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SHINKI/NEAR TO YOU
Phase02-3
『さあ! 今年もやってきました神姫センター春の祭典、マヤノスプリングカップ! 先日行われた一般トーナメントに続き、子どもの日である本日は小中学生によるジュニアトーナメントが開催されます。若人たちが熱きバトルを繰り広げるこのトーナメント、今年は第一試合から注目の参加者が登場だぁっ!!』
マイクを持った司会者はそこで一拍置くと、筐体の一角にスポットライトが当たる。
『当神姫センター注目の上位ランカー! 女子中学生にして総合ランキング6位の実力者、伊吹舞とその武装神姫、マオチャオのワカナだぁぁぁっ!!』
筐体のシートに腰掛ける伊吹とエントリーボックスに立つワカナの姿が、ライトに照らされながら手を振る。周りの観衆から送られる盛大なエール。
その光景をシュンは隣のシートから、あっけに取られて眺めていた。
「伊吹とワカナ……すごい人気だなぁ」
「ランキング上位者で、優勝候補ですからね。当然ではないでしょうか?」
「……まあね。その代り僕たちは完全に空気だけど……」
続いて司会者がシュンとゼリスを紹介するものの――伊吹のクラスメイトである新人マスターとその神姫、程度の簡素なものだった。
ゼリスがジュニアトーナメント参加者にしては珍しい、オリジナル武装タイプであることがちょっと関心を集めたようだが……観衆の興味は完全に伊吹とワカナに集中している。
もっとも、それで言ったら可哀相なのは対戦相手の方か。
向こうも中学生同士のコンビらしいが、ガチガチに固まって完全に緊張している。……まあ、一回戦から優勝候補と当たってしまったんだから当然かもしれない。
だからといって、同情している暇はない。シュンだって公式大会は初参加だし、ゼリスはオーラシオン武装で初の実戦だ。遠慮なんてしている余裕はない。
ゼリスとワカナ、そして相手の神姫二体が筐体にエントリーしていく。
その間に、シュンは伊吹と簡単な作戦会議を済ませる。
「まずワカナが前衛に出るから、ぜっちゃんは後衛についてサポートよろしくね?」
「リョーカイ。それでいいよな、ゼリス?」
「はい、問題ありません」
シュンに頷き返しながらゼリスがバトルフィールドに出現する。オーラシオン武装の白い装甲が、ライトに照らし出され美しく映える。
4体の神姫がそれぞれフィールド上に配置される。
『REDY GO!』の合図で試合が始まった。
「いっくよ~っ!」
試合開始と共に、ワカナが相手に向かって突進していく。
ふいを突かれた相手の神姫――二体の天使コマンド型ウェルクストラが慌てて散開する。
「ワカナっ、左の相手に攻撃よっ!」
左に逃げた一体がバランスを崩した隙を見逃さず、伊吹の指示に従ってワカナが装甲一体式のナックル――裂拳甲(リークアンジア)ですかさずラッシュをかける。
防戦一方になる仲間を援護しようと、もう一体のウェルクストラがサブマシンガンを構える。が、それを別方向からの銃撃が阻む。
ハンドガンを構えたゼリスが、的確な射撃で相手の動きを封じていた。
「よしっ! ゼリス、そのまま牽制だ」
「どちらかと言えば、私も接近戦の方が好みなのですが……」
「おいおい……慣れない武装でいきなり無茶しようとするなよ」
渋々といった様子で、ゼリスは指示通り相手の一体と距離を置いての射撃戦を開始する。
ウェルクストラのアルヴォPDW11に比べ、ゼリスの使っている専用ハンドガン"エスぺランサ"は連射力で劣る。しかし、ゼリスはフィールドの遮蔽物を巧みに利用しながら互角の撃ち合いを演じていた。
新武装の調子も、今のところは特に問題無いようだ。
撃ち合いを続けながらゼリスはウェルクストラを徐々に誘導し、仲間と分断させる。
相手が気がついた時には、すでに離れたもう一体のウェルクストラはワカナの猛攻にさらされてKO寸前となっていた。
こうなってしまえばもう、勝負は決まったも同然だった。
試合開始から1分後――
『これはつよぉぉぉいっ!! ワカナ&ゼリスチーム、怒涛の攻撃で相手チームを連続OK! 優勝候補が見事、初戦を圧勝で飾ったぁ!!』
シュンたちは危なげなくトーナメント一回戦を突破した。
*
トーナメント大会は神姫センター5階のアミューズメントフロアが会場となっている。
このフロアの一角には神姫に関する講習会を開くためのセミナールームもあり、そこがトーナメント参加者の控え室となっている。
一回戦を終えた後、シュンたちはそこでゼリスたちのコンディションをチェックしていた。
「ふう~、パーツはどこも問題無さそうだな」
「シュン。問題が無いのなら、次はもっと積極的に攻めてはどうでしょうか?」
「……ダメだ。それでトラブルが発生したらヤバいだろう」
シュンにたしなめられ、ゼリスは「むぅ~~」と不満ながら一応納得する。
現状では、まだ不安が残るオーラシオンの肩アーマーパーツ。姿勢制御とメインスラスターを兼ねるこのパーツこそ、ヒット&アウェイを主体にした機動戦での要になる。 万全でない状態で全開戦闘を行って、もし不調を起こしでもしたら……たちどころに窮地を招く結果となるだろう。
「大丈夫よ、ぜっちゃん。このくらいの大会ならワカナだけでもラクショーよ。心配しなくてもオーケーオーケー♪」
伊吹は呑気にモニターで他の試合を観戦しながら、余裕の表情をしている。その隣のクレイドルでは、ワカナがさっそく昼寝タイムに入っていた。緊張感のないコンビだなあ……
本物の猫みたいにゴロゴロ眠る姿からは、このワカナが一回戦で嵐のようなラッシュで一体目を倒し、二体目もあっという間にノックアウトしてしまったスーパーファイターとは思えない。
能ある鷹は――もとい、猫は爪を隠すってやつか? 最後のフィニッシュは研爪(ヤンチャオ)で決めてたし。
「ふむ……確かにワカナさんの強さなら、私たちはバックアップに徹するだけでも勝ち進めるでしょうね……」
同意しつつ、ゼリスの口調はいつもと違って歯切れが悪い。
「ゼリス。思う存分戦いたいだろうけど、もうしばらくは我慢してくれよ。せめてユウが来るまではな」
由宇がゼリスのメカニックについて、最終的な調整をしてもらえば後は思いっきり戦っても大丈夫だろう。
そのためにも、しばらくはこのまま堅実に戦ってデータを集めないと。それになんだか今のままでも、伊吹とワカナだけでトーナメントを勝ち進めそうだし……
(下手にリスクを負うこともないよな。このまま勝ち進めるならそれでも……)
そこまで考えて、シュンは何か胸につっかえるものを感じる。
なんだろうこの感覚は。このまま何もしないで勝ち上がれるなら、問題はないはずなのに。
……何もしなくても?
「シュン……シュン!」
ゼリスに袖を引っ張られ我に返る。
気がつくとゼリスがジッとシュンを見上げていた。澄んだエメラルドの瞳に見つめられ――シュンは気まずくなって目を反らす。
「シュッちゃんどうしたの? 急にボーっとしちゃって……」
「なんでもないよ。えっと……喉が渇いたから、ちょっとジュース買ってくる」
不思議がる伊吹にとっさに言い訳をしつつ、シュンはその場から逃げるように席を立った。
控え室のドアをくぐると、トーナメント会場の歓声がここまで聞こえてくる。
あたかも試合の熱気までそのまま伝わってきそうだ。こうして外野から眺めてみると、さっきまで自分もいたはずのその場所が――まるで別世界のように感じらる。
群衆の中を歩き、シュンは一人考える。
このままシュンが何もしなくても勝ち進める。
試合は伊吹とワカナに任せればいい。特に指示を送らなくても、ゼリスはバックアップくらい無難にこなすだろう。あとは由宇の武装の調整がうまくいけば、何の問題もない。
――それで?
問題なかったとして、その中でシュンは何をしたと言えるのだろう。そんなんでゼリスのマスターって言えるのか?
僕には一体、何ができるんだ――。
(僕はゼリスのマスターであっても、ひょっとしてあいつにとっては必要な存在じゃない……のか?)
伊吹とワカナはもちろん、由宇もゼリスもすごいヤツラだ。一緒にいるシュンだからこそよく分かる。
でも……彼女たちに比べれば、自分は何もできない凡人に過ぎないのではないだろうか。
考えれば考えるほど思考がマイナスになっていく……。
シュンはまとわりつく不安を振り払うように、強く頭を振る。
(とにかく今は次の試合だ。こんな気持ちのまま周りの足を引っ張っりでもしたら、余計にダメダメじゃないか)
シュンは強引に思考を切り替える。みんなのところに戻ろう……そう思い、踵を返したところで気がつく。
あ……そうだ。一応ジュースを買って帰らないとおかしく思われる。伊吹はあれでなかなか鋭いし、ゼリスもなんだかんだで敏感にシュンの気持ちを察してくる。心配をかける訳にはいかない。
自販機は確かフードコートにあったはず――くるりと振り返ったところに、いきなり何かが激突した。
「うぎゃ~~っす!!?」
シュンが驚きの声を上げるより先に、甲高い悲鳴が聞こえてきた。
顔を上げると、目の前に武装神姫を連れた少年が転がっていた。どうやら彼がシュンにぶつかってきた相手らしい。
転んだ拍子に打った膝の痛みに顔をしかめつつ、シュンは立ち上がりながら少年に手を差し伸べる。
「えっと……君、大丈夫?」
「おっと。こりゃ兄ちゃん、すんまへんなあ」
彼の手を取って関西弁の少年が立ち上がる。
シュンと同年代か少し下くらいだろうか? 快活そうな男の子だ。
「ごめんな、兄ちゃん。オレこっちの神姫センターは初めてでな~。ちょっと迷ってもうて、急いでたんや」
「なるほどね。でも人が多いところでは、あまり走ったりしない方がいいぞ?」
「うん、これから気をつけるわ!」
シュンが注意すると少年は素直に頷いた。……うんうん、元気があって大変よろしい。
妹がいるせいか、年下の相手にはついつい兄貴ぶってしまうのがシュンの癖だった。
「あかんわっ、大丈夫かフッキー!?」
フッキーと呼ばれた少年を心配するように、肩に乗る彼の神姫――寅型MMSティグリースが騒ぎ立てる。
どうやらさっきの悲鳴も、この神姫のものだったらしい。
「心配あらへん。こんなんちょっと転んだだけやし」
「せやかてフッキー! アンタ耳たぶがこんなに大きく腫れ上がってしもうて……」
「アホかっ、この福耳は生まれつきやっちゅーねん!」
突然始まったボケとツッコミの応酬に、あっけに取られるシュン。
……なんだこのふたり。神姫とマスターでお笑いコンビでも目指してるのか?
シュンの様子に気がついて、関西弁の少年――フッキーが照れ臭そうに笑う。
「あ~、すんまへん。こいつ気がつくと、すぐ今みたいにボケ始めてな~。ホンマ誰に似たんやろうね?」
「マスターのアンタに決まっとるやんっ!」
ビシッとツッコミを入れるティグリース。ダメだこのふたり。放っておくと、いつまでも延々漫才トークを続けそうだ。
「あの……コントの最中に悪いけど、君たち急いでたんじゃないのか?」
シュンが指摘すると、フッキーとティグリースはハッと気がついて慌て出す。
「そやった、オレら急いでるところやったんや!」
「あかんでフッキー……早くせんと遅刻してまうで?」
「おお、そんなんなったら怒られるで。じゃあな、兄ちゃん。またどっかで会おうな!」
早口で捲し立てると、少年と神姫はすぐさま人混みの中に消えていった。
シュンは笑いを堪えつつ、そんなふたりに手を振って見送る。
やれやれ……何というか慌ただしいコンビだった。お蔭でさっきまでいろいろ滅入っていた気分が吹き飛んでしまった。 なんだかスッキリした気分で、シュンは控え室に戻る。
彼がジュースを買い忘れたことに気がついたのは、そのことをゼリスに指摘されてからだった。
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SHINKI/NEAR TO YOU
Phase02-3
『さあ! 今年もやってきました神姫センター春の祭典、マヤノスプリングカップ! 先日行われた一般トーナメントに続き、子どもの日である本日は小中学生によるジュニアトーナメントが開催されます。若人たちが熱きバトルを繰り広げるこのトーナメント、今年は第一試合から注目の参加者が登場だぁっ!!』
マイクを持った司会者はそこで一拍置くと、筐体の一角にスポットライトが当たる。
『当神姫センター注目の上位ランカー! 女子中学生にして総合ランキング6位の実力者、伊吹舞とその武装神姫、マオチャオのワカナだぁぁぁっ!!』
筐体のシートに腰掛ける伊吹とエントリーボックスに立つワカナの姿が、ライトに照らされながら手を振る。周りの観衆から送られる盛大なエール。
その光景をシュンは隣のシートから、あっけに取られて眺めていた。
「伊吹とワカナ……すごい人気だなぁ」
「ランキング上位者で、優勝候補ですからね。当然ではないでしょうか?」
「……まあね。その代り僕たちは完全に空気だけど……」
続いて司会者がシュンとゼリスを紹介するものの――伊吹のクラスメイトである新人マスターとその神姫、程度の簡素なものだった。
ゼリスがジュニアトーナメント参加者にしては珍しい、オリジナル武装タイプであることがちょっと関心を集めたようだが……観衆の興味は完全に伊吹とワカナに集中している。
もっとも、それで言ったら可哀相なのは対戦相手の方か。
向こうも中学生同士のコンビらしいが、ガチガチに固まって完全に緊張している。……まあ、一回戦から優勝候補と当たってしまったんだから当然かもしれない。
だからといって、同情している暇はない。シュンだって公式大会は初参加だし、ゼリスはオーラシオン武装で初の実戦だ。遠慮なんてしている余裕はない。
ゼリスとワカナ、そして相手の神姫二体が筐体にエントリーしていく。
その間に、シュンは伊吹と簡単な作戦会議を済ませる。
「まずワカナが前衛に出るから、ぜっちゃんは後衛についてサポートよろしくね?」
「リョーカイ。それでいいよな、ゼリス?」
「はい、問題ありません」
シュンに頷き返しながらゼリスがバトルフィールドに出現する。オーラシオン武装の白い装甲が、ライトに照らし出され美しく映える。
4体の神姫がそれぞれフィールド上に配置される。
『REDY GO!』の合図で試合が始まった。
「いっくよ~っ!」
試合開始と共に、ワカナが相手に向かって突進していく。
ふいを突かれた相手の神姫――二体の天使コマンド型ウェルクストラが慌てて散開する。
「ワカナっ、左の相手に攻撃よっ!」
左に逃げた一体がバランスを崩した隙を見逃さず、伊吹の指示に従ってワカナが装甲一体式のナックル――裂拳甲(リークアンジア)ですかさずラッシュをかける。
防戦一方になる仲間を援護しようと、もう一体のウェルクストラがサブマシンガンを構える。が、それを別方向からの銃撃が阻む。
ハンドガンを構えたゼリスが、的確な射撃で相手の動きを封じていた。
「よしっ! ゼリス、そのまま牽制だ」
「どちらかと言えば、私も接近戦の方が好みなのですが……」
「おいおい……慣れない武装でいきなり無茶しようとするなよ」
渋々といった様子で、ゼリスは指示通り相手の一体と距離を置いての射撃戦を開始する。
ウェルクストラのアルヴォPDW11に比べ、ゼリスの使っている専用ハンドガン"エスぺランサ"は連射力で劣る。しかし、ゼリスはフィールドの遮蔽物を巧みに利用しながら互角の撃ち合いを演じていた。
新武装の調子も、今のところは特に問題無いようだ。
撃ち合いを続けながらゼリスはウェルクストラを徐々に誘導し、仲間と分断させる。
相手が気がついた時には、すでに離れたもう一体のウェルクストラはワカナの猛攻にさらされてKO寸前となっていた。
こうなってしまえばもう、勝負は決まったも同然だった。
試合開始から1分後――
『これはつよぉぉぉいっ!! ワカナ&ゼリスチーム、怒涛の攻撃で相手チームを連続OK! 優勝候補が見事、初戦を圧勝で飾ったぁ!!』
シュンたちは危なげなくトーナメント一回戦を突破した。
*
トーナメント大会は神姫センター5階のアミューズメントフロアが会場となっている。
このフロアの一角には神姫に関する講習会を開くためのセミナールームもあり、そこがトーナメント参加者の控え室となっている。
一回戦を終えた後、シュンたちはそこでゼリスたちのコンディションをチェックしていた。
「ふう~、パーツはどこも問題無さそうだな」
「シュン。問題が無いのなら、次はもっと積極的に攻めてはどうでしょうか?」
「……ダメだ。それでトラブルが発生したらヤバいだろう」
シュンにたしなめられ、ゼリスは「むぅ~~」と不満ながら一応納得する。
現状では、まだ不安が残るオーラシオンの肩アーマーパーツ。姿勢制御とメインスラスターを兼ねるこのパーツこそ、ヒット&アウェイを主体にした機動戦での要になる。 万全でない状態で全開戦闘を行って、もし不調を起こしでもしたら……たちどころに窮地を招く結果となるだろう。
「大丈夫よ、ぜっちゃん。このくらいの大会ならワカナだけでもラクショーよ。心配しなくてもオーケーオーケー♪」
伊吹は呑気にモニターで他の試合を観戦しながら、余裕の表情をしている。その隣のクレイドルでは、ワカナがさっそく昼寝タイムに入っていた。緊張感のないコンビだなあ……
本物の猫みたいにゴロゴロ眠る姿からは、このワカナが一回戦で嵐のようなラッシュで一体目を倒し、二体目もあっという間にノックアウトしてしまったスーパーファイターとは思えない。
能ある鷹は――もとい、猫は爪を隠すってやつか? 最後のフィニッシュは研爪(ヤンチャオ)で決めてたし。
「ふむ……確かにワカナさんの強さなら、私たちはバックアップに徹するだけでも勝ち進めるでしょうね……」
同意しつつ、ゼリスの口調はいつもと違って歯切れが悪い。
「ゼリス。思う存分戦いたいだろうけど、もうしばらくは我慢してくれよ。せめてユウが来るまではな」
由宇がゼリスのメカニックについて、最終的な調整をしてもらえば後は思いっきり戦っても大丈夫だろう。
そのためにも、しばらくはこのまま堅実に戦ってデータを集めないと。それになんだか今のままでも、伊吹とワカナだけでトーナメントを勝ち進めそうだし……
(下手にリスクを負うこともないよな。このまま勝ち進めるならそれでも……)
そこまで考えて、シュンは何か胸につっかえるものを感じる。
なんだろうこの感覚は。このまま何もしないで勝ち上がれるなら、問題はないはずなのに。
……何もしなくても?
「シュン……シュン!」
ゼリスに袖を引っ張られ我に返る。
気がつくとゼリスがジッとシュンを見上げていた。澄んだエメラルドの瞳に見つめられ――シュンは気まずくなって目を反らす。
「シュッちゃんどうしたの? 急にボーっとしちゃって……」
「なんでもないよ。えっと……喉が渇いたから、ちょっとジュース買ってくる」
不思議がる伊吹にとっさに言い訳をしつつ、シュンはその場から逃げるように席を立った。
控え室のドアをくぐると、トーナメント会場の歓声がここまで聞こえてくる。
あたかも試合の熱気までそのまま伝わってきそうだ。こうして外野から眺めてみると、さっきまで自分もいたはずのその場所が――まるで別世界のように感じらる。
群衆の中を歩き、シュンは一人考える。
このままシュンが何もしなくても勝ち進める。
試合は伊吹とワカナに任せればいい。特に指示を送らなくても、ゼリスはバックアップくらい無難にこなすだろう。あとは由宇の武装の調整がうまくいけば、何の問題もない。
――それで?
問題なかったとして、その中でシュンは何をしたと言えるのだろう。そんなんでゼリスのマスターって言えるのか?
僕には一体、何ができるんだ――。
(僕はゼリスのマスターであっても、ひょっとしてあいつにとっては必要な存在じゃない……のか?)
伊吹とワカナはもちろん、由宇もゼリスもすごいヤツラだ。一緒にいるシュンだからこそよく分かる。
でも……彼女たちに比べれば、自分は何もできない凡人に過ぎないのではないだろうか。
考えれば考えるほど思考がマイナスになっていく……。
シュンはまとわりつく不安を振り払うように、強く頭を振る。
(とにかく今は次の試合だ。こんな気持ちのまま周りの足を引っ張っりでもしたら、余計にダメダメじゃないか)
シュンは強引に思考を切り替える。みんなのところに戻ろう……そう思い、踵を返したところで気がつく。
あ……そうだ。一応ジュースを買って帰らないとおかしく思われる。伊吹はあれでなかなか鋭いし、ゼリスもなんだかんだで敏感にシュンの気持ちを察してくる。心配をかける訳にはいかない。
自販機は確かフードコートにあったはず――くるりと振り返ったところに、いきなり何かが激突した。
「うぎゃ~~っす!!?」
シュンが驚きの声を上げるより先に、甲高い悲鳴が聞こえてきた。
顔を上げると、目の前に武装神姫を連れた少年が転がっていた。どうやら彼がシュンにぶつかってきた相手らしい。
転んだ拍子に打った膝の痛みに顔をしかめつつ、シュンは立ち上がりながら少年に手を差し伸べる。
「えっと……君、大丈夫?」
「おっと。こりゃ兄ちゃん、すんまへんなあ」
彼の手を取って関西弁の少年が立ち上がる。
シュンと同年代か少し下くらいだろうか? 快活そうな男の子だ。
「ごめんな、兄ちゃん。オレこっちの神姫センターは初めてでな~。ちょっと迷ってもうて、急いでたんや」
「なるほどね。でも人が多いところでは、あまり走ったりしない方がいいぞ?」
「うん、これから気をつけるわ!」
シュンが注意すると少年は素直に頷いた。……うんうん、元気があって大変よろしい。
妹がいるせいか、年下の相手にはついつい兄貴ぶってしまうのがシュンの癖だった。
「あかんわっ、大丈夫かフッキー!?」
フッキーと呼ばれた少年を心配するように、肩に乗る彼の神姫――寅型MMSティグリースが騒ぎ立てる。
どうやらさっきの悲鳴も、この神姫のものだったらしい。
「心配あらへん。こんなんちょっと転んだだけやし」
「せやかてフッキー! アンタ耳たぶがこんなに大きく腫れ上がってしもうて……」
「アホかっ、この福耳は生まれつきやっちゅーねん!」
突然始まったボケとツッコミの応酬に、あっけに取られるシュン。
……なんだこのふたり。神姫とマスターでお笑いコンビでも目指してるのか?
シュンの様子に気がついて、関西弁の少年――フッキーが照れ臭そうに笑う。
「あ~、すんまへん。こいつ気がつくと、すぐ今みたいにボケ始めてな~。ホンマ誰に似たんやろうね?」
「マスターのアンタに決まっとるやんっ!」
ビシッとツッコミを入れるティグリース。ダメだこのふたり。放っておくと、いつまでも延々漫才トークを続けそうだ。
「あの……コントの最中に悪いけど、君たち急いでたんじゃないのか?」
シュンが指摘すると、フッキーとティグリースはハッと気がついて慌て出す。
「そやった、オレら急いでるところやったんや!」
「あかんでフッキー……早くせんと遅刻してまうで?」
「おお、そんなんなったら怒られるで。じゃあな、兄ちゃん。またどっかで会おうな!」
早口で捲し立てると、少年と神姫はすぐさま人混みの中に消えていった。
シュンは笑いを堪えつつ、そんなふたりに手を振って見送る。
やれやれ……何というか慌ただしいコンビだった。お蔭でさっきまでいろいろ滅入っていた気分が吹き飛んでしまった。 なんだかスッキリした気分で、シュンは控え室に戻る。
彼がジュースを買い忘れたことに気がついたのは、そのことをゼリスに指摘されてからだった。
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