戻す。
その静けさの中、圧倒的な破壊を生み出した大蛇、その放熱板の唸りが残心の様に甲板上に響く。
「…………目標を完全破壊。任務完了」
『パーフェクトよ、アガサ』
少女の無感動な呟きと共に、この戦闘は終焉を迎えたのだった。
―インターミッション―
――数刻の後。
「…………」
陸戦艇の内部にある、ブリーフィングルームに集う少女達。
鋼鉄の装甲を今は脱ぎ捨て、備え付けられた椅子に座る彼女たちの顔には疲労の色がいまだに濃く浮かぶが、その表情には今まで存在しなかった安堵感が混じりはじめていた。
そんな中、正面に備え付けられたモニタに光が灯る、
『貴方達、ご苦労様。今日の戦闘も『無事』終了したわ』
それはふてぶてしいまでの口調と態度。
画面に現れたのは、艶やかな長髪と切れ長の瞳が印象的な少女だった。
「戦果報告」
僅かにざわつく少女達をあえて無視するかのように、モニタの傍らに佇んでいた桜色の髪の少女が口を開く。
「敵性エネミー50機を全機撃破、ないし大破。及び敵母艦撃破。完全勝利となります」
少女の報告と同時にモニタが二分割され、詳細なデータが画面上に表示されていく。
「此方の損害は、大破7、中破3、小破4。トータル損耗率は34%。――全損は、ありません」
最後の言葉に、場に一瞬の緊張が走り、そして今度は完全な安堵へと場の空気が入れ替わる。
ある少女は胸を撫で下ろし、またある少女は座る者の居ない空席を安堵の表情で見つめる。
「今回の賞金及び掛け金は総取りになりますので、各員への報酬比率は100%。レートはタイプC。
それと、戦時協定違反により違約金の発生が見込まれます」
『まず満足と言っていい結果ね』
「大まかな報告は以上です。詳細はデータにまとめて今日中には提出しますので」
『ええ、期待しているわ。――それと』
「――お任せください」
尚も事務的な遣り取りを続ける2人。
「良かったわね、ニクス」
「――そうね」
そんな彼女たちを他所に、居並ぶ席の片隅で会話を交わす少女たちがいた、
特にニクスはその報告を聞くまで、ピリピリとした雰囲気を隠しきれずにいたのだった。
「アイツは需要が有るからこそ、こんなバトルが成立してるとか言うけど、リミッター制限無しの実戦だなんて心臓に悪いわよ」
「――そうね」
どこかオウム返しな返事を返すニクス。
「CSCは特殊カーボンで保護されているし、滅多な事では死にはしない」
続いて彼女の口から出てきた台詞は、その危険な戦闘を肯定するかのような言葉。
「……それに、私たちのココロは所詮、電子データの集積に過ぎない。
バックアップさえ有れば、何時でも復活の呪文が唱えられる」
――しかし、その口調は。
「……本気で言ってる?」
「さてね」
フェリスの質問に。
「――ま、それを飯の種にしてるあたし達には、ソレをどうこう言う権利は無いわよね」
「そう言う事」
瞳を閉じたまま、自嘲気味な微笑を浮かべるニクス。
「……っと、そろそろリザルトの時間みたいね」
「えぇ」
彼女たちの手元に空間投影式の小さな画面が浮き上がり、今日の戦闘の戦果とそれに応じた賞金や消費した武器弾薬、その他の経費が表示される。
「さて……うん、結構良い金額」
云わば給与明細を見て、軽く気分を高揚させるフェリス。
「ニクス、貴方はどうだっ……――ぅあ」
そのまま何時もの軽いノリで隣の戦友の画面をみた彼女は、その浮かれた気分に完全に冷や水をぶっかけられる。
「――今夜は、あたしが奢るわ」
「…………そうね」
フェリスは、表情の見えないニクスの肩を叩く。
その画面に記されていたのは、膨大な戦果に見合った賞金額。
そして自ら翼を失ったことに対する代償。それは賞金よりもゼロが一桁多い修理費の見積もりだった。
[[続く>••Night Games【1話】彼女たちの日常(1)]]
[[トップへ戻る>Night Games]]
灼熱の太陽が、全てを焼き尽くす世界。
一点の濁りも無く蒼に染まった空。赤茶けた大地は干上がり、ただ砂埃だけが舞い上がる。
そんな地獄の中、生と死の狭間でのたうつ者たちがいた。
静寂の大地に、無限軌道の鼓動が響く。
「左上方、敵機!回避せよ!回避せよ!!」
声を荒げる、鉄(くろがね)の少女。それは生を求める者の悲痛な叫び。
砂漠に展開する少女達に、殺戮の閃光が降り注ぐ。
「熱源探知、対地ミサイルきます!」
「各機フレア散布、急いで!」
淡い金髪の少女の号令の元、一斉に発射される。
フレアは閃光と共に大空に鮮やかな軌跡を描き、熱と光によってミサイルの赤外線誘導装置を欺瞞。
それに目の眩んだミサイル……地獄のカラスどもが貪るように食らいつく。
「やった!」
迫りくる死を振り払った喜びに、少女たちが歓喜の声を上げる。
「回避行動続けて、また来る!」
「え、あ、ハ……うわぁ!?」
しかし、それもまた一瞬の事だった。
鈍色の装甲板と紅(くれない)色のオイルが飛散し、眩い爆発の中に消えていく。
「被害報告!」
「……ダメです。231及び234号車、撃破されました」
救援に向かった少女が鎮痛な声で報告する。
「……これでSAM(地対空ミサイル)小隊は全滅」
その報告を受けた短髪の少女は、無意識に指先で襟足を弄びながら呟く。
今は埃と硝煙でくすんだ端正な顔には、焦りの色が滲む。
「(どうする……後退する? でもここで引いては……)」
状況を打開しようと必死に思考を逡巡させるが、戦場に模範解答など存在しない。
それに、そんな暇など与えられる訳も無かった。
「隊長! 何か様子が!」
悲鳴混じりの報告を掻き消し、少女を地獄に引きずり込もうと悪魔のサイレンが鳴り響く。
「敵機直上、散開ー!」
本来であれば咄嗟の指示。だが、それすらも遅きに失した。
「あぁっ!!!」
「いやぁ、隊長ぉー!」
着弾、そして炸裂。
美しい煌きが起こる都度に断末魔の悲鳴が聞こえ、IFF(敵味方識別装置)から反応が消失。
可憐な少女達が、物言わぬ骸と化していく。
「急降下爆撃……やられた!」
敵は我が物顔で上空から急降下し、無誘導爆弾を的確に叩き込んでくる。
各種誘導弾の発達した現代戦に於いては、非常に古典的な戦法。しかしそれ故に、フレアやチャフといった妨害装置の攪乱を受ける事も無い。
完全に裏をかかれた。
「全車対空戦闘用意、バズーカに対空散弾の装填急いで!」
「は、はいっ!」
飛ぶ檄の鋭さとは裏腹に、急な兵装転換にまごつく少女たち。
「(奇襲をかける予定が、逆に受ける羽目になるなんて……)」
走破性の高い無限軌道を持つ彼女たちの本領は、その機動力を生かした電撃戦にこそある。
大口径の火砲と強靭な装甲もそのための装備であり、対空戦では能力を生かしきれない。
更に度重なる空襲で混乱し、その士気は低下していた。
「ここまでか、後退する。各機隊列を組み直して……」
「グリア逃げてっ!!!」
「え」
黒く、丸い、ナニカ。
それが爆弾だと認識する前に、彼女の意識は霧散する。
そのはずだった。
「あぁっ!」
爆弾は寸前で四散した。
無数の破片が降り注ぎ、少女の可憐な頬を掠める。
『大丈夫?』
その声は少女……グリアの聴覚、いや脳髄に直接響く。
「あ、はい、大丈夫です……助かりました」
彼女は身に纏った装甲を確認しつつ、友軍からの通信に応える。
頬の傷はともかく、無数の破片も鈍色の装甲を貫通するには至っていない。
『そう、良かった。……航空優勢を奪取する。
対空砲火もいいけど、私の獲物には手を出さない事ね』
少女の透き通った声が、グリアの聴覚を刺激する。
「りょ、了解! commence fire(撃ち方始め)!」
号令一閃、鉄の装甲を纏った少女達が対空砲火を派手に撃ち上げる。
蒼穹のキャンバスはすぐさま灼熱の炎に彩られ、新たな地獄を生み出していく。
そんな光景を無感動に流しながら空を駆ける、1人の少女がいた。
「(……此処が、私の居場所)」
血と硝煙に彩られた虚空を、少女は飛ぶ。想いを秘めて。
『 knight・Games 』
【序章】
さらりと伸びた浅紫色の髪の少女は、回線を開く。
「ナイト1よりヴォルフ1へ。
南地区ポイントⅢBにて機甲中隊が敵航空隊と交戦中、被害甚大。
これより支援を行う。通信終わり」
その眼下では、翼を生やした金属製の醜悪な悪鬼や骸骨が我が物顔で飛び回っている。
「ナイト1、Engage」
それは、交戦の合図。
脚部の飛行用ジェネレータが一際甲高く唸りをあげると共に、その身を翻して一気に急降下。
「はっ!」
地上の新たな獲物を探していた悪鬼に、強烈な稲妻蹴りをブチ込む。
「 A”AAA”!!!」
腰骨を砕かれた小鬼は鈍い音と共に真っ二つに圧し折れ、そのまま爆発四散する。
「まず……1機」
蹴りと爆発の反動で素早く離脱した少女は、目立つポニーテールを爆風にたなびかせながら戦果を確認。同時に爆発に気づいた他の悪鬼や骸骨どもが何事かと騒めきだす。
「FOX2!」
少女は身体を捻って体勢を整えながら、飛行脚に懸架された4発のミサイルを放つ。
振り向き様に脚の止まった2体の骸骨に直撃、爆散する。
「3機」
「GYAAAA!」
仲間を次々と叩き落とされた骸骨たちは不協和音の雄叫びを上げる。その朱い単眼が怪しく光り、無機質は筈のレンズに殺意の波動が迸る。
「…フ」
少女はその悪意に臆する事も無く、見る者が悪寒を覚えるような微笑を浮かべると、一気に加速して群れの中へと突っ込む。
「GA!?」
そして悪鬼の無防備な脇腹に鋭角膝蹴りを叩き込むと、加速したまま宙返りをして真っ二つに切断。
更に勢いを殺す事無く次の敵の懐に飛び込み、僅かに光を帯びた右手の長剣で流れるような動作で弱点の腰骨を打ち砕く。
「これで……エース」
爆発の光を浴びて漆黒の装甲が輝き、猛禽類を思わせる瞳が虹色に煌く。
――砂埃を巻き上げ乾いた大地を突き進む、一隻の大型陸戦艇。
本来なら象牙色に輝くであろう船体は、それが歴戦の証であるかのように埃に塗れ煤けている。
その甲板に粛然と佇む、柔らかな桜色の髪を短髪に揃えた、軍服姿の少女。
「……宜しいのですか?」
モニター越しに戦況を観察していた少女が、無表情に呟く。
すると微かな電子音と共に、少女の視界の端に空間投影式モニタが出現する。
『あら。派手な戦闘、戦果は甚大。何か問題が?』
軍服姿の少女よりやや年上の少女が、ふてぶてしいまでの優雅な口調で応える。
「お嬢様は、お意地が悪い」
『ふふ……、判ってるわ。
ジョーカーを切るのが早過ぎるというのでしょう』
「はい。戦術的にも、戦略的にも。――それに」
『それに?』
「――お判りでは」
『あらあら』
少しの静寂。
『大丈夫よ、敵もじきにカードを切る。
折角のお祭りよ。精々賑やかに楽しみましょう』
「Ja。mein,Meister」
「URYYYYYAA!」
蒼穹の戦場では猛り狂った悪鬼たちが、少女目掛けて次々に発砲する。
ビームやミサイルが飛び交い、閃光が視界を真っ白に染め上げる。
だが、当たらない。
少女の戦術機動は鋭く、鬼たちはその動きを捉える事が出来ないでいた。
「GAA!」
それは後付けの飛行ユニットで爆装した機体と、空戦に特化した機体の絶対的な差。
更に一対多数の特異な乱戦により同士討ちが多発し、状況は敵にとって完全に泥沼と化している。
「なまじ密集するから、こうなる」
その混乱の中、少女は戦場を縦横に駆け巡っては敵の隙を突いて一機、また一機と葬っていく。
「(それにしても……)」
既に二桁近くを撃墜したのに敵は減る気配も、形勢不利とみて撤退する様子も見せない。
それどころか同士討ちのリスクを冒しても尚、包囲網を狭めつつある。
「(どうして地上部隊を放置してまで、こっちを攻撃する……?)」
どうしようもない違和感。
セオリー通りなら適当に足止めをしておいて、その間に他の機体が地上部隊を攻撃すればいい。
そして自分はその隙に漬け込むつもりだった。
しかし敵は既に地上部隊が存在しないかのように、自分一人だけを執拗に狙ってくる。
その理由は、地上部隊が既に無力化されているか、無視しても構わないほどに戦力が縮小している。
……或いは、万が一にも動かれては困るから。
「っ、みんな!」
違和感の正体に気づき、叫ぶ。
――地上で一際巨大な火球が炸裂したのは、ほぼ同時だった。
『ほうら、予言になった』
「凶事の予言者は嫌われますよ」
『貴女が私を嫌いに?』
「……ノーコメント」
「こちらナイト1、機甲中隊応答せよ、応答せよ!」
『…………』
だが返事は無く、ただ砂嵐のような雑音が無線に響く。
「誰でもいい、応答して!」
『――ザザ……ら…………ダー……、こ…………』
「良かった、無事なの!?」
『……気化……弾の……影響で、通信に影響……
こちらヴィンターセクション、ヴァッサー1よりナイト1へ。衝撃で何機か走行不能になりましたが、健在です』
「……そう」
『なんとか所定位置まで後退出来ました。
貴方が時間を稼いでくれたおかげです。ありがとう、ニクス』
「――お礼なんか、いい。それより早く」
『大丈夫、まだやれます』
微かに震えた声。強がりなのは明白だった。
本来ならば、さらに後退して態勢を立て直すべき。
『貴方一人、置いてく訳にはいきません』
「――馬鹿」
その意思を曲げる事は、少女には出来ない。
しかし、状況はジリ貧に陥りつつある。
敵は数機で一塊の密集陣形を取り、同士討ち覚悟の濃密な弾幕で此方の突撃を阻止する。
ニクス自身も既にミサイルは撃ち尽くし、高威力のグレネード弾も残弾ゼロ。
高周波ブレード備え付けのサブマシンガンでは、骸骨はまだしも装甲に身を固めた悪鬼に致命傷を与える事は困難。
あえて前向きな要素を挙げるなら、味方地上部隊の牽制の為に敵兵力の注意が分散しているのが唯一の慰めで、それが無ければ既に押し潰されていただろう。
「……でも、やるしかない、か」
襲い掛かる敵の群れを躱し凌ぎながら、彼女はその時を待つ。
――耳を劈く爆音、目も眩む閃光。そして無数の鉄華が咲き乱れる蒼穹の空。
その更に上空を、流麗なフォームで編隊飛行する少女たち。
「全く…・・・アイツはいつも無茶をして」
編隊の先頭にいた金髪の少女が、呆れた声を上げる。
しかし、それも一瞬の事で、直ぐに凛とした声で僚機に指示を飛ばす。
「シレーヌ1よりリュンクス2、状況を送れ」
『此方リュンクス2。ポイント4-6Cにて友軍と敵空挺部隊の交戦を確認。
機種はNSG系列……コボルド及び各種アント。総数30前後と思われます』
「了解した」
紅と黒の装甲に身を包んだ少女は、翡翠色に輝くバイザーを降ろしながら戦慄を奏でる。
「シレーヌ1より各機、ウチのお転婆姫がタチの悪い邪精にナンパされてるわ。
不躾な男は嫌われるって事、奴等に教育してやりなさい」
『『了解!』』
「レーヴェ隊は敵B集団へ攻撃、指揮はレーヴェ1に任せる。クレープスはあたしに続け。
ゾンマーセクション、Engage!」
漆黒の翼を纏った少女が踵を返す。
続いて空色の装甲を纏った少女たちが、その身を翻しながら一斉に急降下。
歌姫の旋律と共に、慈悲の名を持つ戦乙女が、戦場という輪舞曲(ロンド)へと舞い降りる。
「!」
戦局は一変した。
少女達によって次々と叩き落とされていく、機械仕掛けの魔物たち。
上空からの奇襲によって統制を乱し、陣形は崩れ、更に間隙を突くように少女達が斬り込み突き崩してゆく。
「水臭いわね、ニクス」
「フェリス!?」
その戦況の変化に驚くニクスの前に、リーダー格の少女が降下してくる。
「だからパーティには招待状を出して欲しいって、何時も言ってるでしょ」
金髪のツインテールを靡かせながら文句をぶつけてくるのは、鈍い光沢の双剣を持ち冷たい輝きを放つ巨大な漆黒の翼を持つ機械仕掛けの乙女。
「……そうね」
つい視線を逸らすニクス。そんな彼女にフェリスと呼ばれた少女はバイザーを上げ、燃えるような瞳で真っすぐに見据えてくる。
「本当にそうよ。
ご馳走を貴女一人で全部食べてしまおうなんて。食べ過ぎでお腹壊したらどうするつもり?」
彼女は演技がかった動きと表情で、ニクスの顔を覗き込む。
それと戦場での会話には程遠い比喩に、ニクスは苦笑いするしかない。
「さて、それじゃ残飯漁り……じゃなくって、出されたご飯は残さず綺麗に頂くとしましょう」
「待って、さっきの攻撃は……」
ニクスの唇にピタリと指先をあてる。
「それも大丈夫。
シレーヌ1よりリュンクス各機、状況を送れ」
『――リュンクス04よりシレーヌ1へ。
先刻の攻撃ですが、ポイント3-5Aより熱反応と大型飛翔体の発射を観測。
SRBM(短距離弾道ミサイル)と推測されます』
「了解した。そのまま観測に当たれ、
――聞こえたでしょ、という訳よ?」
してやったりという表情のフェリスに、更に苦笑いするしかないニクス。
「……という訳じゃないでしょ! 何でそんな戦略兵器が此処にあるのよ!?」
「知らないわよ。
大方、何かしらの裏技でも使って持ち込んだんでしょ」
その金切り声に、フェリスはわざとらしく指で耳を塞ぐ。
「大体あたしに文句言ったって始まらないわよ。
それより状況は見えたんだから、自分がやるべき事くらいは判断できるでしょ?」
彼女はまた芝居がかった動きで、ニクスの胸を小突く。
「そうやってまた、人を茶化す。……誰に似たんだか」
「さぁ? 文句なら帰ってきてから、酒の席でどうぞ。
朝まで付き合ってあげるから」
にしし、と人懐っこい笑顔を浮かべる彼女に、つい毒気を抜かれてしまう。
「このパーティは早々におしまいにして、二次会にいくとしましょ」
「……了解した」
その言葉はニクスへの信頼であり、生きて戻って来いとの明確なメッセージであり。
「貴女の歌、嫌いじゃないし」
「当たり前でしょ。これでも歌姫、セイレーン型の端くれよ」
「でも姿も腹の中も、真っ黒だけど?」
「それは貴方も一緒でしょ。黒衣の天使さん?」
彼女につられるように、ニクスの顔にも微笑が浮かぶ
「さて……と、貴方が呼んだタクシーも着たようね」
「気づいてたのね」
「当然」
「じゃあ……此処は任せる」
「了解」
二人はお互いの手甲を、コツリと軽く合わせる。
「それじゃ、また後で」
「えぇ」
ニクスは再びを蒼穹の空へその翼を羽ばたかせる。その背中を守り、敵を斬り伏せるフェリスだった。
「さて……と」
仲間達から離れ、一人突出するニクス。
既に武器は摩耗し、その顔にも疲労の色が見え隠れする。
「GYA!」
そして敵が、そのような獲物を放っておく筈が無い。
乱戦から離れた位置に居た数匹が、機械仕掛けの魔眼から妖しげな光を放つ。
「今は貴方達と遊んでる暇は……無い!」
その眼光に向けて、エネルギーが尽き只の鉄塊と化した高周波ブレードをブン投げる。
「VA!?」
クリーンヒット!
カメラに突き刺さり、そのまま落下する骸骨。そして猛り狂う周囲の魔物たち。
しかしそんな魔物に構う事無く、少女は刻を待つ。
「――connecting。捕まえ……たっ!」
「Artemis……contact!」
そして、少女が消える。
「VOAAA!?」
更に荒れ狂う暴風が魔物たちに襲い掛かり、戦場は混迷の度を加速させていくのだった。
「――互いにカードを切ったようです」
『あの子ならそうするでしょうね。
そんなことよりも、新しい案件が出来たわ。この私の顔に泥を塗ってくれたあのピザには然るべき報いが必要よ」
「失礼ですが、恥をかいたのは彼方の方では?
戦略兵器を投入して尚、此方の地上部隊の撃破に失敗したのですから」
『違うわね。論点はそこにはなくってよ。
いいこと、この私の前で、この私より前に、戦略兵器を切ったのよ。あのピザが。
これはこの私の沽券に関わる重要な問題だと思わなくて?』
「…………それでは、戦況の再確認を」
『あら、つれないのね。アガサ』
「貴女との無意味な会話は嫌いではありませんが、今の私は任務中ですので」
『ふふ、素直な子は好きよ』
「お褒めに与り恐縮です」
「相変わらずのじゃじゃ馬ね、コイツは……!」
戦場から離れる・・・…否。新たな戦場を求めて弾丸の如く突き進む、漆黒の飛翔体。
それは悪魔のような4枚の主翼を持つ、異貌の双発戦闘機。
そして、その暴れ馬を捻じ伏せるように騎乗するニクス。
「全く限界までカリカリにチューンしてくれちゃって……扱う方の身にもなりなさいよ」
愚痴りつつも制御系を取得し、高速飛行中の各種パラメータをチェック。
そんな時、無線にコールが掛かる。
『リュンクス4よりナイト1へ。敵拠点と思しき構造物を発見、恐らく降下艇と思われます。
詳細位置を送信』
「ナイト1了解」
『っ、ちょっと待ってください!
……敵拠点より再度の熱反応を確認。SRBMの発射シークエンス中と推測』
ニクスの口から、舌打ちが漏れる。
「了解。それとリュンクス4にはFAC(前線航空管制)を要請する」
『リュンクス4、了解』
通信会話の終了と共に、膨大な各種データが転送されてくる。
「……少し急がないと、不味そうね」
その観測データを確認するニクスの顔が渋くなる。それは有り難くても、嬉しい情報ではなかった。
既に発射寸前のSRBM。そして護衛も主力部隊にあれだけの数を割いて尚、十機が展開している。
「――やるか。 『「I have control!』」
制御系のデータを呼び出し、超AIならではの高速演算処理を行う。
そしてマニュアル操縦の利点である、よりピーキーな機体バランスに再調整していく。
無論それは機体の安定性と引き換えであり、自らの命をチップとして賭ける危険な行為。
「よし……OK」
緊張で乾いた唇を、舌先でチロリと舐める。
「フォーム・アップ!」
漆黒の戦闘機は巨大な堕天使の翼となりて、鋼鉄の戦乙女と融合する。
「――オーバーブースト」
劈くような轟音と共に、機体が急加速。
同時に機体が不快な軋みをあげ、コンクリートの壁にブチ当たったような衝撃波がニクスを襲う。
「……ッ」
視界と計器類が目まぐるしく変化し、気圧の変化によって生じた飛行機雲が尾を引く。
「ナイト1よりリュンクス4へ。あと1分で該当空域に突入する」
『リュンクス4了解。TADIL(戦術データ・リンク)開始します』
ニクスの瞳とセンサーに、まだ視える筈の無い敵の位置情報がリアルタイムで流れ込む。
「TADILリンク完了。敵脅威度判定確認……。優先攻撃目標マルチロック」
同時にロング・ランスの異名を持つ、大型電磁投射砲を展開。エネルギーコネクタに接続して電力供給を行いつつ、高速射撃体勢を取る。
「セーフガード解除、攻撃準備完了。
まずは数を減らす。LR-AMM(長距離空対空ミサイル)スタンバイ」
ニクスは瞳を閉じ、自らのセンサーと僚機がもたらす情報に意識を集中する。
「FOX1!」
翼に懸架された4発のアドラームが一斉に放たれる。
電磁推進により加速するミサイルは、各々に設定された目標目掛けて一直線に飛翔する。
『リュンクス4、発射確認。多重誘導中――着弾までカウント3・2・1』
僚機の淡々とした声が、ニクスの聴覚と意識を微かに刺激。
『着弾』
レーダーに表示されていた4つの光点が反応を失い、消滅する。
「先制攻撃成功。これより目標を駆逐する」
『了解、good luck』
「……幸運を、ね」
その言葉に、僅かに思わず首を竦める。
『何か?』
「いいえ別に。――ナイト1 Engage」
敵が射程内に入った瞬間、身の丈の3倍は有ろうかという長砲身型・電磁投射砲の引き金を絞る。
同時に電磁兵器特有の鈍い発射音が響き、そして遙か後方に置き去りにされていく。
「っ」
一呼吸の後、徹甲弾の直撃を受けた悪鬼が原型を留めぬほどに四散。
「次ッ」
今度は骸骨が四散し、物言わぬ骸に還る。
「VOAA!」
そして今更ながらに怪物達が喚き出し、猛烈な対空砲火をニクスに浴びせ掛ける。
「当たらんよ!」
エルロン・ロールで機体を派手に回転させながら、不規則かつ鋭い錐揉み飛行で敵の攻撃を回避。
その無茶な空中戦闘機動に更に機体が軋み、抗議の悲鳴を上げる。
しかしニクスは構う事無く、機体を更に跳躍させながら電磁投射砲を連続発射。文字通りに敵を砕き、粉砕する。
「GYARALA!」
そんな悪魔を一気に食い荒らす黒い天使に一太刀浴びせんと、彼女の進路上に飛び出す悪鬼。
「甘い!」
「GOVAAAA!?」
吶喊。ロング・ランスの異名そのままに、悪鬼の腹にその長大な砲身を突き刺す。
そのまま山のように聳え立っていた降下艇にブチ当て、悪鬼ごと串刺しにする。分厚い装甲版が衝突の運動エネルギーと衝撃波によって丸くひしゃけ、轟音と共に悪鬼の断末魔の悲鳴が響く。
「長い砲身には、こういう使い方もあるのよ」
砲撃。悪鬼が千切れ飛ぶ。
「全弾持ってけ!」
ダメ押しとばかりに、今度は両肩の電磁投射砲と機関砲を斉射。それは降下艇の装甲を貫き、粉砕し、容赦なく食い破る。そして内部から響く、幾つもの爆発音。
「これで……ッ」
『ニクスさん後ろっ!』
ニクスの意識が降下艇に集中したその一瞬。横からハンマーで殴られたような衝撃を受ける。
「ああっ!」
直撃を喰らった電磁投射砲の砲身が真っ二つに圧し折れ、煽りを受けたニクスも衝撃を受けて弾け飛ぶ。
「やられたっ」
リュンクス4の警告により、寸前の所で直撃は回避出来たものの主武装を破壊され、更に弾き飛ばされた事で降下艇から遠ざけられてしまった。
そして、その張本人は一撃離脱を行い、既に姿は無い。……だが。
砲身が圧し折れ、既に何の役にも立たない大型電磁投射砲を投げ捨てる。
「――来る」
同じ高速戦闘型の勘と経験が共に最大ボリュームでの警告を発している。
「!」
激突!
「フレズ……ヴェルク!」
それは紫色の局面装甲を身に纏い、翡翠の様に輝くジェネレータを持つ高機動型可変機体。
「敵ヲ、撃破スル」
ギリギリのタイミングでライトセイバーを展開、敵の斬撃を凌ぐ。
「チィ……!」
鍔迫り合いを行ったまま、敵の推進力によって更に降下艇から遠ざけられるニクス。
自らも推力と出力を上げるが、加速している相手との運動エネルギーの差は歴然たるものがあり、一方的に押し捲られている。
「このままだと……。なっ!?」
鍔迫り合いから一転、突撃形態に変形。急上昇する紫の悪魔。
反応が遅れ体勢を崩すニクスに、上空から容赦ない銃弾の雨が降り注ぐ。
「くそっ」
左右の推進機に捻りを加えて回避し、急場を何とか凌ぐ。
それでも数発を被弾し、元々気休め程度の装甲版が弾け捲れ上がる。
「(コイツ……強い!)」
この機敏な戦闘機動。そして的確な判断能力。
今までの動く標的とは別次元の存在。間違いなく敵の切り札だった。
「ッ」
機体をロールさせながら機関砲で応戦。しかし敵の鋭い回避マニューバにより、全く命中弾を得られない。
「(――なら)」
進行方向をスライドさせ、降下艇の方角に誘導を試みる。
「甘イナ」
敵は再度可変して急加速。頭上を押さえつつ牽制射撃。
装甲が無きに等しいニクスは強行突破が行えず、回避と反撃で貴重な時間を浪費させられてゆく。
『ニクスさん、ミサイルが!』
「わかってる!」
リュンクス4の悲鳴が響く。その焦りはニクスも一緒だった。
彼女たちの眼前で砂漠の日の出のように眩い輝きが生まれ、轟音と共に円筒形の一際巨大な飛翔体が天に昇っていく。
「……こうなったら」
ニクスは急降下を掛けて一気に加速。フレズヴェルクも敵を逃がすまいと可変して追従する。
「――」
瞬きする暇さえない程、急激に地上の風景が拡大していく。
それは敗者に母なる大地との不本意な抱擁を強制する、完全なチキンレースだった。
「「……」」
警報が脳内に鳴り響き、極度の緊張と集中により神経が抜き身の刀のように研ぎ澄まされていく。
「――――」
零コンマ何秒の世界。一瞬とも永遠ともつかない時間。
「――――――チ」
紫の悪魔が人型に再可変し、全身でエアブレーキを掛ける。
しかしニクスは、止まらない。
「自滅ヲ望ムカ!」
「私は……立ち止まらない!」
ロールを掛けて背面飛行になり、そのまま下方向への逆宙返り。
全身の推進器と身体を振り回し、超低空かつ降下しながらの高機動マニューバを決める。
「!」
機体の一部が地上と擦過。派手な火花を散らして、削ぎ落とされた装甲版の破片が空に舞う。
「スプリットS!」
地上に着地しながら、紫の悪魔が驚愕の声を上げる。
ニクスは人型の利点とフレキシブルに可動する推進器を最大限に生かして、通常ならありえないブレイクターンを決行したのだった。
「じゃあね」
速度に乗ったままの彼女は一気に上昇し、大空を駆け上がる。
「――見事ダ。シカシ」
彼女は翔る。それは自らの為。そして、仲間の為に。
「――見えた」
推力全開でSRBMを追跡するニクス。自らもロケットのような上昇軌道を取り、やがてSRBMの眩い噴射炎を視界に捉える。
「FOX3」
両肩の電磁投射砲を展開、轟々と噴煙を上げる噴射口に速射で叩き込む。
高速に加速された徹甲弾は、回避しない弾道ミサイルに吸い込まれるように着弾。噴射口を易々と貫く。そして直ぐに燃料にも引火し、連鎖的な爆発を引き起こしていく。
「これで……」
誘爆を繰り返し、いよいよ爆散するかと思えたその時、ミサイルの後部がプログラムにより分離。
直後に遅すぎた大爆発を起こして、やっと四散する。
「チィ」
下から追跡する格好だった為にミサイルの破片を全身に浴び、思わず舌打ちするニクス。
「しかし今ので、弾道軌道には乗らなくなったはず」
爆発によって生じた誤差を組み込み、人間にはとても真似の出来ない速度と精度で軌道を再計算する。
「……これなら、再補足出来る」
射撃と爆風を浴びた事で速度の低下した機体を、再び加速させる。
ジリジリと距離を詰め、その噴射炎を再び電磁投射砲の射程に捉える。
「――これで、終わりよ」
彼女が発射の引き金を引く。その瞬間。
「否ァ!」
ほぼ垂直に突っ込んできた機体、それはもはや弾丸。
下から突き上げるように体当たりされ、両肩の砲身が根元から吹き飛ばされる。
「しつこい男は嫌われるよ!」
反射的に憎まれ口を叩くニクス。しかし状況は憎まれ口を叩きたくなるほどに悪かった。
既にミサイルも無く、残っているのは大型目標に対しては気休め程度のマシンガンや固定機関砲のみ。
無論フレズヴェルクの方も狙って砲身を優先的に潰しにかかったのだろう。しかも自身に直接掛かる危機では無かった為に、僅かに反応が遅れてしまった。
致命傷こそ負わないが、ジリジリと追い詰められ摩耗させられていく。一か八かの勝負を第六感と執念で生き延びてきた彼女にとって、非常にやりづらい相手だった。
「あーもう! ならっ!」
敵の頭を押さえながらマシンガンで牽制を掛けつつ、ジリジリとミサイルとの距離を詰める。
それは先刻、フレズヴェルクが取ったのと同じ手段。
「これでっ」
更に両翼の機関砲でSRBMの噴射口に攻撃を仕掛ける。
幾ら瞬間的に大量の弾を吐き出す固定式の機関砲とはいえ、強固な構造体である弾道ミサイルへの損害など微々たるものに過ぎない。――だが。
「(誘イ、カ……)」
重火器を失ったニクスがSRBMを破壊するには、取り付いて直接攻撃を仕掛けるしかない。
だが小火器やライトセイバー程度の一撃では直ぐには破壊できない。つまり自分が邪魔になる。このまま此方も牽制を仕掛けて時間稼ぎをすれば、いずれSRBMは目標に着弾する。
しかし、ミサイルに攻撃を仕掛けられている時点で、常に誘爆のリスクは付きまとう。しかも相手は此方とミサイル両方に注意力を割かねばならない為、攻撃を仕掛けても分の良い状況ではある。
「――貴様ヲ粉砕、スル」
紫の悪魔は、賭けに乗った。
漆黒の機体を串刺しにして深紅に染め上げようと、ニクスがミサイルに攻撃を仕掛けた瞬間を狙い、突撃する。
「待ってたっ!」
その瞬間、ニクスは動く。だがそれは、フレズヴェルクの予想した動きではなかった。
「捕まえ……た!」
姿勢制御用スラスターを全開にして素早くロールすると、そのままフレズヴェルクに抱き付くように掴みかかる。そしてライトセイバーの刃をピック状に展開。機体の隙間に捻じ込んで可変機能を奪い、今度は推進用スラスターをオーバーブーストさせる。
「ちょっと質量が足りないんでね。付き合ってもらうよ、地獄まで」
「貴様ァ!?」
そして、SRBMの噴射口に、ブチ当てる。
『――綺麗な花火ね』
「……状況、確認します」
陽光を覆い隠すように一際巨大に咲く、黒煙の花火。その黒煙からバラバラと零れ落ちる、無数の破片。
そして、無数の残骸の中に紛れるように、彼女もいた。
意識を失い、飛翔する為の翼を失い、無数の破片と同じようにただ落ちるのみ。
「……っあ!」
一瞬気を失っていた彼女。気付けとばかり、頭をぶんぶん振り回す。
「……何故」
「?」
そんな彼女の胸元で、別の声が響く。
「何故、助ケル。皆ヲ……ソシテ」
「さぁね。何でだろ」
素っ気なく答えるニクス。
「そもそも助かってるって言う? その姿で」
それは身体を失いコアのみを晒す、哀れな悪魔の成れの果て。
「我ハ、マダ、生キテイル」
「……ふん」
あのまま一緒に突っ込めばミサイルの爆発に巻き込まれ、超高温によって融けるか吹き飛ばされて粉砕されるかのどちらかではあった。
「それに……こっちもいい加減ガタが来ててね」
彼女の表情から、自嘲の微笑が綻ぶ。
背部ユニットは既に無い。フレズヴェルクの機体と一緒にSRBMに特攻させたのだった。
そして肝心の脚部スラスターも度重なる被弾でついに故障したのか、出力が上昇してこない。
「……貴様トナラ悪クハ、ナイ」
「やめてよね、私は御免よ」
諦める無く再三に渡って再始動を試みるが、やはり出力は上がらずに地上へ真っ逆さまに落ちていく。
「……私は、まだ、こんな所で」
「終わらないんでしょ」
凛と響く、透き通った声。それがニクスの聴覚を刺激すると同時に、身体が再び重力の洗礼を受ける。
「……っとと、少し太った?」
あれだけ目まぐるしい変化を続けた高度計が、今は静寂を保っている。
「――お生憎様、装甲が剥げて軽くなった位よ」
そしてニクスの視線の先には、フェリスがいた。
「そうね。ウチのお姫様はお転婆だから」
「だからお姫様なんて言うなっ」
「この格好で言っても説得力ないわよ。お・ひ・め・さ・ま?」
「ぐぬぬ……」
口ごもるニクス。その言葉通り、彼女にお姫様抱っこの形で抱き抱えられていたのだった。
「でもそうねぇ……ココは太ったんじゃない? 最近またサイズアップしたって聞いたわよ」
「ちょ!? どこ触ってるのよ!」
「役得役得♪」
フェリスの左の掌に柔らかな触感が溢れ、彼女は至福の時間を味わう。
「やめなさいっ! ……ありがと」
「ふふん、もっと感謝してもいいのよ。
あたしはなんてったって、幸運を呼ぶ黒い鳥なんだから」
「それを言うなら青い鳥でしょ、フェリス」
「そうね。でも貴女にとっての幸運の鳥は、何色かしら……?」
すらりとした指先が、しなやかな動作でニクスの顎を引き寄せる。
「ぁ……」
『ヴォルフ1よりシレーヌ1、状況を送れ。というか状況を読め』
「おおっと、お邪魔虫め」
『聞こえている、情事は帰ってからにしろ』
「あら、戦場だからこそ燃え上がるんじゃない」
あっけらかんと言ってのけるフェリス。
『お前の性癖なぞ興味はない。状況を送れ』
「ハイハイ、SRBMは爆発。脅威確認出来……ってこの反応!」
センサーで巨大な黒煙内をサーチしていたフェリスが、驚愕の声を上げる。
同時に黒煙の中からのそりと巨人が顔を出すかの如く、ミサイルの巨大な弾頭が顔を覗かせ、黒煙から這い出し、飛び去ろうとしていく。
「あのミサイル、どれだけ頑丈なのよ!? しかも三段式!?」
「呆れて物も言えない……」
余りの非常識な事態に思考処理が追いつかず、呆気にとられる2人。
「見なかったことにしない?」
「それは無い。……まぁ、あの状態なら高度不足で目標地点までは届かない……と思いたいけど」
ニクスが苦虫を噛み潰したような顔で、冷や汗交じりに呟く。
『リュンクス3より各機。SRBMの軌道解析。落下地点は……ポイント4-6と推定!』
「何で都合よくそこに墜ちるのよ!」
悲鳴が重なる。リュンクス3が告げた位置は友軍が居る、まさにその場所だった。
「恐らくだけど……2発目は此方の母艦が目的で。
それでこっちが叩いた結果、高度不足になって手前に墜ちる……」
「それじゃ貴女のした事は全部無駄だったの!? 私たち、あのピザの手伝いをしたの!?」
錯乱したフェリスが、小鳥の様に喚きたてる。
「それは……」
『無駄じゃない』
2人の通信回線に、無機質な声が響く。
「アガサ!?」
「……宜しくね」
『Jawohl』
『――さて、今度は貴女の演武ね。私を退屈させないで頂戴』
「畏まりました。お嬢様」
荒野を進む、白い陸戦艇。そして、甲板の上に悠然と佇む、桜色の髪をした軍服姿の少女。
「Installieren」
甲板から複数のクレーンが生えるように現れ、少女の数十倍は有ろうかという装備を纏わせていく。
針鼠の様に全身を武装で固めた隻腕の機体。それは戦車型と呼ぶことすら生温い、異貌の怪物。
「ヨルムンガンド……セット」
少女の呟きと同時に、その隻腕が大蛇が蠢く様にその姿を変容させ、対地の杖の異名に相応しい長大な砲身を持つ荷電粒子砲を創造する。
「急速充填、開始」
回路から溢れた電流が機体や砲身から迸り、一撃必殺の力を限界まで貯め込んでいく。
「この高度ならば……補足可能だ」
高性能複合センサーに換装された隻眼が、一際眩い煌きを放つ、
「ターゲット・ロック」
彼女は、それが日常の動作であるかのように、淡々と準備を整え。
「Feuer」
発射。
膨大な荷電粒子の奔流が迸り、射線上の物全てを塵に変えながら、一直線に突き進む。
そしてSRBMに直撃すると、飴細工の様に弾頭を融解・捲り上げ、貫き……そして、光になった。
『……ょ……………サ……! ――……』
極小の太陽が空中に出現し、爆風と地磁気の嵐が空を荒れ狂う。
――やがて嵐が収まり。周囲は静寂を取り戻す。
その静けさの中、圧倒的な破壊を生み出した大蛇、その放熱板の唸りが残心の様に甲板上に響く。
「…………目標を完全破壊。任務完了」
『パーフェクトよ、アガサ』
少女の無感動な呟きと共に、この戦闘は終焉を迎えたのだった。
―インターミッション―
――数刻の後。
「…………」
陸戦艇の内部にある、ブリーフィングルームに集う少女達。
鋼鉄の装甲を今は脱ぎ捨て、備え付けられた椅子に座る彼女たちの顔には疲労の色がいまだに濃く浮かぶが、その表情には今まで存在しなかった安堵感が混じりはじめていた。
そんな中、正面に備え付けられたモニタに光が灯る、
『貴方達、ご苦労様。今日の戦闘も『無事』終了したわ』
それはふてぶてしいまでの口調と態度。
画面に現れたのは、艶やかな長髪と切れ長の瞳が印象的な少女だった。
「戦果報告」
僅かにざわつく少女達をあえて無視するかのように、モニタの傍らに佇んでいた桜色の髪の少女が口を開く。
「敵性エネミー50機を全機撃破、ないし大破。及び敵母艦撃破。完全勝利となります」
少女の報告と同時にモニタが二分割され、詳細なデータが画面上に表示されていく。
「此方の損害は、大破7、中破3、小破4。トータル損耗率は34%。――全損は、ありません」
最後の言葉に、場に一瞬の緊張が走り、そして今度は完全な安堵へと場の空気が入れ替わる。
ある少女は胸を撫で下ろし、またある少女は座る者の居ない空席を安堵の表情で見つめる。
「今回の賞金及び掛け金は総取りになりますので、各員への報酬比率は100%。レートはタイプC。
それと、戦時協定違反により違約金の発生が見込まれます」
『まず満足と言っていい結果ね』
「大まかな報告は以上です。詳細はデータにまとめて今日中には提出しますので」
『ええ、期待しているわ。――それと』
「――お任せください」
尚も事務的な遣り取りを続ける2人。
「良かったわね、ニクス」
「――そうね」
そんな彼女たちを他所に、居並ぶ席の片隅で会話を交わす少女たちがいた、
特にニクスはその報告を聞くまで、ピリピリとした雰囲気を隠しきれずにいたのだった。
「アイツは需要が有るからこそ、こんなバトルが成立してるとか言うけど、リミッター制限無しの実戦だなんて心臓に悪いわよ」
「――そうね」
どこかオウム返しな返事を返すニクス。
「CSCは特殊カーボンで保護されているし、滅多な事では死にはしない」
続いて彼女の口から出てきた台詞は、その危険な戦闘を肯定するかのような言葉。
「……それに、私たちのココロは所詮、電子データの集積に過ぎない。
バックアップさえ有れば、何時でも復活の呪文が唱えられる」
――しかし、その口調は。
「……本気で言ってる?」
「さてね」
フェリスの質問に。
「――ま、それを飯の種にしてるあたし達には、ソレをどうこう言う権利は無いわよね」
「そう言う事」
瞳を閉じたまま、自嘲気味な微笑を浮かべるニクス。
「……っと、そろそろリザルトの時間みたいね」
「えぇ」
彼女たちの手元に空間投影式の小さな画面が浮き上がり、今日の戦闘の戦果とそれに応じた賞金や消費した武器弾薬、その他の経費が表示される。
「さて……うん、結構良い金額」
云わば給与明細を見て、軽く気分を高揚させるフェリス。
「ニクス、貴方はどうだっ……――ぅあ」
そのまま何時もの軽いノリで隣の戦友の画面をみた彼女は、その浮かれた気分に完全に冷や水をぶっかけられる。
「――今夜は、あたしが奢るわ」
「…………そうね」
フェリスは、表情の見えないニクスの肩を叩く。
その画面に記されていたのは、膨大な戦果に見合った賞金額。
そして自ら翼を失ったことに対する代償。それは賞金よりもゼロが一桁多い修理費の見積もりだった。
[[続く>•Night Games【1話】彼女たちの日常(1)]]
[[トップへ戻る>Night Games]]
表示オプション
横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: