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「Nagi the combat princess プロローグ『悪夢の楽園より』」(2014/07/21 (月) 04:03:56) の最新版変更点
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中学を卒業し、春休み兼高校への準備期間といったところの3月。
卒業後の3月というのは夏休み並に長い休みとなり、宿題もないため基本的に卒業生は皆遊び呆ける期間ということになる。
「ユーリ、今日は負けないから……ねっ!」
「フン、甘いな!」
『行けマスター! そこだぁ!』
もうあらかた準備を終えている彼は、同じく準備を終えている「ユーリ」と呼ばれる友人の家に遊びに来ていた。
もっとももう3月の26日であり、入学式も近づいてくる頃。
のびのび遊ぶ余裕もなくなってくる頃であるのだが。
「……あっ」
(また負けた……)
『やったなマスター! またマスターの勝ちだぜ!』
「まあ俺のゲームだからな、俺が勝たずしてどうする」
(今日は自信があったんだけどな)
「しかしまあ飽きてきたな、そろそろやめるか」
「え、うん……そうだね」
(悔しいけど仕方ないか)
『今日もマスターの一人勝ちだな!』
「う……」
小さな褐色肌の銀髪の小さな、本当に小さな少女が言う。
『ま、お前もまあまあ強いけど、マスターが桁違いに強すぎて話にならないんだよな~』
「ふ、あまり褒めるな」
「あはは……」
----
2ヶ月前、1月中旬
----
「やったね、二人で合格!」
「あぁ、やったな」
ユーリは小さく左手を挙げた。
それに対して彼も大して右手を出し、ハイタッチ。
「……これで残りは遊べるね」
「フ、そう言うことにもなるな」
(僕達二人は同じ高校に合格。
4月には同じ学校に二人で通うことになった。
そして、合格が決まって数日後、月は変わって2月の頭にユーリの家に御呼ばれした時の話)
「……ぶそうしんき?」
「あぁ」
(……聞いたことあるような、ないような)
「合格祝いに買ってもらったんだ」
「へえ……どんなの?」
「俺の言うことには従順だし、いい話相手にもなってくれる。
……いかにもお前が喜びそうだが」
(僕が喜びそうなもの?
アニメか何かなのかな?)
『お? お前がマスターの友達ってヤツか?』
(……ん、この声って)
「あぁ、その通りだ。
紹介しよう、私の友人で……」
ユーリはフィギュアに向けて、彼の友人の説明を始めた。
ここだけ見れば、ちょっとおかしな人に見えなくもないが、そうではない。
(今……喋ったよね?)
『気の弱そうなやつだな。
まあ、マスターの友達ってんならよろしくしてやるか』
(やっぱり聞き間違いじゃない……
フィギュアが……しゃべった?)
「なにこれ、エンジェリックレイヤー?」
「ずいぶん古いなおい」
「……冗談はともかく……すごいね、どうなってるのこれ?」
冗談は、と言っているが彼にとっては割と本気であった。
「あぁ、これはだな……」
(その後10分程度、ユーリによる説明が入る。
つまりは着せ替えて戦うロボットアクションフィギュアだそうだ。
女の子ばっかりのメダロット……もしくはダンボール戦機。
いや、パーツじゃなくて武装を変えるだけなんだからカスタムロボだね。
つまり、この口の悪い一人称がオレ様の子も女の子、と)
「アニメに興味があるなら、こういうものもどうかと思ったのだが」
「確かに僕はオタクだけど、何でもかんでも好きになるわけじゃないよ」
(フィギュアはあんまり買わないし。
でもまぁ、これは可愛いとは思えるな)
「……とりあえず、この娘の声が小林ゆうさんだってことは分かる」
「悪いが俺は声優に関しては詳しくはない」
詳しくない人に声優の名前を言ってわかるわけがない。
『いやまぁ、正解だけどな』
「そうか、俺はそういうのは疎いが、劫火が正解と言っているのだから正解なんだろう」
「いや、かなり分かり易い声だと思うけど」
分かりやすい声であろうと、気にしなければ結構わからないものである。
「ちなみにこの子、名前はあるの?」
「あぁ、あるぞ。
『劫火(ごうか)』と名づけた」
「……はぁ、劫火」
(かっこいい、のかな、その名前は)
劫火とは世界を焼き尽くす大火のことである。
粗暴な態度であるとは言え少女にそんな名前をつけるということにこの少年は疑問を持った。
「劫火はヘルハウンド型のガブリーヌといって、地獄の番犬という設定なんだ」
と、ユーリに耳打ちされた。
(なるほど、ユーリが好きそうな設定だ)
『んでマスター、なんでこいつ呼んだんだ?
オレ様を自慢するためか?』
「まぁな」
冗談交じりに笑いながらユーリは言う。
「こいつは俺と同じ学校に通う事になる。
それで、長い付き合いになるわけだ、お前にも紹介しておこうと思ってな」
『ふーん、同じ学校?』
「あぁ、お前も劫火とは長い付き合いになるだろうし、紹介は早いほうがいいかと思ったんだ」
(じゃあこれから一緒に遊ぶときは劫火も一緒になるわけなのかな)
「ところでお前は、神姫は買ったりしないのか?
そもそも俺はお前が知らなかったことに驚きだ、こういうものに関してはお前の方が造詣が深いと思っていた」
(ぶそうしんき、ね……)
「……僕はフィギュアはあまり……買わないかな」
(可愛いのはわかるけどさ)
「まあ確かに、特にこれは高いからな。
ちょっといいパソコンが買える程度の値段はする」
(仮にもロボットなわけか、安いわけがないよね)
『ま、貧乏人には手の届かないもんってこったな』
「いや買おうと思えば買えるけどさ……
もう3月に発売のゲームの限定版を予約してるんだよね」
これが何故かゲームの値段の域をはるかに超えているとんでもなく高い品であり、お年玉を叩いてネットで予約したのである。
そのため現在彼は他の物を買う余裕がないのだ。
『ふ~ん? ま、なにに金を使うかはそれぞれだよな』
「うん、そういうことだよ」
(別にあまり興味はないし、まあいいかな。
買ったら買ったですぐ飽きるかもしれないし……でも)
彼にはひとつ、気になることがあった。
「ねえ、ユーリ。
『ぶそうしんき』って、どう書くの?」
「ん? あぁ、武器を装備するの意味の『武装』に、
『神』の『姫』と書くが……それがどうかしたか?」
(つまり、漢字で書けば『武装神姫』
……やっぱり、最近どこかで……?)
彼はよくよく思い返してみると、最近『武装神姫』という単語をどこかで目にしたことがある気がしていた。
しかし、どうしてもそれを思い出すことができないのである。
「どうかしたのか?」
「いや、なんでもないよ。
ありがとう」
「む……そうか」
「あはははは……」
(僕はこの時、こんなものに興味は持っていなかった。
かわいいとは思うけど、数ある萌えキャラ系コンテンツの一つだと思っていた。
でも、この後あらゆる意味で意外な形で、意外な広い交友関係を持ち、意外な事件に巻き込まれていくことになるなんて……
今の僕には、知る由もなかった)
----
回想終わり、再び3月26日。
----
「……もう3時か」
彼はなんとなく時計を見て言った。
「もう3時って、まだ3時じゃないか?」
『そうだぜ、まだオヤツの時間だ』
(まあ、普通ならそうなんだけど)
彼にとって、今日は普通ではなかったのだ。
「今日はちょっとね、この後用があるから」
「なんだ、そうなのか。
なら仕方ないな」
「ごめんね、もう帰るよ」
『じゃあ、また来いよな!』
ユーリと劫火の見送りを受けながら、彼は荷物をまとめて早々と退散した。
「ごめんユーリ、しょうもない理由で帰って」
ユーリの家の前でそう呟き、少年は自分の家へと早足で帰った。
そして彼が家に戻ると、見慣れない箱が届いている。
しかし、彼にはすぐその中身がわかった。
今日3月26日は予約していたゲームの発売日、コ○ミスタイルでの予約なので、今日はお届けの日、ずっと待ちわびていた日である。
「やっとこの日が来た! やっとこのゲームが来た!
『ハヤテのごとく!! ナイトメアパラダイス豪華版』!
本当に何故かかなり高かったけど、まあ関係ないや!」
そう、この少年はハヤテのごとく!の大ファンである。
ハヤテのごとく!の主人公、『綾崎ハヤテ』の姿に憧れたのがきっかけでその作品を愛するようになったのである。
もっとも、この少年をオタクの世界へ橋渡ししてしまった作品でもあるのだが。
「それじゃ、さっそく!」
少年はその箱を抱え、いつものように階段をものすごい勢いで駆け上がる。
二階の自分の部屋の扉を勢いよく開けると、机の上のPSPを持ち出してベッドの上に座り込んだ。
「PSPよし! 充電器もよし! 箱の状態もよし!
オールグリーン!!!」
普段は控えめでローテンションな彼だが、ハヤテのごとく!のことになると性格が変わる。
流石にこれには友人であるユーリも苦言を呈している。
「それにしてもゲームソフトにしては大きな箱だな。
それだけ特典が豪華なのかな」
特別版ということは、予約特典、早期購入特典が多数付いているということである。
彼は特に特典の内容は気にせず、コナミスタイル販売限定の一番高い物をとりあえず予約したのだ。
『ハヤテのごとく!』の大ファンという理由だけで。
「いくぞっ! オープンっ!!」
満を持してその箱を開け。
「うぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
中身を確認し、必要以上のリアクションをとる。
「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……
……え?」
箱の中身を見た彼は必要以上のリアクション以上に驚きを隠せない様子を見せた。
何かが足り無かったわけでもなく、内容がそれほどでもなく拍子抜けしたわけでもない。
その中に、予想外の物が入っていたからだ。
「これって……まさか?」
箱の右側に収まっているゲームソフトへの興味はどこへやら。
左側に収まっている箱を手に取り、上下左右裏表、箱の外装をすみずみまで見回し、彼は静かに口を開く。
「武装……神姫?」
それはまぎれもなく、武装神姫だったのである。
「このパッケージ絵って……」
金髪ツインテール、ツリ目のライトグリーンの瞳。
そして、白皇学院の制服を模したカラーリングの素体。
少年にはそれに描かれている少女が誰か、一目で分かった。
「ナギ……?」
ナギ、ハヤテのごとく!のメインヒロインの名前である。
その武装神姫のパッケージに描かれていたのは、ハヤテのごとく!のヒロイン、三千院ナギその人だった。
「武装神姫……ナギ……!?」
驚きのあまり、再び声が出なくなった。
そして、ようやく理解した。
ナギのフィギュア付属が付属するというコナミスタイル販売限定豪華版だけが、異常に高かった理由が。
ユーリの言う「ちょっといいパソコンが買える値段」である、武装神姫が付属するのならば、それは当然高くなるわけである。
そしてこの時、やっと思い出したのだ。
約2ヶ月『武装神姫』という単語をどこで見たのか。
その場所は、彼がこの度予約したゲーム、『ハヤテのごとく!!ナイトメアパラダイス』の公式サイト及びコナミスタイルに書いてあった、
『コナミスタイル「武装神姫ナギ」付き豪華セット』という文字だったのである。
「……」
彼はゲームは基本初見プレイ派なので、公式サイトには通わなかったために、ゲームの予約以来目にすることがなかったのだ。
----
「……これでいいのかな?
よくわからないんだけど……」
待ちわびていたはずのゲームソフトには手をつけず、ナギの箱を開封し、起動に手間取っている彼の姿がそこにあった。
やっとのことで設定は終わり、あとは起動させるだけである。
『お嬢様型ナギ。
セットアップ完了、起動します』
「え……もう?
起動するの? 本当に?」
驚いているうちに、その少女は金髪のツインテールをなびかせ、ライトグリーンの瞳を開きながらゆっくりと起き上がる。
『ん……』
その少女は目を閉じて背伸びをした。
「わぁ……!」
『……おぉ……お?』
その金髪ツインテールの小さな少女は眠たげな目こすりながら、『マスター』の方を向く。
「う……動いた……!!」
『……当然だ、動くぞ、神姫なのだから』
「……そ、そう、だよね」
聞きなれているツンデレ系ヒロインの鉄板である釘宮理恵ボイスが部屋に響く。
今さっき起動した金髪ツインテールの少女がツンデレボイスで、マスターだけに話しかけている。
アニメのように『綾崎ハヤテ』やその他キャラクターや、全国の視聴者に向けてではなく。
(ナギが僕だけに話しかけてくれている)
感動で胸が打ち震えた。
事前情報がなかった分、特に。
『……問おう。
お前が、私のマスターか?』
「え?」
ハヤテのごとく!特有のジト目を少年に向けながら、別のアニメの名台詞を言う。
二人称は変わっているが。
「……はい、かな?」
『……おい、もうちょっと乗れよ』
「い、いや、あのアニメは見てなくて……」
『途中で切るなよ、アニメの評価は自ら全て見て判断するのだ』
「……ごもっともです」
別に視聴を切ったわけではないが。
『む……』
少女渾身の目覚めのあいさつを躱されたせいか、少女の顔が明らかに不機嫌になったのが分かった。
『なんだか、あまり歓迎されていないように感じるのだが。
なんだ? もしや転バイヤーか? 起動して問題がなかったらリセットして売り飛ばすつもりか?
ならば残念ながら未開封のほうが高かったと思うぞ』
「い、いや、生まれてこの方僕は転売なんてしたことないけど」
この少年はダブったトレーディングカードを売ったことすらないのである。
「その……驚いたから」
『驚いた?』
「うん……神姫を手に入れるつもりなんてなかったから……
まさか、ゲームの特別版の特典で付いてくるなんて」
『……なんだ、公式サイトを見ていないのか?
ちゃんと神姫ナギが付属すると書いてあったと思うのだが』
「はい、確かに書いてあったんですけれども」
公式サイト及びコナミスタイルで予約時に二目見て以来今まで忘れていた、とは言えないわけである。
「その、僕予約の内容とか気にせずに予約するから」
『……』
その少女は顔を背ける。
『それでは私が傷つくではないか……』
「え、え?」
『だってお前は、私を心からは必要としていないんだろう?』
神姫というものは基本的には買った人に必要とされているからこそその人の下へ行くのであるが、
この少年の場合は『武装神姫ナギ』が付属することを知らなかったわけである。
捉えようによっては、必要とされていない、とも感じてしまうかもしれない。
「そ、そんなことないよ!
えっと……お、お嬢様?」
『ん、お嬢様?』
「だって君はナギなんでしょ? だからお嬢様」
この神姫である少女の元となった人物、ハヤテのごとく!のヒロイン、三千院ナギは圧倒的材力を持つお嬢様、という設定である。
『あぁ、そういえば設定がまだだったな』
「え、せ、設定?」
『……神姫を手に入れる予定がなかったのなら知るわけがないな。
仕方ない、教えてやろう、まず私のマスター……つまりお前のことを私がどう呼ぶかを決めるのだ』
「ま、マスター……」
『あぁ、マスターになる気はないのだったか?
別になりたくないのならいいぞ、誰かハヤテ好きの知り合いにでも引き取ってもらえ。
それかやっぱりヤ○オクにでも出したらどうだ、私としても私を落札してくれるなら大事にしてくれるだろうからな』
「い、いや、なります!
えっと、僕、ハヤテのごとく!が大好きですから!」
『……そうか。
その言葉に、嘘はないな?』
「ありません!! 絶対に!」
『……ほう』
「……」
少年は15年間生きてきて中で一番今までになく真剣な目を少女に向けて言った。
『ならばお前は。
私とハヤテの出会った時の、ハヤテの告白のシーンを一字一句言えるのか?』
「……」
沈黙が走る。
目を閉じて、息を整えた。
『まあ、流石にそれは冗談……』
少女が言い切る前に少年はゆっくりと目を開け、口を開く。
「僕と…付き合ってくれないか?」
『へ?』
彼女に確認をとる間もなく、それを演じ始める。
「僕は君が欲しいんだ」
『なっ……』
ナギに真剣さが伝わる。
先ほどとはまるで違う気迫に、思わず後ずさりをしてしまうほど。
「わかってるさ!! だがこっちだって本気だ!!」
『……』
その真剣な眼差しに思わず彼女は……
『で…でも!』
そのシーンのナギの役を、無言で引き受けた。
「こんな事、冗談じゃ言わない…」
吐息のかかる距離。
完全に役にのめり込む二人。
「命懸けさ……
一目見た瞬間から…
君を…」
犯罪者の目。
……をするハヤテを完璧に演じる。
「君をさらうと決めていた。」
『………………』
「………………」
二人はしばらく見つめあう。
そして、『ナギ』は口を開いた。
『本気の想い……
伝わったぞ』
「……
シャキーン」
『擬音まで言わんでいい』
「……ごめん」
『……フ』
彼女は笑顔で『ハヤテ』に言う。
『合格だ。
お前の想いは本物だな』
「君に合格をもらえるなんて……光栄だな」
『私も、お前がマスターならば安心できそうだ。
さっきの言葉は撤回しよう』
(ハヤテのごとく!を好きでよかった)
少女の言葉を聞き、少年は心からそう思った。
『では、続けよう。
なんと呼んでほしい?ご褒美にできるだけ希望に応えてやるぞ』
「呼び方……か」
なんて呼んで欲しい? 少年はそう言われたのは初めてだ。
「……ピンと来ないよ」
おそらく、それが普通である。
「例えば、どんなの?」
『そうだな、普通ならば「マスター」やら、お前の名前やら。
それとも「私の執事」、とでも呼ぼうか。
そうだ「バカ犬」でもいいぞ。
望むなら「兄さん」とも呼んでやらないこともないが』
バカ犬、兄さん。
どちらもハヤテとは関係のない作品である。
声を当てている声優は同じであるが。
その縁でハヤテのごとく!でネタにされたこともある。
『……推奨は全くしないが、「下僕」やら、「豚」やら、「そこのお前」、「そこの人」でも』
「……普通に僕の名前で」
ナギの姿の少女にバカ犬およびほかの呼び方で呼ばれても違和感しかない、とハヤテは考えた。
きっとそれはハヤテのごとく!よりとらドラ!やゼロの使い魔がのほうが好きな人でも同じことであろう。
『まあそれが無難だな。
では……あ』
少女は何かを思い出したように、話を中断し口が空いたままにした。
『そういえば、名前を聞いていなかったな。
お前、名前は?』
「名前……僕の?」
『そうだ、どうした、早く言うがいい』
「うん……僕の名前は」
吐息のかからない距離。
机の上の少女の眼を真っ直ぐと見て、少年はその名を言う。
「ハヤテ」
『え?』
「鷹峰 颯(たかみね ハヤテ)。
僕が憧れた君の執事と……同じ名前だ」
ハヤテのごとく!の主人公、綾崎ハヤテはヒロインである三千院ナギの執事という設定である。
その、自身と同名の『綾崎ハヤテ』の、何があっても、どんな不幸があっても挫けずに立ち向かっていく『ハヤテ』の姿に。
『ハヤテ』にハヤテは憧れた。
『ハヤテ』の勇姿を見た瞬間……彼はハヤテのごとく!のファンになったのだ。
『ハヤテ……か……お前……』
「ん?」
『……まさか名前を詐称などしていないだろうな?』
「してない!
ええい!! だったらこれを見よ!」
ハヤテは生徒手帳を取り出し、個人情報の乗っているページを見せた。
まだ高校に入学していないため中学時代の生徒手帳であるが。
『おぉ……!! こ……これは……!!』
「ふふん」
『随分と無愛想な顔の写真だな』
「君に言われたくないし見るべきところはそこじゃない!
それにその時は眠かっただけ!」
『おぉー、本当に名前はハヤテではないか!!』
「だから最初っからそう言ってるじゃない!
……流石に苗字は綾崎じゃないけどね」
ちなみに『綾崎』及び『三千院』という苗字は実在しないそうです。
『まあ、ならばいいのだ。
なんというか、呼びやすくて良い』
「それは……よかった」
『では、次は私の名前だ。
いい名前をつけるのだぞ、一生物なのだからな』
「え?」
名前。
(この少女に付ける名前なんて一つしかない)
ハヤテはそう思うのだが、一応聞き返す。
「ナギじゃ……だめなの?」
『いいや、ダメではない。
だが、ゲームでもデフォルトネームと言うものがよくあるだろう?
私で言えば「ナギ」はデフォルトネームなのだ、別に変えてもかまわないぞ。
別に魔法少女モノが好きならフェイトと呼んでくれてもいいし、全く関係ない名前をつけても構わないのだ』
そう言うことなのか、とハヤテは納得する。
しかし、ハヤテにとってはこの少女を『ナギ』以外の名前で見ることはできなかった。
「でもやっぱりナギはナギじゃないと……しっくり来ないな」
『そうだな、キャラクターの名前をデフォルトネーム以外に変えてプレイすると人によっては違和感を覚えるかもしれん。
面白味のない遊び方ではあるが、それはそれで懸命な判断だな』
「そ、それはどうも……」
『ということは、私の名前は「ナギ」でいいんだな?』
「うん、もちろん」
『わかった、それじゃあ私の名はナギだ。
よろしく頼むよ、ハヤテ』
ナギはハヤテに向かって微笑んだ。
「う……!」
その笑顔にハヤテは思わずキュンとしてしまった。
この瞬間、ハヤテの中でナギの株が鰻登りになったことは言うまでもない。
『ところで、早速だが私は疲れた。
クレイドルを出してくれ』
「……」
『……おい、ハヤテ?』
「えっ?
あ、あぁ、はい、何?」
『……クレイドルを出せと言っているのだ』
「く、クレイドル?」
『私の入っていた箱に一緒に入っていなかったか?』
その言葉を聞いて、ハヤテは箱の中を探す。
すると、比較的大きめな白い物体を見つけた。
「えっと、これ?」
それを取り出してナギに見せつける。
『おぉ、それだそれだ!』
ナギは早く早く、と言わんばかりにクレイドルに向かって両手を伸ばしている。
「えっと、どう設定すればいいの?」
『適当に組み上げてUSBのケーブルをパソコンに差し込めばいい』
(大雑把すぎるって……)
そう思いつつもハヤテはナギのために設定をする。
パソコンにUSBケーブルをつなげるという組み上げると言っていいのかわからないほど短い手順であったが。
「……組み上げた(?)けど」
パッと見ハヤテには、この物体の正体が何かわからなかった。
「これ、何?」
『簡単に言ってしまえば、充電器だ』
(これで充電器なんだ)
「でもこれ……どうやって充電するの?
ナギにこれのどこかにある何かを差し込めばいいの?」
『いいや』
ナギはクレイドルの上に乗り、それに横たわりながら言う。
『この上で寝ていれば、勝手に充電されるのだ』
「……へぇ」
(最近の充電器って、進歩してるなぁ)
そう思いながらハヤテはつぶやく。
「……科学の力ってすげー」
『まぁというわけで私は寝るぞ、起動したばかりでエネルギーが少ないのだ。
夜には充電が終わるはずだ、話なら後にしてくれ』
「え、あ、あの……」
『Zzz……』
ハヤテが止める間もなく、ナギはクレイドルで眠りについてしまった。
「……
武装神姫、か」
ひょんなことから、神姫のマスターになってしまった少年、鷹峰ハヤテ。
これは、ナギや友人とともに駆け抜けた、ハヤテの激動の高校生活を綴る物語である。
プロローグ
「悪夢の楽園より」 完
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次回『ナギのごとく!』
『なんだ、お前ニートじゃなかったのか』
ハヤテ「あくまで、執事ですから……」
中学を卒業し、春休み兼高校への準備期間といったところの3月。
卒業後の3月というのは夏休み並に長い休みとなり、宿題もないため基本的に卒業生は皆遊び呆ける期間ということになる。
「ユーリ、今日は負けないから……ねっ!」
「フン、甘いな!」
『行けマスター! そこだぁ!』
もうあらかた準備を終えている彼は、同じく準備を終えている「ユーリ」と呼ばれる友人の家に遊びに来ていた。
もっとももう3月の26日であり、入学式も近づいてくる頃。
のびのび遊ぶ余裕もなくなってくる頃であるのだが。
「……あっ」
(また負けた……)
『やったなマスター! またマスターの勝ちだぜ!』
「まあ俺のゲームだからな、俺が勝たずしてどうする」
(今日は自信があったんだけどな)
「しかしまあ飽きてきたな、そろそろやめるか」
「え、うん……そうだね」
(悔しいけど仕方ないか)
『今日もマスターの一人勝ちだな!』
「う……」
小さな褐色肌の銀髪の小さな、本当に小さな少女が言う。
『ま、お前もまあまあ強いけど、マスターが桁違いに強すぎて話にならないんだよな~』
「ふ、あまり褒めるな」
「あはは……」
----
2ヶ月前、1月中旬
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「やったね、二人で合格!」
「あぁ、やったな」
ユーリは小さく左手を挙げた。
それに対して彼も大して右手を出し、ハイタッチ。
「……これで残りは遊べるね」
「フ、そう言うことにもなるな」
(僕達二人は同じ高校に合格。
4月には同じ学校に二人で通うことになった。
そして、合格が決まって数日後、月は変わって2月の頭にユーリの家に御呼ばれした時の話)
「……ぶそうしんき?」
「あぁ」
(……聞いたことあるような、ないような)
「合格祝いに買ってもらったんだ」
「へえ……どんなの?」
「俺の言うことには従順だし、いい話相手にもなってくれる。
……いかにもお前が喜びそうだが」
(僕が喜びそうなもの?
アニメか何かなのかな?)
『お? お前がマスターの友達ってヤツか?』
(……ん、この声って)
「あぁ、その通りだ。
紹介しよう、私の友人で……」
ユーリはフィギュアに向けて、彼の友人の説明を始めた。
ここだけ見れば、ちょっとおかしな人に見えなくもないが、そうではない。
(今……喋ったよね?)
『気の弱そうなやつだな。
まあ、マスターの友達ってんならよろしくしてやるか』
(やっぱり聞き間違いじゃない……
フィギュアが……しゃべった?)
「なにこれ、エンジェリックレイヤー?」
「ずいぶん古いなおい」
「……冗談はともかく……すごいね、どうなってるのこれ?」
冗談は、と言っているが彼にとっては割と本気であった。
「あぁ、これはだな……」
(その後10分程度、ユーリによる説明が入る。
つまりは着せ替えて戦うロボットアクションフィギュアだそうだ。
女の子ばっかりのメダロット……もしくはダンボール戦機。
いや、パーツじゃなくて武装を変えるだけなんだからカスタムロボだね。
つまり、この口の悪い一人称がオレ様の子も女の子、と)
「アニメに興味があるなら、こういうものもどうかと思ったのだが」
「確かに僕はオタクだけど、何でもかんでも好きになるわけじゃないよ」
(フィギュアはあんまり買わないし。
でもまぁ、これは可愛いとは思えるな)
「……とりあえず、この娘の声が小林ゆうさんだってことは分かる」
「悪いが俺は声優に関しては詳しくはない」
詳しくない人に声優の名前を言ってわかるわけがない。
『いやまぁ、正解だけどな』
「そうか、俺はそういうのは疎いが、劫火が正解と言っているのだから正解なんだろう」
「いや、かなり分かり易い声だと思うけど」
分かりやすい声であろうと、気にしなければ結構わからないものである。
「ちなみにこの子、名前はあるの?」
「あぁ、あるぞ。
『劫火(ごうか)』と名づけた」
「……はぁ、劫火」
(かっこいい、のかな、その名前は)
劫火とは世界を焼き尽くす大火のことである。
粗暴な態度であるとは言え少女にそんな名前をつけるということにこの少年は疑問を持った。
「劫火はヘルハウンド型のガブリーヌといって、地獄の番犬という設定なんだ」
と、ユーリに耳打ちされた。
(なるほど、ユーリが好きそうな設定だ)
『んでマスター、なんでこいつ呼んだんだ?
オレ様を自慢するためか?』
「まぁな」
冗談交じりに笑いながらユーリは言う。
「こいつは俺と同じ学校に通う事になる。
それで、長い付き合いになるわけだ、お前にも紹介しておこうと思ってな」
『ふーん、同じ学校?』
「あぁ、お前も劫火とは長い付き合いになるだろうし、紹介は早いほうがいいかと思ったんだ」
(じゃあこれから一緒に遊ぶときは劫火も一緒になるわけなのかな)
「ところでお前は、神姫は買ったりしないのか?
そもそも俺はお前が知らなかったことに驚きだ、こういうものに関してはお前の方が造詣が深いと思っていた」
(ぶそうしんき、ね……)
「……僕はフィギュアはあまり……買わないかな」
(可愛いのはわかるけどさ)
「まあ確かに、特にこれは高いからな。
ちょっといいパソコンが買える程度の値段はする」
(仮にもロボットなわけか、安いわけがないよね)
『ま、貧乏人には手の届かないもんってこったな』
「いや買おうと思えば買えるけどさ……
もう3月に発売のゲームの限定版を予約してるんだよね」
これが何故かゲームの値段の域をはるかに超えているとんでもなく高い品であり、お年玉を叩いてネットで予約したのである。
そのため現在彼は他の物を買う余裕がないのだ。
『ふ~ん? ま、なにに金を使うかはそれぞれだよな』
「うん、そういうことだよ」
(別にあまり興味はないし、まあいいかな。
買ったら買ったですぐ飽きるかもしれないし……でも)
彼にはひとつ、気になることがあった。
「ねえ、ユーリ。
『ぶそうしんき』って、どう書くの?」
「ん? あぁ、武器を装備するの意味の『武装』に、
『神』の『姫』と書くが……それがどうかしたか?」
(つまり、漢字で書けば『武装神姫』
……やっぱり、最近どこかで……?)
彼はよくよく思い返してみると、最近『武装神姫』という単語をどこかで目にしたことがある気がしていた。
しかし、どうしてもそれを思い出すことができないのである。
「どうかしたのか?」
「いや、なんでもないよ。
ありがとう」
「む……そうか」
「あはははは……」
(僕はこの時、こんなものに興味は持っていなかった。
かわいいとは思うけど、数ある萌えキャラ系コンテンツの一つだと思っていた。
でも、この後あらゆる意味で意外な形で、意外な広い交友関係を持ち、意外な事件に巻き込まれていくことになるなんて……
今の僕には、知る由もなかった)
----
回想終わり、再び3月26日。
----
「……もう3時か」
彼はなんとなく時計を見て言った。
「もう3時って、まだ3時じゃないか?」
『そうだぜ、まだオヤツの時間だ』
(まあ、普通ならそうなんだけど)
彼にとって、今日は普通ではなかったのだ。
「今日はちょっとね、この後用があるから」
「なんだ、そうなのか。
なら仕方ないな」
「ごめんね、もう帰るよ」
『じゃあ、また来いよな!』
ユーリと劫火の見送りを受けながら、彼は荷物をまとめて早々と退散した。
「ごめんユーリ、しょうもない理由で帰って」
ユーリの家の前でそう呟き、少年は自分の家へと早足で帰った。
そして彼が家に戻ると、見慣れない箱が届いている。
しかし、彼にはすぐその中身がわかった。
今日3月26日は予約していたゲームの発売日、コ○ミスタイルでの予約なので、今日はお届けの日、ずっと待ちわびていた日である。
「やっとこの日が来た! やっとこのゲームが来た!
『ハヤテのごとく!! ナイトメアパラダイス豪華版』!
本当に何故かかなり高かったけど、まあ関係ないや!」
そう、この少年はハヤテのごとく!の大ファンである。
ハヤテのごとく!の主人公、『綾崎ハヤテ』の姿に憧れたのがきっかけでその作品を愛するようになったのである。
もっとも、この少年をオタクの世界へ橋渡ししてしまった作品でもあるのだが。
「それじゃ、さっそく!」
少年はその箱を抱え、いつものように階段をものすごい勢いで駆け上がる。
二階の自分の部屋の扉を勢いよく開けると、机の上のPSPを持ち出してベッドの上に座り込んだ。
「PSPよし! 充電器もよし! 箱の状態もよし!
オールグリーン!!!」
普段は控えめでローテンションな彼だが、ハヤテのごとく!のことになると性格が変わる。
流石にこれには友人であるユーリも苦言を呈している。
「それにしてもゲームソフトにしては大きな箱だな。
それだけ特典が豪華なのかな」
特別版ということは、予約特典、早期購入特典が多数付いているということである。
彼は特に特典の内容は気にせず、コナミスタイル販売限定の一番高い物をとりあえず予約したのだ。
『ハヤテのごとく!』の大ファンという理由だけで。
「いくぞっ! オープンっ!!」
満を持してその箱を開け。
「うぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
中身を確認し、必要以上のリアクションをとる。
「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……
……え?」
箱の中身を見た彼は必要以上のリアクション以上に驚きを隠せない様子を見せた。
何かが足り無かったわけでもなく、内容がそれほどでもなく拍子抜けしたわけでもない。
その中に、予想外の物が入っていたからだ。
「これって……まさか?」
箱の右側に収まっているゲームソフトへの興味はどこへやら。
左側に収まっている箱を手に取り、上下左右裏表、箱の外装をすみずみまで見回し、彼は静かに口を開く。
「武装……神姫?」
それはまぎれもなく、武装神姫だったのである。
「このパッケージ絵って……」
金髪ツインテール、ツリ目のライトグリーンの瞳。
そして、白皇学院の制服を模したカラーリングの素体。
少年にはそれに描かれている少女が誰か、一目で分かった。
「ナギ……?」
ナギ、ハヤテのごとく!のメインヒロインの名前である。
その武装神姫のパッケージに描かれていたのは、ハヤテのごとく!のヒロイン、三千院ナギその人だった。
「武装神姫……ナギ……!?」
驚きのあまり、再び声が出なくなった。
そして、ようやく理解した。
ナギのフィギュア付属が付属するというコナミスタイル販売限定豪華版だけが、異常に高かった理由が。
ユーリの言う「ちょっといいパソコンが買える値段」である、武装神姫が付属するのならば、それは当然高くなるわけである。
そしてこの時、やっと思い出したのだ。
約2ヶ月『武装神姫』という単語をどこで見たのか。
その場所は、彼がこの度予約したゲーム、『ハヤテのごとく!!ナイトメアパラダイス』の公式サイト及びコナミスタイルに書いてあった、
『コナミスタイル「武装神姫ナギ」付き豪華セット』という文字だったのである。
「……」
彼はゲームは基本初見プレイ派なので、公式サイトには通わなかったために、ゲームの予約以来目にすることがなかったのだ。
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「……これでいいのかな?
よくわからないんだけど……」
待ちわびていたはずのゲームソフトには手をつけず、ナギの箱を開封し、起動に手間取っている彼の姿がそこにあった。
やっとのことで設定は終わり、あとは起動させるだけである。
『お嬢様型ナギ。
セットアップ完了、起動します』
「え……もう?
起動するの? 本当に?」
驚いているうちに、その少女は金髪のツインテールをなびかせ、ライトグリーンの瞳を開きながらゆっくりと起き上がる。
『ん……』
その少女は目を閉じて背伸びをした。
「わぁ……!」
『……おぉ……お?』
その金髪ツインテールの小さな少女は眠たげな目こすりながら、『マスター』の方を向く。
「う……動いた……!!」
『……当然だ、動くぞ、神姫なのだから』
「……そ、そう、だよね」
聞きなれているツンデレ系ヒロインの鉄板である釘宮理恵ボイスが部屋に響く。
今さっき起動した金髪ツインテールの少女がツンデレボイスで、マスターだけに話しかけている。
アニメのように『綾崎ハヤテ』やその他キャラクターや、全国の視聴者に向けてではなく。
(ナギが僕だけに話しかけてくれている)
感動で胸が打ち震えた。
事前情報がなかった分、特に。
『……問おう。
お前が、私のマスターか?』
「え?」
ハヤテのごとく!特有のジト目を少年に向けながら、別のアニメの名台詞を言う。
二人称は変わっているが。
「……はい、かな?」
『……おい、もうちょっと乗れよ』
「い、いや、あのアニメは見てなくて……」
『途中で切るなよ、アニメの評価は自ら全て見て判断するのだ』
「……ごもっともです」
別に視聴を切ったわけではないが。
『む……』
少女渾身の目覚めのあいさつを躱されたせいか、少女の顔が明らかに不機嫌になったのが分かった。
『なんだか、あまり歓迎されていないように感じるのだが。
なんだ? もしや転バイヤーか? 起動して問題がなかったらリセットして売り飛ばすつもりか?
ならば残念ながら未開封のほうが高かったと思うぞ』
「い、いや、生まれてこの方僕は転売なんてしたことないけど」
この少年はダブったトレーディングカードを売ったことすらないのである。
「その……驚いたから」
『驚いた?』
「うん……神姫を手に入れるつもりなんてなかったから……
まさか、ゲームの特別版の特典で付いてくるなんて」
『……なんだ、公式サイトを見ていないのか?
ちゃんと神姫ナギが付属すると書いてあったと思うのだが』
「はい、確かに書いてあったんですけれども」
公式サイト及びコナミスタイルで予約時に二目見て以来今まで忘れていた、とは言えないわけである。
「その、僕予約の内容とか気にせずに予約するから」
『……』
その少女は顔を背ける。
『それでは私が傷つくではないか……』
「え、え?」
『だってお前は、私を心からは必要としていないんだろう?』
神姫というものは基本的には買った人に必要とされているからこそその人の下へ行くのであるが、
この少年の場合は『武装神姫ナギ』が付属することを知らなかったわけである。
捉えようによっては、必要とされていない、とも感じてしまうかもしれない。
「そ、そんなことないよ!
えっと……お、お嬢様?」
『ん、お嬢様?』
「だって君はナギなんでしょ? だからお嬢様」
この神姫である少女の元となった人物、ハヤテのごとく!のヒロイン、三千院ナギは圧倒的材力を持つお嬢様、という設定である。
『あぁ、そういえば設定がまだだったな』
「え、せ、設定?」
『……神姫を手に入れる予定がなかったのなら知るわけがないな。
仕方ない、教えてやろう、まず私のマスター……つまりお前のことを私がどう呼ぶかを決めるのだ』
「ま、マスター……」
『あぁ、マスターになる気はないのだったか?
別になりたくないのならいいぞ、誰かハヤテ好きの知り合いにでも引き取ってもらえ。
それかやっぱりヤ○オクにでも出したらどうだ、私としても私を落札してくれるなら大事にしてくれるだろうからな』
「い、いや、なります!
えっと、僕、ハヤテのごとく!が大好きですから!」
『……そうか。
その言葉に、嘘はないな?』
「ありません!! 絶対に!」
『……ほう』
「……」
少年は15年間生きてきて中で一番今までになく真剣な目を少女に向けて言った。
『ならばお前は。
私とハヤテの出会った時の、ハヤテの告白のシーンを一字一句言えるのか?』
「……」
沈黙が走る。
目を閉じて、息を整えた。
『まあ、流石にそれは冗談……』
少女が言い切る前に少年はゆっくりと目を開け、口を開く。
「僕と…付き合ってくれないか?」
『へ?』
彼女に確認をとる間もなく、それを演じ始める。
「僕は君が欲しいんだ」
『なっ……』
ナギに真剣さが伝わる。
先ほどとはまるで違う気迫に、思わず後ずさりをしてしまうほど。
「わかってるさ!! だがこっちだって本気だ!!」
『……』
その真剣な眼差しに思わず彼女は……
『で…でも!』
そのシーンのナギの役を、無言で引き受けた。
「こんな事、冗談じゃ言わない…」
吐息のかかる距離。
完全に役にのめり込む二人。
「命懸けさ……
一目見た瞬間から…
君を…」
犯罪者の目。
……をするハヤテを完璧に演じる。
「君をさらうと決めていた。」
『………………』
「………………」
二人はしばらく見つめあう。
そして、『ナギ』は口を開いた。
『本気の想い……
伝わったぞ』
「……
シャキーン」
『擬音まで言わんでいい』
「……ごめん」
『……フ』
彼女は笑顔で『ハヤテ』に言う。
『合格だ。
お前の想いは本物だな』
「君に合格をもらえるなんて……光栄だな」
『私も、お前がマスターならば安心できそうだ。
さっきの言葉は撤回しよう』
(ハヤテのごとく!を好きでよかった)
少女の言葉を聞き、少年は心からそう思った。
『では、続けよう。
なんと呼んでほしい?ご褒美にできるだけ希望に応えてやるぞ』
「呼び方……か」
なんて呼んで欲しい? 少年はそう言われたのは初めてだ。
「……ピンと来ないよ」
おそらく、それが普通である。
「例えば、どんなの?」
『そうだな、普通ならば「マスター」やら、お前の名前やら。
それとも「私の執事」、とでも呼ぼうか。
そうだ「バカ犬」でもいいぞ。
望むなら「兄さん」とも呼んでやらないこともないが』
バカ犬、兄さん。
どちらもハヤテとは関係のない作品である。
声を当てている声優は同じであるが。
その縁でハヤテのごとく!でネタにされたこともある。
『……推奨は全くしないが、「下僕」やら、「豚」やら、「そこのお前」、「そこの人」でも』
「……普通に僕の名前で」
ナギの姿の少女にバカ犬およびほかの呼び方で呼ばれても違和感しかない、とハヤテは考えた。
きっとそれはハヤテのごとく!よりとらドラ!やゼロの使い魔がのほうが好きな人でも同じことであろう。
『まあそれが無難だな。
では……あ』
少女は何かを思い出したように、話を中断し口が空いたままにした。
『そういえば、名前を聞いていなかったな。
お前、名前は?』
「名前……僕の?」
『そうだ、どうした、早く言うがいい』
「うん……僕の名前は」
吐息のかからない距離。
机の上の少女の眼を真っ直ぐと見て、少年はその名を言う。
「ハヤテ」
『え?』
「鷹峰 颯(たかみね ハヤテ)。
僕が憧れた君の執事と……同じ名前だ」
ハヤテのごとく!の主人公、綾崎ハヤテはヒロインである三千院ナギの執事という設定である。
その、自身と同名の『綾崎ハヤテ』の、何があっても、どんな不幸があっても挫けずに立ち向かっていく『ハヤテ』の姿に。
『ハヤテ』にハヤテは憧れた。
『ハヤテ』の勇姿を見た瞬間……彼はハヤテのごとく!のファンになったのだ。
『ハヤテ……か……お前……』
「ん?」
『……まさか名前を詐称などしていないだろうな?』
「してない!
ええい!! だったらこれを見よ!」
ハヤテは生徒手帳を取り出し、個人情報の乗っているページを見せた。
まだ高校に入学していないため中学時代の生徒手帳であるが。
『おぉ……!! こ……これは……!!』
「ふふん」
『随分と無愛想な顔の写真だな』
「君に言われたくないし見るべきところはそこじゃない!
それにその時は眠かっただけ!」
『おぉー、本当に名前はハヤテではないか!!』
「だから最初っからそう言ってるじゃない!
……流石に苗字は綾崎じゃないけどね」
ちなみに『綾崎』及び『三千院』という苗字は実在しないそうです。
『まあ、ならばいいのだ。
なんというか、呼びやすくて良い』
「それは……よかった」
『では、次は私の名前だ。
いい名前をつけるのだぞ、一生物なのだからな』
「え?」
名前。
(この少女に付ける名前なんて一つしかない)
ハヤテはそう思うのだが、一応聞き返す。
「ナギじゃ……だめなの?」
『いいや、ダメではない。
だが、ゲームでもデフォルトネームと言うものがよくあるだろう?
私で言えば「ナギ」はデフォルトネームなのだ、別に変えてもかまわないぞ。
別に魔法少女モノが好きならフェイトと呼んでくれてもいいし、全く関係ない名前をつけても構わないのだ』
そう言うことなのか、とハヤテは納得する。
しかし、ハヤテにとってはこの少女を『ナギ』以外の名前で見ることはできなかった。
「でもやっぱりナギはナギじゃないと……しっくり来ないな」
『そうだな、キャラクターの名前をデフォルトネーム以外に変えてプレイすると人によっては違和感を覚えるかもしれん。
面白味のない遊び方ではあるが、それはそれで懸命な判断だな』
「そ、それはどうも……」
『ということは、私の名前は「ナギ」でいいんだな?』
「うん、もちろん」
『わかった、それじゃあ私の名はナギだ。
よろしく頼むよ、ハヤテ』
ナギはハヤテに向かって微笑んだ。
「う……!」
その笑顔にハヤテは思わずキュンとしてしまった。
この瞬間、ハヤテの中でナギの株が鰻登りになったことは言うまでもない。
『ところで、早速だが私は疲れた。
クレイドルを出してくれ』
「……」
『……おい、ハヤテ?』
「えっ?
あ、あぁ、はい、何?」
『……クレイドルを出せと言っているのだ』
「く、クレイドル?」
『私の入っていた箱に一緒に入っていなかったか?』
その言葉を聞いて、ハヤテは箱の中を探す。
すると、比較的大きめな白い物体を見つけた。
「えっと、これ?」
それを取り出してナギに見せつける。
『おぉ、それだそれだ!』
ナギは早く早く、と言わんばかりにクレイドルに向かって両手を伸ばしている。
「えっと、どう設定すればいいの?」
『適当に組み上げてUSBのケーブルをパソコンに差し込めばいい』
(大雑把すぎるって……)
そう思いつつもハヤテはナギのために設定をする。
パソコンにUSBケーブルをつなげるという組み上げると言っていいのかわからないほど短い手順であったが。
「……組み上げた(?)けど」
パッと見ハヤテには、この物体の正体が何かわからなかった。
「これ、何?」
『簡単に言ってしまえば、充電器だ』
(これで充電器なんだ)
「でもこれ……どうやって充電するの?
ナギにこれのどこかにある何かを差し込めばいいの?」
『いいや』
ナギはクレイドルの上に乗り、それに横たわりながら言う。
『この上で寝ていれば、勝手に充電されるのだ』
「……へぇ」
(最近の充電器って、進歩してるなぁ)
そう思いながらハヤテはつぶやく。
「……科学の力ってすげー」
『まぁというわけで私は寝るぞ、起動したばかりでエネルギーが少ないのだ。
夜には充電が終わるはずだ、話なら後にしてくれ』
「え、あ、あの……」
『Zzz……』
ハヤテが止める間もなく、ナギはクレイドルで眠りについてしまった。
「……
武装神姫、か」
ひょんなことから、神姫のマスターになってしまった少年、鷹峰ハヤテ。
これは、ナギや友人とともに駆け抜けた、ハヤテの激動の高校生活を綴る物語である。
プロローグ
「悪夢の楽園より」 完
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次回『ナギのごとく!』
『なんだ、お前ニートじゃなかったのか』
ハヤテ「あくまで、執事ですから……」
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